18.俺と仲良くするヤツは(男女共に)だいたい適当な相手を宛がわれている。結果ぼっちになる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築の実家に否応なく挨拶に連行された日、結局、目が覚めた俺はゴワゴワの腹とか下半身にうんざりして、都築と一緒ってのはもうデフォルトになってしまっているから仕方なくだけど、洋風から檜から露天風呂を楽しんで、あの狂気の小部屋で一泊することになった…そう、あの部屋で眠れって言ったんだぜあの変態。
 美味しいご飯と姫乃さんや万理華さん、陽菜子ちゃんとも楽しい会話で盛り上がったし風呂もクタクタになるまで入りまくって楽しんだから…ちょっとした旅館みたいだった!俺はもう狂気の小部屋だろうが、都築が高校までの青春時代を過ごしたんだとか延々と気持ち悪い話を聞かされたとしても、うんうんと適当に相槌を打ちながら何時の間にか眠りこけていた。
 人間、何処でだって眠れるもんなんだなって朝起きた時は感心したもんだよ。
 都築パパは昨日の夕食前から仕事の件で既に不在で、本当は家にいることって滅多にないから珍しかったんだよと陽菜子ちゃんが教えてくれた。そうか、都築パパはやっぱり大企業のCEOなんだなぁとこれまた感心してしまった。
 別れ難くて寂しそうにする陽菜子ちゃんとサヨナラするのは辛かったけど、また来るねって言ったら嬉しそうにはにかんでいたのが印象的で、都築のヤツに、可愛いって言うのは陽菜子ちゃんみたいなことを言うんだぞって教えてやったけど、ウアイラのハンドルを握る都築は不服そうに眉を寄せるだけで同意なんかは一切しなかった。
 うん、変態の考えることはよく判んないな。
 まあ、そんな感じで『突撃!都築さんち』から帰宅して数日経った現在だけども、俺は属さんがくれたモデルの都築が掲載されている雑誌をまんじりともせずに見ていた。
 雑誌で透かしたイケメンを気取る都築を、完璧な容姿やキマっている立ち姿にはケチの付けようがないから、コイツ本当は変態なんだぜとかプゲラしてから却ってダメージを喰らいながら眺めていたら、記憶の片隅に眠っているような何かが呼び覚まされそうなんだけど…なんだっけ?
 昼前に都築が久し振りにセフレと遊んでくると連絡してきた。
 今日はお泊りなしってことだったから、食事の支度も必要ないんだろう。
 結局あの後、帰宅途中で延々と説得を試みたら、嫁が公認するならしかたないとかなんとかブツブツ言いながら、セフレとの関係は続行することで納得したみたいだった。
 セフレでまかなっていた性欲を全部俺に向けられてみろ、きっとそう遠くない未来で俺の尻が崩壊する。
 今は都築が持つ理性を総動員して初夜まで我慢!を忠実に守ってくれているけど、それだってセフレがいるから守られているんであって、彼らの存在が失くなったら俺を護るべくファイアーウォールも跡形もなく消えちまうだろう。
 ほんの少し出口付近に突っ込まれそうになっただけでアレだけ痛かったんだ、そんな怖いこと考えたくもない。
 そんな都築の電話に「どうぞどうぞ」って応えたら、ヤツはなんだか不機嫌そうにブツブツ言って切ってしまった…怒ってるみたいだったけど、俺が安全ならどうだっていい。
 そんなワケで今日の俺はのんびり独りで家に居たりする。
 友達を呼ぼうかなと思ったけど、不機嫌な都築からピロンピロンッと受信音が煩いメールで、旦那が居ないからと誰か呼んでもバレるんだからなとかワケの判らない内容が鬼のように来たので、いろいろ煩いし後で絡まれるのもうんざりだったから、取り敢えず今日は独りで過ごすことにしたんだよ、畜生。
 なんてことを延々と語ってみたけど、実際は折角の日曜日なのに外はシトシトと雨が降っていて、そんなに寒くもないのに肌寒いような気がして、こんな日こそモン狩りに勤しんで背中にぬくもりをくれたらいいのに、欲しい時には傍に居ないなんてホント、アイツは俺にとっては今ひとつ物足りないとか思ってたりする。

「あーあ…退屈だなー」

 薄っぺらいカーペットが敷かれただけの安っぽいフローリングにゴロンッと横になって、俺は属さんがくれた都築のモデル時代の雑誌をペラペラと捲ってみる。雨だし外には行きたくないし、かと言って家でゴロゴロしてるのも何だか虚しい気がするなぁ。

「うーん…あ、そっか。家に呼ばなきゃいいのか。だったら俺が行けばいいんだ!」

 雨だから外に出たくないけど、何もせずに時間を潰すなんて勿体無い。
 閃いた俺は早速、自分のスマホをがっちり掴むと、連絡先から呼び出した百目木に電話してみた。

「あ、百目木?そうそう、俺。今日これからってヒマ?あ、そうなんだ~。じゃあ、13時ぐらいでいいかな。うん、判った。それじゃ待ち合わせは何時ものとこな!」

 百目木も雨で外出がドタキャンになったらしく、ちょうど良かったから遊びに行こうぜと快諾してくれた。俺からの連絡だから、おおかた都築は用事か何かでいないんだろうと最初から判っているみたいで、だから、話を通すのは早かった。助かる。
 じゃあ、早速外出用に着替えて、えーっと…多分行き先は映画館か疑似天体観測か、はたまた書店巡りとかゲーセンとかとか、やることがたくさんあってワクワクしてきた。
 一人で家にいるのは大好きだけどさ、(都築のいない)こんな日はやっぱり家でゴロゴロなんて勿体無いよね。
 俺がウキウキして服を着替えていると、待ち合わせまで30分ぐらいの時にいきなりスマホが着信をお報せしてくれた。
 あれ?メールじゃないから直接電話してきたのかな…毎回セフレに会いに行くとセックス中でもお構いなしに定期的に俺の様子を聞くために電話してくるから、これはたぶん、都築だろ。
 アイツ、GPSも盗聴器も隠しカメラまで全部の記録がスマホに届くように設定してるくせに、その気になれば俺の行動は全部把握することができるってのに、何時も何を考えて俺の様子を探るのかよく判んないんだよなあとか思いながらスマホを取り上げて見たら、着信相手は百目木だった。
 待ち合わせ場所の変更か、行き先に関してかな?だったら、メールしてくればいいのに、アイツも俺とおんなじでメール打つの遅いからなぁ。
 クスクス笑いながら電話に出ると、百目木の焦った声に「うんうん」と頷くしかない。

「あー、そっか。それじゃ仕方ないよな。いやいや!こっちは大丈夫。ただ、ちょっと暇だったから遊ぼうかって思ったぐらいだし。そんなことより頑張れよ!」

 電話の内容はつまり、前から気になっていた女の子からさっきいきなり電話が来て、よかったら今日遊びに行かないかって誘われたんだとか。彼女も雨でドタキャンになって街にいるんだけど、誰も来てくれないし、たまたま前回の合コンで連絡先を交換していた百目木を思い出して電話してくれたらしいから…まあ、それ以上は聞かないくても判るよ。
 だから頑張れって電話を切ることしかできないよね。
 あーあ、また暇になっちゃったなぁ。
 柏木は最近できた彼女(確か絵美ちゃん)と雨なのにデートですぅとか言って昨日、おおいに惚気けてくれたし張り切ってたし、ゼミの他の連中もそれぞれ用事があったり遠出してたりで誰も捕まらないから、仕方なく俺はまた都築の雑誌を適当に掴んでページを捲る。捲っていて…不意に思い出した。
 そのページに載っかっていた都築は不貞腐れたような表情に強い双眸をして、普通の高校生だと考えられないような、堂々とした態度で不遜にこちらを睨んでいる。
 この目…

「あれ?どうしてだろう。俺、この目を知ってるような気がする」

 んん??いや、知ってるワケないよな。高校2年生の都築かぁ…きっとメチャクチャ生意気だったんだろう。
 ゴローンッと床に転がってクスクスと笑いながら雑誌を見ていたけど、やっぱり退屈だ。
 最近は誰も彼も彼女だとか趣味だとかで、全然相手にしてもらえなくなった。確かに都築と一緒にいることが多くなったから、なかなか他の連中と交流を持つことがなかったとは言え、世間は恋人ラッシュみたいだし、都築もセフレとお楽しみで俺だけ取り残されているみたいだ。

「…変なの。なんで俺、独りでいるんだろ」

 前はこんな風に独りになることもあった。
 独りでいることも好きだったし平気だった…のは、それ以外の時間は程よい距離感で誰かといたからだ。
 でも、都築の野郎が必ずべったり一緒にいるもんだから、近すぎる他人のぬくもりに慣れてしまったせいなのか、最近は独りでいるとつまらない。
 いや、つまらないと言うよりも…
 俺はよっと身体を起こすと、それからスクッと立ち上がると中途半端に着替えていたけど、ジャージをジーンズに履き替えて、アウターを引っ掴むとデイパックを持って鍵を掴んだ。
 ちょうどその時、スマホが着信を告げるから、百目木がやっぱりこっちに来てくれるのかなとちょっと嬉しくなって着信相手も見ずに通話ボタンを押してしまった。

「もしもし?どう…」

『あ!あーッ、あ、あ、いくぅ!イッちゃうッッ』

「…??!」

 濡れた声は甲高くて、女なのか男なのか判断がつきかねるけど、もしかしたら新手の嫌がらせか何かで…と言うのも、都築のセフレから結構な嫌がらせを受けまくっていたから、これもまた大音量でAVでも流しているのかと思ったんだけど。

『…から、判ったか』

『あ、ああッ!あ!あん~ッッ!!そ、ソコばっかり!や、それ以上はだめぇぇぇッッ』

「……」

 どうやら盛大な喘ぎ声の向こうからブツブツと都築の声が聞こえているから、嫌がらせじゃなくて…いや、嫌がらせだろうけど、都築から何らかの連絡みたいだ。
 この声の近さだと、多分背後からセフレに覆いかぶさるようにして電話してるな。
 俺はまだ喘ぎ声と都築のブツブツが聞こえるスマホを冷ややかに見つめてから、スゥッと息を吸い込んだ。

「都築!!犯ってる最中に電話してくんなって言っただろッッ!!!」

 俺の大声なんか喘いでいる本人には聞こえていないのか、まだヒンヒン言ってるみたいだけど、都築はどうやらギョッとしているようだ。俺は鼻息も荒く通話を切ってスマホの電源も落とした。
 何だよ、アイツ。何時もバカにして。
 セフレとの付き合いはどうぞどうぞって認めたけど、俺まで巻き込めとは言ってない。
 こんな風に、相手をして欲しいワケじゃない。
 怒りに肩をブルブル震わせていたけど、不意に、無性に寂しくなった。
 玄関のドアを開くと外は雨で、百目木も柏木も相手が見つかって、自分からけしかけたとは言え都築は何時ものようにセフレが居て、なのに今この時間に俺はたった独りなんだ。
 何処かに行きたくて、傘を掴んで鍵を掛けると、俺はカンカンと音を響かせて鉄製の階段を小走りで駆け下りた。
 周りからどんどん人が消えていくような中二病みたいな寂しさを振り払いたくて、傘を差して小走りに走り出した町は灰色で、早く賑やかな場所に行きたかった。
 都築と行動を一緒にしていたら何時もアイツのウアイラで移動していたから、電車に乗ることもそんなになくて、久し振りの駅は雨にうんざりしつつも賑やかで独特の匂いにちょっとホッとした。
 何処に行きたいとかないんだけど、取り敢えず、俺は電車に乗って溜め息を吐いた。
 俺がこんな風に寂しくなっているのは絶対都築のせいだ。
 都築が俺を独占するせいで誘いも来なくなったし、そのくせ、セフレのためなら平気で置いていく。独りぼっちの家に誰か呼ぶのも禁止、呼んだら酷いことをするって脅されてさ。アイツの場合、その言葉が嘘じゃないから怖いし、怖いから独りでいることになる。そしたら急に寂しくなる…やっぱり都築のせいだ。
 都築は俺が独りでも大丈夫なようにゲームソフトや映画、漫画とか小説をあの狭い部屋にこれでもかと置いていってるけど、もともと確かにインドアではあるものの、何時も弟とか、誰かしら傍に居たのにこんな風に独りぼっちになるのは想定外だ。
 都築に独りがいいと言ったけど、アレはお前と一緒にいるぐらいならって意味だったんだよ。
 俺は基本、独りだと寂しくて死ねるウサギなんだぞ。
 いや、独りも嫌いじゃない。我儘ウサギなんだけども。

「…って、何思ってるんだろ」

 別に心の声なんて誰にも聞こえていないのに、俺は顔を真っ赤にしてトホホッと唇を尖らせた。
 聞き覚えのある駅名がアナウンスされて、そう言えばこの駅の近くに疑似天体観測ができるプラネタリウムがあったなと思いだして、迷わずにその駅に降り立った。
 雨足は強くなる一方だったけど、施設の中に入っていれば気にならない。
 どうせ都築にはGPSとか盗聴器で俺が何処にいるのか判るんだし、スマホは切りっぱなしでもいいよな。アイツも今日ぐらいはセフレとゆっくりしてくればいいんだ。俺をあの部屋に閉じ込めようとするからブツブツ文句を言っちゃうんだよね。
 都築が俺に仕掛けている盗聴器は特殊なものらしく、普通の盗聴器って言うのは受信機を近くに持ってこないと聞き取れないらしいんだけど、どう言った仕組みかは判らないけどどんなに離れていても声を拾えるんだとか。そう言えば、姫乃さんが持たせてくれている盗聴器もそんな感じだよな。
 都築の言い分はホントに身勝手なもので、自分が帰った時に俺がちゃんと家にいないと嫌なんだと。大学で帰りが遅いのは仕方ないけど、そのかわり真っ直ぐに帰って来いとか言われた時は殴りたかった。(実際小突いた)
 自分はセフレと楽しんで俺んちに来るくせに、それを俺はジッと待ってないといけないって理不尽じゃねえか。巫山戯んな。
 改札を出ると久し振りの人混みに、いつの間にか強張っていた肩からやっと少し力が抜けたみたいだ。
 プラネタリウムが入っているビルの横は公園になっていて、平日で晴れていたら近所の保育園の園児たちの賑やかな声が聞こえるし、休日は親子連れがのんびりピクニックなんて洒落込んでいるんだけど、残念ながら今日は雨だから、公園には殆ど人影が見当たらない。
 そんな雨に烟る公園をぼんやり眺めながらビルに入ると、今月の演目は何かなと掲示板に張り出されているポスターを見て、俺は眉根を寄せてしまった。
 何処までツイてないんだか。
 今日は第3日曜日だから機材の定期メンテでお休みらしい。
 あーあ、久し振りの疑似天体観測にワクワクしてたのにさ。
 溜め息を吐きながらビルから出た俺は、傘を差す間もなくいきなりガシッと腕を掴まれ、ハッとした時には口を塞がれて女の子みたいな悲鳴も上げられず、ほぼ小脇に抱える感じで拉致られてしまった。
 無言でズカズカ歩く犯人の顔を青褪めて見上げながら、連れて行かれた先が隣の公園の公衆便所ってところが非常にシュールだと思う、思うけどこの近くにはカフェとか雨宿りできる場所もないから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、都築は初めこそ乱暴に小脇に抱えたくせに、何やら驚くほど優しく俺を蓋の閉まっている便座に降ろしてくれた。
 うん、でもこのジーンズは洗濯機逝きだ。

「どうしてここにいるんだよ?」

 電話を叩き切ってから2,30分ほどしか経ってないと思うんだけど・・・
 見上げたまま吃驚していたら、最近はニンマリ笑うことも覚えたみたいだけど、やっぱりデフォルトの仏頂面に不愉快を滲ませた都築は、腕を組んで胡乱な目付きで俺を見下ろしてきた。

「あの後、ユキをさっさとイカせて帰ったんだよ」

「はあ?お前、今日はお泊りなしだって言ってただろ」

「だから泊まらなかっただろ!あと30分ぐらいで帰るからって電話したぞ」

 ムスッとしている都築は公衆便所なんて全く似合わないイケメンだけども、比較的綺麗とは言っても公衆便所だ。若干臭っているのは気にならないのか、いや、気になっているから仏頂面なのか、何れにしても理不尽なことでまた腹を立てているようだ。

「え?お泊りなしって俺んちに泊まらないってことじゃないのか??」

「何いってんだ、お前はバカか。泊まりって言ったらセフレとだろ。どうして家なのに泊まるなんて言うんだ。お前、言葉遣いが間違えてるぞ。九州の方言が関係あんのかよ??」

 本気で首を傾げる大男を見上げたまま、田舎をバカにすんなとプッと頬を膨らませて腹を立てたけど、結局、意思の疎通ができていなかったと言うことなんだろうか。
 いや、そもそも俺んちに「ただいま」と言って来るのはなんか違うような気がするとは思っていたけど、まさか自宅に帰っているつもりだったとは思わなかった。
 お前の頭がおかしいだろ。

「あと30分で帰るって言ってんのに、お前どうして家で待ってなかったんだ?!わざわざホテルも一番近いところに行ったんだぞ」

 なんだ、その恩着せがましさは。
 あの派手な声はユキだったのか。女の子かと思った。

「お前のセフレの声がデカすぎて聞こえなかったんだよッ」

「…ああ。それで最中に電話すんなって怒ってたのか。それなら、ちゃんと声が聞こえないって言ってくれればいいんだ」

 声が聞こえないと言われたのならメールしたのにと、都築は見上げている俺をバツが悪そうにジックリ見下ろしながらブツブツと言っているけど、すぐにムスッとして眉根を寄せた。

「お前、すぐにスマホの電源切るのやめろ。姫乃のスマホも持ってないから連絡できないだろうが」

「セフレとゆっくりしてくればいいと思ったんだよ。俺は俺で、独りの日曜日を堪能する予定だったのに」

「巫山戯んなッ」

 不意に都築が覆い被さるようにして俺の顎なんか掴みやがるから、一瞬ひやりと背筋に冷たいものが走って…不意に心臓がバクバクして、あれ、どうして俺、こんなに都築に動揺して、そして怖いなんて思ってるんだろう。
 俺のソロ活動に非常に腹を立てるのは何時ものことだし、こんな風に覆い被さるようにして覗き込まれるのも日常的で慣れきっていたのに、どうして公衆便所の個室にいる状況と、都築の色素の薄い、琥珀のような双眸に睨まれることがこんなに怖いと思うんだろう。
 ふと凶暴な目付きで覗き込んでいる色素の薄い、この琥珀みたいな瞳にトイレの個室で睨まれたことがあるような気がしたんだと思う。
 既視感と言うんだろうか。
 でも、思い出そうとすると不意に頭が痛くなって眉を顰めてしまった。
 あとほんの少しで、引っ掛かっている何かを思い出せそうだったのに…

「どーせ相手してくれるヤツなんていないんだ。大人しく家にいれば、オレが土産とか買って帰ってやるんだから」

 俺の顔を覗き込んでジックリと見遣ってくるさまは、不機嫌には変わりないものの、どこか堪能している色を見せるからムカついた。

「なんで相手してくれるヤツがいないなんて思うんだよ…」

 胡乱な目付きで覗き込んでくる琥珀の双眸を見返せば、都築は一瞬だけ都合が悪そうな光を浮かべた双眸を隠すようにふいっと目線を逸した。

「…どうして相手してくれるヤツがいないって確信してるんだよって聞いていますけども?!」

「…百目木と柏木が気にしていた女がオレのセフレだったから付き合わせることにしたんだよ」

「はあ?!なんだ、それ!なんだよ、それ!?」

 柏木と百目木と都築が穴兄弟になんのかよ!…笑えない冗談にしてもたちが悪すぎる。

「付田とか、お前が交流を持っているゼミの連中には、アイツらが持ってるお前が知らない趣味に造詣が深い連中を紹介してやった」

 ここ最近、俺の周りから次々と人がいなくなる中二病みたいな怪現象…の犯人はやっぱり都築、お前だったのか。

「聞きたくない。うんざりするぐらい聞きたくないけど」

 溜め息と一緒に頭を抱えこんでいた俺はでも、せっまい個室に大男とギチギチに詰まってるのもそろそろ限界だったし、これ以上こんなところにいても服が臭くなるだけだからと変な言い訳をしながら顔を上げて、ジックリと不機嫌ヅラで俺を見下ろしている都築の顔を見上げた。
 黙ってりゃホントにイケメンなのにさ。

「どうして俺の周りから仲間を引き離すんだよ?」

 俺が知らない趣味の情報までわざわざ調べたり、セフレを貢いだり、よく考えれば涙ぐましい努力じゃないか。気持ち悪いけどさ。

「どうしてって…そんなの当たり前だろうが。嫁の周囲に男がいれば排斥するのが旦那の権利だ」

 オ・ト・コ!
 いいか、都築。俺は男だ。俺だって男なんだよ。
 その男の俺の傍にオトコの友人がいて、何がおかしい?おかしいか?おかしいのはお前の頭だろうが。

「そもそも、お前は少し無防備なところがあるんだよ。ちっさいくせに気が強くて可愛いくて、小脇にいつだって抱えることができるんだから、変態に拉致される可能性だって充分あるんだぞ?!」

 170弱の身長はけして小さくない。大事なことだからもう一度言うぞ。170弱の身長はけして小さくない!
 そして俺を小脇に抱える変態なんてお前しかいない。
 今だってサクッと拉致って小脇に抱えて公衆便所に連れ込んでるんだろ、いい加減、自覚しろ。自分が変態だって。
 俺がムカムカしながら見上げてるってのに、都築のヤツは自分でブツブツ言いながら腹立たしくなったのか、最後は吐き捨てるみたいに言いやがる。

「だからオレが毎回実演してみせてるだろ?お前なんか小脇にいつだって抱えることができるってさ」

「…そっか。俺が変態に小脇に抱えられて拉致られるほど間抜けだから悪いのか。だったら都築が俺の周りの連中を引き離したって仕方ないんだな。俺、変態に小脇に抱えられて拉致られないように都築から離れることにする。半径150メートル以内に絶対に近付くなよ?」

 ニッコリ笑って言ってやれば。

「巫山戯んな!何言ってるんだ。オレがいなかったらお前みたいな初心な処女はとっくに拉致られて輪姦されるに決まってんだろ」

 都築のヤツは案の定、他のヤツが聞けば、コイツなに言ってんだ…と両目を細めたくなるような巫山戯たことを言って、腹立たしそうに俺の脇に腕を差し込んで、それから何時の間にか鍵を開けていた個室のドアから外に引きずり出すとヒョイッと肩に担ぎ上げやがった。
 小脇じゃなくて肩か…雨が降ってても人通りがないワケじゃないんだが。

「ったく、心配で仕方ねぇよ。これからセフレと会うときはコイツも連れて行って…いや、セフレには見せたくねぇしな。じゃあ、やっぱりもうセフレは切ってコイツと犯ったほうが」

「聞こえない!」

 ブツブツと気持ちの悪いことを呟く都築の背中をバンバン叩きながら抗議しても、190の身長に程よく鍛えている背中はハエが止まるほどの苦痛も感じていないようで、ますます不気味にブツブツ呟いている。
 その顔が見えなくて良かった。ホントによかった。
 擦れ違う人が(違った意味でも)ビクッとするのを見ていると、荷物に徹してウアイラまでの道のりを揺られるのは激しい苦痛でしかなかった。

□ ■ □ ■ □

 都築は起業した当初はとても忙しそうにしていて、毎朝作って持って来ると言っていたスムージーも興梠さん任せにしていたんだけど、会社が軌道に乗って落ち着いてくると夜に一旦自宅に戻ると必要な道具を持って戻ってきて、朝が弱いくせにせっせとスムージーを作り出す。
 どうやって作るのか知りたくて一度覗こうとしたけど、都築が小さなタッパを開いたところで通常運転の仏頂面に不機嫌を混ぜて「あっちに行け」と言ったので渋々大人しく従うことにした。
 朝は特に機嫌がよくない都築なので、触らぬ変態になんとやらだ。
 ヨーグルトが隠し味的な事を言っていたから、あのタッパに凍っていた白いシャーベットみたいなのが、ヨーグルトなのかな。
 ヨーグルトも凍らせるんだなとか考えていたら、自宅から持ち込んだミキサーに食材を全部投入してから、欠伸をしながらスイッチを押したみたいだ。
 でかい図体で俺んちの狭いキッチンに立っている姿はちょっと笑えるけど、安物のスエットだからちょっと丈が足りていないのは仕方ないとしても、なんでも似合うモデル体型っていうのは羨ましいなぁ、畜生。
 今日はミックスベリーとバナナとヨーグルトのスムージーらしく、ほんのり紫色の液体が満たされたコップと、自分用のコーヒーの入ったマグカップを持って眠そうに顰められた表情のまま、薄っぺらいカーペットだけでは腰が痛くなるからと、頼んでもいないのに都築が勝手に買ってきたクッションに座った俺の前のテーブルにコップを置いて「召し上がれ」と不機嫌そうな眠い目で促された。
 都築はそんな俺の背後のベッドに腰掛けて、眠気覚ましのコーヒーを嫌々飲んでいるみたいだ。

「いただきまーす!」

 朝食とか弁当を作る前にスムージーを作るのが日課になっているから、俺が料理を始めると都築は二度寝に突入する。でも、俺がちゃんとスムージーを飲み干すまでは眠らずに、視姦レベルで凝視しているので残さずに飲むようにしている。

「美味いか?」

 ほぼ、寝惚けた声で聞いてくるけど、俺は今日も甘いスムージーに舌鼓を打って頷いてやる。いや、マジで美味いんだ。

「うん、今日も最高だった。有難う」

 ニコッと笑うと途端に嫌そうに鼻に皺を寄せてから、俺にマグカップを押し付けるとどうてもいいと言わんばかりの態度でシングルのクソ狭いベッドにゴロンと寝転んだ。
 だから、なんなんだ、お前のその態度は。
 そんなツラをするぐらいなら、毎回毎回律儀に聞いてくるんじゃねえよ。
 やれやれと溜め息を吐いてテーブルに手をつくと、おっさんみたいにヨイショと言って立ち上がった俺は、都築のマグカップと俺のカップを持ってキッチンに行った。
 都築のヤツは作ってはくれるがお坊ちゃんなので後片付けのスキルはない。
 一度、折角なんだから後片付けのスキルも磨こうぜと、夕食後とかの皿や、単にコップを洗うとか程度の練習をさせたら、なんでも器用にこなす都築だと言うのに、皿は2枚、コップは1個を割るという所業をしやがったので止む無く強制退場と相成った。
 皿は3枚、コップは2個の状態で割った数なんだ、強制退場も致し方ないよね。
 全部100円ショップで揃えたモノばかりだから別にいいんだけど、都築邸の厨房なんかには一皿ん十万とかってのもあるらしいから、絶対に都築は立ち入るべきじゃない。男子、厨房に入らずの古い仕来りがあるとかなんとか言い訳をブツブツ言っていたけど、その仕来りがあってよかったなと心から思ったもんだ。
 そんなキッチンではぶきっちょな男が、欠伸混じりに何時もは綺麗にセットしているボサボサな髪を掻き上げながら、無精髭とか眠そうな目をショボショボさせてカチャカチャしているのは見ていて楽しい。
 流石、元モデルってだけあってそんな姿も様になっているしさ。
 都築に聞いてもこんなの楽勝とか言ってまともな返事が返ってこないから、俺は何時も興梠さんや属さん、それから唯一俺と話す都築のセフレのユキに聞いたことがある。
 都築って料理とかするのか?ってね。
 興梠さんは。

『しませんね。日頃は横のものを縦にもしません』

 なるほど!掃除もしないのか。
 属さんは。

『見たことないですね。スマホは拭くみたいですけど』

 そうか!画面汚くなるもんな。
 ユキは。

『バカじゃないの?料理なんて食べに行くものでショ』

 お前に聞いた俺はホントにバカだと思う!
 …って結果だったから、都築は本当に深窓のお坊ちゃまだったらしく、厨房立ち入らずは伊達や酔狂ではないんだってのがよく判った。
 そうすると朝が弱い都築がせっせとスムージーを作るのは本当に珍しいことで、だったら、俺はその好意を無碍にはできないから有り難く毎朝完食することにしている。

「そう言えば、最近都築さ、腕に女の子をぶら下げてないな?」

 いつもユキとか、あと見たことないちょっと質素な顔立ちの男と一緒にいるとこしかみてないんだよな。前はあんなに女の子を腕にぶら下げて、キャーキャー言われてたのにさ。
 大雑把で女にだらしない性格だったくせに、会社を起ち上げてからは少しはまともになったんだろうか。
 仏頂面でゴロンしているくせにスマホを弄りつつ俺をジックリと凝視していた都築は、どうでも良さそうに欠伸しながら頷いた。

「ああ、女はもういい。お前と結婚するなら男の経験値を上げようと思ってさ」

「…うん、あんまり有り難くない情報だな」

 ハハハッと乾いた声で笑ったけど、たぶん目は笑ってなかったと思う。

「男の経験値ってさ…たとえば有名な二丁目とか行ってるのか?」

「前に一度行ったことがあるけど、雰囲気は嫌いじゃないが二度は行かなくていい。お前みたいに初心なのもいることはいるんだろうけど、アイツらゲイだし、お前を攻略するヒントにはならないと判断した」

 朝飯は洋食だと決めていた都築は俺んちに転がり込んでから、もうずっと和食なワケだけど、ブツブツ言いながらも完食するから作り甲斐はある。だから、今日もサクッと魚の煮付けを作りつつ、俺は青褪めて「そうか…行ったことあるんだ」と呟いた。

「ユキは感じすぎるとすぐに失神するからモニターには向かないんだよ」

 セフレをモニター扱いするな。
 と言うか、その情報は聞いてないから。

「他に一緒にいるヤツもセフレなのか?ほら、あのちょっと平凡そうな顔した…」

 まあ、俺の場合は地味面だから平凡より劣ると思うから、他人のことを言えた義理じゃないけどさ。

「他…?ああ!鈴木のことか。アイツはオレの会社のパートナー候補だ」

「パートナー?」

 耳慣れない言葉に振り返ると、スマホ…あ、俺のスマホを弄ってたのか、スマホを弄っているとばかり思っていた都築は、相も変わらず何が楽しいのか、ジックリと俺を熱心に観察しながら頷いた。

「そうだ。単独で起業するつもりだったんだけど。アイツ、なかなか使えるヤツでさ」

 不意に胸がチリッとした。
 都築のヤツが俺のスマホを弄りながら嬉しそうに笑ったからじゃない。
 声に含まれる親しげな気安さが気になったからじゃない。
 それに、嫁だなんだと言われながら、肝心の仕事についてはこれっぽっちも語らず、信頼を別の人間に向けているからだとかでは、断じてない。
 多分これはアレだ、最近レポートとかで忙しかったから、心臓あたりの筋肉が緊張して凝ったに違いないんだ。

「そう言えばお前の会社って何をする会社なんだ?」

 今更それを聞くのかよと、自分から言いもしないくせに呆れたような表情をする都築をこの際見ないふりをして、俺は鍋の灰汁を取り除いてから醤油を入れ落し蓋をしながら答えを待った。

「ITセキュリティ専門だ。ITセキュリティと言っても内容は豊富だけど、ウチは主に防犯システムの構築、それらに関連した機器の開発なんかを請け負っている」

 ゲッ、本格的な会社じゃねぇか。
 …とは言っても、俺の部屋に設置されている監視カメラとかGPSとか盗聴器とか、都築は防犯だって言ってるから、趣味と実益を兼ねているんだろう。

「ふーん。じゃあ、今のセフレってユキだけなのか」

 防犯システムについて語ってやろうかとジックリとこっちを見ている都築を無視して、俺はほうれん草の胡麻よごしを作るため煮魚の横でほうれん草を湯掻きながら適当に話を続けた。
 都築の相手は綺麗な連中ばかりだったから、鈴木ってヤツはちょっと気色が違うよな。俺みたいに質素でパッとしない感じだから不思議だったんだけど、パートナーとは流石に寝ないだろうと思っていた。

「いや。鈴木とも寝てる」

 そこはやっぱり都築なのか…
 俺がうんざりした顔で振り返ると、都築のヤツはスマホを弄るのを止めてベッドの上に起き上がっていて、料理に勤しむ俺を何時ものようにジックリと見ていたから驚いた。

「アイツさ。お前に少し似てるんだよ。料理とか掃除はそこそこだけどな。なんて言うか雰囲気とか…あと」

 そこで都築は俺には滅多に見せない面をして、クククッと笑った。

「アイツも気が強いんだよ。篠原みたいに平気でポンポン悪態吐くからな。一緒にいて飽きない」

「ふーん、なるほど」

 なんでもないことのように相槌を打った。

「アイツ、篠原のことを知ってから、料理学校に通って勉強し始めたんだぜ?笑えるだろ」

「そうだな」

 5分ほど湯掻いたほうれん草を水にさらしてから絞り、綺麗な緑を適当な幅で切って、予め混ぜておいた調味料と和える。

「勉強熱心なやつだから、きっとすぐ上達するんじゃないか?最近は会社の方に手作りの弁当を持ってきて味見してくれって言われる」

「鈴木ってヤツ、パートナー候補なのにもう会社に行ってるのか?」

「ああ。ま、バイト兼って感じで様子を見てるんだけど…」

 都築が不意に口角を上げてニヤッと笑うから、なるほど、下世話な御曹司の性格は1ミリだって変わっちゃいないのかと理解できた。
 おおかた、社長室に引っ張り込んでゴニョゴニョしてるんだろう。
 コイツの会社ってよくよく考えたら、すげぇ破廉恥な状態になってるんじゃねぇだろうな。

「お前ンとこの会社って、秘書は全員美人な巨乳で、その全員が社長のお手付きなんだろ」

 嫌味のつもりで言ったってのにさ。

「いや、全員男だ。言っただろ?今は男に絞ってる」

 …マジかよ。もう都築、お前ゲイじゃねえか。
 まあ、最初からコイツ、バイとかって巫山戯ただらしないヤツだったから、今更って言えば今更なんだろうけどな。
 しかし、全員お手付きなのか…

「…味見、してやればいいじゃん。俺の料理はばあちゃん直伝だから自己流だし、都築の味覚にはそっちのが美味いんじゃないかな」

「もちろんしてやってるよ。セックスのあとは腹も減るし」

 何時だったか、都築は俺の飯を食べるようになってから、外食以外で他の人間の手作り料理は口にしなくなった。セフレが偶に作ってくる弁当も、素っ気なく「いらない」と断って顧みない。
 そんなヤツが鈴木の弁当は食べてるのか。

「…綺麗なヤツばっか相手してたのに、趣向を変えたんだな」

「ああ…アイツ、すごい初心でさ。処女だったからいい練習になってるんだ」

 俺は大学で都築と歩く鈴木をちらっとだけ見たことがある。
 俺よりは小奇麗な顔をしているとは思うけど、何処にでもいる平凡な眼鏡くんだ。
 一度、都築は気付かなかったけど、都築の傍らでまるで特別になったように高揚した面持ちで、口許に笑みを浮かべる都築の言葉に嬉しそうに笑っている鈴木と目が合ったことがある。その時はセフレとか会社のパートナー候補とか知らなかったし、都築にしては地味なヤツとつるんでるんだな、後から取った講義の仲間なのかなとか思っていたけど、俺と目が合った瞬間、鈴木は嬉しそうな笑みを引っ込めて、何度か瞬きをすると、セフレたちとは違う自信を持った表情でゆっくり笑って軽く頭を下げた。
 そっか、あの時にはもう都築と寝ていたのか。

「それ…俺の為だとか言わないよな?」

「は?お前のために決まってるだろ。お前は処女だから、どうやったら痛がらずにセックスできるか…」

「俺の為に抱くなんて気持ち悪い!」

 そんな理由のために生真面目なヤツを抱くなんてどうかしている。
 会社のパートナー候補なのに、そんなことの為に禍根を残すなんか。

「…なぜだ?」

「何故って…ッ!」

 そこで俺はハッとした。
 別に都築が俺の為だとかなんだとか言って、勝手に鈴木を抱くのなんか俺の知ったこっちゃないはずだ。
 ただ、俺は都築が俺に触れる指先の熱を知っている…って言うか、強制的に覚えさせられた。熱心で必死で…あれ以上にたぶん優しく鈴木に触れているのだとすれば、俺と同じように平凡で冴えない顔をしている鈴木は都築にあっさり堕ちているに違いない。
 都築は婚約者として(勝手に)写真を見せて俺を紹介したらしいが、その時、じゃあ会社にいる時も外食だと悪いだろうからと料理学校に通い始めたって言ったけど、たぶんその理由は嘘だと思う。
 同じように冴えない平凡なツラの俺を見て、自分も料理ができるようになれば、公私共に寄り添えるのは、より都築が必要とするのは自分であるべきだと思ったんじゃないのかな。
 そりゃそうか。俺は都築の仕事のことなんか知らないし、都築自身、俺には言うつもりなんかサラサラなかったようだし?
 仕事上の信頼もない俺より、仕事もセックスもお手の物で、ましてや料理すらできるようになるんなら、俺なんかより鈴木のほうがはるかに都築の為になると思うよ。

「…いや、別にいいや。都築さ、そう言えば鈴木と会ってる時って俺に電話してこないな」

 俺はどうかしていたんだ。
 胸の奥がモヤモヤするから、なんか余計なこと考えちゃったんだよ。
 だってさ、よく考えてみろよ。
 これはもしかしたら、都築の底知れない不気味な執着にケリをつけることができるんじゃないのか?

「アイツが、スマホをイジらないでくれって言ったんだよ」

 不意に頭を掻きながらブツブツと言う都築に瞠目して、俺は「そうか」と呟くように言葉を落とした。
 都築はセックスがつまらないと言っていた。
 セックスしながら俺の動画を見てるんだと。
 でも、鈴木と犯る時はスマホを見なくても熱中できるってワケだ。

「鈴木の飯は美味いか?」

 唐突な俺の質問に、都築は少し面食らったようだったけど「まあ…」と、不味くない返事を寄越した。よしよし。

「そっか。じゃあさ、明日から朝昼晩の飯は鈴木んちで食ってくれないか?」

「は?!なんでだよ??!」

 煮魚の火を落として、喋りながらも味噌汁の準備をした俺の言葉に、きっと都築は唐突さを感じたに違いない。
 今日の朝食の献立は、カレイの煮付けにほうれん草の胡麻よごし、甘い玉子焼きにばあちゃん直伝のぬか漬けと大根の味噌汁だ。
 そして昼の弁当はなし。

「それで、暫く俺んちに来ないで欲しい」

 炊きたてのご飯を混ぜてからよそうと、ふんわりと優しくて甘い匂いがした。

「嫌だね、断る!」

「まあ、頭ごなしに否定するんじゃなくて聞けって」

 テーブルに朝食の準備を着々と進めながら、俺が物静かに日頃はけして浮かべない微笑で首を傾げるもんだから、不機嫌に険を含んだ双眸で慎重に、疑わしそうに俺を見据えて都築はそれでも話の続きを促した。

「…」

「聞けばさ、鈴木は仕事のパートナー候補でもう一緒に働いているんだろ?ってことは、一緒に出勤もするんじゃないのか?だったら、一緒に暮らすほうが何かと便利だと思う…って、待て。最後まで言わせろって。その、ゴニョゴニョだって俺の動画がなくてもイケるんなら理想的じゃないか。俺さ、レポートとか溜まってて、ちょっと集中したいんだよね。後期の試験もあるだろ?だから、1ヶ月ぐらい鈴木んちに厄介になっててくれよ。あ!鈴木んちじゃなくても、都築んちでもいいな」

 そうしてる間に、俺なんかよりも鈴木のほうが何倍も自分に役立つ恋人だって判るはずだ。俺んちにちょこちょこ来るから、大事なことが見えなくなるんだよ。じっくり1ヶ月べったり一緒にいたら、どれほど俺が無利益な男かって言うのが判ると思う。
 たとえガキの頃に気に入ったとは言え、ただそれだけだ。
 そのよく判らない執着を、鈴木に向けてみるといい。
 お前が本当に好きになった人に向けるだろう、直向きな想いってのを見てみたい気もするしね。
 一緒に暮らして、そのまま一緒になればいい。

「言いたいことはそれだけかよ?だったら1ヶ月は長い。譲歩できるのは1週間だ」

 前は3日でも離れたくないって駄々を捏ねるぐらいはしていたヤツが、すげえな、鈴木となら1週間は一緒にいられるってことだ。
 これだけだってかなりの収穫だけど、俺は腕を組んで眉を寄せた。

「1ヶ月」

「駄目だ、1週間」

 都築のヤツは頑として主張を覆さない。
 どうも、本当にヤツの限界は1週間みたいだ…とは言え、俺にだって我慢の限界ってのはちゃんとあるんだぞ。
 鈴木はきっと、とても生真面目な性格をしているんだろう。
 初めての相手で自分に好意を寄せてくれている男…男なんだよな、いやそんなこたどうでもいい話が逸れた、ソイツともっともっと一緒にいたい、恋人になりたいと、きっと思ったに違いない。
 薄情で酷い都築だけど、鈴木にとっては初めての人なんだから、せっせと料理を覚えるほどにはいじらしい恋心があるんだろう。
 信頼されるようにきっと、一生懸命仕事を覚えて、料理を覚えて、少しでも気に入ってもらえるように必死に努力して…
 写真で紹介された『婚約者』なんて巫山戯た肩書を持つ俺が、都築と寝てない(都築は誰にでも言っている、ホント勘弁してほしい)と知ったから、俺から奪う気満々でいるんだということも、その気持も、よく判るよ。
 そんなやわらかくて綺麗で、なんだかキラキラしている大切な気持ちがブリザードみたいな凶器になるところは見たくないし、その寒波に晒される俺の身にもなれってんだ。
 都築が初心だからとか可愛いとか言って甘やかすのをいいことに、寝てもやれない恋人崩れに都築は勿体無い!…と思っているに違いない。実際に、都築のセフレからそんな悪態を吐かれたこともある。
 今までセフレからどんだけ呪い殺したいような目付きで見られてきたと思ってるんだ。
 この先、そんな生真面目な相手にまで手を出すようなお前の節操のない態度に、傷付く連中の嫉妬の業火を浴びるのなんて真っ平だね!
 我慢も限界ってもんだ。

「だからレポートとか勉強に集中したいって…」

 ここいらで本当にスッパリ切れるなら、それがいい。

「それならオレがいたほうがいいはずだ」

 間髪入れずに言い募る都築に引く気はないようだ。

「…自力で勉強したいんだよ」

「1週間だ。それ以上は譲れない」

 都築は何かを疑っているような目付きは変えずに、腕を組んで静かに怒っているようだった。
 怒りたいのはこっちだ。

「どんなに言っても1ヶ月だ!都築さ、俺のこと大事にするとかなんとか言って、結局自分の我侭を押し通そうとするよね。そう言うの、本当にいい旦那って言えるのかな。一緒に過せよって言ってるのはお前の公私共にパートナーなんだから、不満なんてあるワケないよね。なのに、どうしてそんな我侭を言うかな」

「仕事上のパートナーであってプライベートは関係ないだろ!…1週間と言ったら1週間だッ」

 「こんなはずじゃなかったのに」とか「ヤキモチも焼かない」とか「やはり正攻法で犯したほうが…」とか何やら物騒にブツブツ言っているけど、俺は全く聞く耳を持たずに苛々していた。

「仕事上ってだけじゃないだろ?ご飯も美味しくてセックスもできる、最高のパートナーじゃないか。俺なんかよりずっとお似合いだと思うぞ。そうだ!いつもみたいに姫乃さんとか万理華さんに聞いてみればいいじゃないか」

 名案だと手を叩く俺に、都築のヤツはうんざりしたような顔をして首を左右に振っている。

「…お前はオレが鈴木と付き合ってもいいって言うのか?オレの性格だと今までお前に向けていたモノを全て鈴木に向けるぞ。そうしたら、オレはお前なんか二度と顧みない。それでもいいって言うのかよ」

「お前がそうするなら仕方ないと思う。むしろ、何も知らないヤツに手を出したんだから、責任を取ってやるべきじゃないかと思ってる」

「…チッ」

 俺が声を落とし、真摯な双眸を向けてキッパリと言い切ると、不意に都築は舌打ちした。

「1週間と言ったら1週間だ」

「駄目だ、1ヶ月」

「…~ッ!もういい、判った!オレは鈴木と付き合う。お前とはこれっきりだ」

 どう言っても俺が譲歩しないとみるや、都築は本気で怒ったように、まるで聞き分けのないガキのように大声で吐き捨てやがった。

「…へえ、そりゃよかった。思い付きで言ったとかはナシだから。鈴木の純情を踏み躙るようなヤツはこっちから願い下げだからなッ」

 なるほど、1週間しか我慢ができないと言って駄々を捏ねてたくせに、俺と一生会わない方を選択したってワケね。
 まあ、いっそ。
 本気で会わないほうが都築の異常な執着は消えるかもしれないな。

「…!」

 グッと言葉を飲んだ都築は、それからもう何も言わずに苛々したように洗面所に行って洗顔と歯磨きをし、スウェットを脱いで俺んちの押し入れに常駐させているジーンズだとかシャツを取り出して着替えた。
 苛々しているからそのまま出ていくんだろうと思った。
 俺とはこれっきりだから、最後の晩餐は昨夜のシチューってワケか。
 バタバタする都築を無視してクッションを椅子にして座った俺は、礼儀正しく手を合わせて頂きますを言い、ご飯をハグハグして胃袋を満たしながら、せっかく美味しくできた煮魚はちゃんと俺が弁当にして持って行こう…と、そこまで考えていたってのに、都築のヤツは苛々したままどかっと直接腰を下ろして胡座をかくと、両手を合わせて頂きますと言って朝食に手を付けやがった。
 おい、出て行けよ。
 そんな仏頂面で食われたら魚が可哀想だろ。

「…ごちそうさま」

 黙々とあったかい朝食で腹を満たした都築は不機嫌そうに言って立ち上がると、ウアイラのキーとスマホ、ウォレットを尻ポケットに捩じ込んで、部屋を出ていこうとした。
 お坊ちゃまに後片付けスキルはない。
 だから俺はその背中を、今更ながらしげしげと見詰めながら。

「じゃあな、都築。今まで楽しかったよ」

 変に執着してるみたいで何時も気持ち悪かったけど、それなりに楽しめたよ。
 この部屋にある荷物や監視カメラや盗聴器、GPSに都築が寄越したキーホルダーとクレジットカードは興梠さんか属さんに預けよう。

「…」

 都築は一瞬ピクリと肩を揺らしたけど、何も言わずに俺んちの安物のドアを力いっぱい後ろ手に締めて出ていってしまった。
 バタンっと大きな音がしたから苦情が来るだろうけど、俺は溜め息を吐いて、都築が完食した皿と自分の皿をシンクに持って行くために立ち上がった。

□ ■ □ ■ □

●事例18.俺と仲良くするヤツは(男女共に)だいたい適当な相手を宛がわれている。結果ぼっちになる
 回答:そもそも、お前は少し無防備なところがあるんだよ。ちっさいくせに気が強くて可愛いくて、小脇にいつだって抱えることができるんだから、変態に拉致される可能性だって充分あるんだぞ
 結果と対策:そっか。俺が変態に小脇に抱えられて拉致られるほど間抜けだから悪いのか。だったら都築が俺の周りの連中を引き離したって仕方ないんだな。俺、変態に小脇に抱えられて拉致られないように都築から離れることにする。半径150メートル以内に絶対に近付くなよ?