第二部 1  -悪魔の樹-

 今日は朝から茜は友達の家に遊びに行って今日は帰らないし、父親はついさっき、夜勤の為に出勤したばっかりだ…と、言うことはだ、目の前で嬉しそうにニコニコ笑っている、この世のモノとは到底思えないほど綺麗な白い悪魔の思惑通り、今日一日は2人っきりになるってワケだ。
 生涯の愛を誓ってしまった身としては、最愛の旦那様に得意の手製料理を振舞うべく、キッチンに篭ってウンウン唸っているんだけど、実際の関係は、どうも俺が旦那様で白い悪魔が貞淑なメイドって感じだ…って、自分で言っておきながら何なんだけど、アキバ系が泣いて喜ぶような萌え要素がまるでない、キリリとキツイ双眸をしている白い悪魔に、嬉しそうに『ご主人さま』なんて呼ばれてみろよ、一気に萌え上がった心も萎えるからな。
 本来ならきっと、この白い悪魔…リヴァイアサンのレヴィこそが『ご主人さま』と呼ばれて、多くの使い魔たちが平伏す光景がお似合いだってのに、レヴィは全く似合わないニコニコ笑いを浮かべて、何が楽しいんだか、大人しくキッチンにあるテーブルの椅子に行儀良く座ってるんだ。
 ジャラジャラと鬱陶しいぐらい飾り立てた宝飾品を除けば、古風な外套に古風な衣装を身に纏っている姿は、悪魔の貴公子と言われれば頷けてしまうぐらい、とてもよく似合っている。
 最近、レヴィの白い悪魔姿を見ることが少なくなっていたから…惚れた弱みとしては、久し振りに見る白い悪魔の端整な横顔に、ドキドキと胸を高鳴らせて、頬を染めても誰からも文句は言われないと思うぞ。
 茜や父さんがいる時はいつも白蜥蜴の姿をしているから、久し振りに見る白い睫毛も、金色の双眸も、何もかもが新鮮で、ジッと見詰められてしまうと照れ臭くて思わず笑うしかない。
 そんな時は決まって、レヴィも嬉しそうにはにかむから、なんだか、こっちの方が心があったかくなってさ、レヴィのことをもっともっと好きになってしまうんだ。
 そんなこと、この白い悪魔はちっとも感じちゃいないんだろうけど…
 でも、この白い悪魔は、驚くことに、俺の手料理が甚くお気に入りなのか、どんな姿の時でも嬉しそうにペロリと平らげてくれる。
 だいたい、悪魔って何を食うんだか皆目検討もつかなかったんだけど…前に聞いた時は、なんか、大気にある純粋なモノが食事だとか何とか言ってたから、きっと空気を吸ってることが食事なんだろう、植物みたいなヤツだなーって、単純に思っていたんだけど、実際は俺が用意したモノならなんでもペロリと平らげてくれたんだ。
 それも飛び切り嬉しそうに…そんな風にされてしまうと、それでなくてもレヴィを好きな俺としては、腕によりをかけて頑張らないとって思っても、やっぱり仕方ないと思うんだよなぁ。
 そのあまりの食いっぷりに、一度、茜のヤツから食卓にでんっと鎮座ましてる白蜥蜴をうんざりしたように見ながら言われたことがある。

「光太郎さぁ、食卓にまでトカゲを置くなんかどうかしてるよ。食事が不味くな…ウギャァ!」

 結局、腹立たしそうなレヴィに指を食い付かれて今は黙ってしまったんだけど、それでも茜は今でも忌々しそうに白蜥蜴を睨みながら食事をしている…んだけど、スマン、茜。
 それでも俺は、白蜥蜴を食卓の上に乗せておきたいんだ。
 父親も茜も、誰も食事を褒めてくれないし、結構残すようになった最近、レヴィだけは嬉しそうに金色の双眸を細めながら、美味しそうに皿に盛られた料理を平らげてくれるんだよ。
その姿を見ていると、心の奥底からあたたかい気持ちがじんわりと広がってきて、また頑張ろうって気持ちになれるから、だから俺は、レヴィを食卓の上に乗せているんだ。
 そんなこと、きっと父親たちは気付きもしないんだろうけど…
 まあ、白い悪魔の姿で肉ジャガを頬張るのはどうかしてると呆れちまうけどな。
 レヴィは、俺の作る肉ジャガがお気に入りなんだそうだ。
 端整な横顔で、頬にかかる白い髪はそのままで、長い白い睫毛に縁取られた綺麗な金色の双眸を嬉しそうに細めながら、中世から抜け出してきたような貴公子然とした風貌で、思い切り肉ジャガを食ってる姿は、なんつーか、信じられないモノでも見ているような、なんとも不思議な気分になった。
 オマケにだ、その箸遣いの器用なことと言ったら、もしかしたら、そんじょそこらの高校生よりは上手かもしれない…見掛けが外国人なだけに、日本人顔負けでバリバリ箸を使われてしまうと…俺が複雑な顔をしてもそれこそ本当に仕方ないと思うぞ。

『ご主人さま!今日の肉ジャガも美味いです♪』

 まだ母さんが生きていた時に座っていた場所に腰を下ろしている白い悪魔は、ニコニコと上機嫌で笑いながらそんなことを言うから、俺は照れを隠すように唇を尖らせて「当たり前だ」って呟くんだよな。
 そうすると、レヴィは嬉しそうに笑うから…そんな、他愛ない会話にも俺は、凄く幸せだと思ってしまうんだ。
 だから、ドンッとわざと大きな音を立てて、味噌汁とご飯のお代わりなんかをテーブルに置いてしまう。
 それすらも白い悪魔は、嬉しそうに平らげてくれるから。
 それが凄く嬉しくて…

『ご主人さま』

 腹をたっぷり満たしたレヴィは、ニコニコと悪魔のクセに屈託のない笑みを浮かべると、身体ごと俺の方を向いて『おいでおいで』と片手で手招いたりするから、食器の後片付けをしていた俺は水道の水を止めると、エプロンで両手を拭いながら近付いて、遠慮も躊躇いもなくその膝に横座りするように腰を下ろすとひんやりする指先よりも冷たい青褪めた頬に掌を押し当てた。

「レヴィ…」

 どうせ、今夜は誰もいないんだから、思い切り、俺はこの、この世ならざる美しい白い悪魔の甘ったるい桃のような芳香に包まれたまま、やっぱり甘ったるい唇に口付けを強請って唇を寄せるんだ。

『ああ…貴方はとても淫らにオレを誘うんですね』

 飛び切り嬉しそうに笑って、綺麗な真珠の歯の隙間から伸ばした舌先で、まだ覚えたばかりのキスしかできない幼い俺の舌を絡め取ると、上手に口中に誘って、腰掛けたままの腰が砕けるほど甘ったるくて濃厚な、深い深いキスをしてくれる。
 息の上がる俺は夢中になって、そんな情熱的な白い悪魔の首筋に両腕を回して唇を押し付けると、腰に回す腕に力を込めてくれるレヴィがテーブルの上に押し倒すようにして覆い被さりながら思うさま、俺の口腔を蹂躙して体内の性感帯に熾き火のような快楽を点していく。

「ん…ふぅ……ぅあ…ンン……ッ」

 砂糖菓子にさらに粉砂糖を塗したよりももっと甘い声で甘えるように吐息を吐けば、レヴィは呼気すらも乱さずに、蛍光灯の光を反射させる唾液の糸で舌と舌を結んで、そのまま俺の頬をペロリと舐めるから、そんな些細な行為にも、欲望を植え付けられた身体はビクンッと反応してしまう。

『ご主人さま…今夜はキスだけでは止まりません』

 チュッチュッと、頬や閉じてしまっている瞼、ほんのり染めてしまった目尻に覚悟を促すキスの雨を降らせながら、欲望の滲む声音で囁かれて、身体も心もすっかりレヴィのモノになっている俺は、快楽の虜にした白い悪魔だと言うのに、何もかも信じ込んでうっとりと笑うんだ。

「…俺だって、レヴィにいっぱい、えっちしてもらいたいよ」

 伸ばした腕に力を込めて、色気も誘う方法すらあまりよく知らない幼稚な俺の台詞に、レヴィは静かに桃のような甘ったるい芳香に良く似た蠱惑的な微笑を浮かべて、欲望に滾る金色の双眸を細めると、襲い掛かる前の獰猛な野生の肉食獣のような表情には、期待にゾクゾクと震えちまう。
 どうやって嬲ろうか…そんな暗喩を匂わせる悪魔の微笑で(…って、実際にレヴィは悪魔なんだけど)、白い悪魔は寝巻き代わりのジャージのズボンを下着ごとグイッと引き下ろしてしまう。そうるすと、既に半勃ち状態の俺の息子が外気に晒されてフルフルと震えて、レヴィの古風な衣装に擦れるから、それだけでもイッてしまいそうになる。
 それを見逃さない意地悪な白い悪魔は、俺の根元をゆっくり掴んで、そのくせ人差し指でグニグニと尿道口を刺激したりするから、俺はあられもない素っ頓狂な声を上げてしまう。

「ひゃ…ッぅん!」

 ジャージが足首で蟠っているし、捲れたエプロンに隠されないまま露出された性器に絡まる長くて繊細な指先の戯れが、蛍光灯の下で晒される図は、きっととても厭らしくて、耳朶を打つくちゅ、ぬちゅ…っと湿った音がさらに俺を煽るように追い詰めていく。
 頬を真っ赤に染めて、それでも従順に快楽に溺れる自らの主人を、いったいどんな顔をして見下ろしているんだろうと、俺は羞恥に悶えそうになりながらも、ソッと震える瞼を押し開いて見上げれば、男らしいキリリッとした白い睫毛に縁取られた金色の双眸は、欲望に濡れて微かに赤く光っているようで、野生の雄の匂いにギクリとする前に、期待に胸躍らせるんだから大概、俺もどうかしちまったんだろうなぁ。
 いや、それだけ…俺はレヴィが好きなんだろう。

「…ふぁ……ぁ、んぅ…ヒ……れ、レヴィッ」

 長い指先が、溢れ出る先走りに滑る陰茎からゆっくりと蜜を掬い取って、そのまま無防備な後腔へと潜り込んでくる。僅かに引き攣れるように痛んだけど、俺の肛門はまるで貪欲にレヴィの指先を求めて淫らに収斂するから、どれほど俺が興奮しているのか、もうすっかりレヴィにはバレてるんだろうなぁ…うう、恥ずかしい。
 最初はあれほど激痛を感じていたってのに、今では、白い悪魔のレヴィが俺を抱きかかえるようにしてひっそりと息衝く窄まりに長い指先を潜り込ませて悪戯をしながら、首筋から胸元の飾りまでわざと音を立ててチュッチュッと口付けたりするから、そのムッとする甘い桃のような芳香とレヴィの体温にクラクラして…このまま思い切り貫いて欲しい…なんて願ってしまうようになるなんて思いもしなかった。
 そんな自分が存在するなんて…考えてもいなかったってのに、俺はレヴィの背中に回した腕でギュウッと服を掴みながら、顔を真っ赤にして綺麗な白髪から覗く先端の尖った耳にソッと口付けた。

『…ッ!…』

 レヴィの性感帯はその耳なのか、ちょっと擽ったそうにクスッと笑ったようだった。そう感じたのは、ちょうどペロリと舐めていた乳首にフッと、あたたかな吐息が触れたから…その感触に、またしても俺は切なげな溜め息を吐いて、悪戯されている先端から堪え切れない液体がトロリ…ッと溢れていた。
 う、墓穴を掘っちまった。
 顔を真っ赤にして白い髪に頬を寄せると、悪魔は心得たウットリするほど淫らで妖艶な笑みを、その真っ赤に濡れ光る口許に浮かべて、レヴィは後腔に収めていた指先をわざと乱暴に引き抜いて俺を喘がせると、俺の脱力している片方の腿を抱え上げたんだ。
 ヒクンと収斂するその熱く疼く部位に、灼熱の鉄の棍棒をまるでオブラートか何かで包んだような、何か凶悪な気配を醸す杭に擦られて…俺はハッと生理的な涙に濡れる双眸を見開いた。

『…ご主人さま、堪らなく貴方が愛しいです。このまま全て、今すぐにでも貴方をオレのものにしたい。いや、そうじゃない。モノじゃないんです、ご主人さま。貴方をオレの一部にしたいんだ』

「…ぅ…ぁ……そ、れ。どゆ…ことだ?」

 湿った淫らな音を響かせてヌチュヌチュと窄まりを擦られながら、それでなくてもレヴィの桃のように甘ったるい体臭にクラクラしているって言うのに、その得も言えぬ快楽に眉を顰めながら俺は不思議そうな顔をして、こんなコトの最中だってのに、真摯な双眸で見下ろしてくるレヴィを見詰めたんだ。
 いつ、潜り込まれてもおかしくない状況が、俺の中の被虐心を余計に煽って、上ずる吐息を噛み締めるようにして耐えながら、ポロポロと涙を零して見詰めていると、目許を朱色に染めた妖艶な眼差しのレヴィは、俺がこの世界中で誰よりも愛している白い悪魔は、クスッと小さく笑って、頬に零れる涙をその酷薄そうな薄い唇で掬ってくれる。

『オレの一部ですよ、ご主人さま。そうすれば、貴方はもう、他の誰のものにもならないでしょう?ここに他の誰かを迎え入れることもなければ、心をくれてやることもできない。全て、オレになるんだから』

 まるですぐにでもそうして、レヴィのなかに取り込まれてしまうような錯覚に震えながら、俺は嬉しそうに笑っていた。

「ああ、じゃあ俺を…ン…ッ……ぅ、あ…お、前の…一部に…」

 して、と囁く前に、嫉妬深いレヴィは俺の背中に腕を差し込むと、抱え上げるようにしてユックリと後腔にその先端をぬぷ…っと沈めてきたんだ。

「あ!…ぅん……あ、ア…んー」

 その虫が這うようなもどかしい感触に、そっと眉を顰めて、それから何故か、ほんのちょっと嬉しくて…くふんと笑うと、ほんの一筋、こめかみから一滴の汗を零すレヴィが満足そうに笑って荒い息を吐く俺の唇を、優しく啄ばむようにキスしてくれた。

『勿論です、ご主人さま。貴方が嫌だと言えば、オレはその咽喉を食い千切って、すぐにでもオレの中に取り入れて差し上げますよ』  

 優しい仕種とは裏腹の物騒な台詞でも、俺はそのレヴィ特有の嫉妬深い一言一言がいちいち嬉しくて、胎内に全て収まる白い悪魔が愛おしくて…何もかも飲み込んで、身体の一部にしたいのは本当は俺の方なんだと自覚する。
 そんなこと、もうとっくの昔に気付いてるんだろう白い悪魔は、甘い桃のような芳香を散らしながら、嬉しくて泣いている俺の目尻の涙を唇で拭ってくれるんだ。
 心の底から、こんな風に誰かを愛せるなんて、思ってもいなかった。
 愛って言うのはもっと漠然としたもので、だからきっと、最初は恋をするもんなんだろうなぁと思っていたのに…レヴィとは、何故か最初から愛し合っていたような気がする、のは、もしかしたら気のせいなのかもしれないけど、でも、俺はその気持ちを信じたいと思っていた。
 激情のまま揺すられる身体はきっと、明日には軽い筋肉痛を訴えるのかもしれないけど、心は凄く幸せで幸福だろうと思う。
 レヴィを、この白い悪魔を、俺は心から愛している。

 結局、昨夜はキッチンで1回、ベッドで2回もヤッてしまって、翌朝は爽快な目覚め…ってワケにもいかず、朝日に白い髪が眩しい、白い睫毛に縁取られた双眸を瞼の裏に隠した悪魔に抱き付きながら、ヘトヘトの身体を横たえて目を閉じていた。
 茜は当分帰ってこないし、父親も10時を回らないと帰って来ない、となれば俺は、レヴィとの甘い蜜月を優しい光の中で堪能するしかないワケだ。
 嬉しくて口許がエヘラ…ッと笑っていたとしても、それはそれで大歓迎ってヤツだ。
 ふと、瞼を開いて、俺はドキッとした。
 てっきり、白い睫毛に縁取られた瞼の裏に、その綺麗な金色の双眸を隠してしまっているとばかり思っていたから、俺を優しく抱き締めている白い悪魔が目を覚まして、ジッと俺の寝顔を見ていたなんて、なんてこっぱずかしいんだ。

「お、おはよう」

 思わずエヘへッと笑ったら、静かな微笑を湛えていたレヴィは、それはそれは嬉しそうにニコッと笑って、ギュウッと俺を抱き締めながらやわらかいキスを頬に落としてくれた。

『おはようございます、ご主人さま』

 相変わらず仰々しい朝の挨拶にももう慣れた俺は、そんなレヴィのキスの雨が擽ったくて、でも嬉しいから好きなようにさせてやるんだ。
 とか、偉そうに言ってるけども、正直な話、レヴィの人間よりも(って言うか、俺がマジマジと見たのはレヴィだけだからなんとも言えないんだけど)大きなアレが、朝の生理的現象のせいでやや硬度を増して腿の辺りに触れてるから、そんな余裕はないんだけど。
 もう、何度もレヴィを迎え入れたし、キスだって何度もした。
 こうして、狭いシングルのベッドで抱き合って眠るのも、数え切れないほどだと言うのに、俺はやっぱり抱かれた翌日の、この朝の生理現象に馴染めないでいる。
 レヴィに言わせれば、『目が覚めて目の前に愛するご主人さまがいるのに、勃起しない男は失格なのです』ってことらしい、良く判んねーよ。
 またしても、相変わらず真っ赤になっている俺に、レヴィのヤツはクスクスと笑って覆い被さってくると、頭の両側に肘をついて、俺の髪を優しく弄びながら深いキスをしてくれるんだ。燃え上がるような金色の双眸を細めて覗き込みながら、酷薄そうな薄い唇が笑みを象って、朝日の中であんまり艶かしいからドキッとする俺は、それでも、その逞しい背中に両腕を回して「もっと、もっと…」とキスをせがむ。
 いつからこんな風に、甘ったれたヤツになっちまったのか…それはきっと、砂糖菓子よりも何よりも、俺に対して甘すぎるレヴィのせいだと思うぞ。
 キスに煽られるままにレヴィの逞しい情熱を胎内に受け入れると、昨夜、この白い悪魔が残した所有の証のような白濁がぬるく掻き混ぜられて、思わず眉を顰めたら、ぐちゅ…っと湿った水音を狭い室内に響かせて、肛門からトロリ…ッと零れてしまう。

『…ご主人さま』

 ふと、呼ばれて震える瞼を押し開いて見上げると、思わずドキッとするほど真摯な眼差しのレヴィがそんな俺を見下ろしながら、少し切なげに眉根を寄せて囁くんだ。

『オレを愛してくれていますか?』

 朝の清廉なひと時、いつも必ず聞いてくる質問。
 コトの最中で熱に煽られるだけ煽られて、本当はそれどころじゃないって言うのに、どうしてだろう?レヴィにそんな顔をされてしまうと、俺は居ても立っても居られなくて、その着痩せするタイプなんだろう、思う以上に逞しい身体に抱き付いて何度も頷いた。
 それもやっぱり、毎朝のことで。

「愛しているよ、レヴィ」

 何がそんなに不安なのか、極平凡な高校生でしかない俺には、悩める悪魔の気持ちなんかこれっぽっちも判らない。それがどうしても悔しいんだけど、気の遠くなるほどの時間を生きてきたに違いないレヴィの、その心の奥に蹲るものがなんなのか、たかだか17年しか生きていない人間なんかが理解するには、身の程知らずだって笑われるに決まってる。
 それでも俺は、この悩める白い悪魔の心に蹲る何かから、必死に守ってあげたくて背中に回した腕に渾身の力を込めてみる。
 いまいち、効いていないんだろうけど、それでもレヴィは俺のそんな態度に毎朝、どこかホッとしたように安心して、思うさま突き上げて、散々俺を鳴かせてくれるんだ。
 嬉しそうにいつもニコニコ笑っているレヴィ。
 俺が差し出すものは、何一つ疑わずに全て受け入れてしまうから…悪魔なのに、人間を騙して貶めて散々酷い目に遭わせて、絶望に打ちひしがれるその姿を見て大笑いするはずの悪魔なのに、俺は凄く嬉しくて、悪魔であるはずのレヴィにずっと、恋焦がれていくんだと思う。
 レヴィはずるいよ。
 俺がこんなに恥かしげもなく愛してるって思っているのに、その心を毎朝確かめてくるんだから。
 寝惚け眼を擦りながら、白い蜥蜴にキスして頷く朝もあるし。
 レヴィ、なぁ、何がそんなに不安なんだよ?
 聞きたくて、でも紙一重で何かが拒絶するような気配に、どうしても問い質す勇気もなくて、臆病な俺は1人で唇を突き出して拗ねるしかない。

『ご主人さま?』

 そんな俺に、決まって朝っぱらから盛ってくれた白い悪魔は悪気もなく首を傾げて覗き込んでくるから、唇を尖らせたままで俺は「なんでもないよ!」と、不機嫌そうに突っ撥ねちまうんだよなぁ。
 でも、そんなことでは挫けない、悪魔に不可能はないレヴィはややムッとしたようにキリリとした眉根を寄せて、背後から抱きすくめてくるんだ。

『なんでもない…と言う表情ではありませんね。何かオレに隠している。何を隠しているんです?』

 嫉妬深いレヴィは、もしやまた誰かを想っているのでは…と、以前、悪友だと思っていたけど本当は大魔王ルシフェルだった友人とのコトを思い出したのか、ムムムッと薄い唇を引き結んで胡乱な目付きで覗き込んでくるから…それだけで俺は、思わず噴出しちまうんだ。

「何も隠してないさ、レヴィ。ああ、でもそうだなぁ…たとえば今夜はチンジャオロースーと玉子焼きの異色のコラボレーションだ!とか、イロイロと企んではいるから、もしかしたらそのことを疑ってるのか?だったら俺は、素知らぬ顔で知らんぷりしてないとなぁ~」

 ニヤニヤ笑ってそんなことを言ってみると、思う以上に嫉妬深いレヴィのヤツは疑い深そうに眉を寄せたまま、探る目付きで胡乱な気配を漂わせながら覗き込んでくるから、俺の腹はますます引っ繰り返りそうなほどの爆笑に引き攣れて、とうとう横隔膜の辺りが痛み出してくる。
 そんなに笑わせないでくれよ。
 ケタケタ笑う俺に、不思議そうにムッとしたままで首を傾げていたレヴィはでも、愛するご主人さまが朝っぱらから嬉しそうに笑う姿に気を良くしたのか、疑い深そうな眼差しはそのままで、そのくせクスクスと笑っている俺の頬にソッと唇を落としてくれたんだ。

「レヴィ…」

 何時の間にかあの見慣れた古風な衣装に身を包んでしまった白い悪魔に、嬉しくてその名前を呼ぶ俺はもちろん全裸で、それはとても不公平に見えるんだけど、レヴィはそうして、自分の裏地が鮮紅色の漆黒の外套で幸せそうに笑っている俺を包み込むのが何よりも好きらしくて、セックスの後はいつもこうして背後から外套に包んで項や頭にキスしてくる。
 その擽ったい行為が、密かに俺が気に入ってるなんてこと、この悪魔は気付いているんだろうか…って、もちろん気付いているんだろうなぁ。だって、悪魔に不可能はないし、心の奥深いところまで、きっとレヴィにはお見通しなんだろう。
 背後を振り返りながらキスを強請ろうとした丁度その時、不意に呼び鈴が鳴って、俺は思わず痛む腰を庇うことも忘れてガバッと起き上がっちまったんだ!
 父親は10時にならないと帰らないし、茜は友達の家に行ったら夜中まで帰って来ないはずなのに…まさか、気紛れに帰ってきたとか!?いや、思う以上に早く仕事が終わって、父さんが帰ってきたんじゃないだろうな!!?
 はわわわ…こんな男と抱き合って眠ってる姿を父親に見られでもしたら…たぶんきっと、明日には精神病院に厄介になってんじゃないのか、俺!
 思い切り動揺して頭をグルグルさせてへたり込んでいる俺の傍らで、ギシ…ッと狭いシングルのベッドを軋らせて起き上がったレヴィは、先端の尖った大きな長い耳を欹てて気配を感じているようだったけど、ヒョイッと映画俳優のように片方の眉を上げて俺を見下ろしてきたんだ。

『ご主人さま、弟君でもお父上でもないようです。オレが代わりに出てみますね』

 繊細そうな長い凶器のような爪を有した指先で自分を指差してニコッと笑うレヴィに、そうか…茜でも父親でもないのかとホッと安心した俺は、それでもまさか、こんな白い貴公子然とした悪魔に客の対応を任せられるはずもないから、脱ぎ散らかしていたジャージを拾いながら慌てて首を左右に振ったんだけど、レヴィは殊の外強い口調で断りやがったんだ。
 何だって言うんだ??

『そのような…蠱惑的なお姿のご主人さまを、何処の馬の骨とも判らぬ輩に見せるつもりなど毛頭ありません。それなら、オレが出た方が何万倍もマシです!』

 言い切るレヴィの、ツラに似合わない子供っぽい台詞に、俺は思わずクスクスと笑ってしまい、不機嫌そうな胡乱な目付きの白い悪魔には逆らえそうもないから、有り難くその好意を受け入れることにした。

「ありがとう、レヴィ。宜しく頼むよ」

『はい、ご主人さま♪』

 現金なもので、レヴィのヤツは嬉しそうにパッと表情を綻ばせやがったんだ。その仕種が可愛いなんて、俺は絶対に、口が避けても言ってやらないけどな。

『では、暫し待っていてくださいね』

 レヴィはベッドを軋らせて降りると、そんなことを言いながら歩き出したんだけど…一歩足が出ると、漆黒の外套は翻って漆黒のシャツに変化し、もう一歩足が出ると、革らしい物質でできた靴を履いていた足は裸足になってズボンはジーンズに変化した、そして、もう一歩足を踏み出すと、その真っ白の髪と真っ白の睫毛は黒くなって、先端の尖った耳は見覚えのある丸みを帯びたんだ。
 部屋を出るころには、レヴィはどうやら、立派な【人間】になっていた。
 もちろん、その上に頗るが付く【美形の】だけどな。
 うう…ホントに、悪魔って便利なヤツだよなぁ…と、妙に感心してしまった。
 暫く玄関先で遣り取りがあったけど、俺が心配するようなことは何もなくて…って、たとえば茜たちじゃないにしても、学校の友達とか、近所のおばちゃん、果ては親戚だったらどうしよう…とか、悩んでたんだけど、そのどれでもなかったみたいだ。
 室内に戻ってくるなり、まるでドライアイスに水をかけたら噴き出るような煙を一瞬だけ纏ったレヴィの身体は、すぐに元の白い悪魔に戻って、その両手で抱えた洗剤の山に困惑したような顔をして俺を見詰めてきたんだ。

『なんなんでしょうね?何やら、この悪魔のオレに契約などを要求してきたので、キッパリと断ったらこんなモノをくれました。契約はいらないから受け取ってくれとのことですが…ご主人さまは嬉しいですか?』

 小首を傾げる白い悪魔の、その仕種があんまり可愛くて可笑しかったから、俺は思わず噴出してベッドの上に転がった。
 レヴィは『はて?』とでも言いたそうに眉を顰めて、更に訝しそうにするから、俺のツボに見事にクリーンヒットだ。

「それはきっと新聞のセールスマンだったんだよ。契約もせずに洗剤を貰ったんだ、そりゃあ、俺は嬉しいよ」

『せーるすまん…ですか?』

 人間界のことを熟知していそうで全く今の状況を知らないレヴィの知識は、どうも15世紀だとか、そんな気の遠くなるような昔で止まっているようだ。だから、セールスマンだとかそんな、俺には普通の事柄でも、レヴィには良く判らないんだよ。

「ああ、新聞…いつも朝、父さんが読んでいるだろ?あの新聞を取るように勧誘している人だとか、その他にも、なんちゃら還元水とか売りに来るヤツもいるんだけど、そう言う、訪問販売をする連中のことをセールスマンって言うんだよ。そう言う連中は追い返すのが正しいんだ」

『そうなんですか。では、今回は正しい行いをしたのですね?それに、ご主人さまも喜んでくださったようなので、良く判りました。なんだかオレ、ひとつ賢くなったような気がします♪』

 エヘッと笑うレヴィの、悪魔だと言うのに憎めない笑顔に、どうしてこの悪魔はこんなに素直で可愛いんだろうと身悶えそうになるけど、その気持ちをグッと堪えて、俺はニコッと笑い返すんだ。
 悪魔のクセに良い行いをしたがるレヴィのこの性格は、やっぱり、あの『悪魔の樹』の契約が何らかの影響を及ぼしているんだろうか…
 『悪魔の樹』の契約は、レヴィの使い魔である灰色猫が凶暴な主人に愛する者を与える為に用意した儀式の一種らしいんだけど、詳しいことはあまりよく判らない。チンコに似たグロテスクな木に、水以外の液体を与えてしまったせいで、性格が逆転して登場してしまったレヴィ…でも、俺はそんな白い悪魔のレヴィが大好きなんだ。
 たまたま目にしたゲームのジャケットを見て、白い悪魔に姿を変えて俺の前に現れた悪魔の名はレヴィアタンと言って、あの有名なリヴァイアサンだった。
 そんな凶暴そうには全然見えないレヴィは、『悪魔の樹』の契約のせいなんだけど…俺は、心から灰色猫に感謝していた。
 だって…
 灰色猫の機転の良さで、今こうして、レヴィとの甘い生活を恙無く過ごせているんだ。
 あのヘンな契約がなかったら、今頃俺はレヴィに殺されていただろうし、こうして幸せな気分なんか味わえなかったに違いない。

「レヴィはそのままでも賢いよ」

『いいえ、オレは愚かです。ご主人さまが喜ぶようなことを、ほんの少しでも多く知ることができるのなら、貪欲に学んでいこうと思っているのですよ』

 それは、この人間が住む世界で生きていくことを決めたらしいレヴィの、何らかの決意の宣言だったのかもしれない。
 そんな風に想ってくれているのだから、俺だって悪い気はしないさ。
 それどころか、スゲー嬉しい…

「じゃあ、俺も。レヴィが喜ぶようなことを、少しでも多く知るように頑張るよ」

 パジャマ代わりのジャージを着込んだままでニコッと笑えば、ホエッと脱力したような笑みを浮かべたレヴィは、唐突にハッとして、慌てたようにコホンッと咳払いした。
 青褪めた頬がほんのり赤いのは、どうも照れてるんだろう。 

『オレには、ご主人さまが傍にいてくれることこそが、何よりの至上の喜びなのです』

 そんな嬉しいことを言ったら、思わず抱き付いて、キスしたくなっちゃうじゃないか!

「レヴィ…」

 嬉しくて伸ばした指先で、その冷たい青褪めた頬に触れようとした時だった、いつもはレヴィとイチャイチャしている時には気を遣っているのか、それともレヴィの嫉妬深い怒りに恐れをなしているせいなのか…どちらにしても絶対に姿を見せない、この家の新しい住人、パッと見は薄汚れているようなくすんだ灰色の猫が、少し開いている扉から顔を覗かせて「にゃあ」と鳴いたんだ。

『どうした?灰色猫』

 両手に洗剤を持っている間抜けな姿の主を見上げて、思わず言葉を詰まらせてしまった灰色の猫は、それでも気を取り直したようにコホンッと咳払いをしてちょこんと座り込んだ。

『ご主人。今日からお兄さんたちの通っているガッコウが夏休みになるそうで…』

『ああ、そうだな。で、それがどうしたんだ??』

 勿論、だからこそ茜もお出かけの真っ最中だし、夏休みになったことを逸早く告げた時、レヴィは嬉しそうに笑って『では、どこか遠くに行きましょう』と言ってくれたんだ。
 何処までも遠く…レヴィと2人きりで旅行ができるなんて、夢みたいで嬉しかった。
 レヴィもそうだったのか、だからこそ、そんなことはとっくの昔に知っているわ、とでも言いたそうな、折角俺との甘い一時を邪魔しやがってとでも思っているように、胡乱な目付きで不機嫌そうに首を傾げてみせるから、灰色の猫は一瞬息を呑むようにして首を竦めたけど、気を取り直したようにピンピンの髭をピクピクッと動かして頷いたんだ。

『さっき、ルシフェル様のお遣いが来て、レヴィアタン様にも一度魔界の方にお戻りくださいって言ってましたよ。折角の夏休みだってのに…ねぇ?』

 灰色猫は些かうんざりしたように溜め息を吐いて首を左右に振ったんだけど、レヴィはキリリとした眉を僅かに顰めて『はて?』と首を傾げたようだった。
 そう言えば篠沢のヤツ、何となく不貞腐れたような顔付きで、同級生の女子たちのお誘いを断っていたな…確か故郷に帰るんだとか何とか、そんなことを言ってたっけ?
 俺が首を傾げながら、最終日の時の篠沢…本当は悪魔のルシフェルなんだけど、ヤツの仏頂面を思い出していたら、レヴィが金色の双眸を細めて灰色猫を見下ろした。

『どう言うことだ?魔界に戻るも戻らないも、オレの自由ではないか』

『そりゃそうなんですけどね…』

 灰色猫は、恐らくレヴィがそう言うだろうと予想はしていたのか、なだらかな肩を竦めるようにして首を左右に振ったんだ。

『豪く切迫してましたよ。どうも、魔界であのお方が大暴れでも始めたんじゃないですか?』

 その台詞で、レヴィはバツの悪そうな顔をして唇を突き出したんだ。
 それはそんな、子供っぽい仕種ではなく、心の底から憎々しそうな、金色の双眸には燃え上がる紅蓮の焔がチラチラと燃え盛っているようで、真正面から見たらきっと俺は卒倒してたんじゃないかなと思う。
 そんな眼差しでふと目線を落としたレヴィは、それでも思い切るように一瞬だけ双眸を閉じると、吹っ切るようにして開いた何時も通りの金色の双眸で俺を振り返った。

『ご主人さま、所要ができましたので、私は少し故郷に戻らせて頂きます』

 振り返ったレヴィは、それでも、俺と目線を合わせないようにしているのか、微妙に視線を逸らして素っ気無く言ったんだ。
 なんなんだよ、いったい?

「どうしてお前が戻るんだよ。あのお方って誰だよ??」

『ご主人さま…』

 ほんの少し、困惑したように俺を見詰めるレヴィは、何か言いたそうだけど、それを言ってしまうにはまだ心の準備ができていないんだとでも言いたそうな、あやふやな目付きで目線を伏せてしまう。
 それまで、あんなに揺るがなかった金色の双眸の、目に見える動揺に、不意に俺の胸の奥にムクリ…ッと、何か黒い蟠りが生まれたような気がした。
 それが、どす黒い煙に包まれた不安だと気付いたのは、胸苦しさに眉を顰めた時だった。
 どうして俺、不安なんか感じているんだろう?

『私には兄弟がいるのですよ。その者は地上を支配する悪魔で、癇癪を起こしては大地に並々ならぬ甚大な被害を齎す厄介な者なのです。対である私の言うことしか、彼は聞こうとしない。なので、私が戻らなければならないのです』

 でも、俺の不安を逸早く感じ取ったのか、やっぱり悪魔に不可能のないレヴィは、困ったように苦笑しながらキチンと説明をしてくれたんだ。
 そうか…って、レヴィには兄弟がいたのか!
 悪魔って…兄弟とかいないって思ってたんだけどなぁ。

「そっか、それなら仕方ないな。じゃあ、気を付けて」

『はい、ご主人さま。ほんの僅かな間のことです。寂しいのですが、暫し待っていてください』

 その台詞は、そっくりそのまま、レヴィの気持ちなんだと思う。
 洗剤の箱を傍らの机の上に置いたレヴィは、真っ白の髪に飾り髪を肩に垂らして、キリリとした眉の下、寂しげに揺れる金色の双眸が切なそうで、そのくせ、裏地が鮮紅色の古めかしい外套に胸元にはジャラジャラと色とりどりの宝飾品が揺れる、そんな古風な衣装に身を包んで確りと立ち尽くす姿には、威風堂々とした気品のような威圧感が漂っている。
 俺が愛している白い悪魔は、ほんの少しの別れでも、そんな風に悲しんでくれるんだ。
 でも、俺を想えば想うほど、別れ難くなってしまうから、そうして心を押し隠すように威圧感で孤独の心をオブラートのように包んで、魔界の実力者然として無関心を装うんだろう。
 以前にも一度、学校がある俺を残して魔界に戻らなければならない時、そんな風に突き放すようにして姿を消したことがあった。

『では、失礼』

 優雅に一礼してから煙と共に姿を隠そうとしたレヴィの、そのジャラジャラと装飾品が揺れる胸倉を引っ掴んで、俺は慌てて消えそうになる白い悪魔を掴まえたんだ。

『ご主人さま?!』

 何時もは仕方なく見送っていた俺の、その突然の反応に嬉しいやら驚くやらで、目を白黒させているレヴィが首を傾げて見せる。その姿は、既に腰の辺りまで消えているんだけど…

「レヴィ!俺、今日から夏休みだし、一緒に遠くに行こうって言ってただろ?その、一緒に魔界に行きたいんだ。ダメかな?」

 エヘッと、照れ臭くて頭を掻きながら申し出てみたんだけど、レヴィは一瞬、それはそれは嬉しそうに頬を染めて愛しそうに俺を見詰めてくれたんだけど、それでもすぐに、悪魔所以のような冷たい表情をして、今までにない厳しい口調で突き放してきたんだ。

『いけません、ご主人さま。魔界にはお連れするつもりはありません』

「レヴィ?」

『良い子で待っていてください。ほんの僅かなことです。すぐに戻って参ります』

 そう言って、有無も言わせない強い力で、胸倉を掴んでいた俺の腕を引き剥がすと、そのまま容赦なく引き寄せて、そうしてキスしてくれた。
 なんだろう、冷たい扱いのはずなのに、俺は凄く嬉しいなんて感じているんだ。
 どうかしているんだろうけど、白い悪魔の柔らかな唇が、手放したくないんだけど…と名残惜しそうに口中を蹂躙する肉厚の舌に翻弄されて、堪らずに吐息を漏らしてしまう俺に、レヴィは寂しそうに笑った。
 離れ難いのはレヴィだって一緒なのに、この優しい白い悪魔に、俺はまたしても甘えてしまっていた。

「ごめん、レヴィ。言ってみただけなんだ」

『いいえ、ご主人さま。申し訳ありません』

 寂しそうに笑って、レヴィはもう一度、俺の頬に口付けると、今度こそ本当に煙の中に姿を隠してしまった。そうなると、もう何処を捜しても、この世界にレヴィは存在しないんだ。
 唐突に独りぼっちになったような気がして、自分で自分を抱き締めるように腕を掴んでみたけど、何処か心にポッカリと穴でも開いたみたいに寂しくて…それで、レヴィが毎朝俺に『愛しているか?』と聞いてしまうほど不安な時ってのは、きっとこんな気持ちになっているんだろうなぁと思った。
 いや、もしかしたら完全に的外れなことなのかもしれないけど…
 俺は溜め息を吐いていた。
 レヴィがいなくなった部屋は、何処か寒々しくて、精彩に欠けたように静かだった。