4  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

 川辺に戻ったら、案の定小動物が悪さしに来ていたような痕跡はあったけど、流石はフィラ様の作る忌避剤は最強だな。地団駄踏んでどっかに行ったんだろう、ルべの実に被害はなかった、ニヤニヤだ。
 乙女ゲームの世界観にゾワゾワして忘れてたけど、俺はフィラと自分は別個体で共存してるとか思ってたんだよな。
 でも狩猟をして、その癖も何もかも俺で、不意に俺はフィラでフィラは俺だと実感するようになっていた。だからこそ、乙女ゲームに引き摺られているのなら争いたいし、逃げられるのなら逃げ出したい。今までは何処か他人事だったけど、今は切実に俺は俺を救いたいと思っている。
 フワフワしていた何かがギュッと形作られて、定められた安定した器にやっと収まったかのような充足感に、俺は自分がフィラであることを受け入れることができた。そうなったら今度は生まれ変わって若返ったのなら、この世界を余すところなく堪能し、余生を楽しんで生きなきゃ、せっかく貰ったチャンスが勿体無いって思うようになるワケだ。
 幸い俺には前世の記憶が残ってるし、思い出すまでのフィラの記憶も薄らあるから、貴重なポーションだって作れちゃうんだぜ。
 追われて怯えるだけなんて馬鹿みたいだ。
 頬に跳ねた血を腕で拭って、見ろよ俺、ちゃんと野生のウサギの解体だってできてる。向かう所敵なしじゃね?
 必要はないんだけどそのまま腰ポーチに肉を入れるのもどうかと思ったから、オオバオの葉が殺菌作用や余分な血液や水分を調整して鮮度を保つ効能を持っているのは知ってたから、解体した肉は葉に包んで腰ポーチにインした。金と食い物と飲み水と日用品は全部腰ポーチで、大物の雑貨やブランケットなんかの寝具、薬草、ポーションなんかはリュックにインしてる。
 薄青のポーションは腰ポーチにも忍ばせているけども。
 大丈夫だ、俺はこの世界でちゃんとやっていける。前世の俺も今の俺も順応オバケだからさ、どうやったって生きていけるよ。だから大丈夫だ、バなんちゃら伯爵や商人熊からちゃんと逃げ出したし、これから関わるかもしれないヤツ、つまり攻略対象者って連中だが、絶対関わらん!関わってもいいことなんかないだろうから、俺は冒険者になって乙女ゲームのキャッキャウフフは遠慮するよ。
 それに…乙女ゲームのヒロインが今の俺を見て『可哀想だ』とか『男娼でもちゃんと迎えに行くわ』とか思ってくれるんだろうか。つーか、男娼じゃねぇし、風が吹けば倒れる白百合のフィラなんて何処にもいねーしな。
 キャラと言えば、アレがリィンテイルである俺が引っ張られて創り出したキャラだったんじゃねーかな。実際は今のこれが素だしね?
 程よく乾燥したルべの実をリュックから取り出した、テッテレー、大ぶりの乳鉢にぶち込んで乳棒でゴリゴリしてやるとすぐに桃みたいないい匂いがふんわりと香り出すから美味そうだ。
 でも喰ったら吐くから匂いだけ堪能しとこう。
 清らかに流れる小川にルべの実と格闘している俺の姿が映っていて…金髪とは暫くお別れだなぁと午後の陽射しに眩く輝いて俺様の目を焼く蜂蜜色の飴菓子みたいな、巻き毛っぽかったのが緩く波打つようになった肩までの長さの髪にグッバイと言ってやる。
 実際どんな色に染まるんだろう、今からワックワクだな。
 勿忘草を閉じ込めた水晶の双眸を縁取る繊細そうな金細工みたいな睫毛にも塗ってやるし、目に入って転げ回る大惨事はできるだけ回避で、アンダーヘア?何だっけ、オシャレな言い方とか判らんから率直に言うけどちん毛と脇毛にも塗りたくろう。
 もうおっさんじゃないけど記憶におっさんがいるんだから若人感zeroでごめん。ちょっと若人っぽくゼェロゥって言ってみた。違うか。
 だが率直すぎやしないかい、せめて陰毛ぐらい言わないといかんかな。でもあんま育ってないからちん毛ポヤポヤで産毛みたいなんだよね、此処だけの話。チンコも小ぶりだし…まだピチピチの16歳で成長期だ、今は嘆かないでおこう、うん。
 考え事をしながらゴリゴリしまくってたら、魔女のばーさんが言ってた通り、本当に弾力のあるドロっとした真っ黒の液体ができてちょっと興奮した。乾燥させた上に水も入れてないのにこの弾力ある粘り気!すげぇー!!
 ゴリゴリも弾力のある粘るスライムになったら完成だから、早速全裸になって染め染めタイムだ…って何故全裸になる?脇毛とちん毛も染めるから服が汚れちゃうだろー
 幸いなことに此処には凶悪な気配もないし、態々冒険者が何かを求めて来ることもない、だから全裸ついでに毛とか髪を染めたら、クブの実の種をすり潰して色んな薬草をぶち込んで固めた、天然素材100%の石鹸で身体も頭も洗うぞ!
 俺、生活魔法とか戦闘系魔法とか全く使えないけど、ホント、ポーションとか石鹸とか、木の実とか薬草を使わせたらピカイチじゃね?
 石鹸とか村で売ってたりするのかな…商人熊は持ってなかったけど、もし一般で売られてないなら、これでひと財産稼げるんじゃねーかな。
 どろっとしてるのにもっちもちの変な触感の染髪液?を頭に乗っけて、根本からわっちゃわっちゃ掻き回して満遍なく塗布しつつあらぬ妄想にパアァァと希望を見出したけど、もしそうだとしたら作れるの俺だけだし、死ぬほどこき使われそうだし、男娼せずとも過労死余裕じゃねってなりそうで早々に断念した。
 ルべの実染髪液は塗布してすぐに洗い流しても、5分から10分置いても同じ仕上がりになるから、サッサと洗い流してOKってワケ。化学薬液じゃないからなのか、そもそも、ルべの実が魔女御用達の魔植物だからなのかは謎だが、地球にもあったらメチャ便利だろうな。とは言え、黒にしか染まらないんだけどね。
 着色できる薬草があるから混ぜてみたらいろんな色が試せるかな?ポーションにも僅かに染色薬草入れてるから、色がついてるんだよね。効能に影響もないし意味もないから、単純に区別するために少しだけ入れてるんだ。だから俺の作るポーションは全部色が薄いって特徴がある。
 村で売ってるポーションがもし色が濃ゆければ、ちょっと誤魔化してるのかもね。
 まあでも、ルべの実自体が滅多に取れない希少性の木の実だから、商売にはできないだろうけど、今後冒険者になった時、危ない連中の目を欺くには髪色を変えられるのは重宝するかもなぁ。
 ちん毛と脇毛に塗って色付きを確認しつつ、今度ルべの実を発見したら薬草を混ぜて実験してみようと思う。
 川に入って深いところに行くと腰ぐらいまで浸かれたから、頭と脇と股間を洗って、それから水面に映る顔を覗き込んでみたら…

「ふおぉぉ?!すげー、金褐色に染まってる!パッと見褐色だけど、太陽光をキラキラさせてる。俺のゴージャスな金髪には劣るけど、落ち着いてて綺麗だ」

 ホックホクで川辺に戻ってちょこっと残ったどろりんスライムを持って川に向かうと、眉毛に塗ったあと睫毛に塗って全裸で転がり回る前に素早く洗ってみた。
 流れの緩やかな水面を覗くと顔が映って、どうやら眉毛も睫毛も綺麗に染まったようだ。
 それまでの儚げで頼りなさそうな、夢の中、もしくはお伽話に出てくるお姫様か精霊のような、風がそよと吹いても折れる白百合のような病的な姿が、スッキリと削ぎ落とされて薄らぼんやりの印象がクッキリとした印象的なハンサムの面立ちになったから若干精悍さを醸している…ような気がする。
 気がするだけなんだよ、俺の決意の表れだけで俺にしか判らない精悍さとか…褐色系の髪になってもイケメンと言うよりも美人は美人だし、却ってハッキリしたモンだから、煌めく褐色の髪にクッキリした目鼻立ち、強い意志を秘めた勿忘草を閉じ込めた水晶の双眸、薔薇色の頬に熟れきらない苺の瑞々しい唇、相変わらずうっすらと開いた唇の奥、艶めく赤い舌と真珠色の歯が覗いて…美貌が浮き彫りになって益々綺麗とかなんだそれ、恐るべき乙女ゲームBL要員だなチクショウ。
 変装が裏目に出るとか巫山戯んなよ乙女ゲーム神め、とちょっぴりガッカリしつつ、俺はクブ石鹸で体を洗った後、服を着替えて着替えた服はクブ石鹸で綺麗に洗った。
 水切れのいい泡なのに、髪とか肌を洗ってもキシキシ感もつっぱり感もないから、流石俺様の石鹸は完璧だ。
 ウェッヘッヘと悪い顔で笑いつつ服を干して、それから魔物避けと動物避けの忌避剤を周辺に撒いてから、俺は夕食の準備に取り掛かることにした。
 水場と木の実探しと狩り、染髪薬準備とか獲物解体して、染髪と行水ついでに洗濯してたらすっかり夕方になっていた。
 今日はお高級な自作魔物避けも使ってるから、今夜は此処で野宿することにした。
 価格にすると5万ティンは下らないと商人熊お墨付きの逸品で、此処らでは滅多にお目に掛からない上位種魔物も寄せ付けない忌避剤なんだぜ。エリート冒険者も求めるような、俺にとってはいい金稼ぎのポーションだけど、薬草の関係で年間に5本程度しか作れないから、今年の分の貴重な5本は何故か売る気がしなくて取って置いたのか、棚の奥にあったのをガッツリ持ってきた次第だ。
 火を熾して、薬草をぶち込んで、なんか魔力をエイヤッてした調味料を振って揉み込んだ野生のウサギの一口大にカットしたお肉を、家から持ってきたアマンダイトと言う鉄より固くて鋼鉄より弱い材質の串に刺して焚き火の周りに刺して暫くしたら、肉と調味料が焼けるジューシーでスパイシーな匂いが漂い出して腹がグーグー鳴る。
 仕方ない、相手はウサギの姿をした豚野郎だ。こう言えば貶しているようだが、心配するな、正真正銘間違いなく誉め殺してる。
 久し振りの豚肉!覚醒してから何か判らない乾燥肉で凌いでたからな。嬉しさ100倍だわ。
 貴重な忌避ポーションのおかげでこうして美味しい匂いをさせても魔物も魔獣も動物だって来ない。来ないって言ってるのは、姿は見えないけど気配はあるからな、普通だったら油断ならない緊迫した状況だ。涎垂らしてグーグー腹を鳴らせてる場合じゃないんだぞ。
 でも心配いらないのが5万ティン様だヒャッハー。
 腰ポーチから皿2枚と商人熊に貰った白パンを取り出して、一つにパンを、もうひと皿に狩りの最中に摘んでおいた野菜にもなる水洗い済みの新鮮な薬草を取り出して並べて、やっと焼き上がった串を抜くと薬草の上に肉を乗っけた。
 その肉に俺特製の薬草醤油風味のソースを掛けたら手を合わせて頂きますだ。

「いただきまーす!今日も森の恵みに感謝!」

 はふはふジューシーでまろやかな風味になったウサギ肉は本当に豚肉みたいで、揉み込んだ薬草調味料のおかげで臭みもなく超うめぇ!
 パンを二つに切って薬草と肉を挟んで、クリーミーなソース、所謂マヨネーズみたいなモンだな。これも薬草と木の上の巣から黙って拝借した卵を瓶に入れてエイヤッてしたらできた偶然の産物だ。今はすぐできるけど、深く考えずに偶然の産物としておく。
 簡易バーガーもうめぇぇぇ。
 串焼肉ももりもり食べて、残ったウサギ肉はまたオオバオの葉に包んで腰ポーチに格納した。明日も喰うぞ。
 お腹いっぱいだし、特に計画もないから、リュックからシートとブランケットを取り出して、火の番要らずの魔硝石焚き火の傍らで降り注ぐような満天の星空を眺めつつリュックを枕にゴロンッと横になった。
 何時も太陽だの陽光とか言ってるけど、アレ本当に太陽なのかな?地球と同じ天の川銀河の中にある太陽系の惑星なのかなぁ。
 星も凄いなー、手が届きそうだし降ってきそうだ。月なんか二つ三つある、三つ目は薄くなりすぎて偶に見えなくなるけど…ははは。
 少なくとも太陽系では…ないな。
 アレだ、宇宙人が地球に来て乙女ゲームに興味を持った、それで宇宙人の類稀なコズミック・パワーで太陽系外にある惑星の中にその乙女ゲームの世界観を持った世界を構築した…おや?これはもしかして限りなく当たりに近いんじゃないか??
 確認のしようもないし、乙女ゲームに引っ張られている異世界説も捨て難いけど、この仮説が一番近いような気がする。俺が生きていた時の地球じゃあ、もう宇宙には地球人以外の知的生命体は居るって話になってたからさ。
 ふおぉ、この仮説をもっと煮詰めてみるのも面白いかもなぁ!……まあでも何にせよ、本当に別世界なんだなぁ。
 両手をあげて、まるで星空を押し上げるように腕を伸ばすと、本当に星を掴めそうな気がして何だかワクワクする。
 だけど俺以外の全員が宇宙人の擬態とかだと怖いな、ははは。
 まあある意味、俺も地球のヒトから見たら宇宙人と呼ばれる知的生命体だろうけど、ふふふ…とちょっと楽しくなって、それからふわぁぁっと眠気が襲ってくる。
 焚き火のおかげで寒くもないし、日中も今は過ごし易くて水浴びも苦にならない。丁度暖かい頃の春の気候かな。
 比較的べリーヌ地方とジャスパー地方、それからカッケス地方の気候は日本で言えば春から秋の気候が順繰りに巡り冬がない、その点、コースティン地方は秋から春が順繰りで夏がないんだ。だからコースティンには行きたくない、寒いのは嫌だ。凍死とか…サバイバルの天敵だろ。
 ただ不思議なことに、中央地方にある帝都は日本みたいに春夏秋冬があって暑い夏もあれば雪も降る。帝都の知識は妹の言葉を思い出した時に流れ込んできたモノで、流石日本の乙女ゲームだなって思ったぐらいで、帝都には危険物(魔法学園とかヒロインとか攻略対象など)の影響から全く行く予定がないからどうでもいいって思ったんだよなぁ。
 今でもどうでもいいけど、変わった大陸だと思う。
 そう言えば、日本で作られた乙女ゲームだからか、別大陸に『葦原中津國』と呼ばれる和の国があるんだ。熟練の冒険者になったら、是非一度探訪してみたい。
 そう言えば俺、この世界の乗り物って知らないんだよな。旅立つ時も普通に徒歩一択だったし…つーか、商人熊も何時も徒歩で来てたからさ。
 もしかして俺が知らないだけで馬とか馬車とかあったんだろうか…とは言え、逃げてる今の状況だと馬とか必要ないんだけども。葦原中津國に行く時は船だよな、やっぱり。
 暮らしぶりは日本みたいに近代ビルとかあったらどうしよう…飛行機が飛んでたり、何なら新幹線も走ってたりとかな。なのに服装は昔の日本みたいに着物を着ていたり、もしかして縄文人みたいに編布で作った服を着てるかも?ましてや神代の時代の衣とか帯とか袴とかだったら、それはそれで見てみたい。
 氏名も漢字とかカタカナとか平仮名を使ってたりしたら嬉しい。俺、異邦人なのに読めちゃったりするんじゃない?
 うははは、絶対に行ってみたい国第1号だ。
 でも、15600ティンぐらいじゃ行けないだろうな。

「……」

 ジャスパー地方に入って一番近場の村で冒険者ギルドに登録して、逸早く金稼ぎしないと話にならんわな。
 取り敢えずの目標のために、明日はサクサク進むぞ、おー!