俺が胃痛になったワケ 2  -デブと俺の恋愛事情-

「佐渡って誰なんだよ?」

 自分でもハッとするほど物騒な声になっていて、チッ!何を動揺してるんだ俺ってヤツは!

「え?翔のことかい?」

 気安く呼び捨てなんかしやがってッ!
 俺には光ちゃんじゃねぇか!いちいち小さいことが気になるぜ。
 俺の顔付きが物騒になっていることを怪訝そうに見つめ返しながら、洋太は担任に渡されたんだろうプリントを弄びながら首を傾げている。

「翔は僕の従兄弟だよ。光ちゃん、知らなかったんだっけ?」

「婚約者だって言ったぞ」

「ええっ!?」

 洋太の上げた素っ頓狂な声が真っ青な空に吸い込まれて、雲はまるで無頓着に流れて行く。
 屋上には人影もなくて、俺と洋太の昼休みのパラダイスだ。
 俺がいると知ると、たいていの連中はそそくさと逃げ出すし、誰も入ってこようとしない。話すにももってこいの場所だったりする。

「アイツと…そんな約束をしたのかよ?」

 急速に怒りが萎えて行った。コイツは優しいヤツだから、言われて頷いただけなんだろう。
 俺は心配なんかしてねぇんだよ、本当は。コイツをちょっと困らせて、キスを奪ってやろうって思っただけなんだ。思っただけなんだけど…あんなに可愛いヤツだ、もしかしたら洋太だってまんざらじゃねぇのかも…クソッ!
 つーワケで、ちょっと腹が立っちまったってワケさ。
 でも、俺にはちょっとした確信みたいなものがちゃんとある。
 洋太は俺を好きだと言った。ずっとそう言ってくれるし、俺だって洋太が好きだ。もうずっと好きだ。
 だから、この質問にはきっと否定してくれるって知ってるんだ。思わずヘラッと笑いそうになって慌てて顔を引き締めた。
 さ、早く言ってくれ。そんなのはアイツの思い込みだって。
 そしたら俺は、ホッと安心して抱きつくんだ。それからキスして…

「…翔が、そう言ったの?」

 不意に洋太の声音はトーンダウンして、弄んでいたプリントがグシャリと音を立てて握り潰された。ちょっと、ギクッとする。ふっくりプクプクしている俺の洋太は、滅多なことじゃ怒らない。
 俺を愛してると言ってくれた。
 キスも、エッチだってたくさんしてくれるのに…滅多に見せないそんな顔をするなよ。
 キュッと唇を噛んで、思い詰めたように足許を睨み付ける。
 俺を、俺を見てくれよ…なぁ、洋太!

「翔が…翔がそう言ったのなら、僕は翔の婚約者だよ」

 キリッ…と胃が痛んだ。
 今までに1度だって感じたことのない奇妙な痛みに顔を顰めながら、俺は乾いた唇を舐めて湿らせると、衝撃で開きにくくなっている口を開いた。

「ど、どう言うことだ?なに、冗談言ってやがる。お前、あいつは男じゃねーかよ」

 男のアイツの婚約者になれるんなら、俺とだって結婚できるってことじゃねーか!俺がいるのに…洋太、俺はここにいるのに。
 ズキズキと俄かに痛みを増しやがる胃の辺りを押さえながら、俺は据わわった目でしっかりと洋太を見ながら、それでもバカみたいに冗談だよ、と呟いてくれることを待っていた。
 待っていたけど、洋太の口からはこんなにも望んでいる言葉はとうとう出てくることはなかった。

「…ごめんね」

 まるで囁くような痛い言葉が…風に吹かれて俺の耳には届かない。

「でも、俺は洋太が好きだ。お前が誰のものになったって、俺は洋太が好きなんだ!」

「こ、光ちゃん!?」

 ビックリしている洋太に躊躇わずに抱きついて、俺は首とも言えないような太いそれに腕を回しながら、口付けたんだ。キスは、まるで免罪符のように俺の唇を湿らせていく。

「洋太ぁ…」

 ハラハラと涙が零れる。
 洋太を好きになってから、正確には想いが通じ合ったんだと本気で嬉しかったあの時から、俺は酷く涙脆くなった。まるで女みたいにぽろぽろ涙が零れ落ちるんだ。

「光ちゃん…光ちゃん!」

 ギュッと、洋太の太い腕がそんな俺の身体を抱き締めてくる。このまま洋太のなかに埋もれてしまえたらいいのに。ギュッと抱き締め返しながら、俺は洋太の肩口に頬を寄せた。シトシトと涙が洋太の肩を濡らしていく。
 洋太が、誰かのものになるなんて考えてもいなかった。
 こんな風に抱き締められていると、いつだって愛されてるって思えるのに…
 洋太を責めたい。
 なんでだ!?どうしてなんだ!?俺を好きだと言ってくれたじゃねぇか!
 ああ、でも言えないんだ。 
 確かに洋太は俺を好きだと言ってくれた。大好きだよって、いつも囁いてくれる。それが擽ったいぐらい嬉しくて、なんどもコイツを押し倒した。それぐらい嬉しかったんだ!
 …でも、恋人ってワケじゃねーんだよ。俺は。
 どんなに両想いでも、俺は男だから。恋人になんかなれるわけがない。
 もう諦めるしかないってことも判ってるよ。
 だから、俺は諦めてやる。誰よりも好きなお前だから。
 洋太から身体を起した俺は、たぶんきっと、縋るような目をしていたんだと思う。洋太はどこか痛そうな顔をしているから。

「そんな顔するなよ。俺は洋太の笑ってる顔が好きなんだ」

 小さく笑うと、洋太はなんだかますます痛そうな表情をする。俺も同じような顔をしていたのかな。
 きっと、諦められる。
 …なんつって、諦められるわけがねぇだろがよ!?クソッ!どうして俺が諦めなきゃならんのだ!
 こんなに大好きな洋太を!あんな女もどき野郎に渡せるわけがねぇ!

「光───…ッ!んぅ!?」

 俺は躊躇わずに洋太にキスをした。さっきみたいな掠めるだけのキスなんかじゃねぇ!濃厚な、腰が砕けて芯が蕩けちまいそうなキスだ。

「…ハァ…洋太、俺を忘れられないようにしてやるッ!」

「こ、光ちゃん…」

 洋太は面食らってるようだけど構うもんか!
 授業中で静まり返る学校の、校舎の屋上に洋太を押し倒して俺はガクランを脱ぎ捨てた。洋太の大きな身体を跨いで、ズボンは足首に蟠っているけど気にならない。
 自分で指を舐めて洋太を受け入れることができる唯一の部分を簡単に潤して、ヤツのジッパーを下げてやった。俺の腰に腕を伸ばして、欲望に潤んだ双眸の洋太が見上げてくる。
 ああ…お前が好きだよ。

「…ん…ッ」

 充分に潤ってないからギチギチと嫌な音を立てて入ってくるその苦痛だって、俺にはとても幸せなことなんだ。全身に冷や汗を浮かべて全て受け入れると、俺は上体を倒して洋太の少し厚い唇にキスをした。

「…あッ、よ、洋太ぁ。す…好きだ…よぉ」

 ギュッと締め付ける俺に眉を寄せた洋太はそれでも柔らかく、そして激しく突き上げてくる。

「僕…も。光ちゃんが…だけが、好き…ッ」

 嬉しくて、眉根を寄せながら微笑むんだ。
 こんな時で、こんな格好なのに、俺は嬉しかった。幸せだと思うから。
 ハラハラと涙を零しながら、俺は何度も洋太にキスをしていた。
 たとえ、そう、たとえ誰かが見ていたとしても…
 俺はその行為を止めようとは思わなかった。
 ああ…胃が痛ぇ。