2.魔天を仰ぐ者  -永遠の闇の国の物語-

 シューが光太郎に振り回されているちょうどその時、ゼィは魔王の間へと足を踏み入れていた。
 広間にはハッとした気配がさざめき、慌てたように衛兵が頭を垂れて玉座に続く重く垂れた天蓋を引き上げた。魔王の座する玉座の間は、外の景色が見えるようにと不思議なことに片方の壁がバルコニーになっている。魔王は自らの力を信じているのか、外敵の侵入など考えてもいないようだ。
 そんな無謀な玉座の間に姿を現した青紫の髪を持つゼィは、バサッと外套を払い除けて片膝をつくと、気だるげに玉座に鎮座ました絶対的君主である魔王を見上げた。

『ご苦労だった、ゼィよ。戦果は聞かずともよい』

『クッ、申し訳ありませぬ』

 口惜しそうに歯噛みして頭を垂れる片腕に、魔王は紫紺の双眸を閉じて口許に艶やかな笑みを浮かべる。

『良い、ゼィ。私は至宝を手に入れた。沈黙の主もこれまでよ』

 不意に紫紺に燃える双眸をカッと見開いて、魔王は立ち上がった。その姿はこの世界を暗黒に陥れた者の持つ絶対的な威風があり、ゼィはドライアイスのように床を伝ってくる目に見えない不可視の魔力に圧倒されて畏まった。

『先程シューに会いました。彼の者の肩に、何やら物珍しき飾りを見つけましたが…彼の者こそ王の【贄】ではありますまいか』

『うむ。幾度か召喚はしたものの、何れも誤算であった。此度こそはどうやら至宝であったようだ』

 満足そうにゆったりと笑う魔王のその自信に、ゼィは少しホッとしたような表情をした。
 片手に剣を持ち、幾度も相見えはしたがここぞと言うところでいつも逃げられてしまう人間どもが王と奉る【沈黙の主】を、ゼィはいつかその剣の露にしてくれようと歯噛みをして挑んではいるが悉く不発に終わっている。
 それが、あの人間の少年が魔王に勝利を齎せてくれるのだ。
 人間と言う忌まわしき傀儡に閉じ込められているあの魂を、早く王は開放してその手に入れてしまえばよいのに…と、ゼィは内心で思いながらも何も言わずに頭を垂れた。

『しかし、其方。一足遅かったようだな。あの少年はシューを気に入ったようだ』

『…シューを』

 それは僅かなりとも口惜しいことであった。
 腹の底から憎んでいる人間を滅ぼす役目を胎内に宿したあの人間が、絶望の淵で滅んでいく同胞の姿を目にするその瞬間を、味わってみたいと思っていたことを、どうやらこの魔王は逸早く知っていたようだ。

『いずれにせよ、シューも苦労を買った。其方が溜飲を下げるのはこれからでも遅くはあるまい』

 魔王の言わんとする言葉の真意を、知らないゼィではない。
 暫く逡巡した後、ゼィはしかし、何も言わずに頭を垂れた。

『麗しきラスタランの都が陥落して幾月か…沈黙の主よ』

 魔王はゆったりとした足取りでバルコニーに出ると、暗雲を貫く雷光を見つめて口許を歪めながら微笑んだ。熱い血潮の流れるものが見れば、忽ちその血は凍りつき、命あるものはその灯火を自ら吹き消してしまうだろう微笑は、だからこそ美しかった。

『其方が守る暁は手に入れた。さて、どうしたものかな?』

 漆黒の闇より生まれし魔王を仰ぎながら、ゼィは不意に、内心が震えるのを感じた。
 魔王の放つ瘴気は、時として魔族にはあまりにも強すぎることがある。
 それだけに、ゼィは確信していた。
 シューが振り回されていたあの少年こそ、この世を闇に塗り替える【魔王の贄】なのだと。
 邪悪な美しさを秘めたゼィの深紅の口唇に、ゆっくりと笑みが広がった。

Ψ

 老齢のコック長は、猪の鼻を持った魔物である。
 いつも美味しそうに自分の作った料理を平らげる光太郎を、実は少なからず気に入っていた。
 なぜなら、魔物と言うのは実に食べ方が汚いし、旨そうに貪るということもない。つまりこの食堂では、いつも何かしらの小競り合いが起こっては、椅子が宙に舞うような状態が常なのだ。
 だからこそ、一緒に食事をするシューも自分の食い散らし方を恥ずかしく思っているほどだ。
 オマケに、コック長が最も気に喰わないのが悪態である。
 言うわ言うわ、コック長とその助手が毎日せっせと作る料理を前にして、悪態を吐かないのは魔王ぐらいである。それ以外の魔物たちは皆が皆、口を開けば悪態以外に何もない。感謝もなければ『旨い』の台詞もない。
 できればテーブルでも引っ繰り返してやりたい気分に陥るコック長はしかし、大方、連れて来られた華奢な人間もまた悪態でも吐くんだろうと思っていたし、悪態を一言でも言おうものなら大きな包丁でその首を飛ばしてやろうと覚悟を決めていた。
 魔王の贄とて、食事を慮るコック長には例外ではないのだ。
 コック長が包丁を片手に睨んでいると、なぜ自分が睨まれているのか判らない光太郎にしたら、目の前に出された木のボウルに入った暖かなスープに木製のスプーンを浸しながら、恐る恐る啜ったのがこの世界に来て始めて口にした食事だった。
 そしてそれが、驚くほど美味しかったのを忘れられない。
 だからこそ、コック長ベノムの作る料理が待ち遠しいのだ。
 その時、光太郎が浮かべた驚きの顔と、それからまるで暗い食堂がパッと明るくなるような笑顔、美味しいと叫んで見つめてきたあのキラキラした双眸。
 コック長ベノムが忘れられない、光太郎との初対面だった。

『フンッ、来たか坊主。今日は魚だぞ』

 木の皿に無造作に盛られた見たこともない魚の姿煮と、コンソメに似たスープの入ったボウル、少し硬めに焼かれたパンが盛られた籠、特殊なドレッシングがかけられた新鮮なサラダなどなど、次々と乱暴に置かれていく食器に目をキラキラさせた少年が嬉しそうに見つめている。
 これにはベノムも悪い気はしない。
 だが…

『なんだなんだ、ベノムよ!また一昨日と同じ魚か!?たまには旨い肉を喰わせろ』

 悪態を吐きながらもすぐにがっついているライオンヘッドのシューを、猪頭のベノムが鼻息を荒くして威嚇するように牙を剥いた。そんな様子を食器が整えられたテーブルの前で大人しく座って見ていた光太郎がケラケラと笑っている。

「肉は昨日食べたじゃないか。シューってばヘンなの」

『む?なんだと、コイツ…!』

 グワッと牙を剥くライオンヘッドの魔物にギョッとしたが、そんな肩を並べる2人の間に割り込んだベノムが巨大な包丁をドンッとテーブルに突き立ててニタリと笑った。

『うるせーぞ、シュー?何ならそのご自慢の鬣をつけたままシチューに頭を入れてやろうか??』

 物騒な台詞にベノムなら遣りかねないと思ったのか、シューはバツが悪そうに肩を竦めて食事に取り掛かった。ガツガツと実に豪快に掻き込む姿は、思わず見ていてこっちの方が腹いっぱいになりそうなものだが…光太郎は負けじと木のスプーンを持って食べ始めた。

『よく噛めよ、坊主。人間はすぐに腹を壊しちまうからな!』

 ガッハッハッと笑いながら包丁の背で肩を叩きながらベノムはさっさと厨房に姿を消してしまった。その後姿を見送っていた光太郎に、シューが口の周りをペロペロと舐めながら手元を覗き込んでいる。

「…シュー、もしかしてまだ食べたいの?」

 食事の時間で交代してきた見張りの兵が猛然と食事を掻き込んで、テーブルの上はお子様ランチでも食べ散らかしたような有様になっている。シューも同様に、まるで子供のように食べ散らかしているのだ。

『むぅ、足らんとも思うが。これ以上喰えばベノムの爺さんが喧しいからな…』

 それでもやっぱり足りていないんだろう、シューは大きなガタイで凶悪な面構えだと言うのに、まるでお預けを喰らった犬のように大人しく光太郎の皿を見ている。
 穴が開くほどジーッと見られると、その姿があまりにも可愛く見えてしまって、光太郎は思わずコッソリと噴出してしまった。可愛い、なんて言えばブッ飛ばされるだろうから、神妙な面持ちで腹を擦りながらシューを見上げる。

「ちょっとお腹いっぱいかな。残したらベノムに怒られるから、こっそりシューが食べちゃってよ」

 ニコッと笑う光太郎を、シューは暫く何かを考えているように金色の目を彷徨わせていたが、仕方なさそうな表情をした。

『それじゃ仕方ねーな!』

 嬉しそうに舌で唇をペロリと舐めたシューは、髭をピクピクと動かしながらボウルに顔を突っ込むようにして美味しいスープを飲んだ。実はシューと食事に来ると、半分がライオンヘッドの魔物の胃袋に納められてしまうのだ。それを知っているベノムは、だから光太郎の食事は普通より少し多めに盛り付けられている。
 意外にこの人間は物怖じしないし、糧を分かち合う心得を持っている。
 日頃はムスッとしているシューも、この人間と一緒にいるときは機嫌がよく見える。

「俺ね、日本にいた頃はカレーとか作ってたんだ。いつか、シューにも食べさせてあげるね、パンケーキ♪」

『ふーん、カレーとパンケーキか。旨そうだな~…よし!喰わせろ』

 ペロリと平らげたライオンヘッドは頷きながら、光太郎の鼻先に鼻面をくっ付けながらワクワクしているようだ。

「え!?いや、今は作れないよ~」

 慌てて両手を挙げると、そうなのかと、強面の魔物は残念そうな表情をした。
 シュンッとした姿は本当に可愛くて、実は元の世界では犬と猫を飼っていた光太郎は、どうしてもそんな風にされてしまうと放っておけないのだ。

「いつかきっと作るよ」

『それは楽しみだな』

 食べ物のことになるとこの魔物はやたら機嫌がよくなるようで、いつもはブスッと不機嫌そうな、表情の読み取れない顔をしているのだが、この時だけは珍しく笑うのだ。
 口許は笑っているのかどうか判断しがたいが、その目だけは細められて笑っているのだと言うことが判る。

『あらあらン。破壊の死神と怖れられるシューが見られたものじゃないわねン』

 不意に背後から声をかけられて驚いた光太郎が振り返ると、そこに立っていたのは褐色の肌にショートカットの金髪、空色の瞳を持つ全身刺青を施した少女が腰に手を当ててニヤニヤ笑っていた。

『シンナか。ゼィと一緒だったんだろ?』

『ゼィは魔王さまのところよン。もうちょっとで沈黙の主を捻り潰して遣れるところだったのにン!キーッ!!悔しいンーー!!』

 小柄な少女はだんだんと興奮したのか、語尾は既に金切り声になっている。
 なんとも負けん気の強い性格のようだ。
 全身刺青を施した体躯には、胸元を覆う白い布と、下着を隠しているだけの長い腰布、オーバーニソックスに編み上げのような靴を履いている、実に身軽なファッションの少女である。両腕に装着している奇妙な腕当ては、どうやら状況に応じて爪が飛び出す仕組みになっているようだ。

『これが魔王さまの贄なのン?ふーん、ちょっとよさそうな子じゃないン』

 ジロジロと不躾に観察していたことにハッと気付いて、光太郎が慌ててニコッと笑った。その様子を椅子に腰掛けたままで見ていたシューは、クックッと笑いながら頷いて見せた。

『面白いヤツだぜ。そして恐れ気がねぇからな。シンナもヒマなら相手してやれよ』

『いいわよン。で、名前はなんて言うのン?』

『光太郎』

 シューが短く名前を告げると、シンナはちょっと考えるような素振りをして、訝しそうに眉根を寄せた。

『光太郎ン?どこかで聞いたような名前ねン』

『まあ、あんまり気にすんな。光太郎、コイツはシンナ。身体はチビだが戦闘能力は高いぜ。侮ってると痛い目を見るから注意しとけ』

 取り残されたように2人の会話を聞いていた光太郎は、急に話を振られてビックリしたような顔をしたが、それでも小生意気そうな双眸で可憐にウィンクなどされてしまうと思わず緊張していた頬が緩んでしまう。

「よろしく、シンナ」

『よろしくねン♪今度、ヒマだったら体術を教えてあげるわねン!強さは魔力じゃどうにもならないわン、身体で勝負するのよンッ』

 グッと拳を握って見せると、シンナの華奢な腕に装着された腕当てから爪が飛び出して、それを突き出すようにして振り回す。最後は何もない場所に蹴りを食らわせて、優雅にクルンッと回って構えると、目を白黒させていた光太郎は思わずパチパチと手を叩いてしまった。

「す、すごい!」

『あらン?いやだン、誉めてるのン?どうしようン、あたしそんなつもりじゃなかったのにン』

 テレテレと照れながら構えを解くと、手の甲を覆っていた爪がシュッと元に戻って、シンナは赤くなった頬を両手で覆ってしまった。

『やだやだン!もう、行くわねン!恥ずかしいわン』

 小柄な身体の少女はそそくさと走り去ってしまう。熱くなった頬に両手を当てたままで、そんな仕種は元いた世界の同年代の少女よりも女の子らしい。

「彼女も、やっぱり魔物なのかい?」

 シンナの後姿を見送りながら光太郎が尋ねると、シューは立ち上がりながら肩を竦めて見せる。

『ああ、だが元はディハール族だったんだがな。ディハール族は魔王に忠誠を誓い、身体に刺青を入れることで魔力を持つ魔物になっちまったのさ』

「そうなんだ…」

『シンナは魔力で変化するからな、見た目に騙されれば彼の世逝きさ』

「そ、そうなんだ」

 思わず、自分と同い年ぐらいにしか見えない少女があんな凄い技を繰り出すなんて、もしかしたら自分にも体得できるかも…などと安易に考えていただけに、シューの言葉に光太郎は自分の思い上がりに盛大に照れてしまった。

『さて、腹も膨れたことだし。そろそろ戻るぞ』

「う、うん。じゃあ、ベノム!また明日♪」

 片手を振りながら笑って挨拶をする光太郎に、厨房から顔だけ覗かせたコック長は早く行けと言わんとばかりに包丁を振って追っ払う。
 そんなベノムをケラケラ笑いながら、光太郎は満足そうに歩いて行くシューの後を追って走り出した。

Ψ

 暗い闇に覆われた世界は冷たく、沈黙の主は荒廃した居城で頬杖をついている。

「主よ」

 傍らに付き従う彼の部下は、そのフードの奥に隠された思い詰めた表情を見つめながら、低い声でその名を呼んだ。が、彼は虚空を睨みつけたままで言葉を発そうとはしない。

「主よ」

「今回の戦、どうもおかしくなかったか?」

 今一度の呼びかけに、沈黙の主はついていた頬杖を解くと、両腕を祈るように組んで背もたれに凭れた。

「と、申しますと…」

「魔軍だ。もう一押しで確かに我が軍は壊滅状態だった。だが、深追いをして来なかった…と言うよりも、何かに慌てたようにして退き返して行った」

 おかしいと、あの時の状況を思い出していたのだ。
 魔軍率いるゼィ将軍はもとより、先陣を切って飛び出してくる血気盛んな副将シンナが、その手にある爪を鮮血に染めながらも、ハッとしたように後方を振り返って慌てたように退き返したのは明らかにおかしい。戦場の修羅姫と呼んで怖れている、飛び散った血で双眸を真っ赤にして犬歯を覗かせてニヤリと笑うと次々と襲い来るあの魔物が、半ば蒼褪めたようにして慌てて退き返したのだ。

「戦好きの女は容赦がない。だが、シンナは退き返した。俺の目の前でだ!!」

 ザッと立ち上がった沈黙の主の鎧は、先の戦でベットリと付着した血痕もそのままで、鈍い銀色に光っている。
 彼の治めるラスタランの都は、突如現れた魔物の軍団に成す術もなく陥落させられてしまった。
 緑豊かで、豊富な水が湧き、鳥が歌い何もかもが美しい都だった。当時はまだ、彼の父も母も生きていて、こんな悪夢が訪れるなど夢にも思っていなかった。
 美しい庭園で永遠を誓った存在も、その庭園すらも、今はもう水を湛えなくなった壊れかけた噴水を残すだけで荒れ放題だ。
 沈黙の主は声もなく戸惑っている彼の配下に小さく頷いて、最近酷くなる頭痛にこめかみを擦りながら想い出の残る庭園へと赴いた。
 ここだけは死守したかった。
 だができなくて、生き残った人々を集めて部隊を編成しながら、なんとか武力になったところでこの荒廃した都を取り戻したのだ。その時には既に、美しい都は姿を消して、繁栄していた影もないほど壊滅的に破壊されていた。

(だが…)

 主は、いつもそこに座っていたひとを想いだしながら、壊れた噴水の縁まで歩いていった。
 魔物の中にも美を解するものがあったのか、それともこの庭園だけは見逃してしまったのか…城下や城は殆ど破壊されていたと言うのに、庭園だけはある程度姿を留めていた。
 土の剥き出した地面に落ちている玻璃の杯に手を伸ばし、音もなく崩れ去るその砕ける残骸を握り締め、沈黙の主はグッと唇を噛み締めた。

(美を解するものがあるだと?冗談にしてもおぞましいな)

 だが解せないのは、やはりあのシンナの態度。
 魔に屈したディハールの娘は血に飢えた狼のように、その牙を剥いて沈黙の主の軍を追い詰めてきた。その背後にいるゼィ将軍は沈着冷静で、烈火の如き副将を実に良く使ってえぐい戦法で攻め込んでくるのだが、今回は後半から明らかに陣形が乱れていた。
 それは即ち、ゼィ将軍の心の乱れを物語っているに違いない。

(何が乱した?百戦錬磨の兵のその強靭な精神を?)

 陣形の乱れに乗じて反撃できればよかったのだが、生憎と既に自軍の兵士達も疲れ果てていた。口惜しいことに、一矢なりとも報いることができたのなら…

(焦りは禁物だな。何れにせよ、あの様子では当分攻め入ってくることもないだろう。今が休息の時なのかもしれん)

 すぐにでも反撃に出たい心境ではあったが、そこが魔物どもが沈黙の主と怖れて侮らないところである。
 ゼィ将軍も感心するような、その落ち着いた冷静な部分は、魔族にも匹敵するほどである。
 嘗ては美しかった庭は、手入れなどする余裕もない国情では致し方ないほど荒れ果てている。近隣諸国も、魔族に寝返った地域を除けば殆どが壊滅状態だ。
 壊滅状態となった国々から生き延びた人々を集めて統率するその能力は、魔王すらも一目置いている。それだけの力がある沈黙の主は、その胸の内に燃え上がる憎しみを隠して、いつか、そういつか必ず…

(魔族は必ず叩き潰す)

 魔に支配された時から垂れ込める暗雲に消されてしまった空を、魔天を睨みつけながらギリッと奥歯を噛み締めていたが、フードの奥に燃え上がる双眸を隠すと、沈黙の主は外套を翻して庭園を後にした。
 嘗て愛したひとが眠る庭園は、ひっそりと沈黙の主の頑なな背中を見送った。