Act.10  -Vandal Affection-

「うわぁぁぁッ!」

 噛み締めていた唇は切れて血が出ていた。もう、声を抑えることなんかできなかった。
 見せつけるようにゴムを装着した灼熱で俺の、男が唯一体内に男を受け入れることのできる入り口を擦り上げ、躊躇わずに挿し込んできたからだ。
 切り裂かれたんだと思った。
 冷や汗が噴き出して、全身がスッと冷たくなっていく。
 俺はけたたましく首を左右に振って、何としてでもその苦痛から逃れようと身体を摺り上げたけど、男の容赦のない腕に引き戻されて、結合はますます深まっていく。

「あ…ああっ!…ぅあッ」

 俺は挿入の衝撃でだらしなく失禁していた。
 でも、そんなことなど構ってなんかいられるかよ!

「失禁したか…成長した括約筋は初めての挿入に反発する。それは誰しも同じことだ。さほど気にする必要はない」

 こ、コイツは何を言ってやがる?
 冷静に言って腰を動かす男の、ムッとするほどの柑橘系の匂いにクラリと意識が遠退きながら、これは奴の体臭なんだろうかと馬鹿みたいなことを考えていた。

「ヒィ…ッ」

 唐突に、ぬるりっと尻の中が滑りやすくなって、男は幾分かホッとしたように詰めていた息を吐き出したようだった。
 コイツも辛いはずだ、俺は力いっぱいそこを締め付けていたから。意識しなくても、力がそこに集結してしまうんだ。悲鳴を上げて、もう嫌だと叫ぶ小さな器官は見知らぬ男の灼熱を咥え込まされて血を流している。
 無表情だった男の頬が微かに上気して、眉を僅かに寄せている。
 そのくせ、驚くほど冷静なアイスブルーの双眸が見下ろしていた。
 強姦してるくせに、どうしてこんなに冷静でいられるんだ。
 ギシギシッと、縛り上げられた両手首が悲鳴を上げて、擦られた場所からは血が滲んでるはずだと思う。

「…」

「…?ぅあッ!」

 何かを呟いた口許を見つめて眉を寄せた俺を、男は容赦なく突き上げて結局、奴が何を言ったのか判らなかった。
 意識を手放したくて、俺は許しを請うようにありったけの言葉を口にしたが、彼は煩そうに眉を寄せて口付けると、俺の声を閉じ込めてしまった。
 まるで、そこにだけ情熱があるんだと感じられる熱い舌に口腔を蹂躙されても、俺が感じることはなかった。舌はぐったりと横たわり、戯れかける奴の舌に応えることなんてできっこなかった。
 結局、奴が果てるその最後まで俺のペニスは縮こまって、とうとう勃起することはなかったんだ。

「う…」

 いったいどれぐらい犯されていたのか、気付いたときには男も、着ていた白衣も脱ぎ散らかしていたグレーのシャツも、サイドテーブルに置いていた銀縁眼鏡も消えていた。
 最後は俺も感じていたようだ。
 それでも、下肢を濡らしていたはずの体液と血液が綺麗に拭われていることに気付いて、俺は上半身を起こしながら羞恥に眉を寄せてしまう。
 ただ、役に立たなくなったゴムから漏れた白濁がまだ身体の奥に残っていることにギョッとして、俺は痛む身体を引き摺りながらベッドから滑り落ちた。

「あ…ッ!イテテ…」

 痛む部位を擦って立ちあがろうとしたが、腰は萎えていて立ちあがることなんかできない。

「くそっ!今、ゾンビとかに襲われたら確実に死ぬな…」

 悪態を吐いて周囲を見渡すと、ライフルの代わりにマシンガンが置いてあった。それに、サイドテーブルの上には銀縁眼鏡の替わりに、銃身を電灯に黒光りさせている短銃と、サヴァイバルナイフ、それぞれの弾が入ったやや大きめのウエストポーチのようなものが置かれていた。

「…ご丁寧に。こう言うことはしてくれるんだな」

 ふと、自分が滑り落ちた時に一緒に落ちたのだろう、英語の走り書きが書かれた紙片を見つけて俺はそれを手にとった。

『地上に戻れ』

 たった一言の殴り書き。

「イ・ヤ・だ・ね。何度も言わせるなっての。俺は博士たちを助けるんだ!アイツが何を考えてるかなんて判らねぇ。でも、こんなことされたからって怯むかよ」

 こんな非常時に人を犯しやがって。
 そこまで考えて、不意に自嘲してしまう。
 日本じゃ、こんなことが起こるなんて考えてもいなかった。
 男の俺が同じ男にその、ご、強姦されるなんて…
 そこまで考えて首を激しく左右に振る。
 今は忘れよう。
 犬に噛まれたその傷痕が膿んで腐ることを知りながら、犬に噛まれたと思って忘れようと思った。
 もしや、あの変態野郎が俺をその、強姦してまで引き留めようとしたぐらいだ。この施設には何かとんでもないモノが眠っているのかもしれない。
 そうだ、冗談じゃない。

「俺は今!博士や三浦女史や須藤たちを助けなくちゃいけないんだ。それで、みんなを、生き残ってるみんなを連れて日本に帰る。ここでのことは、あんたに言われなくても全部忘れてやらぁっ!」

 ああ、そうだ。こんなところには一分だっていたい訳がないし、長居だって無用だ。
 そんな場所できっと、助けを求めている仲間がいるのなら、俺はもっと先へ進まなければ…
 痛む腰を庇うようにして立ちあがり、男が残した紙切れを握り潰して唇を噛み締める。
 神経質そうな表情をした、酷く冷たい双眸の男を思い出しながら。
 でも彼はどうして、あんな風に酷いことをしながら、寂しそうだったんだろう…