14.エロ動画を撮っているのに反省しない  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築がぶっ壊したドアチェーンを改めて頑丈なものに付け直してはみたけど、都築がその気になればどうせこのチェーンもぶっ壊されるんだろうと言うことは判ってる。でも今回ばかりはぶっ壊したらそのまま俺との関係もぶっ壊れると理解しているようで、都築は大人しく出入り禁止を実行しているみたいだ。
 なので、毎朝恒例の果物や野菜のスムージーの配達は、申し訳無さそうな胡散臭い満面の笑みを浮かべている興梠さんの役目になっていた。
 大学でたまに都築と擦れ違うこともあるけど、そんな時は何か物言いたそうな表情で俺をジッと見据えてくるけど、俺は無視して誕生日プレゼントで弟にもらった携帯音楽プレイヤーで音楽を聴きながら素知らぬ顔を決め込むことにしている。
 姫乃さんに都築と属さんが酷いんですとチクリの報告をしたら、自分たちですら寝込みを襲うなんてそんな美味しいことはしたことないのに!と変な感じで激怒してくれて、姫乃さんからのお達しと言うこともあって都築は大人しくしているんだろう。
 今の間に思う存分セフレと遊べばいいんだ。
 属さんはと言うと、あの後、こっ酷く上遠野さんと興梠さんに叱られたらしく、あのチャラ男が襟を正して真面目に任務を遂行しているらしいから、ちょっとしたお灸にはなったんじゃないかな。
 ただ、俺の警護チームからだけは外れたくないと頼み込んだらしくて、興梠さんの監視なら間違いないだろうってことで、興梠さんの部下として一葉付きを条件として許されたらしい。火に油を注ぐ結果になったような気がしなくもないけど、まあいっか。
 そもそも、男の寝込みを襲うとかどうかしてるんだよ。
 珍しく独りになった俺に興味本位でみんな話しかけてくるけど、セフレを腕に下げた都築が何処かしらから凄まじい殺気で睨んでくるもんだから、そう長くお喋りも出来ずにレポートだとかノートを借りるとか貸すとかぐらいで、あとはそんな灼熱の視線にもめげない百目木とか柏木と話すぐらいで恙無い大学生活を久し振りにエンジョイした。
 それでも都築の我慢は一週間も持たずに、煩く付き纏うセフレをコバエみたいに追い払ったようで、歩いていた腕をグッと掴まれていきなり空き教室に引っ張り込まれた時は殺されるかと思った。
 色素の薄い双眸が我慢の限界を訴えて殺気立っていたからだ。

「…そろそろ許してもいいんじゃないか?」

「許す許さないは俺の勝手だ」

 壁に身体を押し付けられて両腕を折れんばかりに掴まれて顔を覗き込まれると言う恐怖に耐えながらも、自分の意思はしっかりと訴えておかないと都築の場合は調子に乗るからな。あっさり許してたら、もう俺が知るところなんだから次はこうしようとか、余計なことばっかり思い付くんだよ。

「オレは別にお前が無視していようと気にならないけど、属が反省してる。そろそろ全部解禁でもいいんじゃないか」

 今にも食い殺しそうな目付きをしてるくせに、何を属さんのせいにして全部許されようとしてるんだ。

「ふうん。じゃあ、属さんだけ許す」

「何故だよ?!オレが言い出したんだから、オレもお前の部屋解禁でいいだろ!」

「だって、都築は別に俺に無視されてもいいんだろ?それに属さんは俺の初めての相手なんだから大事にしないと」

 俺の前半の台詞にはぐぬぬぬ…っと奥歯を噛み締めたみたいだったけど、後半の台詞に都築は怪訝そうな表情をすると胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「…なんだと?」

「だってさ。あの動画、俺の尻に属さんのがちょこっと入ってたんだろ?だったら、俺は処女だったんだから、属さんが初めてのオトコってことになるんじゃないのか?」

 必死で恥ずかしいことをイロイロと思い出した俺が頬を薄らと染めて目線を伏せながら恥ずかしげに言ったもんだから、都築のヤツはすっかりその言葉を信じ込んだみたいで、掴んでいた腕を放すと凄まじく何かを考えているようだ。
 例の動画を思い出そうとしているんだなと思った。
 いや、観た限りでは先っちょだけでも入れないと臨場感がないよと属さんは人の悪い笑顔で言っていたけど、都築の『GO』がなかったから擦り付けるぐらいで挿れてはいなかったんだけどな。
 都築に二度と同じことをさせないように釘を刺すつもりと、これ以上属さんと仲良くならないように牽制するつもりで言ったんだよ。
 でもまさか、これほど怒るとは思わなかった。
 都築は肩に下げていたバッグからスマホを取り出すと、俺では到底真似できない素早さでフリックとタップを繰り返して、それからそのままスマホを耳に当てた。
 俺はこの場からコソリと抜け出そうとそろりそろりと空き教室から出ようとしてたってのに、こっちを見もしない都築の壁ドンで再度壁際に追い詰められてしまった。
 ご機嫌の爽やか笑顔の都築から壁ドンされていたら、トゥンクとかなってたかもしれないけど、今の不機嫌と不愉快と殺気を滲ませた仏頂面では俎板の上の鯉、青褪めたまま好きにして状態だ。

「お前、篠原に挿れたのか?!」

 応答一番で都築が腹の底がビリビリするような声で怒鳴ると、電話の向こうの属さんは話の意図が見えないようで、何かをオロオロと言い募っているみたいだ。それに都築の怒りがさらにヒートアップした。

「どうしてハッキリ断言しないんだ?お前、篠原を好きだとか言ってやがったな。そこに行くから待ってろッ」

 自分でもあの時はどうかしていたと言っていただけに、都築自身、あの日のことはうろ覚え状態だったんだろう。だからこそ、属さんに問い質したのに要領を得なかったから、最悪の事態を想像してぶち切れたんだ。
 自分が仕出かしたことで、自分が大事に思っているものを壊してしまったんだ。
 そりゃ、ぶち切れるか。
 都築はどう言う観点でかは判らないが、どうも俺に対してだけは重度の処女厨らしく、俺が処女じゃないのは絶対におかしい、人間としてどうかしてるレベルに考えてるところがあって、どれぐらいのレベルかと言うと柏木との一件でヤツ自身がどうにかなって俺の寝込みを襲ったぐらい変になるレベルらしい。
 そのくせ、まあ処女じゃなくてもハウスキーパー=嫁にしたんだけどと嘯いていた。
 俺の腕を掴んで無言の怒りのまま空き教室を出た都築は、道行く学生どもがギョッとしても、都築を捜してキャッキャッしていたセフレどもが真顔で「お、おう」と言っているのもまるで無視で、そのまま駐車場に向かっているみたいだった。

「つ、都築!俺、4コマ目があるんだけど」

「腹痛だ、休め」

 何時もの休む理由を口にされてウグッと言葉を飲んだ俺は、ほんの冗談のつもりだった台詞を悔やみながら、引き摺られつつ地獄の仏頂面の都築を見上げた。

「何処に行くんだ?」

「駐車場だ。属がいる」

「マジか」

 あ、そう言えばこの前、姫乃さんが属さんは一葉付きの護衛になりましたとメールをくれてたっけ。駐車場で待機しているのか。
 だったら、早いところアレは嘘でしたって言わなくちゃ。

「都築、あのさっきの話だけど…ッ」

「属!」

 不意に腹に響く恫喝で呼ばわれた属さんが、慌てたようにウアイラの傍らから走り出てきた。
 何が何やらと言いたそうな驚いた表情なのに、引き摺られる俺を見て一瞬、なんとなく不穏な表情になった。

「…坊ちゃん、篠原様にあんまり酷いことは」

「お前、あの日篠原に挿れたのか?!」

 酷いことはしないで欲しいと言いかけた台詞に覆い被さるように都築から怒鳴られて、属さんはちょっとハッとしたような顔をして素早く俺を見た。

「だから都築、あの話は嘘…」

「挿れたかどうかは記憶にないですが、挿入されたと篠原様が仰ったんなら入っちゃったんじゃないッスかね。だったら、ちゃんと責任持って篠原様と付き合いますよ」

 なんとなく話が飲み込めたような属さんは、なんだそんなことかと言いたそうな表情をしてから、酷く生真面目に激怒の都築に応えている。なに言ってんだ、お前。

「巫山戯んな!」

 思わず都築と声がハモッてしまって、俺は慌てて咳払いした。

「属さんも巫山戯ないでください。都築、ごめん。さっきの話は嘘だ」

 掴んでいる腕をちょいちょいと触って見上げながら、俺は心底属さんにも都築にも申し訳ないと思いながら慌てて言い募ると、今にも属さんを殴ろうとしている雰囲気の都築が「ああ?!」と胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「だから、嘘なんだってば!お前に二度とあんなことしないように釘を刺すつもりと、それから…お前と属さん、仲良しだろ?姫乃さんが今度はお前付きの護衛になったとか言ってたから、ちょっと仲悪くなってくれないかなって思ったんだよ」

「なんだよ、それは?!」

「うう、悪かったって!お前さぁ、俺のこと好きでもタイプでもないくせに、属さんと一緒になって俺を弄り倒すだろ。これ以上何かされたら嫌だから苦肉の策だったんだよッッ」

 殴られることはないにしても怒り心頭の都築は正直言ってライオンか熊に吼えられるぐらい怖い。その上、その色素の薄い双眸をギラギラさせて覗き込まれたら、さらに腹の底から震え上がって唇まで震えそうになっちまうよ。

「…坊ちゃんって篠原様のこと好きじゃないんですか?」

 不意に、ごめんごめんと謝っている俺と、やっと少しホッとしたように怒りを静めつつある都築に、属さんは有り得ない爆弾を投下してくれた。

「なんだ、てっきり俺、坊ちゃんは篠原様に参ってんのかと思ってた。違うなら、篠原様を狙ってもいいんスね♪」

 にこやかに略奪宣言をぶちかました属さんに、都築の額にぷくっと血管が浮いた。
 目にも留まらぬとかよく聞くけど、確かに呆気に取られてるときに真横で素早い動作をされてしまうと、視界に入らない。いや、入っているんだけど何が起こっているのかまでは視認できないし脳も理解できないようだ。

「…坊ちゃん。アンタ、憖な武道家じゃないっしょ!本気出したら俺より強いんだから殴るのはナシにしてくださいッ」

 下手したら死ぬんじゃないかと思える重い拳を受け止めて、属さんは焦ったように冷や汗を額に浮かべている。もしかしたら、全身、嫌な汗を掻いてたんじゃないだろうか。
 俺だったら間違いなくヒットして吹っ飛ぶぐらいはやらかしただろうその拳を、叩き出せる都築も凄いが一瞬のことでもちゃんと受け止めて防げる属さんも凄い。さすが、セキュリティサービスの人だな。
 俺だって横で空気が斬れるのを初めて体験したよ。オシッコちびるかと思った。

「オレは別に篠原を好きでもなければタイプでもない。だが、お前には言ってるだろ。コイツはオレの嫁だ。主から盗もうとしてるんだ、それなりの覚悟を決めてるから言ってるんだろうな?」

 いやいやいや、お前なにを真剣に言ってくれちゃってるんだ。俺はお前の嫁じゃないし、嫁になる気もない。ましてやお前のモノでもないぞ。

「好きでもないのに嫁にするのはヘンですよ、坊ちゃん。それは篠原様に失礼だ」

 至極まともなことを言う属さんを、思わず顔を上げて呆気に取られたように見つめてしまった。
 都築に関わる人で、まともな人っていたのか…

「なんだと?」

「だってそうじゃないッスか。篠原様を好きじゃないってことは、坊ちゃんには他に好きな人が出来る可能性があるってことですよね。だったらその時、悲しい思いをするのは篠原様だ。そんなの篠原様が可哀想だし、失礼だと思いますけどね」

 そうか、盲点だった!都築に他に好きな人を作らせれば俺が嫁とか言われて恥を掻くことはないんだ!!
 属さん、いいこと言うな。
 不機嫌そうな都築に、重い拳を受けた腕を軽く擦りながら属さんは眉根を寄せて、少し困惑したように俺を見下ろすご主人に口を尖らせた。

「だったら、ちゃんと篠原様を好きな相手に譲るべきじゃ…はいはい、もう言いません」

 ゆらっと色素の薄い双眸で睨むだけで、属さんは若干怯んだように両手を挙げて降参したみたいだった。
 あ、この反応は『都築に他の人を宛がう作戦』を実行したら消されるな。俺からのアクションはやめておこう。うん。

「それじゃ、俺はもとの警護に戻りますんで、また何かあったら呼んでください」

 属さんはやれやれと溜め息を吐いてから、困惑したようにあわあわしている俺をチラッと見て、ちょっと眉尻を下げてから頭を下げてさっさとその場を立ち去った。
 耳にイヤフォンをして、ダークカラーのスーツはちょっと大学だと浮いて見えるけど、都築家ご用達のツヅキ・アルティメット・セキュリティサービスの制服だったりするから仕方ないけど、パッと見、属さんは都築と同じぐらいの長身でイケメンの男前だ。
 何故だろう、俺は背の高い野郎に異常にモテるみたいだ。とは言え、都築は俺を好きでもタイプでもないからモテとはちょっと違うんだろうけど、色んな意味で構い倒されるから、興味は持たれているってことだよな?属さんは堂々と俺のことが好きだから付き合ってくださいって言って、俺に華麗に「ごめんなさい」をされてガックリしていた。
 でも、まだ諦めないのか。怖いし気持ち悪い。

「都築って武道ができるんだな!すげえな!俺、空手とか合気道とか憧れてるんだよね。カッコイイ!」

 拳を握って前に突き出したりキックしながら、俺は都築を見上げて笑った。
 目にも留まらぬってすげえよな。だからどんなに怒っても、都築は俺を殴らないのかと思った。と言うか、誰に対しても、煩わしくても鬱陶しそうにしていても、何時も薄ら笑いで相手にしないのは、拳を出すと死人が出るってちゃんと意識しているからなのか。
 うーん…今後は都築を怒らせないようにしよう。ガクガクブルブル。

「…別に。護身術で覚えさせられただけだ。チビの頃は誘拐とか普通だったから」

 ああ、そうか。今でこそ熊かライオンみたいな風体の大男だけど、コイツにもチビの頃はあったんだ。身代金目的の誘拐だとか、会社にダメージを与える為だとか諸々で、身の危険はそこらじゅうにあったに違いない。

「でもほら、一朝一夕じゃ覚えられないだろ?ちゃんと、真剣に学んだんだな」

「…オレのは古武術だ。真剣も扱う。今度、稽古を見せてやるよ」

「マジか!絶対絶対、約束だからなッ」

 パアッと本気で喜ぶ俺を仏頂面で見下ろしていた都築は、それから小さな溜め息を吐いて、唐突に俺の腰を掴むとグイッと引き寄せられて驚いた。思わず目をパチクリとしてしまった。

「もう、あんな嘘は言うな。全部、オレが悪い。それは認める。だからもう二度とあんな嘘はごめんだ」

「…うん、判った。俺もごめん。もう二度と言わないよ」

 まさかあんなに怒るとか思わなかったし、こんな人目がバッチリのところで抱き寄せられるなんて羞恥プレイをさせられるぐらいなら、軽いジョークのつもりでも絶対に言わない。約束する。
 ウアイラの陰から属さんが呆れたように覗いていたけど、真っ赤になっている俺はそれどころじゃない。早く離してくれないかな。

「じゃあ、もう解禁だよな?」

 ウキウキとしている都築を見上げて、あ、コイツ、今の話題に紛れて前回の件もナシにしようと企んでいるなと、俺の都築アンテナがビビッと反応したからニコッと笑って頷いた。

「もちろん、解禁でいいよ」

「!」

 都築がもし色素の薄いでかい犬だったら「やったぁ!」と吼えて尻尾をブンブン振るんじゃなかろうかと言う幻視が見えたけど、もちろん、ヤツは仏頂面だしニッコリ笑う俺は悪魔だ。

「但し、お前んちのパソコンのハリオイデッラのフォルダに入っている動画を削除したらだけどな。もちろん、完全消去で!」

「!!!!!」

 流石にギョッとした都築は二の句が告げられないのか、酸欠の金魚みたいにパクパク口を動かすだけで声が出ない。衝撃的過ぎて言葉を忘れてしまったみたいだ。うける。
 よく都築にはウケられてるんで、今回は俺がウケさせてもらった。
 都築は呆然としたように「いや、アレは」とか「貴重な記録だから…」だとかぶつぶつ何か言ってるみたいだけど、俺はいっそ全く聞いてないふりで都築の腕を掴んだ。
 動画と画像を全部消せって言ってるんじゃないんだから、どんなにか俺は優しいだろう。

「ほら!せっかく講義をサボったんだから、早く都築んちに行こうぜ」

 これ以上はないぐらいのやわらかい気持ちでニッコリ笑う俺がぐいぐいと腕を引っ張ってウアイラに導くと、都築のヤツは泣きそうな顔をしたままのらりくらりと歩きつつ、「畜生、こんな時ばっかり可愛い顔しやがって」とか何やら物騒なことをほざきやがる。
 それすらも無視してウアイラのドアを開けろとせっつくと、都築の警護だから自分の車に引き上げようとしている属さんが、「うわ、それはないわ…」とか素で言っていた。
 うるせえ、お前らは俺の逆鱗に触れていることを忘れるんじゃねえ。

□ ■ □ ■ □

「別に全部消せって言ってるワケじゃないんだから気を落とすなよ」

 そりゃ、すごい労力でこの短い間に腐るほど溜め込んだんだから、失ってしまうのは心がもがれるほど残念だろうけどな、同じぐらい羞恥心をもがれてる俺の慈悲深さに感謝しろよ。
 ハーマンミラーの椅子に座らせた都築の両肩に両手を添えて、まるで天使みたいな笑顔で悪魔の囁きを吹き込む俺に、都築は両肘を付いた姿勢で両手で顔を覆っている。画面いっぱいの満面の笑みの俺がそのまま後ろにいるんだ、嬉しいだろ?な?な?
 2ちゃんねるとかで良くある、「ねえねえ、いまどんな気分?」ってのを地でやらかしている気がするけど、今の都築にはちょっぴりの同情心も沸き起こらない。
 よく聞けば、あの練習とか巫山戯たフォルダ名の中身は、最初に見た分と都築のピックアップ以外は、全部属さんと一緒になって俺の身体を弄くっていたっていうじゃねえか。属の野郎も今度何らかのえげつない方法で〆てやらないと気がすまない。
 可愛いだのなんだの、気持ち悪いことを言ってるなぁと思ってたら、ほぼ毎晩気持ち悪いことを俺にしていて、その反応を思い出してはそんなことを言いやがっていたんだろう。
 大男から見たら170センチ弱の男は可愛い部類に入るんだろうかとか、真剣に不気味だと悩んじまっただろうが。多少睫毛の長いのが気持ち悪いと言われる地味メンを舐めてんじゃねえぞ。
 ご丁寧に見つかったとき対策とかで、最初は(スマホの?)カメラの撮る部分を覆ってサムネイルに表示されないなんて姑息な技まで使いやがって、アレは誰の知恵なんだ。都築か、属か?どちらかによっては制裁の凄惨さに違いが出るんだ。

「…都築さ。毎晩、属さんと俺を弄ってたらしいけど、属さんは俺のこと好きって言ってたけど、まあ上司の命令だから仕方ないとしても。お前は本当に俺のこと好きじゃないんだなぁと安心したよ」

 都築の肩から手を離して、俺は英字の単なる羅列みたいなフォルダをクリックして、その中から適当な動画を再生した。

「どうしてそう思うんだよ?」

「え?だってさ、好きな相手だったら、誰かと一緒に触ろうとか思わないだろ。俺なんか好きな相手を友達とでも共有するなんてイヤだもん。俺、独占欲が強いのかな?好きな人は俺だけを見て欲しいし、俺もその人だけ見ていたい。他の人に触られて感じてる姿なんか絶対に見たくない」

 どうせ、初心な童貞のファンタジーだなプゲラってとこだろうけど、これは俺の本音だったりする。
 だから、あの寝取られとか大嫌いだ。
 わざと旦那が他の人に預けるとか設定があって、結局、奥さんはそっちの男に惚れて言いなりになったりするのが許せない。
 どう言う心境であんなのを読むのか知りたいもんだ。

「寝取られとか属さんが言ってたけどさ、ああ言うの大嫌いだ」

「…だからオレを軽蔑したのか」

「うーん、それだけじゃないけど。でも、お前にしたら普通のことなんだろうけど、俺は嫌だなぁ。だから、お前が俺を好きで、恋人とかじゃなくて良かったって思ったよ」

「どうしてだ?」

「だから、もし恋人とかだったら100年の恋も一夜で冷めてたから、即お別れするところだったんだ。恋人じゃないから、今はここにいるけど」

「……」

 都築は不意に黙り込んで、ちょうど属さんが半裸で眠りこける俺を抱き締めながら、「可愛い」と言って頬に口付けている動画が流れているモニターを、食い入るように見据えた。
 何かぶつぶつ言っているみたいだったけど、都築は傍らでうんざりしたように眉を顰めて動画を覗き込んでいる俺を横目でちらりと見上げてきた。

「なんだよ?」

 都築の凝視なんて何時ものことだけど、あんまり熱心に見つめてくるからちょっと困惑してしまう。

「…高校時代も最近も、属とはセフレをよく共有していたんだ。3Pとか普通でしてたしな」

「うげ…やっぱ爛れてんな、お前も属さんも」

「お前ならそう言うだろうな。全然気にならなかった。どっちにしてもつまらないから、属が抱いているのを見ても2人でしても何も感じなかったんだ。ただ、溜まったモノを吐き出すだけ、ただそれだけ」

 なのに、と都築は俺を色素の薄い、感情を浮かべない静かな双眸で見つめてくる。
 そんな目で見られても、出てくるのは気持ち悪いって感想ぐらいだぞ?
 軽く眉を寄せて首を傾げながら見つめ返したら、都築は小さな溜め息を零した。

「最初は録画をさせてるだけだった。お前を両手で触ってみたかったから。だがすぐに属が何時ものように自分にも触らせてくれと言ってきて、何時ものことだから納得して触らせた。納得していたはずなのに…胸の辺りがモヤモヤして、腹の底が痺れるみたいで、苛ついていた」

 都築はそこまで言うと、モニターの中で俺を楽しそうに剥いていく属さんに目線を移して、それから苛立たしそうに動画を消してしまった。

「今日、その理由が判ったよ。お前はもう誰にも触らせない。動画も消す」

「…は?ふーん、そっか。俺は消してくれるならそれでいいけど…って、うわ!」

 不意に都築が身体ごと俺に向き直って、それからぎゅうと抱き着いてきた。
 俺の胸元に頬を擦り寄せて、それからすんすんと匂いを嗅いでいるみたいだ。
 どうしたんだろう、突然甘えたくなったのかな。でかい図体して気持ち悪いんだけど。

「お前も、誰にもこの身体を許すなよ。オレ以外に触らせたら許さないからな」

「はあ?!お前、言ってることがメチャクチャだぞ。だって、練習は俺が人肌に慣れるために、28歳でラブラブな結婚をするために協力してるんだって言ったじゃないか」

「それはそのとおりだ。人肌に慣れればいい。28歳でオレと入籍すれば問題ないだろ?」

 ギョッとする俺をぎゅうぎゅう抱き締めながら口を尖らせていた都築は、それから独りで納得したようにニンマリして、「最初からセフレとは違っていたんだ、ムカついて当たり前だよな」とか「属だって百目木や柏木、ゼミの連中と何も変わらなかったんだ」とかなんとか、勝手なことをほざきやがるから、俺はその腕から逃れようと両手を突っ張るんだけどやっぱ体格差と力不足で逃げ出せない。

「何いってんだ!俺は女の子とラブラブな結婚を…」

「バーカ、お前みたいな処女が女となんか結婚できるかよ。オレが幸せな生活を約束してやるんだ、それに、もうオレに慣れてきただろ?」

 …へ?あれ、そう言えば、最近都築に触られても気持ち悪いって思わなくなったな。今だって理不尽な物言いに腹が立っただけで、別にぎゅうぎゅう抱き締められているのは気にならなかった…これって拙いよね。

「あとはセックスだけだな。初夜はやっぱりラップランドのオレの別荘で…」

「はあ、お前さ」

 俺は諦めたように溜め息を吐いて、それから都築の腕を緩ませると、ハーマンミラーの座り心地のよさそうな椅子に座る都築の腿を跨ぐようにして腰を下ろすと、訝しそうに眉を寄せている頬を両手で掴んでその色素の薄い双眸を覗き込んだ。
 琥珀のように深い色を湛えた双眸はそんな俺を興味深そうに、大人しく見入っているみたいだ。

「忘れてるだろ?俺はラブラブで幸せな結婚をしたいんだよ。お前みたいに俺のこと、好きでもタイプでもないなんて言ってるヤツと一緒に居ても、ちっとも嬉しくもないし幸せでもない」

「そのことで考えたんだ。オレはどうしてもお前を好きになれないし、タイプでもないからさ。お前がオレを好きになれば問題ないんじゃないか?好きなヤツと一緒に居られたら幸せだろ」

「なんだそれ」

 呆れたように息を吐いたら、都築は俺の腰に腕を回して抱き寄せながら、至極当然そうにご機嫌の仏頂面で嘯きやがる。

「お前がオレを好きになるのなら、仕方ないから一緒に居てやるって言ってるんだよ」

 なんだ、その偉そうな態度は。

「あのなぁ、都築。何度も言ってるけど、たとえ天地が逆さになったって俺がお前を好きになることなんてないっての」

 途端に都築がムッとしたように唇を尖らせて「お前だってオレを好きにならないじゃないか」とかブツブツと何かを言いやがるけど、俺はそれを無視して、それから閃いたからニヤッと笑って色素の薄い双眸を改めて覗き込みながら言ってやったんだ。

「でも、お前が俺を好きになるって言うのなら、俺の考えも変わるかもな」

「可能性なんてクソ食らえだ」

 フンッと鼻を鳴らす都築にぶぅっと口を尖らせた俺は、その腿から降りながらその高い鼻をキュッと摘んでやった。

「だいたいエロ動画撮って俺を怒らせたのはお前なのに、ちょっと生意気だぞ。反省しろ、反省!」

「…練習は続けるから問題ないだろ。属との動画は消すけどさ」

「はあ?なんだそりゃ、俺はハリオイデッラのフォルダの動画を削除しろって言ったよな?」

「だから、ハリオイデッラの中の属の動画を削除するんだろ」

「…誰が属さんが映ってるヤツだけって言ったよ。俺の動画全部だ!」

「お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?」

 なんなら証拠の音声を聴くかと、スマホを持ち上げて俺に振ってみせる都築は、途端に人を喰ったような嫌な笑みをニヤリと浮かべやがった。
 コイツ、どっか抜けてるお坊ちゃんだと思っていたけど、全然そんなんじゃねえぞ。
 こっちの弱みを見つけたら獰猛な肉食獣のように喰らいついて、それから弱るまでジワジワと追い詰める、紛うことなき野生のハンターだ!

「そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!」

「はあ?!なんだよそれ。嫌だね、俺は撮るぞッ」

 自分が動画を撮るのだから俺に断る必要はない…なんて、どこの独裁者だお前は。
 いいか、都築。俺が常識を教えてやるからな。よく聞いておけ。
 この日本には盗撮って言葉があるんだ。被写体に断りなくエロ動画を撮ったり盗み撮ったりするのは、盗撮って言う立派な犯罪なんだ。
 と、俺が真剣に常識を説いたところで、都築は絶対に聞かない。飲酒運転ダメ絶対!とか、野菜を残すなとか、どうしてPS4を出しっぱなしで大学に行くんだとか、そう言った俺の小言は正座して神妙な顔付きで聞くくせに、自分が信念を持っている行動は絶対に聞く耳を持たない。曲げない。たとえそれがとても理不尽な内容であってもだ。
 でも、小言も神妙な顔して聞くくせに実行は伴わないよな。絶対に都築は俺をバカにしてる。
 何時か絶対、お前がぎゃふんと後悔するようなことをしてやるからな!

□ ■ □ ■ □

 久し振りに弟たちと電話で話したら、自分たちが撮った動画や画像に都築が(違った意味で)興奮して喜んでいたと知って、弟たちが撮っていた写真や動画を興味本位で送ってきた。
 撮り方が上手だから興奮したと勘違いしている弟たちに説明するのも面倒臭いし、自分が撮っている画像をSNSにアップしている弟がガックリするのも可哀想だから、俺は礼を言って昔の画像をスマホのフォルダに格納した。
 どうせ都築から見つけられて欲しがられるか、前回で覚えたかもしれない送信方法で勝手に盗まれるかに違いないけど。
 やれやれと溜め息を吐きながら鍵を開けて部屋に入って、俺は固まってしまった。
 今日は見かけないなぁとは思ってたけど…

「…お前たち、何してるんだ?」

 立ち尽くす俺の前で、都築と属さんが深々と土下座していた。
 困惑して眉を寄せる俺を、2人は恐る恐ると言った感じで顔を上げて見上げてくると、都築がボソボソと事の真相を話してくれた。

「お前がずっと怒っているし、オレにしても属にしても何時までも軽蔑されたままは嫌だから、どうしたらいいか姫乃に相談したら、まずは土下座だと言ったんだ」

 俺が怒っているのはお前がハリオイデッラのファイルを消さないからだろ。
 でもまあ、属さんや都築を軽蔑しているのは確かだし、だいたい独りをこんな大男2人で悪戯しまくるってのは、俺じゃなくても軽蔑するんじゃないか?

「土下座したら、次は美味しいもので詫びろ。それから旅行に連れて行けってことらしい。オレも属もいまいち詫びることが判らなかったから、姫乃に聞いたんだ。これから属と2人で割り勘して寿司を頼むから、許してくれ。それで、温泉も奢る」

 ボソボソ説明する都築も属さんも、これ以上はないぐらい眉尻を下げて縋るように見上げてくる姿は、どうやら本当に反省しているみたいだなと思える。
 都築はこの間、俺に証拠の音声を聞かせて納得させようなんて巫山戯たこと言ってさらに怒らせたから、本当に反省しているかいまいちよく判らないけど、属さんは本当に反省しているんだろう、今にも泣きそうな見たこともない面で唇を噛んでうんうんと頷いている。
 そんな属さんを何時までも苛めても可哀想だから、都築の件はまた後回しにして、俺は溜め息を吐いた。

「ふうん。だったらもういいよ。本当に反省しているみたいだしさ」

「マジか!」

「ホントっすか?!」

 肩に下げていたデイパックを何時もかけている100円で買って取り付けた物掛けに下げると、てくてくと歩きながら上着を脱ぐ俺をパアッと表情を明るくした大男2人が目線で追う。

「じゃあ、寿司を注文する!」

「坊ちゃん、都築家御用達の銀座の店ッスよね?」

 俺が寿司で納得するかどうか心配していたんだろう、ホッとした2人で勝手に話を進めて属さんが内ポケットからスマホを取り出すから、俺は部屋着に着替えるためにアウターを脱ぎながら首を左右に振った。

「寿司はいらない」

「え、何故だ??」

 驚いたように注視してくる都築は不意に少し不安そうな表情をしたから、俺がもういいよと言ったのは完全に見放そうとしているんじゃないかと、却って不安になったみたいだ。

「違うよ。ちゃんと許してる。俺、今日は豚の角煮を仕込んでるから寿司はまた今度がいいなってこと」

 ニコッと笑ってジーンズを脱ぐとスウェットを持ち上げて…ハッとして2人を見たら、都築も属さんもジッと俺のトランクスから伸びる素足を見ていた。こいつ等、絶対に反省してないだろ。
 ぶぅっと頬を膨らませつつそんな2人を睨み据えながらすぐにスウェットを穿いたら、都築が「くそッ」と呟いて床を叩き、属さんが「ホントっすね。可愛すぎますね」とかなんとか言ってなんだか鼻を押さえている。変なヤツ等だ。

「じゃあ、寿司はお前がいい時に頼むとして、だが何もしないのは気が引ける。何か注文してくれ」

 都築も属さんも正座には耐性があるのか、薄っぺらいカーペットを敷いているだけの硬いフローリングの上で正座したまま、納得できないとちょっと不機嫌そうな表情で都築に言われてしまった。

「うーん、別にこれと言って欲しいものもないしなぁ…あ、そうだ!」

 脱ぎ散らかした服を洗濯機に投げ込んでから、デイパックから取り出したスマホをちゃぶ台の上に置きつつ首を傾げていた俺は閃いた!と頷いて、正座したままで俺の行動を熱心に追いかけていた2人に、若干1名はちゃぶ台に置いたスマホが気になっているみたいだが気にせずに言った。

「俺、都築がモデルしてた時の写真が見てみたい」

 パアッと表情を明るくして頷く属さんの隣で都築が青褪めた。
 どうやら都築はモデル時代の写真を見せるのは嫌らしい、よし、じゃあどんなことがあっても見てやろう。ネットで検索すれば出てくるんだろうけど、せっかく本人が目の前にいるんだから直接見せてもらったほうがいいもんね。

「その、今は持ってないし…今度持ってく」

「俺、坊ちゃんが掲載されてる雑誌、ほぼ全部持ってるッス!ちょっと取ってきますね」

「属…!!」

 スクッと立ち上がってさっさと部屋を後にする属さんを都築が恨めしげに見送ったが、ベッドに腰掛けた俺を見るなりグッと言葉を飲み込んだみたいだ。そうだろうな、俺がニヤニヤ笑っているんだから、都築としては弱味だと取られたくはないんだろう。

「お前さあ、モデルって何時してたんだ?今もしてるの??」

「いや、もう辞めた。最初は読モだったんだよ。属と歩いているところを街で声をかけられて。高校までだ」

「その頃は興梠さんじゃなくて属さんが護衛だったのか?」

「いや?護衛は興梠で、属とは遊びに行っていただけだ。言ってなかったか?アイツとオレは同級なんだ。あ、お前とも同い年だな」

「!!」

 衝撃的事実にビックリして目が白黒してしまった。
 てっきり属さんは俺より年上だと思っていたから…ってそうか、それで都築と仲良しだったんだな。

「属は高校を卒業したら進学せずにすぐにアルティメット・セキュリティサービスに就職したんだ」

「もしかして、同じ高校だったとか?」

「ああ、もちろん」

「…そっか。で、同じくモデルをしてたと?」

「そうだな。2人一緒のほうが見栄えもしたから、向こうがそれを望んだしな」

 都築はもう諦めたように溜め息を吐いて全部話してくれたみたいだった。
 属さんが同い年と言う衝撃と都築と一緒にモデルをしていたと言う事実に、俺はどんな顔をしたらいいのか判らずに、袋と何冊か腕に抱えて戻ってきたにこやかに?マークを浮かべている属さんを複雑な表情で見つめてしまった。

「なんすか?篠原様、何かたまってんすか。可愛いな」

「モデルになった経緯を話していた」

 床に重い音を立てて雑誌と袋を置いた属さんの戯言を無視していると、都築がフォローを入れて、なんだそんなことかと言いたそうな顔をした属さんはニッコリと笑った。

「ああ、俺が同い年ってんでビビッてんすね。俺のこと年上だって思ってたみたいですもんね」

 クククッと笑った属さんに都築は肩を竦めたけど、俺は「そのとおりだよ!」と口を尖らせて言い募ると、ベッドから降りて床に置かれた雑誌をワクワクしたように見つめた。

「でも、どうして昔の雑誌を車に乗っけてたんですか?」

 それでも口調はいきなり改まらなかったから、属さんは苦笑しながら頷いて答えてくれた。

「坊ちゃん、昔の写真を見られるのすげえ嫌がるんすよ。だから無理難題とか押し付けられた時の防波堤に何時も車に乗っけてるんです」

「あー…なるほど」

 傍らで両手で顔を覆って見ようとしない都築を見ていれば判る。
 まあ、そんな都築は軽く無視して俺は早速、一番古そうな雑誌を一冊床に置いてページを捲ってみた。
 巻頭には当時人気だったアイドルが大きな顔で掲載されていたけど、ページの中頃、『街で見かけたイケメンくん!』とかなんとか、それっぽいタイトルが踊るページの一番最初に都築と属さんがででんと載っかっていた。他のイケメンはバストアップとか小さく掲載されているのに、2人はデカデカと掲載されていたから、突撃取材のカメラマンもインタビュアーも目を奪われたんだろうってことはよく判った。

「なんで嫌なんだ?カッコイイのに」

「…カッコイイ?」

「うん、カッコイイ。属さん、これって高校何年ぐらいの時の写真なんですか?」

「これは一番最初だから、1年の時ッスね。これと、これなんかは1年の時ッスよ」

「ふうん」

 属さんはちょんまげにしているやっぱりチャラ男風で二カッと笑っているけど、都築は今よりももっと子供っぽくて、少し拗ねたような表情はイケメンに甘さが入っていて憎めない。
 いずれにしてもどっちも、一緒に写っているイケメンが可哀想になるぐらいの一級品だ。

「これは仕事で撮ったヤツっすね」

 属さんが見せてくれたページの都築は少し大人びていて、綺麗なお姉ちゃんの腰を抱えながら写っているのは、まるで世界の中心は自分にあると思い込んでいる傲慢なガキのようにも、確かに両手で掴んでいて叶わないものなんて何もない不遜な成功者のツラのようでもあり、その時に着ている服に似合った表情だなぁと思った。

「…」

 俺が無言で魅入ってページを捲るのを都築は黙って見つめているようだったけど、不意に何を思ったのか、いきなり背後からギュッと抱きついてきた。

「うっわ!」

「坊ちゃん?!」

 俺と属さんは同時に声を上げたけど、都築は不機嫌そうに眉を顰めて、それからぶつぶつと言った。

「長いこと出入り禁止だったんだ。補給させろ」

「はあ?…はは、何いってんだか」

 俺が雑誌を読んでいたり本を読んでいるとき、モン狩りをしている場合は俺が背中を背凭れ代わりにして、モン狩りをしていない場合はいつもこんな風に後ろから抱きかかえてくるから、もう慣れてしまっている俺は都築の足の間に座り直して雑誌に目線を落とした。

「…うーん、坊ちゃん、篠原様を好きじゃないとか言うけど、充分ラブラブなんだけどなあ」

 ブツブツと属さんが困惑したような表情で何か言っているけど、都築の胸板を背凭れにして雑誌を捲る俺は気にせずに、俺の肩に顎を乗せてくる都築に言った。

「やっぱり都会の高校生ってすげえんだな。こんなの見てると、都築たちがモテまくってたってのも頷ける。俺が高校2年の時なんか夏と言えば川遊び、冬と言えばゲーム三昧とか…お前たちが高校のときの俺に会ってたら見向きもしなかっただろうなぁ」

 クスクスッと笑ってページを捲っていると、「高校のときに会ってたら間違いなくレイプしてた」とか「あの頃は性欲が有り余ってたから見境なかったと思うッス」とか、なんとも物騒で不気味なことを言いやがる2人に、やっぱりお前ら反省してないだろうと思いながら、数年後にこんな変態になるとは思ってもいないだろう雑誌の中の煌びやかな2人を眺めていた。

「この当時の坊ちゃんは飛ぶ鳥を落とす勢いっつーんですかね。超モテまくって、高校でもモデルでも喰ってないヤツがいないんじゃないかってぐらいだったんすよ」

「ははは、それって大学と一緒だな」

「…属、余計なこと言うなよ。オレよりお前のほうがあの頃は派手だっただろうが」

「グッ」

 だらしないのは嫌いだと宣言したときから、都築も属さんもできるだけ自分の交友関係を口にしようとしないけど、たまにこんな風に言い合うことがある。なんだよ、モテてます主張かよ。ムカつくなあ。

「あ、そうだ。属さん、ちょっと俺のスマホ取ってもらえます?」

 都築は俺のスマホを自分と俺以外が触るのを殊の外嫌うけど、背後からがっちりホールドされてるのに身動きできなんだ、仕方ないだろ。だからスマホを取ってくれた属さんを地味に睨むな。

「さっき弟が送ってくれたんだけど、俺が高校の頃の動画…ぶっ」

 ちくちくとフォルダを開こうとモタモタする俺の手からスマホを強奪した都築は、片手だって言うのにサクッとフリックとタップを決めて、弟が送ってくれたガキ丸出しの俺の動画を再生しやがった。誰が勝手に観ていいと言ったんだ。俺にだって選ぶ権利ぐらい寄越せ。

『やめろちゃあ、水がかかったらケータイ壊れるちゃ』

 アハハハッと賑やかな声が漏れているのは、どうやら夏のプール開きに向けて、みんなでプール掃除をしている動画らしい。タンクトップの下着と体操着の半ズボンで笑いながら、みんなでキャッキャッしてる動画なんて、お洒落でイケメンな都築たちが見たって面白くもないだろうに、それどころかガキだってバカにされると思ったから選びたかったのに。

「…これ、乳首見えてますよね」

「…半ズボンだと?」

 クソッとなぜか悪態を吐かれている俺の動画が可哀想になって、都築の手からスマホを奪おうとするけど、リーチの違いもあるし腰をガッチリ掴まれているせいで身動きが取れない。奪えない、ぐぬぬぬ…。

『夕方から雪が降るち義母ちゃんが言っちょったけ、やけ今日は早よ帰れよ』

 マフラーをした俺が鼻の頭を赤くして手袋の両手で口元を覆うと、俺を撮っている弟をジロッと横目で睨みつつ方言で注意するけど、なんか動画を撮られているとついつい笑いたくなる俺はやっぱり笑って「やめろちゃ」と言って携帯電話を押しやろうとしていた。

「学ランに方言…クソッ、レアだ」

「レアっすね」

 だから、俺の動画はバトルカードとかじゃねえぞ。

「なんだ、この宝の山は。篠原、これ全部欲しい」

「あ、俺もできれば欲しいッス」

「はあ?あげねえよ。なんで俺の動画をあげないといけないんだよ。これは、俺とお前たちの違いを見せようと…」

 俺がうんざりしたように口を尖らせたけど、都築のヤツは「これ送信はどうするんだ?」とか勝手に聞いて、「取り敢えず、坊ちゃんのパソコンに全部送りますね」とか属さんが答えて勝手に送信しやがったみたいだった。

「おい、画像もあるぞ。これは何時だ?」

 勝手に動画を送信しやがった都築たちは、画像フォルダまで勝手に開きやがって、膨れっ面の俺の目の前にスマホの画面に映った画像を見せてきた。
 山桜が散る中ではにかんでいるまだずいぶんとガキの俺が笑っているそれは、確か高校の入学式じゃなかったっけ。

「高校の入学式だと思うけど…」

「中学卒業したばっかッスか!可愛いッ」

 属さんが薄気味悪いことを言うからげんなりしていたけど、俺は都築が無言でその画像をじっくり魅入っていることに気付いた。
 なんだろう、ものすごく気持ち悪い予感がするんだけど…

「属、オレのスマホにこれを送ってくれ」

 すぐに属さんが俺が止める暇もない迅速さでサクッと送信するから、もう好きにすればいいと泣き出しそうな俺の前で、都築が手にしているスマホがピロンッと鳴って受信を報せ、胡乱な目付きの俺の前でヤツはそれを待ち受けに設定しやがった。

「都築、やっぱりお前気持ち悪い」

「はあ?こんなレアな画像、待ち受けにするだろ、普通は」

 いや、しないでしょ。普通に考えて。

「坊ちゃん、いいなぁ…」

「属はダメだぞ。ひとつなら動画をやってもいいが、全部はダメだ」

「ちぇッ。とんだ独裁坊ちゃんだ」

 お前らは何を言ってるんだ。
 あーあ、ちょっと田舎の高校生と都会の高校生の違いを見比べてみようとしただけなのに、結局画像も動画も全部盗まれてしまった。

「…じゃあ、俺の動画と画像はあげたんだから、この雑誌を全部ください」

 都築の囲いから抜け出せないままぐぬぬぬ…っと歯噛みしていた俺が、頬を膨らませたままでお願いすると、都築は嫌そうに一瞬眉を顰めたけど、属さんは気軽に「いいッスよ」と快諾してくれた。

「これから都築の防波堤がなくなるけど…」

「ああ、心配はご無用ッス。もうワンセット、別の車に乗っけてるんで」

 都築が「お前、なに考えて…」とうんざりしたように属さんを見てブツブツ言っているけど、それだけ準備していないと非常識でとんでもない命令を平気でされるんだなと言うのがよく判って、俺は都築をなんとも言えない表情で見上げてしまった。

「なんだよ、その顔は」

「都築さ、少しは護衛のみなさんを大事にしろよ」

「はあ?」

 属さんが曰くには今の都築は護衛なんか必要ないほど強いんだけど、お父さんと姫乃さんが心配してお守り代わりに付けているだけなんだそうだ。属さんは同級生だし気心も知れているからいいだろうし、興梠さんは昔からのお付きの人だからOKってことで、この2人以外は必要ないと断っているんだとか。

「篠原様に許してもらえてよかったし、可愛い写真や動画も見せてもらえてラッキーでした!んじゃ、俺はまだ任務があるんでこれで失礼しまッス」

 ホクホクした属さんが腰を上げてお暇するのを見送ってから…とは言え、背後から都築にがっちりホールドされているから玄関までお見送りはできなかったけど、俺の動画を機嫌よく観ている都築を振り返った。

「ま、強いってのはいいことだけど。でも、自分の力を過信せずに、ちゃんと危険なときは護ってもらうんだぞ」

 弟に言い聞かせるみたいに呟いたら、俺の腰を抱く腕に力を込めた都築は、それからクククッと笑ったみたいだった。

「了解、お兄ちゃん」

 誰がお前の兄ちゃんだ。
 ちぇ、心配して損しちゃったぜ。
 あったかいけど硬い都築の胸板に凭れてぶうっと頬を膨らませたものの、俺はそうかと頷いていた。
 どうして都築が何をやっても気にならなかったのか不思議だったんだけど、俺、どうやらコイツを弟たちと同じレベルで考えていたんだな。
 そっか、そうだったんだ…でも、この事実は都築には内緒にしておこうと思った。
 何故か、絶対に言っちゃいけない予感がしていたんだ。
 何故かって決まってる、弟ヅラした都築がきっと無敵になりそうな予感がしたからだ。
 長男だけど弟でお兄ちゃんをやってのけてる都築のことだ、甘える加減も、長男でずっとお兄ちゃんの俺より心得ていると思う。
 負ける、絶対に負ける。
 …うん、黙ってようっと。

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●事例14:エロ動画を撮っているのに反省しない
 回答:お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?なんなら証拠の音声を聴くか?
 結果と対策:そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!