6  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

 ああぁぁ〜…正直詰んだわーとか、最初こそヤル気だったモノの、優柔不断だから急に悲観に暮れたりしながら、それでも順調に距離を稼いでいた。最初の村に着くのは最長90日、最短で30日はかかると思っていた…方向もよく判らんし。だけど持って生まれた野生の勘のおかげか、順調に半月である地点でジャスパーに入ることができた。どの世界でも看板って有難いし大事だよな。
 道中でも練習してたから射撃レベル8になって凡人からランクが狩人に上がったし、必要ないけど薬草を解析して解析レベルも5まで上げて、気付いたら狩りの最中に培ったのか、隠密レベルがNEW!で付与されてた。
 ポーション作成レベルは…99でカンストのはずだけどまだ上がりそうで正直怖い。
 そうそう、魔女のばーさんがやっぱり俺が独りになるって心配してたから子供の頃から教えてくれてたおかげで、隠密レベルは付与された時には既に12だったから、これで一気にランク上げができたんだろうな。
 フィラの足で30日と思っていた行程も、思ったより全然疲れないしサクサク進むしで、実はつい今し方、テッテレー、最初の村に着いたんだぜ。
 若さか、若さっていいな!
 早速ポーションを売ろうかなって思ったけど、場所がよく判らないから、取り敢えず冒険者ギルドを探してみることにした。
 村とは言ってもそんな寂れた感じではなく、其処彼処に冒険者もいて、なまじずっと森の中で暮らしてたモンだから、今は引きニート並みのメンタルのような気がする。
 俺の顔は自慢じゃないが控えめに言っても目立つから、できるだけフードを目深に被って、露店が犇めく大通りのような賑わいのある場所を目指した。
 柵で囲まれただけの村の入り口付近は閑散としてたけど、やっぱ旅人や冒険者目当ての露店通りは賑やかだな。

「あの、ちょっと聞きたいんですが…」

「なんだい?なんでも聞いておくれよ!」

 威勢のいいおばちゃんは態々作業の手を止めてまで屈託のない顔でにっこり笑ってくれる。悪いなぁとは思うけど、そんな風に対応されると特に必要なくても買っちゃうよね。
 商売上手なおばちゃんだ。

「これください。あの、この村の冒険者ギルドって何処にありますか?」

「はいよ、ありがと!…冒険者ギルドかい?依頼の為の出張所ならあるよ」

 何か依頼するのか、若しくは、リュックとか弓を肩にかけてるから見た目狩人に見えるんだろう…いや狩人にランクアップはしてるけど?だから依頼完了報告にでも行くのかと思われたみたいだ。

「あの、出張所って冒険者登録ってできるんですか?」

 ジャスパー特有の柑橘系の果物とお釣りの硬貨を腰ポーチに仕舞いながら聞いたら、おばちゃんは困ったような顔をして首を左右に振った。

「出張所は依頼の受発注だけの業務しかしてないよ。ほら、ルッケ村は小さいからねぇ。次のウルソ村は少し大きいから、簡易冒険者ギルドがあるんじゃないかね」

「次の村ですか…えーっと」

 何処か判らん。
 南から来たから北に進めばいいのかな?それとも東西か、こんな時、地図がないと不便だなぁ。

「おや、アンタもしかして別の地方から来たのかい?」

「ベリーヌの端の村から来ました」

「ベリーヌ…」

 詳しい村名もない森の奥深く住みだったからその辺りは暈して、次の村の情報が欲しくて地名だけ明かしたら、不意に人の好さそうなおばちゃんが眉を寄せて顔を曇らせた。
 俺、なんか拙いこと言ったか?

「ああ、アンタがどうってワケじゃないんだよ。最近、ベリーヌの豪商のヒベアーが越境したのは知ってるかい?」

 あわあわしそうになった俺に首を振って、おばちゃんが迷惑そうに話してくれた。
 フィラの薄ぼんやりした記憶を漁ったら、確かヒベアーって商人熊の商団じゃないかとのことで、だったら越境って言うのは決まりを破ってジャスパーに商売に来たってことだ。何それヤバい。

「狩猟しながら森の中を来たから知らないです」

 できれば詳しく!
 他のお客さんの邪魔にならないように避けていたら、お喋り好きのおばちゃんがご機嫌で詳しく話してくれた。

「罰金100万ティンも払ってまで越境した理由が、跡取りの恋人が行方不明になったからビラを配らせて欲しいんだってさ!お金があるところにはあるんだねぇ」

 大金貨一枚も払ってビラ配りとか…何それ怖い。
 あの商人熊、そこまで俺に執着してたのかよ。つーか、いつ恋人になったんだよ、妄想乙!とか言ってる場合じゃないか。

「おう!その話か、何でも貴族も捜してるとかで、ちょっとした話題になってるよな!」

 買い付けにでも来たのか、商品を受け取りながらおっちゃんまで話しに参戦してきた。とは言えそれどころじゃない俺は、思わず吐血でもしそうな気持ちをグッと堪えて、これまたお喋り好きそうなおっちゃんに聞いてみた。

「貴族まで捜してるんですか?何かしたんですか、そのヒト…」

 貴族って誰?バなんちゃら伯爵か??!

「そりゃあ、ビラを見ても判るぐらいの絶世の美女だからな!商人と貴族が取り合ってるんだろ」

 面白おかしく言うおっちゃんのおかげで、ちょっと落ち着くことができた。
 そうだよな!女を捜してるんなら俺には関係ないな!登場人物が俺があまりにも避けている背景の連中だったから、ちょっと警戒しちゃったじゃん。

「森に棲んでいたそりゃあ綺麗な薬師だったらしいけど、突然居なくなっちゃったそうでね。物静かでたおやかな自分から出ていくような子じゃなかったそうだから、誘拐されたんじゃないかって情報提供を呼びかけていたよ」

 たお、やか……?吹いても折れない俺だよ??逞しく自分の両足で出てきたよ???
 おばちゃんがそう言って差し出したのは、当然配られたビラで、肖像画は盛り盛りに盛っているけど残念ながら俺の美しさを伝えきれてねぇ代物だった。これ、どう見ても女だろ。俺は男だし、でもよく見たら薄い色のポーションが売られたら連絡をくれだって?!くっそ、あの商人熊!
 ポーション売れなくなっちまったじゃねぇか!

「その人たちって次の村にも行ってるんですかねぇ?だったら、同じベリーヌってことで迷惑がられるんじゃ…」

 思わず握り潰しそうになったビラだけど、おばちゃんは肖像画の俺擬きが気に入っているそうだから、いますぐメチャクチャに破り捨てたいのを我慢して返しつつ聞いてみた。

「ううん、すぐジャスパーのゲイン商団が来てビラは全部回収して燃やしちゃったよ。仲が悪いからね、あの連中は」

「はあ…」

 でも冒険者たちは持ってるかもしれないし、おばちゃんが持ってるぐらいなんだから、もうこの近場の村じゃ暫くポーションは売れないな。

「まあ、アンタも冒険者に登録すれば判ると思うけど、ギルド発注じゃない依頼は受けないからね、冒険者たちはビラになんて見向きも受け取りもしなかったよ。もうこのビラはこれだけだから貴重だよぉ」

 冒険者のことを考えてるって気付かれたのかとギクリとしたが、実際はどれだけそのビラが貴重であるかを、おばちゃんはただ自慢したかっただけらしい。マジか、ビビった。
 つまり、シナリオは着実に進んでいたってワケか。そう言えばログハウスを発ってからもう半月だもんな、すっからかんの家を見て諦めただろうと思っていたのに、まさか商人ギルドの決まりにまで背いて越境するとか、あの商人熊気持ち悪いを通り越して気味が悪いな。
 あと、やっぱ3日後に貴族も来たのか。
 おばちゃんとおっちゃんに礼を言ってからその場を離れ、俺は唇を噛んで考えた。
 バなんちゃら伯爵だよな…妹の声で少しずつ思い出してるけど、やっぱり貴族の名前と商人熊の名前は思い出せない。大まかな粗筋も全然だ。思い出せるのは帝都の魔法学園で周囲を巻き込んでワチャワチャするぐらいか、どうやら主人公たちは世界を救う大志は抱いていないらしい。

「参ったなぁ…ポーションも売れないし、ましてや念願の冒険者ギルドの登録もできないとか、乙女ゲームの癖になんつー無理ゲーを…ん?」

 取り敢えず森に戻って今夜の宿泊場所を確保しようと歩き出したところで、露店の並ぶ繁華街?を逸れた少し寂れた雰囲気が気になって向けた目線の先、簡易な木製の囲いがされた広場がある。
 大小様々なテントやタープが所狭しと乱立しているけど、それぞれにヒトがいるってワケでもない。

「おお!此処ってまさか冒険者広場?!」

 簡易な木製の柵を掴んで身を乗り出して見渡すと、それまでの凹んでいた気持ちが一気に浮上してくる。
 だってよー、ずーっと森の木の上で寝てたんだぜ?屋根のある場所で寝たいよな。
 俺のような初心者冒険者は手持ちの路銀も少ないだろ?この規模の村の旅人の宿に泊まろうとしたら、たぶん一泊素泊まりで1000ティンはくだらない。下手すれば1500ティンとか取られる可能性だってある。乾燥肉大袋約3袋分だぞ…普通に震えるわ。
 さて、そんな初心者若しくは玄人でも節約中の冒険者たちにオススメなのが、テッテレー、この冒険者広場ってヤツだ!
 屋根付きの簡易宿泊施設で、好きなテントを選んで宿泊することができるけど、此処を管理しているのはだいたいその地方で有力な商団だから、恐らく露店のおばちゃんが言ってたゲイン商団だろう。商団の出張所がある筈だから、そこに行ってテントの貸出許可を貰わないと。
 確か相場は一張り350ティンぐらいだったはず。いや、もうちょっと高いかも。魔女のばーさんが過去に泊まった時の情報だから、今は少し高くなってるんじゃないかな。どの世界も物価高騰のあおりは庶民や冒険者に来るんだよなー
 テントに目星を付けてから、出張所は冒険者広場の近くにあるってのが定番だから、早速周囲を探索探索ー。
 テントは正直野宿続きの俺には有難いし嬉しい、だがひとつ覚悟しないといけないことがある。
 大きな町や村の冒険者広場だと巡回する自警団がちゃんと常駐していて管理しているけど、この村の広場には自警団がいない。と言うことはゲイン商団はテントの管理だけで犯罪行為は見て見ぬ振りをするってワケだ。
 出張所を見つけたから入店すると、ヤル気のなさそうなおっさんに希望のテント番号を言って料金を支払う。何と550ティンだった!乾燥お肉大袋1袋分也。でも、この値段で最長3年まで借りられるからかなりお安い、宿だと一晩1000ティンだからな!それから先客有りを表示する木札を貰っていざ広場へ。
 オレンジ生地に緑の幾何学模様がシャレオツな、選んでおいたテントの天辺に、貰った木札を掛けて固定の魔法をかける。俺みたいに魔力zeroでも扱えるのは木札自体が発動する魔法だからだ。
 固定されると俺以外が外すこともできないし、無理に押し入ることもできない魔法が発動する。だけど、Bランク上位ぐらいだとこの魔法を打ち破れるヤツもいて、初心者冒険者の荷物を奪ったり、綺麗なヤツをレイプする変態とか、つまり撃破されたら自分の身は自分で護らないといけないってワケだ。自警団がいないからね。
 そんな場所でこの美しい俺様を無謀に危険に晒すとでも?この俺様を?そこで登場するのが、テッテレー、クソッタレ暴漢や変態痴漢は押し入れないぞ☆魔法強化ポーション〜!
 素晴らしいネーミングだ、片手を腰に片手に持った小瓶を高々と掲げて流石俺様と一頻りドヤったら満足したから、一昨日偶然に出来た薄ピンクのポーションをテントや木札に全部振り掛けてやった。
 ビシャビシャに濡れたあと、すぐにキラキラして、それからモクモクと煙が出たら元の状態に戻っていた。
 でもコレで侵入を強力に防げるようになったぞ。
 解析結果では世界に10人弱ぐらいしかいないSSSクラスの冒険者の侵入も容易に防いでくれるらしい。まあ…名誉のSクラス以上を達成した冒険者が、まさか登録もしていない超初心者から何かを盗むなんて、前代未聞の馬鹿げた茶番を繰り広げるワケはないと思うんだけど、でもほら、この俺様でしょう?モノは盗まなくても貞操は奪えるじゃない?胸に手を当てて考えても震える。
 厭な汗が出るわ。
 こんなところにSクラス以上が、Aクラスだって来ないだろ。大抵、悪さをするのはBクラス以下だって決まってるから、取り越し苦労だとは思うけど、念のため何だってしておくんだよ。
 ないとは思うけど上位種魔物乱入とか洒落にもならんしね。
 これで漸く安心して入室できるし、何なら今まで片時も手放さなかったリュックと腰ポーチを外して伸びもできちゃうんだぜ。
 空間魔法の類なのか、小さいと思っていたテントの中は思ったより広くて、160弱の俺がゴロンと寝転んで両手を広げても余裕の広さだ。
 この中で料理もできるから、もう明日まで少しも外に出なくていいのは楽ちんだ。
 残り少ない白パンでなんちゃってバーガーを作って喰いながら、残金と薬草の在庫を確認してみた。
 白パンはこれで終わりだから、明日からは黒パンで代用しよう。黒パンはちょっと硬いらしいけど、バーガーにはいいんじゃないかな。
 折角テントを借りたけど、此処に長居をするのは無謀だと思うから、今日はぐっすり休んで明日の朝露店の朝市で買い出ししてからウルソ村に旅立とう。
 此処じゃポーションで荒稼ぎもできそうにないし…できたとしてもリスクは高いから、商人熊に見つかるとか思ったらゾッとするわ。
 バなんちゃら伯爵も好色なおっさんらしいから、誰にだって捕まりたくないっての。もういい加減、俺のことは放って置いて欲しいよチクショウ。
 食事を済ませて、リュックから寝具一式を取り出して、思った以上に疲れていたのか、俺はブランケットに包まりながら直ぐに眠りに落ちることができた。
 明日も楽しむぞー