19.毎朝作ってくれるスムージーに精液を入れる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 以前、同じような感じで臨時講師だった『先生』とお付き合いしていた時のような派手さはないものの、都築は有言実行だとばかりに鈴木と付き合い始めたみたいだった。
 鈴木は、鈴木雅紀と言う名前で、やはり都築が取った俺とはかぶらない講義に参加しているヤツだった。
 まあ、これは百目木情報なんだけど。
 柏木と百目木には内緒だけど、都築のセフレだった子を彼女にしてご満悦のヤツらは、俺が都築と別れた(付き合っていない)ことを知ると腰を抜かすほど驚いていた。
 どうしてそこまで驚かれるのかこっちのほうがビビッたけど、どうせまた『先生事件』みたいに都築の画策なんじゃないかと疑わしそうな目付きをして、でも相手が鈴木雅紀だと知ると妙なことにすんなりと納得したみたいだった。

「鈴木なら仕方ないな。鈴木は平凡なツラをしてるけど名家の出だし、実家はグループ会社を幾つか持ってる企業の社長だから、都築にはピッタリの相手だよな」

 男でも、とちゃんと百目木は付け加えた。
 知らなかった情報を耳にして、ああ、それなら尚更アイツはとんでもない相手に手を出したのかと、今回の俺の決断は強ち的外れではなかったんだと納得できた。

「お、噂をすれば」

 柏木の視線の先を見て、俺は何故かソッと唇を噛んでいた。
 『先生事件』の時は、都築はこれでもかと俺に見せつけるように先生とイチャイチャしていたけれど、鈴木とはごく普通に歩いている。ただ、その目付きが優しい。
 愛しいひとを見るような優しい目付きで、特に肩を抱くワケでもなく、さり気ない気配りで相手を大切にしていることが判る仕草だ。
 なんだ、やればできるんじゃないか。
 俺にはウザいぐらい構い倒していたくせに、でも、その仕草に愛情は感じなかった。
 ただひたすら、自分のモノだと主張するみっともない独占欲と執着心だけが感じられる気持ち悪さだったけど、鈴木に向ける都築のそれは、紛れもなく愛情だと判る。
 そりゃ、そうだよな。
 アレだけの会話でも、都築が鈴木を気に入って大事にしているのが判ったんだ。
 鈴木の愛情に気付けば相思相愛になるのも時間の問題だったんだよ。

「なんか、篠原と一緒にいるときより落ち着いてるな」

「案外、しっくりしてるんじゃないのか、あの2人…っと、すまん」

「…なんでそこで謝るんだよ。別に気にしてない。清々してるぐらいだ」

 都築たちから目線を外してフンッと鼻で息を吐きだしてから、俺はアイスカフェモカをジューとストローで吸い上げた。
 そう言えば先生の時もカフェモカを飲んでなかったか?
 因果は巡るとか言うなよ…

「はぁぁ…可哀想になぁ、篠原。捨てられたからって落ち込むなよ。きっと素晴らしい出会いがあるって」

「うんうん。絵美ちゃんに友達紹介してもらおうか??」

 何故か俺が捨てられた設定になっていて、可哀想にと頭を撫でてくる百目木と柏木の憐れむようなバカにした目付きに苛々したから、俺は4本の腕を振り払いながらブウブウと口を尖らせて悪態を吐いていた。
 都築と目線が合ったんだけど、賑やかに構われる俺を小馬鹿にしたようにチラッと見ただけで、しょうがないヤツだなとでも言いたそうな目付きをして、それから何かを囁く鈴木にクスクス笑って首を左右に振りながら行ってしまった。
 …なんだよ、そのイケメン態度は。
 前みたいにギャンギャン言ってこないのはいい。確かにこれっきりと言って出て行った手前、嫉妬心むき出しでギャアギャア言うのはどうかしてるし、都築にだってそれなりにプライドがあるだろう。
 だからってお前から仕方ないヤツ扱いをされる謂れはないぞ。
 なんだよ、男同士で仲良くしかできないガキだって思ってんのかよ。
 …なんか、ムカつくな。

「絵美ちゃんはいいよ。でも、俺合コン行く」

「は?!」

「何いってんだよ!」

 テーブルの上でグッと拳を握る俺に、何故か百目木と柏木が驚いたみたいに双眸を開いてから、それから慌てて止めようとするんだ。
 何故だ!お前らだって(都築の元セフレとは言え)彼女ができて超ハッピーって浮かれてんじゃねえか。

「そもそも、俺が童貞だから都築にバカにされてきたんだよな。だったらこんなモン、大事に取っとく必要なんてないんだから、彼女を作って捨ててやるッ」

 別に彼女とかじゃなくてもいい。
 都築みたいに少しは爛れた関係を持てばいいだけだ。
 お持ち帰りで一発決めたら、都築だってあんなツラしてバカになんかしなくなるだろ。

「おいおい、ちょ、お前しっかりしろよ?!何があったか知らないけど、合コンはやめておけ合コンは」

「そうそう!自棄になんなって」

「自棄になんかなってないし、俺は別に通常運転だってのッ!それに…」

「なんだ、篠原。合コン行くって??」

 柏木の(何故か)必死な引き止めに百目木も頷いて、その一々に苛つきながら言い返そうとした時、背後でデイパックを抱えた菅野久美がスマホ片手に憎めないタレ目でニヤニヤしつつ声を掛けてきたみたいだった。

「そうそう!久美ちゃん、近々合コンってない?」

「ふ~ん…と、5日後にM女大との合コンがあるね。参加者がひとり行けないってんで欠員出てるんだ」

 既に学部内では久美ちゃんで通ってしまっている菅野は、呪いのメールを相変わらず炸裂しているものの、最近ではもう悪態は吐かなくなった。飲み会という名の合コンの時に、女の子から『久美ちゃんって可愛い(ハートマーク)』と言われたのがクリティカルだったんだろう。

「それ、参加する!…あ!都築は来ねえだろうな」

 アイツが参加するならやめるけど。

「都築?都築なら最近は合コンも飲み会も断ってるよ。本命ができたんだって噂だから、やっと子守から開放されて良かったな、篠原~」

 バシバシと肩を叩かれて、そっか、詳しく知っている百目木や柏木以外の連中には、俺は都築のお世話係としか見られていなかったんだよな。
 それはそれでなんとなくムカつくけど、合コンも飲み会もパスして会社に感けつつ、鈴木やイケメン秘書とゴニョゴニョに勤しんでいるんなら、都築としてはまともになってると言えるな。

「そっか!だったら俺、その合コンに参加するッ」

 宣言するように鼻息も荒く拳を握るのと、百目木と柏木が何故か青褪めるのは同時だった。

「別学部の連中も参加するから、篠原も交流の輪を広げるといいよ~」

 なんて菅野の間抜けた台詞に(何故か)百目木たちが青褪めたままで睨んだんだけど、俺は感謝して大いに頷いていた。

□ ■ □ ■ □

 一人分の夕食の準備をしていると、不意に立て付けの悪い安物のドアのノブがガチャガチャされて、勝手に鍵を開けた闖入者が恋人を伴って侵入してきやがった。

「…何しに来てんだよ」

 味見に小皿に取った出汁を舐めながら眉根を寄せると、都築は俺なんかどうでもいいようにフンッと鼻で嗤ってから、鈴木の腰に手を当ててその耳元に囁くように言っている。

「そこと、あそこにあるから、一緒に詰めてくれ」

「うん、判った。必要なものだけでいいの?」

「ああ」

 どうやら荷物を取りに来たようで、先生の時と違って俺が送り返さなくてもいいみたいで安心した。

「ついでに監視カメラと盗聴器も外して行ってくれ」

 俺を端から無視して2人の世界もいいんだけど、一言ぐらいは悪態を吐かないと、プライバシーのプの字もない俺が理不尽だ。
 少し塩気が足らないかなぁと、今夜のポトフの味見をしつつ、こっちこそフンッと鼻で息を吐き出すと、都築のヤツは「監視じゃない防犯だ」とかなんとかブツブツ言いながら、それでもストカーキットは放置する気満々みたいでうんざりする。

「すみません、食事の準備中にお邪魔してバタバタしちゃって…一葉が荷物は早いところ引き上げたほうがいいって言うから」

 とか、誰も聞いていない言い訳と謝罪を、腰に回る都築の手を意識して頬をほんのりと染めながら、鈴木は困ったように微苦笑して軽く頭を下げてきた。
 その双眸の奥に、何処か勝ち誇ったような色が見え隠れしたと思うのは、俺の卑屈な思い込みかな。

「別にいいよ。狭い部屋だから、余計なものは早くなくなったほうが助かる」

 バンッ!
 不意にビクッとしたのは、俺の言葉が言い終わるか言い終わらないうちに、いきなり都築が分厚い参考書を床に叩きつけたからだ。

「…安普請なアパートなんだから、あんまり大きな音を立てるなよ」

 思わずお玉を取り落としかかったなんてことは微塵も感じさせずに、俺は溜め息を吐きながら振り返りもせずに都築に言った。

「悪かったな、余計なモノを置いたままにして。そんなに邪魔なら、明日オレの家に全部持って来い。郵送は受け取らないからな。行くぞ、雅紀」

 粗方の荷物を詰め込んだボストンを肩に下げてから、ちょっと困惑している鈴木の肩を労るように優しく抱いて、都築は来た時と同じようにズカズカと大股で出て行った。
 何だよアイツ、なんなんだよ?!
 すれ違いざまにボストンが強かに当たっても、都築は謝るどころか、一瞥もくれずに出て行ってしまった。
 そんな風に無体にされる謂れなんかないぞ!
 明日荷物を持って来いとか言ってやがったけど、興梠さんか属さんに預けるワケにはいかないのか…ってそう言えば、都築とこれっきりになってから、あの2人を見なくなったな。
 結局都築と終われば、あの人達とも終わりってことで、見かけないってことは、どうやら今回は本当に都築は俺とこれっきりにする気になったんだろう。
 …だったら、あのダッチワイフも始末してくれるんだろうな。
 あの気持ち悪い抱き枕とかクッションとかも始末してくれるんだろう。
 都築んちなんか悪い予感しかしないから絶対に行きたくないけど、アレらを始末しているかどうかは確り確認しておかないと落ち着かないし…はぁ、嫌だけど行くしかないか。
 と言うことで、俺は両手でダンボールと、肩に都築のゴチャゴチャした荷物を収めた紙袋を下げた状態で、タクシーと言う痛い出費にもメゲズに都築んちの豪華なマンションのエントランスに立っているワケだけども。

「お待たせいたしました。都築様より確認が取れましたのでお通り頂いて結構です」

 顔パスだったと思ってそのままエレベーターに乗ろうとしたら、コンシェルジュのお兄さんと警備員のおっちゃんに捕まってしまって、なるほど、そこまで徹底することにしたんだなと氏名を名乗って都築に取り次いでもらった。
 で、OKが出たからエレベーターに乗ったワケだけど、だったら合鍵も取り上げておけよといらない恥を掻いちゃったじゃないかと苛々しつつ、合鍵で開けて入った室内はシンッと静まり返っていて寒々しかった。
 何が違うんだろうと思って、ああそうか、何時もなら都築が迎えに飛んで出てきて、何か小芝居をしてから入っていたから、初っ端のあの賑やかさがないのか。
 広い家は嫌いだな。
 リビングを覗いても暗くて誰もいる様子がなかったし、都築は専ら寝室で全部の用を足してしまうと何時か興梠さんが嘆いていたから、俺はそのまま主寝室まで行った。主寝室まで行って、「都築」と呼びかけながら扉を開いた。
 ああ、そうか。
 合鍵を返させなかったワケはこう言うことか。

「んぁ…あ、ああ…一葉、イイ…もっと奥!奥を突いてッ」

「クク…可愛いな、雅紀」

 ベッドの上で肌色が踊っていて、鈴木の両足を肩に担ぐようにして腰を叩きつけている結合部のリアルさ、ジュブジュボッと湿った音が響く室内は厭らしい匂いと気配で満たされていて、俺はぼんやりと初めて見る都築と他人のセックスにショックを受けたみたいに固まってしまっていた。
 いや、セックス自体、生で見るのは初めてだ。
 都築の逞しい背筋の隆起は惚れ惚れするほど引き締まっていて、男なら、一度はなりたい理想の体型だなと思う。ピストン運動に強張ったり弛緩したりする様は、無駄のない筋肉の流れみたいなものが見て取れて、鈴木のほっそりした足首が妙に艶めいて揺れている。
 汗の流れが筋肉の動きに沿うように流れポタポタ…と鈴木の白くてやわな腹に落ちる。
 薄いゴムから透ける血筋を浮かべるチンコがグッグッと突き込まれる度に結合部の微肉が誘うような厭らしい赤をチラチラさせて、鈴木の気持ちいいのか辛いのか、複雑な表情の中で唯一淫らに歪んでいる口許からは引っ切り無しに嬌声が婀娜めくように漏れていた。
 指先が乳首を弄んでいるところをぼんやり眺めていたら、不意に俺の手から荷物がドサリと重い音を立てて落ち、荒い息と激しい肉と肉のぶつかる音が不意に途絶えて、それから不意に汗に張り付いた前髪を掻き上げながら、都築がフゥッと息を吐き出して俺の方に振り返ったみたいだ。
 俺自身も荷物の音でハッと我に返った。

「荷物を持ってきたんだろ?そこに置いてさっさと出てけよ」

 どうでも良さそうな、面倒臭そうな気怠げな物言いにカチンときたけど、鈴木が「いやぁ、やめないでッ…もっとして!もっと突いてッ」と腰を擦り付けながら都築に甘えているのを見ると、俺自身も何だかどうでもいいような気がして溜め息を吐きながらダンボと紙袋を床に置いた。
 帰りにリビングのテーブルに鍵を置いておこうと思って、人形と犯ってるのとは違う生々しさはいっそキッパリと気持ち悪いもんなんだなとか思いながら何も言わずに立ち去ろうとしたのに、都築のヤツが「ちょっと待て」と傲慢に呼び止めるから、なんだよと胡乱な目付きをして振り返った。
 その矢先、何か硬質で硬いものが投げられて、俺は慌てて手を差し出したけど… 

「必要ないから返す」

 まるで不要なゴミクズを投げ捨てるように放ってきた俺の部屋の鍵は受け止めそこねて、やっぱり硬質な音を響かせて床に転がった。
 一瞬だけグッと拳を握りしめたけど、大丈夫、俺は傷付いちゃいない。
 こんなことぐらいで、涙なんか溢れもしない。
 俺は小さく息を吐き出して自分を落ち着けると、やれやれとわざとらしく溜め息を吐きながら投げ捨てられた…なんだこれ、マスターキーじゃねえか!合鍵だとばかり思っていたのに、なんで都築のほうがマスターキーを持っているんだ?!
 ハッ、いや、そんなこた今はどうでもいい。
 俺は自分の(何故か)マスターキーを拾ってポケットに取り敢えず避難させて、それからまだ鈴木に挿入したままで胡乱な目付きをしている都築を見て、ズカズカと近づいて行った。
 都築は俺が何か文句か泣き言でも言うのだろうかと、こんな時だってのに、鈴木と犯ってる最中だってのに、目をキラキラさせて俺の出方を待っているみたいだ。なんだよ、その目はムカつくな。
 セックスを見せつけたり鍵をゴミみたいに投げ捨てるだけが酷い行為じゃないんだぞ。
 ひとを傷付けるつもりなら、最後までキッチリやれよ。
 このヘタレ。
 ゴミ箱を覗くと昨日から犯ってるのか、それとも今日1日でこの量なのか、考えたくないから考えないことにしたけど、口も縛っていないゴムたちから大量の精液が零れているのを確認して、これで充分だと頷いた俺は、徐に顔を上げて、ついでに顎も上げて、ポケットから出した人差し指と親指で摘んでいるキーホルダーを見せた。
 それにはもう、都築んちの合鍵しかついていない。
 都築は怪訝そうな顔をしたけど、それから徐にハッとしたみたいだった。
 何故か焦ってチンコを引き抜いて泣いて嫌がる鈴木を喘がせたけど、俺はそんなこたどうでもいいってツラをしたまま、クッと顎を上げたまま、俺史上最強の上から目線で面倒臭そうに眉根を寄せてこれ以上はないぐらいの蔑んだ目付きで何か言おうとする都築を遮ると、南極のブリザードより冷ややかな馬鹿にした口調で言ってやる。

「使用済みはいらないんだったよなぁ。俺は返せないからさ」

 カシャン…と繊細な音を立てて俺の指を離れたキーホルダー、月と星、ダイヤとアイビーの愛らしい、都築がデザインまでしたなんつー厄介なプラチナの塊と都築んちの合鍵は無常にゴミ箱に落下して、予想して慌てて差し出した都築の指先を掠めると2人分が混ざっているんだろう大量の精液の中に埋もれてしまった。
 それは都築の想いの篭っているはずのキーホルダー。
 俺がどんなに無体な目にあわされていたとしても、文句も何も言わずに大事にしていることを、都築は知っていた。
 呆然とした都築は要領を得ない人みたいに、口を開きかけて、何も言えなくて閉じ、また開くを何度か繰り返してゴミ箱を凝視していたけど、俺は何をそんなに驚いてんだよと馬鹿にしたように鼻で嗤ってやる。

「…捨てるのか?」

 ふと、都築の薄く開いた唇から声が漏れて、俺は眉を顰めて蔑んだ目付きのままで笑って言った。

「安心しろよ。そんな汚ねぇの二度と拾ったりしないからさ」

 精液に塗れた静かな輝きは、薄汚れた俺みたいだなと一瞬思ったけど、都築にしても俺にしても、自業自得だ。これで良かったんだ。
 都築は色をなくしてしまったような双眸をゴミ箱から上げたみたいだったけど、俺は肩を竦めると両手をお手上げみたいにジェスチャーをして都築に背を向けた。

「それじゃ、これでホントにさよなら。お幸せに」

 それだけ言うとさっさと都築んちを後にした。
 鈴木は呆気に取られたみたいに、全裸の間抜け姿で呆然としている都築を見て、それから何故か批難したいように俺を見ていたけど、お門違いもいいところだ。お前ら2人で何を企んでたのか知らないが、馬鹿にされるのも、駆け引きしようとするのも、もううんざりなんだよ!
 本当はキーホルダーを捨てることまでは考えていなかった。せいぜい、ここに置いとくからなと言って適当なところに置いて、都築が投げ返してくるんだろういつかの日を待っていればいいとか、そんな安易なことを考えていたんだ。
 でも、都築が鈴木と寝ていて、初めて他人を抱く都築を見たら、アイツには腐るほどセフレがいて何を今更って思うんだけど、頭が沸騰したみたいに血が昇って胸はモヤモヤで押し潰されそうで、何も考えることができなかった。
 荷物を落とす音で我に返って、そしたら、こんな場面を見せつけるほど俺が憎いのなら、中途半端なことはせずに断ち切ろうと…頭の何処か片隅から、都築を傷付けて離れてしまえと声が聞こえた気がしたんだ。
 そうしてその声を決定打にしたのは、俺の合鍵(マスターだったけど)をゴミクズにしたことだった。
 都築は俺から心が離れても、きっとあのキーホルダーは特別に思っていると確信していたし、アレを俺が手放すことがどう言うことなのか、充分よく熟知している。
 だから、「捨てるのか」と呆然と聞いてきたんだろう。
 俺の思惑はどうやら的中したみたいだったから、クク…と喉から声が漏れて、俺は暮れなずむ茜色の空を仰ぎながら大声で嗤った。
 笑いながら、頬に散った雫が顎に滑り落ちていくのを感じていた。
 ここは都会で、ちょうど会社帰りの家路を急ぐリーマンとか学生とかがギョッとしたようにそんな俺を見たけど、誰も何も言わずに立ち去ってくれるから、俺は一頻り馬鹿みたいに笑ってから、滲む景色の中にフラフラと歩き出しながら、俺を傷付けた都築に「ざまあみろ」と呟いていた。

□ ■ □ ■ □

 バイトの帰り道に都築がウアイラを止めていたガレージの前を通ったら、何時の間にかガレージは壊されていて更地になっていた。
 もうこれっきりと言っていたし、俺もキーホルダーを捨てて、それから大学で何か言いたそうに近付こうとする都築を尽く無視しているから、漸く諦めて鈴木へと気持ちを切り替えたんだろうな。
 更地を横目にどうでもいいと思って家に帰ってシャワーを浴びて、それから仕込んでいた遅い晩飯に火を入れて、ホカホカのご飯でお腹を満たしてから、歯磨きしてぐっすり眠る。何時ものルーチンワークにスヤァ…ッと夢の国に行きかけた時、夜の静寂にブォン…と低く響く重いエグゾーストノートに瞼を開いた。
 寒い最中にエンジンを切って、その重いエグゾーストノートを持つ車の持ち主は、これから4、5時間はそこでジッとしているんだ。
 毎晩来る夜中の来訪者は人が起き出す時間になると姿を消す。
 属さんを捕まえた俺が脅しまくって部屋の監視カメラと盗聴器を外させたから、俺の動向は俺以外誰も知らなくなった。いや、本当はこれが正常なんだからな。
 服も一新して、昔の服は捨てるのが勿体無いから、そのまま部屋着で置いている。と言うことで、服に着けていた小型GPSも、スマホに入っていたアプリなんかを機械に詳しい柏木に頼んで一新してもらったから、GPSは全て今は役に立たない状態だ。
 はぁ…と、知らず口の端から遣る瀬無い溜め息が零れた。
 大学でチラリと見た都築は、若干眠そうなものの、鈴木と楽しそうに談笑しながら闊歩していた。何も問題はないと、その背中がキッパリと宣言している。
 ずっと無視しているから俺に近付くこともない…はずだったけど、気付いたら横に座っていたり、真後ろに座っていることが多々あった。ただ、もう俺のことは見ない。
 アレほど異常なまでに視姦レベルの凝視は鳴りを潜め、その分、鈴木をジックリと見ているようで納得した。なるほど、もう俺のことは何も気にならないから傍に寄って来れるんだよと主張しているワケか、って思ったね。思うよね、普通は。
 電話番号とメールは着拒したし、俺はラインとかSNSとかしないから、細やかな繋がりもなくなった。
 流石に引っ越しまではできなかったら、新聞受けに手紙が入るようになった。
 差出人は不明だし、返信を期待しない手書きの手紙…と言うかメモかな。
 今日は何処其処で見かけた、今日の服は可愛い(なんだそりゃ)、今日は誰それと話していたけど友達なんだろうか…とか、それもまた薄気味悪い内容で。
 それと、何故か使い捨ての容器に入れられたスムージー…なんだそれって思うよね。
 人が眠り込む3時半とか4時半頃に投函されている。
 最初にエグゾーストノートを聞いて目が覚めた時に、まんじりともせずに俺自身、起きて様子を伺っていたんだ。それが何日も続いて、何を考えているんだアイツはと思いながらも、メモはまだ捨てられずにいるし、モノを粗末にできない性格のせいで律儀に拾った時に冷蔵庫に保管したスムージーも朝食前に完食している。
 ただ、本当に気持ち悪いのは、そのメモとスムージーを投函する時に新聞受けを部屋側に押し開くんだけど、そのまま2~30分はジッとしているんだよな。その時間帯だと誰も通らないことを綿密に調べ尽くしているのか、ジッとしゃがんだ状態で、俺んちの部屋の中の気配を窺っているんだろう。
 もしかしたら匂いとかも嗅いでいるのかもしれない。何それ、キモい。
 枕をギュッと抱き締めながら様子を窺っていたら、俺んちの新聞受けには受け皿がなくて、そのまま床に直接新聞が落ちる仕様なんだけど、偶にニュッとスマホが挿し込まれてカシャカシャと写真を撮っているみたいで、その時は思い切り引いたなぁ。
 …はぁ、アイツ、何してんだろ。
 深夜と言うよりもそろそろ夜明け前だという時間帯に、やっぱり鉄製の階段を慎重に昇ってくる音がして、それからコツコツと歩く音、ピタリと止まる俺の部屋の前で屈み込んだのか、キィ…っと古い家屋には付き物の耳障りな音をさせて押し開いた新聞受けが開きっぱになっている。
 これが2~30分も続いてから、徐にかさりと音がして白い紙切れがポトリと落ちて、続けてゴトッと重い音がする。スムージーか…
 名残りを惜しむように一旦閉じた新聞受けが再度開いて、何か逡巡しているようだったけど、諦めたみたいに閉じられて、それからコツコツと足音が鉄製の階段を降りて行き、車のドアの閉まる音とエンジン音が響くと、今日の一連のお勤めが終了した都築は帰っていったようだ。
 本当にアイツ、何がしたいんだろう…!
 そして俺は今日も、眠れぬ夜を過ごすように頭を抱えて唇を噛みしめるんだ。

□ ■ □ ■ □

 少し前から仲良くなった別学部の学生に囲まれて、俺はそれなりに充実した日々を過ごしていた。まあ、夜の都築の奇行が意味不明で気持ち悪いけど、それでも実害もないワケだから、漸く本来なら4月から普通に過ごせるはずの大学生らしい生活を送れるようになった気がする。
 百目木とか柏木とか、同じゼミの連中といる時はさり気なく近付いていた都築も、流石にあまり交流のない別学部の学生と一緒にいると気後れするのか、それとも無意味にギリギリと奥歯を噛み締めているのか(限りなく後者に近いと思うが)、近付けずに遠目からこちらの様子を窺っているようで気にもならない。
 はじめからこんな風に、他学部の連中と面白おかしく楽しく過ごしていればよかったんだ。
 今夜の久美ちゃん主催の合コンに行く約束を華麗に交わしてから、上機嫌でマスターキーと(本来俺が持っている)合鍵がぶら下がる、別学部で仲良くなった光希ことミッキーがくれた有名ネズミのキーホルダーを片手で投げながら、口笛吹きつつ軽快に鉄製の階段を駆け上がった俺は、玄関を開けてキーホルダーごと鍵を落としてしまった。
 ついでに肩も落としてしまった。
 属さんと興梠さんが何故か俺んちの狭い玄関でギュウギュウしながら土下座をしている。

「???…あの、何をしてるんですか?」

 何処か遠い目をしながら、都築からこれっきりと言われてからこっち、殆ど顔を見なかった2人に致し方なく声を掛ける。掛けないと部屋に入れない。

「篠原様、どうかウチの坊っちゃんを許してください」

「篠原様、都築は悪気があったワケではなく、ただの子どもじみた悪戯だったんです」

 ああ、なんだやっぱり都築のことか!
 何事かと思っちゃったよ。

「アレを悪戯の範囲で納められるほど俺はできた人間ではないので、どうぞお引取りください」

 アハハハッと一旦笑ってから、至極真剣な表情の2人にそう言って玄関のドアを大きく開いた。

「篠原様!」

 思わずと言ったように興梠さんが腰を浮かしかけたが、逸早く背後の…もう部屋に入っちゃってるよね、な属さんが慌てたように言葉を継いでくる。

「坊っちゃん、あの日泣いたんですよッ」

「はぁ?」

 あの日って何時だ??
 俺の怪訝そうな表情に気付いたのか、属さんは詳細を説明してくれた。
 特に聞きたくはないんだけども。

「篠原様がキーホルダーをゴミ箱に捨てた日です。俺、あの日坊っちゃんに呼び出されて…追い出されて項垂れている鈴木さんと擦れ違ったんで、何かとんでもないことが起こったのかって慌てたんスけども。玄関を入るなり坊っちゃんがゴミ箱から拾ったキーホルダーを綺麗にするにはどうしたらいいんだって、ゴミ箱となんか白くてドロリとした液体まみれのキーホルダーを突き出して泣きながら聞くんですよ」

「はぁ…」

「しかもマッパだったんです!」

 食器用とか、中性洗剤で洗えばいいんじゃね?と他人事みたいに考えながら、なんでそんなことも大学生になって判らないんだアイツは、と、ちょっと他人事なんだけど都築の天才的だと噂の紙一重な脳みそが心配になった。
 他人事は重要な部分だから二回言っておくな。

「……」

 まあ、でも心底どうでもいい。

「あ、今どうでもいいって顔しましたね!確かに坊っちゃんはカッコつけではないんで、自分の身なりには無頓着なんスけど、あの日はガタガタでしたね。取り敢えず付けっぱなしのゴムを外させて、シャワーを浴びるように進めてから、藤堂のジッちゃまに連絡して聞いたんです。中性洗剤を泡立てて柔らかいブラシを使って洗えば細かい汚れも落ちると聞いたんで、坊っちゃんが浴室を出るまでに準備して洗ったんですけど…」

 そこで属さんが言い難そうにゲフンゲフンと咳をする。
 興梠さんも事態は全て把握済みなのか、申し訳なさそうに人を2、3人は殺していそうな顔を顰めて俯いている。

「綺麗になったキーホルーターを見て喜んだんスけど、それも束の間で、両手で大事そうに握ったまま泣き崩れてしまって」

「何事かと伺ったのですが、とても要領を得ず、捨てられたとそればかりで」

 恐らくヘルプを出した都築の状態が尋常じゃないと判断したんだろう、属さんは兎も角も上司である興梠さんにヘルプを出して、2人で都築邸に駆けつけたものの、可愛い恋人を追い出してマッパにゴムだけ装着の情けない格好で泣いている都築に驚愕したんだろう。
 俺がその場にいても、いよいよ頭がどうかしたのか?!とビビッたに違いない。

「これはもう、恐らく篠原様が関わっているのであろうと都築に聞いたのですが、篠原は関係ない、俺が悪い。俺が怒らせるようなことをしてしまったから、俺がただ…俺が捨てられたとそればかり仰って泣かれるのです」

 ふーん…あの都築がねぇ。
 まあ、たしかに身なりなんか気にしないだろうよ、他人に自分のゴニョゴニョシーンを見せつけられるぐらいなんだからさ。
 とは言え、あの一件から随分と時間が経ったのに、今さら俺に何の用だってんだよ。

「篠原には言わなくていいと仰るので、こちらの判断で暫く様子を見ていたのですが、毎晩泣いた後にキーホルダーを握りしめて何処かに行かれるので後を追ったところ、こちらのアパートの前に来てジッとしているんですよ」

「こりゃ、坊っちゃんが本気でヤバイと思いまして、取り敢えず喧嘩したなら毎朝欠かさないと約束したスムージーを持って、謝りに行ってはどうかと促したんです」

 それなのに!と、属さんは思わず床をドンッと叩きそうな勢いでガクーッと項垂れると、疲れ果てたような声音で俺に切々と訴えてくる。

「名案だって言って作ったモノを使い捨て容器に入れていそいそと出掛けるんスよ…真夜中に」

 謝るもクソもないだろと叫ばないのは渋面の上司の手前なんだろうけど、2人とも流石に毎晩の都築の奇行に弱り果てて、考え倦ねた末に都築に内緒で俺んちに凸してきたと言うワケだ。

「今もなんですよ。大学とか、篠原様の目のつくところでは、必死で取り繕っていますけどね、夜なんか駄目なんです。気付いたらマンションを抜け出して篠原様のアパートの近くでジッとしてるんスよ。偶に匂いを嗅ぎに行ってくるとか言ってフラフラ出ていこうとするんで止めてるんですけど。もう限界なんです」

「…」

 アイツ、たしか俺にこれっきりだとかなんだとか、豪い威勢のいい啖呵を切ってくれたよね。
 俺を傷付けて、なに諸刃の剣に斬りつけられて俺より重傷化してるんだよ。

「そのうち、坊っちゃんは間違いなく篠原様をレイプします」

「はぁ?!」

 至極、本当に切迫した真面目なツラで属さんと興梠さんが詰め寄ってくる。
 取り敢えず、俺は素っ頓狂な声をあげたものの、室内に入れてもらい興梠さんたちにも上がってもらって、漸く腰を落ち着けながら話を聞くことにした。
 玄関全開で聞く話じゃないよね。
 まあ、人は1人も通らなかったから良かったけどさ。
 まだ隣りのリーマンが帰ってくる時間帯じゃなかったのが救われた。

「鈴木さんやユキさんと一緒にいても上の空で、最近はセックスもまともにしていないようなんです。それどころか、篠原様が別学部のご学友と楽しげに話している姿を見ては泣きそうになってるんスよ。それから抑えられない嫉妬心で歯噛みもしていますし。そろそろアレは限界だと思います」

 俺がアウターを100円ショップで買ってDIYした服掛けに掛けながら、なんじゃそりゃと内心で突っ込みつつ、都築用に興梠さんが常備しているマロウブルーのハーブティーを淹れてオレンジピールを添えて2人の前に置くと、興梠さんも属さんも恐縮して礼を言いつつそれどころではない顔をしている。

「目的を完全に見失っているようですし、不明瞭なことをブツブツ言っているので、セフレのお2人も少し距離を置いているような次第でして…」

 天下の都築財閥の御曹司ともあろう者が、セフレにまで引かれるほど落ちぶれちゃってんのかよ。それも俺如きをスパンと切ったぐらいでさ。

「俺のこと…好きでもなきゃタイプでもないのにですか」

 呆れて溜め息を吐きながら、心温まる喉にも優しいハーブティーを飲みつつボヤくと、興梠さんは少し驚いたように目を瞠ってから、とんでもないと細かく首を左右に振った。

「好きですよ…都築は間違いなく篠原様を愛しています」

「愛してでもいなきゃ、あんな変態行為が持続できるワケないでしょうが」

 属さん自体は前に都築が俺に「好きでもなければタイプでもない」と胸を張って言っていたのを聞いていたけど、だからこそまだそんなこと言ってんのかと、何を巫山戯たことをとちょっと呆れた感じで溜め息を零している。

「よし判った!じゃあ属さんか興梠さんで、都築に俺を好きだって言わせてよ。そしたら戻ってもいいよ」

「!!」

 唐突な俺の承諾と条件に、都築の忠実な部下の2人が魂消たように目を瞠る。
 そりゃそうだ。
 何の信条を持っているのか、俺のことを再三貶すわ好きでもないとか言うわ、タイプなんかじゃ勿論ないと言い切るようなヤツが、これだけ凹んでるからって信条まで曲げて言うわけないっての。
 知っててその条件を出したのは、もう都築と関わる気が毛頭ないからだ。

「そもそも、俺をスパンと切り捨てたのは都築の方なんです。俺んちの合鍵もゴミクズみたいにして投げ捨てたから、同じようにアイツんちの合鍵をゴミ箱に捨ててやったんですよ。これは謂わば意地の張り合いなんだから、どんなに都築が凹んでようと、俺から折れる筋合いなんか絶対ないんです。折れるなら、俺を捨てた都築が謝って連れ戻さないと戻るワケないでしょ?じゃあ、俺はこれから合コンなんで失礼しますね!」

 スクッと立ち上がって、礼儀程度にお茶に手を付けた2人を立ち上がらせると、問答無用で玄関までグイグイ押し遣りながら宣言する。

「え?!合コンとか行っちゃ駄目ですよッ」

「それは勘弁してあげてください、篠原様!」

 なんでだよ、俺の勝手だろ!
 しかもお前ら、勝手に俺んちの合鍵をまだ持ってたんだな!返せって言われないだけ感謝しろよッ。姫乃さん経由だから仕方なく許してやるんだからな!都築に使わせたら承知しない。
 と、内心で悪態を吐きつつ、必死で食い下がる2人にニッコリ笑いかけて、それじゃあ俺は着替えますんでと言って追い出しに成功した後、ドアをバタンと無情に締めてガチャンと鍵をかけてチェーンをすると、背中を預けた俺はその場にズルズルと座り込んでしまった。
 アイツ本当に馬鹿だろ。
 笑いたいのか泣きたいのか怒りたいのか判らない…って昔、なんかの歌で聞いたことあるけど、まさにそんな状態だ。
 俺は両手で頭を抱えながら、長々と溜め息を吐いた。

□ ■ □ ■ □

 都築が泣くとか…ちょっと笑える。
 声に出してわーわー泣いたのかな、それともうぅ~って男泣きしたのか、どっちにしても俺なんかのことであの傲岸不遜の俺様大魔神が泣くとか思えない。泣いたのなら笑える。
 俺が枝豆をプチプチしながらクククッと笑っていると、隣りに座っているM女大の可愛い子ちゃん!…ではなく、俺と同じ大学の別学部の可愛い里奈ちゃんがふんわりゆるカールのやわらかそうな髪を揺らして小首を傾げると、「なにか楽しいことあった?」とウルぷるの唇をツンと尖らせて小悪魔みたいに可愛らしく笑ってくれる。
 全体的にやわらかい身体まで押し付けてくれて、サービス満点な里奈ちゃんに初心な男心が赤面しちゃいます。
 酒に強くない俺が都築を真似て粋がってハイボールなんか呑んじゃったから、目も回るし気分はフワフワで、日頃こんな風に女の子と話しなんかできないくせに、気持ちが大きくなってんのか、楽しげにニッコリ笑って「別に~?でも里奈ちゃんと話せるのは楽しいかなw」とかナンパなことを言っちゃってますよ。
 キャッキャウフフフな雰囲気で盛り上がってるのに、俺の目の前の百目木(柏木は急な絵美ちゃんの呼び出しで不参加になった)が胡乱な目付きで睨んでいるのでイマイチ気分が乗らない。
 なんだよ、自分は意中のあの子とキャッキャウフフフになってるくせに、俺が片手に花で浮かれポンチになってんのが気に食わないのかよ。

「いやぁ、篠原くんって楽しいんだね!あの都築と一緒にいるから、もっとクールなのかと思ったよ」

 俺の横でミッキーが気さくに肩なんか組んできて、面白くもないのにゲラゲラ笑っている。俺は里奈ちゃんと話したいのにさー

「里奈ねぇ、いっかいだけ都築くんとヤッたんだけど。彼、すっごいエッチが上手なのにヤり捨てするんだよ。酷くないぃ~?」

 ウルルン唇を突き出して、片手に焼酎なんか持っちゃった里奈ちゃんは、相変わらず可愛いけど絡み上戸だって判った。ただちにここから離脱したい。
 笑い上戸で引っ付きたがりのミッキーもウゼェ…百目木の胡乱な目付きは正解だった。
 俺様のモテぶりを羨ましがってるなんて、馬鹿な思い上がりをごめんなさい。お願いだから、助けて…

「篠原くんてぇ、都築くんのオトモダチなんでしょー?里奈のこと紹介してほしいのぉ。もいっかい、都築くんとヤりたーい!!」

「…里奈ちゃん、そう言うこと大きな声で言わないほうがいいと思うんだけど」

 酔いも一気に醒めそうな衝撃の告白に、里奈の隣りに座っているロン毛の黒髪が艷やかで綺麗な、年上のお姉さまみたいな見た目の沙織ちゃんが、これまたプリティーな唇を尖らせて里奈をツツいている。

「今日は都築くんの友だちが来るからってみんな勇んで参加したのに、ちゃっかり里奈が横に座るんだもん、狡いよねぇ!篠原くぅーん、沙織のことも都築くんに紹介してね」

 ハートマークが語尾に付きそうな媚びられ方に若干引き気味で、なるほど、みんなが合コンには行くなと言った理由がよく判った。アレだ、俺はきっと都築を釣る餌ぐらいにしか思われていないんだ、畜生。

「だめだめ!里奈を最初に紹介して?そしたらぁ、篠原くんともヤッてあげるから」

 やっぱり語尾にハートマークが付きそうなお強請りに、できれば片っ端から打ん殴りたくなったことは内緒にしておく。
 ついでみたいにヤるとか言うな。
 俺が青褪めて死んだ魚みたいな目でハハハッと乾いた笑いを浮かべていると、横のミッキーが胡散臭そうな目付きをして、都築を釣る餌(俺)に群がる亡者どもを睨みつつ悪態を吐いた。

「今夜は都築が参加しないからって渋ってたくせに、ヒトを疑似餌か何かと一緒にすんなっての!なぁ?」

 相変わらず肩に腕を回したままでブツブツ悪態を吐くミッキーには激しく同意だけど、お前も面倒クセェよ。なんか、早く帰りたくなってきた。

「でも、今の俺には餌の価値なんかないよ。なんせ、この間バッサリ捨てられちゃったからw」

 自棄糞で言ったのに、途端に女の子たちは見事なまでに手のひらを返すように白けた感じで態度を変えて、何だそれならそうと早く言えよ、このキモメンがとか小声で悪態まで吐かれる始末である。
 俺、凹んでもいいよね。今なら都築をぶん殴ってもいいはずだよね、グスン。
 百目木たちの言葉を借りて…つーか、興梠さんたちにも確り自分で言った台詞だけど、都築の存在感をこんなところでマザマザと感じることになろうとは…アイツ、俺のことで泣いたっていいんじゃないかな。お釣りが来るぐらい、俺は違った意味でも傷付けられてるぞ。
 溜め息を吐いた俺がハイボールを諦めて誰かが注文したまま放置している烏龍茶に口を付けた時だった、不意に合コン会場である居酒屋の大広間がそれまでにないざわめきに包まれて、何事かと烏龍茶を口にしたままで顔を上げたら、ギョッとしている百目木の隣りに険しい顔付きを隠しもせずに都築が立っていた。
 何時もの小ざっぱりしたお洒落な格好じゃなくて、トレーナーにジーンズという在り来りな、大雑把な性格の都築が本来好みそうな格好をしているにも拘らず、女の子たちはギャアギャア言って「ワイルドで素敵!」とか抜かしてる。
 同じ格好をした俺にはキモメンの挙げ句ヲタク野郎って言ったくせに。
 やっぱ顔なのか…
 俺が呆気に取られたまま見上げていると、都築はなんだか急いで駆けつけたみたいに肩で息をしていたけど、少し伸びている前髪を煩そうに掻き上げながら息を整えて、それから苛々したようにいきなり言いやがった。

「オレ、鈴木と結婚することにした!」

 なんだそれ、なんの宣言だよ。

「きゃー!!…いやぁ~、都築くんが誰かのモノになるとか冗談言わないで!!」

「学生結婚とかやるな!」

「いやぁ~!!都築くん、舞とも結婚してぇ…ッ」

 俺がアホらしいと溜め息を吐く前に、合コン会場は阿鼻叫喚だ。
 同じ大学の別学部の連中は判る、でも余所の大学の連中まで泣いたり拍手喝采ってどう言うことだ。都築は今集まっている大学の界隈じゃ有名人なのか…いやまあ、類を見ない御曹司なんだから当たり前か。
 何時も近くの量販店で買った草臥れたスウェットでモン狩りしているところしか見ていなかったから、都築が御曹司だってこと、偶にうっかり忘れちゃうんだよね、いけないいけない。
 何も言わない俺に焦れたようにギラギラしている強い双眸を細めて食い入るように…ってそう言えば、無視を決め込んでから久し振りにこんな風にジックリと見詰めてくる都築の琥珀みたいな瞳を見たなぁ。
 俺はその双眸をちょっとだけ見返してから、まるでスローモーションみたいに目線を外して、何事もなかったかのようにテーブルにある唐揚げを箸で掴みながら、口を付けていた烏龍茶を置いた。

「唐揚げうめぇ」

 ワアワアきゃあきゃあ言っている周囲の声なんか何のそので、箸で掴んだ唐揚げを口にしてホッコリ幸せそうに笑った俺を見た時点で、恐らく都築の中の何か必要なはずの箍が外れたんだと思う。
 それとも、重要な血管系の何かが切れたのか…つまり、都築はもう無視されることに限界を感じていたようで、顔を真赤にして何かパクパク言いたそうに口を開いたけど声も出ずに、だから行動に移すことにしたらしい。

「退けッ」

 狂犬、或いは猛獣のようなギラつく双眸で睨み据えてからの重低音の一喝に、俺の横を陣取って「やっぱり仲良いんじゃん!ねえねえ、紹介して!」と俺の腕をグイグイ引っ張りながらも、立ち尽くしていた都築に頬を染めてキャアキャア言っていた里奈ちゃんがビクッとしたまま腕を離してズザザッ…と身体を引くのと、面白半分で乾杯とか言って祝福気分でグラス片手に俺の肩に腕を回していたミッキーが、青褪めて引き攣りながらやっぱりズザザッ…と思い切り身体を離すのはほぼ同時で、邪魔者を蹴散らした都築は長い脚でテーブルを跨ぐようにしてヒョイと乗り越えると、いきなり唐揚げにほんわか至福の俺をまたもや気軽にヒョイッと肩に担ぎやがったんだぜ。

「おい!降ろせッ。こら都築!まだハイボール、全部呑んでないんだからなッッ」

 ギョッとした俺はなんとか降りようとジタバタ暴れてハイボールのグラスを指差すと、グラスの半分以上が残っているソレを身体を屈めるようにして掴んだ無言の都築は、あっという間に一気で飲み干しやがった。
 一瞬俺を降ろして脇に突っ込んだ手で猫の子か何かのようにブランとさせてから、これで文句はないだろうと至近距離で睨み付けてくるから、若干…どころか、綺麗な男の渾身の睨みに震え上がりながらも、これで負けるワケにいくかよ!好き勝手なことは絶対にさせないと自分を奮い立たせて、呆気に取られている間に再度担ぎ上げられた俺はプッと頬を膨らませて怒り心頭を訴える。

「お、俺はまだ合コンを楽しむんだッ!会費5000円の元を取らな…ッ!」

 何を言おうとしているのか逸早く察した都築は、やっぱり無言のまま、そして俺を肩に担ぎ上げたままで尻ポケットからウォレットを取り出して、1万円札を引き抜くと俺の尻ポケットに捩じ込んで。

「釣りはいらねえよ」

 とか、南極の氷点下より低い声音で凄むように言いやがるから、なんか俺はもう途端にシュンとして…って、たぶんいきなり酒が回ってきたのか、目眩を覚えながら小さく「はい」とか返事をしちまっていた。
 この一連の行動中、合コン会場は水を打ったような静けさに包まれていた。
 と言うのも、都築は大雑把でだらしない女好きと言う性格は既に周知の事実で、だからこそ女に関してはとても優しかったりする。その都築が、自分が持っている全ての愛嬌を媚にして、品を作って笑顔を振りまく里奈を睨み据えて恫喝…そう、恫喝するなんてことは天地が逆さまになっても、都築が俺を好きになるぐらい有り得ないことだったんだ。
 だからきっと、みんな呆気に取られているに違いない。だからきっと、誰も俺を助けてくれないんだと信じたい。
 都築はもう後は振り返りもせずに、来た時と同じようにサッサと居酒屋を後にすると、駐めているウアイラの助手席に俺を突っ込むと、慌てて起き上がろうとする俺より早く運転席側に戻って鍵を掛け、俺が勝手に外に出ないようにしてから、今度はご丁寧に俺の居住まいを正してシートベルトまでしてくれちゃって、茫然自失で座り込んでいる俺の膝の上に、何時の間に居酒屋から持って来ていたのかアウターとデイバックを置いた。
 その間、ムッツリと黙り込んで一言も喋らないんだから、正直、今まで都築を侮っていた俺はオシッコちびっちゃうぐらい怖かったりする。でも、絶対におくびにも出したりするもんか。
 雰囲気とは別にせっせと俺のお世話をした都築がエンジンをかけて軽快に走り出したウアイラの進行方向は、たぶん確認しなくても都築んちだと思う。
 俺はブスッと膨れっ面でサイドウィンドウが収まる部分に腕を乗っけて頬杖を付くと、流れていく夜の街の光を眺めながら不貞腐れたふりで口を開かない。口を開いたら、なんだか余計なことを言いそうな気がしたから。
 でも、都築は黙っちゃいなかった。

「お前、オレが鈴木と結婚しても気にしないのかよ」

「…」

「これ以上、オレを無視すると何をするか判らないぞ」

 軽く無視を決め込むつもりが、軽いジャブのくせに肝臓を抉られるようなパンチのある台詞を投げかけられて、俺は渋々、頬杖を止めて身体を前に向けた。
 この場合、都築の凶器は世界で一番綺麗なはずのウアイラだ。

「別に。恋人から結婚に昇格したんだろ?だったら、俺はおめでとうって言って祝ってやるよ」

「…」

 今度は都築がだんまりで、聞いてきたくせに放置とかなんだよお前は。
 ふと都築を見たら、運転に集中しながらもチラチラと俺の横顔を見ていたようで、俺と目が合うとバツが悪そうに舌打ちしてこちらを見なくなった。

「じゃあもうそれでいいよ」

 都築は投げ遣りにそんなことを言って仏頂面に不機嫌をまぶしたような、非常に険悪な表情をしたままでブツブツと吐き捨てた。

「だったら、これでお役御免じゃないのか?家に帰りたいんだけど」

 俺もフンッと鼻で息を吐き出すようにして嫌気を漲らせて吐き捨てたから、都築は苛ついたみたいに俺を横目で睨み据えて、それから馬鹿にしたみたいに嗤いやがった。

「だから家に帰ってるだろ?オレはもうお前を外に出さない」

「…はぁ?!何いってんだよ、お前」

 頭沸いたのか?それとも、やっぱりさっき外れた箍か、切れた血管が拙かったんじゃないだろうな…ってのは冗談としても、俺はその時でもまだ、都築が俺を脅かしているんだろうとしか思っていなかった。
 だって、都築は鈴木を選んだんだから、今さら俺をどうこうするとか思うワケないだろ。

「この道はお前んちに行く道であって、俺んちに帰ってるワケじゃないだろ」

 投げ捨てるように言ったら。

「どっちだって一緒だ」

 どうでもよさそうにそんなことを言いやがるからカチンと来た。

「…あのな都築、悪いんだけど俺はお前んちに行く用事とかないワケ。コンシェルジュに気軽に止められるのも面倒くせぇし、あんな馬鹿みたいに高級感あふれるマンションに俺はお呼びじゃないんだろ?あ、そうそう。因みに、お前が寄越した合鍵も、どっかのゴミ箱に捨てたから」

 俺が最後に吐き捨てた台詞に都築の肩がピクリと震えたように見えたけど、俺はそんなこと気にもしなかった。
 フイッと目線を外して窓の外を眺めれば、嫌でも目立つ高層マンションが姿を現して…あの角を曲がれば駐車場に一直線だ。
 都築が車を駐めたら即座に降りて、絶対に脱兎の如く逃げ出してやると決意する。

「ゴミは俺いらないし。残念だけど、もう俺がお前んちに行く理由もないし合鍵もないから入れな…ッ!」

 ヴォンと重低音のエグゾーストノートを響かせたウアイラは唸るようにしてスピードを上げて、上げすぎて、駐車場に曲がる道をギリギリで曲がり切ると馬鹿みたいな速度で場内に侵入し、駐車場係のお兄さんをビビらせていた。
 そしてそれは違わずに俺自身をもビビらせるには充分だった。
 角のところで遠心力に負けそうだった。
 よかった、事故らなくて…。
 ドアを叩きつけるようにして車を降りた都築にハッとして、当初ダッシュで逃げる予定だった俺は出遅れたものの、慌てて助手席のドアをヒョイッと開けると、地面に足がつくなり走り出そうとしたけど傍らに立っていた都築にヒョイッと捕まえられて、アッと言う間に肩上のヒトになってしまった。
 相変わらずの都築の奇行に慣れているのかいないのか、いまいち微妙なポーカーフェイスのお兄さんを無視した都築の肩の上から、キーが付いたままでエンジンのかかっているウアイラへ恭しく乗る横顔に、取り敢えず警察を呼んで欲しいんだけどと思ったけど、勿論口に出しては言えなかった。
 俺を肩に担いだままでエントランスにズカズカと乗り込む都築に、本来なら顔見知りのコンシェルジュのお兄さんが、やっぱり慣れているのかいないのか判らないポーカーフェイスのにこやかな笑みで挨拶なんかしてくれたけど、都築はそれを無視するから、俺が肩の上からにこやかに(それどろこじゃないんだけど)笑って頭を下げても、やっぱり迂闊に表情に出さないところはすげえなと思うよ。
 軽い重力を感じる最上階直通のエレベーターに乗ったところで、漸く俺はヤレヤレと溜め息を零しながら口を開いた。

「都築さ、一体何がしたいワケなの?」

「…」

「鈴木と恋人になるって宣言してゴニョゴニョまで俺に見せて、それから結婚もするんだろ?だったら、もう俺なんか必要ないはずだ。お前だってそう思ったから、スパンと捨てたんじゃないか。使用済みは拾わないんだろ?そのままにしておいてくれたら、俺は自分でどうとでも生きていくんだけどさ」

 ムッツリと押し黙ったまま都築は何も言わない。
 もうどうとでもしてくれていいよの猫の気持ちになりながら、俺はまた噛み殺せない遣る瀬無い溜め息を吐いた。
 都築の答えを聞く前に軽い重力を感じたらエレベーターが止まって、それから都築はやっぱり無言のままで鍵を開けてから独りには広い玄関を上がり、俺の足から靴を脱がすとポイポイッと放ってからスタスタと一直線に主寝室、都築の城に向かった。
 真っ暗な部屋に入るとすぐに電気を点けて、それから周囲を窺う隙きも与えずに俺をキングよりも広いんじゃないかと思うベッドに投げ出すんだ。
 本当にコイツ、俺のこと荷物か何かと思い込んでるよな!
 手軽に放り投げるんじゃねえッと怒り出す前に、都築の仕事机と思しきPCやモニターが並ぶ机の手前、こちらに背を向けるソファに俺が座っているみたいだ。
 この前、合鍵を捨てに来た時は確かいなかったと思ったけど…よく見れば、クッションだとか抱き枕も復活しているみたいだ。復活させなくていいのに。
 そう言えばこの前、ここでコイツ、鈴木とヤッてたんだよな。
 おんなじベッドに寝かせるとか趣味悪ぃな…とか思って、うんざりして上体を起こそうとしたってのに、俺は上から伸し掛かる都築にそのままベッドに張り付けられちまったんだ。
 なんだこれ。

「なあ、篠原。もうオレとヤッてよ」

 少し息の荒い都築は、目尻を染めてうっとりするぐらい匂い立つ色気が溢れていて、うっかりしていたら頷きそうなヤバさだと言うのに、そうはならずにゴクリと息を呑んでしまうのは、その琥珀のような色素の薄い双眸のせいだ。
 ギラギラと肉食獣みたいに獲物を見据える双眸はどこか剣呑としているくせに、渇望してやまない気配が色濃く浮かび、このままだと喉笛を食い千切られて、このケダモノが求める熱い血潮を飲み干されるような狂気じみた錯覚が脳裏に浮かぶ。
 ベロリと上唇を舐め上げて見下ろしてくる色気は半端ないけど、その双眸に浮かぶ狂おしいほどの暗い陰は背筋をゾクリと震わせるには充分なほど陰惨な雰囲気だ。

「…す、鈴木がいるだろ」

 なんとか言い逃れようと口にして身体をずらそうとするけど、都築がそれを許してくれず、俺の動きを封じようとでもするかのようにアッサリと両手を一纏めに掴まれてしまった。
 ヤバくない?この雰囲気…

「鈴木?誰だそれ」

 訝しそうに眉を寄せるも、空惚けている様子もない真剣な疑問に冷や汗が背筋を流れて、こんな状況は真っ平御免だと俺は足で都築を蹴り上げながら「鈴木雅紀だよ!」と藻掻きまくって叫んでいた。

「スズキマサキ?ああ、あんなクソビッチはどうでもいいよ…なあ、お願いだよ篠原。オレとヤッてよ。そしたらさ、オレはもうこんなに不安にはならなくなると思うんだ」

 不安?都築が一体、何をトチ狂って不安になんかなってるっていうんだよ。
 順風満帆な御曹司様がよ!しかも、鈴木のことは初心で処女だっつってたじゃねえかッ。

「せっかく設置したオレの防犯システムを、お前が全部外させただろ?あれはお前の防犯だけだけじゃなくて、オレの精神安定剤でもあったんだ。お前が何処かオレの知らないところで、誰か知らないヤツに触られてんじゃないかとか、犯られちまってるんじゃないかとか…心配なんだよ。オレは心配で心配で仕方ないんだ」

 俺に蹴り上げられても屁でもない仕草で、チュッチュッと何時の間にか熱心に語りながらも、都築は俺の首筋に口付けながら、スンスンと俺の匂いを嗅いでいて、今までで一番気持ち悪いと思った。

「バカ言え!俺だって普通の男だぞ、そんなに簡単に犯されるワケねえだろ!!」

「巫山戯んな!今日だってよく判らない連中にベタベタ触らせてたじゃねえか!…だから、もうお前をこの部屋に閉じ込めるんだ。それで寂しくないように毎日オレが抱いてやるから。だからお願いだから、オレに抱かれろよ。ほら、ココももう熱くなってるだろ?」

 とか何とか言って股間を擦り付けてくる都築に、俺史上始まって以来の最大の貞操の危機が訪れたワケなんだが、ゴリッゴリのチンコをジーンズ越しに擦り付けまくっていたくせに、不意に腕の拘束が外れたかと思うと都築はギュウッと抱きしめてきた。
 抱き締めながら頬にチュッチュッとキスするのは、何か不安から必死に逃れようとしているようにも見えるし、スンスンと匂いを嗅ぐのは通常運転のようにも思えて殴りたくなるんだけど…いやしかし、いよいよ本気で気持ち悪くなったな、コイツ。
 そんなに必死で、そんなに我武者羅にしがみついたって俺は許さないんだからな。

「鈴木のこと、初心で処女だって言ってたじゃないか。どうして今さらクソビッチなんて酷いこと言うんだよ?!」

 俺のことで有耶無耶にしようと思ってるんじゃねえだろうな。
 事と次第によっては…とか俺が考えつつも唇を尖らせていると、顔を上げた都築は、今まで見たこともないほどうっとりと双眸を細めて、嬉しそうに俺の尖らせた唇に触れるだけのキスをしてくる。
 いや、お前にキスさせるために尖らせたんじゃねえ。

「ああ、アレは嘘だから」

「なんだと…」

「オレ、お前にどうしても嫉妬して欲しくってさ。何時もオレばかりが嫉妬してヤキモキしているんだ。少しぐらいお前にも嫉妬して欲しかったんだよ。鈴木は都合のいいビッチだったから使ったんだ」

 出たぞ、人間をモノ扱いするクソ御曹司が。

「悪かったな。俺、ぜんっぜん嫉妬とかしないわ。まるで凪だわ」

「…ウソつけ。オレが贈ったキーホルダーを捨てるぐらいには嫉妬したんだろ?」

 俺の上にどっかり乗っかってニヤニヤ、ちょっとどうかと思うぐらい嬉しそうに笑う都築に…そうか、その方向性で考えることにして捨てられたショックを遣り過したんだな。

「残念だが違うな。お前がゴミクズみたいに俺の合鍵を投げ捨てたからお返しをしただけだよ」

「投げ捨ててない。投げただけだ。お前の運動神経が悪くて落としただけだろ」

 俺の胸の上でブツブツ言う都築が重くって身体の下から這い出ようとした。するとサッと顔色を変えると慌ててさせまいとギュッと抱きしめてくるから、「重いんだよッ」と言ってその背中をポンポンと軽く叩いてやったらちょっと安心したのか、でも疑心暗鬼で疑い深そうな目付きのまま、ちょっとでも逃げる素振りがあればすぐに捕まえるぞの構えでこっちを見てるけど、もう逃げ出す気もなければ帰る気もなくなったので、この際ジックリと話しを聞いてやろうと、腕を組んで胡座を掻く俺に都築は漸く安心したみたいだった。

「ぐぬぬぬ…運動音痴って言うな!それよりも、あの合鍵、マスターキーだったじゃねえかッ。なんで都築が持ってるんだよ??!」

 マスターキーとは本来、確か大家が持ってるんじゃなかったかな。それか、管理会社が持っているはずだぞ。俺が鍵を替えた時には、管理会社の担当の人に連絡してマスターキーを渡したと記憶しているんだけど。

「…オレの持ち物件になったからだ」

「は?」

「アレはオレのだから、返して欲しい」

 お前がいらないって捨てたのに今さら返すかよ…じゃなかった、ちょっと待て。今、何やら不穏で聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできたと思うんだけど、俺の気のせいかな?

「お前がいらないって言ったから返さない。で、持ち物件てなんだ?」

「いらないとは言ってない。今は必要ないから一先ず預けると言っただけだ」

 言葉数だな、お前に決定的に足らないのは言葉数と説明だと思う。
 でも知らなかったな、『必要ないから返す』の言葉の中に、『今は』と『一先ず預ける』が含まれるとか、日本語って難しいな…ってそんなワケあるか!

「…持ち物件ってなんだよ?」

 うんざりして前言を無視した俺に、都築はベッドの上に俺と同じように胡座を掻くと、ムッツリと口を尖らせて肩を竦めたみたいだ。

「返してくれるなら話す」

 交換条件とか都築のくせに生意気だな。
 ジリジリと睨み合ってもこの場合、勝者は都築ってことになる。と言うのは何故かと言うと、都築はそれこそ視姦レベル並に俺のことをジックリ見据えるのが(それでイロイロ妄想するのが)大好きなヤツなんだ。半端な気持ちで睨めっこしても必ず俺が負ける。

「ッ」

 ぐぬぬぬ…っと歯噛みして軽く睨みながら、都築がベッドの脇に落としていた俺のデイバックを拾い上げてから、大事なものを仕舞っているジッパー付きのポケットを開けて、某有名ネズミのキーホルダーを取り出した時だけ、ムッツリ不機嫌ヅラだった都築は何処か痛いような表情で息を呑んだみたいだった。
 それで溜飲は下がらなかったけど、俺は努めてなんでもないことみたいにマスターキーを外してから手渡した。
 ネズミーランドのお土産らしいけど、何時もより軽い感触は手に馴染まないってのも秘密だ。
 マスターキーを、と言うより、俺の手の中で所在なさげに揺れるネズミのキーホルダーをチラチラ見ながら、都築は少し下唇を噛んだみたいだった。俺はそれを見ないふりをして、わざとブウブウ言ってジッパーの中にネズミを滑り落とした。

「で?持ち物件てのは?」

「…あのアパートはオレが買い取ったんだ。だからオレがオーナーで大家ってワケだ」

「ぶっは!…おま、お前、なに考えてんだよ?!」

「嫁が住むところぐらい本来ならオレが用意するべきなんだよ。でもお前はオレとは住まないって言うし、じゃあマンションでもと思ってたら何もいらないとか言いやがるからさ。だからあのアパートを丸ごと買った。左右に男が住んでいるのも気に食わなかったし、水商売のあの女、時々お前に色目を遣っていたからムカついてたんだ。今は左右と下の部屋は空き部屋で、その他の部屋にはツヅキ・アルティメットの連中を常駐させている」

 だからもう危険もなくなって今は安心だと、都築は何やら上機嫌で常軌を逸した発言をぶちかましている。
 えっと、俺は今、どんな顔をしたらいいんだ??
 ええーっと、水商売のあの綺麗なお姉さんは俺じゃない、お前に色目を遣ってたんだよ?お前、全く相手しないし、俺に変態言動とか行動とか取るばっかりに、お姉さん、どっか冷めたような勿体無さそうな目付きをしてたのにも気付かなかったんだな。
 俺もお前があのアパートを買ってたなんてちっとも気付かなかった!
 それで最近、誰にも出食わさないしウアイラのエグゾーストノートが聞こえるぐらい静かだったのか…

「都築って…本当に御曹司だったんだな」

「御曹司じゃなくても家は買うだろ?」

 何を言ってるんだ?とでも言いたそうな顔で首を傾げるが、規模が違うんだよね、規模が。

「あ、因みに俺はもう嫁じゃないからな。外でヘンなこと言うなよ」

 そうそう、何時の間にかちゃっかり言い方を元に戻している都築にはちゃんと釘を刺しておかないとな。

「…は?オレの嫁はお前だけだ。何を言ってるんだ?」

 怪訝そうに眉を顰める都築の、何いってんだコイツ色をした胡散臭げな琥珀の双眸を、今すぐ目潰ししたい。

「あのさ、お前いっかい病院に行ったほうがいいと思うんだよね。俺が男だとかそう言うことはこの際大目に見ても、鈴木と結婚するんだから嫁か旦那かは判らないけど、伴侶になるのは鈴木だろ?」

「アイツはただの業務上のパートナーだぞ。公私ともにパートナーとなる嫁はお前だけだ」

 何を言ってるんだコイツ、みたいな顔つきもやめろ。
 その表情は本来、最初から最後まで俺が浮かべておくものだ。

「お前鈴木と結婚するって…」

「え?そんなこと言ったか??…ああ!アレは言い間違いだな。あの時はカッカしてたからさ…鈴木と契約することにしたって言ったつもりだったんだよ。だから、恋人とかそんなのはウソだし、でもお前には言ってなかったから、業務上のパートナーなら問題ないだろって、もう怒らずに許してくれてもいいんじゃないかって言いたかっただけだ」

 それで恋人から結婚に昇格とかワケの判らないことを言っていたのかとか、都築はブツブツ言いながら、誤解が解けたんだからまた一緒にいるもんだと思っている口調でホッとしているみたいだった。
 そうは問屋が卸すかよ。

「お前、俺に鈴木と結婚してもいいのかみたいに聞いていたのはどう言うことだよ」

「だから結婚じゃないって!鈴木とは寝ていただろ?職場も一緒で、これから出張なんかにも一緒に行くワケだから浮気とか心配するんじゃないのかって思ってさ。だから、鈴木と契約しても本当にいいのかって聞いたつもりだ」

「……」

 『オレと鈴木が結婚してもいいのか(一部語弊らしい)』の中に、『職場と出張が一緒』と『浮気を心配』の言葉が含まれるなん…て、もういい、もういいよ都築。
 たぶんきっと、頭を抱えてウガーッとなった時点で、俺の完全な敗北だと思う。
 諦めたほうが負けなんだ。
 俺は思い切り脱力して都築を見上げた。

「嫁とか結婚とか巫山戯んなって思ってるけどさ。お前の場合、どんなに大事なヤツができたところで、その浮気性は一生治らないんじゃないのか?だったら、別に業務上有利なら鈴木とパートナー契約を取るべきだと俺は思うけどね」

「…ふぅん。まあ、嫁がいいって言うなら鈴木に決めるか」

 ブツクサと面倒臭そうに言った都築はでも、徐に顔を上げてジックリと俺を獰猛そうな双眸を細めて見据えながら、獲物を狙う肉食獣のようにひっそりと呟くように言ったんだ。

「でも、浮気性は聞き捨てならない。オレはお前とセックスできるのなら、もう誰も抱かなくても満足するんだ。オレが浮気症だと言うなら、それは抱かせてくれない篠原のせいだ」

「ぶっは!」

 何時から俺がお前にアンアンうっふんって言って抱かれる立場になったんだよ!
 永遠にお断りだね。
 尻に指を突っ込まれても、フェラしたりされたりしても、睡眠学習とか言って悪戯されても、尻に何か突っ込まれるのと突っ込まれないのとじゃ大きく違うんだ。絶対にそれだけは拒み続けてみせる。

「…ゲホゲホッ。そんな話はもういいよ。ところで都築さ」

「なんだよ」

 そんな話と言われて、自分的には深刻なのにと思っているのか、不機嫌そうに唇を尖らせる都築のヤツに、俺はちょっと前から疑問に思っていたことを聞いてみる。

「どうして俺のこと見なかったんだ?何時もは馬鹿みたいに凝視してきてたのに」

 馬鹿とは何だよとブツブツ悪態を吐く都築は、それでもちょっとしょんぼりしたみたいに目線を落として唇を噛んだみたいだった。

「…お前が、オレのことを軽蔑する目を見たくなかったんだ。アレはすげえ辛かった。心臓が抉られるってのを初めて感じたよ。もう一度あんな目で見られたら、オレはきっと、間違いなく死ぬんだろうと思った」

 キーホルダーをゴミ箱に捨てる時に、今生の別れだと思っていたから、これ以上はないぐらい都築を傷付けてやろうと思って蔑んでたんだよな、確か。
 結局、またしても俺が折れて話し合いの場についてしまったワケだけども。

「もう二度と、あんな目は見たくないと思ったら、お前の顔を見られなくなった。見たくて仕方ないのに、見る勇気がなかった…でも」

 都築はそこで言葉を切ると、悔しそうな悲しそうな表情をして、俺の顔を覗き込んできた。

「お前、他学部の連中と仲良くなって、今までそんなに興味もなかったクセに合コンなんかに行きやがって!防犯グッズも持っていないのに、オレの手から擦り抜けるみたいに、他の誰かのモノになろうとしていると思ったら、そんなこと考えることもできずにウアイラを飛ばしていたよ。お前が楽しそうに笑っている顔を見るのは好きだった。でもその先にいるのはオレじゃなくて、知らないヤツなんだ。気付いたら合コン会場の居酒屋に乗り込んでてお前の顔をジックリ見られるようになっていた」

 連れ去って良かったとホッとしたように呟く都築に、俺はガックリと項垂れたくなる溜め息を吐きながら尻ポケットに捩じ込まれたクチャクチャの1万円札を取り出した。この1万円札はあの時の都築の必死さの現れみたいにクチャクチャで、俺は思わず笑いたくなっていた。

「この1万円は返すよ。あの合コンは、もう帰ろうと思ってたところだったしさ」

 クチャクチャを何度も伸ばして皺をなくそうとしながら口を尖らせると、都築はその札をジッと見下ろしてから、首を左右に振ったみたいだ。

「それは返さなくていい…ただ、これは貰ってくれ」

 ポケットにもう、ずっと突っ込んでいたのか、目線を彷徨わせていた都築はその目線を下げたままでオズオズと大きな掌に握り込んでいる何かをチャラッと差し出してきた。
 大方の予想は当たっているとは思うけど、俺はヤレヤレと半ば諦めたみたいに溜め息を零してから、大きな都築の握り拳の下に掌を差し出した。
 ほんの少し、見落としてしまいそうなほど微かに震えている拳が開いて、銀色に煌めくプラチナの塊がシャラシャラと綺麗な音を立てて俺の掌の上に落とされた。
 俺のこと、好きでもタイプでもないくせに捨てられたって泣くほど傷付いて、俺の嫉妬心を欲しがったり、一途に真摯に俺を抱きたいと切望したり、そして何はなくてもこのプラチナの塊たちをどんなことがあっても持たせておきたいなんてさ…ホント、呆れるほど言ってることと行動が伴わないんだよな、都築は。
 俺が大事なものを淹れているポケットを開いてネズミーランド土産の某有名ネズミのキーホルダーから外した俺んちの合鍵を、プラチナの月と星のチャームとアイビーとダイアモンドの指輪みたいな意匠の塊がシャラシャラと揺れるキーホルダー、あの日一緒に捨てた都築んちの合鍵のその傍らに加えると、俺んちの合鍵があるべきところにおさまったとでも言うように当然そうにカチャリと音を立ててぶら下がった。
 手に馴染むキーホルダーの不在は、どうやら思う以上に俺にもダメージを与えていたみたいだ。
 仕方ない、こればかりは認めるしかないのか。
 不意に手に馴染んだプラチナのキーホルダーを眺めている俺の前で、都築が脱兎の如き速さでネズミのキーホルダーを奪い取ると、もうつけさせるワケにはいかないんだと主張する勢いでゴミ箱に捨ててしまった。その上から、よく判らないゴミみたいなものを大量に入れて隠してしまう。
 …。

「…お前さぁ、大人げないよね。それ、ミッキーのネズミーランド土産なのに」

「なんとでも言え。キーホルダーなんか篠原には必要ない」

 他人のモノを勝手に捨てるとか…大人げなさすぎだろ。

「あーあ、属さんか興梠さんに、お前が俺を好きって言わせるまで戻らないつもりだったのにさ」

「…なんだそれ」

「お前、絶対に俺のこと好きとかタイプとか言わないだろ?だから、言わせることを条件にしてたんだよ」

 都築は暫く考えるように目線を上げてから、チラッと俺を見下ろして漸くデフォルトの仏頂面で頷いた。

「…お前がオレに抱かれるなら言ってもいいぞ」

「はぁ?絶対に嫌だ!死んでも嫌だ!!」

 だいたい、最初から言わせる予定のない賭けだったってのに、どうして自分の貞操を捧げてまでそんな気持ち悪い台詞を聞かなくちゃならないんだ。
 頭を下げて今までどおりにしてくださいって、言いたくない言葉をいやぁ~なツラをして渋々言いつつお願いするのはそっちだろうが。

「どうしてだよ?!もう精液だって飲んでる仲なのに…ッ」

 不意に都築が、珍しく尻窄みに言い淀む。
 目線が泳ぐのは、僅かに感じさせる「しまった」感だ。

「…は?俺、お前の精液なんか飲んでないぞ。口には出されたけど吐き出したしな。そんな気持ち悪い仲なんて…って、おい。なんで目を逸してんだ?お前、何か隠してるな!」

「別に何も隠してない。言い間違えたんだ」

 目線を逸して仏頂面に言い募る都築は怪しい。
 非常に怪しいぞ。

「ウソつけ、ならどうしてこっちを見ないんだ。俺の目を見て言え」

 何時もなら下からグイッと覗き込めば、何事かと驚きつつも機嫌よくジックリ見下ろして俺にダメージを与えてくるほどの男が、敢えて目線を泳がせて俺から顔を背けるのはおかしいよね。

「間違えただけだって」

 都築はさっきの話しに出た語弊をうまく使おうとしていて失敗している…と言うことは、アレは本当に語弊だったんだな。誤魔化すのが子どもレベルに下手だ。
 誤魔化してるってことは、ははーん、コイツまた夜だな。
 睡眠学習だろ!

「お前、まさか…」

「別にスムージーには…」

 またしても俺に睡眠学習をさせてたんだろ、気持ち悪い!って言うつもりだったんだ。
 そうだって、確信していた。確信していたのに…なんだと?

「俺が寝てる間に…って、今なんか思い切り不審なこと言わなかったか??!」

「言ってない!言ってないッ」

 俺が都築の胸ぐらを掴んでその大きな身体に伸し掛かると、若干嬉しそうな気持ち悪い顔をするものの、都築は必死に否定する。
 否定しながら俺の尻を両手で掴んでくるな。

「…まさかお前、スムージーに精液を混ぜてたんじゃないだろうな」

 あ、そっちの言い訳があったかみたいな閃いた顔をした時点でゲロッてるぞ、都築。
 俺にコイツの精液を飲ませる方法としたら、寝てる間の悪戯か都築の手製のモノで口にするぐらいだ…となるとスムージーが怪しいに決まってる!
 朝が弱くて寝穢い都築にしては珍しく、早起きしてせっせと作ってくれていた、いいヤツだなって見直してたっていうのに!!
 目線を外らせて絶対に言わない態度で俺の尻の感触を確かめるように揉むな。

「都築、確認するが。お前が来ない間、興梠さんが持って来てくれていたあのスムージーには、まさか興梠さんの…」

「違う!全部オレのだ…ッ」

 ハッとする都築の墓穴に、脳裏に過るのはタッパーに入っていたあのシャーベットみたいな白い塊。
 よく思い出せば、凍ったバナナとかイチゴとかベリーとか白いシャーベットの塊と一緒に、ヨーグルトをドバドバ入れてたな。ヨーグルト、カップから入れてたな…

「都築、どうして精液をスムージーに入れようとか気持ち悪いことを考えたんだ?」

 人間、自分の予想を遥かに超える出来事に遭遇すると、怒鳴ったり喚いたりできるもんじゃないんだなと身に沁みて思ったよ。
 俺は遠い目でニッコリ笑って首を傾げた。

「…お前がなかなかフェラしてくれないし、寝てても嫌がる。飲むなんて言語道断、まるで親の仇みたいな目で見たから、判らなくしてしまえば飲んでくれるんじゃないかと思ったんだよ。精液には幸福感を与える成分が含まれていて抗うつ効果もあるし、妊娠状態を安定化させて、安産に導く効果とかもあるんだ。その、何時か男同士でも妊娠出産が可能になった時にお前が妊娠しやすくなるんじゃないかって…」

 都築はぼんやりと俺の笑顔を見て許されたと安心したのか、ジックリうっとりと見下ろしながらベラベラとゲロッてくる。
 じゃあ、お前は俺の精液が飲めるのかよ?!って聞いたら、都築はなんだかアッサリとうんとか言いそうで、そんな薄ら寒くて気持ち悪いことが売り言葉に買い言葉ではけして言えやしないと思った俺は、更に意識が遠のくような遠い目をしてブツブツ言うしかないだろ。

「へええぇ…そっか。精液には抗うつ効果があって妊娠出産に有利になるから俺に飲ませようと思ったのに素直に飲まないしフェラしない俺が悪いのか。だったら都築がスムージーに精液を混ぜるなんて気持ち悪い真似しても仕方ないんだな。今後二度とお前の作る飲食物に手を出さないって心の奥底から決めた!信じられん…お前とは当分口を利かないッ」

 ガバッと跳ね起きて、そのままデイバッグを掴むと脱兎の如く逃げ出す俺を、ニッコリ笑顔にうっとりしていて出足が遅れた都築が、何故かジーンズのジッパーを上げてベルトを締めつつ追いかけてくる。
 気付いたら俺のジーンズが下ろされて半ケツしてんじゃねえか!

「待てよ!」

 …って言われて待つ獲物なんかいないだろ!

「気持ち悪い気持ち悪い!追いかけてくんなッ!!」

「嫌だね!何が気持ち悪いんだよ?!夫婦なら当然のことじゃねえかッ」

 エレベーターのボタンをダカダカ押しまくる俺に、オートロックの玄関の鍵は無視して、背後から追いついた都築がエレベーターのドアに掌をバンッと押し当てた。
 話題の壁ドンか!気持ち悪いッ。
 エレベーターのドアドンが正しいけどなッ。

「夫婦じゃないって言ってんだろ!100万歩譲って夫婦だったとしても、俺に無断で体液を飲ませるのは立派な犯罪なんだからなッ」

 チーンッと軽やかな音を響かせてエレベーターが登場したので、プリプリ腹立たしげに言った俺が乗り込むと、何故か都築まで後に続いて乗り込んでくる。

「無断じゃない!オレは健康にいいモノを飲ませてやるってちゃんとお前に言ったはずだ」

「聞いてない!」

「じゃあ、聞いてないお前が悪いんだ!」

 とかゴチャゴチャ言い合っている間に、音もなく停止階を報せるチンッと言う音と共に軽やかに開いたエレベーターからは、最初は魔獣よりも恐ろしい形相で青褪めた俺を抱えて入って行ったのに、何時間後かには自分の足で歩いて青褪めたまま「都築が悪い!この変態ッ」とギャーギャー喚きながら怒り心頭の面持ちで降りる俺と、その後を追って魔獣ではなく仏頂面の猫レベルの面持ちで「変態で上等だ!だったらもう遠慮しないからな、今度はフレッシュを飲ませてやるッ」とか意味不明の宣言をしながら出てくる、とは言え思い留まらせようと必死な御曹司の珍妙な本日の行為に、コンシェルジュのお兄さんはにっこりポーカーフェイスを決めているんだけど、きっと心のSNSには『コンシェルジュは見た!』とかのタイトルで炎上ブログが掲載されていることは間違いないと確信した…トホホホ。

□ ■ □ ■ □

●事例19.毎日作ってくれるスムージーに精液を入れる
 回答:お前がなかなかフェラしてくれないし、寝てても嫌がる。飲むなんて言語道断、まるで親の仇みたいな目で見たから、判らなくしてしまえば飲んでくれるんじゃないかと思ったんだよ。精液には幸福感を与える成分が含まれていて抗うつ効果もあるし、妊娠状態を安定化させて、安産に導く効果とかもあるんだ。その、何時か男同士でも妊娠出産が可能になった時にお前が妊娠しやすくなるんじゃないかって
 結果と対策:そっか。精液には抗うつ効果があって妊娠出産に有利になるから俺に飲ませようと思ったのに素直に飲まないしフェラしない俺が悪いのか。だったら都築がスムージーに精液を混ぜるなんて気持ち悪い真似しても仕方ないんだな。今後二度とお前の作る飲食物に手を出さないって心の奥底から決めた!

18.俺と仲良くするヤツは(男女共に)だいたい適当な相手を宛がわれている。結果ぼっちになる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築の実家に否応なく挨拶に連行された日、結局、目が覚めた俺はゴワゴワの腹とか下半身にうんざりして、都築と一緒ってのはもうデフォルトになってしまっているから仕方なくだけど、洋風から檜から露天風呂を楽しんで、あの狂気の小部屋で一泊することになった…そう、あの部屋で眠れって言ったんだぜあの変態。
 美味しいご飯と姫乃さんや万理華さん、陽菜子ちゃんとも楽しい会話で盛り上がったし風呂もクタクタになるまで入りまくって楽しんだから…ちょっとした旅館みたいだった!俺はもう狂気の小部屋だろうが、都築が高校までの青春時代を過ごしたんだとか延々と気持ち悪い話を聞かされたとしても、うんうんと適当に相槌を打ちながら何時の間にか眠りこけていた。
 人間、何処でだって眠れるもんなんだなって朝起きた時は感心したもんだよ。
 都築パパは昨日の夕食前から仕事の件で既に不在で、本当は家にいることって滅多にないから珍しかったんだよと陽菜子ちゃんが教えてくれた。そうか、都築パパはやっぱり大企業のCEOなんだなぁとこれまた感心してしまった。
 別れ難くて寂しそうにする陽菜子ちゃんとサヨナラするのは辛かったけど、また来るねって言ったら嬉しそうにはにかんでいたのが印象的で、都築のヤツに、可愛いって言うのは陽菜子ちゃんみたいなことを言うんだぞって教えてやったけど、ウアイラのハンドルを握る都築は不服そうに眉を寄せるだけで同意なんかは一切しなかった。
 うん、変態の考えることはよく判んないな。
 まあ、そんな感じで『突撃!都築さんち』から帰宅して数日経った現在だけども、俺は属さんがくれたモデルの都築が掲載されている雑誌をまんじりともせずに見ていた。
 雑誌で透かしたイケメンを気取る都築を、完璧な容姿やキマっている立ち姿にはケチの付けようがないから、コイツ本当は変態なんだぜとかプゲラしてから却ってダメージを喰らいながら眺めていたら、記憶の片隅に眠っているような何かが呼び覚まされそうなんだけど…なんだっけ?
 昼前に都築が久し振りにセフレと遊んでくると連絡してきた。
 今日はお泊りなしってことだったから、食事の支度も必要ないんだろう。
 結局あの後、帰宅途中で延々と説得を試みたら、嫁が公認するならしかたないとかなんとかブツブツ言いながら、セフレとの関係は続行することで納得したみたいだった。
 セフレでまかなっていた性欲を全部俺に向けられてみろ、きっとそう遠くない未来で俺の尻が崩壊する。
 今は都築が持つ理性を総動員して初夜まで我慢!を忠実に守ってくれているけど、それだってセフレがいるから守られているんであって、彼らの存在が失くなったら俺を護るべくファイアーウォールも跡形もなく消えちまうだろう。
 ほんの少し出口付近に突っ込まれそうになっただけでアレだけ痛かったんだ、そんな怖いこと考えたくもない。
 そんな都築の電話に「どうぞどうぞ」って応えたら、ヤツはなんだか不機嫌そうにブツブツ言って切ってしまった…怒ってるみたいだったけど、俺が安全ならどうだっていい。
 そんなワケで今日の俺はのんびり独りで家に居たりする。
 友達を呼ぼうかなと思ったけど、不機嫌な都築からピロンピロンッと受信音が煩いメールで、旦那が居ないからと誰か呼んでもバレるんだからなとかワケの判らない内容が鬼のように来たので、いろいろ煩いし後で絡まれるのもうんざりだったから、取り敢えず今日は独りで過ごすことにしたんだよ、畜生。
 なんてことを延々と語ってみたけど、実際は折角の日曜日なのに外はシトシトと雨が降っていて、そんなに寒くもないのに肌寒いような気がして、こんな日こそモン狩りに勤しんで背中にぬくもりをくれたらいいのに、欲しい時には傍に居ないなんてホント、アイツは俺にとっては今ひとつ物足りないとか思ってたりする。

「あーあ…退屈だなー」

 薄っぺらいカーペットが敷かれただけの安っぽいフローリングにゴロンッと横になって、俺は属さんがくれた都築のモデル時代の雑誌をペラペラと捲ってみる。雨だし外には行きたくないし、かと言って家でゴロゴロしてるのも何だか虚しい気がするなぁ。

「うーん…あ、そっか。家に呼ばなきゃいいのか。だったら俺が行けばいいんだ!」

 雨だから外に出たくないけど、何もせずに時間を潰すなんて勿体無い。
 閃いた俺は早速、自分のスマホをがっちり掴むと、連絡先から呼び出した百目木に電話してみた。

「あ、百目木?そうそう、俺。今日これからってヒマ?あ、そうなんだ~。じゃあ、13時ぐらいでいいかな。うん、判った。それじゃ待ち合わせは何時ものとこな!」

 百目木も雨で外出がドタキャンになったらしく、ちょうど良かったから遊びに行こうぜと快諾してくれた。俺からの連絡だから、おおかた都築は用事か何かでいないんだろうと最初から判っているみたいで、だから、話を通すのは早かった。助かる。
 じゃあ、早速外出用に着替えて、えーっと…多分行き先は映画館か疑似天体観測か、はたまた書店巡りとかゲーセンとかとか、やることがたくさんあってワクワクしてきた。
 一人で家にいるのは大好きだけどさ、(都築のいない)こんな日はやっぱり家でゴロゴロなんて勿体無いよね。
 俺がウキウキして服を着替えていると、待ち合わせまで30分ぐらいの時にいきなりスマホが着信をお報せしてくれた。
 あれ?メールじゃないから直接電話してきたのかな…毎回セフレに会いに行くとセックス中でもお構いなしに定期的に俺の様子を聞くために電話してくるから、これはたぶん、都築だろ。
 アイツ、GPSも盗聴器も隠しカメラまで全部の記録がスマホに届くように設定してるくせに、その気になれば俺の行動は全部把握することができるってのに、何時も何を考えて俺の様子を探るのかよく判んないんだよなあとか思いながらスマホを取り上げて見たら、着信相手は百目木だった。
 待ち合わせ場所の変更か、行き先に関してかな?だったら、メールしてくればいいのに、アイツも俺とおんなじでメール打つの遅いからなぁ。
 クスクス笑いながら電話に出ると、百目木の焦った声に「うんうん」と頷くしかない。

「あー、そっか。それじゃ仕方ないよな。いやいや!こっちは大丈夫。ただ、ちょっと暇だったから遊ぼうかって思ったぐらいだし。そんなことより頑張れよ!」

 電話の内容はつまり、前から気になっていた女の子からさっきいきなり電話が来て、よかったら今日遊びに行かないかって誘われたんだとか。彼女も雨でドタキャンになって街にいるんだけど、誰も来てくれないし、たまたま前回の合コンで連絡先を交換していた百目木を思い出して電話してくれたらしいから…まあ、それ以上は聞かないくても判るよ。
 だから頑張れって電話を切ることしかできないよね。
 あーあ、また暇になっちゃったなぁ。
 柏木は最近できた彼女(確か絵美ちゃん)と雨なのにデートですぅとか言って昨日、おおいに惚気けてくれたし張り切ってたし、ゼミの他の連中もそれぞれ用事があったり遠出してたりで誰も捕まらないから、仕方なく俺はまた都築の雑誌を適当に掴んでページを捲る。捲っていて…不意に思い出した。
 そのページに載っかっていた都築は不貞腐れたような表情に強い双眸をして、普通の高校生だと考えられないような、堂々とした態度で不遜にこちらを睨んでいる。
 この目…

「あれ?どうしてだろう。俺、この目を知ってるような気がする」

 んん??いや、知ってるワケないよな。高校2年生の都築かぁ…きっとメチャクチャ生意気だったんだろう。
 ゴローンッと床に転がってクスクスと笑いながら雑誌を見ていたけど、やっぱり退屈だ。
 最近は誰も彼も彼女だとか趣味だとかで、全然相手にしてもらえなくなった。確かに都築と一緒にいることが多くなったから、なかなか他の連中と交流を持つことがなかったとは言え、世間は恋人ラッシュみたいだし、都築もセフレとお楽しみで俺だけ取り残されているみたいだ。

「…変なの。なんで俺、独りでいるんだろ」

 前はこんな風に独りになることもあった。
 独りでいることも好きだったし平気だった…のは、それ以外の時間は程よい距離感で誰かといたからだ。
 でも、都築の野郎が必ずべったり一緒にいるもんだから、近すぎる他人のぬくもりに慣れてしまったせいなのか、最近は独りでいるとつまらない。
 いや、つまらないと言うよりも…
 俺はよっと身体を起こすと、それからスクッと立ち上がると中途半端に着替えていたけど、ジャージをジーンズに履き替えて、アウターを引っ掴むとデイパックを持って鍵を掴んだ。
 ちょうどその時、スマホが着信を告げるから、百目木がやっぱりこっちに来てくれるのかなとちょっと嬉しくなって着信相手も見ずに通話ボタンを押してしまった。

「もしもし?どう…」

『あ!あーッ、あ、あ、いくぅ!イッちゃうッッ』

「…??!」

 濡れた声は甲高くて、女なのか男なのか判断がつきかねるけど、もしかしたら新手の嫌がらせか何かで…と言うのも、都築のセフレから結構な嫌がらせを受けまくっていたから、これもまた大音量でAVでも流しているのかと思ったんだけど。

『…から、判ったか』

『あ、ああッ!あ!あん~ッッ!!そ、ソコばっかり!や、それ以上はだめぇぇぇッッ』

「……」

 どうやら盛大な喘ぎ声の向こうからブツブツと都築の声が聞こえているから、嫌がらせじゃなくて…いや、嫌がらせだろうけど、都築から何らかの連絡みたいだ。
 この声の近さだと、多分背後からセフレに覆いかぶさるようにして電話してるな。
 俺はまだ喘ぎ声と都築のブツブツが聞こえるスマホを冷ややかに見つめてから、スゥッと息を吸い込んだ。

「都築!!犯ってる最中に電話してくんなって言っただろッッ!!!」

 俺の大声なんか喘いでいる本人には聞こえていないのか、まだヒンヒン言ってるみたいだけど、都築はどうやらギョッとしているようだ。俺は鼻息も荒く通話を切ってスマホの電源も落とした。
 何だよ、アイツ。何時もバカにして。
 セフレとの付き合いはどうぞどうぞって認めたけど、俺まで巻き込めとは言ってない。
 こんな風に、相手をして欲しいワケじゃない。
 怒りに肩をブルブル震わせていたけど、不意に、無性に寂しくなった。
 玄関のドアを開くと外は雨で、百目木も柏木も相手が見つかって、自分からけしかけたとは言え都築は何時ものようにセフレが居て、なのに今この時間に俺はたった独りなんだ。
 何処かに行きたくて、傘を掴んで鍵を掛けると、俺はカンカンと音を響かせて鉄製の階段を小走りで駆け下りた。
 周りからどんどん人が消えていくような中二病みたいな寂しさを振り払いたくて、傘を差して小走りに走り出した町は灰色で、早く賑やかな場所に行きたかった。
 都築と行動を一緒にしていたら何時もアイツのウアイラで移動していたから、電車に乗ることもそんなになくて、久し振りの駅は雨にうんざりしつつも賑やかで独特の匂いにちょっとホッとした。
 何処に行きたいとかないんだけど、取り敢えず、俺は電車に乗って溜め息を吐いた。
 俺がこんな風に寂しくなっているのは絶対都築のせいだ。
 都築が俺を独占するせいで誘いも来なくなったし、そのくせ、セフレのためなら平気で置いていく。独りぼっちの家に誰か呼ぶのも禁止、呼んだら酷いことをするって脅されてさ。アイツの場合、その言葉が嘘じゃないから怖いし、怖いから独りでいることになる。そしたら急に寂しくなる…やっぱり都築のせいだ。
 都築は俺が独りでも大丈夫なようにゲームソフトや映画、漫画とか小説をあの狭い部屋にこれでもかと置いていってるけど、もともと確かにインドアではあるものの、何時も弟とか、誰かしら傍に居たのにこんな風に独りぼっちになるのは想定外だ。
 都築に独りがいいと言ったけど、アレはお前と一緒にいるぐらいならって意味だったんだよ。
 俺は基本、独りだと寂しくて死ねるウサギなんだぞ。
 いや、独りも嫌いじゃない。我儘ウサギなんだけども。

「…って、何思ってるんだろ」

 別に心の声なんて誰にも聞こえていないのに、俺は顔を真っ赤にしてトホホッと唇を尖らせた。
 聞き覚えのある駅名がアナウンスされて、そう言えばこの駅の近くに疑似天体観測ができるプラネタリウムがあったなと思いだして、迷わずにその駅に降り立った。
 雨足は強くなる一方だったけど、施設の中に入っていれば気にならない。
 どうせ都築にはGPSとか盗聴器で俺が何処にいるのか判るんだし、スマホは切りっぱなしでもいいよな。アイツも今日ぐらいはセフレとゆっくりしてくればいいんだ。俺をあの部屋に閉じ込めようとするからブツブツ文句を言っちゃうんだよね。
 都築が俺に仕掛けている盗聴器は特殊なものらしく、普通の盗聴器って言うのは受信機を近くに持ってこないと聞き取れないらしいんだけど、どう言った仕組みかは判らないけどどんなに離れていても声を拾えるんだとか。そう言えば、姫乃さんが持たせてくれている盗聴器もそんな感じだよな。
 都築の言い分はホントに身勝手なもので、自分が帰った時に俺がちゃんと家にいないと嫌なんだと。大学で帰りが遅いのは仕方ないけど、そのかわり真っ直ぐに帰って来いとか言われた時は殴りたかった。(実際小突いた)
 自分はセフレと楽しんで俺んちに来るくせに、それを俺はジッと待ってないといけないって理不尽じゃねえか。巫山戯んな。
 改札を出ると久し振りの人混みに、いつの間にか強張っていた肩からやっと少し力が抜けたみたいだ。
 プラネタリウムが入っているビルの横は公園になっていて、平日で晴れていたら近所の保育園の園児たちの賑やかな声が聞こえるし、休日は親子連れがのんびりピクニックなんて洒落込んでいるんだけど、残念ながら今日は雨だから、公園には殆ど人影が見当たらない。
 そんな雨に烟る公園をぼんやり眺めながらビルに入ると、今月の演目は何かなと掲示板に張り出されているポスターを見て、俺は眉根を寄せてしまった。
 何処までツイてないんだか。
 今日は第3日曜日だから機材の定期メンテでお休みらしい。
 あーあ、久し振りの疑似天体観測にワクワクしてたのにさ。
 溜め息を吐きながらビルから出た俺は、傘を差す間もなくいきなりガシッと腕を掴まれ、ハッとした時には口を塞がれて女の子みたいな悲鳴も上げられず、ほぼ小脇に抱える感じで拉致られてしまった。
 無言でズカズカ歩く犯人の顔を青褪めて見上げながら、連れて行かれた先が隣の公園の公衆便所ってところが非常にシュールだと思う、思うけどこの近くにはカフェとか雨宿りできる場所もないから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、都築は初めこそ乱暴に小脇に抱えたくせに、何やら驚くほど優しく俺を蓋の閉まっている便座に降ろしてくれた。
 うん、でもこのジーンズは洗濯機逝きだ。

「どうしてここにいるんだよ?」

 電話を叩き切ってから2,30分ほどしか経ってないと思うんだけど・・・
 見上げたまま吃驚していたら、最近はニンマリ笑うことも覚えたみたいだけど、やっぱりデフォルトの仏頂面に不愉快を滲ませた都築は、腕を組んで胡乱な目付きで俺を見下ろしてきた。

「あの後、ユキをさっさとイカせて帰ったんだよ」

「はあ?お前、今日はお泊りなしだって言ってただろ」

「だから泊まらなかっただろ!あと30分ぐらいで帰るからって電話したぞ」

 ムスッとしている都築は公衆便所なんて全く似合わないイケメンだけども、比較的綺麗とは言っても公衆便所だ。若干臭っているのは気にならないのか、いや、気になっているから仏頂面なのか、何れにしても理不尽なことでまた腹を立てているようだ。

「え?お泊りなしって俺んちに泊まらないってことじゃないのか??」

「何いってんだ、お前はバカか。泊まりって言ったらセフレとだろ。どうして家なのに泊まるなんて言うんだ。お前、言葉遣いが間違えてるぞ。九州の方言が関係あんのかよ??」

 本気で首を傾げる大男を見上げたまま、田舎をバカにすんなとプッと頬を膨らませて腹を立てたけど、結局、意思の疎通ができていなかったと言うことなんだろうか。
 いや、そもそも俺んちに「ただいま」と言って来るのはなんか違うような気がするとは思っていたけど、まさか自宅に帰っているつもりだったとは思わなかった。
 お前の頭がおかしいだろ。

「あと30分で帰るって言ってんのに、お前どうして家で待ってなかったんだ?!わざわざホテルも一番近いところに行ったんだぞ」

 なんだ、その恩着せがましさは。
 あの派手な声はユキだったのか。女の子かと思った。

「お前のセフレの声がデカすぎて聞こえなかったんだよッ」

「…ああ。それで最中に電話すんなって怒ってたのか。それなら、ちゃんと声が聞こえないって言ってくれればいいんだ」

 声が聞こえないと言われたのならメールしたのにと、都築は見上げている俺をバツが悪そうにジックリ見下ろしながらブツブツと言っているけど、すぐにムスッとして眉根を寄せた。

「お前、すぐにスマホの電源切るのやめろ。姫乃のスマホも持ってないから連絡できないだろうが」

「セフレとゆっくりしてくればいいと思ったんだよ。俺は俺で、独りの日曜日を堪能する予定だったのに」

「巫山戯んなッ」

 不意に都築が覆い被さるようにして俺の顎なんか掴みやがるから、一瞬ひやりと背筋に冷たいものが走って…不意に心臓がバクバクして、あれ、どうして俺、こんなに都築に動揺して、そして怖いなんて思ってるんだろう。
 俺のソロ活動に非常に腹を立てるのは何時ものことだし、こんな風に覆い被さるようにして覗き込まれるのも日常的で慣れきっていたのに、どうして公衆便所の個室にいる状況と、都築の色素の薄い、琥珀のような双眸に睨まれることがこんなに怖いと思うんだろう。
 ふと凶暴な目付きで覗き込んでいる色素の薄い、この琥珀みたいな瞳にトイレの個室で睨まれたことがあるような気がしたんだと思う。
 既視感と言うんだろうか。
 でも、思い出そうとすると不意に頭が痛くなって眉を顰めてしまった。
 あとほんの少しで、引っ掛かっている何かを思い出せそうだったのに…

「どーせ相手してくれるヤツなんていないんだ。大人しく家にいれば、オレが土産とか買って帰ってやるんだから」

 俺の顔を覗き込んでジックリと見遣ってくるさまは、不機嫌には変わりないものの、どこか堪能している色を見せるからムカついた。

「なんで相手してくれるヤツがいないなんて思うんだよ…」

 胡乱な目付きで覗き込んでくる琥珀の双眸を見返せば、都築は一瞬だけ都合が悪そうな光を浮かべた双眸を隠すようにふいっと目線を逸した。

「…どうして相手してくれるヤツがいないって確信してるんだよって聞いていますけども?!」

「…百目木と柏木が気にしていた女がオレのセフレだったから付き合わせることにしたんだよ」

「はあ?!なんだ、それ!なんだよ、それ!?」

 柏木と百目木と都築が穴兄弟になんのかよ!…笑えない冗談にしてもたちが悪すぎる。

「付田とか、お前が交流を持っているゼミの連中には、アイツらが持ってるお前が知らない趣味に造詣が深い連中を紹介してやった」

 ここ最近、俺の周りから次々と人がいなくなる中二病みたいな怪現象…の犯人はやっぱり都築、お前だったのか。

「聞きたくない。うんざりするぐらい聞きたくないけど」

 溜め息と一緒に頭を抱えこんでいた俺はでも、せっまい個室に大男とギチギチに詰まってるのもそろそろ限界だったし、これ以上こんなところにいても服が臭くなるだけだからと変な言い訳をしながら顔を上げて、ジックリと不機嫌ヅラで俺を見下ろしている都築の顔を見上げた。
 黙ってりゃホントにイケメンなのにさ。

「どうして俺の周りから仲間を引き離すんだよ?」

 俺が知らない趣味の情報までわざわざ調べたり、セフレを貢いだり、よく考えれば涙ぐましい努力じゃないか。気持ち悪いけどさ。

「どうしてって…そんなの当たり前だろうが。嫁の周囲に男がいれば排斥するのが旦那の権利だ」

 オ・ト・コ!
 いいか、都築。俺は男だ。俺だって男なんだよ。
 その男の俺の傍にオトコの友人がいて、何がおかしい?おかしいか?おかしいのはお前の頭だろうが。

「そもそも、お前は少し無防備なところがあるんだよ。ちっさいくせに気が強くて可愛いくて、小脇にいつだって抱えることができるんだから、変態に拉致される可能性だって充分あるんだぞ?!」

 170弱の身長はけして小さくない。大事なことだからもう一度言うぞ。170弱の身長はけして小さくない!
 そして俺を小脇に抱える変態なんてお前しかいない。
 今だってサクッと拉致って小脇に抱えて公衆便所に連れ込んでるんだろ、いい加減、自覚しろ。自分が変態だって。
 俺がムカムカしながら見上げてるってのに、都築のヤツは自分でブツブツ言いながら腹立たしくなったのか、最後は吐き捨てるみたいに言いやがる。

「だからオレが毎回実演してみせてるだろ?お前なんか小脇にいつだって抱えることができるってさ」

「…そっか。俺が変態に小脇に抱えられて拉致られるほど間抜けだから悪いのか。だったら都築が俺の周りの連中を引き離したって仕方ないんだな。俺、変態に小脇に抱えられて拉致られないように都築から離れることにする。半径150メートル以内に絶対に近付くなよ?」

 ニッコリ笑って言ってやれば。

「巫山戯んな!何言ってるんだ。オレがいなかったらお前みたいな初心な処女はとっくに拉致られて輪姦されるに決まってんだろ」

 都築のヤツは案の定、他のヤツが聞けば、コイツなに言ってんだ…と両目を細めたくなるような巫山戯たことを言って、腹立たしそうに俺の脇に腕を差し込んで、それから何時の間にか鍵を開けていた個室のドアから外に引きずり出すとヒョイッと肩に担ぎ上げやがった。
 小脇じゃなくて肩か…雨が降ってても人通りがないワケじゃないんだが。

「ったく、心配で仕方ねぇよ。これからセフレと会うときはコイツも連れて行って…いや、セフレには見せたくねぇしな。じゃあ、やっぱりもうセフレは切ってコイツと犯ったほうが」

「聞こえない!」

 ブツブツと気持ちの悪いことを呟く都築の背中をバンバン叩きながら抗議しても、190の身長に程よく鍛えている背中はハエが止まるほどの苦痛も感じていないようで、ますます不気味にブツブツ呟いている。
 その顔が見えなくて良かった。ホントによかった。
 擦れ違う人が(違った意味でも)ビクッとするのを見ていると、荷物に徹してウアイラまでの道のりを揺られるのは激しい苦痛でしかなかった。

□ ■ □ ■ □

 都築は起業した当初はとても忙しそうにしていて、毎朝作って持って来ると言っていたスムージーも興梠さん任せにしていたんだけど、会社が軌道に乗って落ち着いてくると夜に一旦自宅に戻ると必要な道具を持って戻ってきて、朝が弱いくせにせっせとスムージーを作り出す。
 どうやって作るのか知りたくて一度覗こうとしたけど、都築が小さなタッパを開いたところで通常運転の仏頂面に不機嫌を混ぜて「あっちに行け」と言ったので渋々大人しく従うことにした。
 朝は特に機嫌がよくない都築なので、触らぬ変態になんとやらだ。
 ヨーグルトが隠し味的な事を言っていたから、あのタッパに凍っていた白いシャーベットみたいなのが、ヨーグルトなのかな。
 ヨーグルトも凍らせるんだなとか考えていたら、自宅から持ち込んだミキサーに食材を全部投入してから、欠伸をしながらスイッチを押したみたいだ。
 でかい図体で俺んちの狭いキッチンに立っている姿はちょっと笑えるけど、安物のスエットだからちょっと丈が足りていないのは仕方ないとしても、なんでも似合うモデル体型っていうのは羨ましいなぁ、畜生。
 今日はミックスベリーとバナナとヨーグルトのスムージーらしく、ほんのり紫色の液体が満たされたコップと、自分用のコーヒーの入ったマグカップを持って眠そうに顰められた表情のまま、薄っぺらいカーペットだけでは腰が痛くなるからと、頼んでもいないのに都築が勝手に買ってきたクッションに座った俺の前のテーブルにコップを置いて「召し上がれ」と不機嫌そうな眠い目で促された。
 都築はそんな俺の背後のベッドに腰掛けて、眠気覚ましのコーヒーを嫌々飲んでいるみたいだ。

「いただきまーす!」

 朝食とか弁当を作る前にスムージーを作るのが日課になっているから、俺が料理を始めると都築は二度寝に突入する。でも、俺がちゃんとスムージーを飲み干すまでは眠らずに、視姦レベルで凝視しているので残さずに飲むようにしている。

「美味いか?」

 ほぼ、寝惚けた声で聞いてくるけど、俺は今日も甘いスムージーに舌鼓を打って頷いてやる。いや、マジで美味いんだ。

「うん、今日も最高だった。有難う」

 ニコッと笑うと途端に嫌そうに鼻に皺を寄せてから、俺にマグカップを押し付けるとどうてもいいと言わんばかりの態度でシングルのクソ狭いベッドにゴロンと寝転んだ。
 だから、なんなんだ、お前のその態度は。
 そんなツラをするぐらいなら、毎回毎回律儀に聞いてくるんじゃねえよ。
 やれやれと溜め息を吐いてテーブルに手をつくと、おっさんみたいにヨイショと言って立ち上がった俺は、都築のマグカップと俺のカップを持ってキッチンに行った。
 都築のヤツは作ってはくれるがお坊ちゃんなので後片付けのスキルはない。
 一度、折角なんだから後片付けのスキルも磨こうぜと、夕食後とかの皿や、単にコップを洗うとか程度の練習をさせたら、なんでも器用にこなす都築だと言うのに、皿は2枚、コップは1個を割るという所業をしやがったので止む無く強制退場と相成った。
 皿は3枚、コップは2個の状態で割った数なんだ、強制退場も致し方ないよね。
 全部100円ショップで揃えたモノばかりだから別にいいんだけど、都築邸の厨房なんかには一皿ん十万とかってのもあるらしいから、絶対に都築は立ち入るべきじゃない。男子、厨房に入らずの古い仕来りがあるとかなんとか言い訳をブツブツ言っていたけど、その仕来りがあってよかったなと心から思ったもんだ。
 そんなキッチンではぶきっちょな男が、欠伸混じりに何時もは綺麗にセットしているボサボサな髪を掻き上げながら、無精髭とか眠そうな目をショボショボさせてカチャカチャしているのは見ていて楽しい。
 流石、元モデルってだけあってそんな姿も様になっているしさ。
 都築に聞いてもこんなの楽勝とか言ってまともな返事が返ってこないから、俺は何時も興梠さんや属さん、それから唯一俺と話す都築のセフレのユキに聞いたことがある。
 都築って料理とかするのか?ってね。
 興梠さんは。

『しませんね。日頃は横のものを縦にもしません』

 なるほど!掃除もしないのか。
 属さんは。

『見たことないですね。スマホは拭くみたいですけど』

 そうか!画面汚くなるもんな。
 ユキは。

『バカじゃないの?料理なんて食べに行くものでショ』

 お前に聞いた俺はホントにバカだと思う!
 …って結果だったから、都築は本当に深窓のお坊ちゃまだったらしく、厨房立ち入らずは伊達や酔狂ではないんだってのがよく判った。
 そうすると朝が弱い都築がせっせとスムージーを作るのは本当に珍しいことで、だったら、俺はその好意を無碍にはできないから有り難く毎朝完食することにしている。

「そう言えば、最近都築さ、腕に女の子をぶら下げてないな?」

 いつもユキとか、あと見たことないちょっと質素な顔立ちの男と一緒にいるとこしかみてないんだよな。前はあんなに女の子を腕にぶら下げて、キャーキャー言われてたのにさ。
 大雑把で女にだらしない性格だったくせに、会社を起ち上げてからは少しはまともになったんだろうか。
 仏頂面でゴロンしているくせにスマホを弄りつつ俺をジックリと凝視していた都築は、どうでも良さそうに欠伸しながら頷いた。

「ああ、女はもういい。お前と結婚するなら男の経験値を上げようと思ってさ」

「…うん、あんまり有り難くない情報だな」

 ハハハッと乾いた声で笑ったけど、たぶん目は笑ってなかったと思う。

「男の経験値ってさ…たとえば有名な二丁目とか行ってるのか?」

「前に一度行ったことがあるけど、雰囲気は嫌いじゃないが二度は行かなくていい。お前みたいに初心なのもいることはいるんだろうけど、アイツらゲイだし、お前を攻略するヒントにはならないと判断した」

 朝飯は洋食だと決めていた都築は俺んちに転がり込んでから、もうずっと和食なワケだけど、ブツブツ言いながらも完食するから作り甲斐はある。だから、今日もサクッと魚の煮付けを作りつつ、俺は青褪めて「そうか…行ったことあるんだ」と呟いた。

「ユキは感じすぎるとすぐに失神するからモニターには向かないんだよ」

 セフレをモニター扱いするな。
 と言うか、その情報は聞いてないから。

「他に一緒にいるヤツもセフレなのか?ほら、あのちょっと平凡そうな顔した…」

 まあ、俺の場合は地味面だから平凡より劣ると思うから、他人のことを言えた義理じゃないけどさ。

「他…?ああ!鈴木のことか。アイツはオレの会社のパートナー候補だ」

「パートナー?」

 耳慣れない言葉に振り返ると、スマホ…あ、俺のスマホを弄ってたのか、スマホを弄っているとばかり思っていた都築は、相も変わらず何が楽しいのか、ジックリと俺を熱心に観察しながら頷いた。

「そうだ。単独で起業するつもりだったんだけど。アイツ、なかなか使えるヤツでさ」

 不意に胸がチリッとした。
 都築のヤツが俺のスマホを弄りながら嬉しそうに笑ったからじゃない。
 声に含まれる親しげな気安さが気になったからじゃない。
 それに、嫁だなんだと言われながら、肝心の仕事についてはこれっぽっちも語らず、信頼を別の人間に向けているからだとかでは、断じてない。
 多分これはアレだ、最近レポートとかで忙しかったから、心臓あたりの筋肉が緊張して凝ったに違いないんだ。

「そう言えばお前の会社って何をする会社なんだ?」

 今更それを聞くのかよと、自分から言いもしないくせに呆れたような表情をする都築をこの際見ないふりをして、俺は鍋の灰汁を取り除いてから醤油を入れ落し蓋をしながら答えを待った。

「ITセキュリティ専門だ。ITセキュリティと言っても内容は豊富だけど、ウチは主に防犯システムの構築、それらに関連した機器の開発なんかを請け負っている」

 ゲッ、本格的な会社じゃねぇか。
 …とは言っても、俺の部屋に設置されている監視カメラとかGPSとか盗聴器とか、都築は防犯だって言ってるから、趣味と実益を兼ねているんだろう。

「ふーん。じゃあ、今のセフレってユキだけなのか」

 防犯システムについて語ってやろうかとジックリとこっちを見ている都築を無視して、俺はほうれん草の胡麻よごしを作るため煮魚の横でほうれん草を湯掻きながら適当に話を続けた。
 都築の相手は綺麗な連中ばかりだったから、鈴木ってヤツはちょっと気色が違うよな。俺みたいに質素でパッとしない感じだから不思議だったんだけど、パートナーとは流石に寝ないだろうと思っていた。

「いや。鈴木とも寝てる」

 そこはやっぱり都築なのか…
 俺がうんざりした顔で振り返ると、都築のヤツはスマホを弄るのを止めてベッドの上に起き上がっていて、料理に勤しむ俺を何時ものようにジックリと見ていたから驚いた。

「アイツさ。お前に少し似てるんだよ。料理とか掃除はそこそこだけどな。なんて言うか雰囲気とか…あと」

 そこで都築は俺には滅多に見せない面をして、クククッと笑った。

「アイツも気が強いんだよ。篠原みたいに平気でポンポン悪態吐くからな。一緒にいて飽きない」

「ふーん、なるほど」

 なんでもないことのように相槌を打った。

「アイツ、篠原のことを知ってから、料理学校に通って勉強し始めたんだぜ?笑えるだろ」

「そうだな」

 5分ほど湯掻いたほうれん草を水にさらしてから絞り、綺麗な緑を適当な幅で切って、予め混ぜておいた調味料と和える。

「勉強熱心なやつだから、きっとすぐ上達するんじゃないか?最近は会社の方に手作りの弁当を持ってきて味見してくれって言われる」

「鈴木ってヤツ、パートナー候補なのにもう会社に行ってるのか?」

「ああ。ま、バイト兼って感じで様子を見てるんだけど…」

 都築が不意に口角を上げてニヤッと笑うから、なるほど、下世話な御曹司の性格は1ミリだって変わっちゃいないのかと理解できた。
 おおかた、社長室に引っ張り込んでゴニョゴニョしてるんだろう。
 コイツの会社ってよくよく考えたら、すげぇ破廉恥な状態になってるんじゃねぇだろうな。

「お前ンとこの会社って、秘書は全員美人な巨乳で、その全員が社長のお手付きなんだろ」

 嫌味のつもりで言ったってのにさ。

「いや、全員男だ。言っただろ?今は男に絞ってる」

 …マジかよ。もう都築、お前ゲイじゃねえか。
 まあ、最初からコイツ、バイとかって巫山戯ただらしないヤツだったから、今更って言えば今更なんだろうけどな。
 しかし、全員お手付きなのか…

「…味見、してやればいいじゃん。俺の料理はばあちゃん直伝だから自己流だし、都築の味覚にはそっちのが美味いんじゃないかな」

「もちろんしてやってるよ。セックスのあとは腹も減るし」

 何時だったか、都築は俺の飯を食べるようになってから、外食以外で他の人間の手作り料理は口にしなくなった。セフレが偶に作ってくる弁当も、素っ気なく「いらない」と断って顧みない。
 そんなヤツが鈴木の弁当は食べてるのか。

「…綺麗なヤツばっか相手してたのに、趣向を変えたんだな」

「ああ…アイツ、すごい初心でさ。処女だったからいい練習になってるんだ」

 俺は大学で都築と歩く鈴木をちらっとだけ見たことがある。
 俺よりは小奇麗な顔をしているとは思うけど、何処にでもいる平凡な眼鏡くんだ。
 一度、都築は気付かなかったけど、都築の傍らでまるで特別になったように高揚した面持ちで、口許に笑みを浮かべる都築の言葉に嬉しそうに笑っている鈴木と目が合ったことがある。その時はセフレとか会社のパートナー候補とか知らなかったし、都築にしては地味なヤツとつるんでるんだな、後から取った講義の仲間なのかなとか思っていたけど、俺と目が合った瞬間、鈴木は嬉しそうな笑みを引っ込めて、何度か瞬きをすると、セフレたちとは違う自信を持った表情でゆっくり笑って軽く頭を下げた。
 そっか、あの時にはもう都築と寝ていたのか。

「それ…俺の為だとか言わないよな?」

「は?お前のために決まってるだろ。お前は処女だから、どうやったら痛がらずにセックスできるか…」

「俺の為に抱くなんて気持ち悪い!」

 そんな理由のために生真面目なヤツを抱くなんてどうかしている。
 会社のパートナー候補なのに、そんなことの為に禍根を残すなんか。

「…なぜだ?」

「何故って…ッ!」

 そこで俺はハッとした。
 別に都築が俺の為だとかなんだとか言って、勝手に鈴木を抱くのなんか俺の知ったこっちゃないはずだ。
 ただ、俺は都築が俺に触れる指先の熱を知っている…って言うか、強制的に覚えさせられた。熱心で必死で…あれ以上にたぶん優しく鈴木に触れているのだとすれば、俺と同じように平凡で冴えない顔をしている鈴木は都築にあっさり堕ちているに違いない。
 都築は婚約者として(勝手に)写真を見せて俺を紹介したらしいが、その時、じゃあ会社にいる時も外食だと悪いだろうからと料理学校に通い始めたって言ったけど、たぶんその理由は嘘だと思う。
 同じように冴えない平凡なツラの俺を見て、自分も料理ができるようになれば、公私共に寄り添えるのは、より都築が必要とするのは自分であるべきだと思ったんじゃないのかな。
 そりゃそうか。俺は都築の仕事のことなんか知らないし、都築自身、俺には言うつもりなんかサラサラなかったようだし?
 仕事上の信頼もない俺より、仕事もセックスもお手の物で、ましてや料理すらできるようになるんなら、俺なんかより鈴木のほうがはるかに都築の為になると思うよ。

「…いや、別にいいや。都築さ、そう言えば鈴木と会ってる時って俺に電話してこないな」

 俺はどうかしていたんだ。
 胸の奥がモヤモヤするから、なんか余計なこと考えちゃったんだよ。
 だってさ、よく考えてみろよ。
 これはもしかしたら、都築の底知れない不気味な執着にケリをつけることができるんじゃないのか?

「アイツが、スマホをイジらないでくれって言ったんだよ」

 不意に頭を掻きながらブツブツと言う都築に瞠目して、俺は「そうか」と呟くように言葉を落とした。
 都築はセックスがつまらないと言っていた。
 セックスしながら俺の動画を見てるんだと。
 でも、鈴木と犯る時はスマホを見なくても熱中できるってワケだ。

「鈴木の飯は美味いか?」

 唐突な俺の質問に、都築は少し面食らったようだったけど「まあ…」と、不味くない返事を寄越した。よしよし。

「そっか。じゃあさ、明日から朝昼晩の飯は鈴木んちで食ってくれないか?」

「は?!なんでだよ??!」

 煮魚の火を落として、喋りながらも味噌汁の準備をした俺の言葉に、きっと都築は唐突さを感じたに違いない。
 今日の朝食の献立は、カレイの煮付けにほうれん草の胡麻よごし、甘い玉子焼きにばあちゃん直伝のぬか漬けと大根の味噌汁だ。
 そして昼の弁当はなし。

「それで、暫く俺んちに来ないで欲しい」

 炊きたてのご飯を混ぜてからよそうと、ふんわりと優しくて甘い匂いがした。

「嫌だね、断る!」

「まあ、頭ごなしに否定するんじゃなくて聞けって」

 テーブルに朝食の準備を着々と進めながら、俺が物静かに日頃はけして浮かべない微笑で首を傾げるもんだから、不機嫌に険を含んだ双眸で慎重に、疑わしそうに俺を見据えて都築はそれでも話の続きを促した。

「…」

「聞けばさ、鈴木は仕事のパートナー候補でもう一緒に働いているんだろ?ってことは、一緒に出勤もするんじゃないのか?だったら、一緒に暮らすほうが何かと便利だと思う…って、待て。最後まで言わせろって。その、ゴニョゴニョだって俺の動画がなくてもイケるんなら理想的じゃないか。俺さ、レポートとか溜まってて、ちょっと集中したいんだよね。後期の試験もあるだろ?だから、1ヶ月ぐらい鈴木んちに厄介になっててくれよ。あ!鈴木んちじゃなくても、都築んちでもいいな」

 そうしてる間に、俺なんかよりも鈴木のほうが何倍も自分に役立つ恋人だって判るはずだ。俺んちにちょこちょこ来るから、大事なことが見えなくなるんだよ。じっくり1ヶ月べったり一緒にいたら、どれほど俺が無利益な男かって言うのが判ると思う。
 たとえガキの頃に気に入ったとは言え、ただそれだけだ。
 そのよく判らない執着を、鈴木に向けてみるといい。
 お前が本当に好きになった人に向けるだろう、直向きな想いってのを見てみたい気もするしね。
 一緒に暮らして、そのまま一緒になればいい。

「言いたいことはそれだけかよ?だったら1ヶ月は長い。譲歩できるのは1週間だ」

 前は3日でも離れたくないって駄々を捏ねるぐらいはしていたヤツが、すげえな、鈴木となら1週間は一緒にいられるってことだ。
 これだけだってかなりの収穫だけど、俺は腕を組んで眉を寄せた。

「1ヶ月」

「駄目だ、1週間」

 都築のヤツは頑として主張を覆さない。
 どうも、本当にヤツの限界は1週間みたいだ…とは言え、俺にだって我慢の限界ってのはちゃんとあるんだぞ。
 鈴木はきっと、とても生真面目な性格をしているんだろう。
 初めての相手で自分に好意を寄せてくれている男…男なんだよな、いやそんなこたどうでもいい話が逸れた、ソイツともっともっと一緒にいたい、恋人になりたいと、きっと思ったに違いない。
 薄情で酷い都築だけど、鈴木にとっては初めての人なんだから、せっせと料理を覚えるほどにはいじらしい恋心があるんだろう。
 信頼されるようにきっと、一生懸命仕事を覚えて、料理を覚えて、少しでも気に入ってもらえるように必死に努力して…
 写真で紹介された『婚約者』なんて巫山戯た肩書を持つ俺が、都築と寝てない(都築は誰にでも言っている、ホント勘弁してほしい)と知ったから、俺から奪う気満々でいるんだということも、その気持も、よく判るよ。
 そんなやわらかくて綺麗で、なんだかキラキラしている大切な気持ちがブリザードみたいな凶器になるところは見たくないし、その寒波に晒される俺の身にもなれってんだ。
 都築が初心だからとか可愛いとか言って甘やかすのをいいことに、寝てもやれない恋人崩れに都築は勿体無い!…と思っているに違いない。実際に、都築のセフレからそんな悪態を吐かれたこともある。
 今までセフレからどんだけ呪い殺したいような目付きで見られてきたと思ってるんだ。
 この先、そんな生真面目な相手にまで手を出すようなお前の節操のない態度に、傷付く連中の嫉妬の業火を浴びるのなんて真っ平だね!
 我慢も限界ってもんだ。

「だからレポートとか勉強に集中したいって…」

 ここいらで本当にスッパリ切れるなら、それがいい。

「それならオレがいたほうがいいはずだ」

 間髪入れずに言い募る都築に引く気はないようだ。

「…自力で勉強したいんだよ」

「1週間だ。それ以上は譲れない」

 都築は何かを疑っているような目付きは変えずに、腕を組んで静かに怒っているようだった。
 怒りたいのはこっちだ。

「どんなに言っても1ヶ月だ!都築さ、俺のこと大事にするとかなんとか言って、結局自分の我侭を押し通そうとするよね。そう言うの、本当にいい旦那って言えるのかな。一緒に過せよって言ってるのはお前の公私共にパートナーなんだから、不満なんてあるワケないよね。なのに、どうしてそんな我侭を言うかな」

「仕事上のパートナーであってプライベートは関係ないだろ!…1週間と言ったら1週間だッ」

 「こんなはずじゃなかったのに」とか「ヤキモチも焼かない」とか「やはり正攻法で犯したほうが…」とか何やら物騒にブツブツ言っているけど、俺は全く聞く耳を持たずに苛々していた。

「仕事上ってだけじゃないだろ?ご飯も美味しくてセックスもできる、最高のパートナーじゃないか。俺なんかよりずっとお似合いだと思うぞ。そうだ!いつもみたいに姫乃さんとか万理華さんに聞いてみればいいじゃないか」

 名案だと手を叩く俺に、都築のヤツはうんざりしたような顔をして首を左右に振っている。

「…お前はオレが鈴木と付き合ってもいいって言うのか?オレの性格だと今までお前に向けていたモノを全て鈴木に向けるぞ。そうしたら、オレはお前なんか二度と顧みない。それでもいいって言うのかよ」

「お前がそうするなら仕方ないと思う。むしろ、何も知らないヤツに手を出したんだから、責任を取ってやるべきじゃないかと思ってる」

「…チッ」

 俺が声を落とし、真摯な双眸を向けてキッパリと言い切ると、不意に都築は舌打ちした。

「1週間と言ったら1週間だ」

「駄目だ、1ヶ月」

「…~ッ!もういい、判った!オレは鈴木と付き合う。お前とはこれっきりだ」

 どう言っても俺が譲歩しないとみるや、都築は本気で怒ったように、まるで聞き分けのないガキのように大声で吐き捨てやがった。

「…へえ、そりゃよかった。思い付きで言ったとかはナシだから。鈴木の純情を踏み躙るようなヤツはこっちから願い下げだからなッ」

 なるほど、1週間しか我慢ができないと言って駄々を捏ねてたくせに、俺と一生会わない方を選択したってワケね。
 まあ、いっそ。
 本気で会わないほうが都築の異常な執着は消えるかもしれないな。

「…!」

 グッと言葉を飲んだ都築は、それからもう何も言わずに苛々したように洗面所に行って洗顔と歯磨きをし、スウェットを脱いで俺んちの押し入れに常駐させているジーンズだとかシャツを取り出して着替えた。
 苛々しているからそのまま出ていくんだろうと思った。
 俺とはこれっきりだから、最後の晩餐は昨夜のシチューってワケか。
 バタバタする都築を無視してクッションを椅子にして座った俺は、礼儀正しく手を合わせて頂きますを言い、ご飯をハグハグして胃袋を満たしながら、せっかく美味しくできた煮魚はちゃんと俺が弁当にして持って行こう…と、そこまで考えていたってのに、都築のヤツは苛々したままどかっと直接腰を下ろして胡座をかくと、両手を合わせて頂きますと言って朝食に手を付けやがった。
 おい、出て行けよ。
 そんな仏頂面で食われたら魚が可哀想だろ。

「…ごちそうさま」

 黙々とあったかい朝食で腹を満たした都築は不機嫌そうに言って立ち上がると、ウアイラのキーとスマホ、ウォレットを尻ポケットに捩じ込んで、部屋を出ていこうとした。
 お坊ちゃまに後片付けスキルはない。
 だから俺はその背中を、今更ながらしげしげと見詰めながら。

「じゃあな、都築。今まで楽しかったよ」

 変に執着してるみたいで何時も気持ち悪かったけど、それなりに楽しめたよ。
 この部屋にある荷物や監視カメラや盗聴器、GPSに都築が寄越したキーホルダーとクレジットカードは興梠さんか属さんに預けよう。

「…」

 都築は一瞬ピクリと肩を揺らしたけど、何も言わずに俺んちの安物のドアを力いっぱい後ろ手に締めて出ていってしまった。
 バタンっと大きな音がしたから苦情が来るだろうけど、俺は溜め息を吐いて、都築が完食した皿と自分の皿をシンクに持って行くために立ち上がった。

□ ■ □ ■ □

●事例18.俺と仲良くするヤツは(男女共に)だいたい適当な相手を宛がわれている。結果ぼっちになる
 回答:そもそも、お前は少し無防備なところがあるんだよ。ちっさいくせに気が強くて可愛いくて、小脇にいつだって抱えることができるんだから、変態に拉致される可能性だって充分あるんだぞ
 結果と対策:そっか。俺が変態に小脇に抱えられて拉致られるほど間抜けだから悪いのか。だったら都築が俺の周りの連中を引き離したって仕方ないんだな。俺、変態に小脇に抱えられて拉致られないように都築から離れることにする。半径150メートル以内に絶対に近付くなよ?

17.勝手に俺んちの実家と交流を持っている(しかも仲が良い)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築の脛を蹴っ飛ばした後、俺は帰りたいと要望を口にしたけど、都築一家はそれを良しとはしてくれなかった。
 と言うか、都築が折角実家に来たんだから、自分の部屋を見て行けと言うんだ。
 もう、悪い予感しかしない。

「…そう言えばお前さ、子どもの頃から俺のこと知ってたんだっけ」

「ああ、そうだ」

 万理華さんとか陽菜子ちゃんがもうちょっと話したいと言っているのに、丸っきり無視した都築に引き摺られるようにして、何処の舞台設備だと聞きたくなる豪華な宝塚歌劇団みたいな階段を上がって2階に行くと、右手廊下を進んだ先の突き当りの左手にある扉が都築の部屋らしい。
 今のマンションに越したのは大学からだそうだから、高校まで過ごしていた都築の部屋に興味がないと言えば嘘になるけど、開けてはいけない深淵の扉のようでもあると思うのは、きっと気の所為なんかじゃないと思う。
 都築が開けた扉の奥に、恐る恐る足を踏み入れて…それで俺はちょっと拍子抜けしていた。
 豪華なベッドや本棚、学習机がわりのディスク一式、マンションと同じく、この部屋だけで俺んちがすっぽり収まっちゃいそうな広さにはビビった。でも、中はなんにもない。
 なんにもって言うのは、もちろん俺に関する何かが何もないってことなんだけど。
 まあ、これだけ執着しだしたのは大学に入ってからなんだから、高校までの都築の部屋に俺に関するものがあるワケないか。あったら逆に怖いよな。
 家具にしても置いてあるインテリアにしても、どれをとっても一目で高価だってことは判るけど、室内はとてもシンプルで質素だった。
 そう言えば、都築のマンションも、俺に関するもの以外は特にざっくばらんで無頓着で、寂しい感じがするほど質素だったなと思い出した。

「何か飲み物を持ってこさせようか?」

「別にいいよ。それより、部屋の探検をしてもいいか?」

 自分に関する不穏なブツがないと判ったら、この広い部屋を、都築の弱味が何かないか探したい!とワクワクして振り返ったら、都築のヤツはちょっと呆れたように苦笑なんかして「どうぞ」と言いやがった。
 よぉーし、その余裕のツラを青くさせてやるからな!

「AVとかあるかなぁ~?リア充都築の秘密はないかな?」

 ワクワクウキウキしながら部屋中をキョロキョロ見渡していると、都築は肩を竦めて「なんだそれ」と呆れたようにブツブツ言うと、本棚から何かを取り出している。

「お前、柏木とホテルに行った時も部屋中を見て回っていたな。そう言うのが楽しいのか?」

 見たこともない洋書だとか経済学の蔵書が並ぶ本棚の前で、都築は大学とか会社に必要なモノなのか、何冊かの本を次々に取り出しながら最初は若干腹立たしそうだったけど、笑いを含んだ声で尋ねてきた。

「うん、楽しい。だって、都築一葉の知られざる高校生時代が何か判るかもしれないだろ?」

「なんだそれ」

 判らなくていいよ、これは庶民の楽しみなんだから。
 クローゼットのところに行って適当な鞄を取ってきた都築は、重そうな本を数冊それに仕舞っているけど、俺はそれを横目に折角都築が産まれてから高校までを過ごした部屋を思い切り漁ってやることにした。

「見事にモデル時代の本がない…ゲーム機もないな。でかいテレビはあるのに…なんか、思ってたのと違う」

「はあ?どう思ってたんだよ?」

「えー…都築はゲームヲタクかと思ってた」

「はは、なんだそれ」

 モン狩りは最近ハマったんだとかなんとか、どうでもいい情報には耳を傾けずに、俺はウロウロしていたけど、クローゼットの横に扉があることに気づいて、あれ?こんなところにも部屋があるのかと思った。
 あ、そう言えばお金持ちの部屋には物置みたいな小部屋があるって(百目木情報)言ってたから、それかもしれない。だったら、都築の知られざる幼少期の玩具とかあったりして。
 俺がワクワクして扉を開いたら…固まっている俺に気づいた都築が「ああ…」と小さく声を出した。

「その部屋はお前の部屋だよ。本当はそこに閉じ込めたいんだけどさ…」

 物騒な発言にグギギギ…っと首を回して都築を見ると、ヤツは見たこともないほど良い顔をして、ニッコリと笑っている。
 その笑顔を見た瞬間、一歩でもこの部屋に入ったら閉じ込められると直感した。

「ふぅん、気持ち悪い部屋を作ってるんだなお前。まあ、俺には関係ないけど。ところで、もう帰っていいかな?」

「何いってんだよ!折角だから、中も見ていけよ。いや、見せたいんだ」

 ガシッと都築に両肩を掴まれたら、タッパもウェイトも勝てる要素がないんだから、力だって負ける俺が嫌がってどうにか逃げ出せるレベルじゃないことは判るよね。
 背後にライオンか熊並みに震えるような威圧感を醸している都築が立っていて逃げられないし、押し込まれるようにして俺は、小部屋とは言えない広さの壁中に子どもの頃から現在に至るまでの俺の写真がビッシリ貼られている不気味さしかない部屋、年代別に纏められているんだろうファイルが所狭しと陣取る本棚、大事そうにジップロックに入れられているゴミ(としか言いようのないブツ)、失くしたと思っていたらこんなところにあったのか体操服とか中学時代頃のパンツとか下着(なぜ使用済みがここに?)、あらゆる意味で怖ろしい部屋の壁に寄せられたクィーンサイズのベッドの上には最近作ったんだろう抱き枕とかクッションが置かれていて、自分のバストアップがデカデカと貼られているクッションを抱かせられて座れと言われた。
 少し湿ったような匂いがする部屋はそれでも空調設備が整っているんだろう、物凄く快適だけど、ここに住みたいとは思わない。住みたいなんて思うヤツは気が狂ってるとしかいいようがない。

「ははは…ここに例のダッチワイフを置いていたのか?」

「そうだ。そうしたら万理華のヤツが属を入れやがって!…まあ、何も失くなっていなかったから許しはしたけどさ。でも、やっぱりいいな。お前がいるとこの部屋が完成したような気持ちになる」

 都築は酷くご満悦でこの狂気の部屋を見渡しているけど、ベッドの頭の方に置いている机にはディスプレイとノート型のパソコンが置いてあって、そこには何故か俺の実家の部屋が映し出されていた。
 中学に上がった頃から兄弟別々の部屋になって嬉しかったけど、物置を改造した部屋は狭くて、勉強机とベッドを置いたらいっぱいいっぱいの俺の城は、俺の青春時代そのものなんだけど…もちろん、シコったりしてたよね。それを赤裸々に、ここで上映されていたっていうのか?

「ああ、お前の部屋に防犯カメラを設置していたんだ。何かあったら困るからさ。暗視できるカメラだから、夜間でもしっかり確認できていた」

 上映されていたんですね、判ります。

「この部屋に属や万理華が平気で入っても困るから、外から鍵が掛けられるようにしたんだ」

 と言うことは、中から開けることはできないってワケか。
 まるで狂ったパニックルームみたいだな…あ、アレは中からしか鍵の開閉ができないんだったっけか。

「…喉が乾いただろ?飲み物を持ってくるよ」

 さっきは持ってこさせるとか言っていたくせに、自分で取りに出ようってことか?

「有難う。でも、俺をここに閉じ込めたら二度とお前と口をきかないし、キスもハグも全部拒否する」

 都築の希望は自分がキスしたりハグする際に、俺が拒絶せずに大人しくされるがままになっていることだから、これを言われるとグッと言葉を飲み込んだみたいだった。
 もちろん、ハグの中には背後から抱えて一緒に座ると言う行為も含まれているし、都築の背中を背凭れにすることも含まれる、つまり、今までの全部を白紙に戻して、全力で暴れて拒絶しますよと宣言しているんだ。

「だ、誰も閉じ込めるとか言ってないだろ?ただ、喉が乾いてんじゃないかって思っただけだ」

 もし鍵が誤って掛かったとしても、連絡用の設備も整っているから問題ないのにとかなんとかブツブツ言いつつも動揺している都築を無視して、俺はよくもまあ、これだけの写真やブツなんかを集められたモンだと、狂気じみてはいるものの、この奇妙な情熱を変に感心してしまった。
 あるところにはある金の無駄遣いだよな…とは言っても、都築にしてみたら他に趣味らしいモノもさほどないみたいだし、これぐらいはやっぱりお小遣いでどうとでもなるレベルだったんだろうか。

「…でも気になるんだけど」

「何がだよ?」

 結局、閉じ込めを拒絶したら飲み物を取りに行くことは断念したらしい都築の、その判り易い反応に頭を抱えたくなりながら、俺は唇を尖らせて悪態を吐いた。

「どうして実家の俺の部屋に監視カメラが付けられているんだ?」

「防犯カメラな。お前の様子が心配だったからだ」

 いや、そう言う意味じゃない。

「いつ、付けたんだよ?」

「お前が中学に入った頃だ。彼女とか作られたら全力で潰さないといけないだろ?」

 いいえ、いけないことではありませんよ、都築さん。

「……俺に彼女ができたらどうするつもりだったんだ?」

 なんとなく嫌な予感しかしないけど、俺は閉じ込め失敗を引き摺って若干不服そうではあるものの、自分が集めた宝物の山をまるで子どもがそうするように満足そうに見せびらかしてでもいるかのような都築に息を呑みながら聞いてみた。

「オレか属が転校して、お前の彼女を誘惑しただろうな」

「…属さんて中学から一緒だったのか?」

「いや、チビの頃からだ。幼馴染みなんだよ、アイツは」

 そうだったのか…確かにあの気安さは高校からの親友には有り得ない親密さがあるもんな。チビの頃からの幼馴染みならちょっと判るか。

「ふうん。じゃあ、お前のことならなんでも知ってるんだな」

「とは限らない。お前のことは黙っていたからさ」

 珍しいな。

「どうしてだよ?」

「アイツとオレのタイプがかぶるんだよ。だから黙っていた」

 都築は心底嫌そうに眉根を寄せて唇を尖らせるけど…タイプがかぶるってお前。

「は?お前、俺のことは好きでもなければタイプでもないんだろ??」

「そうだけど?」

 俺の指摘にもケロリとしている都築に、却って俺のほうが怪訝そうに眉を寄せて首を傾げてしまう。

「今お前、タイプがかぶるって…」

「ああ、言い方が悪かったかな。オレが興味を持つものに必ず興味を示すからさ。手を出されたら困るんだ」

 なんだそんなことかとでも言いたそうな都築にあっさり否定されて、そりゃそうだよね。コイツは俺のことなんか好きでもなければタイプでもないって常に公言しているんだから、ここにきて実は…なんてことがあるワケない。

「あ、なんだそう言うことか…でもお前、この監視カメラは外せよ。今は志郎の部屋なんだから」

「防犯カメラな。この部屋は今物置になっている」

「…は?」

「だから、今は物置になっているんだよ。光瑠と志郎は実家の庭に勉強部屋としてプレハブを建てたからそっちにいるし、浩治は元の部屋にいる。だから…」

「ちょっと待て。庭にプレハブ?建てたって??」

「…………安かったから」

 都築は普通に話しているつもりだったんだろう、俺の指摘にハッと琥珀のような双眸を一瞬閃かせて、それからバツが悪そうに目線を逸らすとブツブツと言葉を濁そうとしている。
 そもそもどうしてお前がやたら気安げに俺の弟たちの名前を呼んでいるんだ。しかも呼び捨てで。
 誰かとそんな風に気安い遣り取りをしているってことだよな??

「そう言う問題じゃないだろ?しかも、物置とか言ってるけど、俺が暮らしてた時のまんまじゃないか…お前、もしかして」

 俺はひとつのことに思い至って、それがあんまり気持ち悪くて一旦言葉を切ったけど、それでもやっぱり確かめずにはいられなかったから、戦々恐々でコクリと息を呑むようにして聞いてみた。

「もしかして、俺の部屋を温存しておきたくてプレハブを建てたんじゃねえだろうな」

「…お前が大学に進学した直後に、防犯カメラの件で篠原の親父さんに会いに行ったんだよ。その時に相談したら、プレハブの設置を快諾してくれて、お前の部屋は当時のままで保存してくれるって言うから」

 …気安い相手は親父だったっていうのか?!
 しかも、俺の部屋に監視カメラを設置するのまで許していただと?!

「あのクソ親父ッッッ!…お前、それだけ親父と親交があったのに工場に手を出すとか酷えことしたのかよ?!」

「あれはわざとだ」

「……………は?」

 なんだか聞いてはいけない言葉を聞いてしまったみたいな気持ちになったけど、俺は気持ち悪い都築の頭が本気でどうかしてしまったんじゃないかと思いながらも、呆気に取られたようにポカンっとしてしまった。
 頭がどうかしてしまいそうなのは俺のほうかもしれないけど。

「あの日…前の日に篠原のお袋さんに依頼してお前に電話するように言ったんだ。実際親父さんは、普通に病院で寝ていたと思う」

「え?でも姫乃さん…」

「あれは予想外だった。ちゃんと親父さんに相談してから取引中止関連の通達をさせていた。この話に信憑性を持たせるためにな。ただ、それはあくまでも表向きなことで、裏では普通に取引はしていたんだよ。だから親父さんが慌てて取引先に行くなんてことはなかったんだ。ただ、大学とかバイトはオレに思惑があったから本当のことだったんだけど…あわよくばあのままお前が大学とバイトを辞めて路頭に迷ったら望み通りだったんだけどさ。姫乃から阻止された」

 都築は最初、言い難そうにぶつぶつと言っていたけど、後半は姫乃さんの登場で思惑が外れてしまったことが腹立たしいんだとでも言いたげに、不服そうに舌打ちなんかしやがっている。

「…あの一件にそんな裏があったのか」

 思わず拍子抜けして呆然と俯く俺に、都築はちょっとバツが悪そうに唇を尖らせた。

「お前、大学とバイトを辞めたら九州に帰っただろ?その帰り道で拉致…」

「聞こえない!」

 不穏な台詞が飛び出しそうになったから慌てて都築を見上げて声を上げると、都築は少しホッとしたように肩を竦めている。

「仕方ないから正攻法でいくことにした。まずはオレの実家に挨拶だろ?」

「やっぱり挨拶だったのか!騙したなッ」

 ギッと睨むと、都築はどこ吹く風とでも言いたそうに、腕を組むと偉そうにじっくりと俺を見下ろしながらトンチンカンなことをほざくんだ。

「騙される方が悪い。それから篠原の実家に挨拶に行く。それで結納を交わして婚約って手はずだ」

「…えーと、その情熱って何処から来てるんだ??」

 もうこのまま床に滑り落ちてガックリと両手を突きつつ泣きたい。

「何いってんだ」

 都築は呆れたように溜め息なんか吐きやがるけど、ここに来てからの余裕な態度にはどうしても引っ掛かるし、なんだか俺の将来はもう決定済みなんだと思いこんでいるような仕草にもムカついたから…

「親父と話しができてるんだな?」

「…」

 確信を持って言うと、案の定、何時もは一瞬だって逸らさない目線を外す都築をギリギリと睨み据えながら、俺はポケットに突っ込んでいたスマホを取り出した。

「あ、親父?俺やけど…なんで電話に出ちょんの?」

 コール2回で颯爽と通話する相手…親父に胡乱な声を出すと。

『おう、光太郎か。なんか知らんが都築の坊っちゃんがお詫びち言いよってな。特別室に入れちくれたんよ。特別室は携帯が持ち込めるけ、電話に出られるんよ』

 意気揚々とした親父の声に若干イラッとした。
 そんな俺を、都築はハラハラしたように見据えてくる。

「…親父さぁ、都築となんか話ししちょるやろーが」

『なんか、もうバレたんか。あんな、坊っちゃんがお前と仲良くしたいち言いよるけ、父ちゃんがひと肌脱いでやったんじゃら。浩治らも坊っちゃんのこつ気に入っちょるけな』

 不審な俺の声に、あっけらかんとした親父の明るい声がかぶさって、俺をますますイラッとさせる。
 しかもなんだと、弟たちまで手懐けてるのかよ?!

「ひと肌脱ぐな。そもそも、その仲良くちなんよ?」

『坊っちゃんに聞いちょらんのか?お前、坊っちゃんなお前んこつ好きち言いよってな。子どもん頃からずっとやけ、もう認めてやるしかねえやろーが。やけ、お前が納得するように坊っちゃんと家族で話しおう…』

 ブツっと通話を切った。
 最後の不穏な台詞が俺の思考回路をショートさせかかったからだ。
 親父だけが都築と話してるのかと思ったら、コイツは俺以外の家族全員と交流を持ってやがったんだ…だから、弟が俺の動画や画像を送ってきたのか。
 なんつーか、背筋が震えた。

「…都築さ、親父は判る。弟とも交流を持ってるとか言わないよな?」

「ラインとか電話はしてるぞ。お前のことを相談したかったし。あ、篠原のお袋さんとも話してる」

「ぐはッ!」

 陽菜子ちゃんでもどうかと思ってたのに、まさかの弟たちとも相談してるとか!!
 思わず吐血しそうになっている俺を、都築のヤツは怪訝そうな表情をして見据えてくるもののちょっと心配そうだ。
 俺が都築のことをそれとなく話していた時、アイツ等はニヤニヤしながら聞いていたってことか…酷い。
 義母さんまで何を話しているんだ。

「判った。お前が俺んちの家族と俺が知らないところですげえ仲良しだってのは理解した。でもお前さぁ、子どもの頃から俺のことが好きだったの?」

 虚しい通話終了の音を響かせるスマホをポケットに仕舞ってから、溜め息を吐きながら首を左右に振って、バレてしまったと思って、だったらもういいかと開き直ったんだろう都築の熱心な双眸を見上げて聞いてみた。
 囲い込んで囲い込んで…そこまでの情熱は何処から来るんだ。
 俺は、それが知りたい。

「別に好きじゃない」

 キッパリと言う都築の違和感にソッと眉が寄る。

「でも、親父がそう言ってるんだけど…」

「あれは…そう言ったほうが協力してくれると思ったんだよ」

「じゃあ、嘘吐いたってことだな」

「…」

 グッと眉間にシワを寄せて睨み据えても都築にはイマイチ堪えていないようで、無言で肯定するその態度が癪に障った。

「そこどけよ。俺は帰る」

 不意にスクッと立ち上がった俺が大柄な都築の身体を押し遣ろうとしたけど、案の定、ピクリともしないから余計に苛立たしさが募るんだ。

「はあ?!なんでだよ。まだ話しは終わってないだろ!」

 俺の腕を掴む都築は、都築にとっては理想のこの気持ち悪い部屋に、大人しく俺がベッドに腰掛けていると言うシチュエーションが最高だったんだろう、なんとか元のように座らせようと試みるけど、完全に心が拒絶している俺は何時もみたいに仕方なく流されるなんてことはない。
 それに話しなんてもう終わりだ。
 こんなヤツと話すことなんてなにもない。

「うるせえ、離せ!俺は何が嫌いって嘘吐きが一番キライなんだよッ。騙されるヤツが悪いなんて言いやがるお前も大嫌いだッッ」

「…ッ!」

 不意に都築の顔が強張った。
 それまで俺が何を言っても泰然自若…と言うか寧ろ小馬鹿にしてるぐらいの態度を取っていたくせに、今の都築はこっちが驚くほど動揺しているみたいだ。

「お前の顔なんて二度と見たくない」

 だからと言って俺が許せるかと言うと、珍しい表情と態度に驚きはしても、許せるはずなんかないんだから、まるで力の抜けた都築の身体を押し遣りながら狂気の小部屋を出ようとした…のに、できなかった。
 電光石火みたいな速さで俺の身体を引っ掴むと、都築は俺ごとクイーンサイズのベッドに傾れ込んだんだ。

「うっぷ!…都築、離せ!離せないんなら少しでもいいから力を抜けッ、苦しい!」

 バンバンっと背中を叩いてもますます力を込めて、まるで縋り付くようにして抱き締めてくるから、それまでカッカしてた感情がゆっくりと波が引くみたいに冷静になってきた。
 いや、このままだと俺がヤバいだろ。

「なんだよ、急にどうしたんだよ?」

「…ごめん」

「!」

 素直に謝るなんて芸当は、都築財閥のお坊ちゃまは絶対にやらないってのに、今日は都築の有り得ない態度で調子が狂いっぱなしだ。

「嘘を吐いて悪かった。そうでもしないと、お前を手に入れられないと思ったんだ」

「…いや、子どもの頃から好きって言ってるだけで、男のお前に男の俺をくれてやろうって俺んちの家族も悪い」

 ホント、アイツ等はどうかしてる。
 俺は若干緩んだ腕の力に溜め息を零してから、ほんの少し震えている都築の背中をポンポンッと叩いて、仕方なく宥めてやった。

「お、お前…オレのこと、き…きら、嫌いって言った。初めてだ。顔射の時も土下座の時ですら言わなかったのに…お前、オレのこと、本当に嫌いになったのか??!」

 最初は動揺しすぎていたのか、要領を得ないひとみたいに吃っていたけど、話している間に冷静になったのか、さらに不安が募ったようで、直向きな縋るような目をして俺を見つめてくる。
 なんだ、そんなことで動揺したのか。

「ああ、大嫌いだね」

 だからって俺が労ってやると思ったら大間違いなんだからな。
 フンッと鼻を鳴らして視線を外してやると、都築のヤツは愕然としたように双眸を見開いてから、それから、背中に回している腕にやっぱり力を込めたみたいだった。

「どうしたら…」

「?」

「どうしたらいいんだ?オレはお前にだけは嫌われたくない。好きになってくれとは言わないから嫌わないでくれ…」

 まるで縋るようにギュウギュウと抱きしめてくる腕に眉を寄せながら、こんな風に必死になるくせに、これで俺を好きでもなければタイプでもないんだから、都築が本気で好きになったらどれぐらいの凄まじい束縛が待ち受けているのか…本気で惚れられる相手は可哀想だなぁと思っちゃったよ。
 まあ、俺じゃなくて良かったけど。

「…ったく。反省してるのか?」

「してる。嘘吐いてごめん」

「じゃあ、俺の家族に嘘吐いてましたってちゃんと言えよ」

「…」

 呆れながらも妥協案を出してやったってのに、不意に都築は黙り込んでしまう。

「なんだよ?ちゃんと言うんだぞ」

「…それは、できない」

 いやいやするように首を左右にふる都築を怪訝そうに見上げていたけど、ははーんと閃いた俺はニヤニヤしてしまった。

「どうしてだよ?…あ、お前。正直に言うと反対されるって思ってるんだろ?」

「…」

「まあ、もしかしたら反対されるかもしれないけど。でも、ちゃんと本当のことを言えよ。好きでもタイプでもないけど、俺と一緒にいたいってさ」

 だって、それが真実なんだから。

「……嫌だ」

「どうしてだよ?本当のことを言うだけだろ」

「こ、子どもの頃は本当に好きだったんだ。そう言う意味だったかどうかは判らないけど、確かに好意は持っていたから嘘じゃないだろ」

 必死に言い募る都築には違和感しかないけど、別に都築家の連中にはあっさり言い切ってたくせにどうして俺んちの家族には言えないんだよ。
 お前のそれは、もう一種の信念みたいなものなんだろうが。

「なんだよ、その屁理屈は。もう、仕方ないな!じゃあ、今は好きでもタイプでもないけどってちゃんと言えばいいじゃないか」

「…言わないと絶対にダメなのか?オレを嫌いなままなのか?」

 言い方を変えることで妥協案を出したってのに、それでもまだグズグズと言い募る都築には呆れ果ててしまう。

「だって、もし俺とお前が添い遂げるなら、お前は俺んちの家族になるワケだろ?家族にはちゃんとお前が俺のこと好きでもなければタイプでもないけど一緒にいるんだって知っておいてほしい…って言うかお前、自分の家族にはちゃんと言ってたじゃないか」

 俺の思惑としては、これで家族が激怒したり呆れたりして反対してくれることを願っているワケだから、何時もだったら口が裂けたって言わない台詞をポンポン言って都築をはめてやろうとしてるんだけど、都築のヤツは「家族になる…」とかちょっと嬉しそうに頬を緩めたけど、すぐにムッと口を引き結んでしまった。
 手強いな。

「お前の家族には軽蔑されたくない」

「なんだ、ちゃんと判ってるんだな。セフレがいることもこの際だからちゃんと言うんだぞ」

「…お前は酷いやつだ」

 都築だって本当はちゃんと判っているんだ。
 好きでもない、タイプでもない、しかもタイプなセフレまでいる自分が俺を欲しいなんて言って、何処の親が「いいよ」って軽く下げ渡してくれるなんて思えるんだよってな。

「何が酷いんだよ?お前はそれでいいと思っているからそうしてるんだろ。俺は酷いことなんか言ってないよ」

 俺は本当のことしか言ってない。
 抱きついてきている都築の胸元にフンッと鼻を鳴らして、やれやれと何時ものように頬を寄せていると、欲しいものは絶対に手に入るはずの、人生順風満帆のお坊ちゃまは初めて迎えるだろう難局に頭を抱えているみたいだ。
 ふん、悩め悩め。

「…かれる」

 暫く逡巡していた都築は、それから不意に、なにやら閃いたみたいにハッとしてブツブツと聞き取れない声音で呟いたんだ。

「は?」

 首を傾げる俺の肩を掴んでから、まるでチェシャ猫みたいにニンマリと笑いやがる。
 あ、俺この顔が一番イヤなんだよね。

「セフレとは別れる。だから、これからはお前と寝る」

「はぁ?!嫌だよ!」

 案の定、斜め上の思考で宣言する都築をキッパリハッキリと振ってやったんだけど、そこでめげるようなヤツは都築じゃない。

「挿入は初夜までしない。愛撫したりキスしたりフェラしたりで我慢する」

「我慢しなくていいからセフレと犯っちゃってこいよ!」

「嫌だね。お前の家族には嫌われたくない。だからセフレとは別れるし、お前を好きになる努力をする」

「しなくていいってば!」

 自分勝手な思考をぶつけてくる都築から逃げ出したくて、俺は強靭な腕の囲いから身体を引き剥がそうとするんだけど時既に遅かった。

「ベッドもあるし、早速愛を深めようぜ!」

 ニンマリと笑ったまま、どうやら本気の都築が俺のベルトを器用に片手で外して、引き摺り下ろそうとするからちょっと待ってくれ!

「嫌だ!判った!!もう家族に言えとか言わないから、だから…ッ」

 慌てて都築の腕を止めようと片手で引き剥がしにかかるけど、そうこうしている間にもう片方の手がシャツの裾から忍び込んで乳首に触れてくる。

「オレさ、いい加減セフレと一緒にいるのも飽きてきてたんだよ。アイツ等に挿れたまんま、お前の動画観てるしさ。そうなるとお前の動画観ながらオナホで抜いてるのと変わんないだろ?だったら、もう面倒臭い連中とは別れて、お前独りでいいかなって思ったんだ」

「思うな!!」

 俺の頬にチュッチュッとキスしつつ、都築は名案だ!とばかりにニヤニヤして俺の耳を噛んだり、そのまま唇を滑らせて俺が弱い首筋を舐めたりするから…

「んん…ッ」

 思わず変な声が出ちまって、都築は嬉しそうにやんわりとおっきしている股間を尻に擦り付けてくる。

「もう、初夜に拘らずに今日ここで犯ろうか?お前もその気になればいいんだ」

 ぐいっと下着ごと下ろされた素肌の尻のあわいに、何時の間にズボンを下ろしていたのか、都築の固くてデカイ、通常の野郎が羨ましがるレベルの勃起した逸物を直接擦り付けてきやがった。

「や、嫌だ!バカ都築ッ、離せってば!擦り付けてくんなってッ」

「このままぬるって入りそうだな?」

 そんなワケあるか!そこは入り口じゃない、人体の出口なんだぞッ。
 出て行っても入ることを許すわけねえだろうが…って、でもユキたちはここに都築のブツを挿れてんのか。人体の不思議…なんて言ってる場合か!

「…挿れたら本気で絶交だからな」

 グスッと思わず泣きそうになっている俺が上目遣いで睨みつつ言うと、荒く息を吐いている都築はぼんやりとそんな俺を見つめていたけど、不意に視線を逸して、それからボソッと呟いたみたいだ。
 その間も、先走りでぬるつく先端で俺の粘膜を捏ね繰り回してやがる。

「じゃあ、挿れなかったらオレのこと嫌いにならないか?」

「なんだよ、その交換条件…ヒッ」

 思わず都築に縋り付いた俺の背中を宥めるように擦りながら、ヤツは逸物の先端をグッと押し込もうとしやがったんだ!

「オレは別に今ここでお前を犯してもいいんだぞ。責任は取るつもりだしさ。困るのはお前だけだ」

 こんな身体にモノを言わせるみたいな卑怯な遣り方に思い切り睨み据えても、今の都築はどうやら無敵みたいで、それまで横抱きに抱き締めるようにしていた身体を起こすと、オレを仰向けにして、膝まで引き摺り下ろされていたズボンを邪魔臭そうに下着ごと剥ぎ取るとベッドの下に投げ捨てた。
 両足を掴んでグイッと割り開かれることで下半身はスッポンポンの丸出し状態だけど、羞恥より先に都築の股間で愈々充溢しているフルおっきした逸物を見せつけられると恐怖しか感じない。
 圧倒的に形勢逆転して不利な状態の俺を、都築のヤツは嬉しそうに見下ろしてきて、それから色気たっぷりに見せつけるみたいにしてペロリと上唇なんか舐めるんだ。

「オレのはさ、人一倍デカイんだよね。だから、よほど慣れていないと切れると思うぞ。でもまあいいか。処女なんだし、少しぐらいは破瓜の血が出たほうが興奮する」

 そんな怖ろしいことを完璧に見惚れる満面の笑みで言われたって嬉しくない。
 寧ろ、今すぐ俺を殺してくれって叫びそうになる。

「つ、都築…」

「ん?」

 ニコッと余裕の笑みを浮かべて俺を見下ろしてくる悪魔に、どうしてそんな台詞を吐き出したのか判らないけど、俺はフルフルと震えながら言っていた。

「お、俺…初めてだから、優しくして…」

 途端に都築の双眸がカッと見開かられて、額に血管なんか浮かべながらグイッと上体を倒して俺の顔を覗き込むなり、凶暴な目付きで睨みつけてきたんだ。

「あう!」

 その拍子にぬるんっと先走りに濡れた先端が穴の縁に引っ掛かって俺を喘がせた。

「なんだよ?!男に挿れられてもいいぐらいオレが嫌いなのか?!クソッ!…言え」

 俺の恐怖に怯えている双眸を真正面で睨み据えながら、都築はグイッと腰を押し込むようにして、肛門から袋の付け根に向けて逸物を滑らせると存在感を強調しながら低い声音で吐き捨てるように言う。

「言え、オレのことは嫌いじゃない…好きだって言え!さもないと、本気で突っ込むぞッ」

「や!嫌だッ、怖いッ」

「だったら言え!」

 グリグリと先端で抉じ開けようとされる恐怖に、俺は目尻に涙を浮かべて首を左右に振った。

「…じゃ、ない」

「聞こえない!ハッキリ言わないと挿れるからなッ」

 さらにグイッと突かれて、先走りに塗れてぬらぬらと淫らに光る肛門は、それでも大きすぎる亀頭に潜り込まれるには狭すぎるんだろう、ピリッとした痛みが走って俺を怯えさせるには十分だった。

「あう!き、嫌いじゃない!俺は都築を嫌ってないッ」

「嫌いじゃないならどう思ってるんだ?!」

 都築のヤツは脅すように低い声で俺に命じる強い口調は支配者のもので、じゅぷっと大量の先走りを塗りつけるようにして刀身で肛門と袋の付け根を押し上げるように前後に揺すっている。

「あ…や、いや…いたッ…いッ……す、き、好き。俺は都築が好きだ」

 時折、なんとか潜り込ませようと無理強いをするから、その度に引き攣れる痛みに首を激しく左右に振り立てながら、俺は諦めたようにポロポロと泣きながら言ってしまった。

「クッ!」

 その言葉を聞いた途端、激しくなっていた前後に揺する腰が止まって、ぐぅっと膨れていた先端からびしゃっと熱い白濁を飛び散らせて、俺の恐怖に縮こまっているチンコや腹をしとどに濡らしやがった。
 ハアハアと肩で息をしながら倒れ込んできた都築は、グスグスっと鼻を啜る俺に口付けてきたりするから、思わず侵入してくる舌を思い切り噛んでやろうと思ったものの、恐怖から解放されて気が抜けた無様な俺にはそんな気概も残っていなかった。
 舌を絡ませて唾液を啜り合うキスをしながら、都築はうっとりと俺の萎えている白濁まみれのチンコを揉み込んでいて、最近シコっていなかったソレはアッという間にオッキしてから都築の手にピシャッと迸らせてしまった。
 大人しく貪られながら射精した俺に満足したのか、都築は俺と自分の精液を俺の腹の上でぐちゃぐちゃに混ぜると、不意に太い指先にソレを絡めてから肛門に潜り込ませたんだ!

「あ!や、嫌だ…ッ?!」

 何やってんだ?!と目を見開く俺を落ち着かせるようにキスしながら、潜り込ませたお互いの精液まみれの指先を奥に擦り付けてから引き抜いて、精液を絡めて突っ込み、突っ込んで奥を探っては引き抜いて精液を…ってなことを繰り返していたけどぐるりと指を回転させて、それから満足そうにゆっくりと胎内から引き抜いてくれた。
 何がしたかったんだろうと涙目で唇を離す都築を見上げたけど、ヤツは何だか満足そうにニヤニヤと笑いながら前髪を掻き上げて、そのまま俺の横にゴロンッと大柄な図体を横たえた。

「お前、オレのこと好きなんだからもう嫁になるしかないな」

「巫山戯んな!ひとのこと脅して、股間にぶちまけやがってッ!し、しかも尻に指まで突っ込んで!!…絶対お前なんか好きじゃ……ッ…好きです」

 好きじゃないって言ってやろうと思ったのに、グイッと横抱きにされて、何時の間にかやんわりと復活している切っ先に肛門を突かれてしまうと、俺は情けなくも言い換えるしかなかった。クッソクッソ!!

「そうそう、素直にそう言えばいいんだよ。これからも我儘言ったらお仕置きだからさ」

 ニヤつくイケボな声音で言われても全然嬉しくない、却って気持ち悪い!と俺がムキッと腹立たしく背後の都築を睨もうとしたら、ヤツは俺の耳元に唇を寄せてから、「それにたった今種付けしてやったから、そのうち孕むんじゃねえか?」とか巫山戯たことを当たり前みたいに言いやがったんだ!
 本当はオレのチンコを突っ込んで直接奥に種付けしたかったんだけどさ…とかワケの判らないことをほざく口を、できれば何かで縫い付けてやりたい。

「なんだよそれ?!ひとの貞操をなんだと思ってるんだよッ」

「バーカ、お前の貞操なんてオレのモノに決まってんだろ。篠原家も把握済みだしな、挨拶に行くのが楽しみだ」

「…そっか、俺がお前のモノだって自覚がないから悪いのか。だったら、都築が俺んちの家族とすげえ仲良しでも、貞操を脅かされても仕方ないんだな。絶対お前に後悔させてやる」

「クク…できるもんならやってみろよ」

 チュッチュッと頬にキスしてくる都築は、口調こそ俺を思い切りバカにしまくってるってのに、その表情は蕩けてしまうほど甘ったるくて幸せそうだ。
 都築のヤツは下半身マッパで、俺は下半身マッパにシャツも捲り上げられて精液まみれにされた腹とか乳首とか晒した恥ずかしい格好だってのにさ、都築は気にしている風でもなく、俺を横抱きにして頬にキスして首筋を吸ってくる。
 ぴくんっと反応してしまうのは仕方ない。俺は首筋が弱いんだ。
 見上げる天井には桜が舞い散るなかではにかんでいる俺の巨大なポスターが貼ってあって…ああ、忘れていたけどこの部屋って四方八方から自分が見ているんだったっけ。
 ほんと、気持ち悪い部屋だな。狂気しか感じない。
 コイツ、この部屋でいったい何をしているんだろうと遠い目になった。

「…お前さ、絶対この部屋でシコってただろ」

「は?当たり前だろ。未来の花嫁が声を押し殺して自分を慰めてるところとか見せつけられてみろ、自然と勃起するだろ、バカだな」

 何を当然なこと言ってんだとでも言いたげな都築は、一発抜いたら眠くなったのか、フワァっと欠伸なんかかましやがる。
 コイツのセフレに言わせれば、何時も1回なんかじゃ満足しなくて、何度も何度も注がれてお腹がいっぱいになるんだと、聞いてもいないのに教えてくれるヤツがいるんだけど、都築は俺にちょっかいを出す時は決まって1回で満足するよな。
 まあ、俺なんて童貞だし手管なんて持ってるワケでもないしさ、何より生意気な俺をエッチで凹ませることができれば満足するんだろうから、セックスそのものには特別な意味なんてないんだろう。
 それに、最後までするワケじゃないし…ハッ!こんなこと言ってたら俺が最後までしたいって言ってるような感じじゃないか?!
 ヤバイヤバイ、都築には絶対に言っちゃ駄目なヤツだ。

「お前さぁ…中出しとか、本気で好きになったヤツ以外にはしちゃダメだぞ…」

 フワァっと都築の欠伸と眠気が伝染ったのか、俺もムニャムニャしながらボソッと呟いたら、背後から俺を抱き締める腕にやんわりと力を込めて、都築は本格的に眠る体勢でくしゃくしゃにされてしまったシーツを引っ張り上げる。

「当たり前だ。オレが中出ししたのはお前ぐらいだ」

 んん…?そう言えば、あの動画の中で突っ込んではいないものの、肛門に先端を押し付けてビュービュー出してたな。

「バカヤロウ!俺にこそ中出ししてんじゃねえよッ…あれぇ?でもだったらどうして、お前のセフレは何度も腹がいっぱいになるまで出されたとか言ったんだろ」

 眠い目を擦りながら首を傾げたら、背後の都築がムスッとしたように低い声音で物騒に言いやがる。

「なんだよそれ?誰が言ったんだ。オレはお前以外にはゴムを使ってんだぞ」

「俺にも使え」

 俺に厭らしいことをする時は何時もゴムをつけないもんだから、腹や胸、あと股間なんかが集中的にドロドロにされるんだよな。んで、眠気に負けるから後で乾いてゴワゴワして、それからすげえ臭えんだよ。

「嫌だね。そのうち男同士でも妊娠できるようになった時に、オレの精液に馴染んでたほうがいいだろ」

「お前、頭大丈夫か?」

 一瞬、我が耳を疑ったけど、まさか都築が本気でそんな馬鹿げたことを考えてるとは思わないから、取り敢えず、都築の優秀な頭の出来を疑って、気持ち悪いヤツだと俺は欠伸を噛み殺した。

「ったく、セフレが勝手にお前に接触してんだな。注意しとかねえと」

 都築は都築で、俺の発言なんかサラッと無視して、勝手に嫁認定している俺と可愛いセフレが接触するのは嫌なんだと不貞腐れてるみたいだ。
 だから俺は笑ってしまった。

「はは!なんだよそれ、奥さんが可愛い愛人と鉢合わせすんのは流石に嫌なのか」

 男を嫁にしようとか、常識がないお前でもさ。

「…愛人か。そっか、そうなんだよな」

 冗談のつもりで笑って言ってやったってのに、都築は抱き締める腕に力を込めてから、不意に「可愛いなんて思ってない」とか「寧ろお前が可愛い」だとか「嫁だって認めるのか」とかブツブツと何か言ってるみたいだけど気持ち悪いから無視することにした。

「ふわぁ…ちょっと眠いんだけど。あとで風呂に入ってもいい?」

 噛み殺せない欠伸を盛大にぶちかましてから、俺は目を擦りながら聞いてみた。
 昨日から都築家にお邪魔するって言うんで緊張してたし、久し振りに抜いたから眠気マックスは仕方ないよね。
 実家のお風呂は洋風と檜風呂、そして贅沢にも露天風呂まであるって都築が自慢してて、一緒に入るなら入らせてやってもいいとか、泊まらせる気満々で言ってたから、この際お泊りでもいいやって思って聞いてみたんだけど。

「おう。ちょっと眠ってから後で一緒に入ろうぜ」

「うん…そしたら頭、洗ってやるな」

 案の定、一緒に入る気満々の都築にウトウトしながら呟いたら、何だか都築は嬉しそうに頷いたみたいだったけど、その時の俺は既に夢の中だった。

□ ■ □ ■ □

●事例17.勝手に俺んちの実家と交流を持っている(しかも仲が良い)
 回答:バーカ、お前の貞操なんてオレのモノに決まってんだろ。篠原家も把握済みだしな、挨拶に行くのが楽しみだ
 結果と対策:そっか、俺がお前のモノだって自覚がないから悪いのか。だったら、都築が俺んちの家族とすげえ仲良しでも、貞操を脅かされても仕方ないんだな。絶対お前を後悔させてやる。

16.都築家が俺についての認識をいろいろ間違えている(俺は嫁じゃない)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「篠原、すげえキーホルダー持ってるんだな」

 スマホを取り出そうと、失くしてはいけない物を入れているジッパー付きのポケットから最初に鍵を取り出しているところを、彼女ができたウフフフと自慢するためだけに俺を呼び止めた柏木が口笛なんか吹いたから驚いた。

「へ?これ都築がくれたんだよ」

「都築!…やっぱり、御曹司の贈り物は桁違いだな」

 チャラッと、少し涼し気な音をさせた月と星、それからアイビーのキーホルダーを見せたら、ムムム…と顎に手を当てながらジックリと見つめている。
 ちょっと羨ましそうだ。

「はあ?」

「これ、2つともプラチナだろ。ほら、この部分に小さくptって入ってるじゃん。pt1000とかすげえ。こっちのアイビーにはダイヤモンドが入ってるな。これちっさくてメレっぽいけど、この光りかたとかたぶんすげえ希少なダイヤだと思うぞ。カラーとかでダイヤは変わってくるからさ」

「え?え?プラチナとか、何の話だ?これシルバーだろ。都築も安もんだって言ってたぞ」

 やたら詳しい柏木にも驚いたけど、プラチナってあの超高級な貴金属の代名詞、金と同じぐらい高価なモノだろ?何を言ってんだ、これシルバーだって都築も言ってたんだぞ。

「…おいおい、確りしろよ篠原。じゃあ聞くけど、このキーホルダー、くすんだこととかあるかよ。ちょっと黒っぽくなったり」

「あ、そうか。シルバーって手入れしないと黒ずむよな。じゃあ、ステンレスかな?」

 弟が欲しがっていたシルバーのゴツい指輪を誕生日にプレゼントしたけど、その時、部活かなんかで手入れを怠ったばかりにあの指輪は真っ黒になってたな。
 そう言えば一度も手入れしていないけど、キーホルダーはずっと銀色のままだ。

「バカだ!俺の幼馴染みが大馬鹿野郎だ!!!」

 ガクーッと床に両手と膝を付いて項垂れそうな勢いで思い切りディスられて、俺もちょっとムッとする。ステンレスって丈夫でくすまないから、ちょっとそうじゃないかなって思っただけなのにさ!

「これ、どうみても高級な宝飾品だろ!こっちの月と星のは少なくとも20万は超えてるぞ。アイビーの方はダイヤの価値で変動すると思うけど、少なくとも30万は超えてるんじゃないか」

「嘘だろ。柏木、冗談だろ?」

 青褪める俺に、どうも違った角度で青褪めた柏木が乾いた笑いを浮かべながら言う。

「冗談つーか…でも、なんつーか。価格もさるものながら、アイビーの方はちょっと執念深い怖さを感じるよね」

「へ?何が怖いんだ」

 価格以外に何が怖いっていうんだよ。
 俺は泣きそうな顔をして柏木を見ていたけど、その俺の震える両手の中で無頓着に太陽の光を反射するダイヤモンドがキラリと光っている。

「お前、本当に何も知らないんだな。そんなんだと都築にヤラれ放題だろうなぁ」

「う、何いってんだ」

 確かに都築には尻に指を入れられるはチンコは擦られるはチンコは咥えさせられるは咥えられるは、最近なんか抱き着くとかキスは当たり前みたいにしてくるし、背後から抱えられたら頬にチュッチュは日常茶飯事になりつつある…ってこと、まさか知ってるんじゃないだろうな。俺から何かだだ漏れてんじゃないだろうか…ハッ!柏木って超能力者だったのか?!

「アイビーの花言葉って知ってるか?」

 軽い混乱による意味不明の考え事を打ち破るように、柏木が困惑した顔で呟くようにヒソヒソと言った…けど、ごめん。この会話、全部都築にだだ漏れだったわ。
 そう言えば俺、盗聴器持ってたんだ。
 でも、まあいいか。

「あ、それは都築が教えてくれた」

「ほうほう」

 どうぞ、都築の言った内容を話してごらんと促されて、俺はちょっぴり感動したことは内緒にして話してやった。

「友情と誠実と不滅ってんだろ?不滅の友情とか格好いいよな」

「…バカだ。俺の友達がやっぱり大馬鹿野郎だッ」

 やっぱりガクーッと膝を付きそうになりながら顔を覆った柏木は俺をディスってから、胡乱な目付きで顔を上げると、やれやれと溜め息を吐いた。

「なんでだよ?!」

 食って掛かる俺を軽くプゲラして丁寧に説明してくださった。

「あのなぁ、アイビーってのは最近だと結婚式とかプロポーズの鉄板の植物なんだぞ。なんで知らないんだよ。花言葉も都築が教えたモノだけじゃなく、永遠の愛とか結婚てのもあるんだ」

「マジか」

 アイツ、男同士では結婚できないけど、入籍と式は挙げられるから嫁にするとか巫山戯たこと言ってたよね。でもまさかそんなこと、本気で考えているんじゃないだろうな。
 それでアイビーを選んだとかだったらどうしよう…思い切り気持ち悪い。

「大マジだ。それともうひとつ、アイビーには怖い花言葉がある。たぶん、都築はそっちに重点をおいてるんじゃないかな」

 そうか、柏木は都築の嫁発言を知らないんだ。

「もうひとつってなんだよ?」

 恐る恐る聞く俺に、柏木は勿体振ることもせずにスパァンッといっそ潔くキッパリと男前に教えてくれた。

「死んでも離れない」

「…嘘だろ」

 思わず俺のほうが崩れ落ちそうになりながら青褪めると、柏木は本当に同情する目付きでご愁傷様ですと悼んでくれた。
 俺の人生、まだ終わってねえっての。非常に気持ち悪いけども。

「で、ダイヤの石言葉が永遠の絆だろ?都築は死後もお前と繋がっていたいって思ってんじゃねえのか」

 何だか憐れむように双眸を細めてヨシヨシと頭を撫でてくれるけど、思い切り気持ち悪いじゃねえか。

「なんだそれ、気持ち悪い」

 でも、都築の気持ち悪さなんて今に始まったワケじゃないし、都築の属性に追加要素が1つ加わったぐらいって考えればいいのかな。
 と、そんなことを考えていたらチャラリ~ンと変な着信音が鳴って、「あ、絵美ちゃんだ!もしもーし!」とか、さっきまであんなに同情してくれてたのにスッカリ他人事で電話に出る柏木を恨めしげに睨んでいると、その視線を敏感に感じ取ったのか、幸せ満面の笑みで目尻を下げてニヤニヤ笑う、コイツも気持ち悪い柏木は吐き捨てるように言いやがった。

「知るかよ。今度都築に聞いてみたら?」

「うん。そうしてみる」

 そんなに素っ気ない態度を取ってるとだな、菅野からのギャルキャピメールという呪いを受けて、大変残念な結果になったって知らないんだからね!…なんつって、幸せになる呪いをかけてやる!

□ ■ □ ■ □

 そろそろ夕食の準備を始めようかなぁとか考えながら、俺はこちらに背中を向けて、久し振りに社会人から学生からが勢揃いしている、モン狩りの約半月間開催されているらしいイベント期間中を堪能している都築を冷ややかな目で見つめていた。

「都築、お前死んだ後も俺と一緒にいたいのか?」

 PS4の前に陣取って仲間と華麗にモン狩りをしている都築は、横に座って顔を覗き込んだ俺をチラリと横目で見てから、なんだそれと聞き返すこともせずに当然そうなデフォの仏頂面で首を左右に振った。
 やっぱり、昼間のアレは筒抜けだったんだなと判った。

「…いや」

 へ?否定するってことは別に死後も一緒にいたくないってことか??
 なんだ、じゃあやっぱりアレは柏木の思い違いで…

「死んだ後は当然だが、できれば死ぬ時も一緒がいい。墓は土葬にしたいから海外に埋葬して貰うように手配しておく。場所は2人で相談だな。思い出をたくさん作って、その場所に埋葬して貰おう。それでお互いの手首にプラチナの手錠を嵌めてから手を握った状態で、一緒の棺桶に入りたい。生まれ変われるのなら一緒に生まれ変わりたい」

 ずっと考えていることなんだろう、家族でも恋人でも主従関係でもペットでもなんでもいいんだとか、淀みなくスラスラ饒舌に答えるから俺の目付きが遠くを見るものになっていたのは仕方ないと思う。
 柏木の予想の真上あたりを疾走された気分だ、不気味だな。

「ふーん、死後じゃなく死ぬ時からスタートなんだな。なかなか気持ち悪いプランだ。でもお前、俺のこと好きじゃないんだろ?」

「そうだな、好きでもなければタイプでもないけど…」

 何時もと違ってちょっと言い淀む都築は、俺の次の言葉をちゃんと判っているんだろうと思う。だから、期待を外さずにきちんと説明してやることにした。

「だったら、俺は好きな人には長生きして欲しいから一緒に死にたいとは思っていないんだ。好きな人とずっと一緒にいたいからお前とは一緒に死なないし、墓にも一緒には入らない。生まれ変わる時も好きな人と一緒に生まれ変わる。来世があるならお前とは関わらない」

「巫山戯んな。オレより後に死んだら絶対に許さないからなッ」

 否定して、今度は見当違いなことを言ってくる。

「…え?普通は俺より先に死ぬなって言わないかな」

「オレより先に死んでくれないと一緒に死ねないだろうが」

 会話しながらもモン狩りも滞らずに進行させつつ、チラチラと俺を横目で見る不機嫌そうな都築の言葉に、不意にゾッとした。

「都築さん、しっかりして!俺たちまだ10代だから死を考えるのは早すぎるよッ!」

「お前が言い出したんだろ?別にオレはこの世に未練もクソもねえしな。お前がいなかったら、どうせまたあの空虚でつまらない日々に逆戻りなんだ。考えただけでゾッとする。それなら、オレはお前と一緒に死んだほうがいい」

 都築はまだ若いくせにそんな悟りきったようなおっさん臭いことをブツブツと言って口を尖らせている。そんなんだから、女子高生におっさん呼ばわりされるんだよ。
 俺が真剣にコイツ気持ち悪いなんてもんじゃないんじゃないかと眉を顰めつつ考えていると、都築はモン狩りに勤しみながらもさらに腹立たしそうにブツブツと不平を垂れ流している。

「そもそもオレはできればお前を家に閉じ込めておきたいんだけど、素直に閉じ込められていないだろうし大学もあるから、今は我慢してるんだぞ」

「何をだ」

 これ以上、何を気持ち悪いこと言おうとしているんだ、コイツは。

「だから閉じ込めて一緒にいたいんだよ。仕事も在宅でできるように手配しているし、順調だし、お前独りぐらい不自由なく幸せに養えるんだ」

 最近興した会社が軌道に乗っていて、漸く少し余暇が出てきたもんだから俺んちに入り浸るようになった都築は、ラップトップさえあれば何でもできるのにとブツブツ唇を尖らせて悪態を吐いているのが愈々気持ち悪くなって、俺は溜め息を吐きながら立ち上がろうとしてそれから徐にハッとした。

「そうだ、お前!これ、すげえ高価なキーホルダーだったんじゃないか!!」

 俺は都築に返そうと思ってポケットに入れていたキーホルダー2つを取り出すと、両掌に載っけたソレを差し出しながら言い募った。

「…別に安モノだってば。お前んちに置いている時計の方がはるかに高い」

「え、ええ?ああ、そうなのか…って、そうじゃない!」

 何を言い包められようとしているんだ、俺!

「こんな高価なモノは貰えないよ。だから、返す」

 はいと差し出した俺の手をジックリと見つめていた都築は、不意に嫌そうに眉根を寄せると、フンッと鼻を鳴らしてそのままモン狩りの画面に目線を戻してしまった。

「使用済みなんかいらねえよ。返されても困る」

「でも、俺はこんな高価なモノは…」

「じゃあ、捨てろ」

 にべもなくキッパリと言い切る都築のこれは本気だから、受け取る気はさらさらないんだろう。
 都築が置いていったシャツやズボンを未だに着用しているのを目の当たりにした時、都築は何かやたらと興奮して饒舌にブツブツと意味不明な気持ち悪いことを喋った後、いきなり俺を捕獲してからベッドに一緒に転がって頭や頬にスリスリスリスリしながら何時の間にか眠ってしまったことがあった。
 捨てろと言っても捨てない俺の性格を見越した回答なんだろうなぁ。
 うーん、困った。

「じゃあ、せめて幾らぐらいの品物なのか教えてくれよ。持っておくための心構えが必要だ」

 その値段の半分…いや、3分の1のモノでもいいから、お礼ぐらいはするべきだと思うんだよね。
 都築は嫌そうに眉を寄せたまま、俺を見ようともしない。あんなに視姦してくるくせに、こう言う時は無視ってなんなんだお前は。

「さあ?値段なんか気にしてないから判らねえよ。たぶん、総額で3、4万ぐらいじゃないか?」

「え?プラチナってそんなに安いのか??」

「あの店は都築家御用達だ。太客だから便宜を図ることだってあるんだよ」

「そうなのか?だったら、そっか。よかった!俺、目玉が飛び出る金額だったらどうしようかって思ってたんだ。今度の都築の誕生日の時に、その半分ぐらいしか出せないけど、お礼がてらに何かプレゼントするよ」

 ホッとしてニコッと笑ったら、不意に都築が横目でそんな俺をジッと見ていたくせに、ちょっと身体を屈めるようにしてチュッと口に軽くキスしてきた。
 こう言うキスはもう何度もされているので、今さら気にならないから、前みたいに真っ赤になってアワアワと狼狽えることもしない。童貞の俺を誂っている都築を楽しませないための涙ぐましい努力の結果だ。成長してるだろ、俺も。
 まあ、ビビッて思い切り両目は閉じてるし、唇も引き締めていたりするんだけども。

「お前からの誕プレか。じゃあ、金で買えないヤツがいい」

「金で買えないって…ええ?難しいな。どんなものがいいんだよ」

「そうだなぁ…やっぱりお前のしょ」

「ストップ!やっぱ金で買えるものにしてください」

 なんだか不穏な言葉を聞きそうな予感がして慌てて遮ると、都築のヤツは途端に不機嫌そうに眉根を寄せて「金で買えるものなら自分で買えるんだ」とかブツブツと唇を尖らせやがる。

「確かにお前に買えないものなんてこの世の中にはないかもしれないけど、やっぱり自分で買うのと他の人が買ってきたものだと全然違うと思うぞ。そのものにこめられる想いが違うんだよ」

 丁寧に説明してやっているのに、都築のヤツはいまいちよく判らないと言うツラをして、「でもやっぱりオレはお前の処女がいい」とか「せめて毎日キスさせて欲しい」とか、こっちの方が何がいいのかさっぱり判らない要望をブツブツ口にしている。
 それだと何時かどうにかなった時に、思い出がカタチとして残らないじゃないか。

「都築って刹那主義なんだな」

 ちょっとムッとして言ってやると、欲しいものは何でも手に入ってしまうお坊ちゃまは訝しそうに双眸を細めて、それから俺が怒っていることに困惑したみたいだった。

「別に刹那主義とかじゃないけど…」

「嘘だ。思い出をカタチにして残さなくていいなんて、その場が良ければそれでいい刹那主義だ」

 プイッと外方向いてやると、思い出をカタチ…とブツブツ言っていた都築は、唐突にハッとしたようにして、それからまるで不思議の国のアリスのチェシャ猫みたいにニンマリと笑った。

「そうだな。せっかくお前がくれるって言うんなら貰っておきたい」

「…高いのは無理だぞ?」

 気持ち悪い予感しかしないけど、自分から誘った手前、やっぱごめん、お前みたいな変態が欲しがるもんなんて見当もつかないからやめる…なんて言える雰囲気でもない。
 失敗した予感しかしない。

「別に金額は気にしない」

「そっか。じゃあ、何が欲しいんだ?」

 できるだけマトモな回答が欲しいと祈りを込めて都築をみると、ヤツは画面の中でどうやら巨大モンスターを仕留めたらしく、みんなで喜びを分かち合っているみたいだ。
 現実の世界じゃ友達やセフレの話なんか上の空だって言うのに、オンラインの中では楽しんでいるみたいで、リア充のはずなのにこんな生活で大丈夫なんだろうかコイツは。

「コレが欲しい」

 そう言った都築が指差した画面には、モン狩りを終えて街に帰ったメンバーがドロップしたアイテムの分配を終えると、装備の修理だとか、素材の合成、いらないものを売却するとか買い足すとか、各々自由に動き回っている。
 その中で、独りの小柄な女の子のテクスチャのキャラが、豪奢な装備に違わずにさっきの狩りでも他の追随を許さない圧倒的な強さを見せつけた都築のキャラに、モジモジしながら何かを差し出したみたいだ。

「何だこれ?」

 首を傾げてよく見れば、それはリングみたいだった。

「これ、装備品か?」

「…このゲームってさ、ゲーム内で結婚できるシステムがあるんだよ。で、オレはいま求婚されている。狩りの後は何時もあるイベントなんだけど」

 そう言った都築は彼女からの申し出をアッサリと断ってしまったみたいだ。

「このレベルでもまだ誰とも結婚していないから、求婚が引っ切り無しなんだ」

「ふーん。じゃあ、俺が一緒にゲームしてこのリングを渡せばいいってワケ?それだとさっきの話しと一緒で…」

「違う違う!何を聞いてたんだ、お前は。オレはこんなリングが欲しいって言ってるんだ」

「指輪を買えばいいのか?でも俺、お洒落なセンスはないよ」

「構わない。だってお前が言ったんだろ?そのモノにこめられる想いが違うってさ。だからオレは、センスも値段なんかも気にしない。そのかわり、絶対に心を込めて選んで欲しい」

「…なんかよく判らないけど、判った。頑張って格好いいリングを選んでみるよ」

「おう。シンプルなものでもいいからさ」

「OK」

 モノなんかいらないとか不機嫌そうに言ってたくせに、途端に機嫌よく口笛でも吹きそうな感じで、さらに3人のキャラの求婚とやらを断っているみたいだ。
 別に現実でもないんだから、この中の誰かと結婚してみればいいのに。そうしたら、少しは俺に構わなくなって楽になるんじゃないかなぁ…やれやれと俺は溜め息と共に夕食の準備をするために改めて立ち上がろうとした。

「なんだよ?」

 その腕を掴んだ都築が、色素の薄い琥珀のような双眸の奥に、何か急に、禍々しいような何かを隠しているような色を浮かべて、俺のことをジッと物静かに眺めてくるから、なんとなく嫌な予感がしつつも俺は首を傾げて尋ねてみた。

「…お前が死ぬ時にまだ処女だったら、ちゃんと屍姦してやるからな。それで責任持ってオレが式を挙げるから、その後に一緒に棺桶にはいればいい」

 唐突な都築の言葉に、ふと脳裏に、前にネットか何かで読んだ中国の話しを思い出した。
 死んだ時に処女だった女の子は、その村の村長が屍姦して女にしてから、花嫁衣装を着せて埋葬する。そうすると悔いを残した悪霊化することがなく、穏やかに極楽に逝けるとかなんとか…

「お前まだその話を引き摺ってたのか。俺、女の子じゃないから別に処女で死んでもいいよ。屍姦とか気持ち悪いこと言うな」

 それよりも童貞をなんとかしてからじゃないと悔いが残って悪霊化しそうとか、プゲラしながら都築の手を離そうとしたら、都築のヤツは「そうか、それもあるのか」とか不穏なことをブツブツと言っているから、例の中国の話しをコイツも知っているんじゃないかと思った。

「死んだらチンコって固くなんのかな?だったら、オレに突っ込ませてやるよ」

「やめろ。想像したら気持ち悪い。変なこと想像させるな」

「あ、死ぬ前がいいか。気持ちよくなって死んだほうが悔いが残らないよな?」

 新しいメンバーとモン狩りに勤しむ背中を思い切り叩いて、俺はムッツリと腹を立てながらキッチンに立った。プゲラしている都築が憎い。それだけで悪霊化しそうだ。

「どうせなら美人なお姉ちゃんに手解きしてもらいたいですー」

「誰が手解きさせるか。お前の全部はオレが貰うって決まってんだよ」

「都築さん、俺たちまだ10代だからそう言ったお話はお爺ちゃんになったら聞きます」

「なんだよ他人行儀だな」

 何が気に入らないのかブツブツ悪態を吐いている都築は、爺さんになってもオレが全部戴くとか気持ち悪いことを物騒に言いやがった。でも、なんとなく、本当に実行しそうで怖いんだよなぁ、都築って。

「まあ、大学を出てからだよな…」

 クククッと、どうせ何か気持ち悪いことを想像しているんだろう、巨大な恐竜のようなモンスターを仲間と協力しながら剣戟を散らす都築はニヤニヤ笑っていて、絶世のイケメンじゃなかったら引き篭もりレベルの問題児だよなと俺はなんとなく納得していた。

□ ■ □ ■ □

「手土産とかいらないから」

 ナケナシの手持ちで購入した都内某所で美味しいって噂の苺のケーキとカヌレを人数分購入して都築に見せたのに、チラッと一瞥しただけでこの言いようである。

「女の子たちだから甘いものが鉄板だと思ったんだけどなぁ」

 ついつい癖でぷぅっと頬を膨らませて、白いシンプルなケーキボックスに入っている苺のケーキとカヌレを見下ろしていると、都築のヤツは胡散臭い顔付きをして「クソッ」とやっぱり吐き捨てやがってる。

「お前、俺が頬を膨らませるとだいたい怒ってるよな。どうしてなんだよ?」

「可愛い顔するからだ。先が言えなくなるだろ」

 どうやら俺の顔に魅入ってしまうから、続けて悪態を吐くことができなくなることが不服でぷちギレしてるんだそうだ。なんて意味不明なんだ。

「なんだ、そりゃ」

 理不尽な理由に呆れて肩を竦めると、都築は不満そうに首を左右に振っている。

「手土産なんていいんだよ。お前の手作りじゃないから今回は許すけど。アイツ等に手作りなんか食わせなくていいんだからな」

「…はいはい。お前さ、昨日あれだけたくさん焼いたフィナンシェを独りで全部食べてしまったくせに、まだ文句があんのかよ」

 藤堂さんのレシピを貰う前に、練習のつもりで都築がタブレットで見せてくれたクックパッドのレシピを見ながら、本日都築家への手土産にと焼いたフィナンシェをコイツが全部食べちまったんだ。

「…オレはフィナンシェが大好きだって言っただろ」

「それはそうだけど。全部はねえだろ。少しぐらい俺にも寄越せよ」

 味見もできないなんてどうかしてんだろ。
 都築は全く反省の色もない顔をして、声だけは神妙に「そうだな、反省する」とか言ってやがるけど、きっと反省なんかしないし次にも同じことをやらかすんだろうと思う。そう思えてしまうところが、そのツラで判っちまうんだけど、都築は隠そうともしないからやっぱり本気で反省しているワケじゃないんだろう。いっそ本気で殴ってみるか。
 …と言うのが、東京の閑静な一等地に居を構える都築邸の豪奢な玄関前で繰り広げられた会話だ。
 門扉からウアイラでまるで公園の中の小道みたいな場所を進んだ先に、古城みたいな洋館の豪邸が建っている。ここ日本だよな?!東京だよな??!大丈夫なのかこの敷地ッッ…と、ウアイラの中で窓に齧りついたまま青褪める俺を、都築のヤツは怪訝そうなツラをして首を傾げたぐらいだった。
 俺が何に驚いて、どうして青褪めているのかなんて判ってもいないツラは、これが産まれた時から日常生活の都築にしてみたら、狭い部屋でコツコツと暮らしているひとたちが目に入っていたとしても、その心情までは読み取ることはできないんだろう。
 玄関先で車を管理しているらしい青年が寄ってきて恭しく都築からキーを受け取ると、そのままウアイラに乗って駐車スペースまで車を移動してしまった。自分で駐車場に駐めてから、さあ行くか…じゃないんだぞ。お金持ちの家ってみんなこんななのか。

「はあ…緊張するなぁ」

「別に緊張することはないさ」

 そりゃ、お前は生まれ育った家だからそう言えるんだろうけど、俺なんかチビの頃から部屋は弟と一緒ってぐらいのこじんまりした家で質素に生活していたから、こんな目の醒めるような豪邸を前にすると回れ右して帰りたくなるんだよ。
 最近、やっと都築んちに慣れてきたってのに、今度は桁違いの豪邸に連行されるとか、俺前世で何か悪いこととかして都築に恨まれてるんだろうか。
 都築が何やらニヤニヤしながら玄関の扉を開くと、待ってましたとばかりにパタパタと軽快な軽い足取りで誰かが走り出てきて、ビックリする俺の前で無造作に都築に抱き着いたみたいだ。

「一葉ちゃん!お帰りなさいッ」

 190センチ超えの大男の首根っこには抱きつけなかったらしくて、150センチそこそこの小柄な少女が都築の腰に腕を回してお腹の辺りにグリグリと頭を擦り付けている。
 この目が醒めるような美少女が、陽菜子ちゃんだろうか。

「万理華、お前さぁ…篠原を連れて来たからって地味な嫌がらせしてんじゃねえぞ」

「…バレたか。こんな美少女が抱き着くロリコン野郎だって思われて別れたら面白いと思ったのよ。わたくし、光太郎ちゃんが大好きだもの。一葉ちゃんには勿体無いわ」

「煩い煩い!知らない間に交流してやがってッ」

 まるで虫でも追い払うような大雑把さで腕を振り払った都築は、呆気に取られてポカンとしている俺を振り返ると、ちょっと驚いたように眉なんか上げた。

「おい、何を固まっているんだ?」

「あ…ええと、こちらは万理華お姉さん?」

「そうよ!ああ、光太郎ちゃん!!お会いしたかったんだからっ。一葉ちゃんとばっかり遊んじゃって、陽菜子ちゃんもお待ちかねよ」

 都築に聞いたつもりだったのに、小柄でツンとすました飛び切り美少女の万理華さんがぎゅむーっと抱き着いてきて答えてくれたけど、どうみても小学生にしか見えない…これで俺たちより年上だと?

「離せ!篠原はオレの嫁だッ」

 抱き着く万理華さんの腕力は万力並みに強力で、思わず俺が「ギブギブ」と言っても聞いちゃくれない。でも、こんな時は都築の変態力に助けられる。
 姉妹にも地味に嫉妬して容赦ない洗礼を浴びせる(但し姫乃さんは除く)のが都築だから、俺に抱き着く万理華さんをベリッと剥がしてポイッと玄関の奥に投げ捨てた!
 ええ?!大丈夫なのそれ??
 ギョッとしたものの、まるでゴスロリの人形みたいな万理華さんは、ベシャリと床に倒れることもなく着地すると、苛立ったように都築を可愛らしいアーモンドアイでキリリと睨んでいる。

「勝手に嫁認定しているだけじゃない!今の光太郎ちゃんはフリーなんだからねッ」

「なんだと?フリーなワケあるかッ」

 玄関先で派手な姉弟喧嘩をおっ始めた2人にどうしていいか判らずにオロオロしていたら、不意に左手の豪奢な扉が開いて、ぼんやりした眠そうな表情のちょっとボーイッシュで綺麗な女の子がトコトコと歩いて来ると、俺の服の裾を掴んでからボソッと呟くように言ったんだ。

「この2人は喧嘩を始めたら周りが見えなくなるよ。こっち。応接間で姫乃お姉ちゃんが待ってるよ」

 そう言って困惑している俺の服の裾を掴んだままで、導くようにスタスタと歩き出した。

「ええと、もしかして陽菜子ちゃん?」

「…ふふ。そう」

「あ、やっぱり!こんちにちは。俺は篠原です。これケーキを持ってきたけど、陽菜子ちゃんは苺は好き?」

 無難なところを選んだんだけど、どうかなぁ?
 応接室に行くまでに長い回廊があって、左手は大きな窓が嵌め込まれていて、陽射しが惜しみなく降り注ぐなか、年齢相応の身長の陽菜子ちゃんは俺の顔をジッと見上げたままで、口許にほんのりと笑みを浮かべている。

「好き。私は苺も光太郎お兄ちゃんも好き」

「あは。嬉しいな」

 ニッコリ笑ったら陽菜子ちゃんはちょっとビックリしたように眠そうな目を見開いて、それからゆっくりと目線をもとに戻しながら照れ臭そうにボソボソと言った。
 こう言うところは、都築に似てるなぁ。やっぱ兄妹だもんな。

「でも、一葉お兄ちゃんも万理華お姉ちゃんも好きだよ。だから、光太郎お兄ちゃんが一葉お兄ちゃんと結婚するのは大賛成」

「いや、そこは思い切り反対してくれていいんだよ」

「?」

 キョトンっと見上げてくる陽菜子ちゃんに、思わずマジレスしてしまった俺は、慌てて何か話題はないかと首を捻った。

「都築のヤツ…じゃなかった、一葉くん?はお家でも俺のこと、その…嫁とか言ってんのかな?」

 一葉くんとか気持ち悪い呼び方したけど、都築本家で都築って呼ぶと誰のこと言ってるか判らないんだから仕方ないか。ここに都築がいなくて心底良かった。じゃないと、どんな顔でプゲラされるか判らないからね。

「うん。ずっと一緒にいたいんだって。死んじゃっても離せないからどうしたらいいかなぁって、よく私に相談してくるよ」

 都築!相手は小学生!!
 俺がアイツいったい何やってんだと頭を抱えそうになったところで、陽菜子ちゃんがマホガニーみたいなしっとりとした飴色に濡れて見える、手触りの良さそうな扉を開いて手招きしてくれたから、俺はノコノコとその室内に足を踏み入れた。
 個人宅の応接室なのにまるでベルサイユ宮殿みたいなロココ調の室内に、思わず吐血しそうになったけど、HPを削られるのはまだ待てと自分に言い聞かせていたら、傍らからススッと音もなく近付いてきた執事さんらしきお爺ちゃんにそっと声を掛けられた。

「お待ちしておりました、篠原様」

「あ、ど、どうも。あの、これお土産です…」

 こんな室内を見せつけられたら、確かに都築に手土産なんかいらねえよって言われた理由がよく判った。1つ700円前後のケーキなんか食べるのかな、ここの人たち。
 有難うございますと恭しく受け取った執事さん…執事さんもいるよね。お爺ちゃんはやはりススッと音もなく動くと、傍らに控えていたメイドさんにシンプルな白いケーキボックスを渡してから、ニコニコと俺を見つめている。
 知り合いかな?レベルの満面の笑みに、胡散臭さが入れば興梠さんだなとか勝手に考えていたら、ロココ調の豪華な椅子に腰掛けていた姫乃さんが嬉しそうに振り返って声を掛けてくれた。

「お待ちしてましたわ、光太郎さん」

「姫乃さん、お久し振りです。先日はどうも有難うございました」

「いいえ、宜しくてよ。あの出来事は全て一葉のせいですもの」

 ペコリと頭を下げると、姫乃さんはクスクスと笑いながら椅子を勧めてくれた。俺が恐縮しまくって椅子に座ると、姫乃さんは「ちゃんとお客様をお通しできたのね」と言って隣りに腰掛けた陽菜子ちゃんを褒めている。陽菜子ちゃんはちょっと嬉しそうに笑っていた。
 そんな2人を微笑ましく眺めている俺は、不意に声を掛けられた。
 あれ?誰かまだいたんだ。

「こんにちは。君が篠原くんかな?」

「あ、ご挨拶が遅くなってすみません」

 座ったままだと失礼だと思って立ち上がって頭を下げたけど、見下ろしたそのひとは、都築より随分と落ち着いて見えるものの、これまた高校生ぐらいの容姿にしか見えない青年だった。

「礼儀正しいね。ボクはそう言う人は嫌いじゃないよ」

 クスッと笑うそのひとは片手を差し出すようにして、どうぞ座ってと促してくれたから、俺はちょっと居心地悪い気持ちで、その俺と同じぐらい見事な黒髪と深い色を湛えた暗色の目をしたひとをコソッと見つめた。
 もしかしたら、都築の弟なのかな。都築は2人のお姉ちゃんと1人の妹がいる4人姉弟だって言ってたんだけど…弟もいたのかな。

「姫乃が言ってもちょっと疑っていたんだけど、なかなか純粋そうな顔をしているんだね。とても可愛いよ」

 ニコッと笑うそのひとの発言に、どこか馥郁と都築臭が漂っていて、間違いなく家族であることはよく判った。
 ヒクッと頬を引き攣らせたぐらいの時に、不意にバタンッと大きな音をさせて扉が開くと、都築と万理華さんが慌てたように入って来て、それから都築は俺が腰掛けている3人掛けの猫脚ソファにドカッと腰を下ろしてしまった。
 3人掛けなのに大男の都築がどっかり座ってしまうと2人でいっぱいになってしまって、俺の横に座りたかったらしい万理華さんがぐぬぬぬ…と都築を睨んで、「独活の大木だ!」とかなんとか、腹立たしそうにディスってから姫乃さんの横にちゃっかり座ってしまった。

「こらこら、万理華。女の子がそんな言葉遣いをしてはダメだよ。一葉もお姉ちゃんに譲ってあげたらいいのに」

「嫌だね。どうして姉だからって理由だけでこっちが退かなきゃならないんだ。断る」

 フンッと鼻を鳴らしてブツクサ悪態を吐く都築は、そのまま俺に凭れるようにして腕を組んだ。お前は背凭れに凭れろよ。重いんだって。

「さて、全員揃ったワケだけど、一葉。ボクは今日、君の恋人兼婚約者を紹介してくれると聞いて此処にいるんだけど…その人は何処にいるんだい?」

 青年はやわらかく双眸を細めて、都築家の長男を見つめている。
 万理華さんの例もあるから、もしかしたらこの人が長男なのかもしれないな。都築家には男子がなかなか産まれなくて、都築一葉はその待望の一粒種の男子ってことで、自由奔放に我儘が許される立場だ…って噂で聞いていたけど、違っていたのかなぁ。
 って言うか、紹介ってなんだ。
 恋人とか気持ち悪いってお前言ってたじゃねえか、婚約者ってなんだよ?!
 そもそも、俺は万理華さんと陽菜子ちゃんに会いに来ただけなのに…悪い予感がメチャクチャ当たってんじゃねえか!!

「は?何いってんだ、目の前にいるだろ」

「…目の前って、もしかして篠原くんのことかい??」

「篠原以外に誰がいるんだ?」

 都築が思い切り呆れたように鼻で息をして、凭れている俺の身体にスリスリと頬を擦り寄せてくるから気持ち悪い。つーか、ご家族の前で羞恥プレイをするのはやめろ。

「篠原くん…って君、彼は男の子じゃないか」

「ああ、それがどうかしたのか?」

 あれ?都築兄(?)は常識的だぞ。さっきの可愛い発言は、本当に冗談のつもりだったんだろうな。
 よし、この兄ちゃんにこっ酷く叱ってもらおう。
 ちょっと絶句する都築兄は、呆然としたように俺を見つめてきた。

「君はその、ゲイなのかい?一葉は昔から少しヤンチャなところがあってね。もし無理矢理何かされているのなら…」

「あの…」

「無理矢理なんかじゃねえよ。篠原の処女は初夜まで大事にとっているんだ。それに篠原はゲイじゃねえよ、バカか」

 ゲイじゃないです、都築にムリヤリ嫁とか言われてて困ってるんですって訴えようとしたのに、俺の口を塞ぐように都築が先にブツブツ言ってから、俺をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。バカはお前だろ。
 万理華さんにあからさまに対抗しているようなんだけど、離せ、都築兄が固まってるじゃねえか。

「え?え??処女って、彼は男の子だよ、一葉」

「何度も言われなくても判ってる。どうせ、都築は姫乃の子どもが継ぐんだ。オレはソイツが大人になるまで支えていればいいんだろ?その代り、オレが何をしようと口は挟まないって約束じゃなかったか、パパ」

 パパ?!

「パパって??ええ?!」

 俺がギョッとすると、都築兄…と思っていた人はやれやれと肩を竦めながら、驚く俺に困ったようにニッコリと笑ってくれた。

「一葉のパパだよ。宜しくね、篠原くん」

「よ、宜しくお願い…ええー?」

 どう見ても高校生ぐらいにしか見えないのに…俺がジッと都築を見てしまうと、不穏な視線を感じたのか、都築のヤツは胡乱な目付きをして「なんだよ?」と俺を見上げてきた。

「都築ってお母さん似なんだなぁと思って」

「はあ?ああ、パパは若く見えるからさ」

 なんだ、そんなことかと肩を竦めるのを見つめながら、若く見えるってレベルじゃないだろと独りで心のなかで突っ込んでみた。

「ルミはボクの唯一の光だったのに…その名の通り、儚く消えてしまったよ」

 悲しそうに肩を落とす都築パパに、姫乃さんが困ったもんだと眉を顰めて確りしなさいと言っている。これじゃあ、どっちが親か判らないね。
 都築のお母さんは都築がまだ小学生の時に亡くなったんだそうだ。
 陽菜子ちゃんのお母さんはその後に来た後妻さんらしい。しかも、姫乃さんと万理華さんのお母さんも違うひとらしくて…都築パパ、結婚しすぎ。で、離婚しすぎ。
 都築のお母さんとだけは離婚していないらしいから、後妻とは言っても、実際は認知だけで籍には入っていないらしいから、都築パパも爛れすぎ。

「篠原くんは一葉を愛しているのかい?」

 都築ママを思い出して鼻の頭を赤くする都築パパに聞かれても、俺は別に都築を愛しているなんて気持ち悪いことはこれっぽっちも想っていないって、この際ハッキリ否定しておこうと口を開いたら…

「当たり前だろ?何いってんだ」

 都築が否定させてくれない、と言うか、全面的に認めている。

「都築、おま!ちょ…ムグググ」

 んちゅーっとキスされて言葉を飲み込まざるを得ない俺を、都築パパは唖然としたように見つめてくるし、姫乃さんはあらあらと嬉しそうで、万理華さんは呆れたように肩を竦め、陽菜子ちゃんはニヤニヤしている。

「あれ?でも篠原って言ったら…篠原くんのご実家はもしかして、篠原製作所かい?」

「え、ご存知なんですか?」

 都築とのキスに耐性はあるものの、みんなの前での公開処刑は話が違うから、思い切り顔を押し遣りながらビックリして聞き返してしまった。
 あの小さい会社がこの大企業の社長に知れ渡ってるなんて…親父、何かあくどい事でもしてるんだろうか。

「そうか…篠原製作所の光太郎くんか」

「俺を知ってるんですか??」

 ちょっと驚いていると、オレから拒絶されてイラッとしたままギュウギュウと抱き締めている都築が、何故か都築パパを強烈に悪意のある陰惨じみた色素の薄い琥珀みたいな双眸で睨み据えたみたいだった。

「だったら仕方ないね。認めるよ。いつ入籍するの?」

「え?反対してぐえッ」

 いきなり認められてしまった俺が、そこは全力で反対だろパパ!と、思わず言いそうになったってのに、都築のヤツが後ろから満足そうに囲い込んだ腕に力なんか込めやがるから、最後に変な声しか出なかった。

「バカか。入籍は大学を卒業してからだ」

 軽く俺をディスってから、都築は満足そうにニンマリして都築パパに頷いた。

「ふうん。じゃあ、その前に姫乃を結婚させないとね」

「ちょ、ま…」

「上遠野もいい年だ。そろそろ認めてやれよ、パパ」

 勝手に進む話にウチの事情とか了承は必要ないの?!と言いたいのに、このビリオネア一家はヒトの話なんてこれっぽっちも聞いちゃいねえ。いや、聞いてもくれない。
 そんな俺の耳に衝撃の事実。

「え?!姫乃さんのお相手って上遠野さんなのか??!」

「もう、腹に子どもがいるんだぜ。なのに認めないとか、パパはちょっと横暴だよな」

 まるで影のようにひっそりと姫乃さんを護っていて、姫乃さんはそれが当然のような顔をして、ニコリとも笑いかけもしないあの2人が、まさか愛し合っているなんて!

「仕方ないだろ!上遠野は今年で43なんだぞ。28の姫乃を嫁がせるなんて…」

 ニコニコ笑っている都築姉妹すらもそっちのけで、うう…と涙ぐむ都築パパをうんざりしたように見遣りながら、都築のヤツは俺の肩口に頬を寄せると呆れたように吐き捨てる。

「40で18のルミを嫁にしたお前が言うな」

 40の時に都築ママと結婚したのか、前に都築が聞いてもいない誕生日をリークする時に、自分は両親が結婚した翌年に産まれたって言ってたから、それで計算すると都築パパの年って…

「パパさん、いま還暦?!」

「そうだよ?上遠野とはそんなに年が変わらないのに、パパって呼ばれちゃうんだよ!」

 おい、どう言うことだこれは。
 都築パパ、パパって言うのも烏滸がましいほど、見た目どうみても高校生だぞ。
 下手したら、都築をパパって呼んだほうがシックリきそうなのに。
 なんか、どっかの漫画家のレベルの若さだよな…

「パパって呼ばれるだけ有り難いと思え。どうせ、上遠野のことだ、パパのことなんか『社長』って真顔で言うに決まってんだろ」

 愕然とする俺を無視した都築の台詞に、鼻の頭を赤くてズビッと鼻を啜った都築パパは、それもそうだけどねぇとまだ納得していない顔をしているけど、結局、都築と俺の入籍を決めるのであれば先にお姉さんの姫乃さんを嫁がせるのが道理だと考えているみたいだ。

「でも、一葉のことだから光太郎くんと海外で派手に挙式するんでしょ?だったら、その前に姫乃と上遠野の挙式も派手にしないと。姫乃はお姉ちゃんだからね」

 姫乃さんをメロメロに溺愛していると言う噂は本当のようで、都築パパはうっとりと幸せそうに姫乃さんを見つめながら言ったけど、すみません、言っている意味が判らないです。
 あなたもさっき仰ったように、俺は男なので、海外で派手に都築と挙式する予定は今のところは全然ありません。

「パパさん、俺はつづ…一葉くんと挙式する予定はないです!」

「お前、初めて名前を呼んだな…今日は帰りにホテルで食事をしよう」

 なんだかちょっとビックリしたような顔をしていた都築は、どう言ったワケかもうさっぱり判らないけど、薄っすらと頬を染めて俺の手なんか握ってきやがる。気持ち悪い!
 都築一家勢揃いのところで都築はないだろうが!
 名前を呼んだだけなのに、どうして話しをややこしくしようとするんだッ。

「…婚約者とは言ってもまだ学生なんだから、犯りすぎないようにね」

 何時も通りの気安さでうっとりした目付きでキスしてこようとする口を抑えて必死で抵抗する俺に、都築パパは溜め息混じりの冷水を浴びせかけてくれる。
 俺は都築と…練習とか言って尻に指を入れられたり、フェラさせられたりされたり、顔射されたり、平気でキスされたり外で恥ずかしげもなく手を繋がされたり、死ぬ時は一緒で死んだ後も一緒にいるとか気持ち悪いことを言われたり、閉じ込めてずっと2人でいたい(最近新たに追加)とか言われたけども、別にエッチは犯っちゃいない!
 それに婚約なんてしてないッ!

「バーカ、篠原の処女は大事にとってるって言っただろ?コイツは他の連中どもとは違うんだ」

「…そうなのかい?」

「だったら、セックスはどうしてるのよ?一葉ちゃんは溜まり過ぎるとちんちん痛いって泣くじゃない」

「泣くかよ。そりゃ、セフレと犯ってるに決まってんだろ」

「え?!」

「はあ?!」

 皆さん、小学生がいるんだから!
 なんで由緒正しき血筋でビリオネアの都築家だって言うのに、こんな爛れた会話を平気でしているんだ。子どもの前で!!
 そもそも、参戦した万理華さんもちんちんって!!
 俺がアワアワと陽菜子ちゃんを気にしていると言うのに、当の陽菜子ちゃん本人は、万理華さんたちと同じように、まるで雷に打たれでもしたようなショックを受けたように都築を見開いた目で見つめ、それから何故かお兄ちゃんを憎々しげに睨み据えたりしたんだ。

「…一葉お兄ちゃん、サイテー」

 姫乃さんの横に腰掛けている陽菜子ちゃんは、姫乃さんの腰に腕を回して抱き着きながら、お兄ちゃんを汚いものでも見るような目付きで吐き捨ててくれた。
 よく判らないけど、スカッとするな。
 たまには都築は凹むべきだよ。内容は別として。

「はあ?何故そんな目で見られているんだ??どうしてサイテーなんだよ??」

「…光太郎くんと言うヒトがありながら、セフレはないよね」

「一葉ちゃんに清廉潔白なんか求めていないけど、光太郎ちゃんの前でそれはないんじゃないの?心は光太郎ちゃんに、でも身体は可愛いセフレたちにくれてやるってこと?サイテーじゃない」

「???」

 都築は本当に都築パパや万理華さんが言っていることが判らないようだった。
 性に奔放だったし、それに何より、都築は別に俺に心を寄せているワケじゃない。何かよく判らない、得体の知れない執着から俺を構い倒しているに過ぎないんだ。
 だから、都築が彼らの言葉を理解できなくても仕方ないんだよ。
 俺自身、別に都築が誰と何処で何をやっていようと気にならない。不意に懐いてきた大きな犬ぐらいにしか思っていないからね。
 俺は困惑して二の句が告げられない都築をソッと見遣ってから、それから溜め息を吐いて、蚊帳の外から蚊帳の中に入ることにした。

「すみません、パパさんと万理華さん。つづ…一葉くんは別に俺のこと好きでもなければタイプでもないんです。だけど、どう言うワケか俺を嫁にとかワケの判らないことを言ってるんですよ。だから、好きでもない俺に操なんか立てたりしないです。そんな理由で、今言われている意味が判っていないんだと思います。それと、つ、一葉くんにもちょうど良かったので、皆さんの前で言わせて頂きます。俺は別に彼と入籍する気もなければ婚約する気もありません」

「巫山戯んなッ」

 巫山戯てるのはお前だろ。都築家の絶対君主の前で何を宣言してやがったんだ。
 さっきは言えなかったけど、やっと言えるんだから全部否定しておく。

「別に巫山戯てないだろ?じゃあ、お前。お前は俺のことが好きなのか?」

「…それは」

 何時ものような即答は返ってこなかったけど、それでもやっぱり言い淀むところが正直者なんだよな。別に嫌いじゃないけどさ。

「だろ?何度も言うけど、俺は好きな人と結ばれたい。ちゃんと愛し合ったヒトと結婚したいんだ。だから、パパさんに勘違いされちゃ困るんだよ」

 都築のヤツはグッと唇を噛み締めて、それから困惑したように俺を見下ろしてきた。
 そんな目をしてもダメだ、この場でちゃんと断っておかないと、後々絶対に大変なことになる。

「…一葉、お前は光太郎くんを愛しているワケじゃないのか?」

「それは!」

「なあんだ!だったら、心配して損しちゃった。これで心置きなく、光太郎ちゃんにアタックできるのね」

 万理華さんが畳み掛けるように言った言葉で、都築はもうダメだった。
 いきなり俺を肩に担ぐと、目を白黒させている都築一家に怒り心頭で吐き捨てたんだ。

「巫山戯んな、お前ら!オレがコイツを好きでもなんでもなくても、オレが自分のモノにするって決めたらオレのモノなんだよッッ」

 なんだ、その理不尽な物言いは!

「バ、都築!俺は認めないからな、そんなの…」

「煩い、黙れ!お前はオレのモノだッ」

 不意に都築の必死さに、俺は言葉を失くして眉を寄せた。
 だって、好きでもタイプでもないくせに、どうしてそんなに荒ぶってるんだよ。お前なんか、誰だって選り取り見取りだろう。相手は俺じゃなくてもいい、いや、心も寄せられない俺じゃないほうがいいに決まってるのに、どうしてそんなに必死になってるんだよ。
 お前、バカじゃないのか。
 俺たちが都築の剣幕に困惑して一瞬黙り込んだ時、不意に軽やかな声音でクスクスと誰かが笑ったみたいだった。
 声の方向に顔を向けたら、それは紅茶と、何時の間にか俺が持って来ていた苺のケーキとカヌレに舌鼓を打っていた姫乃さんだ。

「困ったものね、一葉」

「…何がだよ?」

「長いこと遊んでばかりいるからそんな大事なことにも気付けないのですよ」

「…煩い」

「だってあなた、光太郎さんが初恋なのでしょう?」

「ぐっは!」

 思わず吐血しそうになる俺を肩に担いだままで、猛然と憤っている都築は姫乃さんに悪態を吐いてからそのまま帰ろうとしていたんだけど、俺を吐血させかけた台詞に眉を寄せると足を止めて、不機嫌そうに姫乃さんを振り返った。

「はあ?」

「だから、自分の気持ちすらも判らずに光太郎さんを傷付けているのよ。想像してごらんなさい。属が光太郎さんを愛していると言って、光太郎さんも求愛を受け入れたとします。その時のあなたの心は今、どうなっていますか?平気?なんてこともない?…いいえ、違うでしょう。荒れ狂って苛立たしくて信じられなくてどろどろとした憤り…でも、そのなかに引き千切れてしまいそうなほどの、涙が溢れてしまう痛みがあるんじゃなくて?…一葉、それが恋というもので、愛すると言うことですよ」

 淡々とした姫乃さんの台詞に、ポカンッと目を見開いていた都築は、それからまるで目からポロポロと鱗でも零したのか、キラキラした双眸で担いでいた俺を下ろしてジックリと見下ろしてきた。
 嫌だ、なんだこの展開。
 これは絶対にあってはならない方向に話が転がっている。
 俺の危険ダメ絶対アンテナがビンビン不穏な空気を感じで、今すぐ逃げろと言っている。
 逃げたい、走り出したい!!
 この間、僅か数秒だったに違いない。目まぐるしく怯える俺の目を見据えて、都築が頷いたみたいだったけど、不意にハッとして、それからムスッと不機嫌そうに眉根を寄せたから、逃げ出したい俺は別として、都築姉妹と都築パパは首を傾げたみたいだ。

「だったとしても、オレは別に篠原に恋なんかしていないしタイプでもないんだ。ムリヤリ押し付けるのはやめろ」

 何時もの都築節に俺はホッとしたけど、ほんの少しだけど、ちょっと納得ができなかった。そんなに好きでもない相手なのに、都築家みたいな大富豪でもない町工場の冴えない普通よりちょっぴり貧乏な俺んちとの政略結婚とかでもないのに、どうして都築は俺のことを嫁にしたいとか一緒にいたいとか、棺桶まで一緒で、生まれ変わるなら一緒に生まれ変わりたいとか気持ち悪いことを言うんだろうか。
 全く頑なねと苦笑する姫乃さんや、コイツ何いってんだって表情の万理華さん、都築パパはもう困惑しっぱなしだけど、とうの都築は俺を射殺すぐらいの凶暴そうな目付きで見下ろしてくるだけで何も言わない。
 言わないというか、言えないような感じだ。

「…じゃあ一葉は、過去の罪悪感だけで光太郎くんを嫁にしようと思っているのかい?」

「え?過去の罪悪感??」

「違うッ」

 キョトンっとする俺の傍らで、都築が慌てて困惑している都築パパに食って掛かった。

「光太郎くんは…そうか、忘れてしまっているんだね。高熱が続いたから記憶に齟齬があるかもしれないと、篠原さんも仰っていらしたから」

「…高熱?って、俺が子どもの頃、工場の機械で腕を痛めたことを知っているんですか?」

「知ってるも何も、その原因は一葉だったからね」

「え…?」

 都築はこんな展開になると思っていなかったのか、唇をキュッと噛み締めてからまるで観念したようにどこか痛いような表情で俯いてしまった。

「君のご実家の工場とうちの子会社が提携を結んでいてね。ボクは関連企業などにこっそり視察に行くのが好きで、ちょうど融資の相談があったそうだから、その内情の確認も兼ねて学校が休みだった一葉を連れて旅行がてら九州に行ったんだよ。あの頃から一葉は悪ガキで。大人の退屈な話に飽きてしまったんだろう、独りで勝手に工場内を探検してしまったんだ。今と一緒で護衛を撒くのがとても上手でね、お祖父様は彼を忍者だって思っていたぐらいで…だからあの日も、みんなで一生懸命捜しているところに、当の一葉が大泣きで現れて君を助けてくれって言われて駆けつけたら」

 言葉を切った都築パパは当時の凄惨な現場を思い出したのか、申し訳無さそうな双眸で俺をジッと見つめてきた。
 まるで霧がパッと晴れたみたいに、俺の脳裏に鮮やかに蘇る綺麗で可愛い可憐な少女の泣き顔、彼女を庇った俺は右腕を機械に挟まれて血まみれで、あの噎せ返るような血の匂いのなかで必ず責任を取るから死なないでと彼女は泣きじゃくっていた。

「あ…ははは、あの子、そっか。あの子が都築だったのか」

「オレは、その、責任を…」

 ボソボソと歯切れ悪く言い淀む都築に、俺は自分の右手を見た。
 一級のお医者さんのお陰で醜く残るはずの傷痕は綺麗に消えていて、ただ、目には見えないし、パッと見では判らない、指先にかすかな震えが残る後遺症がある。
 ふとしたときにモノを落としてしまう程度で、それほど大袈裟なものじゃない。
 ただ、その後遺症で職人としての後を継ぐことができなくなったから、俺は経済学部に進学して、経営の方で親父を助けようと思ったんだ。
 それを10年以上も気にしていたのか、なんだ、そうだったのか。
 それで都築のこの異常な執着の意味が判った。好きでもタイプでもないのに俺を欲しがって独占したがるこの異常な執着の…意味が判ってしまうとなんとも呆気なくて、過去の罪悪感に縛り付けられたままで、だからお前、何も楽しいことがないなんて、つまらない日常だなんて気持ちになってしまっていたんだよ。
 今にして思えば、あの一級のお医者さんは都築家が用意してくれたんだな。
 そこまでしてくれてるのに、バカだな。
 だったらもう、俺が許そう。
 そうして、都築が都築らしく生きられるように、本当に好きな人と愛し合えるように。

「前にお前が言っていたように、ホント、チビの頃のお前って可愛かったよね。俺ずっと、女の子だって思ってた」

 アハハハっと明るく笑うと、少し暗くなりかかっていた雰囲気が…って、それで姫乃さんたちも俺をあんなに気遣ってくれていたんだなぁと思ったら、なんだかとても申し訳ない気持ちになってしまう。

「なんだ、じゃあもういいよ。ほら見ろよ。俺の手はどこもおかしくないだろ?グーパーもできるよ。光景じたいはトラウマレベルのショッキングなものだったかもしれないけどさ、俺も問題なく成長してるし、都築が気にすることなんか何もないんだよ。だから、もう気にしなくていい。こんな好きでもタイプでもないヤツのことは忘れてしまっていいんだ」

 何だかどこか痛いみたいな表情のままの都築の前で、俺はニッコリと笑って両手を結んだり開いたりしてみせた。

「都築…長いこと縛っててごめんな?ずっと心配してくれてて有難う。でも、俺はもう大丈夫だからこれで終わりにしよう」

 俺はグイッと都築の頬を両手で包んで引き寄せると、額に額を合わせて、今にも泣きそうなツラをしている情けない大男の双眸を覗き込んでニコッと笑って言ってやった。
 意外と心配性だってことはずっと一緒にいて判っていた。その性格も、俺とのトラウマで刻み込まれちゃったんだなぁ…可哀想なことをしてしまった。
 首に腕を回してギュッと抱きしめてやると、都築は応えるように背中に腕を回してギュウギュウと抱き締め返してきた。

「ごめん、篠原。ずっとオレ、言えなくて。言ってしまったらお前が離れていくと思ったから…」

 謝ることもしていない…って都築がらしくなく声を絞るようにして言うから、バカだなぁと俺はやっぱり笑ってしまった。

「全然気にしてないって!だから、お前も忘れていいんだよ」

「忘れるもんか、絶対に忘れない…でも、許してもらえてよかった」

 ほんのりと目尻に涙を浮かべた都築が、らしくなく素直にホッと息を吐いているのが、ちょっとだけど可愛いなと思った。
 このワンコみたいなヤツは、これでやっと前に向かって歩きだすことができるんだろう。

「良かったわね、一葉」

「一葉お兄ちゃん、良かったね」

「罪悪感がなくなったらもういいんでしょ?だったら、光太郎ちゃんに改めて交際を申し込んじゃおうっと」

 都築姉妹はそれぞれ思い思いのことを口にしているし、都築パパは俺のことを「なんていい子なんだ」と、涙脆くウッウッと泣いているみたいだ。
 都築は俺をギュウギュウ抱き締めたままでうっとりと双眸を細めている。
 安心して気が抜けちゃったのかな。

「それじゃあ、もう婚約とかなんだとか、気持ち悪い話はこれで無しでいいよね」

 ポンポンッと背中を叩いて宥めてやりながら言ったら、不意に都築は身体を僅かに離して俺の顔を見下ろしながら、妙にスッキリしているくせに困惑しているような表情で首を傾げてきた。

「はあ?どうしてそうなるんだ。婚約はするし、大学を卒業したら入籍もするぞ」

「…………は?」

 え、だってお前、過去の罪悪感で俺に執着を…

「子どもの頃のことは許してもらえて良かったよ。あのことが引っ掛かって入籍されないとかだったらどうしようかと懸念してたけど、お前が気にしていないなら良いんだ。婚約も入籍も、それとこれとは話が別だからさ」

 安堵したように溜め息を吐いたあと、都築はもういつもの都築に戻っていて、いや、さらに何かパワーアップしたツラで嬉しそうに宣言してくれやがった。
 だから、俺は恐る恐る聞いたんだ。

「……都築さん?君は俺に罪悪感があるから、責任を取って嫁にするとか、そんなちょっとアレなことを考えたんじゃないのか?」

「ああ、昔はそうだったな。だからパパにも言っていたんだ。オレが結婚するのは篠原光太郎しかいないってさ」

 都築パパはグスッと鼻を啜りながら、親指を立てて「そのとおり」とか言ってる。
 大企業の社長さんが、そんな茶目っ気出してどうするんですか。

「だったら、もう全部解決したんだから責任を取る必要なんてないだろ?」

「ああ、その件ではな」

「その件では…って、他に何があるんだよ?」

 愕然として聞くと、都築は何いってんだとでも言いたそうな、訝しげな表情をして俺を見下ろしたまま言いやがった。

「オレがお前と一緒にいたいってことだ。それはずっと言ってるじゃないか」

「……???」

 もう何がどうしてこうなっているのか、バカな俺の頭じゃサッパリだったけど、ちょっと閃いたから、軽く笑いながら言ってみた。

「あ、そっか。じゃあ、友達だ。友達でいいだろ?別に入籍とかそう言うのはなしで、友達で一緒にいたら十分じゃないか」

「……友達はダメだろ」

 都築の即答に、ニッコリ笑ったままで固まった俺は首を傾げた。

「なんでだよ?一緒にいたいだけだろ??」

「友達とセックスしたらセフレじゃねえか。それに、前も言ったけど。オレはできるならお前を閉じ込めて、ずっと2人きりで一緒にいたいんだ。死ぬ時も一緒がいい。棺桶にも一緒に入りたい…それなのに友達だったら、お前が別のヤツなんかと結婚しやがったら一緒にいられなくなるだろうが」

 ちょいちょい不穏な台詞が挟まれているけど、結果的に都築は、過去の罪悪感にも囚われていたけど、それとは別の次元で俺とべったり一緒にいたいと思っているってことか?なんだそれ。

「お前さぁ、俺のことで10年も罪悪感を抱えていたから、根本の部分が捻じ曲がっちゃったんじゃないか?罪悪感を一緒にいたいって勘違いしてるんだよ」

「あ、それはパパもそう思う」

 俺たちの会話を紅茶を飲みながら興味津々で聞いていた都築家の面々の、この場の長である都築パパが気軽に同調してくれたけど、都築の射殺すような目付きに言葉を飲み込んでしまった。パパ、頑張って!

「それは違う。罪悪感は確かに感じていたけど、あの一件の前にオレはお前に会ってるんだよ。その時から気になっていたから、あの一件は謂わばオレにとって、お前に近付けるチャンスになった。だから、あの事件だけでお前を気にしてるってワケじゃない」

「…へ?」

 俺んちはちっぽけな町工場で、でもその腕前は実は世界にも通用できると評価が高いらしくて、よく色んなひとが来ては親父と話しをしていた。都築パパは視察が好きだとか言ってたから、あの一件の前にも幼い都築を連れてうちの工場に来たことがあるのかもしれない。

「でもよかったよ。お前にトラウマを残したあの事件を許して貰えたんだ、これで心置きなくお前を嫁にできる。パパ、あの約束は守ってくれよ」

 子どもの頃に約束させたっていう、嫁は篠原光太郎のみってアレか。

「…うーん、仕方ないね。光太郎くんはとてもいい子だし、一葉はバイだからね。男の子とも添えるのなら、ボクは君たちの入籍を許してあげるよ」

 許さないでってば、パパ!
 たとえ姫乃さんのお子さまが次期後継者とは言っても、都築はこの家の長男なんだよ!
 昔気質の古い考えかもしれないけど家督を継ぐとか、都築家はちょっとフリーダムすぎるよッ。
 って言うか大金持ちってホラ、ドラマでもよくあるけど、政略結婚とかさせなくてもいいのか?それとも、ビリオネアにでもなると向こうからすり寄ってくるから、却って自由に結婚できるとでも言うのか…ハッ!パパも奔放だった!

「よし。じゃあ、今度は篠原の実家に挨拶に行かないとな」

「待て待て待て待て!ちょっと待ってくれ。俺は認めてないってば!」

「オレの何が不服だって言うんだ?お前の望みならなんだって叶えてやれる。パパや親戚連中にガタガタ文句を言わせないように、オレ個人の会社だって持った。そこから得た収入でお前を養うんだ。文句を言われる筋合いもないんだぞ?」

 パパもそう思う…とか認めないで!そこで地味に頷いてないでよ都築姉妹!

「だから、俺は別に養って欲しくなんかないって」

 俺の右手をヒョイッと掴んだ都築は、思わずこっちがトゥンクってなるほど優しげな、言葉は違うかもしれないけど、愛しげに双眸を細めて俺を見つめたまま指先にキスしてきた。

「この右手は俺のために傷付いた。ずっとこの右手を抱えてお前は生きていくんだ。だから、オレはその傍らで、ずっとお前に寄り添っていたい。お前の右手の代わりにだってなる」

 だからオレと結婚してくれ…と、都築は甘やかに俺にプロポーズしてきた。
 おい、こんな都築一家勢揃いの家族全員が見てる前でやめてくれ。
 全然ドキドキしないぞ、違った意味で心臓がバックンバックンしてるけどさ!

「俺の右手は俺の右手がちゃんと可動しているので結構です!」

「何故だよ?!」

 都築にしてみたらとっておきのイケメンオーラだったんだろうけど、男の俺にはこれぽっちも効かないんだってこと、どうして気付けないんだろうか。
 これなら篠原を落とせるはずなのに!って、都築がブツブツ悪態を吐きながら抗議してくるから、俺は溜め息を吐きながら首を左右に振って言い返した。

「お前、根本が解決していないだろ?!俺のこと好きでもタイプでもないのに結婚とか…いや、結婚になっちゃってるなこれ?!入籍とかしないよッ」

「それは仕方ないだろ!お前さぁ、前も言ったけど、オレを逃すとちゃんとした結婚とかできないぞ。親の勧めなんかで40過ぎぐらいで見合い結婚してみろ、バツイチ子持ちならまだいいけど、メンヘラとか事故物件だったらどうするんだ?そんなお前が可哀想だから、オレが嫁にもらってやるんだ。有り難く思え」

「都築、お前ぇ…」

 最凶の事故物件が何をほざいてるんだよ!
 そもそも、好きでもなければタイプでもないから、そうやって気軽に俺をディスれるんだよな。そう言うヤツとこの先の長い人生を、どうして一緒に歩いて行けるなんて思ってんだお前は。

「光太郎くんには食事を作ってもらいたいから、できれば実家で一緒に暮らして欲しいなぁ」

「姫乃がお嫁に行くからって、いきなり実家暮らしなんて光太郎ちゃんが可哀想よ」

「光太郎お兄ちゃんは陽菜子とお菓子を一緒に作ってくれるかなぁ」

「いいお義姉さんになってくれたら良いですわね」

 姫乃さん、お義姉さんじゃないし!
 俺は男だ!お義兄さんだ!!…は、違うッ。
 だいたい、既に嫁認定で勝手なこと言わないで!

「…そっか。俺が40過ぎで見合い結婚しそうな幸薄そうな顔をしているから悪いのか。だったら都築が同情して俺を嫁にするとか気持ち悪いこと言って、都築一家がそれを何故か受け入れて、派手な勘違いをしても仕方ないんだな。うん、判った。断固として断る!」

「巫山戯んな!来月には篠原の親父さんが退院するから快気祝いがてら九州に行くからなッ」

「お前また勝手に…って言うか、どうして俺より俺んちの事情を熟知してるんだよ?!」

 来月退院なんて聞いてないぞ。
 それよりも都築と一緒に九州に帰るとか有り得ないからな。

「光太郎くん、どうか一葉を宜しくね。この子はちょっと頑固だから、君以外に手綱を握れるヒトはいないって納得できました」

 よろしくしないで、納得もしないでパパ!

「一葉がそれだけ執着してるんじゃ仕方ないわよね。大学卒業を待たずにもう結婚しちゃったら?」

 万理華さん、大学卒業しても結婚しないってば!

「都築光太郎とか素敵じゃねえかよ。オレの家族からは認められたんだし、これで文句はないだろ」

 都築はいろいろと間違っている都築家に愕然としている俺を、人を喰ったような、不思議の国のアリスのチェシャ猫みたいにニンマリと笑って覗き込んでくると、そんな出鱈目なことを言いやがった。

「あとはお前の両親に認めてもらえれば、もうお前も素直にオレの嫁になるしかないな?」

 よくよく見れば都築の双眸は笑っていないし、その声音はかすかに低い。
 そうかコイツ、さっきの断固として断る発言を地味に怒ってるんだな。
 怒りたいのはこっちなのに、どうしてだろう、都築の色素の薄い琥珀のような双眸を見つめていると、なんとなく両親にも周到に根回しされているんじゃないかって不安になる。
 俺のことを好きでもなければタイプでもない都築の、滴るような執着に、その時になって漸く俺は、都築が本気で俺を嫁にしようと企んでいるのではないかと思い至り、これは由々しき事態ではないかとバカみたいに危険をヒシヒシと感じまくっていた。
 ずっと、こんなこと言ってても、御曹司の質の悪い冗談だとばっかり思っていたんだよ。
 都築の背後で姫乃さんの結婚式と俺たちの結婚式を同時に挙げてはどうか、国内外を問わずに多くの参列者を募れば、賑やかで家族円満のアピールにもなるとかなんとか、ニコニコ笑っている姫乃さんや俺たちを無視した会話に盛り上がる都築家の面々も、なんとなく魑魅魍魎の類なんじゃないかと青褪めた俺は、取り敢えず気持ち悪い都築の脛を蹴っ飛ばしていた。

□ ■ □ ■ □

●事例16.都築家が俺についての認識をいろいろ間違えている(俺は嫁じゃない)
 回答:お前さぁ、前も言ったけど、オレを逃すとちゃんとした結婚とかできないぞ。親の勧めなんかで40過ぎぐらいで見合い結婚してみろ、バツイチ子持ちならまだいいけど、メンヘラとか事故物件だったらどうするんだ?そんなお前が可哀想だから、オレが嫁にもらってやるんだよ。有り難く思え
 結果と対策:…そっか。俺が40過ぎで見合い結婚しそうな幸薄そうな顔をしているから悪いのか。だったら都築が同情して俺を嫁にするとか気持ち悪いこと言って、都築一家がそれを何故か受け入れて、派手な勘違いをしても仕方ないんだな。うん、判った。断固として断る!

15.買い物に一緒に行ってみたらいろいろおかしい  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 講義が終わってやれやれと教本やノートなんかをデイパックに突っ込みつつ帰りの用意をしていたら、都築が相変わらず不機嫌そうな顔をして近付いてきた。
 前に先生事件で都築のべったりがバレたとは言え、大学ではあんまり関わらないようにしている都築が自分から近付いてくるのは珍しいから、俺は190超えの長身の大男を見上げながら首を傾げた。

「よう、都築。珍しいな。どうしたんだ?」

「おう。買い物に行くぞ」

「ん?」

 買い物に行こうと思うんだけど、お前も一緒に行かない?が正しい誘い方じゃなかったっけ。
 自分が買い物に行く=篠原も無論ついてくる○…って、この考え方は間違ってるんだからな。
 ニッコリ笑った顔のまま俺が固まっていると、都築は怪訝そうに眉を顰めて不遜な態度で見下ろしてくるから殴りたくなる。

「ふーん、行ってらっしゃい」

「バーカ、お前も一緒に来るんだよ」

「えー…どうして俺がお前なんかと買い物に行かないといけないんだよ?」

 都築が行きそうなところと言えばお洒落な服屋とかお洒落なデパートとかお洒落な…なんかそんなところだろ?できれば肩が凝りそうだから一緒に行きたくないなぁ。

「バカか。デートだろうが」

「…ははっ!そう言うことはセフレとどうぞ」

 思わず乾いた笑いで噴き出したけどよく考えたら気持ち悪かったから真顔になって、俺が片手を振りながら講堂から出ようとすると、都築は後を追いかけてきて唇を尖らせたみたいだ。
 女の子が見たら可愛い!と思わず頬を染めて瞳をキラキラさせる仕草も、男の俺から見たらただ単に我儘なガキが不貞腐れているようにしか見えない。だから、そんな態度をとってもダメなんだからな。

「姫乃と万理華が言ってたんだよ。嫁にするならまずはちゃんとお付き合いしろってさ」

 あの都築お姉ちゃんズは何を弟に吹き込んでいるんだ。
 コイツがまたアレほどセフレだなんだと爛れた生活を送ってきたくせに、恋愛事になるとまるきりのピュアッピュアなもんだから、判らないことや困ったことがあると、だいたいお姉ちゃんズや年端もいかない小学生の妹に助言をもらうってんだからどうかしてるよね。
 お姉ちゃんズはまだいい。
 11歳の陽菜子ちゃんに恋愛相談をするってどうなんだ。ハイスペックのイケメンとしては許されることなのか??

「付き合うと言ったらデートだろ?…オレがちゃんと付き合ってたと言っても、飯を食ってセックスするぐらいだったし、セフレとも同じようなモンだったからさ。デートとかよく判らないから、お前と精神年齢が近い陽菜子にも聞いてみた」

「…」

 そりゃね、陽菜子ちゃんは大人っぽいよ。だからって10代後半の俺と小学生の陽菜子ちゃんの精神年齢が近いってのはどう言うことだ。
 抜群に頭がいいくせに言葉の選び方がおかしいお前が、たとえ天才でもその色素の薄いやわらかそうな頭髪に覆われた頭をぶん殴ってやろうか。

「デートって言うと陽菜子は彼氏と買い物に行くんだと。途中で映画を観たり、パンケーキの店に行ったりするんだそうだ。それで、幾つかパンケーキ屋をピックアップしてみた」

 肩に引っ掛けているお洒落(失笑)な鞄からタブレットを取り出した都築は、俺と肩を並べて歩きながら、ピックアップしたと言う店舗の掲載されたページを見せてくる。

「ここのカワイイモンスターカフェってのがいいらしいけど、お前行きたいか?」

「え?こんなにお洒落な店がある中から、よりによってどうしてそんな男2人で入るには敷居の高い可愛らしい店を選ぶんだ??」

「はあ?別に敷居なんか高くないだろ。お前、何気に可愛いものが好きじゃないか」

 弟が(クレーンゲームで取ったはいいけど始末に困って)くれたキイロイトリのクッションとか、百目木が(サークルの飲み会で当てたはいいが始末に困って)くれたコリラックマの枕カバーとか、高校時代にクリパで引き当てた巨大リラックマのヌイグルミの件についてなら何も言うな。

「じゃあ、まあ一番人気のここに行ってみるか…」

 ブツブツ悪態を吐く都築はタブレットで場所を確認するとバッグに仕舞い、ちょっと楽しそうな仏頂面をしている。

「別に俺、お前と買い物に行くとは了承してないんだけど…」

「はあ?!今日、バイトない日だろッ」

「そりゃそうだけど…って、ホント、お前って俺のバイトのスケジュールを見事に把握してるよな」

 そんなの当たり前だろと、全然当たり前じゃないのに拗ねたみたいに不機嫌になる都築に、俺は半ば呆れながら肩を竦めた。

「…都築はセフレと飯を食ってからゴニョゴニョって言ってたけど、こんなお洒落なカフェには行かないのか?あ、あの華やかグループとかともさ」

「あー…たぶん、行ってるんじゃねえか?」

「んん??なんだ、その返事」

 今日はウアイラだと動きづらいから電車にするかと、電車なんて庶民の乗り物には乗らないんだろうと思っていた俺の認識を打ち砕きつつ、珍しく最寄り駅まで歩きながら都築は面倒臭そうに頭を掻いている。

「セフレと会う時は溜まってるからセックスが目的だろ?それに大学の連中とはレポート絡みとか、それぐらいの付き合いだから店に入っても殆どスマホしか見てねえんだよ。会話も店内にも興味ないしさ」

 そりゃあ、なんとまあ。
 もちろん、何処に行く?にも適当に返事をしてるから店名も覚えていないんだろう。

「アイツ等と適当に話しを合わせて、注文したモノを食ってりゃ時間は過ぎるしさ。最近はそんなことをしてるのが時間の無駄だって判ったから、そんな時間があるのならお前の観察をしているほうが充実しているから誘いも断るようにしてるんだ」

「…それで、最近まっすぐに俺んちに来てるのか」

 絶句していた俺は、ここ数日の都築の動向の意味を知ることとなった。

「そうだ。よく考えたらオレ、連中といてもスマホでお前のことばかり観てるしな」

 いや、おかしいだろそれ。
 都築の気を惹きたいセフレや、華やかグループの連中にしてみたら、そこに都築がいるだけで嬉しいんだろうけど、当の本人は会話も上の空で俺の動画や画像をみてるなんて知ってみろ、期待外れに思い切り凹むんじゃないか。
 外でも動画や画像をみられていると知った俺は、気持ち悪くて鳥肌が立ってるけどな。

「都築さぁ、友達やセフレといるときぐらいは、ちょっと俺から離れよう?動画や画像なんかは家でもみられるんだしさあ」

「…」

 都築は一瞬だけどポカンとした間抜け面をして、それから、ああそうか…と、1人で何事かを考え込んでいるみたいだったけど、納得いっていないように首を左右に振ってから、拗ねたように唇を尖らせてブツブツと言うんだ。

「家には本物がいるんだから動画や画像はみないだろ。外でもみてないし」

「へ?じゃあ、何のために撮ってるんだよ。と言うか、セフレや華やかグループと一緒にいる時に何を見てるんだ??」

 改札を抜ける頃には都築の周囲には女子高生とか、仕事中っぽいお姉さんなんかがチラチラ気にしている風にこちらの様子を伺っているけど、都築はそれらの視線をいっそ潔いぐらいキッパリと無視して、いつものことだけど俺を視姦レベルの凝視で見つめてきながら頷いた。

「防犯カメラの映像をリアルタイムで観てるに決まってるだろ?アイツ等と話しててもつまらないし、セックスしてる時もお前のことが気になるしさ」

 監視カメラか!!
 せめてエッチの間はやめろ!!!

「お前がバイトに行ってる時も、店舗のカメラをハッキングさせてるからリアルタイムで映像が観られるぞ」

「ぐはっ」

 すげえ渾身の一撃で吐血しかかったけど、お前何してくれてるんだ。

「都築、は・ん・ざ・い。犯罪って言葉判るか??監視カメラのハッキングは犯罪なんだぞ?!」

「…何いってんだよ。個人で楽しむ分は許されるに決まってるだろ。別にネットに垂れ流してるワケじゃねえんだし」

 お前はバカかとでも言いたそうな都築の呆れ顔に、あ、これはダメな子だと即座に理解できた。何を言ってもこのダメな都築は意に介さない。
 ヘンなところで頑固だから、言い出したらきかない都築は、巫山戯たツラをして俺をバカにしたように見下ろしてくる。
 くそ、くそ!横っ面を引っ叩きたいッ。

「お前がコンビニで働いているところと、倉庫で働いているところはハッキングしたカメラで録画しているんだ。『村さ来い』は店内に防犯カメラがないからさ、直接行って撮影してる」

 知りたくもなかった事実が次々と並べ立てられた俺が思わずその場に力が抜けて蹲りそうになった時には、お目当ての電車がホームに滑り込んできて、俺の腕をグッと掴んだ都築に「ほら行くぞ」と促されて引っ立てられた時にはもう、悔しいかな、御曹司様とのお買い物同行プランは実行に移されちまっていた。

□ ■ □ ■ □

 電車に揺られながら大男の都築を見上げていると、ヤツは相変わらずの熱心さで俺をジックリと見下ろしてきながら、映画は行くのかとか、欲しい服があるからショップにも行くぞとか、デートとか不穏な単語を使わない限りは比較的普通の友達同士の会話を交わしている。
 ただ、視姦レベルの凝視はやっぱりおかしいと周りも感じてはいるんだけど、時折、俺の言葉で表情を和らげる都築の無敵のスマイルに、何も言えないお姉さんや女子高生やおっさんたちが胸を撃ち抜かれているみたいだ。
 おっさんもか!
 脇目もふらずにジックリと俺を見つめる都築を見ていると、まだ知り合って間がない頃や、知り合いもしなかったゼミの連中と行った居酒屋で、綺麗なお姉ちゃんをサクッと引っ掛けてホテル街に消えていった姿が嘘みたいに思える。
 今だって俺の背後の椅子に腰掛けているOLっぽい綺麗なお姉さんが、チラチラと都築を見ては秋波を送っているのに、綺麗なお姉ちゃんやお兄ちゃんを見慣れている都築の眼中には届いていないみたいだ。
 そうか、綺麗なモノばかり見てきたから飽きてるんだな、コイツ。だから、俺みたいな地味メンでキモオタなんて都築のセフレから陰口を叩かれている俺なんかに興味を示して、最終的にはこんな気持ち悪い流れになっているんだ。
 まあ、でも初めて都築とお外で遊ぶワケだから、俺は新鮮で楽しいんだけど。
 でもデートはないな、デートは。

「この時間からだと映画を観ていたら帰るのが遅くなるけどいいのか?」

「あ、ダメだ。今日は夜からモン狩りするんだ」

「あー、イベントがあるとか言ってたっけ?」

「そうだ」

 この友達感溢れる会話でも、モン狩りやイベントの台詞が都築の口から出る度に、周囲があれ?みたいな顔付きをするのが許せない。
 確かに俺だって、モン狩りするもイベントがあるも、ヲタ顔の俺が言ったほうがシックリくるんだろうとは思う。思うけど、あからさまに反対でしょ的な顔付きはやめて欲しい。
 コイツはイケメンでクールでリア充に見えるけど、家じゃ安物のジャージ姿で頭ボサボサの、PS4の前から生理現象と飯の時以外は一切動かないゲームヲタだぞ。

「せっかく外に出てるんだ。今日は食って帰ろう」

 ちょっと機嫌が良さそうに誘ってくる都築に、俺は確か今日は何も仕込んでなかったよなと記憶にある冷蔵庫の中身と相談して頷いた。

「おう、いいよ。ファミレス行く?」

 たまには外食もいいよね。
 俺の予算ならファミレスが精一杯だ。

「それでいい。オレが奢るから好きなだけ食えよ」

 御曹司で向かうところ敵ナシの大金持ちのビリオネアな都築様ではあるけど、俺んちに転がり込んでくるようになってから、手料理はもちろんだが、もうひとつ都築は食事に関するジャンルを増やした。
 それがファミレスだ。
 ハンバーガー屋だとかチキン屋とかは高校から行っているから最初から知っていたみたいだけど、たまに手土産に山ほど買ってきては俺にアレンジさせてゲームをしながら全部食べてしまう。
 姫乃さんが心配する気持ちもちょっと判ってしまった。

「マジで?やったー!肉を食べる、肉ッ」

「ははは、バカか。そんなに肉がいいなら、ステーキとか鉄板焼きとかのほうがいいんじゃないか?」

「甘いのも食べたい」

 軽くディスってくる都築を無視して訴えると、ヤツは肩を竦めてから苦笑したようだ。

「これからパンケーキを食うのに夜も甘いのを食うのか?すげえな。まあ、オレも甘いのは大好きだからいいけどさ」

 そう、都築はこんなクールなイケメン面をしてるけど、味覚は思い切りお子ちゃまだから、甘いもの大好きなんだぞ。パンケーキなんて本当は俺をダシにして自分が一番楽しみにしていると思う。
 そんで俺をちょいちょいディスってるくせに、ファミレスでも平気でいちごパフェとか食べるんだぜ。
 今回のお買い物にしたって、最大の目的はデートと託つけて、陽菜子ちゃんが言ったパンケーキ屋に行きたかったんだと思う。独りでも平気で行けるヤツだけど、美味しいものは一緒に食べたいとかなんとか前に言ってたから、俺を誘ったんだろうよ。

「そうだな。今からパンケーキなんて食べたら夜が食べられなくなるから、パンケーキをやめて映画にしようか?」

「巫山戯んな。映画は次の休みに行けばいい」

 ほらね。
 ムスッとして、椅子を支える支柱に寄りかかりながら腕を組んだ都築が、ムゥッと胡乱な目付きで睨んでくるから俺は笑いながら謝った。

「…でも、お前が映画のほうがいいと言うなら、そっちでも構わない」

 たぶん、姫乃さんか万理華さんに「相手の意見も聞き入れなければいけない」と教えられでもしたのか、都築はムッと口を尖らせているものの、珍しく譲歩して俺の意見を優先しようとか無理をしてくれている。それがなんだか、ちょっとだけ嬉しかった。

「ははは!冗談だよ、冗談。俺もサイトに載ってたパンケーキに興味津々だ」

「だろ?」

 都築は電車なんて似合わないと思っていたけど、何処にいても自然と溶け込むスキルを持っているせいか、一種独特の雰囲気を持ってはいるものの、長身の派手なイケメンを除けば、普通に大学生が友達とキャッキャしているように見えるんだから不思議だ。
 これから行くパンケーキ屋への期待度が大きいのか、ああじゃないこうじゃないと講釈をたれながら、デフォルトの仏頂面だけど見慣れている俺にはそれなりに楽しそうだって判る。

「でもオレは…お前が作ったパンケーキが一番好きだけどさ」

 不意に電車が揺れて立っていた俺の身体を片手だけで支えると、都築はすっと耳許に唇を寄せて、それから密やかに声を抑えてボソボソと囁くように言ったんだ。
 なんだ、そのイケボは。
 ギョッとして耳を押さえながら俺が見上げると、色素の薄い琥珀みたいな双眸をやわらかく細めて、それから、それから…何、女の子も野郎もおっさんもよろけちゃうような色気垂れ流しのクリティカルスマイルなんか浮かべてんだよ!
 思わず、トゥンク…とかなっちゃうだろ!
 誰がって?隣に立ってるおっさんがだよ!!

「都築でも笑えるんだな」

 俺が全くトゥンク…ともならずに感心して言うと、都築のヤツは肩透かしでも食らったような顔をして、「あれ?セフレはこれで抱き着いてくるのに」とかなんとかブツブツ言いながらムッとしたみたいだった。

「はあ?なんだよ、とっておきの表情を作ってやったってのに」

「作り物なんかいりません。キラリと光る自然な微笑みのみ俺の心を擽るのです」

「なんだそれ」

 どっかの広告みたいな台詞を言ってゲラゲラ笑う俺に、都築のヤツは呆れたように噴き出したみたいだった。
 だっておっさんが顔を真っ赤にしてトゥンクってしてるんだぞ、笑うしかないだろ。そんな無邪気なおっさんを騙してやるなよ都築、せめて、とっておきのイケメンスマイルだったとか言って欲しかった!なんつって。
 都築が笑うと周囲にいる男女は大概の場合を除いては、ほぼ全員がうっとりとした視線を寄越してくる。前の都築はそれで好みのタイプを引っ掛けて、一晩のアバンチュール(失笑)を楽しんでいたみたいだけど、最近は溜まれば手近にいるユキか塚森さんでチャッチャッと済ませると、なぜか慌てたように俺んちに「ただいま」と言って戻ってくる。
 お前んちは一等地の高級タワーマンションの最上階だろって嫌味も受け付けない、剛の心臓の持ち主だなって思うけど、やっぱり武道を嗜んでいると心臓に毛が生えるのかなとか最近は思う。
 武道やっている人全般が都築みたいな言い方はよくないな。こんな変態なんて都築ぐらいだろうし。
 今だってイケメン都築の牡のフェロモンとイケボにクラクラやられちゃった女の子たちがこっちを見てるんだから、色気垂れ流しの都築がばちこーんってウィンクでもしてやれば車両の女の子は全員釣れるんじゃないかな。
 なのに、都築はジックリと俺を視姦レベルで眺めながら楽しそうだ。
 非常に不毛だ。

「都築さ、俺とお出かけで楽しいのかよ。女の子から逆ナンされたほうがいいんじゃないのか」

「何いってんだ、お前。デート中に…むぐぐ」

 それでなくても適度に混んでいる車両内で、なに不穏なこと口走っているんだよ。
 これからコイツと街に繰り出すのかと思うと頭が痛い。
 どうか、おかしなことになりませんように。

□ ■ □ ■ □

「うっせ、ブス。引っ込んでろ」

 開口一番の台詞に飲んでいたカフェオレを噴出してしまった。
 確かに都築のヤツは楽しみにしていたパンケーキに舌鼓を打って幸せを噛み締めていたし、同じく美味しいなぁとイチゴとベリーのパンケーキを頬張る俺をうっとりと眺めて、片手のスマホでパシャパシャ、パンケーキじゃなくて俺を写真に納めていたよ?
 そんな都築の態度に慣れっこだった俺も悪かったのかもしれない。
 超イケメンが(地味メンではなく)ブサメンと一緒なんか超おかしくね?と、隣の席に陣取ってきた女子高生がヒソヒソしているのも気付いていた。気付いていて少なからず凹んではいたけど、誰もが振り返るスーパー(但し残念な)イケメンの都築の傍に居ると、だいたいこんな陰口は日常茶飯事だったからそれも慣れっこだった俺が悪いのかもしれない。
 近頃は俺んちばかりにいたからうっかり忘れていたけど、そう言った陰口を聞くと都築の額にはいつも血管がぷくりと浮いて、気付いたらすげえ毒舌で相手を凹ませるんだよな。
 理由は俺なんかのためじゃなくて、自分が楽しんでいるところに水を差している、白けさせたんならそれ相応の罰は受けてもらわないと…って、完全に自分自身のためになんだけども。
 俺は都築がディスるのは慣れてるし気にもならないし屁でもないんだけど、一般人には相当堪えるようで、確かにこんなイケメンからズバッと言われると人間をやめたくもなるよね。
 俺は別にならないけど。
 女子高生たちはヒソヒソをやめると意を決したように立ち上がって、のこのこと俺たちの席までやって来ると、それから女子高生と言うブランドを武器に可愛らしく笑ってナンパしてきた。
 確かに2人ともすげえ可愛かったし俺ならソッコーでOKしちゃうところだけど、彼女たちは俺なんか眼中にもなくてひたすら頬を染めて、顔を上げもせずに熱心に写真を撮っている都築を見つめ続けている。
 周りにも可愛い子がたくさんいて…って、ここは流行のパンケーキ屋だから彼氏連れは勿論だけど、女の子同士のお客さんがそりゃあ多い。都築じゃなくてこれが百目木や柏木やゼミの連中だったら、ホントはナンパか逆ナン待ちじゃねえだろうなと疑いたくなるぐらいだ。とは言っても、あの連中でこんなお洒落カフェに来てたら逆ナンどころか、キモイと言われて周囲の席が空席になりそうな気がする…うう、なんて自虐的なんだ俺。みんなもごめん。
 彼女たちも都築と話しがしたかったんだろう、女子高生たちの勇気を羨ましそうに窺っていた。
 確かにツラもいいしお金持ちだし育ちの良さも滲み出ているけど、お嬢さんがた、コイツは俺に悪戯する変態なんですよ。こんなヤツに女子高生のブランドを使って本当にいいんですかって聞きたい。畜生。
 そんな勇気ある可愛い女子高生が「うちら2人だし、お兄さんとなら遊んでもいいよ」って気軽に話しかけてきたってのに、いきなり言い放ったのが冒頭の台詞。
 それも俺をスマホで撮りながらチラッとも視線をくれることもせずに、全く興味ナシの冷たい声で。

「……」

 女の子たちは自分が何を言われたのかちょっと理解できない感じでヒクッと頬を引き攣らせたけど、そこはやっぱり天下無敵の女子高生だ。

「なんだよ、おっさん!ちょっとカッコイイからって調子くれてんなッ」

「せっかくうちらが声かけてやったのに、なんだよ男同士でキモイんだよッッ」

 確かに大男だし、これで10代後半かって疑いたくなるぐらい落ち着いても見えるけど、おっさんはないんじゃないかな、おっさんは。
 掌返して悪態を吐くのは流石だけど、今回は相手が悪い。
 自分の容姿が持つ威力を誰よりも理解している、一番質が悪い男だ。

「はあ?勝手にヒトのお楽しみを邪魔しておいてなんだその言い草は。あったま悪そうなクソビッチはお呼びじゃねえんだよ。もう一度そのツラを鏡で見直してから、かけられるもんなら声をかけてこい」

 その時になって漸く都築がフォークを持った手で頬杖を突きながら、小馬鹿にしたように彼女たちのほうに顔を向けた。途端に、女子高生の顔が赤くなったり青くなったりの百面相で、言い返す隙を見失ってしまったみたいだ。
 都築の色気を持った色素の薄い琥珀のような双眸に見つめられて、悪態を吐けるのはきっと世界中では俺と都築三姉妹ぐらいだと思う。
 しかも無駄にイケボだから、耳から犯されて妊娠でもしそうな顔になった女子高生に、ごめんねと謝ってやりたくなった。

「いいか、オレは今コイツとデートしてんだよ。男同士でキモイ?上等じゃねえか。だったらオレがアンタらに興味がないって判んだろ。他にもテーブル待ちがいるんだから、食ったんなら下らねえこと言ってないでとっとと帰れ」

 店内の男女はもちろん、店員さんも女子高生も、そしてさらにカフェオレを噴き出す俺も、ブリザードに荒れ狂う氷点下に凍えたツラになって都築を見ているが、当の本人は腹立たしそうな仏頂面でさらに追い討ちをかけやがった。

「それから訂正しておくけど。篠原はブサメンなんかじゃねえぞ。アンタらよりも数百倍可愛いだろ」

「ぐはっ!もういい、もういいだろ都築!俺のHPが残り少ないぞッ」

 粗方食べ終わっていたしカフェオレを噴き出していた俺は慌てて口を拭いながら、凍りついて固まっている女子高生に「ごめんね、都築がう●こ野郎で」と謝ってから、氷点下の店内に居た堪れなくて、なんで邪魔されたオレたちが出ないといけないんだと食べ終わっているくせにブツブツ煩い都築の腕を引っ掴んで支払いを済ませて飛び出したのがパンケーキ屋での一件だ。
 ブツブツ悪態を吐く都築を掴んでいた腕を離してから、俺はプリプリと腹立たしく唇を尖らせてやった。

「あんな女子高生相手に本気で喧嘩するとかイケメンの風上にも置けないな!」

「向こうが仕掛けてきたんだ。全力で相手してやらないと失礼だろ?」

 フンッと鼻を鳴らす都築のヤツに、俺は呆れ果てて溜め息を吐きながら、どうせさっきの件も今頃SNSにアップされて笑い者にされているに違いないと思いつつ、都築から預かっていた支払いに使用したカードを返そうとした。

「それはお前が持っていていい。お前名義のカードだ。支払いはオレの口座から引き落とされるから気にせずに遣っていいぞ」

「はあ?!何いってんだよ、そんなの貰えるワケないだろ!」

「さすがにオレも普通はカードとか渡さないんだけどさ。お前はオレの嫁だから不自由させたくないんだよ」

 判るだろ?と嬉しそうに人の悪い笑みを浮かべられても、何度目かの絶句に空いた口が塞がらない、お前が全く何を考えているか判らない俺は酸欠の金魚みたいにパクパクするしかない。

「なに面白いツラしてんだ?ほら、さっさと行くぞ。次は頼んでたボトムが入荷したって連絡が入ってさ。そのショップに行きたいんだ」

 腕を掴まれて連行されるグレイの気持ちを味わいつつも、俺は都築になんとかカードを返そうと試みたけど悉く無視を決め込まれ、仕方なく財布に仕舞ってしまったけど、これを俺が使う日は永遠に来ないと思う。
 色素の薄い髪も琥珀みたいな双眸も、異国の血が混じっているから思い切り派手だけど、誰もが思わず振り返ってしまうのはガタイの良さも目立つからだけど、判らないでもないよね。これで芸能人じゃないってんだからすげえよな。
 こんなヤツが一般に紛れ込んでるとか詐欺だと思うよ。
 都築に引っ張られて…腕を振り払わせてもらえなかったので、必然的に手を繋いだ形になっているワケだけど、デートで手を繋ぐまでクリアされてしまって泣きたくなった。
 できれば可愛い女の子と手を繋いでキャッキャウフフフしながらデートしたかった。

「一葉様!ようこそお出で下さいました。お待ちしていたんですよ」

 表通りの豪華な店舗が並ぶ歩道を歩いていて、一際豪華そうなハイブランドのショップに俺を引き摺りながら入った都築に、店舗の奥から姿を見せた店長と思しき若い男が嬉しそうに挨拶をしてきた。
 見た目も綺麗だしハイブランドの服がしっくりくるのは、彼の品のある所作が堂に入ってるからなんだろう。
 俺なんかには目もくれずにフィッティングルームに都築を引っ張って行く後ろ姿を見送ってから、俺はその辺にあるシャツとかジャケットを見て、なんか似たり寄ったりだなぁとか思いながら値札を見て目が飛び出した。
 こんな薄っぺらいシャツ一枚で、弁償とかなったら俺のバイト代が全部吹っ飛ぶ。

「お気に召した品物はございましたか?」

 ニコニコ笑っている綺麗なお姉さんが音もなくススッと寄ってきて、青褪めている俺は都築が連れてきた友人なんだから、こんな冴えない見掛けでも何処かのお坊ちゃんだろうと見込んでいるのか、商魂逞しく幾つかのジャケットを持って「今季の新作なんですよ」とニコヤカに説明してくれる。
 そんな一着ン十万もするようなジャケットは買えないです、ごめんなさい。

「篠原!ちょっと来い」

 思わず謝りそうになる俺を呼ばわる都築に、お姉ちゃんは来たときと同じように音もなくニコヤカにススッと退いて、よく教育が行き届いているんだな、ハイブランドのショップってすげえなと俺を驚かせてもくれた。

「早く来い!」

 少しでも時間が惜しいのか、苛々したように呼んでいる都築にフィッティングルームから追い出されたのか、店長と思しき例の青年が見たことある目付きでムッとしたような表情をして俺を見ている。
 この目付きは…嫌な予感がする。
 こっちは店長のくせに教育が行き届いていないんだなぁと呆れつつ「はいはい」とうんざりしながら広くゆったりしている個室に入ると、注文していたボトムを穿いている都築が鏡の向こうからこちらを見ながら「どうだ?」と首を傾げてくる。

「香椎は似合うと言っているが信用できない。お前はどう思う?」

 香椎というのがさっきの店長さんなのかと思いながら、俺は鏡に写っている都築を見て、それから実際の都築をジックリと眺め回した。

「似合ってるけど、ちょっと丈が短いんじゃない?それとも、そう言うデザインなのかな」

「そんなワケないだろ、バカか。じゃあ、やっぱりこれはダメだな…香椎!」

 相変わらず意見を求めるくせに応えたらディスってくる長い脚がムカつく都築にムッとしたものの、さっさと脱いでヴィンテージのお高いジーンズに履き替えた都築は顔を覗かせた先程の店長、香椎さんに尋ねた。

「海外サイズの入荷状況はどうだ?」

「このボトムは人気の商品で、海外でも品薄になっているんですよ。恐らく入手は困難かと…」

「そうか。じゃあ、もういい。篠原行くぞ」

「…有難うございました」

 残念そうに頭を下げる香椎さんが可哀想だなぁと思いつつ、そんな香椎さんにボトムを押し付けてスタスタ淀みなく歩く都築の背中を追いかけようとしたら、例のお姉さんから「お帰りですか?」と呼び止められてしまった。

「ああ、あの、有難うございました」

 せっかく、似合わないだろうに俺に似合いそうなジャケットやシャツを選ぼうとしてくれた優しいお姉さんに、言わなくてもいいんだろうけど礼を言っていると、歩いていた都築が足をとめて怪訝そうに見遣ってきた。

「葛城か。コイツに見立てていたのか?」

「はい。都築様のご学友様のようですので、宜しければ弊社のジャケットなど如何かと…出過ぎておりましたら申し訳ございません」

 慇懃無礼に頭を下げる綺麗なお姉さん、葛城さんに片手を振った都築は、それから閃いた!と、また何か悪い予感しかしない顔付きで頷きやがるんだ。

「ちょうどいい、コイツに何か良さそうなのを選んでくれ。来週実家に呼ぶことになっているんだ」

 初耳ですけどッ?!

「都築、実家って…ええ?!」

「いいから、葛城に見立ててもらえよ。きっと似合うと思う」

 ニコヤカに送り出した後、香椎さんが用意したお得意様用らしい座り心地の良さそうな豪華な椅子に腰掛けることもなく、結局、葛城さんにああじゃないこうじゃないとアレコレ注文をつけて、自分が気に入った衣類一式をホクホクと購入しやがった。
 しかも、その間もパシャパシャと俺の写真や動画を撮りまくっていた…フィッティングルームでパンイチになっている姿も確りと。御曹司じゃなかったらたぶん、ただの変質者だよな。
 総額目玉が飛び出す金額になっているのに気にすることもなく、しかもハイブランドのロゴが入っているバッグは自分の肩に引っ掛けて、やっぱり俺の腕を掴むと次は注文している品物が届いているから取りに行くぞと勝手に決めつけて歩き出した。

「誘われたから寝たら香椎のヤツ、フィッティングルームに入る度に必ずフェラしようとするんだよな。溜まってる時には便利に利用できたからいいけど、今日みたいに嫁とデート中は困るから今後はやめろとちゃんと断った」

 聞いてもいない爛れた情報にも「お、おう…」と頷くことしかできなかったけど、と言うかもう、嫁でもデートでもなんでもいい、訂正する体力もない。
 とは言え、あの目付きは都築のセフレに通じるものがあると確信した直感は間違っていなかった…長らく一緒にいるせいで気付かなくてもいいことまで目につきだしていい迷惑だ。

「嫁を優先できるようになったと褒めろよ」

「え、それ褒めることか?普通だろ」

 一般的な彼氏彼女とか、夫婦間ではセフレがいるとか普通は有り得ないからな。
 浮気症な男ならセフレの1人や2人いてもおかしくはなくて、彼女や奥さんを蔑ろにすることもあるのかもしれないけど、俺はそう言うの大嫌いだから、普通は有り得ないに一票を投ずる構えだ。

「そうか、普通なのか…いろいろと勉強することは多そうだな」

 なんか横でブツブツ言ってるけど軽く無視して、俺は腕を引いて首を傾げている都築を見上げると、口を尖らせて言ってやった。
 手を繋いでいる状況を周囲から奇異の目で見られていることはこの際無視だ。気にしていたらHPが尽きるし…

「来週、都築の実家に行くってどう言うことだよ?俺、お前に都合を聞かれたことないんだけど…」

「ああ、姫乃には会っただろ?それを聞いた万理華と陽菜子が自分たちも本物に会いたいと言い出したんだ」

 そうか、大学で姫乃さんにはお会いして思い切り懐かせてもらったんだっけ。でも、万理華さんと陽菜子ちゃんは本物って…あのダッチワイフか!

「万理華さんと陽菜子ちゃんの要望なのか。だったら行くけど」

「…なんだ、ソレ。オレの誘いだったら断るつもりだったのか」

 都築が胡乱な目付きでジロッと見下ろしてきたから、それこそ当たり前だろとプッと頬を膨らませてみせたら、何故かやっぱり都築は「クソッ!」と吐き捨てた。
 なんなんだ、お前は。そんなにムカつくのか。

「だって実家に行く理由が判らないだろ。お前んちで十分だ」

「まあ、それはそうだけど。都合については気にするな。バイトのない日と大学の休講がかぶる日はちゃんと調べてるからさ」

 …うーん、気にしないでおける情報じゃないよね、それ。
 だいたい、どうして都築の方が俺よりも先に俺の都合を理解しているんだ。

「まあいいや。じゃあ、お前の都合で俺を呼び出してくれたらいいよ」

「一緒に行くから呼び出すもクソもないけどな」

 御曹司のくせに口が悪いよな、都築って。
 やれやれと溜め息を吐いていたけど、そう言えばこれから何処に行くんだっけ?

「都築、今度は何処に行くんだ?確か注文していた何かが届いたとかなんとか」

「ああ、ジュエリーショップだ」

「…えっと、嫌な予感しかしないんだけど」

 来週、なんか勝手に都築の本家に行くことが決定していて、服を一式揃えられちゃって、それから今度は宝石店…まさか、指輪とか買ってないよね?

「なんだよ、その目は。お前はアクセサリーとか付けないだろ?だから、ちょっとしたものを買ったんだ」

「断固として拒絶する」

「何いってんだ、巫山戯んな」

 何を買ったかはよく判らないけど、おおかた、また目玉が飛び出るほど高価な買い物をしているんだろうから、それを貰う謂れのない俺はこの場合拒絶するべきだと思う。
 都築のことだから、高価な物品を貢いだんだから…とかで脅してくることはないだろうし、都築からしてみたらこれぐらいの出費はお小遣いでどうにでもなるレベルなんだろう。
 気の遠くなるお金持ちってどんな気持ちなんだろう。都築の傍にいても、コイツ自身があんまり感情を表に出さないからよく判らない。
 悪態は吐くけどひけらかすこととかしないし、量販店の安物でも喜ぶし、ゲームを始めたら動かないし、暇な時は俺の動画や画像を撮ってはパソコンで編集したりしてるそうだし…うん、桁違いのお金持ちになると思考回路がちょっとアレになるんだろうな。

「ここだ」

 その店は裏路地にひっそりと構えている、ハイブランドでもなければ有名でもないけれど、センスの良い店内には静かな雰囲気が満たされていて居心地がいい。
 店の奥から出てきたのは老紳士で、都築を見ると大らかでやわらかい微笑を湛えて恭しく頭を垂れる。

「ようこそお越しくださいました」

「例のモノが仕上がったと聞いたんだが」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 年輪を刻んだ皺は温厚そうな表情に深みを持たせていて、どうやらこの老紳士が独りで、この小さな店を切り盛りしているみたいだ。
 都築に促されて奥の部屋に行くと、小さなテーブルと椅子が上品に配置されていて、都築は促される前に腰掛けたけど、俺は気後れしてしまって老紳士に促されて、怪訝そうな都築にジックリと見つめられながら漸くアワアワと着席するような始末だ。
 今までの都築が連れ回した店が店だっただけに、いきなりこんな落ち着いたお洒落な店に連れてこられてしまうと恐縮してしまう。
 都築はそれなりにお洒落で上品な格好をしているから店の雰囲気も壊さずにキマっているけど、俺はTシャツにパーカーの上着とジーンズと言う、凡そこの店に全く不似合いな出で立ちなんだぞ?こんな店に来るんなら一言ぐらい言ってくれてたらよかったのに…そしたら一張羅のジャケットでも羽織ってたのにさぁ。

「前回の、月と星のモチーフは如何でございましたか?」

 老紳士は目尻のシワを柔らかく深めて、薄っすらと笑いながら都築に言って、それから俺に視線をくれた。
 どうやら、あの投げ付けられたキーホルダーはこの店の品物だったらしい。
 こんなお洒落で落ち着いた店には不似合いなほど、とても可愛くてシックリと馴染んでいる俺のお気に入りだ。
 この店はシルバーのアクセサリーも取り扱っているんだな。

「ああ、なかなか好評みたいだ。突き返されてはいないからさ」

 ゆったりとした時間が流れる懐かしい匂いのする店内を、キョロキョロと落ち着きなく見渡している俺と、何時もは落ち着きなくブツブツ文句を言ってばかりのくせに、妙に落ち着き払ってどっしりと構えている都築の前に、馥郁とした香り豊かな紅茶を置きつつ、老紳士は嬉しそうに双眸を細めている。

「左様でございますか。一葉坊ちゃんの大切な方が、今度のモチーフも気に入って頂けることを願っております」

「そうだな」

 饗された紅茶に口を付けながら都築は笑ったみたいだったけど、正直、そんな大人な都築なんか見たこともないから、俺はちょっとドキドキしてしまった。
 なんだ、この動悸は。病気かな?

「こちらは拙宅で焼いたフィナンシェでございます。お口に合えば宜しいのですが…」

「オレはこのフィナンシェが一番好きなんだ。ほら、お前も食ってみろ」

 都築に促されてアーモンドとバター、それからほんのり桜の香り漂う甘いフィナンシェを一口齧ったら、そのあまりの美味しさにほっぺたが落ちそうになった。ほっぺたが落ちそうになるって本当だったんだ!

「すごい美味しい!これ、家でも作ってみたいけど…オーブンがないから無理か」

「ホッホ…有難うございます」

 思わずと言ったように笑った老紳士に、都築はフィナンシェを齧りながら言った。

「マリーヌは元気か?」

「はい、相変わらず騒がしくしております」

「いいことだ。じゃあ、マリーヌにこのフィナンシェのレシピを聞いておいてくれ」

「お気遣いを有難うございます。レシピの件も承りました」

 クスクスと笑う老紳士と都築の会話を聞きながら、どうやらこのお爺ちゃんの奥さんは外国の人らしいなと思った。そう言われてみれば、お爺ちゃんは年だけど洗練されているし、やっぱり国際結婚をするひとはお洒落なんだな。
 都築はハーフだけど日本国籍らしいから、外国の人と結婚するとなると産まれてくる子どもってやっぱりハーフになるのかな?
 どうなんだろ。

「うちにはオーブンがあるから、貰ったレシピで試してみろ。失敗してもオレが全部食う」

「うん、判った」

 下らないことを考えていたら都築が上機嫌にそんなことを言うので、まあ、レシピさえ貰えたら都築んちに襲撃してみるかと思った。たまにはあの微妙に気持ち悪い寝室の様子も監視しておかないと、気付いたらおかしなことばっか思いついた都築がさらに気持ち悪く進化させていたりするからなぁ。

「それでは、お待たせ致しました。こちらが今回一葉坊ちゃまより承りました、アイビーのモチーフのキーホルダーでございます」

「ああ、やっとできたんだな…お前、指輪とかピアスとかしないだろ?だからキーホルダーにしてみたんだ。月と星のキーホルダーと一緒に鍵に付けとけ」

 アイビーの葉っぱをイメージしたキーホルダーは、滑らかなシルバーのリングの中央にアイビーの葉っぱが付いている、お洒落だけど可愛らしい造りになっていた。
 俺はいつも大事に持っている都築んちと自分ちの鍵に取り付けられている月と星の可愛らしいチャームの横に、たった今手渡されて、早く付けろと都築に急かされたシルバーのアイビーを付けてみた。
 擦れあった時、なんだか鈴が鳴るような不思議な音がして、綺麗だなぁと見つめていたけど、不意にアイビーの葉っぱの中央にキラリと光るものが目についた。
 裏側だったから気が付かなかったのか。

「うおぉ…これってダイヤモンド?!」

「当たり前だろ。アイビーと永遠に不滅のダイヤ…本当は指輪で贈りたかったんだけどさ。お前、付けそうにないし」

「ふわぁ…シルバーにダイヤって贅沢だな」

「!!」

 感動してジックリと見ている俺の前で都築とお爺ちゃん紳士が固まった。

「ええと…篠原様」

「いい、藤堂。黙ってろ」

 お爺ちゃん紳士こと藤堂さんが慌てて何か言おうとしたけど、首を傾げる俺の前で、都築が何故かそれを止めてしまった。
 なんなんだよ。

「でも、ダイヤモンドとか入ってたら持ってるのが怖いなぁ」

「そんなに小さいんだ、誰も気付かねえよ。お前は物持ちが良いから落としたりもしないし。まあ、安もんだから気兼ねなく持ってろ」

 作ってくれた人の前で安物とか言うのは良くないと思うぞ。
 こんなに落ち着いた店だから高価なモノかとちょっとビビッていたけど、安物って言うんなら大丈夫かな。たぶん、安いって言っても2~3万はしそうだけど。

「有難う、大事にするよ」

「おう」

 手の中の鍵とキーホルダーを大事そうに握って礼を言うと、都築は満足したのか、もう興味を失くしたようにフィナンシェに夢中になったみたいだ。それを藤堂さんがニコニコと微笑んで見守っている。

「でも、どうしてキーホルダーをくれたんだ?」

 そう言えば、どうしてこんなモノを寄越したのか意味が判らないことに思い至って、俺は首を傾げながらフィナンシェを摘んでいる都築に聞いてみた。

「え?だってデートの時にはプレゼントを贈るんだろ?」

 デフォルトの仏頂面でさらに訝しそうに眉を顰めて、都築は首を傾げながら質問に質問で返してきやがった。
 藤堂さんの前でデートとか言って欲しくないけど、もうその部分はスルーするって決めたしね。

「俺、別に貢いで欲しいとは思ってないけど」

 ムスッとして言い返すと。

「…プレゼントは普通はそんなに贈らないものなのか?」

 都築は途端に不安そうに眉を寄せてしまう。
 そうかコイツ、恋愛スキルは赤ちゃんだった。
 いや、俺に対して恋愛とかそう言うのはどうかと思うけど…

「(ホストとかキャバ嬢とかに)贈る人もいるだろうけど、買い物に付き合う度に何か買って貰うってのは、俺は嫌だな。それだったら、一緒に楽しめることをしたほうがいい」

「一緒に…いいな、それ。たとえば?」

「うーん、そうだなぁ…たとえばゲーセンに行ってクレーンゲームをするとか。それで取れた景品をくれるのは嬉しいかな」

「ゲーセン?何だそれ。行ったことないな」

 おいおい、その年でゲーセンに行ったことないのかよ…ってそうか、都築は高校時代は属さんとか悪そうな華やかグループとつるんでいて、モデルとかやってたから、クラブとかレイヴパーティーとかリア充ちっくな場所には行ったことあっても、ゲーセンは行ったことないのか。一緒に行く人もいなかったんだろうな。
 ゲームヲタなのに…

「よし!じゃあ、今度映画を観に行く時にゲーセンも行ってみるか」

「おう。調べておく」

 俺の提案に都築は仏頂面のまま嬉しそうに頷いた…あれ?俺ってばまた次の約束をしてしまっているぞ。いや、都築とお外で遊ぶなんて1回で十分だ。
 やっぱやめたいと言いかけたけど、都築が鼻歌でも鼻ずさみそうなほど仏頂面で浮かれているから、今さらやっぱ結構ですとか、自分から誘ったくせに絶対に言えないだろうな状態になっていた。
 まあ、いいか。
 貢がれなきゃそこそこ楽しかったし、パンケーキ美味しかったし。
 カフェオレは口と鼻から噴いたけど…
 ふと気付いたら、俺たちと同じテーブルに座っている藤堂さんが、なんだか優しそうに笑って都築と俺を見守っていた。
 ゲーセンなんかを都築お坊ちゃまに勧めてしまって、悪の道に陥れようとしていると思われていたらどうしよう。

「一葉坊ちゃまは、高校時代はそれはそれは悪さばかりされて…もう、悪いことなどされていないことがないだろうと諦めておりましたが、大学生になられてからは落ち着かれましたね。しかもこんなお可愛らしいお友達も傍においでになられていて、今はとても良い子になられております」

「う、煩い」

 都築が友達じゃなくて嫁だけどなと余計なことを補足しながらフンッと鼻を鳴らして外方向いたけど、雰囲気とか都築の反応を見ていると、このお爺ちゃん紳士はまるで都築の祖父みたいだ。でも、都築の祖父は都築グループの会長を現役でしているから、祖父ではないんだろうけど。
 って言うか都築、藤堂さんに心配されるほど、やっぱ悪いことばっかしてたんだな。

「都築って俺んちに来てずっとゲームばっかしてるんですよ!ちょっと怒ってください」

 プリプリと頬をふくらませると、都築は案の定「クソッ!」と悔しそうに吐き捨てるけど、藤堂さんはおやおやと穏やかに眉を跳ね上げて吃驚したみたいだ。

「ゲームですか。昔は少しもされたことがなかったので、良いのではないかと思いますよ」

「でも、視力がなあ」

「もともと視力はあまり良くないから、眼鏡になるならそれでも構わない」

「そう言う問題じゃないだろッ」

 おいおいと思わず突っ込みそうになったけど、そんな俺たちの遣り取りを、やっぱり藤堂さんは微笑ましそうに見つめている。
 うーん、こんなやわらかい双眸で見つめられたら、そうそう都築を怒ることもできないや。

「そう言えば、どうして月と星のモチーフとかアイビーのモチーフにしたんだ?これ、都築が決めたんだろ」

「ああ…夜空の月を見てたらさ、いつも小さい星が寄り添ってるんだよね。アレって大昔からずっと一緒に浮かんでるんだよ。だから月と星にしたんだ」

「ん?それだけ??」

「ああ、そうだけど?で、アイビーにしたのは…お前、アイビーの花言葉を知ってるか?」

「いや、興味がないから調べたこともないな」

「ふうん、まあいい。花言葉が友情、不滅、誠実でさ、ダイヤの石言葉が純潔、清浄無垢、純愛、永遠の絆だったから、これをペアにしたらお前っぽいと思ったんだ」

「ふはっ!石言葉とかあるんだな。でも、アイビーの花言葉の誠実ってお前に一番似合ってない」

 思わず噴き出して笑っていたら、都築はそんな俺をジックリと凝視していたけど、それから徐に肩を竦めてみせる。

「バーカ。そもそもお前に贈ったんだから誠実はお前のことだ」

「へえ、でも不滅の友情とかちょっと格好いいよね」

 掌の中で銀色の月と星、アイビーのキーホルダーが擦れあってしゃらんと綺麗な音を響かせた。

「そうか?」

「うん、大事にしようっと」

「おう」

 握っていたキーホルダーをデイパックの何時ものジッパー付きのポケットに仕舞うのを見つめながら、都築はやっぱり満足そうに頷いて紅茶を啜っている。

「…今日さ、買い物に行きたいって連れ出されたのに、結局俺のモノばっかり買ってたな。都築、お前何か欲しかったんじゃないのか?」

「オレはお前との時間が欲しかっただけだ…なんてな。お前があんまりにもぼっちで可哀想だったから、今日は相手をしてやっただけだ。オレとのデートが楽しかったんだろ?」

「…」

 俺を一瞬だけトゥンク…とさせたイケメンスマイルとイケボな都築は、だがすぐに人の悪い嫌味な笑みで口許を歪めると、フフンッと威張るようにしてぐぬぬぬ…と歯噛みする俺の双眸を覗き込んできやがった。
 ぼっちは誰のせいだ。その高い鼻梁を噛み千切るぞ。

「そっか。俺がぼっちで寂しそうにしていたのが悪いのか。だったら都築がデートなんて気持ち悪いことを言い出しても仕方ないよな。今後絶対に一緒に出かけてやらないって決めた」

「何いってんだ、そんなのダメに決まってんだろッ」

 俺の決意に間髪入れずに全否定してくる都築に、俺はそろそろ冷めそうな紅茶を戴きながらやれやれと溜め息を吐いて、それから不服そうに眉を顰めている都築をチラッと見てからニヤッと意地悪く笑ってやる。

「たった今決めたんだ。残念だったな、映画もゲーセンもなしだ」

「巫山戯んなッ」

 それこそ激怒しそうな都築が藤堂さんの前だと言うのにぎゅうぎゅう抱き着いてきて、俺が「ごめんなさい。映画もゲーセンも行きますってば」と泣きを入れるまで、頬にチュッチュとキスなんかする嫌がらせをしやがった。
 まあ、その後は(多分呆れながら)ニコヤカな藤堂さんが「ぜひまたお二人でお越しください」と言って見送ってくれるのに礼を言って店を後にしてからは、宣言通りファミレスに行って、俺は悔しくてステーキの洋食セットにドリンクバー付きと言う、このファミレスで一番高いセットを注文してやったけど、俺をスマホで撮っている都築には、どうやら痛くも痒くもなかったみたいだった。
 ヤツもステーキを単品で注文して、今日は電車だからさと胡乱な目付きの俺に言い訳がましくブツブツ言いながら、オマケにハイボールを注文していた。
 都築は普段は米沢牛のA5ランクを好んで食べているんだそうだけど、ファミレスの硬い肉とか平気なのかと以前聞いたら、高級な肉は良質とは言え脂がすごいのが玉に瑕で、だからたまにならファミレスの安い肉でもいけるんだと偉そうに言っていた。
 俺もそんな都築が食えと言って持ってきた米沢牛を堪能したけど、肉が溶けるっていうのを初めて経験した。
 それでますます、コイツよくこんな美味いものばっか食べてんのに、俺の手料理とかファミレスとかハンバーガーとかで食事ができるなぁと、得体の知れない都築舌に感心したもんだ。
 珍しく都築は上機嫌で、滅多に(俺にだけ)見せない笑顔を浮かべて周りを卒倒させそうになったけど、「またデートしような」と問題発言をぶちかまして周囲でキャアキャア言っている男女問わずの集団からジュースを噴き出させていた。
 相変わらず都築は、変態なんだけど罪な男だと思った1日だった。

□ ■ □ ■ □

●事例15:買い物に一緒に行ってみたらいろいろおかしい
 回答:お前があんまりにもぼっちで可哀想だったから、今日は相手をしてやっただけだ。オレとのデートが楽しかったんだろ?
 結果と対策:そっか。俺がぼっちで寂しそうにしていたのが悪いのか。だったら都築がデートなんて気持ち悪いことを言い出しても仕方ないよな。今後絶対に一緒に出かけてやらないって決めた。

14.エロ動画を撮っているのに反省しない  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築がぶっ壊したドアチェーンを改めて頑丈なものに付け直してはみたけど、都築がその気になればどうせこのチェーンもぶっ壊されるんだろうと言うことは判ってる。でも今回ばかりはぶっ壊したらそのまま俺との関係もぶっ壊れると理解しているようで、都築は大人しく出入り禁止を実行しているみたいだ。
 なので、毎朝恒例の果物や野菜のスムージーの配達は、申し訳無さそうな胡散臭い満面の笑みを浮かべている興梠さんの役目になっていた。
 大学でたまに都築と擦れ違うこともあるけど、そんな時は何か物言いたそうな表情で俺をジッと見据えてくるけど、俺は無視して誕生日プレゼントで弟にもらった携帯音楽プレイヤーで音楽を聴きながら素知らぬ顔を決め込むことにしている。
 姫乃さんに都築と属さんが酷いんですとチクリの報告をしたら、自分たちですら寝込みを襲うなんてそんな美味しいことはしたことないのに!と変な感じで激怒してくれて、姫乃さんからのお達しと言うこともあって都築は大人しくしているんだろう。
 今の間に思う存分セフレと遊べばいいんだ。
 属さんはと言うと、あの後、こっ酷く上遠野さんと興梠さんに叱られたらしく、あのチャラ男が襟を正して真面目に任務を遂行しているらしいから、ちょっとしたお灸にはなったんじゃないかな。
 ただ、俺の警護チームからだけは外れたくないと頼み込んだらしくて、興梠さんの監視なら間違いないだろうってことで、興梠さんの部下として一葉付きを条件として許されたらしい。火に油を注ぐ結果になったような気がしなくもないけど、まあいっか。
 そもそも、男の寝込みを襲うとかどうかしてるんだよ。
 珍しく独りになった俺に興味本位でみんな話しかけてくるけど、セフレを腕に下げた都築が何処かしらから凄まじい殺気で睨んでくるもんだから、そう長くお喋りも出来ずにレポートだとかノートを借りるとか貸すとかぐらいで、あとはそんな灼熱の視線にもめげない百目木とか柏木と話すぐらいで恙無い大学生活を久し振りにエンジョイした。
 それでも都築の我慢は一週間も持たずに、煩く付き纏うセフレをコバエみたいに追い払ったようで、歩いていた腕をグッと掴まれていきなり空き教室に引っ張り込まれた時は殺されるかと思った。
 色素の薄い双眸が我慢の限界を訴えて殺気立っていたからだ。

「…そろそろ許してもいいんじゃないか?」

「許す許さないは俺の勝手だ」

 壁に身体を押し付けられて両腕を折れんばかりに掴まれて顔を覗き込まれると言う恐怖に耐えながらも、自分の意思はしっかりと訴えておかないと都築の場合は調子に乗るからな。あっさり許してたら、もう俺が知るところなんだから次はこうしようとか、余計なことばっかり思い付くんだよ。

「オレは別にお前が無視していようと気にならないけど、属が反省してる。そろそろ全部解禁でもいいんじゃないか」

 今にも食い殺しそうな目付きをしてるくせに、何を属さんのせいにして全部許されようとしてるんだ。

「ふうん。じゃあ、属さんだけ許す」

「何故だよ?!オレが言い出したんだから、オレもお前の部屋解禁でいいだろ!」

「だって、都築は別に俺に無視されてもいいんだろ?それに属さんは俺の初めての相手なんだから大事にしないと」

 俺の前半の台詞にはぐぬぬぬ…っと奥歯を噛み締めたみたいだったけど、後半の台詞に都築は怪訝そうな表情をすると胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「…なんだと?」

「だってさ。あの動画、俺の尻に属さんのがちょこっと入ってたんだろ?だったら、俺は処女だったんだから、属さんが初めてのオトコってことになるんじゃないのか?」

 必死で恥ずかしいことをイロイロと思い出した俺が頬を薄らと染めて目線を伏せながら恥ずかしげに言ったもんだから、都築のヤツはすっかりその言葉を信じ込んだみたいで、掴んでいた腕を放すと凄まじく何かを考えているようだ。
 例の動画を思い出そうとしているんだなと思った。
 いや、観た限りでは先っちょだけでも入れないと臨場感がないよと属さんは人の悪い笑顔で言っていたけど、都築の『GO』がなかったから擦り付けるぐらいで挿れてはいなかったんだけどな。
 都築に二度と同じことをさせないように釘を刺すつもりと、これ以上属さんと仲良くならないように牽制するつもりで言ったんだよ。
 でもまさか、これほど怒るとは思わなかった。
 都築は肩に下げていたバッグからスマホを取り出すと、俺では到底真似できない素早さでフリックとタップを繰り返して、それからそのままスマホを耳に当てた。
 俺はこの場からコソリと抜け出そうとそろりそろりと空き教室から出ようとしてたってのに、こっちを見もしない都築の壁ドンで再度壁際に追い詰められてしまった。
 ご機嫌の爽やか笑顔の都築から壁ドンされていたら、トゥンクとかなってたかもしれないけど、今の不機嫌と不愉快と殺気を滲ませた仏頂面では俎板の上の鯉、青褪めたまま好きにして状態だ。

「お前、篠原に挿れたのか?!」

 応答一番で都築が腹の底がビリビリするような声で怒鳴ると、電話の向こうの属さんは話の意図が見えないようで、何かをオロオロと言い募っているみたいだ。それに都築の怒りがさらにヒートアップした。

「どうしてハッキリ断言しないんだ?お前、篠原を好きだとか言ってやがったな。そこに行くから待ってろッ」

 自分でもあの時はどうかしていたと言っていただけに、都築自身、あの日のことはうろ覚え状態だったんだろう。だからこそ、属さんに問い質したのに要領を得なかったから、最悪の事態を想像してぶち切れたんだ。
 自分が仕出かしたことで、自分が大事に思っているものを壊してしまったんだ。
 そりゃ、ぶち切れるか。
 都築はどう言う観点でかは判らないが、どうも俺に対してだけは重度の処女厨らしく、俺が処女じゃないのは絶対におかしい、人間としてどうかしてるレベルに考えてるところがあって、どれぐらいのレベルかと言うと柏木との一件でヤツ自身がどうにかなって俺の寝込みを襲ったぐらい変になるレベルらしい。
 そのくせ、まあ処女じゃなくてもハウスキーパー=嫁にしたんだけどと嘯いていた。
 俺の腕を掴んで無言の怒りのまま空き教室を出た都築は、道行く学生どもがギョッとしても、都築を捜してキャッキャッしていたセフレどもが真顔で「お、おう」と言っているのもまるで無視で、そのまま駐車場に向かっているみたいだった。

「つ、都築!俺、4コマ目があるんだけど」

「腹痛だ、休め」

 何時もの休む理由を口にされてウグッと言葉を飲んだ俺は、ほんの冗談のつもりだった台詞を悔やみながら、引き摺られつつ地獄の仏頂面の都築を見上げた。

「何処に行くんだ?」

「駐車場だ。属がいる」

「マジか」

 あ、そう言えばこの前、姫乃さんが属さんは一葉付きの護衛になりましたとメールをくれてたっけ。駐車場で待機しているのか。
 だったら、早いところアレは嘘でしたって言わなくちゃ。

「都築、あのさっきの話だけど…ッ」

「属!」

 不意に腹に響く恫喝で呼ばわれた属さんが、慌てたようにウアイラの傍らから走り出てきた。
 何が何やらと言いたそうな驚いた表情なのに、引き摺られる俺を見て一瞬、なんとなく不穏な表情になった。

「…坊ちゃん、篠原様にあんまり酷いことは」

「お前、あの日篠原に挿れたのか?!」

 酷いことはしないで欲しいと言いかけた台詞に覆い被さるように都築から怒鳴られて、属さんはちょっとハッとしたような顔をして素早く俺を見た。

「だから都築、あの話は嘘…」

「挿れたかどうかは記憶にないですが、挿入されたと篠原様が仰ったんなら入っちゃったんじゃないッスかね。だったら、ちゃんと責任持って篠原様と付き合いますよ」

 なんとなく話が飲み込めたような属さんは、なんだそんなことかと言いたそうな表情をしてから、酷く生真面目に激怒の都築に応えている。なに言ってんだ、お前。

「巫山戯んな!」

 思わず都築と声がハモッてしまって、俺は慌てて咳払いした。

「属さんも巫山戯ないでください。都築、ごめん。さっきの話は嘘だ」

 掴んでいる腕をちょいちょいと触って見上げながら、俺は心底属さんにも都築にも申し訳ないと思いながら慌てて言い募ると、今にも属さんを殴ろうとしている雰囲気の都築が「ああ?!」と胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「だから、嘘なんだってば!お前に二度とあんなことしないように釘を刺すつもりと、それから…お前と属さん、仲良しだろ?姫乃さんが今度はお前付きの護衛になったとか言ってたから、ちょっと仲悪くなってくれないかなって思ったんだよ」

「なんだよ、それは?!」

「うう、悪かったって!お前さぁ、俺のこと好きでもタイプでもないくせに、属さんと一緒になって俺を弄り倒すだろ。これ以上何かされたら嫌だから苦肉の策だったんだよッッ」

 殴られることはないにしても怒り心頭の都築は正直言ってライオンか熊に吼えられるぐらい怖い。その上、その色素の薄い双眸をギラギラさせて覗き込まれたら、さらに腹の底から震え上がって唇まで震えそうになっちまうよ。

「…坊ちゃんって篠原様のこと好きじゃないんですか?」

 不意に、ごめんごめんと謝っている俺と、やっと少しホッとしたように怒りを静めつつある都築に、属さんは有り得ない爆弾を投下してくれた。

「なんだ、てっきり俺、坊ちゃんは篠原様に参ってんのかと思ってた。違うなら、篠原様を狙ってもいいんスね♪」

 にこやかに略奪宣言をぶちかました属さんに、都築の額にぷくっと血管が浮いた。
 目にも留まらぬとかよく聞くけど、確かに呆気に取られてるときに真横で素早い動作をされてしまうと、視界に入らない。いや、入っているんだけど何が起こっているのかまでは視認できないし脳も理解できないようだ。

「…坊ちゃん。アンタ、憖な武道家じゃないっしょ!本気出したら俺より強いんだから殴るのはナシにしてくださいッ」

 下手したら死ぬんじゃないかと思える重い拳を受け止めて、属さんは焦ったように冷や汗を額に浮かべている。もしかしたら、全身、嫌な汗を掻いてたんじゃないだろうか。
 俺だったら間違いなくヒットして吹っ飛ぶぐらいはやらかしただろうその拳を、叩き出せる都築も凄いが一瞬のことでもちゃんと受け止めて防げる属さんも凄い。さすが、セキュリティサービスの人だな。
 俺だって横で空気が斬れるのを初めて体験したよ。オシッコちびるかと思った。

「オレは別に篠原を好きでもなければタイプでもない。だが、お前には言ってるだろ。コイツはオレの嫁だ。主から盗もうとしてるんだ、それなりの覚悟を決めてるから言ってるんだろうな?」

 いやいやいや、お前なにを真剣に言ってくれちゃってるんだ。俺はお前の嫁じゃないし、嫁になる気もない。ましてやお前のモノでもないぞ。

「好きでもないのに嫁にするのはヘンですよ、坊ちゃん。それは篠原様に失礼だ」

 至極まともなことを言う属さんを、思わず顔を上げて呆気に取られたように見つめてしまった。
 都築に関わる人で、まともな人っていたのか…

「なんだと?」

「だってそうじゃないッスか。篠原様を好きじゃないってことは、坊ちゃんには他に好きな人が出来る可能性があるってことですよね。だったらその時、悲しい思いをするのは篠原様だ。そんなの篠原様が可哀想だし、失礼だと思いますけどね」

 そうか、盲点だった!都築に他に好きな人を作らせれば俺が嫁とか言われて恥を掻くことはないんだ!!
 属さん、いいこと言うな。
 不機嫌そうな都築に、重い拳を受けた腕を軽く擦りながら属さんは眉根を寄せて、少し困惑したように俺を見下ろすご主人に口を尖らせた。

「だったら、ちゃんと篠原様を好きな相手に譲るべきじゃ…はいはい、もう言いません」

 ゆらっと色素の薄い双眸で睨むだけで、属さんは若干怯んだように両手を挙げて降参したみたいだった。
 あ、この反応は『都築に他の人を宛がう作戦』を実行したら消されるな。俺からのアクションはやめておこう。うん。

「それじゃ、俺はもとの警護に戻りますんで、また何かあったら呼んでください」

 属さんはやれやれと溜め息を吐いてから、困惑したようにあわあわしている俺をチラッと見て、ちょっと眉尻を下げてから頭を下げてさっさとその場を立ち去った。
 耳にイヤフォンをして、ダークカラーのスーツはちょっと大学だと浮いて見えるけど、都築家ご用達のツヅキ・アルティメット・セキュリティサービスの制服だったりするから仕方ないけど、パッと見、属さんは都築と同じぐらいの長身でイケメンの男前だ。
 何故だろう、俺は背の高い野郎に異常にモテるみたいだ。とは言え、都築は俺を好きでもタイプでもないからモテとはちょっと違うんだろうけど、色んな意味で構い倒されるから、興味は持たれているってことだよな?属さんは堂々と俺のことが好きだから付き合ってくださいって言って、俺に華麗に「ごめんなさい」をされてガックリしていた。
 でも、まだ諦めないのか。怖いし気持ち悪い。

「都築って武道ができるんだな!すげえな!俺、空手とか合気道とか憧れてるんだよね。カッコイイ!」

 拳を握って前に突き出したりキックしながら、俺は都築を見上げて笑った。
 目にも留まらぬってすげえよな。だからどんなに怒っても、都築は俺を殴らないのかと思った。と言うか、誰に対しても、煩わしくても鬱陶しそうにしていても、何時も薄ら笑いで相手にしないのは、拳を出すと死人が出るってちゃんと意識しているからなのか。
 うーん…今後は都築を怒らせないようにしよう。ガクガクブルブル。

「…別に。護身術で覚えさせられただけだ。チビの頃は誘拐とか普通だったから」

 ああ、そうか。今でこそ熊かライオンみたいな風体の大男だけど、コイツにもチビの頃はあったんだ。身代金目的の誘拐だとか、会社にダメージを与える為だとか諸々で、身の危険はそこらじゅうにあったに違いない。

「でもほら、一朝一夕じゃ覚えられないだろ?ちゃんと、真剣に学んだんだな」

「…オレのは古武術だ。真剣も扱う。今度、稽古を見せてやるよ」

「マジか!絶対絶対、約束だからなッ」

 パアッと本気で喜ぶ俺を仏頂面で見下ろしていた都築は、それから小さな溜め息を吐いて、唐突に俺の腰を掴むとグイッと引き寄せられて驚いた。思わず目をパチクリとしてしまった。

「もう、あんな嘘は言うな。全部、オレが悪い。それは認める。だからもう二度とあんな嘘はごめんだ」

「…うん、判った。俺もごめん。もう二度と言わないよ」

 まさかあんなに怒るとか思わなかったし、こんな人目がバッチリのところで抱き寄せられるなんて羞恥プレイをさせられるぐらいなら、軽いジョークのつもりでも絶対に言わない。約束する。
 ウアイラの陰から属さんが呆れたように覗いていたけど、真っ赤になっている俺はそれどころじゃない。早く離してくれないかな。

「じゃあ、もう解禁だよな?」

 ウキウキとしている都築を見上げて、あ、コイツ、今の話題に紛れて前回の件もナシにしようと企んでいるなと、俺の都築アンテナがビビッと反応したからニコッと笑って頷いた。

「もちろん、解禁でいいよ」

「!」

 都築がもし色素の薄いでかい犬だったら「やったぁ!」と吼えて尻尾をブンブン振るんじゃなかろうかと言う幻視が見えたけど、もちろん、ヤツは仏頂面だしニッコリ笑う俺は悪魔だ。

「但し、お前んちのパソコンのハリオイデッラのフォルダに入っている動画を削除したらだけどな。もちろん、完全消去で!」

「!!!!!」

 流石にギョッとした都築は二の句が告げられないのか、酸欠の金魚みたいにパクパク口を動かすだけで声が出ない。衝撃的過ぎて言葉を忘れてしまったみたいだ。うける。
 よく都築にはウケられてるんで、今回は俺がウケさせてもらった。
 都築は呆然としたように「いや、アレは」とか「貴重な記録だから…」だとかぶつぶつ何か言ってるみたいだけど、俺はいっそ全く聞いてないふりで都築の腕を掴んだ。
 動画と画像を全部消せって言ってるんじゃないんだから、どんなにか俺は優しいだろう。

「ほら!せっかく講義をサボったんだから、早く都築んちに行こうぜ」

 これ以上はないぐらいのやわらかい気持ちでニッコリ笑う俺がぐいぐいと腕を引っ張ってウアイラに導くと、都築のヤツは泣きそうな顔をしたままのらりくらりと歩きつつ、「畜生、こんな時ばっかり可愛い顔しやがって」とか何やら物騒なことをほざきやがる。
 それすらも無視してウアイラのドアを開けろとせっつくと、都築の警護だから自分の車に引き上げようとしている属さんが、「うわ、それはないわ…」とか素で言っていた。
 うるせえ、お前らは俺の逆鱗に触れていることを忘れるんじゃねえ。

□ ■ □ ■ □

「別に全部消せって言ってるワケじゃないんだから気を落とすなよ」

 そりゃ、すごい労力でこの短い間に腐るほど溜め込んだんだから、失ってしまうのは心がもがれるほど残念だろうけどな、同じぐらい羞恥心をもがれてる俺の慈悲深さに感謝しろよ。
 ハーマンミラーの椅子に座らせた都築の両肩に両手を添えて、まるで天使みたいな笑顔で悪魔の囁きを吹き込む俺に、都築は両肘を付いた姿勢で両手で顔を覆っている。画面いっぱいの満面の笑みの俺がそのまま後ろにいるんだ、嬉しいだろ?な?な?
 2ちゃんねるとかで良くある、「ねえねえ、いまどんな気分?」ってのを地でやらかしている気がするけど、今の都築にはちょっぴりの同情心も沸き起こらない。
 よく聞けば、あの練習とか巫山戯たフォルダ名の中身は、最初に見た分と都築のピックアップ以外は、全部属さんと一緒になって俺の身体を弄くっていたっていうじゃねえか。属の野郎も今度何らかのえげつない方法で〆てやらないと気がすまない。
 可愛いだのなんだの、気持ち悪いことを言ってるなぁと思ってたら、ほぼ毎晩気持ち悪いことを俺にしていて、その反応を思い出してはそんなことを言いやがっていたんだろう。
 大男から見たら170センチ弱の男は可愛い部類に入るんだろうかとか、真剣に不気味だと悩んじまっただろうが。多少睫毛の長いのが気持ち悪いと言われる地味メンを舐めてんじゃねえぞ。
 ご丁寧に見つかったとき対策とかで、最初は(スマホの?)カメラの撮る部分を覆ってサムネイルに表示されないなんて姑息な技まで使いやがって、アレは誰の知恵なんだ。都築か、属か?どちらかによっては制裁の凄惨さに違いが出るんだ。

「…都築さ。毎晩、属さんと俺を弄ってたらしいけど、属さんは俺のこと好きって言ってたけど、まあ上司の命令だから仕方ないとしても。お前は本当に俺のこと好きじゃないんだなぁと安心したよ」

 都築の肩から手を離して、俺は英字の単なる羅列みたいなフォルダをクリックして、その中から適当な動画を再生した。

「どうしてそう思うんだよ?」

「え?だってさ、好きな相手だったら、誰かと一緒に触ろうとか思わないだろ。俺なんか好きな相手を友達とでも共有するなんてイヤだもん。俺、独占欲が強いのかな?好きな人は俺だけを見て欲しいし、俺もその人だけ見ていたい。他の人に触られて感じてる姿なんか絶対に見たくない」

 どうせ、初心な童貞のファンタジーだなプゲラってとこだろうけど、これは俺の本音だったりする。
 だから、あの寝取られとか大嫌いだ。
 わざと旦那が他の人に預けるとか設定があって、結局、奥さんはそっちの男に惚れて言いなりになったりするのが許せない。
 どう言う心境であんなのを読むのか知りたいもんだ。

「寝取られとか属さんが言ってたけどさ、ああ言うの大嫌いだ」

「…だからオレを軽蔑したのか」

「うーん、それだけじゃないけど。でも、お前にしたら普通のことなんだろうけど、俺は嫌だなぁ。だから、お前が俺を好きで、恋人とかじゃなくて良かったって思ったよ」

「どうしてだ?」

「だから、もし恋人とかだったら100年の恋も一夜で冷めてたから、即お別れするところだったんだ。恋人じゃないから、今はここにいるけど」

「……」

 都築は不意に黙り込んで、ちょうど属さんが半裸で眠りこける俺を抱き締めながら、「可愛い」と言って頬に口付けている動画が流れているモニターを、食い入るように見据えた。
 何かぶつぶつ言っているみたいだったけど、都築は傍らでうんざりしたように眉を顰めて動画を覗き込んでいる俺を横目でちらりと見上げてきた。

「なんだよ?」

 都築の凝視なんて何時ものことだけど、あんまり熱心に見つめてくるからちょっと困惑してしまう。

「…高校時代も最近も、属とはセフレをよく共有していたんだ。3Pとか普通でしてたしな」

「うげ…やっぱ爛れてんな、お前も属さんも」

「お前ならそう言うだろうな。全然気にならなかった。どっちにしてもつまらないから、属が抱いているのを見ても2人でしても何も感じなかったんだ。ただ、溜まったモノを吐き出すだけ、ただそれだけ」

 なのに、と都築は俺を色素の薄い、感情を浮かべない静かな双眸で見つめてくる。
 そんな目で見られても、出てくるのは気持ち悪いって感想ぐらいだぞ?
 軽く眉を寄せて首を傾げながら見つめ返したら、都築は小さな溜め息を零した。

「最初は録画をさせてるだけだった。お前を両手で触ってみたかったから。だがすぐに属が何時ものように自分にも触らせてくれと言ってきて、何時ものことだから納得して触らせた。納得していたはずなのに…胸の辺りがモヤモヤして、腹の底が痺れるみたいで、苛ついていた」

 都築はそこまで言うと、モニターの中で俺を楽しそうに剥いていく属さんに目線を移して、それから苛立たしそうに動画を消してしまった。

「今日、その理由が判ったよ。お前はもう誰にも触らせない。動画も消す」

「…は?ふーん、そっか。俺は消してくれるならそれでいいけど…って、うわ!」

 不意に都築が身体ごと俺に向き直って、それからぎゅうと抱き着いてきた。
 俺の胸元に頬を擦り寄せて、それからすんすんと匂いを嗅いでいるみたいだ。
 どうしたんだろう、突然甘えたくなったのかな。でかい図体して気持ち悪いんだけど。

「お前も、誰にもこの身体を許すなよ。オレ以外に触らせたら許さないからな」

「はあ?!お前、言ってることがメチャクチャだぞ。だって、練習は俺が人肌に慣れるために、28歳でラブラブな結婚をするために協力してるんだって言ったじゃないか」

「それはそのとおりだ。人肌に慣れればいい。28歳でオレと入籍すれば問題ないだろ?」

 ギョッとする俺をぎゅうぎゅう抱き締めながら口を尖らせていた都築は、それから独りで納得したようにニンマリして、「最初からセフレとは違っていたんだ、ムカついて当たり前だよな」とか「属だって百目木や柏木、ゼミの連中と何も変わらなかったんだ」とかなんとか、勝手なことをほざきやがるから、俺はその腕から逃れようと両手を突っ張るんだけどやっぱ体格差と力不足で逃げ出せない。

「何いってんだ!俺は女の子とラブラブな結婚を…」

「バーカ、お前みたいな処女が女となんか結婚できるかよ。オレが幸せな生活を約束してやるんだ、それに、もうオレに慣れてきただろ?」

 …へ?あれ、そう言えば、最近都築に触られても気持ち悪いって思わなくなったな。今だって理不尽な物言いに腹が立っただけで、別にぎゅうぎゅう抱き締められているのは気にならなかった…これって拙いよね。

「あとはセックスだけだな。初夜はやっぱりラップランドのオレの別荘で…」

「はあ、お前さ」

 俺は諦めたように溜め息を吐いて、それから都築の腕を緩ませると、ハーマンミラーの座り心地のよさそうな椅子に座る都築の腿を跨ぐようにして腰を下ろすと、訝しそうに眉を寄せている頬を両手で掴んでその色素の薄い双眸を覗き込んだ。
 琥珀のように深い色を湛えた双眸はそんな俺を興味深そうに、大人しく見入っているみたいだ。

「忘れてるだろ?俺はラブラブで幸せな結婚をしたいんだよ。お前みたいに俺のこと、好きでもタイプでもないなんて言ってるヤツと一緒に居ても、ちっとも嬉しくもないし幸せでもない」

「そのことで考えたんだ。オレはどうしてもお前を好きになれないし、タイプでもないからさ。お前がオレを好きになれば問題ないんじゃないか?好きなヤツと一緒に居られたら幸せだろ」

「なんだそれ」

 呆れたように息を吐いたら、都築は俺の腰に腕を回して抱き寄せながら、至極当然そうにご機嫌の仏頂面で嘯きやがる。

「お前がオレを好きになるのなら、仕方ないから一緒に居てやるって言ってるんだよ」

 なんだ、その偉そうな態度は。

「あのなぁ、都築。何度も言ってるけど、たとえ天地が逆さになったって俺がお前を好きになることなんてないっての」

 途端に都築がムッとしたように唇を尖らせて「お前だってオレを好きにならないじゃないか」とかブツブツと何かを言いやがるけど、俺はそれを無視して、それから閃いたからニヤッと笑って色素の薄い双眸を改めて覗き込みながら言ってやったんだ。

「でも、お前が俺を好きになるって言うのなら、俺の考えも変わるかもな」

「可能性なんてクソ食らえだ」

 フンッと鼻を鳴らす都築にぶぅっと口を尖らせた俺は、その腿から降りながらその高い鼻をキュッと摘んでやった。

「だいたいエロ動画撮って俺を怒らせたのはお前なのに、ちょっと生意気だぞ。反省しろ、反省!」

「…練習は続けるから問題ないだろ。属との動画は消すけどさ」

「はあ?なんだそりゃ、俺はハリオイデッラのフォルダの動画を削除しろって言ったよな?」

「だから、ハリオイデッラの中の属の動画を削除するんだろ」

「…誰が属さんが映ってるヤツだけって言ったよ。俺の動画全部だ!」

「お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?」

 なんなら証拠の音声を聴くかと、スマホを持ち上げて俺に振ってみせる都築は、途端に人を喰ったような嫌な笑みをニヤリと浮かべやがった。
 コイツ、どっか抜けてるお坊ちゃんだと思っていたけど、全然そんなんじゃねえぞ。
 こっちの弱みを見つけたら獰猛な肉食獣のように喰らいついて、それから弱るまでジワジワと追い詰める、紛うことなき野生のハンターだ!

「そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!」

「はあ?!なんだよそれ。嫌だね、俺は撮るぞッ」

 自分が動画を撮るのだから俺に断る必要はない…なんて、どこの独裁者だお前は。
 いいか、都築。俺が常識を教えてやるからな。よく聞いておけ。
 この日本には盗撮って言葉があるんだ。被写体に断りなくエロ動画を撮ったり盗み撮ったりするのは、盗撮って言う立派な犯罪なんだ。
 と、俺が真剣に常識を説いたところで、都築は絶対に聞かない。飲酒運転ダメ絶対!とか、野菜を残すなとか、どうしてPS4を出しっぱなしで大学に行くんだとか、そう言った俺の小言は正座して神妙な顔付きで聞くくせに、自分が信念を持っている行動は絶対に聞く耳を持たない。曲げない。たとえそれがとても理不尽な内容であってもだ。
 でも、小言も神妙な顔して聞くくせに実行は伴わないよな。絶対に都築は俺をバカにしてる。
 何時か絶対、お前がぎゃふんと後悔するようなことをしてやるからな!

□ ■ □ ■ □

 久し振りに弟たちと電話で話したら、自分たちが撮った動画や画像に都築が(違った意味で)興奮して喜んでいたと知って、弟たちが撮っていた写真や動画を興味本位で送ってきた。
 撮り方が上手だから興奮したと勘違いしている弟たちに説明するのも面倒臭いし、自分が撮っている画像をSNSにアップしている弟がガックリするのも可哀想だから、俺は礼を言って昔の画像をスマホのフォルダに格納した。
 どうせ都築から見つけられて欲しがられるか、前回で覚えたかもしれない送信方法で勝手に盗まれるかに違いないけど。
 やれやれと溜め息を吐きながら鍵を開けて部屋に入って、俺は固まってしまった。
 今日は見かけないなぁとは思ってたけど…

「…お前たち、何してるんだ?」

 立ち尽くす俺の前で、都築と属さんが深々と土下座していた。
 困惑して眉を寄せる俺を、2人は恐る恐ると言った感じで顔を上げて見上げてくると、都築がボソボソと事の真相を話してくれた。

「お前がずっと怒っているし、オレにしても属にしても何時までも軽蔑されたままは嫌だから、どうしたらいいか姫乃に相談したら、まずは土下座だと言ったんだ」

 俺が怒っているのはお前がハリオイデッラのファイルを消さないからだろ。
 でもまあ、属さんや都築を軽蔑しているのは確かだし、だいたい独りをこんな大男2人で悪戯しまくるってのは、俺じゃなくても軽蔑するんじゃないか?

「土下座したら、次は美味しいもので詫びろ。それから旅行に連れて行けってことらしい。オレも属もいまいち詫びることが判らなかったから、姫乃に聞いたんだ。これから属と2人で割り勘して寿司を頼むから、許してくれ。それで、温泉も奢る」

 ボソボソ説明する都築も属さんも、これ以上はないぐらい眉尻を下げて縋るように見上げてくる姿は、どうやら本当に反省しているみたいだなと思える。
 都築はこの間、俺に証拠の音声を聞かせて納得させようなんて巫山戯たこと言ってさらに怒らせたから、本当に反省しているかいまいちよく判らないけど、属さんは本当に反省しているんだろう、今にも泣きそうな見たこともない面で唇を噛んでうんうんと頷いている。
 そんな属さんを何時までも苛めても可哀想だから、都築の件はまた後回しにして、俺は溜め息を吐いた。

「ふうん。だったらもういいよ。本当に反省しているみたいだしさ」

「マジか!」

「ホントっすか?!」

 肩に下げていたデイパックを何時もかけている100円で買って取り付けた物掛けに下げると、てくてくと歩きながら上着を脱ぐ俺をパアッと表情を明るくした大男2人が目線で追う。

「じゃあ、寿司を注文する!」

「坊ちゃん、都築家御用達の銀座の店ッスよね?」

 俺が寿司で納得するかどうか心配していたんだろう、ホッとした2人で勝手に話を進めて属さんが内ポケットからスマホを取り出すから、俺は部屋着に着替えるためにアウターを脱ぎながら首を左右に振った。

「寿司はいらない」

「え、何故だ??」

 驚いたように注視してくる都築は不意に少し不安そうな表情をしたから、俺がもういいよと言ったのは完全に見放そうとしているんじゃないかと、却って不安になったみたいだ。

「違うよ。ちゃんと許してる。俺、今日は豚の角煮を仕込んでるから寿司はまた今度がいいなってこと」

 ニコッと笑ってジーンズを脱ぐとジャージを持ち上げて…ハッとして2人を見たら、都築も属さんもジッと俺のトランクスから伸びる素足を見ていた。こいつ等、絶対に反省してないだろ。
 ぶぅっと頬を膨らませつつそんな2人を睨み据えながらすぐにジャージを穿いたら、都築が「くそッ」と呟いて床を叩き、属さんが「ホントっすね。可愛すぎますね」とかなんとか言ってなんだか鼻を押さえている。変なヤツ等だ。

「じゃあ、寿司はお前がいい時に頼むとして、だが何もしないのは気が引ける。何か注文してくれ」

 都築も属さんも正座には耐性があるのか、薄っぺらいカーペットを敷いているだけの硬いフローリングの上で正座したまま、納得できないとちょっと不機嫌そうな表情で都築に言われてしまった。

「うーん、別にこれと言って欲しいものもないしなぁ…あ、そうだ!」

 脱ぎ散らかした服を洗濯機に投げ込んでから、デイパックから取り出したスマホをちゃぶ台の上に置きつつ首を傾げていた俺は閃いた!と頷いて、正座したままで俺の行動を熱心に追いかけていた2人に、若干1名はちゃぶ台に置いたスマホが気になっているみたいだが気にせずに言った。

「俺、都築がモデルしてた時の写真が見てみたい」

 パアッと表情を明るくして頷く属さんの隣で都築が青褪めた。
 どうやら都築はモデル時代の写真を見せるのは嫌らしい、よし、じゃあどんなことがあっても見てやろう。ネットで検索すれば出てくるんだろうけど、せっかく本人が目の前にいるんだから直接見せてもらったほうがいいもんね。

「その、今は持ってないし…今度持ってく」

「俺、坊ちゃんが掲載されてる雑誌、ほぼ全部持ってるッス!ちょっと取ってきますね」

「属…!!」

 スクッと立ち上がってさっさと部屋を後にする属さんを都築が恨めしげに見送ったが、ベッドに腰掛けた俺を見るなりグッと言葉を飲み込んだみたいだ。そうだろうな、俺がニヤニヤ笑っているんだから、都築としては弱味だと取られたくはないんだろう。

「お前さあ、モデルって何時してたんだ?今もしてるの??」

「いや、もう辞めた。最初は読モだったんだよ。属と歩いているところを街で声をかけられて。高校までだ」

「その頃は興梠さんじゃなくて属さんが護衛だったのか?」

「いや?護衛は興梠で、属とは遊びに行っていただけだ。言ってなかったか?アイツとオレは同級なんだ。あ、お前とも同い年だな」

「!!」

 衝撃的事実にビックリして目が白黒してしまった。
 てっきり属さんは俺より年上だと思っていたから…ってそうか、それで都築と仲良しだったんだな。

「属は高校を卒業したら進学せずにすぐにアルティメット・セキュリティサービスに就職したんだ」

「もしかして、同じ高校だったとか?」

「ああ、もちろん」

「…そっか。で、同じくモデルをしてたと?」

「そうだな。2人一緒のほうが見栄えもしたから、向こうがそれを望んだしな」

 都築はもう諦めたように溜め息を吐いて全部話してくれたみたいだった。
 属さんが同い年と言う衝撃と都築と一緒にモデルをしていたと言う事実に、俺はどんな顔をしたらいいのか判らずに、袋と何冊か腕に抱えて戻ってきたにこやかに?マークを浮かべている属さんを複雑な表情で見つめてしまった。

「なんすか?篠原様、何かたまってんすか。可愛いな」

「モデルになった経緯を話していた」

 床に重い音を立てて雑誌と袋を置いた属さんの戯言を無視していると、都築がフォローを入れて、なんだそんなことかと言いたそうな顔をした属さんはニッコリと笑った。

「ああ、俺が同い年ってんでビビッてんすね。俺のこと年上だって思ってたみたいですもんね」

 クククッと笑った属さんに都築は肩を竦めたけど、俺は「そのとおりだよ!」と口を尖らせて言い募ると、ベッドから降りて床に置かれた雑誌をワクワクしたように見つめた。

「でも、どうして昔の雑誌を車に乗っけてたんですか?」

 それでも口調はいきなり改まらなかったから、属さんは苦笑しながら頷いて答えてくれた。

「坊ちゃん、昔の写真を見られるのすげえ嫌がるんすよ。だから無理難題とか押し付けられた時の防波堤に何時も車に乗っけてるんです」

「あー…なるほど」

 傍らで両手で顔を覆って見ようとしない都築を見ていれば判る。
 まあ、そんな都築は軽く無視して俺は早速、一番古そうな雑誌を一冊床に置いてページを捲ってみた。
 巻頭には当時人気だったアイドルが大きな顔で掲載されていたけど、ページの中頃、『街で見かけたイケメンくん!』とかなんとか、それっぽいタイトルが踊るページの一番最初に都築と属さんがででんと載っかっていた。他のイケメンはバストアップとか小さく掲載されているのに、2人はデカデカと掲載されていたから、突撃取材のカメラマンもインタビュアーも目を奪われたんだろうってことはよく判った。

「なんで嫌なんだ?カッコイイのに」

「…カッコイイ?」

「うん、カッコイイ。属さん、これって高校何年ぐらいの時の写真なんですか?」

「これは一番最初だから、1年の時ッスね。これと、これなんかは1年の時ッスよ」

「ふうん」

 属さんはちょんまげにしているやっぱりチャラ男風で二カッと笑っているけど、都築は今よりももっと子供っぽくて、少し拗ねたような表情はイケメンに甘さが入っていて憎めない。
 いずれにしてもどっちも、一緒に写っているイケメンが可哀想になるぐらいの一級品だ。

「これは仕事で撮ったヤツっすね」

 属さんが見せてくれたページの都築は少し大人びていて、綺麗なお姉ちゃんの腰を抱えながら写っているのは、まるで世界の中心は自分にあると思い込んでいる傲慢なガキのようにも、確かに両手で掴んでいて叶わないものなんて何もない不遜な成功者のツラのようでもあり、その時に着ている服に似合った表情だなぁと思った。

「…」

 俺が無言で魅入ってページを捲るのを都築は黙って見つめているようだったけど、不意に何を思ったのか、いきなり背後からギュッと抱きついてきた。

「うっわ!」

「坊ちゃん?!」

 俺と属さんは同時に声を上げたけど、都築は不機嫌そうに眉を顰めて、それからぶつぶつと言った。

「長いこと出入り禁止だったんだ。補給させろ」

「はあ?…はは、何いってんだか」

 俺が雑誌を読んでいたり本を読んでいるとき、モン狩りをしている場合は俺が背中を背凭れ代わりにして、モン狩りをしていない場合はいつもこんな風に後ろから抱きかかえてくるから、もう慣れてしまっている俺は都築の足の間に座り直して雑誌に目線を落とした。

「…うーん、坊ちゃん、篠原様を好きじゃないとか言うけど、充分ラブラブなんだけどなあ」

 ブツブツと属さんが困惑したような表情で何か言っているけど、都築の胸板を背凭れにして雑誌を捲る俺は気にせずに、俺の肩に顎を乗せてくる都築に言った。

「やっぱり都会の高校生ってすげえんだな。こんなの見てると、都築たちがモテまくってたってのも頷ける。俺が高校2年の時なんか夏と言えば川遊び、冬と言えばゲーム三昧とか…お前たちが高校のときの俺に会ってたら見向きもしなかっただろうなぁ」

 クスクスッと笑ってページを捲っていると、「高校のときに会ってたら間違いなくレイプしてた」とか「あの頃は性欲が有り余ってたから見境なかったと思うッス」とか、なんとも物騒で不気味なことを言いやがる2人に、やっぱりお前ら反省してないだろうと思いながら、数年後にこんな変態になるとは思ってもいないだろう雑誌の中の煌びやかな2人を眺めていた。

「この当時の坊ちゃんは飛ぶ鳥を落とす勢いっつーんですかね。超モテまくって、高校でもモデルでも喰ってないヤツがいないんじゃないかってぐらいだったんすよ」

「ははは、それって大学と一緒だな」

「…属、余計なこと言うなよ。オレよりお前のほうがあの頃は派手だっただろうが」

「グッ」

 だらしないのは嫌いだと宣言したときから、都築も属さんもできるだけ自分の交友関係を口にしようとしないけど、たまにこんな風に言い合うことがある。なんだよ、モテてます主張かよ。ムカつくなあ。

「あ、そうだ。属さん、ちょっと俺のスマホ取ってもらえます?」

 都築は俺のスマホを自分と俺以外が触るのを殊の外嫌うけど、背後からがっちりホールドされてるのに身動きできなんだ、仕方ないだろ。だからスマホを取ってくれた属さんを地味に睨むな。

「さっき弟が送ってくれたんだけど、俺が高校の頃の動画…ぶっ」

 ちくちくとフォルダを開こうとモタモタする俺の手からスマホを強奪した都築は、片手だって言うのにサクッとフリックとタップを決めて、弟が送ってくれたガキ丸出しの俺の動画を再生しやがった。誰が勝手に観ていいと言ったんだ。俺にだって選ぶ権利ぐらい寄越せ。

『やめろちゃあ、水がかかったらケータイ壊れるちゃ』

 アハハハッと賑やかな声が漏れているのは、どうやら夏のプール開きに向けて、みんなでプール掃除をしている動画らしい。タンクトップの下着と体操着の半ズボンで笑いながら、みんなでキャッキャッしてる動画なんて、お洒落でイケメンな都築たちが見たって面白くもないだろうに、それどころかガキだってバカにされると思ったから選びたかったのに。

「…これ、乳首見えてますよね」

「…半ズボンだと?」

 クソッとなぜか悪態を吐かれている俺の動画が可哀想になって、都築の手からスマホを奪おうとするけど、リーチの違いもあるし腰をガッチリ掴まれているせいで身動きが取れない。奪えない、ぐぬぬぬ…。

『夕方から雪が降るち義母ちゃんが言っちょったけ、やけ今日は早よ帰れよ』

 マフラーをした俺が鼻の頭を赤くして手袋の両手で口元を覆うと、俺を撮っている弟をジロッと横目で睨みつつ方言で注意するけど、なんか動画を撮られているとついつい笑いたくなる俺はやっぱり笑って「やめろちゃ」と言って携帯電話を押しやろうとしていた。

「学ランに方言…クソッ、レアだ」

「レアっすね」

 だから、俺の動画はバトルカードとかじゃねえぞ。

「なんだ、この宝の山は。篠原、これ全部欲しい」

「あ、俺もできれば欲しいッス」

「はあ?あげねえよ。なんで俺の動画をあげないといけないんだよ。これは、俺とお前たちの違いを見せようと…」

 俺がうんざりしたように口を尖らせたけど、都築のヤツは「これ送信はどうするんだ?」とか勝手に聞いて、「取り敢えず、坊ちゃんのパソコンに全部送りますね」とか属さんが答えて勝手に送信しやがったみたいだった。

「おい、画像もあるぞ。これは何時だ?」

 勝手に動画を送信しやがった都築たちは、画像フォルダまで勝手に開きやがって、膨れっ面の俺の目の前にスマホの画面に映った画像を見せてきた。
 山桜が散る中ではにかんでいるまだずいぶんとガキの俺が笑っているそれは、確か高校の入学式じゃなかったっけ。

「高校の入学式だと思うけど…」

「中学卒業したばっかッスか!可愛いッ」

 属さんが薄気味悪いことを言うからげんなりしていたけど、俺は都築が無言でその画像をじっくり魅入っていることに気付いた。
 なんだろう、ものすごく気持ち悪い予感がするんだけど…

「属、オレのスマホにこれを送ってくれ」

 すぐに属さんが俺が止める暇もない迅速さでサクッと送信するから、もう好きにすればいいと泣き出しそうな俺の前で、都築が手にしているスマホがピロンッと鳴って受信を報せ、胡乱な目付きの俺の前でヤツはそれを待ち受けに設定しやがった。

「都築、やっぱりお前気持ち悪い」

「はあ?こんなレアな画像、待ち受けにするだろ、普通は」

 いや、しないでしょ。普通に考えて。

「坊ちゃん、いいなぁ…」

「属はダメだぞ。ひとつなら動画をやってもいいが、全部はダメだ」

「ちぇッ。とんだ独裁坊ちゃんだ」

 お前らは何を言ってるんだ。
 あーあ、ちょっと田舎の高校生と都会の高校生の違いを見比べてみようとしただけなのに、結局画像も動画も全部盗まれてしまった。

「…じゃあ、俺の動画と画像はあげたんだから、この雑誌を全部ください」

 都築の囲いから抜け出せないままぐぬぬぬ…っと歯噛みしていた俺が、頬を膨らませたままでお願いすると、都築は嫌そうに一瞬眉を顰めたけど、属さんは気軽に「いいッスよ」と快諾してくれた。

「これから都築の防波堤がなくなるけど…」

「ああ、心配はご無用ッス。もうワンセット、別の車に乗っけてるんで」

 都築が「お前、なに考えて…」とうんざりしたように属さんを見てブツブツ言っているけど、それだけ準備していないと非常識でとんでもない命令を平気でされるんだなと言うのがよく判って、俺は都築をなんとも言えない表情で見上げてしまった。

「なんだよ、その顔は」

「都築さ、少しは護衛のみなさんを大事にしろよ」

「はあ?」

 属さんが曰くには今の都築は護衛なんか必要ないほど強いんだけど、お父さんと姫乃さんが心配してお守り代わりに付けているだけなんだそうだ。属さんは同級生だし気心も知れているからいいだろうし、興梠さんは昔からのお付きの人だからOKってことで、この2人以外は必要ないと断っているんだとか。

「篠原様に許してもらえてよかったし、可愛い写真や動画も見せてもらえてラッキーでした!んじゃ、俺はまだ任務があるんでこれで失礼しまッス」

 ホクホクした属さんが腰を上げてお暇するのを見送ってから…とは言え、背後から都築にがっちりホールドされているから玄関までお見送りはできなかったけど、俺の動画を機嫌よく観ている都築を振り返った。

「ま、強いってのはいいことだけど。でも、自分の力を過信せずに、ちゃんと危険なときは護ってもらうんだぞ」

 弟に言い聞かせるみたいに呟いたら、俺の腰を抱く腕に力を込めた都築は、それからクククッと笑ったみたいだった。

「了解、お兄ちゃん」

 誰がお前の兄ちゃんだ。
 ちぇ、心配して損しちゃったぜ。
 あったかいけど硬い都築の胸板に凭れてぶうっと頬を膨らませたものの、俺はそうかと頷いていた。
 どうして都築が何をやっても気にならなかったのか不思議だったんだけど、俺、どうやらコイツを弟たちと同じレベルで考えていたんだな。
 そっか、そうだったんだ…でも、この事実は都築には内緒にしておこうと思った。
 何故か、絶対に言っちゃいけない予感がしていたんだ。
 何故かって決まってる、弟ヅラした都築がきっと無敵になりそうな予感がしたからだ。
 長男だけど弟でお兄ちゃんをやってのけてる都築のことだ、甘える加減も、長男でずっとお兄ちゃんの俺より心得ていると思う。
 負ける、絶対に負ける。
 …うん、黙ってようっと。

□ ■ □ ■ □

●事例14:エロ動画を撮っているのに反省しない
 回答:お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?なんなら証拠の音声を聴くか?
 結果と対策:そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!

13.スマホやパソコンのなかみ・寝室などがいろいろ酷い(属、お前もか)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「都築のスマホって俺が見てもいいのか?」

 まあ、ダメだろうな。
 セフレとかそうじゃない大事なメールとかイロイロあるだろうから、俺なんかよりも交友関係も広いし、家の事情もあって、俺みたいに開けっぴろげができる立場でもないしな。

「いいぞ。ほら」

 恒例である俺のスマホの内容チェックをしている都築はなんでもないことのように言って、それからベッドに投げ出している自分のスマホを放って寄越すからビビッた。

「へ?…え、いいのか??」

「はあ?見たいって言ったのはお前だろ」

 別に都築のプライベートが知りたかったワケじゃないんだよね。アレだ、前に見せてもらった動画、できればアレを削除したい。
 都築は俺宛の迷惑メールとか女の子からのメールとか、内容をチェックしたら勝手に消してるからな。それに画像も。
 ちょっと前に百目木と行ったイベントで、可愛い初音ミクのコスプレイヤーさんが一緒に写真を撮ってくれたのに、都築のヤツはそれを見つけるなりいきなり消去しやがったんだ。それも完全に。
 もう復旧できないんだぞ、酷い。
 前にフィギュアと言えば喜んで遊びに来ると思ってんだろとか言ってたけど、喜んで遊びに行くような地味メンヲタです、ごめんなさい。
 だから(悔しいから)、脅しの道具にも使われかねないあの動画を勝手に無断で削除してやるんだ。
 …って言うか、もう削除されてたりしてな。
 あ、その考え方が正しいか。コイツのことだから、言い訳に動画を撮ってただけだろうし、下手に動画を観たらセフレとのアレやコレが映ってたらどうしよう。
 うん、観ない。
 でも、好奇心が…ちょっとだけ。ちょっとだけ、観てみよう。
 画像のフォルダはすっ飛ばして、動画フォルダと思しきものを発見したので開いてみた。
 都築には内緒だから音声を絞っておいて、最初に開いた動画はセフレとのモニョモニョで、コイツってハメ撮りとかするんだなと気持ち悪くなった。
 なんだ、これ。1分もない動画はまるで試し撮りでもした感じだな。いや、この相手ってユキっぽいから、初めての記念とかで取ってんのかな。都築ってそう言うの大事にしそうだから。
 とは言っても、一番古い動画がそのハメ撮りの3個で、その下の数十個はありそうなファイルは全部俺の動画だった。
 これ全部俺の動画なのか…気持ち悪いな。
 もう、随分と前のモノから…って、俺がまだ都築と知り合ってもいなかった頃の動画があって吃驚した。
 その動画は僅か1分半ほどの短さだったけど、入学したてで右も左も判らない俺と百目木が、困った顔で笑いながら桜並木を歩いているだけのなんの変哲もない動画。なんだか、エッチな動画を見つけるより恥ずかしいのはどうしてだろう。
 その他は、俺が食事の用意をしている後ろ姿だとか、大学の講義中のものや、本を読んでいるところ、家で勉強しているところやモン狩り中の都築の横で一緒に画面を見ていたり…何時の間に撮ってたんだ。
 そして1つの動画で手が止まった。
 それは雨が降っていて、何処にも行きたくない午後の俺のアパートだった。
 俺がウトウトと眠っているのを撮っていた都築は、小さいクシャミにスマホを床に置いて俺を抱き上げるとベッドに行こうとして不意に立ち止まり、それから思い直したようにアパートの安いサッシの窓辺に腰を下ろすと、俺を抱きかかえたままで雨粒が流れる透明の硝子を見上げている。
 少し肌寒かったのか、俺は夢現で都築に身体をぎゅうぎゅう寄せて、それからぬくもりにホッと安心したような息を吐くと、また夢の中に戻っていったみたいだった。
 声を出さないようにしているから判らなかったけど、都築は何かをブツブツ言って、それから俺の髪に頬を寄せてすごく幸せそうに笑うと、雨の烟る窓の外を見上げて眺めている。その横顔が、とても綺麗だった。
 なんだかおかしな気持ちになったから、俺は慌ててその動画を閉じると、他は全部似たようなモノばかりだったからフォルダそのものを閉じた。
 結局、お目当ての動画を探す気にもなれなかったんだよね。
 画像のフォルダもちょっと開いてみた。肌色だったら閉じようと思ったけど、やっぱりそこにも俺の画像が山ほどあるんだ。
 今度は試し撮りみたいなハメ撮り画像はなくて、大半は料理中の立ち姿だったけど、大学で道を急ぐ俺だとか、トイレに入っていて迷惑そうな顔をしている俺、風呂に入っていて恥ずかしそうな全裸の俺、それから眠っている俺…ってこれ全部、盗撮じゃねえか!!
 思わず都築のスマホを投げ出して、床にガクーッと膝を付きたい気分になったけど、俺は微妙な顔をして都築を見つめてしまった。

「何を見てるんだ?どうしたんだ??」

 そんな俺に気付いた都築が怪訝そうに眉根を寄せて尋ねてくる。

「お前ってさ、ホントにイケメンだよな。でも、気持ち悪い」

「はあ?」

 意味不明だったんだろう、俺のスマホの内容チェックをしていた都築は、俺の手から自分のスマホを取ると何を見ていたのか確認した。

「ああ…別によく眠ってるみたいだったから撮っただけだ」

「ふうん…あ、そうだ。お前、あの動画…」

「動画?!」

 ハメ撮りはパソコンにでも送って別で保管したほうがいいんじゃないかと軽い気持ちで忠告しようとしたら、動画に反応した都築が珍しく頬を真っ赤にしてギョッとした顔をしたから、その反応に吃驚してしまった。
 へえ、コイツでも恥ずかしいとか思うんだな。
 エッチに関することでもケロッと口にして俺を赤面させると、それが面白いって視姦してくるようなヤツが、ハメ撮りを観られて羞恥してるなんてすげえ。
 セックス中でも平気で電話したりメールしたりしてくるから、てっきり、エロシーンを観られても平気なんだとばかり思っていた。

「ははは。なんだ、お前でもハメ撮り観られたら恥ずかしいんだな。じゃあ、やっぱりあの動画はパソコンにでも保管しておいたほうがいいと思うぞ」

「…ハメ撮り?ああ、なんだこれか」

 怪訝そうに眉を寄せた都築は動画フォルダを開いて古い日付のファイルを確認すると、なんでもないことみたいにいきなり3個とも全部消してしまった。

「オレさ、スマホで動画撮るとか考えたこともなくて、何かを残したいとか興味もなかったんだよ。だから動画の撮り方がいまいち判らなかったから練習したんだ」

「…エッチの最中に動画の練習したり電話したりメールしたりするのはやめろよ」

「セックスなんてつまらないだろ?夢中になる時もあるけど、そんなの最近やっとそう思えるようになったぐらいだ。頼まれるからしてるだけで、溜まらなけりゃ本当はセックスなんかしなくてもいいんじゃないかって思ってる」

 面倒臭そうに不貞腐れる都築の態度に驚いた。
 コイツって性欲魔人で無節操だとばかり思ってたのに…でもそう言えば、前に穴なんか誰でも一緒だから外見ぐらいは綺麗なヤツと犯んないとつまらないとか言ってたな。あれはてっきりモテてるのを自慢してるのかと思ってたけど、本当につまらないと思ってたから言っていたんだ。

「でも、相手に悪いだろ」

「心配しなくても最中は誰も気付いてない」

 鼻を鳴らして素っ気ない口調の都築の反応を見ていると、自分は夢中になれないものにきっと夢中になりまくっている相手に違和感を持っているんだろうなと思う。

「ふーん、でも電話されるこっちは迷惑だ。大事な話でも声で…その、よく聞こえないし」

「ああ、アイツらよがり狂って声がでけえもんな。これからは気をつける」

「そうしてくれ」

 呆れて溜め息を吐いた俺は、それからふと思い出した。

「都築さ」

「なんだよ?」

「どうして入学したばっかの頃の、俺の動画を持ってるんだ?」

「!」

 俺はちょっと、声もなく驚いてしまった。
 ギクッとした都築のその反応。
 ジワジワと首からゆっくりと赤くなっていくのも吃驚だけど、バツが悪そうな、苦虫を噛み潰したような顔付きを初めて見たからだ。

「ソレは、その、アレだ。桜が綺麗だったから残そうと思ったんだ。そしたら、たまたまお前が映ってただけだ」

 確かに何時もの不機嫌そうな顔で言われたのなら納得していたけどお前、そんなあからさまに動揺している顔で言われても納得出来ないんだけど。

「ああ、あそこは余所からも来るぐらい有名な桜並木だもんな」

「そうだ」

「…でも、被写体は桜じゃなくて俺だったぞ?」

「………………お前が」

 都築は顔も、耳までも真っ赤にしたままでバツが悪そうに唇を噛んでいるみたいだったけど、どうやら観念したのか、その世にも珍しい表情をもっと見たいと覗き込む俺の顔を押し遣りながら、都築は軽く咳払いして話し始めた。

「道に迷ったからって同じ新入生だったオレに声を掛けてきたんだよ」

「へ?」

「…ち。おおかた在校生と間違えたんだろ。桜の花びらを髪にいっぱい付けて照れ臭そうに笑って大講堂にはどう行ったらいいかって聞いてきたんだ。その場所はパンフレットで知っていたから道順を教えてやったら嬉しそうに笑ったお前が、有難うと言ったんだ。だから、撮ったんだよ」

「…は?」

 今の何処に撮っておこうと思う瞬間があったんだ?
 ああ、でもそう言えば覚えてる。
 有名な桜並木で、満開が過ぎて散り始めた桜がとても綺麗だったから、百目木と夜とか灯りに照らされてたらロマンチックだろうなーとか童貞の妄想が炸裂してたら道に迷って、大講堂の場所が判らなくなったんだ。そこで誰かに聞こう!ってなったんだけど、百目木も俺も、その時は立派な地味メンヲタのコミュ障だったから、誰に聞こうかって、どっちが聞こうかって譲り合いになってジャンケンして、それで負けた俺が新入生ばっかのなかで、眼鏡をかけた大人っぽいヤツが1人、桜の下でぼんやり佇んでこっちを見ていたからてっきり在校生だと思って声を掛けたんだった。
 背が高くてイケメンで、こんなお伽噺の中の王子様みたいなヤツもいるんだなぁって、当時は先輩だって思っていた都築一葉に、恐る恐る声を掛けたんだけど、都築は唐突に不機嫌そうな顔をして突っ慳貪に大講堂の道順を、それでも丁寧に教えてくれた。
 その時はあんな噂とか知らなかったから、俺もこんな風に、格好いい大人になりたいなって…今からじゃ考えられないけど、都築に憧れたんだよなぁ。

「憧れは儚く散ったけどさ」

「?」

 照れ臭さの残った頬を冷やそうとでもするかのように片手でパタパタ扇ぐ都築は、俺のため息混じりの独り言に訝しそうに眉を顰めた。
 そう言えばコイツ、あの時から俺には不機嫌そうな面をしてたな。

「俺が有難うって言ったら動画が撮りたくなるのか?」

「煩いな!桜が綺麗だって思ったんだッ。それだけだ」

 あくまでその言い訳で乗り切ろうとする都築に呆れはしたものの、どんな答えを期待していたワケでもないから、俺は肩を竦めて納得してやることにした。そうしたら都築のヤツはちょっとホッとしたみたいで、そろそろ夕食の準備でもしようかなと立ち上がる俺をジッと見つめていたけど、徐に俺のスマホを見せながら言ったんだ。

「この、画像と動画が欲しい」

「…は?」

「家の前か?ここで笑ってる画像と、高校卒業の時の動画みたいだけど。これが欲しい」

 都築が俺に見せたのは、大学に入学するからと両親がプレゼントしてくれたこのスマホが嬉しくて、高校の卒業式に弟たちが試し撮りだと撮ってくれた動画と、東京に上京する記念だと言って工場の隣にある実家の前で、これまたやっぱり弟が撮ってくれた一番古い画像と動画のファイルだった。
 自分の隠し持っていた動画がバレたと思ったのか、都築はもう隠す必要もないと高を括ったみたいで、大っぴらにそれまで欲しいと思っていたけど我慢していたんだろう要望を隠さなくなった。

「高校は学ランだったんだな。これはレアだ」

 俺のスマホを差し出して頷いている都築に、俺の写真はバトルカードじゃないぞと言いたいのをグッと耐えて、まあ、別に何かに悪用されるってワケでもないから画像や動画のひとつぐらいどうってことないからくれてやることにした。

「なんだ、画像の送信とか知らないのか?」

「興味がなかったんだ。セフレはよく送ってくるけど、オレは送ったことはない。欲しがられても送る気にはなれなかったし」

「ふうん」

 都築ぐらいのリア充になったらSNSとか当たり前で、エッチ問わず動画の送受信ぐらいしてるんだろうと思っていたけど…そう言えば、コイツのスマホの中身って今のところ全部俺のファイルばっかだったな。

「都築ってスマホはこれ一台なのか?リア充ってさ、スマホを何台も持ってるんだろ?」

「はあ?スマホなんて一台あれば充分だろ。姫乃に言って、お前も献立の送受信はこっちでやるようにしたら面倒臭くないぞ」

 それって自分が確認する手間が省けるからじゃないだろうな…

「でも、画像を撮るから俺のスマホの容量だとすぐにいっぱいになるよ。あ、でもそうか。撮って送信したら消せばいいのか」

「消すなんて勿体無いだろ。SDカードを使えばいい」

 都築は容量のあるSDカードを使用しているらしく、あの大量の動画と画像はそっちに格納しているんだとか。だから、一台で事足りると言うんだけど、なんか見られたくないメールとかあるだろうにさ。

「見られたくないメールとかどうするんだよ」

「オレはセフレにスマホを見せる気はない」

 俺んちにいる時は外しているそうだけど、セフレと会う時は前もってパスを入れるんだとか。聞けば、セフレに俺の画像を消されたりするのを防止するためだってことらしいけど…そこまで俺のファイルに価値はないと思うぞ。それよりも、お前自身の個人情報を護るとか言えよ。

「まあ、お前がいいんなら一台でいいんだろうけどさ。ほら、送ったぞ」

 都築のスマホがピロンッと鳴って、受信を告げたらしく、ヤツは満足そうに何やら操作をしているみたいだった。

「そう言えば最近お前んちに行ってないけど、あのダッチワイフとかどうしてるんだ?セフレが気味悪がらないか??」

「…」

 俺の素朴な疑問に一瞬都築は動作を停止したけど、すぐに不機嫌そうに眉を寄せて淡々と聞かせてくれた。
 なんでも、あのダッチワイフを部屋に置いたままセフレを呼んだら、俺が言うように気味悪がられるし貶されるんでムカッとして、仕方ないから実家に持って帰ったんだと。そうしたら姫乃さんともう1人のお姉さんの万里華さんと妹の陽菜子ちゃんが興味津々で、ちょうど泊り込みで護衛に当たっていた属さんに抱いてみろと言ったらしい。

「属はお前を好きだからな。喜んで二つ返事だったらしい」

 都築は不機嫌と不満を併せ持った複雑な表情をして腕を組むと苛立たしそうに話を続けてくれるんだけど…属さん、確かに都築と離れてる時にお世話になったから食事とかご馳走していたけど、最後らへんで付き合ってくれと告白されたんだよな。でも、どうして都築家に関わる連中はみんなゲイを公言するんだろう。
 おまけにエロシーンを三姉妹に見せるなんて…今後、属さんとは絶対に口をきかないし目も合わせない。

「その事実を翌日実家に戻って知ったんだけど、属の野郎、隠しモードまで見つけ出して充分堪能した、あざーっすとか言いやがったんだぞ。姫乃の命令じゃなかったらぶっ殺してやるところだったけど、安心して実家にも置いておけないし、仕方ないからマンションに持って帰ったんだ。で、もう面倒臭いからセフレを家に呼ばないことにした。そうしたら、室内も充実できるって気付いたしな」

 …室内も充実できるだと?

「え?今のお前んちってどうなってるんだ??」

「別に普通だけど?」

 うん、判った。

「明日、お前んちに行ってみてもいい?」

「来るのか?!もちろん、いいぞ」

 都築は俺が都築んちに行くことをすごく喜ぶ。俺んちなんてお前んちみたいに寛いでるくせにどこが違うのかいまいち判らないけど、だけど、そんな都築が気持ち悪くてできるだけあの高級マンションには近付かないようにしていたんだけど…なんか一抹の不安に駆られたんだ。

□ ■ □ ■ □

 高級感満載の煌びやかなマンションを見上げていると、自分の存在が相変わらず浮いてんなぁと思いながらエントランスを潜り抜けてエレベーターに向かった。途中で、何があっても逃がすなと言われているコンシェルジュたちが、素直にエレベーターに乗る俺を見て、みな一様にホッとしているみたいだ。都築がお世話をかけてすみません。
 自分のせいではないはずなんだけど、なんだか申し訳なくてしかたない。
 このマンションは通常のセキュリティと違っていて、エレベーターの横にガードマンが居て、その人が全員の顔を覚えているもんだから、顔パスでエレベーターに乗れる人と乗れない人がいる。乗れない人はどうするかと言うと、なんとホテルみたいに受付に行ってから部屋番号と自分の氏名を名乗って呼び出してもらわないといけないシステムだそうだ。
 顔パスは住民だけで、お客さんはみんな受付へ行けってことらしい。
 信じられるか?ピンポーン、はい?ガチャリ…じゃないんだぞ。
 ピンポンすらない俺んちでは考えられないシステムだ。
 ホテルか会社みたいに電話で呼び出しがあって、約束の相手なら会うし、約束していない相手なら会えないとかって感じなんじゃないかな。いきなりの凸はお断り仕様だ。
 俺の場合は都築が俺の後頭部を押さえつけて青褪めるコンシェルジュとガードマンにくれぐれもと念を押したし、興梠さんにコピーさせた写真を全員に配布すると言う徹底ぶりだったから、誰も同情と遠い眼差し以外は引き止める人なんかいない。それどころか、今みたいに素直にエレベーターに乗り込めば心の奥底から喜ばれる。だいたい、都築のメールや電話にイラッとして引き返そうとするからなんだけど…
 都築はこんな感じでいいんだろうかと、何時も最上階の都築んちに軽い抵抗を受けながらスムーズに稼動するエレベーターで向かう度に、もっと真っ当な道を歩まないと、人間的にも都築グループ的にも拙いんじゃないかと思うんだけど、当の本人が何も気にしていないのでいいんだろうけどとちょっと理不尽な気持ちになってしまう。
 あの時投げつけられたまま俺が何も言わずに可愛らしい月と星のキーホルダーの付いた合鍵を使うのを、都築も黙っているけど、アイツの場合はちょっとご機嫌で黙っているところがある。何か言ったら、きっと俺が返してくると踏んでいるんだろう。
 まあ、何か言ってきたら返そうとは思っているから、最近、都築に俺の生態を把握されているんじゃないかと不安になる。
 特殊なシステムだから非常階段からもエレベーターからも不審者の侵入が、恐らく世界一困難なマンションなので、鍵は特殊な暗証番号だとか指紋認証とかは必要ない、普通のディンプルキーだ。あ、鍵自体は複製し難いディンプルキーだけど、それだって複製されても行き着けなかったら意味がないんだよな。
 鍵を開けて室内に入ると、広い玄関の右手がプライベートエリア、左手がパブリックエリアになっていて、正面にお客さん用の客室に行ける扉がある。俺が「お邪魔します」と声をかけて靴を脱いでいると、リビングから都築がムスッとした顔付きで顔を覗かせて、ご機嫌の不機嫌面とは違うから俺は首を傾げてしまった。

「どうしたんだ?」

「お前、お邪魔しますって言うよな?こう言う場合は、ただいまだろーが」

「…」

 なんだ、そりゃ。

「俺んちじゃねえもん。お邪魔しますで正解だろ」

「ブッブー、不正解です。はい、やり直し」

 脱ぎかけていた靴を履き直して遣り直せと言うことらしくて、このまま靴を履き直して帰ることこそが正解のような気がしてきた。

「…ただいま」

 それでもこのマンションは都築邸なので都築が王様らしく、一応お呼ばれしている俺は素直に靴を履き直して指示に従ってやった。
 だいたい、何時も玄関で小芝居が入るよな。
 変だよな、都築邸って。

「よし、お帰り!大学から直行したんだろ?偉い偉い」

 途端に上機嫌になった都築は呆れ果てながら靴を脱ぐ俺をひょいっと抱き上げて、片手でポンポンッと脱がせた靴を放ると、起き抜けの猫よりもぐったりしている俺を肩に担いで寝室に向かう。
 俺の意思はあからさまに無視らしい。
 ちょっとリビングで一息吐かせてもらおうとか、ジュースやお茶を出せとは言わないから、せめて水ぐらい飲ませてくれたら嬉しいんだけど、俺が来る=都築がやりたいことをするがデフォなのでもう何も言わない。

「お前が珍しくオレの部屋に興味を示したから、模様替えした寝室を最初に見せてやる」

 俺は別にお前の寝室に興味を示したワケじゃない。お前んちがどうなっているのか見たかっただけだ…けど、この場合は寝室を見るで正しいのかな。
 コイツ、家にいる時は殆ど寝室から出ないって興梠さんが困ってたからさ。

「お前、いつも寝室で何をやってるんだよ?興梠さんが引き篭りじゃないかって心配してたぞ」

「興梠、篠原に何を吹き込んでるんだ…別に、ただのネットだよ。株式を見たりイロイロだ。リビングより落ち着くし」

「あー、まあ広すぎるよね」

 都築の肩に揺られながら頷く俺は、興梠さんと2人でも此処は広すぎるよねと思ったりした。
 都築が主寝室のドアを開けて電気を点けると、室内は特別何処かが変わっている感じではなかった。ただ、大きなベッドの向こう、窓辺に机が配置されていて何台かのモニターとかパソコンが配置されているし、その手前に2人掛けぐらいの大きさのソファがある…ぐらいか?
 よかった、セフレを呼ばないとか言うから部屋中に俺の写真とかあったらどうしようかと思った。

「都築、もう降ろしてくれよ」

 いい加減、肩に担がれたままってのはおかしいだろ。
 小さな舌打ちが聞こえたけど、敢えて聞かなかったふりをして、渋々オレを降ろす都築を無視した俺は相変わらずベッドをこんもりさせているダッチワイフに嫌気がさしていたら、その横に見慣れないものを見つけて眉を寄せた。

「なんだこれ?」

「ヲタが偉そうに勿体振るからオレも作ってみた。抱き枕カバーと言うんだそうだ。写真があれば大丈夫だったけど、お前の場合は山ほどあるから選ぶのが大変だった」

 大変だったじゃねえ。駄目だろ、これは。

「ダッチワイフから写真を撮ってねえだろ、これ。どうやって撮ったんだよ?!」

 ムッツリと不機嫌そうな都築に食って掛かったのは、抱き枕のカバーが俺になっていたからだ。それも表に向いている方は何時ものパジャマ姿で眠りこけているけど、裏面もあって、そっちは全裸の俺が眠りこけている。
 よく見ると部屋の片隅にはそんな抱き枕が幾つかあって、お洒落な感じに配置されているけど全部俺の顔だとかバストアップの画像がプリントされたクッションがあった。
 前に来た時はなかったソファも、どうも都築がパソコンに向かっている時は、ダッチワイフの俺がこのソファに座らされているようだ。
 なんか、思い切り気持ち悪い部屋になっているような気がする…

「加工だ!…そう、お前が風呂に入っている画像と眠っている画像をコラしたんだ。うん、いい出来だろ?」

 締め上げていた都築の胸もとから手を離した俺が唖然として見渡した部屋は、壁一面の写真よりもさり気なく気持ち悪い仕様に変更されていた。そんな気持ち悪さに呆気に取られている俺に、都築はベッドの上の抱き枕について嘘くさい説明をしている。

「パソコン…パソコンの中を見てもいいか?」

「いいぞ」

 抱き枕から意識が逸れると思ったのか、都築はすぐに電源を入れてパソコンを起動した。起動した画面を見て、その場にガクーッと跪きそうになってしまった。
 まず壁紙が笑顔全開の盗撮された俺の写真だし、気になってスクリーンセーバーを確認すれば学ラン着用で照れくさそうに笑っている俺の動画…あの時送ったヤツか。
 デスクトップには幾つかフォルダがあって、起業に必要なものや大学用と思しきもの、その他雑多なものと、あからさまに怪しい『KS』のフォルダ…俺のだろこれ。
 そう思って開こうとするとパスワードを聞かれる。

「…都築、これのパスは?」

「……全部見ていいワケじゃない。パスが掛かっているのは見たらダメだ」

 少し動揺したような顔で不機嫌そうに言う都築を、冷ややかに見返した俺は無言のまま前に向き直る。自分が全開で笑っている顔とご対面はかなりHPを削られるな。

「……」

 カタカタとまずは思いつく数字を打ち込んでみる。俺の誕生日だ。
 これは開かないか。
 ああ、もしかしたら俺と都築が初めて会話したあの入学式の2日後の日付はどうかな。都築はそう言う記念日的なモノを大事にしてるからな…ダメか。前に都築が聞いてもいないのに教えてくれた誕生日…適当に俺の誕生日と都築の誕生日と入学式の2日後の日付を入れてみたら、すげえ開いた!

「なんで開けるんだよ?!」

 都築もビックリだ。

「お前、頭いいけど単純だな。こう言う時はアナグラム的にさ、数字を並べ替えるとかしたらいいんだよ」

 あ、余計なこと言っちゃったかな。
 でも、都築のヤツは開いたことに動揺しているみたいで、俺の台詞なんか一向に聞いちゃいねえみたいだ。だったら、よし。
 開いたフォルダを見てそれでも俺はちょっとホッとした。
 都築が隠したがるから何か見てはいけないモノが隠されているんだろうと思ったけど、中にはただ膨大な量の俺の画像と動画があるぐらいだ。いや、もちろん、この量の画像も動画も気持ち悪いけど、見た感じ、肌色っぽいのはないので一安心だ。

「ん?なんだ、この記号みたいな文字のフォルダは」

「あ、それは開くな!」

 都築が思わずと言った感じで電源を強制的に落としやがったから、俺はそのフォルダを見ることができなかった。
 怪しいぞ。
 非常に怪しいぞ。
 確かharjoitellaって書いてたよな。
 少し青褪めて唇を引き結んでいる都築を疑いの眼差しで見上げていた俺は、それから徐に立ち上がって都築をビクつかせてから、都築の肩から降ろされたところに放置していたデイパックのところまで行くと持ち上げた。
 スマホを取り出して翻訳アプリを起動する。

「えーっと、H、A、R、J、O、I…」

「ハリオイデッラ、harjoitellaだ。日本語で練習って意味のフィンランド語だ」

 俺の行動の意味を知ったようで、都築は諦めたように答えを呟いた。

「練習?…俺はお前と何か練習してたんだっけ?」

「…」

「パソコンのハリオイデッラのフォルダを見せてくれるよね?」

 俺がスマホを持ったままでニッコリ笑うと、都築は息を呑んだようにそんな俺をジックリと見据えていたけど、やっぱり諦めたように溜め息を吐いたみたいだった。

□ ■ □ ■ □

「都築、前から変態だ変態だって思ってたけど、本当にどうかしてるな!」

 傍らでしゃがみ込んだまま両手で顔を隠している都築を、椅子に座ったままで胡乱に見下ろした俺は呆れを通り越して溜め息すら出ない。
 都築は確かに練習していた。眠っている俺を相手に。
 前に寝ぼけた俺にフェラさせた時に閃いたらしく、都築は俺に睡眠学習をさせているのを赤裸々に一部始終録画してパソコンに保存していたんだ。
 内容は大半がエロいことではあるけど、目を背けたくなるほど酷いものじゃないのが却ってリアルで、都築が俺に何をさせたいのかいまいち判らない。
 夜中にすやすやと眠っている俺を半覚醒状態で起こし、ひとつずつ指示を出してキスさせたり抱きつかせたり甘えさせたり…たまに乳首を抓んだりチンコを擦ったりしているんだ。

「…都築って俺のこと好きなのか?」

 そうじゃないとこんなことさせる理由が判らない。
 首に両腕を回して抱きつかせると、俺が都築の頬にすりすりと頬擦りしたりしている気持ち悪い動画や、都築の無精ヒゲが痛いとむずかるのをあやすように抱きかかえると、俺の頬にキスを落とす動画などなど。
 都築じゃなくて俺のほうが真っ赤になって顔を覆いたい。

「別に好きじゃない、タイプでもない」

 顔を覆ったままの真っ赤な首筋を見下ろす俺の耳には、相変わらずの都築節がくぐもった声音で届いてくる。

「じゃあ、どうしてこんな動画撮ってるんだ?なんの練習なんだよ」

 一見すれば、まるで付き合い始めたばかりの恋人が、2人きりで甘い時間を過ごしているような設定のなんかアレな動画なんだよな。エロビデオとかのストーリーものの最初に流れそうないちゃラブシーンみたいだ。気持ち悪い。

「…お前が28歳になったら幸せな結婚をするとか言うから、その希望を叶えてやるために睡眠学習をさせているんだ」

 見られて恥ずかしいと思っているくせに、饒舌に言い訳を口にするところを見ると、どうやら随分と前から見つかった時の講釈は考えていたみたいだな。

「お前は本当に初心な処女だから、人肌に慣れる練習をしていたんだ」

「…そっか。俺が28歳でラブラブな結婚をしたいとか未来予想図を言ったのが悪いのか。だったら都築が眠っている俺を半覚醒状態にして気持ち悪い動画を撮ってても仕方ないんだよな。今後絶対にソフレを解消する」

「巫山戯んな。善意の練習だ。ソフレはやめない」

「じゃあ、もう二度と睡眠学習とかするな」

 …と言っても、眠っている俺が今後何をされるかなんて判りっこない。
 だから、俺は半ば諦めの境地で首を左右に振った。

「何かさせたいなら、どうせ眠ってるんだから何をされても気付かないからもういいけど、でもエロいことは絶対にするなよ。この間のフェラみたいなのは勘弁して欲しい。暫く食欲がなかったんだからな!」

「…判った。善処する」

 善処するって何だ、善処するって。そこは判りました、絶対にしませんが正しいだろ。
 だいたいこの動画の数はなんだよ、ほぼ毎晩、俺を弄り倒してキスしたり甘えさせたりしているんじゃねえか。

「都築、こんな動画撮って何か面白いのか?」

 俺が頬杖を付いて見つめる先、モニターの中で胸を揉んだり乳首を抓まれたりして頬を染めて嫌がる俺を、都築がうっとりしたように目尻を染めながらじっくり観察して、それから気分が昂じたのか口を塞ぐようにしてキスする動画が流れていて頭を抱えたくなった。

「…別に面白くてやってるんじゃない。お前に人肌を慣れさせるためにやってるだけだ」

 体育座りでプイッと不貞腐れて外方向く都築が本気でそんなことを考えているんだろうかと首を捻りたくもなるけど、こんなことで本当に人肌に慣れるもんなんだろうか。

「こんなことしててもただ都築に慣れるだけで、女の子に慣れるとは思えないんだけどなぁ」

 ソフレしてて都築の匂いに慣れ始めてからは、コイツが傍にいても嫌な気もしないし、肩に抱え上げられても最初の頃みたいな違和感もなくなったから、睡眠学習なんかされても都築の存在にますます慣れるだけで、女の子には相変わらず軽いコミュ障のまんまだと思うんだけどね。

「ふうん。でもまあ、それもいいと思うけど…」

「は?」

「なんでもない。もうお前にもバレたし、これからは堂々と睡眠学習をするからな」

 開き直った都築のヤツは、いや少しは遠慮しろよと俺が慌てるのを無視して、いくつかの動画をピックアップして俺に観せようとする。
 もう、動画はお腹いっぱいですと言っているのに、隠すものがなくなると大胆になるのが都築で、俺からマウスを引っ手繰って嬉々として観たくもない動画を山ほど観せてくれた。
 俺の身体中を隈なく撫で擦る都築の両手に、ぴくんっと身体を震わせながら反応する俺を舐めるようにカメラが移動しているのを見ながら、都築に触られても最近、全く嫌じゃなくなったのはこの睡眠学習のせいじゃねえだろうなぁと胡乱な目付きになっていた俺は、それから唐突にハッとした。
 この動画、何かおかしい。
 俺は動画から自分の両手に目線を落として、それで何かをサワサワ触る素振りをしてみた。そんな俺をマウスをクリックして動画を早送りしたり消したりしている都築が訝しそうに怪訝な目付きで見下ろしてくる。

「…ああ!これ1人で撮ってないだろ?!!深夜の俺んちにいったい誰を入れてるんだ。興梠さんか?!」

 興梠さんだろうなぁ、こんな変態都築に協力するのなんか。

「……」

「なんで答えないんだよ?答えられないことやってんのかよ」

 都築がそそくさとマウスで動画を消してOSをシャットダウンさせると、素知らぬ顔の胡散臭さに苛ついてその胸もとをグッと掴んで睨み据えた。そうされると、流石に都築もしらを切りとおせないと判断したのか、観念したように白状した。

「…属だ」

「属さんと高校のときはブイブイしてたって言うけど、こう言うあくどいことする時は何時も属さんだな」

 お前たち仲良しだな。
 もう絶対に属さんを食事に招待なんかしてやらない。

「それから、暫くお前、俺んちの入室禁止な」

「は?!嫌だッ」

「嫌だじゃない!家主に断りもなく他人を入れて、家主を裸に剥いて動画を撮るような危険極まりない要注意人物なんだぞ。俺の心の衝撃が去るまでは立ち入り禁止だッッ」

 本当に属さんなのか確認するために、もう一度都築を押し退けてパソコンを起動すると、俺の笑顔の壁紙にHPを削られながら動画を再生した。
 何時から属さんを入れているのか気になったし…それに、色々とありすぎて俺の脳が軽くブルーバックしかかっていたせいで、ファイルの日付を確認するのを忘れていた。
 一番古いファイルは…これフェラ事件前じゃねえか!
 コイツ、こんな前から俺の寝込みを襲っていたのか。

『寝惚けてら…可愛いなぁ。そうだ、坊ちゃんに報告しよっと』

 一番最初の動画は先生事件後のフェラ事件前で、その動画に入っている声はどう聞いても都築じゃない。属さんだ。
 属さんは眠っている俺の唇を撫でると、モグモグと何かを食べているように口を動かしている俺を撮っているみたいだ。
 頭を抱えたくなったけど、無作為に選んだ次の動画を観ようとしたら、慌てたような都築に止められてしまう。

「それはダメだ。面白くない」

「…よし、観る」

 都築が止めるなら観るしかないだろう。
 マウスで再生をクリックすると、都築はまた両手で顔を覆ってその場に蹲ってしまった。

『坊ちゃん、カメラ固定した方がいいですか?』

 属さんの声がわりとクリアに聞こえるから、これだけ普通に喋っても起きないとか、俺、なんかの病気なんだろうか。

『いや、オレが撮るから属がやれ』

『はいはーい。喜んで』

 動画は声だけでまだ真っ黒い画面が出ているだけだったけど、ちょっと陽気な属さんの声がして、カメラなのかスマホなのか、ちょっと判らないけど画面がガチャガチャと揺れたら、何故か全裸の俺が自分のベッドで横たわっている姿が映し出された。
 今までが服を着ていた状態だったから安心していたけど、全裸もあったのか…ガクーッと床に両手を付いて蹲りたいのはこっちなのに、都築は若干青褪めて目線を泳がせている。

『こんな感じでどうッスか?ザ・寝取られって感じでよくないッスか』

 俺の横に下半身裸の半裸で横たわった男前の属さんが、ひとの悪い笑みを浮かべて俺の片足を抱え上げると、既にオッキしている逸物を尻から前方に擦り出しながらカメラのこちら側にいる都築に言っている。

『挿れるなよ。処女じゃなくても経験は1人で止めておきたい』

『了解でーッス!でも、先っちょぐらい挿れないと臨場感がないッスよ』

 そう言って属さんは、どうやらローションでも使っているのか、少し滑る先端をわざとらしくグニッと俺の尻の穴に擦り付けたんだ。画面が少し揺れて都築が何か言おうとした時だった。

『や…いや、やめて、くれ……』

 最初、これが例のダッチワイフならいいのにと儚い希望を持っていたけど、瞼を閉じたままで尻穴の危機を察して身体を捩る俺の額には汗が浮いていて、これが生身の人間、つまり俺自身だと如実に物語っていて腹の底が冷えた。

『拒絶されると犯してるみたいでヤりたくなりますね。ちょっとだけ突っ込んじゃダメっすかね?もう、処女じゃないんでしょ』

 唇の端をペロリと舐めながら、属さんが不穏な笑みを浮かべて俺の顎に手を当ててグイッと顔を上向かせると頬に口付けて、尻に逸物の先端をこれ見よがしに擦り付けて逡巡している都築を煽っている。どちらかと言うと、都築はお坊ちゃまだけど、属さんはワルイ男って感じだな。

『坊ちゃんを蔑ろにして男とホテルに行くなんてワルイ子はお仕置きしちゃいましょうよ』

 さらに唆す属さんに都築は考えているようだったが、それでもやっぱり、何か気に食わなかったのか、都築は属さんを止めたみたいだった。

『もういい。今日はここまでだ』

『ええ~、これからじゃないッスか!…はいはい、そんな睨まなくても止めますって』

 属さんは残念そうに肩を竦めて俺の足を下ろした。どうやら都築には忠実なようで、それ以上の悪戯はしないまま、画面が黒くなって動画が止まった。
 ファイルの日付を見ると、都築が先生とイチャラブしていて、ムカついた俺が柏木とホテルに行った2日後の深夜の日時になっている。
 属、あの野郎…

「都築、すぐに属さんを呼べ」

「…悪かった。あの日はどうかしていたんだ。柏木に寝取られとか言われて頭に血が昇って、属と話したらお仕置き動画を撮ろうってことになって」

「お前の言い訳はいい、属を呼べ」

 都築はその時になって漸く、俺が心底腹を立てていると言うことに気付いたようで、ちょっと青褪めながら息を呑んで、それからスマホを持って連絡したみたいだった。

「5分で来る」

「…」

 怒りのオーラを漂わせた俺を巨大な図体をしているくせに、都築は恐れているような態度で見下ろしてくる。
 都築がアワアワしている時に合鍵で入ってきた警護の属さんは、相変わらずな若干チャラ男っぽい男前のツラをして、スーツでバッチリ決めて姿を現した。

「あ、篠原様だ!相変わらず、すげえ可愛いッスね」

 長身の男前は嬉しそうに顔を綻ばせたものの、都築の青褪めた相貌と、俺の胡乱な目付きで逸早く何事かを察したようにすぐにグッと言葉を飲み込んだみたいだった。

「都築、属、そこに座れ」

 ゆらりと座り心地のいいハーマンミラーの椅子から立ち上がった俺の背後に立ち昇る陽炎のような殺気を感じ取ったのか、都築と属さんは何も言わずに大人しく床に正座をした。
 都築が目線でバレたと伝えているらしく、属さんは思い当たることが山ほどあるのか顔を顰めて肩を竦めたみたいだ。

「属さん。その節は護衛の任務を有難うございました」

「…いえ」

 慇懃無礼な俺の態度に短く答える属さんは、以前のような親しみ易さが失せていることに気付いたみたいで、残念そうに眉を顰めている。その傍らにしゃがみ込んで、ギョッとする属さんの肩に気安げに腕を置いて、こんな時なのに地味に嫉妬する都築を無視して俺はニッコリと笑った。

「属さんは当時、姫乃さんの言い付けで俺を護ってくれてたんですよね?」

「…そのとおりです」

「ですよね。でも、おかしいなぁ。属さんが護ってくれていたのに、俺が知らない間に、深夜に都築が家に入り込んでいたんですよ」

「…」

「これって由々しき事態ですよね?しかも俺、都築に裸に剥かれちゃってたんです」

「それはその…」

「で、なぜか裸の俺の横に属さんが寝てるんですよね、フリチンで。非常に拙い事態じゃないでしょうか」

「はい、とても」

「ですよね…さて!」

 ニッコリ笑って頷くと、俺は勢いを付けて立ち上がった。
 あまりの怒りに少し立ち眩みを起こしそうになったけど、頑張れ俺。

「何時もはなんとなく許してる俺だけど、今回は絶対に許しません。事実確認もできたので、この件は姫乃さんにも報告しておきます。それから都築、お前はさっき言ったように暫く俺んちの立ち入り禁止だ。属さんは未だに俺の護衛を姫乃さんが依頼しているらしいので即刻中止してもらいます」

「嫌だッ」

「嫌ですッ」

 俺の言葉が終わるやいなや、まるで申し合わせたように2人が同時に声を上げた。

「嫌だじゃないッ!!」

 激しい怒声に、今回ばかりは俺の怒りが凄まじいことを知ったのか、都築と属さんは青褪めたままグッと言葉を飲み込んだみたいだ。
 だいたいこれだけのことをしておいて嫌だってのはなんだ、一体何歳だお前ら。
 一歩間違えたら犯罪なんだぞ。

「お前たちはひとの良心を逆手に取って、自分勝手に好き放題しやがったんだぞ!誰がニコニコ笑って許してくれると思ってるんだッ。こんなこと、本当は絶対に許されるべきじゃないんだぞッ。特に属さん、あなたは信頼を寄せる人間を護るべきお仕事じゃないんですか?!」

「…」

「その人間の寝込みを襲うなんて…姫乃さんの良心に謝ってください。俺はあなたを見損ないました。軽蔑しますッ」

 都築に似た男前のくせに、正座したままでちょっと情けないぐらい眉を八の字にして縋るように俺を見上げていた属さんは、それから観念したように項垂れてしまったようだ。

「都築も御曹司だからって誰にでも言うことを聞かせられると思うな。俺はお前も軽蔑しているんだッ」

 同じく項垂れる大男2人を見下ろして怒鳴り散らしたせいで酸欠状態になってハアハアと肩で息をしていた俺は、それからフンッと鼻を鳴らして、それ以上は2人の姿も見ていたくなくて都築が「おい」と止めるのも聞かずにそのままデイパックを持ち上げると都築んちから飛び出した。
 コイツ等は少し反省をするべきなんだ!

□ ■ □ ■ □

●事例13:スマホやパソコンのなかみ・寝室などがいろいろ酷い(属、お前もか)
 回答:お前が28歳になったら幸せな結婚をするとか言うから、その希望を叶えてやるために睡眠学習をさせているんだ。お前は本当に初心の処女だから、人肌に慣れる訓練をしていたんだ。
 結果と対策:そっか。俺が28歳でラブラブな結婚をしたいとか未来予想図を言ったのが悪いのか。だったら都築が眠っている俺を半覚醒状態にして気持ち悪い動画を撮ってても仕方ないんだよな。今後絶対にソフレを解消する。

12.隣に座っていると腿の下に手を入れてくる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「え?すむーじー??なんだ、それ」

 珍しく前の日から自分んちのマンションに帰る(それが当たり前なんだが)と言って早々に帰宅したと思ったら、朝早く我が家に押し掛けてきた都築のヤツが、差し出されたスッキリとした黒のマグボトルを見つめながら首を傾げる俺を、眠そうなくせにバカにしたような上から目線で見下ろしてきた。

「何だお前、スムージーも知らないのか?凍らせた果物とか野菜を牛乳と一緒にミキサーするんだよ。シャーベット状の飲み物だ」

「へえ、これ苺か?美味しそうだな」

 押し付けられたマグボトルを受け取って中身を確認すると、ふわんっと苺とミルクの甘い匂いが鼻先を擽った。

「ああ、セフレに飲ませたら好評だった」

 ボスンッと俺んちの安物のベッドに思い切りダイブして派手に軋ませた都築が、眠そうに欠伸をしながら俺の枕を引き寄せてウトウトしているように呟くから、俺はなんだ、セフレが喜んだから俺の反応も見てやろうってワケかと呆れてしまう。
 ともかく、俺んちのベッドはいつか大破するに違いない。

「ふーん。これって都築が作ったのか?」

「ああ、今朝初めて作った」

 …ん?セフレに好評だったってことは、最初にセフレに作ってやったんだよな?
 こいつ、たまにワケの判らないこと言うけど、やっぱりワケが判らないな。

「…?セフレに飲ませたんだろ??」

「そうだが?まずは興梠に作らせてみたんだよ。それでセフレに試飲させたら旨いって言うから、オレが作ってお前に飲ませることにしたんだ」

 首を傾げる俺に都築のヤツは眠そうな目付きのままでジッと俺を見据えたままで言い返すと、早く飲んでみろとせっつくから、余程の自信作なんだろうと、初めて飲食物を作ったと言う都築の手料理(?)に恐る恐る口を付けてみた。

「ふーん?なんかよく判らないけど、まあいいや。おお、これ旨いな。ヨーグルトを入れたのか?」

 一口飲んで、苺の酸味とヨーグルトの酸味が微妙にマッチした味は、俗に言ういちごミルクそのもので、ハッキリ言って美味しい。
 何でもかんでも突っ込んでミキサーすれば旨いとか言うレベルだろうと思っていたけど、これはちゃんと計量とかして、絶妙な味のバランスをちゃんと取っている代物だ。

「ああ、つくレポでヨーグルトを入れたら旨いって書いてあったから真似してみた」

 なるほど、アレだけスマホを弄り倒してるから、スムージーに関しても検索してちゃんと作ってくれたんだな。

「へえ、これ旨いな。今度、俺も作ってみようかな」

「ダメだ」

 軽い気持ちで言ったのに、都築のヤツから速攻でダメ出しを食らってしまった。

「へ?なんでだよ??」

「お前は野菜を喰えってオレには言うくせに、自分はあんまり果物を摂らないだろ。日頃、飯を作ってくれるからこれぐらいはオレが毎日作る」

 フフンと眠い目を擦って言うから、まあ、どこまで続くか判らないけどその志は高く評価することにした。

「ふうん、そっか。有難う。じゃあ、これからよろしく」

「ああ」

 都築はそれだけ言うと満足したのか、うとうとして、それからそのまま眠ってしまったみたいだった。
 これはアレかな、この間の飲み会の時に、久し振りに酔っ払ったりしたから都築なりに心配しての配慮なのかな。

□ ■ □ ■ □

 この前の土曜日に菅野久美と書いてカンノヒサヨシと読む、都築が不愉快になったギャルキャピメールを送ってくる張本人が主催した呑みサーに、俺が参加すれば漏れなく都築がついてくるからってんで、女の子目当ての強引な勧誘にイヤイヤ参加した飲み会は散々だった。
 何が散々って、まず会費。
 ひとり5000円ですなんて店の前で言われて、明日がバイトの給料日だったから財布には1500円ぐらいしかなくて、これはダメだ、よし今回は(ニコヤカに)残念ながら辞退しようって菅野に言おうとしたのに、いきなり都築が背後から肩なんか抱きやがって、「2人だから1万ね」なんてあっさり支払いやがったのだ。

「なんだよ、久し振りに外で食って楽しろよ」

 何時も作ってんだしさ、と都築らしからぬ優しさに胡散臭さを感じたものの、まあそれならいいかと礼を言った。ここまではいい。
 何時もなら全額都築持ちになるのにと、それを目当ての野郎とか、会費1500円をケチる女の子とかがチラチラとこっちを伺うのを、都築は片っ端から無視していた。

「…お前、いつも気前よく奢るのに。今日はどうしたんだよ?」

 俺の肩を抱いたままで欠伸をしていた都築は、首を傾げる俺をジロジロと相変わらずの視姦でもやりかねない生真面目さで見下ろしてきながら、それからフンッと鼻を鳴らしたみたいだ。

「そう言うのはやめたんだよ」

「ふうん、まあ無駄遣いしないことはいいことだけどさ」

 俺が感心して頷くと、都築のヤツはまるでガキのようにフフンと威張る。

「もっと褒めてもいいんだぞ」

「はあ?何いってんだ。でも、それだと俺に奢ってくれたのはどうしてだ?そう言うのはやめたんじゃないのか?」

「はあ?どうしてお前に奢るんだ??」

 都築は不機嫌そうなデフォの仏頂面で首を傾げやがるから、お前は軽い認知症なのかと不安になった。

「は?さっき払ってくれただろ」

 確かに2人だから1万と言って万札を菅野に押し付けていただろ…あれ?押し付けていた幻でも見たんだろうか、俺。
 最近、俺の中の常識が悉く都築に破壊されてるから、正直自信がない。

「あれは奢りじゃないだろ?自分の嫁の分ぐらいオレが…むぐぐ」

「おま、お前、こんなところで何を言ってんだよ。はは、冗談だよ、冗談ッ」

 日頃の都築の常識を開放したべったりでなんとなく周囲の目付きが「ああ、やっぱり…」と言ってそうな気がして、俺は慌てて納得していない顔の都築の口を塞ぐと誰にともなく誤魔化してみた。都築は不服そうだけど、いつ俺がお前の嫁になったんだよ。
 了承してない、断ったはずだ。
 …と言うか、もうハウスキーパーじゃなくて嫁ってハッキリ言うんだな。
 じゃあ何か、あの都築らしからぬ優しさは、日頃家事に勤しんでいる新妻を気遣ってのことだったのか…グハッ(吐血)。
 それが会費の支払い時の出来事だ。これだけで俺のHPはかなり削られたんだけど、話しはまだまだ盛り沢山だったよ、畜生。
 飲み会が始まってから、何時もなら俺の前を陣取るくせに、どうしたことかその日の都築は俺の横に座った。
 まあ、俺にべったりを隠さなくなった都築のその態度に誰も何も言わなかったけど、俺はちょっと気まずかった。
 だってさ、都築の左右はだいたいアイツのセフレが陣取るんだよ。
 だから、なんでお前がここにいるんだと言うようなセフレどもの目付きは嫌味だし、可哀想に…と同情する友人どもの憐れむ目付きは腹立たしいしで、気の休まる飲み会では全然なかった。

「一葉ぁ~、今日はこの後、どうするの?」

「アタシ、カラオケ行きたいッ」

「ええ~、六本木に新しいバーができたの!一緒にいこ??」

 前の席に座ってくれてる時は一切気にならなかったセフレたちの声が、ビシビシと突き刺さってきて、声音は穏やかだけど俺を見る目付きがきつい。都築、前の席に移ればいいのに…

「はあ~?今夜はこのまま帰る。カラオケもバーもまた今度」

「ええ~!」

「ボクと飲みに行くんだよね」

 都築の今夜の予定はヲタ連中とモン狩りをしながら、俺の勉強を見てくれるという離れ技をやらかすことだ。深夜にならないと集まれない社会人やヒマな学生の入り乱れるグループで、鬼ほどもでかいモンスターを、御曹司の都築らしい煌びやかな衣装とバカでかい大剣で斬りまくりながら、都築の背中を背凭れにした俺が問題を読んでから尋ねる質問に的確な答えをくれる。それも答えだけじゃなくて、どうしてそうなるのかの解釈付きなんだぞ。
 さすが都築、変態だけど頭の良さは尋常じゃない。
 きっと、コイツ天才なんだろうなと思う。だから、ちょっとどこかおかしい変態なんだ。
 俺が横でそんなことを考えているなんて露とも思っていない西園寺雪也、雪也と書くとユキヤだと読めるよね。でも違う、コイツの場合は由緒正しい旧家のお祖父様が付けただけあって、ユキナリと読むんだそうだ。でも、本人は嫌がっているらしく、友人知人、セフレにはユキと呼ばせているんだとか。その西園寺がうっとりするほど綺麗な顔でクスクス笑いながら、何時の間にか割り込んだ都築の横にちゃっかり座って腕を抱き締めている。

「…ユキ。お前がこんな飲み会に来るなんて珍しいな」

「一葉が相手してくれないからでしょ!ボクだって来たくなかったよッ」

 ふーん、そう言えば最近、都築のヤツは起業に向けて忙しくしてたから、セフレの相手が疎かになってんのかな…あれ?よく思い出してみたら、最近、都築は俺んちに入り浸っているよな。大学からも真っ直ぐに俺んちに来てるみたいだし…セフレは大丈夫なのか。

「よう!篠原、呑んでるか?なんだこれ、ジンジャーエールなんか呑んでんのかよ?!ほら、呑め呑め。すみませーん、こっちに焼酎お湯割りで!」

 折角、隣りに聞き耳を立ててたってのに、フラフラしている先輩の1人が俺のジュースに気付いてゲラゲラ笑うと、勝手に焼酎なんかを注文しやがった。
 俺、酒弱いのに!

「へえ!ここカクテルが充実してるのか。あ、こっちもボッチボールを」

 あわあわしている俺なんか無視の忙しなく立ち回る店員さんが「はーい」と返事をすると、カクテルを注文した都築はすぐにユキとかセフレとかと楽しそうな談笑に戻った。
 ふーん、都築が言うようにカクテルの種類が多いんだな。
 都築の横になったせいであんまり話し掛けられないぼっちの俺は、ガックリしたまま仕方なくテーブルの料理を摘みながらメニューを開いていた。
 あ、このタンステーキ美味しい。
 トウモロコシのかき揚げもいける、生ハムとルッコラのピザもいい。

「カクテルなんて珍しいね。それともボクのため?」

 クスクスと笑うユキの美貌に…男なのに美貌に、すっかり面食らっている他の可愛い女の子のセフレたちがのまれたみたいで、何時の間にか都築の傍らにはユキが陣取っていてほぼ2人の世界が目眩く展開している。気持ち悪い。
 女の子と展開しろ、女の子と。
 とは言え、都築のことだ、俺以外にはサッパリした性格だからなのか、ユキだけでなく他の子とも和やかに話している。そのあたりは抜け目ないな、コイツ。

「ボク、そのカクテル飲んだことないなぁ」

「ふうん、じゃあお前も頼めよ」

 何時も最初に飲むハイボールを片手に生ハムとルッコラのピザを摘んで笑う都築に、ユキは可愛らしい小動物みたいな仕草で頬を膨らませて、カクテルの定番とも言えるカシオレを呷っている。
 注文逃げした先輩が頼んだ焼酎のお湯割りと都築の頼んだボッチボールが届いて、ユキは奪う気満々みたいだったけど、溜め息を吐く俺がお湯割りを持つのと都築がボッチボールを受け取るのは同時で、仕方なく口を付けたところで談笑している都築にお湯割りを奪われ、ギョッとしている間に空っぽになった手にボッチボールのカクテルを押し付けられた。
 その一連の動作を都築はこちらを見ることもなく談笑しながらさり気なくやってのけて、それを目にしていたセフレじゃない女子から密やかな感嘆の溜め息が聞こえてくる。
 どうやら、酒が呑めない子に対するスマートな対応に、キュンキュンしてるらしい。
 俺はと言えば、まあ、苦手な焼酎を引っ手繰って豪快に呑んでくれる都築には感謝してるし、有り難いとも思うから、聞いてないだろうけど小声で感謝して、それからボッチボールと言う初めて聞くカクテルに口を付けてみた。
 向こうでユキがギリギリ睨んでるのは無視してだ。

「うっわ、これすごい美味しい!なんだろ、柑橘系に甘さがあるのにしつこくなくてサッパリしてて爽やかだ。やみつきになる」

 ボッチボールはロングのタンブラーに氷とオレンジスカッシュが入っているような見た目なのに甘すぎずに口当たりが良くて、嬉しくなった俺がゴクゴク飲んでいると、都築が焼酎を呑みながら何やらクククッと笑ったみたいだけど、それを聞いたユキたちには何でもないと首を振っている。
 どうせ、俺のことをぼっちにしてるからボッチボールなんて巫山戯た名前のカクテルを寄越したんだろうと思ってたけど、酒の弱い俺にも飲みやすいカクテルだったから、疑ってごめんと傍らにいる都築に内心で謝った。

「なんだ、お前!カクテルなんて女々しいもの飲んでるなよ。よし、俺が頼んでやるッ。すみませーん、こっちにバーボンくださーい!…な!男らしく呑め呑め」

 楽しい飲み会でほろ酔いなんだろう百目木が、俺が「ちょ、待て、待てよ!」と慌てて止めているのも聞かずに、俺が幸せそうに飲み干したグラスを持ってブラブラどっかに行ってしまった。
 なんなんだ、この酔っぱらいどもは。

「すみません!ディタモーニを」

 百目木の注文を取っていた店員さんに都築が追加を要望すると、梅酒だのその他のカクテルや酒が次々に追加注文され、店員さんは遽しくハンディ端末に打ち込んでから立ち去った。
 暫くしてから多種類の酒を載せた盆を持った店員さんが、それでも危うげなく大声で「梅酒の方~」とか聞いて一人ずつ渡して回っていて、俺の手にも男前のバーボンが渡されてしまった。
 こう言うのは都築が似合うんだよ。何がバーボンだ、バカボンじゃないぞ。
 俺はチラッと都築を見たけど、ヤツはほぼ背中を向けた状態で無視を決め込んでるので、どうやら今回は助けてはくれないらしい。
 手渡されたディタモーニを一口呑んでから、セフレたちに講釈を垂れてるようだ。

「コイツにブルーキュラソーを少量垂らせばチャイナブルーだ」

 ふうん、口当たりがいいのかな。今度、頼んでみるかな。
 そんなことを考えながら本当はもう一杯、ボッチボールを注文したかったのになぁとチビチビ呑んでいたら、俺の横に来た丸山ってイケメンがニコヤカに笑いながら声を掛けてきた。

「お、すごいね~!バーボンとか大人じゃん。でも、呑めないんでしょ?」

「う、そんな判りやすいかな」

「判る判る。つーか、百目木に無理やり注文されてたよね。よかったらこのロングアイランド・アイスティーと交換してあげようか??」

 アイスティーは大好きだけど、そんな名前のカクテルもあるのか。
 見た目はまんまアイスティーだな。
 丸山の持っているロングアイランド・アイスティーは細長いグラスに氷と褐色の液体、それに輪切りのレモンとレッド・チェリーが乗っかってる。パッと見はアイスティーそのものだ。

「マジで?でも、もう呑んでるけど」

「いいいい、俺も呑みかけだもん。ちょうど良かった、この間のレポートの件でお願いがあるんだけど…」

 大抵の人間がこんな時にレポート一緒にしよーよと声を掛け合うから、同じゼミの丸山もそのつもりで声を掛けてきたんだろうと思って、俺が頷きながら酒を交換しようとした時、不意に背後から腕が伸びてきて、俺のバーボンと都築のディタモーニが交換されてしまった。
 おいおい。

「悪いな、コイツは酒に強くないんだ。そんな度数の強いの呑んだら酔い潰れちまう」

 ニコッと爽やか笑顔の都築に屈託なく言われてしまうと、丸山はうっと言葉を詰まらせて、そのまますごすごと引き下がってしまった。
 爽やかな笑顔の都築に敵うイケメンはそうそういないからなぁ。

「あのカクテル、アイスティーみたいなのにそんなに度数が強いのか?」

「アイスティーの見た目と風味を持ってて、レモンジュースとコーラで甘みを感じるから騙されやすいけど、ドライ・ジン、ウォッカ、ホワイト・ラム、テキーラなんて言う錚々たる組み合わせなんだぞ。確か25度ぐらいあったんじゃないかな。レディー・キラーとも言われてるんだぜ」

「うわ、マジか。都築のお陰で助かった」

「バーカ、だから言ったろ?お前みたいな処女はオレがいないとすぐに喰われるんだ」

 ふんっと鼻を鳴らしてから外方向いてセフレたちとの談笑に戻ったけど、俺はそんな都築の背中にちゃんと心を込めて礼を言った。

「有難う、都築。見直した」

 返事なんか期待していないし感謝の心さえ伝わればいいと思っていたら、都築の左手が俺の腿の下に潜り込んだから驚いた。
 普通、なんとなくいい雰囲気に…いや、男同士でどうかと思うけど、そんな雰囲気になったらお互いに他の人にはバレないように手と手を重ねるとか、ちょっと指先を握り合うとか、そっと身体を寄せ合うとかそんなロマンチックなことをするんじゃないのか?
 体重を支えるために背後に手をつくのは判る。判るけど、付いた手をさり気なく他人の腿の下に潜らせるのは…これ、堂々とした痴漢じゃないか?
 まあ、都築が痛くないんなら別に気にならないからいいけど…ホント、気持ちいいぐらい気持ち悪いことを思いつくよなぁ、都築って。
 さり気なく気遣える格好良さとイケメンなところが、色んな男女の気を惹きまくってるのは判るけど、どうして俺には素でこういう変態なことをしてくるんだろう。何故なのか。
 まあいいかと、都築の手を腿の下に感じたままでちょっと理不尽な気持ちになりながら俺がディタモーニに口をつけていると、呑みサー会場の個室に入る出入り口のところで、丸山がユキに何か言われて凹んでるみたいだった。
 なんだ、丸山って都築のセフレの知り合いだったのか。
 そんなどうでもいいことをどうでもいいように考えている間にも、先輩同輩入り乱れて、弱いってあれだけ言ってるのに次々注文されて、その酒を全部呑まされまくった都築はケロッとしてたのに、都築がくれたカクテルで強かに酔ってしまった俺はフラフラでその場にごろんしてしまった。
 そりゃ、酔うよね。弱いと言っても全く度数がないわけじゃないんだからさ。
 でも、さすがバイキングの末裔だけあって、都築は本当に酒に強い。あの初めて知り合った合コンでも、きっと薬なんか入れられてなかったらずっとケロリと呑み続けていたんだろう。俺も少しでもいいから酒に強くなって、何時か都築と酒を呑みながら夜通し語り明かしてみたいなぁ。下戸の両親から生まれた俺なんかじゃとても無理だろうけど。
 トホホ…と思った時には夢の世界だった。

□ ■ □ ■ □

 ゆらゆら揺れる感触にふと目が覚めて、それでも夜風の気持ちよさにうっとりしながら、自分が誰かの背中に張り付いているんだと気付いた。
 目の前で揺れる色素の薄い髪を見ていたら、その広い背中が誰のものであるかなんて確認しなくても判ったから、俺は夢見心地の酩酊感に機嫌よくクスクス笑った。

「都築さぁ、飲酒運転はダメ絶対!」

「目が覚めたのか?もうすぐアパートだぞ」

「アハハハ~、なんだ都築んちに連れ込まないのか」

 ぽやんっとした心地好さでそんなことを言ったら、不意に都築の背中がビクリと震えた。
 ん~?どうしたんだ??

「連れ込んでも良かったのか?」

「あったりまえだろー?だって都築、俺似のダッチワイフと添い寝なんてカワイソーだもん。今日はいっぱい助けてくれたから見直してるんだ。都築がヘンタイでもいーよ。俺がぎゅーして一緒に寝てやるよ」

 抱えている俺の両足を掴む両手にグッと力を入れて、都築は前を向いたままで「ふうん」と気のない返事をした。なんだ、俺からのお誘いには乗らないんだな。
 変態だ変態だと思っていたけど、やっぱりあれは何かのジョークで、実際のところは御曹司が俺を誂ってるだけなんだ。

「ふーんってなんだよ、ふーんって。いいよもう、一緒になんか寝てやんない」

「おい!」

 文句を言おうとする都築の前に回していた腕でぎゅーっと抱き着きながら、俺はふんっと鼻を鳴らしてやった。
 ふふん、外で抱き着かれるという辱めを受けさせてやる。もちろん、俺自身も辱められるという羞恥プレイの諸刃の剣だけれど。

「今ぎゅーしてやる。どーだ、恥ずかしいだろ?ははは」

「…バーカ、お前酒癖悪すぎ」

 都築が借りている…と言うか、たぶん急遽建てさせたに違いないセキュリティ付きのガレージにウアイラを駐めて、そこから数分の道のりをそんな風に陽気な酔っ払いを抱えた都築はちょっと嬉しそうに歩いている。
 俺が正気だったら…いや、だいたい飲み会の翌日は都築を正座させて、飲酒運転はダメ絶対!って言ってるよな?と、小一時間ほど説教を垂れるんだけど、神妙に聞いているくせに絶対にやめないから何時か事故らなきゃいいけどと思う。
 良い子のみんなは真似しちゃダメだぞ。
 どうせ毎日一緒に寝てるし、本当は都築が俺似のダッチワイフで遊ぶのなんか、起業に向けた準備なんかで俺んちのアパートに来られない時ぐらいで、今だってほぼ毎日来てるのに俺自身、酔っちゃってんだな。何を言ってるんだかって感じだ。

「んー、ふふふ。都築、…ル、大好き」

「…え?」

「都築はいいヤツだ。俺…全然ダメだから…都築と、むにゃ」

「おい!今、好きって言っただろ?!どう言うことだ、お前、オレのことが好きなのか?大好きなのか??」

「はえ…?あー、うんうん。別に俺、都築のこと嫌いじゃないよ。好きでもないけど」

「はあ?お前、今、オレのこと大好きって…」

「は…?ボッチボール大好きって言ったんだ。俺、全然ダメだから、都築と呑んでないともっと酔っ払ってたと思うって言ったんだよ?」

「…」

 都築のヤツは不意に不機嫌と不愉快を同居させたようなオーラを醸して、それから唐突に無言になってしまった。変なヤツ。

「なんだよ~。都築ってば俺に好かれたいのか?」

「別に。お前レベルなら寝てたって寄ってくる」

「ふうん。そーだろうなぁ、お前、格好いいもんな。さり気ない気遣いとかそうそうできるもんでもないし。俺、本当に見直したんだ。都築がセフレとか、性にだらしなくなかったら考えてもいいかって思うぐらい…」

「ハイハイ、どーせ友達ぐらいになってやろうってところだろ」

「ははは!それもあるけど、お前が誠実で俺を裏切らないのなら、俺はお前の嫁になってもいいかなぁと思うよ」

「…マジか」

「ま、お前じゃ無理だろうけど。まずセフレを切れないしね」

「まあな」

「だから、俺は友達で居てやるよ。何時か年を取って独りぼっちになったとき、俺が一緒にいてやるよ」

「ふうん。まあ、それでもいいんだろう」

 俺、バカだなぁ…どうして都築が二つ返事で嫁にするって言うと思ったんだ。そんな事言われたって、困っただけなのに。
 だから、この解答が正解なんだ。
 都築はやっぱり変態なんかじゃない、俺を誂うどうしようもないヤツだけど、優しさと寛容さを持った、人の上に立つべき人間なんだ。

「あ、そうだ。飲み会でお前、どうして俺の腿の下に手を入れたんだよ。寒かったのか?」

「は?いや別に。ただ、なんとなくやわらかそうだったから」

 男の腿がやわらかいわけないだろうが。

「そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた」

「はあ?なんだそれ」

 都築を痴漢で逮捕させるワケにはいかないだろ。飲酒運転も悪いけど、痴漢もおかしい。
 都築ぐらいのイケメンで長身でお金持ちと言うハイスペックが、飲酒運転とか男に痴漢とか、世の中の女性からきっと激しく恨まれる。
 誰がって?
 そんなの決まってんだろ、痴漢を受けた被害者のはずの俺がだよ。

□ ■ □ ■ □

●事例12:隣に座っていると腿の下に手を入れてくる
 回答:なんとなくやわらかそうだったから。
 結果と対策:そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた。

11.うたた寝していたらフェラさせられる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「なんだよ、触ってほしいのか?」

「うー…ん?んー…いいよ」

 これは触らなくていいよって風にも聞こえるんだけど…でもそうは取らなかった都築は熱い掌を抱えている俺の服の裾から忍ばせ、眠気に弛緩している身体を確かめるように這い回らせたみたいだ。

「お前の肌、吸い付くみたいに気持ちいいな。キスしてもいいか?」

「んー、…んふふふ。いいよ」

 擽ったそうに身を捩りながら、その言葉の意味も理解していないんだろう寝惚けている俺は、都築が顎を掬うように上げながら少しカサついた唇で覆うように口唇を塞いでも、息苦しそうに眉を寄せるぐらいで嫌がっている素振りはない。

「…はぁ、いいな。もっとキスしたい」

 口内を思うさま蹂躙されたのか、唇の端からたらっと唾液が零れるのも厭わずにムグムグと閉じた口を動かす俺を見下ろして、都築は目尻をとろりと発情に艶づかせると、舌で濡れた自分の唇をベロッと舐めて、それからそのまま舌先で俺の口の端に零れる唾液を舐め取りながらもっと口を開けと唇に舌を這わせている。
 間断なく触れる肌触りを愉しんでいる指先が、何かの拍子にまだやわらかい乳首に触れたのか、ジャージをたくし上げられて肌を露わにした俺は頬をうっすら染めてぴくんっと身体を竦ませながらも微睡みに沈んだままだ。
 胡座を掻いた都築の膝の上に乗っけられて、ぐでんと力の抜けている俺は、都築の胸元に倒れ込むようにしていた。だけど、都築がそれだと見えないと判断したようで、くるりと体勢を変えられて、俺は都築に背中を預ける形で眠っている。
 くちゅ…ちゅ…っと静かな擬音を響かせてキスを続けながら、都築は思うより優しい手付きで俺の両胸で主張を始める乳首を器用に弄っている。ぷくんっと勃ち上がった乳首は他とは違って薄く色づいているけど、都築の指先に転がされる度に俺の身体がぴくんぴくんっと反応している。それが面白いのか、ヤツはことさら執拗に、念入りに、扱くような仕草で俺の乳首を弄んでいる。

「…はぁ、寝てても応えるんだな。舐めてもいいか?あと、ズボンも脱がすぞ?」

「う…ん、は…はぁ……いい、よ」

 息も絶え絶えと言った風情に色気を感じたのか、都築はまた俺の口許に吸い付いたみたいだったけど、宣言通り、俺のズボンを下着ごと引きずり下ろすと、簡単に力の入っていない俺の身体を持ち上げて、引き抜いたズボンとパンツをそのまま横に投げ出した。

「ちゃんと勃ってるな。気持ちいいんだろ?」

「う……んんー…わか、んな……ん…」

 くたりと都築に背中を預けたままで眠りこけている俺は、寝惚けたようにぽやぽやと言ってから、またそのまますーすーと寝息を立てている。
 その時はきっと、エロい夢を見ているに違いない。

「おい、篠原!…シコっていいか?乳首も舐めるぞ」

「え…あ……ん、…んー…いいよ」

 意味をなさない俺の答えに都築は嬉しそうに唇を舐め、それから俺の身体を抱えるようにして脇から顔を出すと、ふっつりと勃ち上がっている乳首に舌を這わせた。

「あ!…んん、や…きもち……わる」

 都築の肩を抱くような形で抱きかかえられている俺が、イヤイヤするように首を左右に振っても、もう都築が舐めるのをやめることはなかった。
 一度了解を取り付けたんだから、気が済むまで舐める気でいるんだろう。
 そんな風に俺がか細く拒否ってるのが鬱陶しかったのか、またしても宣言したとおりに俺の股間に指先を忍ばせて、まだ半勃ちの色素も陰毛も薄いチンコにイタズラを始めたみたいだった。

「んん…や、やだ…やめてくれ。あ、あ、あ…そこ、そこは……」

「ここは?なんだよ、どうして欲しいんだよ?」

 舌先でまるで甘いキャンディでも舐めていたみたいにうっとりしていた都築が、頬を染めて息を弾ませる俺の顔をジックリと覗き込んで聞いている。
 閉じていた瞼がピクリと痙攣して、それから意識がないまま薄っすらと双眸を開いたみたいだった。

「…都築?あれ…お前、帰ったのか?」

「ああ。…どこが気持ちいいんだ?教えろよ」

「気持ちい?…ん?…んーふふ、そこ」

 都築の肩を抱くようにして抱えられている俺は、片足を大きく割り開かれて、アソコもソコも丸見え状態だ。なのに、擽ったそうにヘラヘラ笑っている。

「ここか?この奥…お前の穴に指を突っ込んでみてもいいか?突っ込みたいんだ。よく解れたら、オレのをお前の穴に挿れてみたい」

「んー…だめ…いやだ……それは……」

「なぜだ?お前の処女が欲しい」

「んふふふ…俺ぇ……女の子じゃないよ」

 ヘラっと笑いながら俺の頬に口付けてくる都築に呟くと、都築は何処か気恥ずかしそうな表情をしてから、「女とかそんなのどうでもいい。お前は可愛い」とかなんとかブツブツと何か呟いているみたいだった。

「指、入れるぞ?」

「うー…ん、いいよ」

 寝惚けたまま囁くように声を落とした俺を、都築は一瞬でも見逃そうとしないようにジックリと見つめていて、それから挿入するだろう場所とは別の、俺の口唇に指を突っ込んできた。

「んん……ん、ぅ…くる、くるし…」

「いいから舐めろ」

「んん、んふ……ん…」

 言われるままに舌を絡ませているだろう俺の顔をジックリ見惚れながら、都築はゆるゆると勃ち上がっている俺のチンコを優しげに扱いている。揺蕩うような微睡みの快楽に、俺は頬を染めたままペロペロと都築の中指を舐め続けている。

「いいか?穴に挿れるからな」

「ん……いいよ」

 都築は俺の口から引き抜いた唾液に濡れた指先を舐めてから、唾液の絡んだその指で俺の肛門を突いたり撫でたりしているようだったけど、指先が乾く前にゆっくりと挿入させたようだった。

「う…んんぅ……く、苦しい……」

 明確に眉を顰めて苦しがる俺に、都築は宥めるようにチンコを扱く指先を若干早めて、それからやめていた乳首への弄虐を再開した。

「あ、あ…んぁ……や、…んんー」

 都築の太い指は狭い孔道のなかで大きく円を描いたり、ずぷずぷと音をさせて抜き差ししたりと、思うさま蹂躙しているようだったけど、チンコと乳首を攻められている俺は苦しさも忘れて頬を染め快楽に身体を捩らせているみたいだった。

「…まだ、指一本でいっぱいっぱいだ。はは、やっぱりお前、処女なんだな」

 よく解したら…とか言ってたくせに、なかなか慣れない孔道が嬉しそうで、都築はハアハアと息苦しそうに喘ぐ俺の口唇を塞ぐように口付けて、暫く両手の指先をいやらしく蠢かせていたけど、不意にそれをやめて俺の身体を床に転がした。
 漸く胎内から指が抜き出ていって、ホッとしているような俺が、もう一度微睡みに戻ろうとしていた時、俺に覆い被さるようにして顔を覗き込んでいた都築が言った。

「今日はお前の処女を諦めるから…オレのを咥えてくれよ。いいだろ?」

「んん?……んー…いいよ」

 まるで条件反射のように頷く俺に都築は嬉しそうに頬に口付けてから、それから体勢を入れ替えて、俺の顔の横でカチャカチャとベルトを外すとジッパーを下ろし、ジーンズをずり下げてぼろんっと既にフルおっきしている逸物を取り出した。
 ビクビクっと脈打つ醜怪で巨大な逸物を数回扱いてから、半開きの俺の口にその先走りが垂れる先端をねじ込んだみたいだった。
 最初は嫌そうに眉を顰めていた俺は、それでも無理やり捩じ込まれた巨大なソレを、嫌そうにしゃぶり出したみたいで、それを感じた都築は気をよくして俺の股間に顔を埋めた。
 俺の小振りなチンコをペロリと舐めてから、その奥で肛虐にヒクヒクと襞を窄める肛門を舐めて舌先を挿入すると唾液を送り込んだ。改めて指先を挿入して抉るように抜き差ししながら俺のチンコに吸い付いた。
 お互いのチンコを舐めしゃぶっていたけれど、俺の口内じゃ都築のブツはデカすぎるのか、俺が苦しそうに喘ぐと、その反応も気持ちいいのか、都築は舌先で器用に俺のチンコを絡め取りながら、俺が吐き出さないように少し奥にグイッと腰を押し進めて軽くえづかせる。酷いヤツだ。
 そうしてゆるやかに腰を使いながら、都築が俺のチンコから口を離して濡れた唇をペロッと舐めながら、しげしげと大きく口を開いて都築を咥えている俺を観察しているみたいだ。

「そろそろイクぞ。全部飲めよ」

 俺のチンコを片手で扱きながら、俺の後頭部を押さえ込んで眉を顰めた都築は、言葉通りグッグッと俺の咽喉でチンコを扱きだして、苦しがる俺を押さえつけながらラストスパートに入ったみたいだった。

「出すな!飲むんだ」

 ゴプッと大量の精液が口内を蹂躙して溢れかえったに違いないのに、都築は腕を離そうとしてくれず、苦しむ俺が暴れるのを全身で押さえつけるようにして、なんとか飲ませようとしたみたいだったけど、結局、俺の歯がチンコに当たって痛かったのか、舌打ちしながらズルッと長大な逸物を引きずり出されて、俺はそのまま床にボタボタと精液を吐き出していた。

「…え?、ええ??なんだ、なんだこれ?!」

 俺は口から大量に精液を吐き零しながら、股間では弾けた先端から白濁の精液が垂れ流しで、何が起こったのか、これがどんな惨状なのか混乱した頭では理解できずに呆然と両手で拭った他人の精液を見下ろした後、唖然としたように、不満げに眉根を寄せて肩で息をしながら上体を起こした都築を見た。

「へ?都築?お前…なにやってんだ??」

□ ■ □ ■ □

「よし、そこでストップ!」

 ハアハアと荒い息遣いのままで停止を呼びかけると、ジーンズの前を開いたままで正座していた都築は、不機嫌そうにスマホから流れている動画を停止した。

「ほら見ろ、オレが襲ったんじゃない。お前が誘ったってのは理解できたか?」

「…誘ってはいないだろ、どう見ても。お前が勝手に寝ている俺に舐めていいかとか挿れていいかとか扱いていいかとかとかとか!いちいち確認してるだけであって、了承は取っていないだろ。そもそも、寝惚けてる俺の答えなんて意識がないんだから俺の意思じゃない!」

 取り急ぎユニットに飛び込んで備え付けの洗面台で思い切り吐き出すと口を濯ぎ歯を磨きまくった俺は、それから腹に飛び散っている自分の糸を引く精液をティッシュで拭い取って個室から出てきた。そして、なぜかジャージのズボンは下着ごとベッドの下で山を作っているのを見ながら…ああ、今の俺は下半身が丸裸なんだなと気付いた。
 そんな俺が酷い剣幕で都築に掴みかかったかと言うと、そうではなく、あまりのことで暴れることも考えることもできない思考停止状態の青褪めた俺を見るなり、都築は自分のせいじゃないぞと言ってスマホの動画を再生しやがったのだ。

「何いってんだ、巫山戯んな。お前がそんなところで寝てるから、ベッドに運んでやろうとしたら処女のくせに可愛く笑いながらすり寄ってきたんだぞ!誘ってる以外に有り得るかッ」

 可愛く笑うってなんだよ、気持ち悪い。

「そっか、処女のくせに誘った俺が悪いのか。だったら都築が意識のない俺の寝込みを襲ってフェラさせても仕方ないのか。もう絶対にお前の前じゃ寝ない。それに俺がそんなことするもんかッ…て、いい。動画はもうお腹いっぱいです」

「ふん。証拠はあるんだ。今さらお前がオレを追い出そうとしてもそうはいかないからな」

 どうやら、多少は悪いことをしていた意識はあるのか、都築は可愛く笑って擦り寄るシーンを貴重と感じて録画したのか、俺の拒絶で恐らく他のヤツが観たら「か、可愛い…?」と語尾に必ずクエスチョンがつくだろうそのシーンを見せようと差し出していた腕を引っ込めて自分のスマホをベッドに放ると、それまで正座をしていた足を崩してジーンズのジッパーを上げ、ベルトをしながらブツブツ文句を言っているみたいだ。
 都築はさすがお坊ちゃんなので、俺と違って1時間でも2時間でも正座ができる。痺れないんだ…やっぱり御曹司って感覚の何処かが微妙に他人と違うんだろうか。

「本当なら叩き出したいところだけど、俺にも非があるみたいだから今回だけは許す。でも二度目はないからな。寝込みは襲うな、寝込みは!」

 それでなくても寝付きは良いけど、一度眠るとなかなか起きない俺のことだ、二度目に襲われても絶対に起きれない自信があるんだから。

「…それは約束しない。またお前からすり寄ってきたら、オレは据え膳は平らげる主義だからさ」

 床の上でごろんっとなってすやすやと安らかに転寝している俺に夢中になっていたせいで、その日のスマホチェックを忘れていた都築は、ちゃぶ台の上から俺のスマホを2台手にして鼻を鳴らすと、そう言って俺の(ここ主張)ベッドにごろんしやがった。
 …とうとう都築三姉妹用のスマホまで見つけ出されてしまった、恐るべし興梠さん。
 都築はもちろん、常に俺の部屋の家探しをするように頼まれている興梠さんの目を掻い潜るようにと都築三姉妹から念を押されていたにも拘わらず、だ。
 でも、ちゃんと言われた場所に隠してたんだけどなぁ…うーん。

「やめろよ、その変な主義」

 ベッドの下で冷たくなっている可哀想な下着とズボンを手にして、やれやれと穿いている俺をジックリと眺めながら都築は肩を竦めたみたいだったけど、吐き捨てた言葉は全く可愛げがなかった。と言うか、意味が判らない。

「お前は眠っている時が危険だ」

「は?」

 訝しくて眉を顰めながら首を傾げたら、都築は俺のスマホをフリックしながら眉間にシワを寄せて不機嫌そうに見据えてくる。まあ、都築が不機嫌そうなのは何時ものことだけど、今回は不愉快も加わっているみたいな気がした。

「何をされても素直に言うことを聞く。これは非常に拙いぞ」

「寝てる俺にアレコレやらかすのはお前ぐらいだよ。まだ都築と知り合う前なんか、平気で徹マンとかしてたけど、別におかしなことになったこともないし…」

 そこまで言ったところで、都築のヤツが剣呑な目付きをして上体を起こしやがった。

「徹マン?…お前、よく男の部屋に寝泊まりしてたのか?」

「当たり前だ、お前バカだろ」

 女の子の部屋に寝泊まりしてたのかって怪訝な顔で聞かれるならまだしも、どうして野郎の部屋に寝泊まりでそんな物騒な顔されないといけないんだ。
 お前に俺がどんな風に見えてるのか知らないけど、俺は男だからな。
 バイのお前と違って純粋にヘテロで、男のチンコを喜んで咥えてるわけじゃないんだ…うげ。

「俺さぁ、麻雀とかよく判らないから弱かったんだけど、専ら飯担当で引っ張りだこだったぜ」

 そう言えば麻雀が弱いからよくカモられもしてたけど、貧乏だって判ってから連中は麻雀というよりも飯炊き要員として重宝してたよなぁ、そのおかげで飯代が浮いていたんだっけとうんうんと俺が思い出深く頷いていると、ベッドに腰掛けた都築は片手で口許を隠して何やらブツブツ言ってる。

「…ってことは夜は寝てたんだな」

「はあ?当たり前だろ。みんな麻雀してたけど、俺はグースカ寝てたよ」

「お前、もう二度と徹マンとかするなよ」

 俺の回答に都築のヤツは蟀谷をピクッと痙攣させてから、不貞腐れたように言い捨てた。なんだ、その態度。

「なんでだよ?…とは言っても、お前が四六時中うちに来てるから、遊びになんか行けないけどさ」

 そりゃ、都築以外と遊べないのは少しはストレスだけどさ、だからって理由もなく遊びに行くなってのはどうかしてると思うぞ。

「それでいいんだ」

 俺がぶーぶーと唇を尖らせて悪態を吐いたってのに、都築のヤツは腕を組みながら上出来だと頷きやがる。なんだよ、それは。

「だから、どうしてだよ?!」

「どうしてもだ!今度オレに黙って徹マンなんかに行ったら承知しないからなッ」

「はあ?なんだよそれ。そんなの俺の勝手だろ」

 理不尽な物言いにプンスコと腹を立てて腰に手をあてがって納得できないと都築を見下ろすと、ヤツはそんな俺をジックリと見据えてから、すっと色素の薄い双眸を細めてふと物騒なことをほざいた。

「…黙って行ったら犯すからな」

「げっ、何いってんだお前」

 ギョッとして一歩後退ると、都築のヤツはまるで我が意を得たりとでも言いたげに、ニヤリと笑って鼻なんか鳴らしやがる。

「眠りこけたお前は無防備だから、平気で犯せるぞ」

「やだ、絶対に嫌だ!絶対に黙って行かないッ」

 それでなくても寝込みを襲われて、思い出したくもないフェラなんかさせられたんだ。これ以上理不尽な仕打ちには絶対に耐えられないから、俺が全力で拒絶すると、都築はちょっとホッとしたようにうんうんと人の悪い笑みで頷いている。

「そうそう、そうやって素直でいるのが一番だ」

 都築の場合、「犯す」ってのが実感を伴って襲ってくるから性質が悪いよな。
 だいたい、GPSだの盗聴器だのを持たせてるくせに、どうして黙って行動したらダメなんだよ。俺の行き先も話し相手も全部筒抜けだってのにさ。

「うるせえな。でも、友達に呼ばれたら遊びには行くからなッ!止めたって無駄だ」

 我が身を抱くようにして都築から逃げ出すようにしながらも、理不尽さにそのままおめおめと屈服するのは癪に障るので、俺は舌を出しながら都築を睨んで言ってやった。

「…お前は眠っている時のほうが素直で可愛い」

 胡乱な目付きでそんな俺を見据えていた都築は、それでも納得したのか、鼻を鳴らした不貞腐れた態度でもう一度、俺のベッドのはずなのに、我が物顔でごろんしやがった。

「別に可愛くなくて結構です…ところでお前、今日は早かったんだな」

 我が身を抱いて自分の身体の惨状を思い出した俺は、できれば風呂に入りたいところだけど、室内もちょっとアレなニオイがしてるなぁ…くそう、悔しいから消臭剤をふってやる。

「ああ、講義が1つ休講になった。ところで、お前少しは飲んだのか?」

 ユニットに備え付けてある消臭剤…都築が来てからトイレ全開放の覗きが横行するから、それまで買ったこともなかった消臭剤を準備するようになった…金がかかるんだから、もう。
 覗き、やめてくれないかな…鍵をつけても壊すから性質が悪いんだよなぁ。
 それを室内にシューシューしていたら、都築がおかしなことを聞いてくるから首を傾げてしまう。

「へ?」

「オレのセーエキだよ」

 俺のスマホをフリックやタップで内容確認しながらあっさり言いやがる都築に、あの独特の生臭さと、それからなんと言うか発酵し尽くしたヨーグルトに強烈な苦味が入ったような味を思い出して思わず吐きそうになった。
 思い出させるな。顔射だってあんなに嫌だったのに、それを飲ませようとしやがって…こっちに非がなかったら今頃叩き出して二度と家に入れないんだけども。
 前回の顔射の時は不意打ちだったけど、今回はバイだって知ってるのに無防備に眠りこけていた俺もどうかしていたんだ、ぐぬぬぬ…と断腸の思いで許してやる。
 と言うか、今回は眠りこけていたおかげで全容は動画を観るまで知らなかったから、まあなんとか許せるかな。目が覚めた時は口から精液が溢れてたぐらいだし…おえ。できればやっぱり、許したくない。

「ああ、精液ね。うん、吐き出した。全部吐き出してやった」

 都築は途端に不機嫌になって、それから舌打ちしたみたいだ。
 何だ飲まなかったのかとか、どうしたら飲ませられるのかとか、なんだか物騒なことをブツブツ言っているから思い切り呆れたけど、俺は手にしていた消臭剤をトイレに戻しに行きながら言ってやった。

「お前さぁ、俺のこと好きでもなければタイプでもないのに、そんなヤツに精液飲まれて嬉しいのかよ?」

「別に?オレのセフレたちは好んで飲むから旨いんじゃないかと思ってさ。お前が飲んだんだったら感想を聞こうと思っただけだ」

「ああ、そりゃ悪かったな。非常に不味かったよ」

 都築三姉妹専用のスマホもタップやフリックしていた都築は、肩を竦めた俺が嫌そうに顔を顰めるのをジッと見つめたままで目を瞠ったみたいだ。

「…味は感じたのか?」

「当たり前だろ?!誰かさんが頭を押さえつけやがったから暫く口の中にあったんだ。味ぐらいは判るよ」

 できれば一生、判りたくもなかったけども。

「ふーん」

 不意に、何故かちょっと機嫌がよくなった都築が、都築三姉妹に今日のお献立と題したメールしか送受信されていないスマホの画面を、面白くもないだろうに眺めながら「これは旨かった」とか「これはもう一度作らせたい」とか独り言をブツブツ言っているのを聞きながら、今度は俺が唇を尖らせるんだ。

「あと、今後はこんなこと、セフレだけにさせろよ。好きでもタイプでもないヤツでもいいんなら、そこら辺の都築ファンでも引っ掛けて勝手にやってくれ」

 お前と寝たがる相手は俺以外なら山ほどいるんだ。

「他のヤツになんかやらせるかよ。オレだって病気はこえーんだよ」

 …なんだ、それ。じゃあ、俺は病気がないから安全牌だったってワケかよ。
 冗談じゃねえぞ。

「…じゃあ、今後は選び抜かれたセフレで宜しくお願い致します」

 俺が慇懃無礼に言った後に、ムッツリと腹立たしく頬を膨らませていると、都築のヤツは「また可愛い真似しやがって」とかなんとか、ブツブツ言いながらも舌打ちなんかしやがった。
 舌打ちしたいのはこっちだ、バカ。

□ ■ □ ■ □

●事例11:うたた寝していたらフェラさせられる
 回答:お前がそんなところで寝てるから、ベッドに運んでやろうとしたら処女のくせに可愛く笑いながらすり寄ってきたんだ、誘ってるお前が悪い。
 結果と対策:そっか、処女のくせに誘った俺が悪いのか。だったら都築が意識のない俺の寝込みを襲ってフェラさせても仕方ないのか。もう絶対にお前の前じゃ寝ない。

10.勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「フィギュアを作った?スケート??」

『バカか。人形だよ、ヲタが得意がって偉そうだから、じゃあこうこうこう言うのを作ってみろ。金に糸目はつけんって言ったら、昨日届いた。なかなかの出来栄えだったからお前にも見せてやる。だから、今夜はうちに来い』

 都築は華やかな外見からは想像ができないぐらい、ありとあらゆる種類や人種の友人がいるらしい。友達いなさそうって思っていたけど、俺に対してだけは酷かったり、俺の感情の機微には疎かったりするくせに、他の人や物事には比較的さっぱりした性格だからか、相手にするりと入り込んで、何時の間にか人脈を作りまくっているみたいだ。
 そう言えばコイツ、ぶつぶつ言いながらもモンスター狩りしてたしな。ヲタ仲間ってのか、あの中の誰かなんだろうか。
 都築は先生を見限ってから、大学で新たな経営学をひとつ追加したらしく、忙しそうにしていたから、今日の電話は2日ぶりぐらいだった。
 そう言えば…怖くて聞けないけど、先生はその後、どうなったんだろう…いや、聞かないほうが良いよな。

「判った。じゃあ、今日はまっすぐに都築んちに行くよ」

『おう』

 ゴクリと息を呑むようにして先生には悪いけど目を瞑ることにした俺の耳には、自分が言いたいことだけいうと都築はサッサと電話を切ったのか虚しく通話切れの音が響いた。
 ちょっと待て、何か持って行ったほうがいいかとか聞きたかったのに…癪だから俺からは掛けてやらないって思っていたけど、折角バイトの帰り道だし、何か必要なら買って行ったほうがいいよな。
 飲み物とか菓子の類いは、あの綺麗なハウスキーパーの塚森さんが用意してくれるはずだろうし…ハウスキーパーか。
 ハウスキーパー=嫁なら、塚森さんが正妻で、俺は愛人か。
 やっぱり、気持ち悪いな。
 溜め息を吐きながらタップしたら、何度目かのコールで鬱陶しそうな雰囲気の都築の声がしたから、用件も言わずに切りそうになってしまった。

『…なんだよ?』

 まだ、何かあるのか?と言う不機嫌な声の向こうで、圧し殺したような誰かの細やかな喘ぎ声がして、ああ、コイツまた誰かと犯ってたのかって思ったら、親切心が萎えそうになった。
 声からしてユキかな。いや、塚森さんか。
 まあ、気持ち悪いからどうでもいいけど。

「取り込み中に悪いんだけど、買っていくものとかある?あと、これから行こうと思ったけどやめた方がいいか?1時間後ぐらいがいいか、それとも今日はもう行かないほうが…」

『来い。今からでいい、もう終わる。あと、何か買いたいならゴムでも買ってこい』

 ピッと電話を切った。
 何がゴムでも買ってこいだよ、なに考えてんだアイツ。
 俺のことを使いっ走りぐらいにしか考えてないんだろうけど、それにしたってゴムってのはなんだ。
 畜生、モテてます宣言かよ。
 途端に都築がこの前言った、俺の未来予想図が脳裏を過って、ギリギリッと奥歯を噛み締めてしまった。どうして俺、アイツのところに素直に行こうとしてんだろ。
 友達でもなさそうな発言もバンバンされるし、土下座とか、両親まで甚振られてんのに、どうして都築の言葉なんかに従ってるんだ。
 …このまま行くのやめようかな。だってさ、絶対に今から行ったら事後の都築と塚森さんのいちゃいちゃタイムにぶち当たるんだよな。前にも何度かぶち当たって、控え目ながら塚森さんから迷惑そうな顔をされたっけ。
 着信を無視していたらピロンッと受信を告げる音がして、俺は物思いから浮上して、うんざりしたように都築からのメールを開いた。

『なに無視してんだ。ちゃんと来いよ。ゴムは買ってこなくてもいいから』

『生きたくないです』

 あ、しまった。誤変換のまま送ってしまったメールに、ピロンピロンッとすぐに何通かのメールの受信を報せるから、アイツ、セックスの最中にメールしてんのかと溜め息を吐きそうになった。
 やっぱり、今から行きたくない。塚森さんの控え目な批難がましい目を見たくない。なんで俺がこんな思いをしないといけないんだ。
 都築が何を書いて寄越しているか判るので、メールは見ないまま、残り十数分の道のりをゆっくりと歩いて行くことにした。
 だいたい、俺が地味メングループに所属してるからって、フィギュアって言えば喜んで遊びに来ると思っているところがムカつく。
 アイツが依頼したフィギュアってことは、どうせエロフィギュアに決まってるんだ。おおかた、化け物じみた胸のおねえちゃんとかじゃなくて、リアルな感じでマ●コとか造ってんじゃないかな。で、それを俺に見せて恥ずかしがるのを、ニヤニヤしながら視姦するんだよ。アイツは絶対にそう言うヤツだ。
 そうこうしている間に凶悪なほど高級感あふれる都築んちのマンションに着いてしまって、全く煌びやかな空間に浮きまくりの俺はこのまま回れ右がしたいのに、顔馴染みと言うか、都築がコイツが来たら絶対に逃さずに部屋に寄越せと青褪めるコンシェルジュに言い聞かせているせいで、そんな犯罪的なことしてくれるワケないだろっとプゲラしていた俺は、半ば拉致される勢いで最上階直通のエレベータに叩き込まれて、「ああ、金持ちには、いや都築には誰も逆らえないんだな」とたった今も思い知らされた。
 最上階に到着すると都築の部屋しかないから、あの日、都築が投げ付けて、そのまま俺の掌の中に残ってしまった可愛らしい月と星のキーホルダーが付いた合鍵で玄関を開けた。
 相変わらず、右手に主寝室に続くプライベートエリア、左手がリビングなどのパブリックエリアになっているんだけど、さてどっちに行くかな。
 決まってる、主寝室でイチャイチャしてる都築と塚森さんなんか見ても面白くもおかしくもないし、リビングに行ったほうが美味しいお菓子ぐらいはあって、腹の足しにはなるだろうって瞬時に判断して靴を脱ごうとしたら、リビングの扉が開いてヒョコッと都築が顔を覗かせた。

「来たな。おい、さっきの生きたくないってなんだよ?何かバイト先で犯られたのか?!」

 ソイツ、ぶっ殺してやるぐらいの勢いで歩いてきた都築に、犬か猫のように抱き上げられてうんざりした。
 どうして生きたくないで犯されてる方向性になってるんだ。お前の頭の中じゃ、俺は常に男に付け狙われていて、尻に何かを突っ込まれてんのかよ。ホント、気持ち悪いな。

「打ち間違いだよ」

「ふうん?…じゃあ、来たくなかったのかよ」

「ああ、だって他人がエッチしてるところに乱入したいほど、俺、お前らに興味ないもん」

「…ち。まあ、いいや。ほら来いよ」

 都築は俺の言葉に忌々しそうに舌打ちしたけど、肩を竦めてから、そのまま俺を肩に担いだままで主寝室に続くドアを開いた。
 なるほど、恐らくリビングには事後で気怠い顔をした塚森さんがいるんだろう。俺がフィギュアを見てる間に、帰ってくれないかな…

「そう言えば、フィギュアってどんなのだ?美少女系か?それともリアル系??」

「見てからのお楽しみだ。でも、なかなかうまく出来てるんだ。箱を開けてビックリしたよ」

「へえ、都築でも驚くことがあるんだな」

「まあ、見てみろ。感動するから」

「感動?」

 エロフィギュアに感動なんかあるかよ…いや待てよ、クオリティの高いエロフィギュアが、都築の寝室に所狭しと飾られてたらどうしよう。都築のセフレたちは何かのプレイかと思って気にもしないだろうけど、抱き枕にされる俺はキツイ。
 泊まりに来る度にそんなフィギュアのアヘ顔を見せられたらたまったもんじゃない。
 主寝室の前で廊下に降ろされた俺の背中を押して、促されるままに足を踏み入れた俺は、真っ暗な室内に首を傾げた。

「都築、何も見えない」

 言った途端に電気がパッと点いて、途方もない数のフィギュアを目の当たりにさせられると思って警戒していたのに、実際には何もない何時も通りの都築の寝室だった。
 若干、例のニオイがしてるから、ああ、そっかセックス後の部屋だったんだと嫌気がさしたとき、ベッドに掛けられているシーツの中央がこんもりしていることに気付いた。なんだよ、まだ塚森さんがいるんじゃねえかと眉を顰めていたら、都築が嬉しそうな仏頂面でそのシーツを引き剥がした。
 …。
 ……。
 ………。
 固まること1分ほど、言葉も出なかった。
 何がフィギュアだ。

「これ、ダッチワイフじゃねえか!しかも俺ってなんだよ?!」

 ガクッと跪きそうになりながら、スケスケのエロ下着、ピンク色のベビードールを僅かに乱れさせて横たわる、等身大の俺が辛そうに眉を顰めて瞼を閉じているさまに項垂れてしまった。
 自分で自分を見下ろす恐怖と不気味さを誰か判るだろうか。
 少なくとも、都築は判っていないみたいだ。

「コイツ、凄いんだぞ。表情筋が動いて声がでるんだよ。もちろん人形だから腕や足は自動じゃ動かないけど、関節はほぼ人間と同じだから、どんな体位でも試せるんだぜ。局部や性感帯にセンサーが入っているから、そこをイジっていると自然と体温が上がって、表情が出てくる。それで喘ぎ声も出るんだから、本人と犯ってるみたいだ」

 事細かに説明しながら、都築はベルトを緩めると、ジーンズのジッパーを下ろして凶悪なチンコなんか掴みだすから、おま、お前何してくれようとしてんだ!

「やや、やめろよッッ!俺に触るなよッ」

「はあ?これただの人形だぞ。実際に見せてやるから大人しくそこで見てろって。顔に近付いてじっくり観察しろよ」

 引き剥がそうとする俺を片手で振り払った都築は、横たわる俺の両足を遠慮なく抱えあげて、薄い陰毛からくたりと垂れているチンコの下、睾丸を押し上げるようにしてチンコで探った先にある、まだぬらぬらと濡れたような、よく見ると白濁としたモノが溢れて内腿を汚している、その溢れている場所…

「お前、俺が来る前に犯ってたのってまさか…」

「ああ、コイツを試してた。昨日、届いてからずっと抱いてる。面白いし、飽きないな。ラブドールなんて冗談じゃないと思っていたけど、案外、人肌に温もるし悪くないよ」

 ぐはッ!

「コイツはさ、モードが選択出るんだよ。イチャラブ・モード、ツンデレ・モード、それからレイプ・モードな。顔の表情が嫌そうだろ?今はレイプ・モードを試してたところだ。音声のために一週間分の声が必要だったけど、お前の場合、すぐに用意ができたから問題なかった」

 いや、大問題だろ。

『…やっ、いやだ!い、入れるなッッ』

 愕然とする俺の前で何度か瞬きをした人形の俺は、それからすぐに表情を強張らせて都築を見ているみたいだった。
 すげえ、腕とか動かせないだけで、顔だけ見てると本当に嫌がってるのがよく判るし、本気で拒絶してる。その声が…俺だ、これ。
 若干、くぐもった音声っぽくはあるけど、気にしなければ俺の声そのものだ。
 気持ち悪い。

『あ、あ!…いやだぁぁぁッッ!!』

 絶叫するように声が迸ったのは、都築がグイッと子どもの腕ほどもありそうな逸物を一気に挿入したからだ。そりゃ、嫌だ。
 実際に自分が挿れられたような気になって、痛々しさに眉を寄せて瞼を閉じた俺の耳に、冷静に解説する都築の声が不思議な響きで入り込んできた。

「挿入のタイミングで色んな拒絶の言葉があるんだ。今のは一気に挿れられた時の絶叫な。で、今度は…」

 腰を僅かに引いてずるり…と引き抜くけど全部抜けきる前に一旦留めると、腰を器用にクイクイっと動かして、入口(出口だろ)あたりを擦っているみたいだ。

『あ、ああ、ぅあ!……やだ、都築、お願いだからやめろッ。そこは、いや、だッ!あ、ああ……んぅッ』

「な?浅いところを擦ってやると、オレの名前を呼んで拒絶するくせに、感じてんだぜ。ウケる。あ、ほら体温が上がってきた。気持ちいいぞ」

 ベビードールの裾を大胆に捲りあげると、ふっつりと勃ちあがっている乳首を親指の先で押し潰すように弄って、都築はハッハッと息を漏らしながら腰を動かして嬉しそうにしている。
 乳首にしろチンコとか陰毛とか…すげえ、忠実に再現されてる。さすが、視姦さながらに風呂場を覗いていただけはある。これが目的だったんじゃないだろうな。

「結局、レイプ・モードでも犯し続けていると感じるようになるんだ。涙までは出ないけど、頬のあたりが赤くなってくるぞ…なんだ、お前のほうが感じてるみたいだな」

 クスッと笑った気配がして、俺は俺の顔からギクシャクと目を逸らして都築の視線から逃れようとしたけど、耳から首筋までを真っ赤にしてしまっていては本末転倒だ。

「じっくり見ろよ。お前が男に犯されてる有り得ないシチュエーションだぞ。男なんか好きにならないんだろ?そうだったんだろ?」

 小馬鹿にしたように言っているくせに、興奮して快楽に目尻を染めている都築は息を荒げたまま、ふと乳首を弄んでいた片手を伸ばして、それからどんな反応をしていいのか判らない目線を泳がせたまま真っ赤になっている俺の後頭部を捉えると、グイッと引き寄せて、欲情と抑え切れない切望のようなものを滲ませた色素の薄い双眸で俺の視線を絡め取ってくる。

「つ、都築…いやだ…」

 俺をジックリと視姦しながら、俺そのモノの人形を抱く都築は、俺の頬に唇を寄せてキスをして、それから息を荒げながらむずがるように嫌がる俺の首筋に舌を這わせた。
 不意にゾクリとした。気付けば反応している自分自身の状態がよく判らなくて、自分がレイプされているシーンを見て反応するとか、長いこと都築と一緒にいたばっかりに、とうとう俺まで爛れてしまったのかと泣きたくなった。

「お前の匂い…すげえな。まるでお前を犯してるみたいだ」

 都築は唇を舐めた後、俺の首筋を気に入ったみたいに鼻先を擦り付けながら、腰を打ち付ける音を響かせる。『あ、あぅ…ああん…キモチ、きもちいい…ッ』なんて有り得ない声で喘いでいる人形の顔を見ることもなく、ただただ、一心に俺を見つめているようで、ああ、俺こんなとこで人生最大の過ちを犯してしまうのでは…と奇妙な覚悟を決めた時だった。

「いってッ!痛いってばッ!!何すんだ、バカ都築ッッ」

 もう少しでイッてしまうと言う人生最大の過ちを犯しそうになっていた俺は、都築のヤツが極める際にまるで猛獣みたいにガブリと食いつきやがった首筋の痛みで俄に現実に引き戻されていた。良かった!
 思い切り突き飛ばして首筋を押さえたまま怒りと痛みで涙目のまま仁王立ちする俺を、人形の中にビュクッビュッと勢いよく吐き出したらしい都築は、粘る糸を引くチンコを引き抜きながら呆気に取られたように呆然と俺を見据えてくる。

「…痛い?だってお前、もう慣れてるだろ」

 軋まない最高級のベッドから毛足の長い肌触りの良い絨毯に片足を下ろして、身支度を軽く整えながら俺を凝視してくる都築に、ほんのちょっぴり後退ると、俺はなんとなくしまったかもしれないと思った。

□ ■ □ ■ □

「柏木と、寝たんだろ。首筋にキスされて感じたんだろ?それともオレには感じないのか。だから、柏木とセックスした…ムググッ」

 怖いオーラをだだ漏れにされていたけど、俺は「はあ?!」と、自分が考えていたのとは全く違う頓珍漢な、それこそ有り得ない事実を赤裸々に口にしようとするから、その口許を慌てて押さえつけていた。コイツのことだ、ホテルの一件はとっくにバレているんだろうに、何なんだよそれは。ご丁寧に気持ち悪いラブドールまで造って、都築のヤツが今度はいったいどんな嫌がらせをしてきたのかと目をむいて怒った。

「お前な!全部知ってるくせに卑怯だぞッッ」

 しかも今のは噛んだんじゃなくて吸ってたんだな!どうでもいいけども!

「ウグ?」

 口を押さえられたままで訝しげに首を傾げる都築が眉根を寄せた時、まるで主のピンチに馳せ参じたように、胡散臭い満面の笑みの興梠さんが主寝室に入って来て一礼すると、無体な仕打ちにもケロリとしつつ訝しそうに眉を寄せる主に代わって厳かに口を開いた。
 どうやら、主寝室の前の廊下に待機していたみたいだ。

「一葉様はあの日の翌朝すぐに、例のホテルにお願いしまして裏ビデオを提出させました」

「裏…って俺たちが入った部屋って隠しカメラがあったんですか?!」

「はい、どこのラブホテルにも隠しカメラは設置されております。最初渋っていたオーナーは買収の言葉ですぐに引き渡してきました」

 うん、判った。お願いじゃなく恐喝な。
 ほら見ろ、やっぱり知ってるんじゃねえか。
 あの日の俺たちがどれほど傷心で、身体的なダメージを受けて、それでも男2人で虚しく満喫しまくっていたか知ってて、あんな意地悪を言うなんて、やっぱり都築はあの日のことを反省してないんじゃないのか?!と俺が憤る傍らで、興梠さんが首を左右に振った。

「ですが、一葉様はご覧になっていません」

「へ?」

 キョトンとして都築を見上げると、珍しくヤツは、バツが悪そうに頬なんか染めて不貞腐れている。

「ご覧になれなかった…と言うほうが正しいかもしれません」

「どう言うことですか?」

 バツが悪そうに抱き着いてくる都築の顎を押し上げて拒否っている俺が、訝しげに眉を顰めると、興梠さんは都築の愚行には物静かなスルーを決め込んでいるようで、コホンと軽く咳払いして主の痴態を赤裸々に語ってくれた。

「お2人が室内に入って来まして、部屋の中を散策されているところまではご覧になっていたのですが、その後、柏木様が笑いながら何かを仰って…残念ながら音声は入っておりませんでした。それで篠原様が笑ってその行為を受け入れた瞬間に、投げ付けた酒瓶でまず70インチの液晶が破壊されました。それから、そのまま立ち上がってデッキからディスクを取り出してメチャクチャに割り、そのままデッキを引きずり出して思い切りバルコニーに向かって投げ付けられました。硝子が割れて柵代わりのコンクリの壁に激突したデッキは原型がありませんでした」

「…そっか。じゃあ、都築は柏木の地獄のヘビロテトイレも、俺のローション風呂激痛地獄も観てないのか」

 なんだ、そりゃと我儘お坊ちゃまの相変わらずの愚行に半ば呆れると、俺はやれやれと溜め息を吐いて、背後ではイッている設定の人形があんあん喘ぐ異常な状態で抱き着かれると言う羞恥プレイに耐えながら、どんよりと都築を見上げた。

「なんだ、それは?」

「ご覧になっていませんね。それどころではありませんでしたから」

 興梠さんは胡散臭い満面の笑みでそう言った。
 どうやら回収した時に興梠さんは中身の確認をしたみたいだ。都築には見せられない内容だったら、どうするつもりだったんだろう…怖い。聞かないほうがいいな。

「都築、まずちゃんと最後まで映像は観ような?それから壊したって問題はないだろ。つーか、お前にとっちゃ安い代物なんだろうけど、モノを簡単に壊すな。勿体無いだろ」

 都築が俺を貧乏人だとバカにしていたけど、それでも俺は、やっぱりモノの大切さは、この身体ばっかりでかい精神が成長途上中のクソガキに教えてやる気満々でいる。貧乏だって罵られたって、なんか、都築に至っては別に屁でもなくなったからだけど、俺は強くなった…と言うか、都築に慣れたんだと思うよ。

「見たくないモノをどうして最後まで見ないといけないんだよ。お前は柏木には感じるけど、オレには感じないんだろう。柏木のほうがいいんだろ」

 ブツブツと偉そうな悪態のように吐き捨てながら、そのくせ、態度は悔しくて仕方ないというように酷く剣呑とした双眸で…あ、俺、この目付きを知ってるぞ。確か先生とのことで一悶着あったあのカフェで、都築が「覚悟していろ」って言った時のあの憎々しげな目付きだ。
 なんだコイツ、あの時、本当は先生にしたことに怒っていたんじゃなくて、俺が柏木と寝たことをずっと気にして、悔しくて腹立たしくて、ずっと怒り狂っていたんだな。
 ムカついて堪らないんだろう、ぶつぶつ言いながらスッポリと頭上から覆ってきやがるから、何だかあの日の種明かしをされたみたいでちょっと笑えるんだけど。

「あのな、あの日の俺たちの顛末は、まず柏木が冗談で俺の首にキスした後、俺の強烈な右ストレートを食らってベッドにダウン、自分はヘテロですと泣きを入れつつお楽しみだったソフトとカレーの暴食でいきなり腹を壊してトイレとベッドのヘビロテになったんだよ。で、俺はそんな柏木を見捨ててローション風呂で遊んでいたんだけど、ローションのせいでうっかり滑ってすっ転んで腰を強打したんだ。俺はベッドでダウンしたけど、柏木は明け方までヘビロテだった…ってことで、判るか?」

「…それは、セックスしなかったと言うことか?」

「ハッキリ言うな。少しは興梠さんの前なんだから暈せ。しなかったから、お前を許してソフレを再開してやったんだろうが」

 折角、ひとが赤っ恥覚悟でホテルでの一件を報告してやったと言うのに、それを上回るような恥ずかしいことを口にされて、俺はどうすればいいんだよ。これだから坊ちゃんはとブツブツ言っていたら。

「…じゃあ、処女なのか?」

 なんで、そうどストレートなんだよ、都築。
 処女かと聞かれる男はそうそういないと思うぞ。ちなみに、童貞だけど、これだって威張って言えることじゃないんだから少しは俺の体裁ってヤツも考慮してくれよ。幾ら、お前の気心がしれた興梠さんの前だとしても!
 そしてその興梠さんと言えば、邪魔にならないように既に部屋の外に、胡散臭い満面の笑みのまま出て行ってしまっていた。

「グッ…そ、そうだよ」

 いっそ、もう殺してくれればいいのにと思いながら、顔を真っ赤にして不貞腐れて頷く俺に、都築はまるで拍子抜けしたような間抜けな面をして。

「そっか、処女なのか…」

 なんて、少し大袈裟なぐらいホッとしたようだった。

「じゃあ、柏木とは付き合っていないのか?」

 ホテルに入ると必ずそう言うことを(性別関係なく)している都築にしてみたら、エッチなことは何もせずにキャッキャッと遊んだ俺たちのような関係が、実はよく判っていないようだ。
 訝しそうに疑わしそうに、心持ちムスッとしたままで見下ろしてくるその色素の薄い双眸を見上げて、お前には恋愛感情ってモノが本当に理解できないんだなぁと呆れてしまう。
 なんて、爛れたヤツなんだろう。

「恋愛的な意味では付き合ってないよ。友達で幼馴染みではあるけど」

「…本当か?」

 やけに疑り深い視線でじっと見据えてくる都築に、俺はそう言えば、百目木だと偽ってメールしてきた時に付き合うんだとか何とか言ってしまったな、と思い至って、当たり前だろと眉間にシワを寄せて頷いてやった。

「正直に言って、アレは盗聴されてるって知ってたうえでの意地悪だったんだよ。お前が酷いメールをして来たから…」

「それは…悪かった。まさか先生がオレのシャワー中にお前にメールしてるとか思わなかったから。気付くのが遅くなったんだ」

 あの一件の後、都築は何時の間にかゲットしていた俺んちの新しい鍵の合鍵で、何時ものように部屋に入ってきて、ちゃぶ台の俺のスマホを取ると俺のベッドにごろんしながら履歴のチェック中に気付いたらしい。
 俺はと言えば、もういいやの心境だったので、そのままそのメールは放置してしまっていた。

「だから柏木と一芝居打ったんだ。アイツはお前と一緒で無類の女好きだし、あっちは完全なヘテロだよ」

「…そうか」

 不意に都築がホッとしたように息を吐き出したから、俺は思わずと言った感じで噴き出してしまった。だって、そうだろ?俺のこと好きでもなんでもないくせに、何をそんなに心配していたんだろう。

「お前が処女じゃないと思ったから人形を造らせたんだ」

 不意にポツリと呟いた都築に、そう言えば、こいつフィギュアだとか言って俺を騙してたよな。

「アレを造った人って学生なんだろ?なんだ、あのディテール、いったい幾らかかったんだ」

 主婦根性の脳内としては、かかった費用が非常に気になる。
 学生が造るにしてはほぼ完璧だと思うし、費用も時間もしこたまかかってるんじゃないだろうか…

「いや、社会人だ。キモヲタのおっさんだよ。オリエンタル・ベータ工業で働いてる技術屋だ」

 都築グループのアダルト部門の傘下にあるダッチワイフ専門会社じゃねえか!その手には有名企業だぞ、おい!

「元々、素体はあったんだ。ただ、オレの希望に忠実に仕上げたから、価格は1000万ほどじゃないか?」

「いっせんまん!…なんつー無駄遣いを」

 俺が呆れたように溜め息を吐くと、都築のヤツは気にした様子もなくフンッと鼻を鳴らしやがる。

「無駄遣いじゃなかった。アレには裏モードも造ってもらったし」

「裏モード?」

 3つのモードの他にも何か搭載してるのか。なんにしても、俺の容姿を持つ人形が都築にアレやコレやされるのは正直、気分は良くないけど、金を出してるのは都築なんだし見なければ問題ないだろう。

「…お前には言わない」

 容姿に似合わずゲーム好きの都築のことだから、隠れ要素とか作ってもらって、攻略的になんやかんやする予定なんだろう。そんなの聞いたって俺には面白くもおかしくもない。

「まあ、別にいいけど。都築が楽しいんなら、俺は気持ち悪いだけだ。で?あの人形、ずっとあのベビードールのままなのか?」

「ああ、いや。アレはオレが着せた」

 おおかた、セフレの女の子が忘れていった下着を着せてみたんだろうな。

「ダッチワイフだもんな。最初は全裸で来たのか。ホント、気持ち悪いな」

「いや、最初はメイド服で来たぞ。オレがリクエストしていたんだ。ベビードールは選び抜いた逸品だ。似合うだろ?」

 メイド服をリクエストしておきながら、ベビードールはお前が買ったのかよ?!

「…ホント、ぶれないな都築」

「アイツが着ていたメイド服なんだけど、お前の身長と体重とほぼ一緒だから…」

 不意に部屋に放置されていた、どうやら人形が入っていたと思しきダン箱に近付いた都築が、定番の紺色のアレではなく、見慣れない水色の不思議の国のアリスのようなフリルがわんさか盛られた丈が短いワンピースのメイド服を持ち上げつつ言うから即答した。

「絶対に着ない」

「…別に着ろとは言ってない」

 片手に水色のメイド服を持って立ち尽くす都築は、まさか俺が断るとは思ってもみなかった感じで、いったい俺の何処を見たら喜んでメイド服を着ると思ってんだ。
 アレか?昨日からこの人形の俺と犯りまくってたらしいから、脳内で俺がダッチワイフみたいに従順になっているって思い込んでたのか?!
 唇を尖らせて不平をぶつぶつ言う都築には溜め息が出る。

「お前さ、あの人形のことフィギュアとか言って俺を騙しただろ。なんで最初からダッチワイフって言わなかったんだよ」

 そしたら気持ち悪くて絶対に来たりしなかったのに。

「別にオレは嘘なんか言っていない。フィギュアは姿と言う意味もあるだろ?そもそも、ヲタ用語でも立体人形って言ってるぐらいだからな」

「とうとう人形にまで手を出すとか…お前さ、女も男も余るほどセフレがいるだろ?」

 確かに都築はリア充でヲタクと呼ばれる部類には入らないように見える、一見だ。だけど、本当のところは確かにリア充で女にも男にも困らなくて、外面は完璧で、何不自由ない御曹司様ではあるけど、俺んちにいる都築一葉と言えば、俺が近所の量販店で買ってきた安っぽいジャージを気に入っていて、俺のスマホをこまめにチェックし、暇になったら持ち込んだプレステ4でモン狩りに勤しむ、何処にでも転がってそうなヲタ系の大学生にしか見えない。ただ、身長が190以上あって、容姿がハーフで派手ってのが目を引くぐらいだ。
 だから、人形に手を出すのも時間の問題だったのかな。
 今度は本当にフィギュアとか集めそうだな。

「でも、お前はオレのセフレにはならないんだろ?」

 言ってはみたものの特に返事なんか期待せずに物思いに耽っていたら、ポツリと都築が言葉を落とした。

「はあ?…なって欲しいのか?」

「別に?お前ぐらいのレベルのヤツだったら何時でも抱ける」

「…」

 呆れて聞いたら、途端にムッとしたような都築は、自分が言いだしたくせにまるでお前なんかどうでもいいみたいな態度を取りやがる。
 なんなんだ、コイツ。

「じゃあ、何か?お前は俺がセフレにならないから俺そっくりのダッチワイフを造ったのかよ?」

 前言を無視して聞いてやると、都築は少しも考えずに眉を寄せて首を左右に振りやがった。
 頭がモゲてしまえ。

「いや、それは違うな。モン狩り中にヲタが得意がって煩いから、単にラブドールってのを試してみたいと思っただけだ。自惚れんな。それと…」

「…なんだよ」

 もう、どうでもいいよな気分で促したら、都築のヤツはグッと不機嫌に磨きをかけて、今まで言いたくて言いたくて仕方なかったんだと思わせる勢いで俺に食って掛かってきた。
 今までの一連の会話は、どうやら此処に向かうための布石だったようだ。

「お前、処女のくせにすぐにホテルに行きたがるだろ!そのくせ犯されそうになると泣いて拒否るんだろうが。だが、男はそんなんじゃ止まんねえんだからな!だから何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ」

 あくまで童貞とは言わないんだな。しかも男限定なんだな。
 確かに柏木とはホテルに行ったけど、エッチとか気持ち悪いことするつもりで行ったんじゃないんだけどさ。できればエッチ目的は女の子だって思ってるのに、絶対に童貞のくせにって言わないのな。と、大事なことなんで二度言っておく。

「そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた」

 都築は俺の言葉にそうしろともやめろとも言わなかったけど、とても不愉快そうな表情をして、「なんでだよ」とは言っていた。

「お前が女なんかとホテルに行けるワケないだろ」

「はいはい、どうせ俺はモテませんよ」

「バーカ。お前みたいな処女、オレが傍にいなけりゃとっくに男にも女にも食われてたに決まってんだろ。だから、これからも一緒に居てやるよ」

 不愉快そうだったくせに、唇を尖らせてご立腹している俺を呆れたような顔で見下ろすと、都築のヤツは肩を竦めて仕方ないヤツだなとでも言いたそうに首を左右に振っている。
 ん、待てよ。
 女なんかとホテルに行けるワケないって、それは男女問わずホテルなんか行けないようにってそんな理由で、実は都築は監視していたってことか?
 あの済し崩しに許してしまった日に、やっぱり都築は何事もなかったように、いや、厳密には土下座とか先生に騙されたこととか、俺の両親のこととかはかなり反省はしているみたいだけど、俺に許された段階で俺の部屋は自分の部屋と言う思い込みは激しさを増したのか、何時の間にか勝手に作っていた新しい合鍵で部屋に入ってきてドアチェーンを引き千切って壊し、俺のスマホを掴むとベッドにゴロンした。で、あの日、姫乃さんが盗聴器を持たせてるって聞いて閃いた!みたいな顔してたから、何かあるだろうなと思っていたら、案の定、俺に盗聴器を仕込みやがったんだよな。その盗聴器と服にもバックにもありとあらゆる場所に潜ませたGPSとか、そんな全部でホテルに行かないように監視してる…とかだったら、ホント、お疲れ様としか言いようがない。
 都築は俺のことなんか並以下みたいな扱いをするくせに、男女問わずに食われると真剣に考えているみたいなんだ。
 俺は女の子に食われるのはウェルカムなんだけど…もちろん、都築が言うように俺がモテることなんて数えるほどしかない。そしてそのモテの殆どが料理や世話好きに起因するものだったりする。クソゥ。
 何の心配をしてんだかとこっちのほうが溜め息を吐いていると、都築はフンッと鼻を鳴らしたみたいだった。

「まあ、オレは別に処女じゃなくてもハウスキーパーにしてやるつもりではいたんだけどさ」

 いいか、都築。
 ハウスキーパー=嫁はバツなんだからな。
 ハウスキーパーが処女じゃないといけない理由もないんだからな。

「…ふーん。じゃあ、塚森さんが正妻で、俺は愛人ってことか。そう言う爛れた関係はごめんなので、ハウスキーパーは何度も言うようですがお断り致します」

「はあ?どうして、塚森が出てくるんだ。アイツは主に朝立ち要員だって言っただろ」

 朝立ち要員とか言うな。
 しかも、やっぱりハウスキーパーは嫁説をまだ支持してんじゃねえか。

「だって、塚森さんもハウスキーパーだろ?お前の理論が正しければ、塚森さんが最初にハウスキーパーになってるんだから、彼が正妻だろ?だったら、後から勤める俺は愛人になるワケだ」

「巫山戯んな。塚森はハウスキーパーで雇ってない」

「へ?ハウスキーパーの塚森って挨拶されたぞ」

「それはアイツが勝手に言ってることだ。俺は部屋の掃除と食事の用意をするセフレとして雇っただけだ」

「なんだ、それ」

「だから、朝立ち要員だって…」

「うん、判った!ワケが判らないけど、判った。でもお前、前にパーティーの後は専門のハウスキーパーを雇うって言っただろ」

 ハウスキーパーの使い方はあの時はこんな風に捻じくれてなくてまともだったと思うんだけど…

「そりゃ、職業としてのハウスキーパーのことを言ったんだ。当たり前だろ?お前はオレのハウスキーパー、他に絶対に行くことのない専属になるんだよ」

 ポクポクポク…ちーん、閃いた!
 なるほど、都築はちゃんと職業のハウスキーパーが存在することは知っているし、雇うこともあるんだろう。ただ、そこに何らかの事象…たとえばエッチとかかな?が絡むとハウスキーパー=嫁になるんだろうな、だから、塚森さんはハウスキーパーじゃなくてセフレで…ん?ちょっと待てよ、なんかイロイロおかしいぞ。

「都築さぁ、俺とエッチしたいのか?」

「はあ?ったく、さっきから何を言ってるんだ。別にお前なんかとセックスしたいワケないだろ?相手は足りてるし」

「だよなぁ…だったら、どうして俺をハウスキーパー=嫁にしたいんだ?」

「お前とずっと一緒にいたいからに決まってるだろ」

「…じゃあ、エッチなしのハウスキーパーでいいってことか」

「はあ…お前は何も判ってないんだな。最初はオレもそれでいいと思ってたけどさ、お前、処女のくせに尻が軽いからそこもおさえておくことにしたんだよ」

「んん??言ってる意味が判らないぞ。別に一緒にいるだけなら、俺が誰とエッチしようとお前には関係ないだろ。だって、お前だってセフレがいるんだし」

「バーカ、オレが一緒にいるってコトはお前はオレのモノだってコトだろ。他のヤツの手垢なんか付けられてたまるかよ」

 自分はいいのか。
 なんだ、その俺様かつ身勝手な言い分は。

「ああ、それでまともな結婚ができないってことか」

 俺と女の子を結婚させる気はないって言いたんだろうな、コイツ。
 …考えたくないんだけど、もしかして都築って本当は俺のことが好きなんじゃないのかな。でも、俺は貧乏で格下だって思ってて、今までの相手がみんな美人だったりお金持ちだったりしてたから、庶民に手を出すなんて有り得ないって感じで恋愛感情を全否定してたりして。
 有り得ないか。
 思わずプッと俺が噴き出すと、話の流れ的におかしいと思ったような都築が、不機嫌そうに腕を組んで「なんだよ」とかなんとかブツブツ言ってる。
 変なやつ、変なやつだけど…ま、いっか。
 俺がニヤニヤしながら都築の組んでいる腕を解放すると、俺の行動を怪訝そうに見下ろしながら、都築は「なんなんだよ」とワケが判らない表情をしたけど、素直に俺の行動を受け入れている。だから、俺は、そんな都築の背中に両腕を回してギュッと抱き着いてやったんだ。
 都築は最初、かなり驚いているみたいだったけど、すぐにギュウッと背骨が軋むほど強く抱き締めてきて、それから何が起こってるんだろうと動揺しているようだ。

「なんだよ、どうしたんだよ。急に甘えてるのか?気持ち悪いんだけど」

 言葉ではそんなこと言うくせに、ぎゅうぎゅう抱き締めてきて、それから頬を俺の髪に擦り寄せて安心したように溜め息なんか零しやがる。お前のほうがもっと気持ち悪いぞ。

「まあ、都築専属のハウスキーパーにはなれないけど、暫くは一緒にいてやるよ。でも、約束だったから、俺に恋人ができたら終わり…じゃなくて友達として傍にいてやる」

 そう決めた。最初はこんな関係は終わりだ!って思ってたけど、一緒にいたいだけなら、恋人ができても友達ぐらいではいてやってもいいなと思う。

「それだ。その恋人ができたらってヤツな。それをオレが賄えば、離れる必要もないんじゃないかって思ったんだ。まあ、恋人とか気持ち悪い関係じゃなくて、あくまでもハウスキーパーとしてだけどさ」

 籍を入れるだとか結婚式を挙げるだとかの嫁は気持ち悪くないのか。
 何処かずれてる都築がおかしくて、俺は仕方なくその広い背中をポンポンッと叩いてやった。

「俺はさ、やっぱりこう言う風に抱き合っても気持ち悪いなんて思わない、素直に好きだと言い合えるような相手と付き合いたいし、結婚したい。だから都築の申し出は受け入れられない。きっと、お前にもいつかそう思えるひとが現れるよ。だから、嫁だとか恋人だとかはその時まで取っておいたらいいよ」

 そっと身体を離して、少し動揺しているその顔を見上げて笑いながら言ったら、離れていく俺の身体を惜しむように引き止めた都築はなんとも言い難い表情をして見下ろしてきた。
 都築は御曹司で長身のイケメンだし、本当は婚約者の1人や2人はいるだろうし、こうして俺を構い倒しているのは暇潰しの一環なんだろうから、暫くは付き合ってもいいと思う。
 でも、気持ちは大事にしたいことをなんとか都築に判ってもらわないと、今後、俺に大事な人ができた時に、このワケの判らない言い分で邪魔してこないとも限らないからな。御曹司の怖さは思い知ったし。
 俺がやれやれと溜め息を吐いていると、何かぶつぶつ言っていた都築は、不意に俺の顎を掬って上向かせると、本当に唐突に口唇を重ねるだけのキスをしてきた。
 なな、何が起こったんだ?!
 恐慌状態の俺なんか華麗に無視して、目も瞑らずにじっと凝視していた都築は、俺の大事なファーストキスを奪ったくせに、ゆっくりと口唇を離して何か考えているみたいだった。

「…別に気持ち悪くない。お前のこと、好きでもタイプでもないけど、抱き合うのもキスするのも気持ち悪くないし、嫌でもない。だったら、いいんじゃないのか?」

 うん、やっぱりコイツ頭がおかしい。
 御曹司で長身のイケメンだけど、俺は遠慮したい部類の傲慢王子様だ。
 ひとのファーストキスを奪っておいてなんて言い草だ。

「そう言うのはセフレって言うんだ。好みじゃないからもっと悪いかもな。お前がなんと言っても、俺とお前は友達だ」

 都築を突き放してゴシゴシと腕で口を拭いながら言い切ったら、都築は酷く不機嫌になってしまったけど、これって俺が悪いのか?いいえ、都築が悪いです。
 確認するのにキスするようなヤツはお呼びじゃないんだと言い捨てて、俺はリビングにお菓子を食べに行くことにした。
 平気で好きでもないヤツにキスできる、無節操な都築のことなんて知らない。

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●事例10:勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)
 回答:何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ。
 結果と対策:そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた。