俺が胃痛になったワケ 6  -デブと俺の恋愛事情-

「里野!」

 名前を呼ばれて振り返った夕暮れの土手。
 川から吹いてくる風は、もうそろそろ初夏の匂いを漂わせてるように思えるんだよなぁ。うーん、ほのぼの。ここに洋太がいたらいいのに…って、人がのんびりと土手の散歩を楽しんでたって言うのに、いったい誰だよ。無粋なヤツだ。

「あぁ?」

 薄っぺらい学生カバンを小脇に抱えて、ズボンのポケットにだらしなく両手を突っ込んでいる俺が振り返ると…ふん、ブレザーだけは進学校を気取った工業の連中じゃねーか。

「なんだよ。また殴られに来たのか?」

「るせぇんだよッ!男にカマ掘られて喜んでるヤツが、エラソーなこと言ってんじゃねーよ」

 …。
 んー、なんだかなぁ。

「そのカマ掘られて喜んでる野郎に、つい昨日、殴り倒されて泣きながら帰ったのは誰だっけ?まさか目の前にいる口許に青痣作ってるヤツじゃありませんよねぇ?」

 馬鹿にして鼻先で笑うと、連中は俄かに色めきたちやがる。
 チッ。

「エラソーなこと言ってんじゃねぇよ、バーカ」

 挑発するように言って…まずいな。洋太に喧嘩はしないって、一方的に誓ったんだけど…ま、いっか。
 ちょうどムシャクシャしてたところなんだ。誰か殴って、いっそスッキリしたい気分だ。
 いち、に…4人か。この人数なら軽い。
 ちょっとは殴られるかもしれねぇけど、頭がブレた方が少しはまともなことを考えられるようになると思うし…

「やんのか、あぁ?」

「んだと、この野郎」

 メンチ勝負なら負けねーぜ?
 額に血管を浮かして覗き込んでいた目の前のヤンゾーは、俺の顔を見てますます赤くなる。茹でダコになるほどいきり立ってるってワケだ。おっもしれぇじゃねーか。
 やったるぜ!
 両手の指を鳴らしてニヤリッと笑ってやると、ソイツは舌打ちして背後の仲間に目配せした。
 奴らはユラッと俺を取り囲むようにして円を描くとジリジリとにじり寄ってくる。何かしらの合図を待ってるんだろう。
 バッカな奴らめ。
 まとめてかかってくれば勝てるとでも思ってんのか?100万年はえぇーんだよ!
 中指立てて挑発すれば、馬鹿な連中とのバトルが始まるってワケだ。
 襲いかかってきた奴らを適当にかわしながら、俺は隙だらけの連中の顎だの腹だのを拳と膝であしらってやる。適当すぎると今みたいに腹に一発お見舞いされちまうんだけど。
 いててて…。

「うらぁ!」

 殴った奴を回し蹴りでマット…もとい!土手に沈め、黄金の右ストレート(?)で鼻っ柱を本当の意味で圧し折ってやる。鼻血とか、口の中を切ったのか、けっこうな量の血が土手に流れていく。
 この土手…チッ!

「お前ら…俺様の聖域をきったねぇ血で汚しやがって!」

 今度は俺がいきり立つ番だ。
 お前らはみんな、逝ってヨシッ!
 ボッコボコにして鼻息も荒く、蹲る連中を傲慢な態度で見下ろす俺の背後で、不意に小さな悲鳴があがった。チッ、またガッコ帰りの、近所の女子高のおネェちゃんが見たのかよ。
 面倒くせぇなー。
 投げ出したカバンを拾って埃をパンパンッと払いながら振り返ると、ゲゲッ!さ、佐渡じゃねーか!

「さ、佐渡…」

 ちょっと顔色の悪くなっている佐渡は、小さな身体でカバンを抱き締めながら小刻みに震えると、それでも気の強そうな大きな可愛い目で睨みつけてくる。

「や、野蛮人!」

 いや、別にそう言われるのは構わないんだけど…ちょっと今、佐渡の顔をまともに見られないんだよな…
 俺。

「?」

 目を合わせようとせずに曖昧に視線を逸らすと、訝しそうに俺の目を覗き込もうといろんな角度から回り込んでくる佐渡の、その厳しい視線の追求から上体を仰け反らせて逃げようとする俺。
 あう。これじゃあ、疑って下さいって言ってるようなもんじゃねぇか!ひーん。

「何か隠してる…?」

 小さなリスのように可愛らしい仕種で小首を傾げる佐渡と、それから何とか逃げられないかと焦る俺の背後で、工業の連中の呻き声が聞こえる。まずいな、連中が目を覚ましてもコトだし、こんなところを他の連中が見れば佐渡にも影響する。
 別に佐渡のコトなんかどうだっていいんだ。
 コイツの背後には洋太がいる。俺は洋太を守るんだ。

「立ち話もなんだし、来いよ」

 佐渡の腕を掴んで早々にこの場から立ち去ろうとする俺に、佐渡の奴は最初、子猫のように暴れて嫌がったけどすぐに機嫌はよくなった。
 土手から程近いところにあるフルーツパーラーに連れ込んだからだ。