前に先生事件で都築のべったりがバレたとは言え、大学ではあんまり関わらないようにしている都築が自分から近付いてくるのは珍しいから、俺は190超えの長身の大男を見上げながら首を傾げた。
「よう、都築。珍しいな。どうしたんだ?」
「おう。買い物に行くぞ」
「ん?」
買い物に行こうと思うんだけど、お前も一緒に行かない?が正しい誘い方じゃなかったっけ。
自分が買い物に行く=篠原も無論ついてくる○…って、この考え方は間違ってるんだからな。
ニッコリ笑った顔のまま俺が固まっていると、都築は怪訝そうに眉を顰めて不遜な態度で見下ろしてくるから殴りたくなる。
「ふーん、行ってらっしゃい」
「バーカ、お前も一緒に来るんだよ」
「えー…どうして俺がお前なんかと買い物に行かないといけないんだよ?」
都築が行きそうなところと言えばお洒落な服屋とかお洒落なデパートとかお洒落な…なんかそんなところだろ?できれば肩が凝りそうだから一緒に行きたくないなぁ。
「バカか。デートだろうが」
「…ははっ!そう言うことはセフレとどうぞ」
思わず乾いた笑いで噴き出したけどよく考えたら気持ち悪かったから真顔になって、俺が片手を振りながら講堂から出ようとすると、都築は後を追いかけてきて唇を尖らせたみたいだ。
女の子が見たら可愛い!と思わず頬を染めて瞳をキラキラさせる仕草も、男の俺から見たらただ単に我儘なガキが不貞腐れているようにしか見えない。だから、そんな態度をとってもダメなんだからな。
「姫乃と万理華が言ってたんだよ。嫁にするならまずはちゃんとお付き合いしろってさ」
あの都築お姉ちゃんズは何を弟に吹き込んでいるんだ。
コイツがまたアレほどセフレだなんだと爛れた生活を送ってきたくせに、恋愛事になるとまるきりのピュアッピュアなもんだから、判らないことや困ったことがあると、だいたいお姉ちゃんズや年端もいかない小学生の妹に助言をもらうってんだからどうかしてるよね。
お姉ちゃんズはまだいい。
11歳の陽菜子ちゃんに恋愛相談をするってどうなんだ。ハイスペックのイケメンとしては許されることなのか??
「付き合うと言ったらデートだろ?…オレがちゃんと付き合ってたと言っても、飯を食ってセックスするぐらいだったし、セフレとも同じようなモンだったからさ。デートとかよく判らないから、お前と精神年齢が近い陽菜子にも聞いてみた」
「…」
そりゃね、陽菜子ちゃんは大人っぽいよ。だからって10代後半の俺と小学生の陽菜子ちゃんの精神年齢が近いってのはどう言うことだ。
抜群に頭がいいくせに言葉の選び方がおかしいお前が、たとえ天才でもその色素の薄いやわらかそうな頭髪に覆われた頭をぶん殴ってやろうか。
「デートって言うと陽菜子は彼氏と買い物に行くんだと。途中で映画を観たり、パンケーキの店に行ったりするんだそうだ。それで、幾つかパンケーキ屋をピックアップしてみた」
肩に引っ掛けているお洒落(失笑)な鞄からタブレットを取り出した都築は、俺と肩を並べて歩きながら、ピックアップしたと言う店舗の掲載されたページを見せてくる。
「ここのカワイイモンスターカフェってのがいいらしいけど、お前行きたいか?」
「え?こんなにお洒落な店がある中から、よりによってどうしてそんな男2人で入るには敷居の高い可愛らしい店を選ぶんだ??」
「はあ?別に敷居なんか高くないだろ。お前、何気に可愛いものが好きじゃないか」
弟が(クレーンゲームで取ったはいいけど始末に困って)くれたキイロイトリのクッションとか、百目木が(サークルの飲み会で当てたはいいが始末に困って)くれたコリラックマの枕カバーとか、高校時代にクリパで引き当てた巨大リラックマのヌイグルミの件についてなら何も言うな。
「じゃあ、まあ一番人気のここに行ってみるか…」
ブツブツ悪態を吐く都築はタブレットで場所を確認するとバッグに仕舞い、ちょっと楽しそうな仏頂面をしている。
「別に俺、お前と買い物に行くとは了承してないんだけど…」
「はあ?!今日、バイトない日だろッ」
「そりゃそうだけど…って、ホント、お前って俺のバイトのスケジュールを見事に把握してるよな」
そんなの当たり前だろと、全然当たり前じゃないのに拗ねたみたいに不機嫌になる都築に、俺は半ば呆れながら肩を竦めた。
「…都築はセフレと飯を食べてからゴニョゴニョって言ってたけど、こんなお洒落なカフェには行かないのか?あ、あの華やかグループとかともさ」
「あー…たぶん、行ってるんじゃねえか?」
「んん??なんだ、その返事」
今日はウアイラだと動きづらいから電車にするかと、電車なんて庶民の乗り物には乗らないんだろうと思っていた俺の認識を打ち砕きつつ、珍しく最寄り駅まで歩きながら都築は面倒臭そうに頭を掻いている。
「セフレと会う時は溜まってるからセックスが目的だろ?それに大学の連中とはレポート絡みとか、それぐらいの付き合いだから店に入っても殆どスマホしか見てねえんだよ。会話も店内にも興味ないしさ」
そりゃあ、なんとまあ。
もちろん、何処に行く?にも適当に返事をしてるから店名も覚えていないんだろう。
「アイツ等と適当に話しを合わせて、注文したモノを食ってりゃ時間は過ぎるしさ。最近はそんなことをしてるのが時間の無駄だって判ったから、そんな時間があるのならお前の観察をしているほうが充実しているから誘いも断るようにしてるんだ」
「…それで、最近まっすぐに俺んちに来てるのか」
絶句していた俺は、ここ数日の都築の動向の意味を知ることとなった。
「そうだ。よく考えたらオレ、連中といてもスマホでお前のことばかり観てるしな」
いや、おかしいだろそれ。
都築の気を惹きたいセフレや、華やかグループの連中にしてみたら、そこに都築がいるだけで嬉しいんだろうけど、当の本人は会話も上の空で俺の動画や画像をみてるなんて知ってみろ、期待外れに思い切り凹むんじゃないか。
外でも動画や画像をみられていると知った俺は、気持ち悪くて鳥肌が立ってるけどな。
「都築さぁ、友達やセフレといるときぐらいは、ちょっと俺から離れよう?動画や画像なんかは家でもみられるんだしさあ」
「…」
都築は一瞬だけどポカンとした間抜け面をして、それから、ああそうか…と、1人で何事かを考え込んでいるみたいだったけど、納得いっていないように首を左右に振ってから、拗ねたように唇を尖らせてブツブツと言うんだ。
「家には本物がいるんだから動画や画像はみないだろ。外でもみてないし」
「へ?じゃあ、何のために撮ってるんだよ。と言うか、セフレや華やかグループと一緒にいる時に何を見てるんだ??」
改札を抜ける頃には都築の周囲には女子高生とか、仕事中っぽいお姉さんなんかがチラチラ気にしている風にこちらの様子を伺っているけど、都築はそれらの視線をいっそ潔いぐらいキッパリと無視して、いつものことだけど俺を視姦レベルの凝視で見つめてきながら頷いた。
「防犯カメラの映像をリアルタイムで観てるに決まってるだろ?アイツ等と話しててもつまらないし、セックスしてる時もお前のことが気になるしさ」
監視カメラか!!
せめてエッチの間はやめろ!!!
「お前がバイトに行ってる時も、店舗のカメラをハッキングさせてるからリアルタイムで映像が観られるぞ」
「ぐはっ」
すげえ渾身の一撃で吐血しかかったけど、お前何してくれてるんだ。
「都築、は・ん・ざ・い。犯罪って言葉判るか??監視カメラのハッキングは犯罪なんだぞ?!」
「…何いってんだよ。個人で楽しむ分は許されるに決まってるだろ。別にネットに垂れ流してるワケじゃねえんだし」
お前はバカかとでも言いたそうな都築の呆れ顔に、あ、これはダメな子だと即座に理解できた。何を言ってもこのダメな都築は意に介さない。
ヘンなところで頑固だから、言い出したらきかない都築は、巫山戯たツラをして俺をバカにしたように見下ろしてくる。
くそ、くそ!横っ面を引っ叩きたいッ。
「お前がコンビニで働いているところと、倉庫で働いているところはハッキングしたカメラで録画しているんだ。『村さ来い』は店内に防犯カメラがないからさ、直接行って撮影してる」
知りたくもなかった事実が次々と並べ立てられた俺が思わずその場に力が抜けて蹲りそうになった時には、お目当ての電車がホームに滑り込んできて、俺の腕をグッと掴んだ都築に「ほら行くぞ」と促されて引っ立てられた時にはもう、悔しいかな、御曹司様とのお買い物同行プランは実行に移されちまっていた。
□ ■ □ ■ □
電車に揺られながら大男の都築を見上げていると、ヤツは相変わらずの熱心さで俺をジックリと見下ろしてきながら、映画は行くのかとか、欲しい服があるからショップにも行くぞとか、デートとか不穏な単語を使わない限りは比較的普通の友達同士の会話を交わしている。
ただ、視姦レベルの凝視はやっぱりおかしいと周りも感じてはいるんだけど、時折、俺の言葉で表情を和らげる都築の無敵のスマイルに、何も言えないお姉さんや女子高生やおっさんたちが胸を撃ち抜かれているみたいだ。
おっさんもか!
脇目もふらずにジックリと俺を見つめる都築を見ていると、まだ知り合って間がない頃や、知り合いもしなかったゼミの連中と行った居酒屋で、綺麗なお姉ちゃんをサクッと引っ掛けてホテル街に消えていった姿が嘘みたいに思える。
今だって俺の背後の椅子に腰掛けているOLっぽい綺麗なお姉さんが、チラチラと都築を見ては秋波を送っているのに、綺麗なお姉ちゃんやお兄ちゃんを見慣れている都築の眼中には届いていないみたいだ。
そうか、綺麗なモノばかり見てきたから飽きてるんだな、コイツ。だから、俺みたいな地味メンでキモオタなんて都築のセフレから陰口を叩かれている俺なんかに興味を示して、最終的にはこんな気持ち悪い流れになっているんだ。
まあ、でも初めて都築とお外で遊ぶワケだから、俺は新鮮で楽しいんだけど。
でもデートはないな、デートは。
「この時間からだと映画を観ていたら帰るのが遅くなるけどいいのか?」
「あ、ダメだ。今日は夜からモン狩りするんだ」
「あー、イベントがあるとか言ってたっけ?」
「そうだ」
この友達感溢れる会話でも、モン狩りやイベントの台詞が都築の口から出る度に、周囲があれ?みたいな顔付きをするのが許せない。
確かに俺だって、モン狩りするもイベントがあるも、ヲタ顔の俺が言ったほうがシックリくるんだろうとは思う。思うけど、あからさまに反対でしょ的な顔付きはやめて欲しい。
コイツはイケメンでクールでリア充に見えるけど、家じゃ安物のスウェット姿で頭ボサボサの、PS4の前から生理現象と飯の時以外は一切動かないゲームヲタだぞ。
「せっかく外に出てるんだ。今日は食って帰ろう」
ちょっと機嫌が良さそうに誘ってくる都築に、俺は確か今日は何も仕込んでなかったよなと記憶にある冷蔵庫の中身と相談して頷いた。
「おう、いいよ。ファミレス行く?」
たまには外食もいいよね。
俺の予算ならファミレスが精一杯だ。
「それでいい。オレが奢るから好きなだけ食えよ」
御曹司で向かうところ敵ナシの大金持ちのビリオネアな都築様ではあるけど、俺んちに転がり込んでくるようになってから、手料理はもちろんだが、もうひとつ都築は食事に関するジャンルを増やした。
それがファミレスだ。
ハンバーガー屋だとかチキン屋とかは高校から行っているから最初から知っていたみたいだけど、たまに手土産に山ほど買ってきては俺にアレンジさせてゲームをしながら全部食べてしまう。
姫乃さんが心配する気持ちもちょっと判ってしまった。
「マジで?やったー!肉を食べる、肉ッ」
「ははは、バカか。そんなに肉がいいなら、ステーキとか鉄板焼きとかのほうがいいんじゃないか?」
「甘いのも食べたい」
軽くディスってくる都築を無視して訴えると、ヤツは肩を竦めてから苦笑したようだ。
「これからパンケーキを食うのに夜も甘いのを食うのか?すげえな。まあ、オレも甘いのは大好きだからいいけどさ」
そう、都築はこんなクールなイケメン面をしてるけど、味覚は思い切りお子ちゃまだから、甘いもの大好きなんだぞ。パンケーキなんて本当は俺をダシにして自分が一番楽しみにしていると思う。
そんで俺をちょいちょいディスってるくせに、ファミレスでも平気でいちごパフェとか食べるんだぜ。
今回のお買い物にしたって、最大の目的はデートと託つけて、陽菜子ちゃんが言ったパンケーキ屋に行きたかったんだと思う。独りでも平気で行けるヤツだけど、美味しいものは一緒に食べたいとかなんとか前に言ってたから、俺を誘ったんだろうよ。
「そうだな。今からパンケーキなんて食べたら夜が食べられなくなるから、パンケーキをやめて映画にしようか?」
「巫山戯んな。映画は次の休みに行けばいい」
ほらね。
ムスッとして、椅子を支える支柱に寄りかかりながら腕を組んだ都築が、ムゥッと胡乱な目付きで睨んでくるから俺は笑いながら謝った。
「…でも、お前が映画のほうがいいと言うなら、そっちでも構わない」
たぶん、姫乃さんか万理華さんに「相手の意見も聞き入れなければいけない」と教えられでもしたのか、都築はムッと口を尖らせているものの、珍しく譲歩して俺の意見を優先しようとか無理をしてくれている。それがなんだか、ちょっとだけ嬉しかった。
「ははは!冗談だよ、冗談。俺もサイトに載ってたパンケーキに興味津々だ」
「だろ?」
都築は電車なんて似合わないと思っていたけど、何処にいても自然と溶け込むスキルを持っているせいか、一種独特の雰囲気を持ってはいるものの、長身の派手なイケメンを除けば、普通に大学生が友達とキャッキャしているように見えるんだから不思議だ。
これから行くパンケーキ屋への期待度が大きいのか、ああじゃないこうじゃないと講釈をたれながら、デフォルトの仏頂面だけど見慣れている俺にはそれなりに楽しそうだって判る。
「でもオレは…お前が作ったパンケーキが一番好きだけどさ」
不意に電車が揺れて立っていた俺の身体を片手だけで支えると、都築はすっと耳許に唇を寄せて、それから密やかに声を抑えてボソボソと囁くように言ったんだ。
なんだ、そのイケボは。
ギョッとして耳を押さえながら俺が見上げると、色素の薄い琥珀みたいな双眸をやわらかく細めて、それから、それから…何、女の子も野郎もおっさんもよろけちゃうような色気垂れ流しのクリティカルスマイルなんか浮かべてんだよ!
思わず、トゥンク…とかなっちゃうだろ!
誰がって?隣に立ってるおっさんがだよ!!
「都築でも笑えるんだな」
俺が全くトゥンク…ともならずに感心して言うと、都築のヤツは肩透かしでも食らったような顔をして、「あれ?セフレはこれで抱き着いてくるのに」とかなんとかブツブツ言いながらムッとしたみたいだった。
「はあ?なんだよ、とっておきの表情を作ってやったってのに」
「作り物なんかいりません。キラリと光る自然な微笑みのみ俺の心を擽るのです」
「なんだそれ」
どっかの広告みたいな台詞を言ってゲラゲラ笑う俺に、都築のヤツは呆れたように噴き出したみたいだった。
だっておっさんが顔を真っ赤にしてトゥンクってしてるんだぞ、笑うしかないだろ。そんな無邪気なおっさんを騙してやるなよ都築、せめて、とっておきのイケメンスマイルだったとか言って欲しかった!なんつって。
都築が笑うと周囲にいる男女は大概の場合を除いては、ほぼ全員がうっとりとした視線を寄越してくる。前の都築はそれで好みのタイプを引っ掛けて、一晩のアバンチュール(失笑)を楽しんでいたみたいだけど、最近は溜まれば手近にいるユキか塚森さんでチャッチャッと済ませると、なぜか慌てたように俺んちに「ただいま」と言って戻ってくる。
お前んちは一等地の高級タワーマンションの最上階だろって嫌味も受け付けない、剛の心臓の持ち主だなって思うけど、やっぱり武道を嗜んでいると心臓に毛が生えるのかなとか最近は思う。
武道やっている人全般が都築みたいな言い方はよくないな。こんな変態なんて都築ぐらいだろうし。
今だってイケメン都築の牡のフェロモンとイケボにクラクラやられちゃった女の子たちがこっちを見てるんだから、色気垂れ流しの都築がばちこーんってウィンクでもしてやれば車両の女の子は全員釣れるんじゃないかな。
なのに、都築はジックリと俺を視姦レベルで眺めながら楽しそうだ。
非常に不毛だ。
「都築さ、俺とお出かけで楽しいのかよ。女の子から逆ナンされたほうがいいんじゃないのか」
「何いってんだ、お前。デート中に…むぐぐ」
それでなくても適度に混んでいる車両内で、なに不穏なこと口走っているんだよ。
これからコイツと街に繰り出すのかと思うと頭が痛い。
どうか、おかしなことになりませんように。
□ ■ □ ■ □
「うっせ、ブス。引っ込んでろ」
開口一番の台詞に飲んでいたカフェオレを噴出してしまった。
確かに都築のヤツは楽しみにしていたパンケーキに舌鼓を打って幸せを噛み締めていたし、同じく美味しいなぁとイチゴとベリーのパンケーキを頬張る俺をうっとりと眺めて、片手のスマホでパシャパシャ、パンケーキじゃなくて俺を写真に納めていたよ?
そんな都築の態度に慣れっこだった俺も悪かったのかもしれない。
超イケメンが(地味メンではなく)ブサメンと一緒なんか超おかしくね?と、隣の席に陣取ってきた女子高生がヒソヒソしているのも気付いていた。気付いていて少なからず凹んではいたけど、誰もが振り返るスーパー(但し残念な)イケメンの都築の傍に居ると、だいたいこんな陰口は日常茶飯事だったからそれも慣れっこだった俺が悪いのかもしれない。
近頃は俺んちばかりにいたからうっかり忘れていたけど、そう言った陰口を聞くと都築の額にはいつも血管がぷくりと浮いて、気付いたらすげえ毒舌で相手を凹ませるんだよな。
理由は俺なんかのためじゃなくて、自分が楽しんでいるところに水を差している、白けさせたんならそれ相応の罰は受けてもらわないと…って、完全に自分自身のためになんだけども。
俺は都築がディスるのは慣れてるし気にもならないし屁でもないんだけど、一般人には相当堪えるようで、確かにこんなイケメンからズバッと言われると人間をやめたくもなるよね。
俺は別にならないけど。
女子高生たちはヒソヒソをやめると意を決したように立ち上がって、のこのこと俺たちの席までやって来ると、それから女子高生と言うブランドを武器に可愛らしく笑ってナンパしてきた。
確かに2人ともすげえ可愛かったし俺ならソッコーでOKしちゃうところだけど、彼女たちは俺なんか眼中にもなくてひたすら頬を染めて、顔を上げもせずに熱心に写真を撮っている都築を見つめ続けている。
周りにも可愛い子がたくさんいて…って、ここは流行のパンケーキ屋だから彼氏連れは勿論だけど、女の子同士のお客さんがそりゃあ多い。都築じゃなくてこれが百目木や柏木やゼミの連中だったら、ホントはナンパか逆ナン待ちじゃねえだろうなと疑いたくなるぐらいだ。とは言っても、あの連中でこんなお洒落カフェに来てたら逆ナンどころか、キモイと言われて周囲の席が空席になりそうな気がする…うう、なんて自虐的なんだ俺。みんなもごめん。
彼女たちも都築と話しがしたかったんだろう、女子高生たちの勇気を羨ましそうに窺っていた。
確かにツラもいいしお金持ちだし育ちの良さも滲み出ているけど、お嬢さんがた、コイツは俺に悪戯する変態なんですよ。こんなヤツに女子高生のブランドを使って本当にいいんですかって聞きたい。畜生。
そんな勇気ある可愛い女子高生が「うちら2人だし、お兄さんとなら遊んでもいいよ」って気軽に話しかけてきたってのに、いきなり言い放ったのが冒頭の台詞。
それも俺をスマホで撮りながらチラッとも視線をくれることもせずに、全く興味ナシの冷たい声で。
「……」
女の子たちは自分が何を言われたのかちょっと理解できない感じでヒクッと頬を引き攣らせたけど、そこはやっぱり天下無敵の女子高生だ。
「なんだよ、おっさん!ちょっとカッコイイからって調子くれてんなッ」
「せっかくうちらが声かけてやったのに、なんだよ男同士でキモイんだよッッ」
確かに大男だし、これで10代後半かって疑いたくなるぐらい落ち着いても見えるけど、おっさんはないんじゃないかな、おっさんは。
掌返して悪態を吐くのは流石だけど、今回は相手が悪い。
自分の容姿が持つ威力を誰よりも理解している、一番質が悪い男だ。
「はあ?勝手にヒトのお楽しみを邪魔しておいてなんだその言い草は。あったま悪そうなクソビッチはお呼びじゃねえんだよ。もう一度そのツラを鏡で見直してから、かけられるもんなら声をかけてこい」
その時になって漸く都築がフォークを持った手で頬杖を突きながら、小馬鹿にしたように彼女たちのほうに顔を向けた。途端に、女子高生の顔が赤くなったり青くなったりの百面相で、言い返す隙を見失ってしまったみたいだ。
都築の色気を持った色素の薄い琥珀のような双眸に見つめられて、悪態を吐けるのはきっと世界中では俺と都築三姉妹ぐらいだと思う。
しかも無駄にイケボだから、耳から犯されて妊娠でもしそうな顔になった女子高生に、ごめんねと謝ってやりたくなった。
「いいか、オレは今コイツとデートしてんだよ。男同士でキモイ?上等じゃねえか。だったらオレがアンタらに興味がないって判んだろ。他にもテーブル待ちがいるんだから、食ったんなら下らねえこと言ってないでとっとと帰れ」
店内の男女はもちろん、店員さんも女子高生も、そしてさらにカフェオレを噴き出す俺も、ブリザードに荒れ狂う氷点下に凍えたツラになって都築を見ているが、当の本人は腹立たしそうな仏頂面でさらに追い討ちをかけやがった。
「それから訂正しておくけど。篠原はブサメンなんかじゃねえぞ。アンタらよりも数百倍可愛いだろ」
「ぐはっ!もういい、もういいだろ都築!俺のHPが残り少ないぞッ」
粗方食べ終わっていたしカフェオレを噴き出していた俺は慌てて口を拭いながら、凍りついて固まっている女子高生に「ごめんね、都築がう●こ野郎で」と謝ってから、氷点下の店内に居た堪れなくて、なんで邪魔されたオレたちが出ないといけないんだと食べ終わっているくせにブツブツ煩い都築の腕を引っ掴んで支払いを済ませて飛び出したのがパンケーキ屋での一件だ。
ブツブツ悪態を吐く都築を掴んでいた腕を離してから、俺はプリプリと腹立たしく唇を尖らせてやった。
「あんな女子高生相手に本気で喧嘩するとかイケメンの風上にも置けないな!」
「向こうが仕掛けてきたんだ。全力で相手してやらないと失礼だろ?」
フンッと鼻を鳴らす都築のヤツに、俺は呆れ果てて溜め息を吐きながら、どうせさっきの件も今頃SNSにアップされて笑い者にされているに違いないと思いつつ、都築から預かっていた支払いに使用したカードを返そうとした。
「それはお前が持っていていい。お前名義のカードだ。支払いはオレの口座から引き落とされるから気にせずに遣っていいぞ」
「はあ?!何いってんだよ、そんなの貰えるワケないだろ!」
「さすがにオレも普通はカードとか渡さないんだけどさ。お前はオレの嫁だから不自由させたくないんだよ」
判るだろ?と嬉しそうに人の悪い笑みを浮かべられても、何度目かの絶句に空いた口が塞がらない、お前が全く何を考えているか判らない俺は酸欠の金魚みたいにパクパクするしかない。
「なに面白いツラしてんだ?ほら、さっさと行くぞ。次は頼んでたボトムが入荷したって連絡が入ってさ。そのショップに行きたいんだ」
腕を掴まれて連行されるグレイの気持ちを味わいつつも、俺は都築になんとかカードを返そうと試みたけど悉く無視を決め込まれ、仕方なく財布に仕舞ってしまったけど、これを俺が使う日は永遠に来ないと思う。
色素の薄い髪も琥珀みたいな双眸も、異国の血が混じっているから思い切り派手だけど、誰もが思わず振り返ってしまうのはガタイの良さも目立つからだけど、判らないでもないよね。これで芸能人じゃないってんだからすげえよな。
こんなヤツが一般に紛れ込んでるとか詐欺だと思うよ。
都築に引っ張られて…腕を振り払わせてもらえなかったので、必然的に手を繋いだ形になっているワケだけど、デートで手を繋ぐまでクリアされてしまって泣きたくなった。
できれば可愛い女の子と手を繋いでキャッキャウフフフしながらデートしたかった。
「一葉様!ようこそお出で下さいました。お待ちしていたんですよ」
表通りの豪華な店舗が並ぶ歩道を歩いていて、一際豪華そうなハイブランドのショップに俺を引き摺りながら入った都築に、店舗の奥から姿を見せた店長と思しき若い男が嬉しそうに挨拶をしてきた。
見た目も綺麗だしハイブランドの服がしっくりくるのは、彼の品のある所作が堂に入ってるからなんだろう。
俺なんかには目もくれずにフィッティングルームに都築を引っ張って行く後ろ姿を見送ってから、俺はその辺にあるシャツとかジャケットを見て、なんか似たり寄ったりだなぁとか思いながら値札を見て目が飛び出した。
こんな薄っぺらいシャツ一枚で、弁償とかなったら俺のバイト代が全部吹っ飛ぶ。
「お気に召した品物はございましたか?」
ニコニコ笑っている綺麗なお姉さんが音もなくススッと寄ってきて、青褪めている俺は都築が連れてきた友人なんだから、こんな冴えない見掛けでも何処かのお坊ちゃんだろうと見込んでいるのか、商魂逞しく幾つかのジャケットを持って「今季の新作なんですよ」とニコヤカに説明してくれる。
そんな一着ン十万もするようなジャケットは買えないです、ごめんなさい。
「篠原!ちょっと来い」
思わず謝りそうになる俺を呼ばわる都築に、お姉ちゃんは来たときと同じように音もなくニコヤカにススッと退いて、よく教育が行き届いているんだな、ハイブランドのショップってすげえなと俺を驚かせてもくれた。
「早く来い!」
少しでも時間が惜しいのか、苛々したように呼んでいる都築にフィッティングルームから追い出されたのか、店長と思しき例の青年が見たことある目付きでムッとしたような表情をして俺を見ている。
この目付きは…嫌な予感がする。
こっちは店長のくせに教育が行き届いていないんだなぁと呆れつつ「はいはい」とうんざりしながら広くゆったりしている個室に入ると、注文していたボトムを穿いている都築が鏡の向こうからこちらを見ながら「どうだ?」と首を傾げてくる。
「香椎は似合うと言っているが信用できない。お前はどう思う?」
香椎というのがさっきの店長さんなのかと思いながら、俺は鏡に写っている都築を見て、それから実際の都築をジックリと眺め回した。
「似合ってるけど、ちょっと丈が短いんじゃないか?それとも、そう言うデザインなのかな」
「そんなワケないだろ、バカか。じゃあ、やっぱりこれはダメだな…香椎!」
相変わらず意見を求めるくせに応えたらディスってくる長い脚がムカつく都築にムッとしたものの、さっさと脱いでヴィンテージのお高いジーンズに履き替えた都築は顔を覗かせた先程の店長、香椎さんに尋ねた。
「海外サイズの入荷状況はどうだ?」
「このボトムは人気の商品で、海外でも品薄になっているんですよ。恐らく入手は困難かと…」
「そうか。じゃあ、もういい。篠原行くぞ」
「…有難うございました」
残念そうに頭を下げる香椎さんが可哀想だなぁと思いつつ、そんな香椎さんにボトムを押し付けてスタスタ淀みなく歩く都築の背中を追いかけようとしたら、例のお姉さんから「お帰りですか?」と呼び止められてしまった。
「ああ、あの、有難うございました」
せっかく、似合わないだろうに俺に似合いそうなジャケットやシャツを選ぼうとしてくれた優しいお姉さんに、言わなくてもいいんだろうけど礼を言っていると、歩いていた都築が足をとめて怪訝そうに見遣ってきた。
「葛城か。コイツに見立てていたのか?」
「はい。都築様のご学友様のようですので、宜しければ弊社のジャケットなど如何かと…出過ぎておりましたら申し訳ございません」
慇懃無礼に頭を下げる綺麗なお姉さん、葛城さんに片手を振った都築は、それから閃いた!と、また何か悪い予感しかしない顔付きで頷きやがるんだ。
「ちょうどいい、コイツに何か良さそうなのを選んでくれ。来週実家に呼ぶことになっているんだ」
初耳ですけどッ?!
「都築、実家って…ええ?!」
「いいから、葛城に見立ててもらえよ。きっと似合うと思う」
ニコヤカに送り出した後、香椎さんが用意したお得意様用らしい座り心地の良さそうな豪華な椅子に腰掛けることもなく、結局、葛城さんにああじゃないこうじゃないとアレコレ注文をつけて、自分が気に入った衣類一式をホクホクと購入しやがった。
しかも、その間もパシャパシャと俺の写真や動画を撮りまくっていた…フィッティングルームでパンイチになっている姿も確りと。御曹司じゃなかったらたぶん、ただの変質者だよな。
総額目玉が飛び出す金額になっているのに気にすることもなく、しかもハイブランドのロゴが入っているバッグは自分の肩に引っ掛けて、やっぱり俺の腕を掴むと次は注文している品物が届いているから取りに行くぞと勝手に決めつけて歩き出した。
「誘われたから寝たら香椎のヤツ、フィッティングルームに入る度に必ずフェラしようとするんだよな。溜まってる時には便利に利用できたからいいけど、今日みたいに嫁とデート中は困るから今後はやめろとちゃんと断った」
聞いてもいない爛れた情報にも「お、おう…」と頷くことしかできなかったけど、と言うかもう、嫁でもデートでもなんでもいい、訂正する体力もない。
とは言え、あの目付きは都築のセフレに通じるものがあると確信した直感は間違っていなかった…長らく一緒にいるせいで気付かなくてもいいことまで目につきだしていい迷惑だ。
「嫁を優先できるようになったと褒めろよ」
「え、それ褒めることか?普通だろ」
一般的な彼氏彼女とか、夫婦間ではセフレがいるとか普通は有り得ないからな。
浮気症な男ならセフレの1人や2人いてもおかしくはなくて、彼女や奥さんを蔑ろにすることもあるのかもしれないけど、俺はそう言うの大嫌いだから、普通は有り得ないに一票を投ずる構えだ。
「そうか、普通なのか…いろいろと勉強することは多そうだな」
なんか横でブツブツ言ってるけど軽く無視して、俺は腕を引いて首を傾げている都築を見上げると、口を尖らせて言ってやった。
手を繋いでいる状況を周囲から奇異の目で見られていることはこの際無視だ。気にしていたらHPが尽きるし…
「来週、都築の実家に行くってどう言うことだよ?俺、お前に都合を聞かれたことないんだけど…」
「ああ、姫乃には会っただろ?それを聞いた万理華と陽菜子が自分たちも本物に会いたいと言い出したんだ」
そうか、大学で姫乃さんにはお会いして思い切り懐かせてもらったんだっけ。でも、万理華さんと陽菜子ちゃんは本物って…あのダッチワイフか!
「万理華さんと陽菜子ちゃんの要望なのか。だったら行くけど」
「…なんだ、ソレ。オレの誘いだったら断るつもりだったのか」
都築が胡乱な目付きでジロッと見下ろしてきたから、それこそ当たり前だろとプッと頬を膨らませてみせたら、何故かやっぱり都築は「クソッ!」と吐き捨てた。
なんなんだ、お前は。そんなにムカつくのか。
「だって実家に行く理由が判らないだろ。お前んちで十分だ」
「まあ、それはそうだけど。都合については気にするな。バイトのない日と大学の休講がかぶる日はちゃんと調べてるからさ」
…うーん、気にしないでおける情報じゃないよね、それ。
だいたい、どうして都築の方が俺よりも先に俺の都合を理解しているんだ。
「まあいいや。じゃあ、お前の都合で俺を呼び出してくれたらいいよ」
「一緒に行くから呼び出すもクソもないけどな」
御曹司のくせに口が悪いよな、都築って。
やれやれと溜め息を吐いていたけど、そう言えばこれから何処に行くんだっけ?
「都築、今度は何処に行くんだ?確か注文していた何かが届いたとかなんとか」
「ああ、ジュエリーショップだ」
「…えっと、嫌な予感しかしないんだけど」
来週、なんか勝手に都築の本家に行くことが決定していて、服を一式揃えられちゃって、それから今度は宝石店…まさか、指輪とか買ってないよね?
「なんだよ、その目は。お前はアクセサリーとか付けないだろ?だから、ちょっとしたものを買ったんだ」
「断固として拒絶する」
「何いってんだ、巫山戯んな」
何を買ったかはよく判らないけど、おおかた、また目玉が飛び出るほど高価な買い物をしているんだろうから、それを貰う謂れのない俺はこの場合拒絶するべきだと思う。
都築のことだから、高価な物品を貢いだんだから…とかで脅してくることはないだろうし、都築からしてみたらこれぐらいの出費はお小遣いでどうにでもなるレベルなんだろう。
気の遠くなるお金持ちってどんな気持ちなんだろう。都築の傍にいても、コイツ自身があんまり感情を表に出さないからよく判らない。
悪態は吐くけどひけらかすこととかしないし、量販店の安物でも喜ぶし、ゲームを始めたら動かないし、暇な時は俺の動画や画像を撮ってはパソコンで編集したりしてるそうだし…うん、桁違いのお金持ちになると思考回路がちょっとアレになるんだろうな。
「ここだ」
その店は裏路地にひっそりと構えている、ハイブランドでもなければ有名でもないけれど、センスの良い店内には静かな雰囲気が満たされていて居心地がいい。
店の奥から出てきたのは老紳士で、都築を見ると大らかでやわらかい微笑を湛えて恭しく頭を垂れる。
「ようこそお越しくださいました」
「例のモノが仕上がったと聞いたんだが」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
年輪を刻んだ皺は温厚そうな表情に深みを持たせていて、どうやらこの老紳士が独りで、この小さな店を切り盛りしているみたいだ。
都築に促されて奥の部屋に行くと、小さなテーブルと椅子が上品に配置されていて、都築は促される前に腰掛けたけど、俺は気後れしてしまって老紳士に促されて、怪訝そうな都築にジックリと見つめられながら漸くアワアワと着席するような始末だ。
今までの都築が連れ回した店が店だっただけに、いきなりこんな落ち着いたお洒落な店に連れてこられてしまうと恐縮してしまう。
都築はそれなりにお洒落で上品な格好をしているから店の雰囲気も壊さずにキマっているけど、俺はTシャツにパーカーの上着とジーンズと言う、凡そこの店に全く不似合いな出で立ちなんだぞ?こんな店に来るんなら一言ぐらい言ってくれてたらよかったのに…そしたら一張羅のジャケットでも羽織ってたのにさぁ。
「前回の、月と星のモチーフは如何でございましたか?」
老紳士は目尻のシワを柔らかく深めて、薄っすらと笑いながら都築に言って、それから俺に視線をくれた。
どうやら、あの投げ付けられたキーホルダーはこの店の品物だったらしい。
こんなお洒落で落ち着いた店には不似合いなほど、とても可愛くてシックリと馴染んでいる俺のお気に入りだ。
この店はシルバーのアクセサリーも取り扱っているんだな。
「ああ、なかなか好評みたいだ。突き返されてはいないからさ」
ゆったりとした時間が流れる懐かしい匂いのする店内を、キョロキョロと落ち着きなく見渡している俺と、何時もは落ち着きなくブツブツ文句を言ってばかりのくせに、妙に落ち着き払ってどっしりと構えている都築の前に、馥郁とした香り豊かな紅茶を置きつつ、老紳士は嬉しそうに双眸を細めている。
「左様でございますか。一葉坊ちゃんの大切な方が、今度のモチーフも気に入って頂けることを願っております」
「そうだな」
饗された紅茶に口を付けながら都築は笑ったみたいだったけど、正直、そんな大人な都築なんか見たこともないから、俺はちょっとドキドキしてしまった。
なんだ、この動悸は。病気かな?
「こちらは拙宅で焼いたフィナンシェでございます。お口に合えば宜しいのですが…」
「オレはこのフィナンシェが一番好きなんだ。ほら、お前も食ってみろ」
都築に促されてアーモンドとバター、それからほんのり桜の香り漂う甘いフィナンシェを一口齧ったら、そのあまりの美味しさにほっぺたが落ちそうになった。ほっぺたが落ちそうになるって本当だったんだ!
「すごい美味しい!これ、家でも作ってみたいけど…オーブンがないから無理か」
「ホッホ…有難うございます」
思わずと言ったように笑った老紳士に、都築はフィナンシェを齧りながら言った。
「マリーヌは元気か?」
「はい、相変わらず騒がしくしております」
「いいことだ。じゃあ、マリーヌにこのフィナンシェのレシピを聞いておいてくれ」
「お気遣いを有難うございます。レシピの件も承りました」
クスクスと笑う老紳士と都築の会話を聞きながら、どうやらこのお爺ちゃんの奥さんは外国の人らしいなと思った。そう言われてみれば、お爺ちゃんは年だけど洗練されているし、やっぱり国際結婚をするひとはお洒落なんだな。
都築はハーフだけど日本国籍らしいから、外国の人と結婚するとなると産まれてくる子どもってやっぱりハーフになるのかな?
どうなんだろ。
「うちにはオーブンがあるから、貰ったレシピで試してみろ。失敗してもオレが全部食う」
「うん、判った」
下らないことを考えていたら都築が上機嫌にそんなことを言うので、まあ、レシピさえ貰えたら都築んちに襲撃してみるかと思った。たまにはあの微妙に気持ち悪い寝室の様子も監視しておかないと、気付いたらおかしなことばっか思いついた都築がさらに気持ち悪く進化させていたりするからなぁ。
「それでは、お待たせ致しました。こちらが今回一葉坊ちゃまより承りました、アイビーのモチーフのキーホルダーでございます」
「ああ、やっとできたんだな…お前、指輪とかピアスとかしないだろ?だからキーホルダーにしてみたんだ。月と星のキーホルダーと一緒に鍵に付けとけ」
アイビーの葉っぱをイメージしたキーホルダーは、滑らかなシルバーのリングの中央にアイビーの葉っぱが付いている、お洒落だけど可愛らしい造りになっていた。
俺はいつも大事に持っている都築んちと自分ちの鍵に取り付けられている月と星の可愛らしいチャームの横に、たった今手渡されて、早く付けろと都築に急かされたシルバーのアイビーを付けてみた。
擦れあった時、なんだか鈴が鳴るような不思議な音がして、綺麗だなぁと見つめていたけど、不意にアイビーの葉っぱの中央にキラリと光るものが目についた。
裏側だったから気が付かなかったのか。
「うおぉ…これってダイヤモンド?!」
「当たり前だろ。アイビーと永遠に不滅のダイヤ…本当は指輪で贈りたかったんだけどさ。お前、付けそうにないし」
「ふわぁ…シルバーにダイヤって贅沢だな」
「!!」
感動してジックリと見ている俺の前で都築とお爺ちゃん紳士が固まった。
「ええと…篠原様」
「いい、藤堂。黙ってろ」
お爺ちゃん紳士こと藤堂さんが慌てて何か言おうとしたけど、首を傾げる俺の前で、都築が何故かそれを止めてしまった。
なんなんだよ。
「でも、ダイヤモンドとか入ってたら持ってるのが怖いなぁ」
「そんなに小さいんだ、誰も気付かねえよ。お前は物持ちが良いから落としたりもしないし。まあ、安もんだから気兼ねなく持ってろ」
作ってくれた人の前で安物とか言うのは良くないと思うぞ。
こんなに落ち着いた店だから高価なモノかとちょっとビビッていたけど、安物って言うんなら大丈夫かな。たぶん、安いって言っても2~3万はしそうだけど。
「有難う、大事にするよ」
「おう」
手の中の鍵とキーホルダーを大事そうに握って礼を言うと、都築は満足したのか、もう興味を失くしたようにフィナンシェに夢中になったみたいだ。それを藤堂さんがニコニコと微笑んで見守っている。
「でも、どうしてキーホルダーをくれたんだ?」
そう言えば、どうしてこんなモノを寄越したのか意味が判らないことに思い至って、俺は首を傾げながらフィナンシェを摘んでいる都築に聞いてみた。
「え?だってデートの時にはプレゼントを贈るんだろ?」
デフォルトの仏頂面でさらに訝しそうに眉を顰めて、都築は首を傾げながら質問に質問で返してきやがった。
藤堂さんの前でデートとか言って欲しくないけど、もうその部分はスルーするって決めたしね。
「俺、別に貢いで欲しいとは思ってないけど」
ムスッとして言い返すと。
「…プレゼントは普通はそんなに贈らないものなのか?」
都築は途端に不安そうに眉を寄せてしまう。
そうかコイツ、恋愛スキルは赤ちゃんだった。
いや、俺に対して恋愛とかそう言うのはどうかと思うけど…
「(ホストとかキャバ嬢とかに)贈る人もいるだろうけど、買い物に付き合う度に何か買って貰うってのは、俺は嫌だな。それだったら、一緒に楽しめることをしたほうがいい」
「一緒に…いいな、それ。たとえば?」
「うーん、そうだなぁ…たとえばゲーセンに行ってクレーンゲームをするとか。それで取れた景品をくれるのは嬉しいかな」
「ゲーセン?何だそれ。行ったことないな」
おいおい、その年でゲーセンに行ったことないのかよ…ってそうか、都築は高校時代は属さんとか悪そうな華やかグループとつるんでいて、モデルとかやってたから、クラブとかレイヴパーティーとかリア充ちっくな場所には行ったことあっても、ゲーセンは行ったことないのか。一緒に行く人もいなかったんだろうな。
ゲームヲタなのに…
「よし!じゃあ、今度映画を観に行く時にゲーセンも行ってみるか」
「おう。調べておく」
俺の提案に都築は仏頂面のまま嬉しそうに頷いた…あれ?俺ってばまた次の約束をしてしまっているぞ。いや、都築とお外で遊ぶなんて1回で十分だ。
やっぱやめたいと言いかけたけど、都築が鼻歌でも鼻ずさみそうなほど仏頂面で浮かれているから、今さらやっぱ結構ですとか、自分から誘ったくせに絶対に言えないだろうな状態になっていた。
まあ、いいか。
貢がれなきゃそこそこ楽しかったし、パンケーキ美味しかったし。
カフェオレは口と鼻から噴いたけど…
ふと気付いたら、俺たちと同じテーブルに座っている藤堂さんが、なんだか優しそうに笑って都築と俺を見守っていた。
ゲーセンなんかを都築お坊ちゃまに勧めてしまって、悪の道に陥れようとしていると思われていたらどうしよう。
「一葉坊ちゃまは、高校時代はそれはそれは悪さばかりされて…もう、悪いことなどされていないことがないだろうと諦めておりましたが、大学生になられてからは落ち着かれましたね。しかもこんなお可愛らしいお友達も傍においでになられていて、今はとても良い子になられております」
「う、煩い」
都築が友達じゃなくて嫁だけどなと余計なことを補足しながらフンッと鼻を鳴らして外方向いたけど、雰囲気とか都築の反応を見ていると、このお爺ちゃん紳士はまるで都築の祖父みたいだ。でも、都築の祖父は都築グループの会長を現役でしているから、祖父ではないんだろうけど。
って言うか都築、藤堂さんに心配されるほど、やっぱ悪いことばっかしてたんだな。
「都築って俺んちに来てずっとゲームばっかしてるんですよ!ちょっと怒ってください」
プリプリと頬をふくらませると、都築は案の定「クソッ!」と悔しそうに吐き捨てるけど、藤堂さんはおやおやと穏やかに眉を跳ね上げて吃驚したみたいだ。
「ゲームですか。昔は少しもされたことがなかったので、良いのではないかと思いますよ」
「でも、視力がなあ」
「もともと視力はあまり良くないから、眼鏡になるならそれでも構わない」
「そう言う問題じゃないだろッ」
おいおいと思わず突っ込みそうになったけど、そんな俺たちの遣り取りを、やっぱり藤堂さんは微笑ましそうに見つめている。
うーん、こんなやわらかい双眸で見つめられたら、そうそう都築を怒ることもできないや。
「そう言えば、どうして月と星のモチーフとかアイビーのモチーフにしたんだ?これ、都築が決めたんだろ」
「ああ…夜空の月を見てたらさ、いつも小さい星が寄り添ってるんだよね。アレって大昔からずっと一緒に浮かんでるんだよ。だから月と星にしたんだ」
「ん?それだけ??」
「ああ、そうだけど?で、アイビーにしたのは…お前、アイビーの花言葉を知ってるか?」
「いや、興味がないから調べたこともないな」
「ふうん、まあいい。花言葉が友情、不滅、誠実でさ、ダイヤの石言葉が純潔、清浄無垢、純愛、永遠の絆だったから、これをペアにしたらお前っぽいと思ったんだ」
「ふはっ!石言葉とかあるんだな。でも、アイビーの花言葉の誠実ってお前に一番似合ってない」
思わず噴き出して笑っていたら、都築はそんな俺をジックリと凝視していたけど、それから徐に肩を竦めてみせる。
「バーカ。そもそもお前に贈ったんだから誠実はお前のことだ」
「へえ、でも不滅の友情とかちょっと格好いいよね」
掌の中で銀色の月と星、アイビーのキーホルダーが擦れあってしゃらんと綺麗な音を響かせた。
「そうか?」
「うん、大事にしようっと」
「おう」
握っていたキーホルダーをデイパックの何時ものジッパー付きのポケットに仕舞うのを見つめながら、都築はやっぱり満足そうに頷いて紅茶を啜っている。
「…今日さ、買い物に行きたいって連れ出されたのに、結局俺のモノばっかり買ってたな。都築、お前何か欲しかったんじゃないのか?」
「オレはお前との時間が欲しかっただけだ…なんてな。お前があんまりにもぼっちで可哀想だったから、今日は相手をしてやっただけだ。オレとのデートが楽しかったんだろ?」
「…」
俺を一瞬だけトゥンク…とさせたイケメンスマイルとイケボな都築は、だがすぐに人の悪い嫌味な笑みで口許を歪めると、フフンッと威張るようにしてぐぬぬぬ…と歯噛みする俺の双眸を覗き込んできやがった。
ぼっちは誰のせいだ。その高い鼻梁を噛み千切るぞ。
「そっか。俺がぼっちで寂しそうにしていたのが悪いのか。だったら都築がデートなんて気持ち悪いことを言い出しても仕方ないよな。今後絶対に一緒に出かけてやらないって決めた」
「何いってんだ、そんなのダメに決まってんだろッ」
俺の決意に間髪入れずに全否定してくる都築に、俺はそろそろ冷めそうな紅茶を戴きながらやれやれと溜め息を吐いて、それから不服そうに眉を顰めている都築をチラッと見てからニヤッと意地悪く笑ってやる。
「たった今決めたんだ。残念だったな、映画もゲーセンもなしだ」
「巫山戯んなッ」
それこそ激怒しそうな都築が藤堂さんの前だと言うのにぎゅうぎゅう抱き着いてきて、俺が「ごめんなさい。映画もゲーセンも行きますってば」と泣きを入れるまで、頬にチュッチュとキスなんかする嫌がらせをしやがった。
まあ、その後は(多分呆れながら)ニコヤカな藤堂さんが「ぜひまたお二人でお越しください」と言って見送ってくれるのに礼を言って店を後にしてからは、宣言通りファミレスに行って、俺は悔しくてステーキの洋食セットにドリンクバー付きと言う、このファミレスで一番高いセットを注文してやったけど、俺をスマホで撮っている都築には、どうやら痛くも痒くもなかったみたいだった。
ヤツもステーキを単品で注文して、今日は電車だからさと胡乱な目付きの俺に言い訳がましくブツブツ言いながら、オマケにハイボールを注文していた。
都築は普段は米沢牛のA5ランクを好んで食べているんだそうだけど、ファミレスの硬い肉とか平気なのかと以前聞いたら、高級な肉は良質とは言え脂がすごいのが玉に瑕で、だからたまにならファミレスの安い肉でもいけるんだと偉そうに言っていた。
俺もそんな都築が食えと言って持ってきた米沢牛を堪能したけど、肉が溶けるっていうのを初めて経験した。
それでますます、コイツよくこんな美味いものばっか食べてんのに、俺の手料理とかファミレスとかハンバーガーとかで食事ができるなぁと、得体の知れない都築舌に感心したもんだ。
珍しく都築は上機嫌で、滅多に(俺にだけ)見せない笑顔を浮かべて周りを卒倒させそうになったけど、「またデートしような」と問題発言をぶちかまして周囲でキャアキャア言っている男女問わずの集団からジュースを噴き出させていた。
相変わらず都築は、変態なんだけど罪な男だと思った1日だった。
□ ■ □ ■ □
●事例15:買い物に一緒に行ってみたらいろいろおかしい
回答:お前があんまりにもぼっちで可哀想だったから、今日は相手をしてやっただけだ。オレとのデートが楽しかったんだろ?
結果と対策:そっか。俺がぼっちで寂しそうにしていたのが悪いのか。だったら都築がデートなんて気持ち悪いことを言い出しても仕方ないよな。今後絶対に一緒に出かけてやらないって決めた。