第二部 20  -悪魔の樹-

 俺をお姫様抱っこしたままで暫くそうして、俺からの頬へのキスを受け入れていたレヴィアタンは、ちょっと嬉しそうに照れ笑いをして、それからゆっくりと歩き出した。

「?…何処に行くんだ??」

 予告もなしに歩き出したレヴィアタンに、俺は思わずその首に噛り付くようにして両腕を回してしまったけど、ヤツは大して気に留めた風もなく長い足でスタスタと回廊を闊歩しているんだ。

『何処って、白の部屋だ』

「白の部屋?…ってなんだ??」

 ここはレヴィアタンの心の領域で、俺が知る場所ではないんだから、名称を言われたって判るかってんだ。
 呆れたように溜め息を吐いたその時だった。

『レヴィアタン様。お話は終わりましたの?』

 ふと、凛とした声音が響いて、それまで誰に呼び止められたって止まることもなさそうなほど、我が道を歩いていたレヴィアタンは、その声を聞いた途端にピタリと足を止めてしまった。

『リリス』

 レヴィアタンが、まるでレヴィが浮かべるようなもの静かな表情で微笑むと、ゴスロリ御用達みたいな暗黒色のドレスに身を包んだ人形みたいに整った、綺麗な面立ちの美少女は口許に笑みを浮かべてちょこんっと頭を下げた。

『リリス、今夜は白の部屋に居るからな。お前の身に何かあっては一大事だから、お前は紅蓮の部屋に入っていろよ?』

『畏まりましたわ、レヴィアタン様』

『絶対だぞ。オレにとって、お前の不在は何よりの苦痛だ。判っているな?』

『勿論ですわ』

 …そんな会話を、レヴィアタンは不安そうな表情で、リリスはうっとりと幸せそうな表情で交わしてやがる。それを、俺はただぼんやりと聞き流すしかないのか…と言ったら、勿論、そんなワケはない。
 だから俺は、慌ててレヴィアタンの腕から逃れるようにして降りようとしながら、そのジャラジャラと宝石だとかが飾る胸元を手で突っ張りながら言ったんだ。

「いや、俺は独りで大丈夫だ。だから、レヴィアタンはリリスと一緒に…」

『はぁ?何を言ってるんだ。お前がいるのに、どうしてオレがリリスと一緒にいないといけないんだ?』

 慌てる俺の語尾に被さるようにして、レヴィアタンは訝しそうな、不機嫌そうな口調で唇を尖らせるから、俺は困惑してリリスを見下ろしたんだけど、綺麗な面立ちにアルカイックスマイルを浮かべている美少女は、なんでもないことのように瞬きをするだけだ。

「でも…レヴィアタンは言ったじゃないか。リリスが不在だと何より苦痛だって」

『そりゃ、そうは言ったが。お前が傍にいないのも苦痛だ』

 釈然としない様子で唇を尖らせるレヴィアタンに、やばい、コイツはまた何か勘違いをしてると、俺が思ったとしても仕方ないだろ。
 そんな風に俺を大切そうに言ってくれても、それはリリスよりは比重は軽いと思うんだ。
 ただ、レヴィアタンの場合は妙なところで嫉妬するから、俺が独りでも大丈夫だと言ったことに、何か疑っているんだと思う。
 それはやっぱり、色々と言っても、ルシフェルの存在を疑いっ放しなんだろうなぁ。

「でも…」

 目の前に薄い微笑を浮かべる、この場合は海の王の奥さんなんだから王妃さまとでも言うのか、彼女がいるのに、何時までも甘えたようにレヴィアタンの胸の中にいるのは嫌なんだ。
 俺にだってプライドってのがあるんだぞ。
 愛人なんて冗談じゃないんだから、幾らレヴィアタンが疑ったとしても、俺はどうしてもこの離れ難い腕の中から抜け出さないといけないんだ。
 あれやこれやと画策する俺に、レヴィアタンは愈々頭に来たのか、苛々したように逃げ出そうとする身体をギュッと抱き締めやがったんだ。

『…お気遣いは結構ですのよ。わたくしのことはご心配なく』

 そう言ってひっそりと微笑んだ美少女は、まるで闇に溶けるようにして姿を消してしまった。
 後には静まり返った回廊と、気配を窺っていたけど、何故か満足したように頷くレヴィアタンと、動揺して困惑したように眉を寄せている俺が残されたんだ。

『よし、リリスは紅蓮の部屋に篭ったな。あそこなら安全なんだ。何時だってアイツのことは意識するようにしているんだが、偶に途切れる時がある。そんな時はああして、紅蓮の部屋に篭らせるのさ。ここには忠誠心の欠片もない使い魔が五万といるからな』

 唇の端を捲るようにして、レヴィアタンは邪悪な顔をしてニヤッと笑ったけど、俺はその顔を無表情に見上げるので精一杯だった。
 だってさ、そうじゃなかったら今にも涙が盛り上がって、それからポロポロと堰を切ったように頬に零してしまいそうだったから…リリスを想うレヴィアタンの心は知っているけど、やっぱり目の前で、あからさまに愛を語られるのは正直、辛いんだ。
 レヴィアタンは愛を知らないと俺に言ったけど、地獄の業火で焼かれなかったからそれは真実なんだろうけど、でも、レヴィアタンは気付いていないだけなんだ。
 何時か、俺を好きだと言ってくれたその感情を本当に理解した時、レヴィアタンはリリスの存在に気付き、今まで以上に彼女を愛するに決まってる。
 その時でも俺がいたとしたら…俺はどうするだろう。
 何ができるんだろう…それを考えると、胸が張り裂けそうなほど辛い。
 俺、やっぱりこのまま、元の人間の世界に帰った方が幸せじゃないかと思うんだ。
 レヴィも、ルシフェルも、灰色猫も、魔界も…何もかも、今までのことは俺こそ全て忘れて、何も知らない時に戻って、極平凡に何時も通りの暮らしを取り戻せば、俺は幸せになると思う。
 本当にそうか?と聞かれると、ハッキリ言って、それは判らない。
 でも、それでも、こんな風にリリスのことで嬉しそうに笑うレヴィの顔を見たくない。
 レヴィの微笑みは何時だって俺に向いていて欲しかった…それは今となっては儚い希望でしかないんだけど、俺はそれでも必死にそれを願い、叶わないことを知っているから、自嘲して俯くことぐらいしかできない。
 そうして、俺は下唇を噛み締めた。

『少し触ったら、お前が嬉しそうに笑って…だから、オレはどんどん大胆になって、お前にキスするのが楽しくて嬉しくて、初めて幸せだと感じたんだ』

 天井の辺りからハラハラと零れ落ちる薄桃色の花びらが散る純白のベッドに俺を下ろしながら、レヴィアタンは照れたように笑ってそんなことをポツリと呟いた。
 白の部屋…と呼んだ場所は、気絶した最初の日に入れられていた、あの真っ白な部屋だった。

「そうだったんだ」

 俺を見下ろす古風な漆黒の衣装に身を包んでいる白い髪の悪魔を見上げて頷くと、ヤツは暫く何も言わず、見上げる俺をジッと見下ろしていた。
 あんまり見詰められることに慣れていない俺は…って、レヴィの時は、ジッと見詰められても嬉しいと言うか、恥ずかしいとか思ったこともないのに、どうしてだろう?同じ顔で同じ声だって言うのに、レヴィアタンのキリリとした男らしい透明感のある黄金色の双眸に見詰められると、所在無い気持ちになって、ふと、迷子になった子供みたいに不安で、それから、落ち着かずにギクシャクと目線を逸らしてしまうんだ。

『それなのに、お前は急にオレから離れて人間の世界に戻ると言いやがる。話を聞けば、魔界には愛した悪魔を追って来たって言うじゃないか。スゲー、頭が熱くなって、そのふざけた悪魔は何処のどいつだって苛々したけど…それよりも、お前がボロボロ泣くのが許せなくて、そんな、馬鹿な悪魔の為に泣くぐらいなら、どうしてオレの為に泣かないんだって思ってな』

 目線を逸らして俯いてしまう俺の顎を掴んで、無骨な仕種ではあるんだけど、レヴィアタンとしてはとても優しい手付きで上向かせたりする。
 だから俺は、ちょっとムッとした顔をして、俺の顔を静かに見詰めている見慣れているはずなのに、まるで知らない悪魔の顔を見上げて唇を尖らせたんだ。

「俺はレヴィアタンのためだけに泣いてたんだ!」

『オレを追って魔界に来たってことなのか?お前のことを、オレは知らないんだ…その、名前もな』

 レヴィアタンはハッとしたように一瞬目を瞠ってから、バツが悪そうな顔をして、それから申し訳なさそうに歯切れが悪くそんなことを呟いた。
 そんなふざけたことを抜かしながらも俺から目を逸らさない白い悪魔に、俺は思い切りポカーンッとして、それから情けなくて、泣きたい気持ちでハァと溜め息を吐いた。

「ガーン…今のはちょっとショックだ。俺、瀬戸内光太郎、光太郎だよ。レヴィアタン」

 実際にすげーショックだったけど、それでも、心の何処かでは、ああそうか、コイツは同じ顔と声をしていても、レヴィではないんだって判っていたから、まるで初対面の相手にそうするように、俺は確りとレヴィアタンの双眸を見詰めて自己紹介をした。

『光太郎って言うのか♪そうかそうか…って、あれ?光太郎??オレはその名前を何処かで…』

 途端にパッと嬉しそうに、まるで子供みたいにニカッと笑って頷いたレヴィアタンは、でもすぐにソッと眉根を寄せて、何かを思い出そうとするように首を傾げたんだけど…

『何処だっけ?忘れたな』

「ぶ!」

 あっけらかんと諦めやがったから、俺は期待していたぶん、思い切り脱力して吹き出してしまった。

『どうしたんだ?』

 俺の顎を掴んだままで首を傾げるレヴィアタンに、俺は殆ど涙目で。

「なんでもないよッ」

 と悪態を吐いてやった。そうすると、レヴィアタンは不機嫌そうに眉根をさらに寄せて、俺の顎から手を離すと、ベッドに押し倒すようにして覆い被さって来ると唇を尖らせるんだ。

『なんでもないこともないだろ?光太郎、怒ってるじゃねーか。なんだよ、言えよ』

「なんでもないって言ってるだろ?最初に逢った日に、ちゃんと名乗ってたのにな、俺」

 レヴィアタンにベッドに押さえ付けられてしまった俺は、諦めたように溜め息を吐いて、豪華な宝石なんかがジャラジャラしている胸元を、軽く押し返そうと掌を当てて恨めしげに睨んでやった。

『ゲ、そうだったのか。いや、それはスマン』

「…もう、いいよ。でも、今度は忘れないでくれよ」

 本気ですまなさそうに謝るから、俺は、そんな白い悪魔が可愛いなぁと思って、仕方なく苦笑したんだ。
 すると、レヴィアタンは、ちょっとムッとしたように頷くんだ。

『ああ、忘れたりするもんか』

 そう言って、薄情なくせに、思い切り俺のことなんか忘れてるくせに、ベッドを軋らせて、レヴィアタンは白い睫毛の縁取る目蓋を閉じてソッとやわらかく口付けてくる。
 甘い言葉には絶対に騙されないと、ちゃんと理解しているし、レヴィアタンには最愛のリリスがいることも判っている。
 でも俺は…それでも、大好きなレヴィのぬくもりが忘れられなくて、ぎこちなく口付けてくる温かい唇に応えていた。
 押し返そうと当てていた掌の力を抜いて、それから、俺は目蓋を閉じると、縋るようにレヴィアタンの背中に両腕を回したんだ。
 貪欲に貪るキスは、何故だろう?2人とも、まるで今まで水を与えられなかった砂漠の旅人みたいに、お互いの存在に餓えてでもいたかのように、抱き締めあって、湿った音を響かせながら、長い長いキスを愉しんだ。
 だって俺、ずっと、レヴィに焦がれていたんだよ。
 もうずっと、逢いたくて逢いたくて、思い出して欲しくて…望まないアスタロトとの、そのえっちも、ルシフェルとのキスでも、どんなものでも癒されることのない心の渇望は、只管レヴィだけを求め続けていたんだ。たとえそれが、レヴィアタンだったとしても、俺は白い悪魔がくれる全てを受け入れたかった。
 ハラハラと零れ落ちる甘い匂いに頭はクラクラするんだけど、それが匂いのせいなのか、それとも、大好きなレヴィの甘いキスに酔わされてるだけなのか、どちらにしても、溺れる人のように縋りつく俺の上着を性急な仕種でたくし上げ、外気に震える素肌に軌跡を残すみたいに指先を滑らせていく。

「…ん」

 小さく吐息を吐くと、レヴィアタンは含みきれずに口許から零してしまった唾液を舌先で舐め取って、涙の雫を結ぶ目許にキスをした。

『オレは…お前を待っていたんだな』

 ふと呟いたレヴィアタンの言葉に、震える目蓋を開いて見上げた俺を、白い悪魔はまるで悪魔らしくない、俺があんなに望んでいたレヴィの優しい双眸で見下ろしていた。
 これはレヴィじゃないって判ってるのに、それなのに、どうしてこんなに泣けてくるんだろう。
 抱いて欲しいと、望んでしまうんだろう。
 レヴィは最初からいなかったのに。
 レヴィはレヴィアタンと言う悪魔の仮初めの姿で、どんなに望んでも、もうこの両腕の中に戻ってくることはないのに…今、目の前にいるこの悪魔は、俺の知らない大悪魔なのに、俺はどうしても彼に抱いて欲しいと望んでしまうんだ。

「れ、レヴィ…」

 俺は恐る恐るその名を呼んだ。
 レヴィアタンは特に気にした様子もなく静かに笑って、それから、まるで許しを請うような仕種で目蓋を閉じると、俺の首筋に唇を落とした。
 どんな悪魔に触れられても辛いだけだったのに、まるで雷に打たれたような、電流に触れたように全身が痺れて、俺はビクンッと身体を震わせていた。

「…ぁ…ッ」

 声なんか出すつもりじゃなかった。
 でも、レヴィアタンが辿る指先は、どれも記憶に残る甘美な軌跡で、まるで俺の全てを知り尽くしているみたいに、白い悪魔は俺の快楽のポイントを確実に弾き出していった。
 唇で、指先で…それから熱く滑る舌先で、俺でさえ知らないような快楽の部位を見つけ出して、まるで一度描いた地図を辿るような正確さで、レヴィアタンは俺を狂わせていく。
 快楽に目許を染めて、俺は何時の間にか全裸に近い姿になって、どうしても揺らめいてしまう腰を止めることもできずに、強請るようにレヴィアタンの腰に腰を摺り寄せると言う恥ずかしい姿まで晒してしまったんだ。
 後で思い出せば赤面モノの甘い声も、箍が外れたように口から零れ落ちてしまう。

「や、…あ、あぅ……それは、ダ!…んぅ~ッッ」

 レヴィアタンの熱い口腔に、遂に張り詰めたようにして痛いほど勃起している陰茎が捕らえられてしまって、俺はどうしていいのか判らなくて首を左右に振りながら、我武者羅にレヴィアタンの白い頭髪を掴んでいた。
 それだけでイキそうなのに、レヴィアタンはそれを許さず、根元はガッチリ掴んでままで追い詰めるみたいに鈴口に滲む粘る涙を啜り、滑る舌先で弱い場所ばかりを攻めてくるから、俺は声も出せずに、勿論、イクことすらできずにビクビクと身体を震わせてしまうんだ。
 もう少しであられもない声を上げそうになって、俺は涙をボロボロ零しながら、両手で口を覆って首を左右に振っていた。
 不意にべとべとに濡れそぼった陰茎から唇を離したレヴィアタンは、まるで悪魔のように…って、実際は悪魔の中の悪魔なんだけど、蠱惑的な笑みを口許に浮かべ、濡れた唇をペロリと真っ赤な舌で舐めながら、伸び上がるようにして俺の胸元に頬を寄せると、とても愉しげにクククッと嗤うんだ。
 喘ぐように大きく息を吐く俺は、甘い匂いと快楽に酔い痴れて、まるで惚けたようにそんな綺麗なレヴィアタンの顔を頬に朱を散らして見詰めていた。

『オレを、愛してると言え。そうすれば、イカせてやる』

 レヴィアタンはまるで絶対的な口調でそんな馬鹿みたいなことを言い放って、唆すように双眸を細めて見詰めているから…俺は蕩けてしまいそうな顔をしてヒッソリと呟いた。

「あ、愛してる…レヴィ」

 そんな簡単なことで、俺を許してくれるのか?
 だったら俺は、何度でも…

『レヴィアタンだ、光太郎。ちゃんと、レヴィアタンを愛してると言うんだ。お前の口で』

 執拗に言い募るレヴィアタンの声に、ハラハラと落ちてくる媚薬のように甘ったるい匂いに、酔い痴れている俺の思考回路はとても妖しくて、揺れる腰を止めることもできずに、うっとりと呟いたんだ。

「レヴィアタンを、俺は愛してるよ……ひぁ?!」

 呟いた瞬間、レヴィアタンは満足したようにニヤッと嗤って、それから唐突に唾液と先走りで濡れそぼっている肛門に指を突き入れたんだ!その瞬間、脳天を貫くような快感が背骨を駆け上がって、俺は思い切りビュクッと白濁とした粘る精液を撒き散らしていた。

「んぁ…ぁ、う…ん、んん……」

 長らく性行為から遠退いていたせいか、射精は長く続いて、俺は鈴口から間欠泉みたいに精液を拭き零すたび度に腰を揺すっていた。その間も、レヴィアタンは長い指先で、俺の胎内にある秘められた箇所を執拗に探っているみたいで、でも、ちょうど、睾丸の裏あたりにある、しこりのような部位を指先で突かれた瞬間、あれだけ感じていたと言うのに、一瞬、気が遠くなりそうになって、俺はさらに精液が漏れるような感触に泣き出しそうになっていた。

「や、嫌だ…も、あ!…ッ……ひ」

 嫌々するように頭を振っていたら、頬を摺り寄せていたレヴィアタンは、不意に俺の乳首をベロリと舐めて、それから口に含むと、滑る口腔内で舌先で転がすように弄ぶから、俺は気がおかしくなりそうになってしまった。
 こんな行為を、俺はレヴィとしたことがない。
 レヴィとのエッチは、とても優しくて、何時も俺を労わってくれて…そして、愛されていると実感できていた。でも、これはなんと言うか、快楽に突き落とされて、怖くて怖くて、縋るものはもうレヴィアタンしかいないから、無我夢中で救いを求めるしかない…まるで愛し合うと言うよりも、淫靡な暴力で従わされてるみたいだ。
 逆らえない、絶対的な力に屈服してしまうような…こんなエッチを、俺は知らないし、知らないから怖かった。
 不意に、ガタガタと震え出した俺に気付いたのか、レヴィアタンは含んでいた乳首から唇を離して、不思議そうな顔をして俺を覗き込んできた。
 この悪魔は、愛する心を持っていないから、エッチもただの支配する道具でしかないのかもしれない。
 そんなのは嫌だ、たとえレヴィアタンが悪魔だからと言って、快楽で支配されるのなんか絶対に嫌だ。
 ただ、俺は愛して欲しいだけなのに…

『どうしたんだ?なぜ、泣いてる??』

 どう見ても、悦楽に酔い痴れて泣いているのではないと、確り確認したレヴィアタンは、不意に俺の後腔にある指先を蠢かして、快楽に酔えば泣かなくなるとでも思っているみたいに、唆して突き落とそうとでもするように刺激してくる。でもそれは却って俺を追い詰めるだけで、震えながら泣く俺は唇を噛み締めて…その時になって漸く、レヴィアタンは事態の深刻さに気付いたみたいだった。
 エッチの最中で相手に泣かれたことなんかないのか、唇を噛み切って泣いている俺に、慌てて後腔に挿入していた指を引き抜いて、レヴィアタンは腕の中に俺を抱き締めたんだ。

「う…ひぃ…っく。ひ…うっ…うぅ……ッ」

 声も出せずに泣きじゃくる俺に驚いて、それから、オロオロしたように抱き締めてくるレヴィアタンの胸の鼓動は少し早かったけど、その音を聞いている間に、俺の中の絶望感のようなものがほんの少しだけど、薄れてきたような気がしていた。

『お前は…光太郎は、本当はオレのことが嫌いなのか?』

 どうして、この大悪魔の脳みそはすぐにそう言う結論を弾き出すのか良く判らないんだけど、俺は泣きじゃくりながらレヴィアタンに抱きついて、激しく首を左右に振ったんだ。

『では、何故…オレとセックスするのが嫌なのか?』

 エッチの最中で逃げ出されたんだから、そう考えるのは仕方ないよな。
 それは少なからず、レヴィアタンの沽券を傷付けたのは確かだと思う。
 でも、俺は謝らない。

「こ…なの、ヘンだ。…ひ…っく。だって、まるで、…うぅ……俺、俺のほうこそ、ひっ…く…っ…あ、愛されてない、…ッ」

 泣いているからうまく言葉に出せないけど、でも、伝えたいことは言えたと思う。
 もっと、もっと愛されたいよ、レヴィ。
 前みたいに優しく愛おしそうに抱いて欲しい。
 そうすれば俺、男同士なんて負い目にも感じずに、こんな愛もあるんだなぁと、あっけらかんとお前を愛せるのに。
 これじゃまるで、愛欲に溺れて、それがないと生きていけない…それこそ、レヴィアタンの性奴隷じゃないか。
 愛も心もない、ただの性奴隷だ。
 レヴィアタンは先端の尖った耳を萎えたように垂らして、呆気に取られたようにポカンッと覗き込んできた。
 胸元に顔を埋める、俺の涙と鼻水でグチャグチャになった顔を顎を掴んで上げさせて、そんな俺を繁々と眺めていたレヴィアタンは、継いで、少し逡巡したように初めて目線を泳がせて、それから耳は垂れたままで困った顔をしながら俺の額にキスしてきたんだ。
 それから目蓋に、頬に、唇にキスをして…口許に笑みを浮かべながら俺を抱き締めてゴロンッと横になってしまった。

「…ッ、う…っく……ッ」

 嗚咽がなかなか引っ込まなくて、俺は涙で歪む視界の中、綺麗な黄金色の双眸を見ようとして何度も瞬きを繰り返した。そんな俺の汗で張り付いた前髪を掻き揚げて、頬を濡らす涙をそのままの指先で拭っているレヴィアタンは、やれやれと溜め息を吐いたみたいだ。

『そうか…オレが悪いんだな。人間の奴隷を好奇心で抱いた時、奴らは悦んでもっととせがんできたんだ。だから、こうすれば、光太郎は気持ちがいいんだろうと思った』

 俺は首を左右に振った。
 でも、聡い大悪魔は、俺が何を言いたいのか、もう気付いているみたいだ。

『だがそうだな、それもすぐに飽きて捨てたが、ソイツは他の悪魔にも慰み者にされていた。それを悦んで、だから、アイツは性奴隷になったんだ。これは快楽でお前を従わせようとしているのに違いないんだろう』

 だが、とレヴィアタンは溜め息を吐いた。

『オレはこの方法しか知らない。快楽の虜にして、お前を縛り付けることでしか、オレは光太郎を傍に置けないんだ』

 それはまるで、悲痛な叫びみたいだった。
 俺が喜ぶだろうと思って、たくさんの快楽を与えてくれるレヴィアタンは、確かに俺を愛してくれているんだろう。でも、愛し合うってことは、もっとお互いを求め合うものなんだ。
 こんな風に一方的に快楽ばかりを与えて、俺が覚えるのはレヴィアタンじゃない、悦楽に溺れる肉欲ばかりだ。
 それを伝えたくて、俺はゴシゴシと拳に握った片手で涙を拭って、まだ嗚咽の残るままで言ったんだ。

「じゃ、じゃあ…まず今夜は、一緒に…ひ…っく、…抱きあって、寝よう」

 お互いで抱き締めあって、ぬくもりを感じて、それから…安心して眠ろうよ、レヴィ。

「き、キス…も、たくさん、ッ…しよう」

 啄ばむようなキスを幾つもして、やわらかな気持ちを共有して、自然とお互いを求めてみようよ。
 最初に戻って、恋をしようよ。
 愛してくれるのはそれからでも構わないから…レヴィ、どうか、もう一度最初から恋をしよう。
 俺たちは早急に求め合い過ぎたんだ、だから、お互いをあまりに知らなさ過ぎて、戸惑って、絶望して、勘違いして、立ち竦んで…大事な何かを見落としてしまったんだろう。
 たとえレヴィアタンの心の中にリリスと言う愛が居座っていても、俺は、できるだけそれすらもひっくるめて、ちゃんとお前を愛せるように頑張るから、だから、最初は恋をしようよ。

「レヴィアタン…恋を、しよう」

 レヴィアタンの金色の双眸を見詰めたままで、俺は必死でそう言っていた。
 この心が届くなら、レヴィに聞いてもらいたい。
 お前ともう一度、恋をしたい。

『オレと恋をするのか?』

 何故か、怒り出すかと思っていたレヴィアタンは、白磁の頬にほんのりと朱を散らして、嬉しそうにニッと笑ったりするから…俺も嬉しくなって、エヘヘッと笑ったんだ。

「うん。恋をするんだ。胸が高鳴ってドキドキしてさ…夜も眠れなくなるんだぜ?」

 なんとか、漸くまともに言葉が出せるようになって言うと、レヴィアタンは嬉しそうに笑った。
 何がそんなに楽しいんだと聞きたくなるぐらい、悪魔の中の悪魔であるはずの、不可能はない白い悪魔は嬉しそうに笑っているんだ。

『そうか…お前はオレと恋をするんだな』

「うん」

 するんじゃないよ、レヴィ。
 もう、恋をしてるんだよ。
 愛を知らないと言った白い悪魔は、まるで満ち足りたような表情をして、ソッと俺を抱き締めて安堵したみたいに目蓋を閉じた。
 それは羽毛のような柔らかさで、その時、俺はこの城に来て初めて、レヴィアタンに愛されていると感じていた。
 その抱擁は、それほどあたたかくて、優しくて、俺には重要だった。
 レヴィアタンの背中に腕を回して、俺もそれに精一杯応えていた。
 愛しいと物語る腕のぬくもりが、レヴィアタンから伝わって、俺は改めて、レヴィに恋をしてしまった。