Act.17  -Vandal Affection-

 先に進んでいると、不意に背後から誰かの足音が聞こえて俺は反射的に身構えていた。
ここに来て、覚えたくもないのに自然と身に付いた癖に舌打ちしながら、いつでも撃てるようにマシンガンを構えて角を曲がってくる奴らを狙っていた。
 と。

「きゃあ!さ、佐鳥くん…?」

「わっ!桜木、なんでお前ここに…須藤も?」

 ちょっと呆気に取られちまった。
 角を曲がって姿を現したのは、銀の袋を背負って片手に銃を握り締めた桜木と須藤だったんだ。
 眉毛の消えかけた桜木の顔はけっこう怖いものがあったが、それでもホッとしたように笑ってる姿は女の子らしい桜木だった。間違いない。

「取り敢えず銃口を下ろしてくれよ」

「あ、ああ。悪ぃ」

 俺は構えていたマシンガンの銃口を下ろすと、すっかり出発の準備を整えている須藤と桜木を交互に見遣って眉を寄せる。

「でも、どうしてここに…」

「桜木がさ」

 肩を竦めた須藤がチラッと桜木を見て口を開いた。

「目が覚めた時にお前がいないって言って、自分も行くってきかなかったんだよ。あそこにジッとしてても仕方ないってお前も言ってただろ?で、この際だから俺たちも、ってワケでお前を追って来たんだ」

「なるほど。そうか」

 桜木は照れ臭そうに白い頬をピンク色に染めてモジモジとしたが、そうだった。コイツはあのキャンプ地で俺をたった一人で行かせたと言って腹を立てて追ってきたんだっけ。あそこにいるのが嫌だった、とは言ってたけど、女の子がそんなことで俺を追ってくるか?とちょっと面食らったけどな。
 あの雰囲気は確かに嫌でも、いつ化け物が襲って来るか判らない暗闇のジャングルを抜けてこの遺跡に来たことは、ある意味天晴れだと思ったのが俺の本心さ。

「佐鳥くん、また一人で行ったって言うじゃない。あたし心配で…もう!これからはぜっっったいに一緒に行動しようよ!せっかく三人でいるんだから…ッ」

 思いっきり貯めて吐き出すように言った桜木の真剣な大きな双眸を見返して、俺はその勢いに押されたように頷いた。うう、もしかしてコイツって強くねぇか?

「ふう。良かった。じゃあ、先に進みましょう!」

 桜木はホッとしたようにそう言うと、短銃を片手にニコッと笑った。

 撃てるかって言うとそうじゃないんだろうに、コイツなりの必死の意思表示なんだろう。足手纏いにならないように…きっと、俺が桜木を足手纏いだと思ったから置いて行くんだろうと、勘違いしてるな。仕方ねーヤツだ、そんなことねぇのに。
 だが、桜木に銃を持たせておくのもいいだろう。この先、俺は桜木を守ることができるかどうか怪しいからな。

「よし、じゃあ進もう」

 俺もマシンガンを構えた。須藤も頷いて短銃を握り締める。
 桜木は、少し青褪めた顔をして息を飲んだ。息を飲んで、短銃を握り締めた。
 握り締めた短銃を見つめながら、頼れるものはもう、自分自身しかいないと言い聞かせてるようだ。
 そう、そう思った方がいい。
 俺は桜木の肩を励ますように叩くと、先頭に立って歩き出した。

「コイツは凄いな。なんなんだ?」

 須藤が全てを見渡そうとするようにぐるりと身体を回して、薄暗いトンネルのような巨大な通路を見渡して言った。言った声が反響してるからまた凄い。桜木も俺の服を不安そうに握りながらキョロキョロと見渡している。
 どかんっとバカでかい通路のクセに、人が通れる道は極めて細い。
 なぜならその道の脇に何かが通るんだろうレールが敷かれているからで、たぶん、このトンネルのような大通路の役目は、殆どそのレールの為のものなんだろう。
 階下に下りる階段を見つけた俺たちは、その時になって漸く自分たちが今、どこにいるのかを知ったんだ。
 ここは地下15階、ちょうどこの施設の中間部分に当るらしい。
 非常階段のその傍らに標識みたいなものがあって、色分けしていた施設の名称も書いてあった。オレンジは研究員の住居兼簡単な研究施設、緑が植物研究所、赤が危険な研究をしている区域なんだろう、注意と書いてある。そして青が研究施設だ。なんの施設かは知らないが、この15階から下が青で、その5階下から赤の区域になっている。
 すごい判りやすいな、この標識。でも非常口とか、そんなものは書いてあるけど詳しくはないから武器庫とかは判らないんだ。ちぇっ、親切にそこまで書いててくれよな。
 須藤は相変わらず大きなトンネルのような通路にある、人一人が漸く通れる狭い通路の傍らにある奇妙なレールを興味深そうに眺めている。薄ぼんやりと照らす足許の電灯と、高い天井に等間隔で点いている電灯によってある程度明るくはなっていた。でもトンネルみたいなもんだから、照明はそれほど明るくはないんだ。

「佐鳥、見てみろよ、これ。何か大きな物がこのレールを通って行くようだ。でも、いったいどこに行くんだ?」

「さあな。巨大なものって言うのは確かだろ」

「薄暗くてよく判らんが、上から来たのが…あちらに流れて下に行くのか…?」

 ブツブツと何かを呟いている須藤を、俺と桜木は顔を見合わせていたが、俺は肩を竦めると腕を組んだ。こんな薄暗いトンネルもどきからは一秒だって早く退散したいってのに、須藤のヤツは何かを調べてるようなんだ。早くしろよな。

「…そうか!エレベーターだ!貨物か何かの大きなエレベーターがここを通って行くんだ」

「エレベーター?エレベーターなら血塗れのが…っと、ごめん。地下1階にあったじゃねぇかよ」

 顔色が一瞬変わった桜木を気遣って言う俺に、須藤はニヤリと笑って振り返った。

「そうさ。小さい、この施設用のエレベーターなら確かにどの階にもあった。だがこれは貨物用の大きなエレベーター用の通路だ。しかし、どの階にもこんな大きなエレベーターが止まる場所はなかった。と言うことはつまり、この貨物用エレベーターはこの施設が出す何らかのものをこれを使って地上に運び出していたんじゃないのか?たとえば、研究成果をどこかに運ぶ時とかな」

「なるほど!ってことは、どこかにこの貨物用のエレベーターに乗れる場所があって、ソイツは直通で地上に通じてるってことだな!」

「お見事。正解だ!」

 俺たちは俄かに色めきたってバカみたいに喜んだ。
 当たり前だ!やった、これで脱出方法はなんとか確保できそうだ。まだ完全じゃないにしても、何らかの脱出方法を探しておかないと、闇雲に下に降りたって地上に戻れないと意味がないだろう?
 そう言うことで、実は博士たちを捜す一方で俺たちはこの施設の脱出方法も考えていたんだ。
 あの変態野郎は確かに言った。
 間もなく助けが来るだろうと。
 今が何日の何時かなんてもう時間感覚の狂った俺には判らねぇ。俺のダイバーウォッチはとっくの昔に壊れちまってるし、須藤はどこかに落としたらしい。桜木はあの化け物に弾き飛ばされてどこに行ったのか判らない…ってワケで、虚しいことに俺たちは時間の流れから確実に孤立しちまってるんだ。不安じゃないと言えば嘘になる。
 アイツの言った救助隊がそこにいない俺たちに気付いてここまで来たとしても、あの化け物にやられちまったら意味がねーんだ。しかも、見つからなくて帰られても熱い。
 どちらにしても辛いことには変わりないから、そのことは考えないようにしていたんだけど…
 希望の光が見えてきたぞ。
 俺たちは疲労しきった顔に歓喜の表情を浮かべて頷き合うと、漸く下に向かう気になったんだ。
 さあ、次は博士たちとその乗り場を見つけるんだ。
 行くぜ!