俺が胃痛になったワケ 5  -デブと俺の恋愛事情-

「あ…ああ…」

 俺は洋太の部屋にあるベッドの上でヤツに組み敷かれていた。充分抱き合った後で、散々高ぶってアイツを受け入れて、幸福に酔いしれている…俺よ!
 何を幸せそうに抱かれてんだぁぁーッッ!!
 別れようって決心したのに、いきなり洋太の顔を見た途端に自制がきかなくなって、獣のようにアイツを押し倒しちまった。んで、勢いと流れに乗って致してしまったワケなんだけど…あう!
 なんてこった、別れるって気持ちはどうするんだよ!?
 こんな風に抱かれたら、また決心が鈍りまくるじゃねぇか!
 シクシクと洋太を受け入れたままで枕を涙で濡らす俺に、愛すべきデブ野郎は俺の右足を胸につくほど折り曲げながら上体を倒して覗き込んできた。
 そ、そんなにされたらお前…もっと深いところに当たって…うッ。

「こ、光ちゃん、大丈夫?辛いの?辛いんだったら…」

「バッカ!やめるワケねぇだろ!?もっと、もっとだ、洋太!」

 俺は枕を掴んでいた腕を放して、勘違いしてるバッカ野郎な洋太の首ともいえない首に慌てて両手を絡めると、急いでその大きな顔を引き寄せた。
 目を閉じてキスをして、でも俺はその目をうっすらと開いてみる。
 洋太の、俺が大好きな男らしい表情が上気してんな。
 少しでも、俺を感じてくれているのか?
 別れないと…コイツが苦しむ顔は見たくないから。

「よ、洋太…俺が守るからな。何があったって、俺がお前を守ってやるんだ」

「光ちゃん?」

 荒い息遣いの下で呟くと、洋太は俺の唇をやや厚い唇で柔らかく啄ばみながら不思議そうに首を傾げている。何も言わずに、何も考えずに抱かれていたんだなぁと、今さらながらに思って泣きたくなった。幸福ってのはいつも腕の中にあるんだ。それに気付くか気付かないかで大きく変わってくる。
 俺の場合は、きっと気付かなかった。
 この幸福は当たり前で、絶対に腕の中から離れて行くことなんかないって思い込んでいたからな。
 洋太はデブだ。
 ハッキリ言って、だから高を括ってたってのもある。
 俺以外に洋太を好きになるヤツなんかいないだろう…でも、俺のように洋太の良さに気付くヤツだっているはずだったんだ。
 どうしてそんな簡単なことを考えなかったんだろう?
 でも、実際のところ洋太に言い寄る女の子が現れれば、俺はスッパリと身を引くことに決めていた。
 どうしたって洋太には幸福になってもらいたいし、俺なんかとずっと一緒にいたってきっと虚しくなるだけだなんだ。だったらいっそのこと…なんつって。
 俺と言う畏怖の対象がそばにいれば、言い寄ろうなんざ命知らずはいないだろうと企んでいたのは確かだ。案の定、誰も近寄らなかった。
 いやもう、そりゃあ幸せだったさ!腹黒い俺としては一人でほくそ笑んでいた。
 まあ、洋太がデブって理由だけで嫌悪してるヤツもいたけどな、そう言うのは俺にしてみたら対象外。そう言うお前らの方が『デブッ!』て感じだっつの。ま、そんなこたどうだっていいんだけどな。
 だけどそうやって独り占めしたいって思うことは当たり前だろ!?
 誰がすんなりとこんなに愛してるデブを手離すと思う?
 洋太じゃないが、こんな関係になったって手離そうなんて気はさらさらなかった。
 ただ…コイツがもう、俺といるのが苦痛だと思うなら、それはとても辛いことだから離れてやろうと思ったんだ。そう、この俺さまが離れてやろうとしてるんだぜ?クソッ、気付けよな!バカ洋太…

「ん…」

 小さく吐息をついて、また涙が出る。
 シクシク。
 離れたくなんかないよ。
 ずっと傍にいて、洋太の全てを感じていたい。それで、欲を言えば洋太にも俺の全てを感じて欲しい。もうこの身体で、洋太の触ってないところなんかどこにもない。きっと、家族よりも、当の本人である俺よりも良く知ってるはずだ。
 中学の2年になったばかりの頃、近所の高校生を殴り倒した後で傷だらけの俺の手当てをしてくれた洋太に、欲情したのは俺だった。いや、それ以前からもうずっと意識していた。
 思春期で悩んでいたけど、洋太の顔を見た途端に悩んでたのがバカみたいに思えた。
 そうさ。何のことはない、洋太を犯せばいいんじゃねーか。こんな簡単なことに気付かなかったなんてな、バッカだな俺。
 そう思って、思ったその日に抱いてくれと言って押し倒して、その大きな身体の上に跨った。
 痛くて痛くて堪らなかったけど、突き上げられる度に、そう、今みたいにこんな風に抱かれてる間、こんなに幸せなことがあるなんてと、目から鱗が落ちた気がした。
 それからはもう、バカみたいなことにウジウジ悩むよりも、真っ先に洋太を誘って、誘いに乗らなけりゃ押し倒してエッチした。
 洋太を、いろんな部分で感じるほどに、幸福が内側から湧き上がってきて、俺は幸せだと叫びたかった。
 ああ、でも思い出してみたら、コイツから求められたことなんてただの一度もないんだ。
 そうだ、俺がいつも誘っていた。
 『好き』の言葉はくれるのに…俺は欲張りなんだろうか?

「光ちゃん…」

 欲望に濡れた声で囁いてくる洋太の声にゾクッとする。ブルッと身体が震えて、いろんな意味も含んでいるんだけど、今は生理的な現象だと自分に言い聞かせる涙が頬を伝う。洋太の厚い唇が頬にキスしてくれて涙を唇で拭ってくれた。

「…がう。洋太、そうじゃない」

「え?」

 震える瞼を押し開いて、俺は覗き込んでくる洋太の不思議そうな表情をする大きな顔を両手で包み込んだ。
 鼻先を擦り合わせるように引き寄せて、俺は幸福を欲張るように、間近で見ればハッとするほど男らしく澄んだ双眸を見上げながら口許を綻ばせる。

「キスはいつだって、唇が寂しがるからするもんなんだぜ?…なあ、洋太。キスしてくれよ。ちゃんとしてくれ」

 甘えるように囁くと、すぐに少し厚めの唇に唇を塞がれてしまう。舌と舌を絡め合わせて、洋太の中に溶けていく錯覚に溺れながら、俺は必死でタプタプの背中に縋り付いた。
 酩酊感は身体をふわふわとさせて、俺はこのキスと言う行為がいちばん好きなんだ。
 最奥に洋太を受け入れてるのなら、こんな最高なことはない。
 ああ、どうしよう。
 俺は洋太を手離せない。
 コイツが好きだ。
 酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら、ギュッと抱き締めてくる洋太の熱に犯されて、このまま溶けてなくなってしまえたらいいのにと泣けてくる。
 ああ、どうしよう…
 もう、俺はダメだ。
 洋太じゃないと、もうダメなんだ…