俺は何となく気まずくて屋上に行くと、久し振りに一人でぼんやりとパンを食うことにしたんだ。別にこうして離れてみても、辛いのは最初だけなんだなぁ…と思う。
思って、また泣きそうな自分に気付いて舌打ちするんだ。
そんなことの繰り返し。バッカみてぇだ。
クソッ!
パンを食う気にもなれなくて、食べかけのソレを行儀悪く投げ出すと、俺は屋上のコンクリートに長々と仰向けに寝転んだ。後頭部で腕を組んで枕の代わりにしながら、流れる雲をぼんやりと眺めていたんだ。今日の午後の授業はこのままサボっちまおうと決心したりして。でも、思い直してガバッと起き上がる。
「冗談じゃねぇや。ゆっくり洋太の姿が見られるのなんか授業中だけじゃねーかよ!」
放課後も金曜日以外は常にあの佐渡がべったりくっ付いていて、まともに会話すらできねぇんだ。
夜中にかかってくる洋太の電話も心待ちだけど、出だしは決まって『ごめんね』だ。辛そうに言うなよ、俺はお前とエッチできるだけで、こうして話ができるだけで幸せなんだからさ。そう言ってもいまいち信用しねぇような声を出しやがるから、呟くように言ってやるんだ。
『愛してる。大好きだよ、洋太』
そうすると、もう一度、アイツはごめんねと言うんだ。否定されたようで何も言えずにいる俺に、洋太はすぐに囁くように言ってくれる。
『ごめんね…光ちゃん、僕も光ちゃんを愛してるよ。とても、とても大好きだ。手放せないよ。こんなことしながら…我が侭な僕でごめんね』
はぁ。
恋人の我が侭なら喜んで引き受けるけどよ、俺の立場上、こんな場合はなんて言ってやったらいいんだ?そりゃあ、大好きな洋太だからな。なんだって許してやるよ、当たり前じゃねーか。
愛してる、大好き、傍にいたい…口に出せば簡単なことなのに。空回りするともうそれだけで意味をなくしていくんだから不思議だ。
洋太は俺の初恋の人だった。
初めて抱かれた時も、半ば俺が強引に犯すように圧し掛かったんだっけ?痛くて、殴られるのとはまた違ったすっげぇ痛みで、ああ、でも。それでもこんなに幸せなこともあるんだなぁって、俺は嬉しくてアイツの胸の中で泣いたんだ。翌日にはケツの痛みで泣いたんだけどな…いや、そんなこたどうでもいい。
洋太を守ろう。
そうだ。たとえ何があったって、世界中がアイツの敵になったって、俺が洋太を守ろうってあの時自分に誓ったじゃねーか。
そうだ、俺は洋太を守るんだ。
アイツが俺を守るって言ってくれたから有頂天になっていて、そんな肝心なことをスッカリ忘れていた。
俺ってホント、バッカなヤツだよな!
洋太が困ってるのなら俺がなんとかするのが当たり前じゃねーか!
アイツは、いつも辛そうに俺を見る。抱く時だってすげぇ、申し訳なさそうなんだ。
その顔がすっげぇすっげぇ嫌で!俺は洋太のふくよかな頬を両手で抓ってやるんだけど、泣きそうな顔をして笑うから。クソッ、虐めてる気分になる。
守るッつってもなぁ…何をどうすればいいんだか。
俺はコンクリートの上に直に胡座をかくと、両腕を組んで考え込んだ。考え込んで、唐突に嫌な、不吉な考えが思い浮かんできたんだ。
もしも、だ。
洋太が本当に沢渡を好きで、ヤツの傍にずっといたくて、でも俺にそう言うのが気の毒だと思ってるからいつも、あんな顔をしているのだとしたら…どうする?
あう。
そんなこと考えもしなかった。
俺ってばマジでバカっぽくないか?
はぁ、深い溜め息が出る。
俺が結局、俺と言う存在でアイツを、俺がこの世界でただ一人好きな、愛するデブ野郎を苦しめていた元凶だったなんて。ハッ!守るだと!?あんまりバカらしくて涙が出る。
ホント、涙が出る…
「…洋太、俺、お前から離れた方がいいのかな」
コンクリートの床を睨みつけながら、それでも口許から零れ落ちた言葉はやけに気弱で掠れていた。
俺らしくもなくて…今日は沢渡のいない金曜日だ。
何か重く引きずっているものを見ないように、足許のコンクリートの床を睨みつけていた双眸をギュッと閉じた。渇く唇を何度も舐めて、自分に言い聞かせるんだ。
洋太に言おう。
俺は…アイツから離れよう。