俺が胃痛になったワケ 8  -デブと俺の恋愛事情-

『さ、里野先輩ッスか?』
 どこでどうやって調べたのか、佐渡の傍らにまるで影のようにべったりと張り付いていた小林だったけ?ソイツは酷く動揺した声音で俺の携帯に電話を寄越してきた。

「あん?誰だよ、お前」

『あ、俺…じゃなかった、僕。小林新って言います。佐渡に番号聞いててかけたんスけど…』

 もぐもぐと口の中に篭ったような口調で要領を得ない小林に、俺は聴いていたコンポの電源をオフにすると、読み掛けの雑誌を投げ出してベッドから起き上がった。
 佐渡にはこの携帯番号を教えてやった。
 しつこく聞いてきて、洋太専用ってのが、どうもヤツには許せなかったようだ。
 だからって自分の友人にも教えるか?普通。
 ったく、坊ちゃんなんだから。

「ああ、それで?もっとシャキシャキ話せよ!男だろーがっ」

 ムグムグと声を潜めていた小林は焦れたように受話器に唇を押し付けたんだろう、もう少し鮮明に声が耳に届いてきた。
 チッ、受信率がワリィな。そろそろ買い換えるか…のん気に携帯から漏れる声を聞きながらそんなことを考えていた俺は、耳に届いた小林新の言葉で一気に目が覚めた。
 脳がスパークしたような、そんな気分だった。

『今ちょっと大声出せないんスよ。佐渡が…佐渡のヤツが工業の連中に捕まっちまって!俺、今そこにいて、隠れてるんスけど…』

 俺たちのことを唯一知っている、花が静かに咲き誇るような、可憐な佐渡。
 幸せになってね、と呟いた視線はやけに男らしくて、コイツ、本当はいいヤツなんじゃないかって、漸く今日判り合えた気がしてちょっと嬉しかった。その佐渡が工業の連中に?
 なぜだ!?
 どうして捕まった!?
 …おおかた、あの時誰かが気付いていたんだろう。
 畜生…ッ。
 ギリッ、と歯が軋む。
 暗く底冷えするほど冷たくなった双眸を狂暴に光らせて、俺は受話器に向かって怒鳴っていた。

「そこはどこだ、小林。ハッキリ言え!」

 携帯の向こうで雷に打たれたような、それでも声を絞った悲鳴が聞こえて、俺はニヤッと笑った。
 巷で地獄の狂犬…と呼ばれる所以を思い知らせてやる。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 …と、思ったけど、事態はそれほど簡単なものじゃないことが、現場に行って判った。
 事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだって言う、あの有名な台詞が脳裏を過ぎって、まさにその通りだと納得した。

「バカバカ!どうして来たんだよ!?」

 涙に濡れた双眸で、廃工場の寂れた出入り口に立つ俺の姿を見止めた佐渡は、両手をロープか何かで縛られて吊るされながら叫んだ。
 この廃工場かよ。
 チッ、つくづくとここには縁があるな、俺。
 ここは以前、高野たちに輪姦された場所だ。一週間、よく持ったもんだと思う。
 今じゃぜってぇゴメンだけど。
 服は引き千切られて憐れなもんだが、どうやらまだ犯されてはいないらしい。
 あの血気盛んな連中のこった、おおかた佐渡をメチャメチャ犯しまくってんじゃねぇかと冷や冷やしたんだけど…良かった。
 ホッとしたのもつかの間、暗がりから姿を現した工業の…えーっと、なんて言ったかな?忘れた、まあいいか。ソイツがニヤニヤ笑いながら睨みつける佐渡の顎に手をかけた。
 嫌そうに首を振るが、掴んだ力の方が強いんだろう、佐渡は辛そうに少し喘いだ。

「手、離せよ。用事があるのは俺なんだろ?」

 低い声で言うと、ソイツは明らかに馬鹿にしたように鼻先で笑って、それから片方の眉を上げる。口許に痣さえなければけっこうな面構えだが、生憎と俺は手加減を知らねーんだよ。

「どうしてココが判ったんだ?まだ連絡なんかしてなかったつーのによ」

 恐らくは、冷静を装うヤツがいちばん驚いたのはどうして俺がココにいるのかって、そのことだろうな。

「超能力だよ。ビビビッ…てな。キたんだよ、ここに」

 そう言って親指で頭を突付いて見せると、ヤツは途端にムッとした表情をした。

「あうッ!」

 そうして思い切り佐渡の顎にかけていた手に力を入れやがる。
 クソッ!冗談もわからねぇのかよ、面白みのない野郎だぜ。

「判ったよ。で?どうすりゃいいんだ。殴らせれば気が済むのか?」

 ったりーな、ホント。

「だ、ダメだったら…里野くんには関係ないじゃない…ッ!」

 殆ど涙声でそう叫ぶ佐渡の、柔らかそうな頬に涙が零れ落ちている。
 なんだ、お前の涙だってじゅうぶん綺麗じゃねぇか。洋太が大切にしてるんなら、俺だってお前を守ってやるんだ。人の心配なんかするなっての。

「コイツもこう言ってるんだ。余計なコトに首をつっこまねぇでさっさとお家に帰ってベッドに潜り込んでろよ」

 ニヤニヤと笑うソイツに、俺は一気に嫌気がさした。
 こんなヤツとはあと一分だって会話なんかしたくねぇ、でも、佐渡がヤツの手の中にある以上、ここでキレるわけにもいかねぇしな…

「佐渡をどうするんだよ。ボコるのか?」

「ボコる?そんな勿体ねぇことするわけねーだろ。こんなに可愛い顔してるんだぜ?犯るこた、1つだ」

 ニヤッとヤツが笑う。
 そうだな、佐渡は可愛いし、ボコるよりも犯ったほうがはるかに楽しめるだろう。
 高野たちに似た匂いを感じて、俺はそれなら手っ取り早いと頷いた。

「なんだ、お前ら。男を抱きたいのか?」

 俺が意味も込めずに呟くと、ヤツはいきり立ったようにカッと顔を紅潮させた。
 オカマ野郎に言われたかないって面だ。男を抱きたいって思った時点で同じなんじゃないかって思うけどな。俺は。

「じゃあ、俺を抱けばいい」

 その瞬間、ヤツと佐渡の顔が一気に引き攣った。
 ああ、それは気持ち悪いのか。

「まあ、佐渡ほど可愛くもなけりゃ綺麗でもないが。慣れてるし、それなりに楽しめるんじゃないか?」

 平然と言う俺を、ヤツは咽喉を鳴らして見た。見たけど…何か企んでやしないかと結構用心深いんだ、こいつ。俺は敵意を見せることもなく両手を挙げて、わざとらしく降参のポーズをしながら片方の口角を釣り上げて見せた。そりゃ、犯られるのは冗談じゃねぇけど、今はまず佐渡を逃がしてやらないと。
 アイツさえここからいなくなれば、俺はどうやってだって逃げることはできるからな。

「結構な意気込みじゃねぇか。よほど男に抱かれるのが好きみてーだ」

「そんなワケないじゃない!里野くんは洋ちゃんだけ…ッ!」

 食って掛かる佐渡を煩そうに黙らせるソイツに、俺は両目に力を込めて睨みつけた。
 と。
 ハッとした時には遅かった。
 いつの間に背後に回り込んでいたのか、あの時殴り倒した連中が唐突に俺を羽交い絞めにしやがったんだ!クソッ!きったねぇなぁッ。
 思い切り暴れてみたけどさすがに野郎3人に押さえ込まれれば思うような力は出せない、クソッ!俺の顎を持ち上げてニヤニヤと笑うソイツを睨みつけると、ヤツは少し怯んだようだったが仲間の力を借りて必死に威勢を保ったようだ。フンッ!情けねーヤツだ!

「そんなに男に抱かれてーんなら、犯ってやるぜ…」

 近付いてくるソイツに唾でも吐きかけてやりたかったが、佐渡が向こうの手に落ちてる以上は滅多なことができねぇ。クソッ!ホント、俺って考えが足りないんだよなぁ…洋太にもよくそれで怒られたっけ。
 こうなったらメチャメチャ暴れてなんとか脱出しないと、佐渡がただじゃ済まないだろう。
 俺はいい。
 少々のことじゃヘコたれない根性がある。
 佐渡のヤツにもありそうだけど…レイプってのは冗談じゃなく身体にも、心の奥深い部分にも根強く息衝いて、忘れたと思っていてもある日突然襲い掛かってきたりするもんなんだ。
 あんなちんまい身体じゃ、佐渡はもたないだろう。男なんだから、なおさらだ。

「…へぇ、コイツ。細い手首してんな。首も…思ったよりもずっと細いし。こんなんで俺たちを殴ってたのか?」

 俺を羽交い絞めにしてる1人がそんなことを言いながら、唐突に首筋に口付けてきやがった。

「ッ!」

 弱い部分を刺激されて思わず上がりそうになる声を、唇を噛み締めることで堪えた俺の顎に手をかけていた、工業のなんとかってヤツは思い切り顔を上げさせた。
 苦痛に眉を寄せると、妙に興奮した双眸が間近で俺を覗き込んでいた。
 気持ち悪いっつの!
 この目を見ていると高野たちを思い出す…俺ってヤツは、男を挑発するフェロモンみたいなものが出てるんだろうか?だったら、それは洋太にだけ発揮すればいいのに…どうして洋太には効かないんだろう。アイツはその気になりにくいんだろう…?
 ああ、ヤバイヤバイ。それどころじゃなかったんだ。

「なんだ、里野。お前、やけに色っぽいな。あのちんまいのも可愛いと思ったけどよぉ。お前の場合はなんて言うか…抱きてぇと思う」

 勝手な評価をありがとう…とでも言うと思うのかよ。クソ野郎ども!

「そりゃどうも、変態くん」

「バカッ!顔に傷つけんなっ!」

 誰かがそう叫んだけどちょっと遅くて、ニヤッと笑った俺の頬を、カッとしたソイツが思い切り殴りつけた。頭がブレて、口の中に錆びた鉄の味が広がった。…あーあ、洋太に今度会う時、この面じゃまた悲しい顔をさせちまうな。
 佐渡が悲鳴を上げたが、俺はいたって平然とした面でペッと血の混じった唾を吐き捨てると、思い切り誘うように目を細めてやった。口許にも笑みを浮かべて…洋太を誘う為に研究したことがこんな所で役に立つなんてな。なんでもしておくことだ。
 ゴクッと咽喉を鳴らすソイツに、血の流れる口許をペロリと舐めて誘うように囁いた。おお!すげぇ、鳥肌が立つぞ!!

「なぁ…俺一人でもじゅうぶん、あんたらを満足させられるんだけど。佐渡は離してよ。そうじゃないと、結局俺、暴れちゃうよ?そうしたら…天国を味わえないんだけど…」

 いいの?と嘯く俺に、ソイツは仲間と目線を交え、どうしようかと逡巡してるようだった。

「やだ!僕がッ!僕が残るから里野くんを放っておいてよ!…里野くん!何を言ってるんだ!君は…君は洋ちゃんが好きなんでしょ?洋ちゃんだけが全てなんでしょ!」

 あのバカ…余計な口をだすんじゃねぇ!俺がどんな思いでこんな馬鹿げたことをしてると思うんだ!
 あったりまえじゃねぇか!洋太以外のヤツにこんなこと、口が裂けたって言いたかねぇぜッ。
 ロープを引っ張るようにして暴れる佐渡は、ああ、バカなヤツだ。きっと皮膚が切れて、手首を傷つけてるだろう。ジッと、大人しくしけってんだ!

「…チビを離すのは後回しだ。どうせお前、アイツを離したら反撃に出るつもりだったんだろ?そうはいかねぇって、なぁ?」

 ニヤニヤ笑いながら仲間に同意を求めたソイツは、くそぅ…妙なところで頭を使いやがる。工業の連中も侮れねぇな。
 仲間もそれに同意したように俺を掴む腕に力を込めて、足払いして俺の足を開かせた。
 レイプはお手の物ってか?冗談じゃねぇや。

「あのチビに見られたくねぇかよ、里野?」

「見られたくねぇ…っつったら見せるんだろ?お前ら、頭のねぇ連中の考えそうなこった」

 フンッと鼻で笑うと、ソイツはまたもやお決まりのように頭に血を昇らせたようだった。殴るかな?と思っていたら、唐突に顎を掴まれて上向かされた。そしてそのまま、酒臭い口が近付いてきて口唇が塞がれちまった。そうか…酒を呑んでるから男を抱こうって気にもなったんだろう。
 うう…気持ち悪ぃ。
 厚い唇は俺の息を逃がそうとしないもんだから、すぐに酸欠になって口を開くと舌が潜り込んできた。洋太の舌なら喜んで迎え入れるけどよ、なんだってこんな連中の舌を吸わなきゃいけねぇんだ。佐渡と言う枷がある以上は滅多な暴れ方はできねぇから、俺はどんな行為にも応えない道を選んだ。
 選んだ途端、背後にいたヤツがガクランを脱がしにかかった。
 手首でそれを蟠らせて枷にすると、白のT-シャツの上から胸を弄ってきやがる。性急な仕種が俺に笑いを誘う。
 コイツら…まるで盛りのついた童貞みたいだな。
 でも、それと同時に。
 俺は間違いなくコイツらに犯られるんだろうと観念もした。
 もう二度と洋太以外のヤツに抱かれるもんかと決意していたのに…俺の身体はまた汚されるんだ。
 ああ…今度こそ嫌われちまうかもな。
 …何、やってんだろ俺。