Act.11  -Vandal Affection-

 身体の痛みをやり過ごす為に暫く奴の自室で休んでいた俺は、ご丁寧に用意されていたウエストポーチを装着して、短銃とサヴァイバルナイフを腰に突っ込むと、マシンガンを片手に部屋から出ようとした。
 鍵が外から掛かっているらしく、内側からは開かない仕掛けになっているようだ。

「…何を考えてるんだ、あの変態。地上に戻れとか言って、ここから出られねぇようにしてるじゃねーかッ」

 アイツの不可解な行動に首を傾げながら、俺はマシンガンで鍵を壊すことにして、その反動で後ろにすっ転んでしまった。

「う…イテテ…よくよく、俺ってば腰を痛める運命なのかよ…でも、この銃はなんなんだ!?」

 ライフルで慣れたと思い込んでいた俺に、マシンガンの衝撃は凄まじかった。
 ドッドッドッと、一発撃ったつもりが、連射で発砲してその衝撃に吹っ飛ばされたのだ。
 いや、それぐらいの衝撃はあった。腕に。
 正確にはぶれた反動で蹴躓いただけなんだけど…な。

「…これぐらいの銃が必要なほど、これからの化け物は強くなってるのか…ん?これから?」

 ちょっと考えて、俺は溜め息を吐いた。

「アイツ、なんやかんや言いながら俺が下に行くって端から思ってたんじゃねーのか?何でもお見通しってワケか。やれやれ。…何者なんだ、アイツ」

 不意に、疑問が浮かび上がってきた。
 ここの研究員だと言ってたけど…それだって本当のことかどうか。こんな、化け物がウジャウジャいる密林の、もう忘れ去られたような研究施設にたった一人で暮らしているあの変態…どうやって生き残ってるんだ?
 名前すら言わなかったな…
 そこまで考えて、俺はなんとも理不尽な気分にハッと我に返って頭を左右に激しく振った。

「うー…考えても始まらん!施設の中をウロウロしてたらまた逢えるかもしれないし、その時に問い詰めてやろう!」

 今回のことは不可抗力でアイツにいいようにされてしまったが、この次はそうはいかないぜ。絶対にとっちめてやろうじゃねーか。
 博士たちの救出と、あの変態野郎を見つけ出すことが俺の目的だ。
 俄かに賑やかになった俺の目標は、これから起こることに対して怯みそうになる気持ちを奮い立たせてくれるには充分だった。
 さあ、行こう。
 俺は、立ち止まっているわけにはいかないんだ。

 ここが何階なのか判らない。
 壁にはオレンジでD-11と書かれている。

「そう言えば。非常階段のところに何かあったな」

 だが、ここがどの辺りに位置するのかも判らない。非常階段のある場所なんて通りすがりに見た程度で判るわけもないし…ま、進んでいれば何か見つけるかもしれないな。
 目の端にふわりっと白衣の裾が翻った。

(奴か!?)

 ハッとして振り返り、叫びそうになった。
 白衣=変態とは言え生きた人間、と思い込んでいた俺の目の前にいたソイツの、その半分以上崩れた頭部と腐敗臭、白衣は奇妙な液体で汚れた、ボロボロのその出で立ちに仰天したんだ。
 ああ、そうか。ここは化け物たちに支配されてたんだ!すっかり、あの変態野郎に気を取られていたから、こんな重要なことをコロッと忘れてたぜ。ったく、俺ってヤツは!

「くそっ」

 舌打ちしてマシンガンを構えた俺に、虚ろな眼窩を晒したゾンビ研究員は至近距離から両手を上げて襲いかかってきた。思った以上に鋭い、牙のような歯に腕を噛まれて顔を顰めると、マシンガンでそいつの頭をふっ飛ばしてやった。
 かなり破壊力のあるマシンガンに頭部を吹っ飛ばされたゾンビは呆気なくその場に倒れ込んだけど、ジクジクと血を滲ませる腕を掴んで俺は顔を思いきり顰めた。
 参ったな…すっげぇ痛い。
 マジで、泣きそうなぐらい。

「何かないのかよ…お?」

 結構大きめのポーチの中身を傷の痛みで苛々しながら探っていると、中から錠剤や包帯や、何かの塗り薬のようなものが出てきた。ある種の救急セットみたいだ。

「何かないか…ん?この塗り薬…【切れ痔】用?…ッ!あの野郎…」

 熱を持っていたソコがズキンッと痛んだ気がして、思わず舌打ちしてしまう。冗談じゃねぇや、誰がこんなモンッ!…投げ捨てようかと思ったけど、やめておいた。使う気にはなれないが、もしかしたら何かの時に役に立つかもしれない。消炎剤だろうし。

「他にはないのかよ!?えーっと、この塗り薬は…切り傷?これって切り傷になるのか?まあ、いいや」

 Tシャツを裂いて作った布で腕を縛って止血すると、ありがたくその塗り薬を塗りたくった。

「うぉおおおおお!染みる!マジで、染みる!」

 得体の知れない薬でも使っとかないと、血を流してウロウロしてる間に失血死するのはごめんだからな。

「さ~て、須藤を探しに行くか」

 腕はまだジンジンと痛むけど、そんなことを気にしている暇なんてなかった。
 俺は頭部を吹っ飛ばされて倒れているゾンビを暫く見下ろしていたが、立ち上がると、もう何も考えずに歩き出すことにした。ここにはそんな連中がわんさといるんだろう。
 躊躇っていたら死ぬのは自分だ。
 冗談じゃない。
 俺は生き残ってる連中を助けて、日本に帰るんだ。

 もうだいぶ腕が痺れてきていた。
 マシンガンは身体全体を痺れさせるような衝撃でゾンビの群れを薙ぎ倒していく。
 指の加減を間違えれば銃弾は思った以上に発砲されるから、俺はそれを身体で覚えていった。

「ここは凄いな。まるで集中しているみたいに研究員がいる…ここが奴らの居住区だったんだろう」

 俺は壁にもたれると一息吐いて、替えのマガジンを挿し込んだ。
 もう、何人殺したか判らない。
 日本にいたときはバイトに明け暮れる普通の苦学生だった。このコンカトス半島に来て、俺は殺人鬼になっちまった。死体を殺すことが殺人と呼べるなら…だけどさ。
 でも、俺がゾンビだと思ってる連中が、本当は生きてる人間だったらどうしよう。前に見た、あの研究員の報告書のように、何かの病気が蔓延してあんな風に身体が崩れただけだったら…?
 撃てば死ぬし…だとしたら、俺は本当に殺人鬼だ。
 自分たちが生きる為に、俺は罪のない人たちを殺してるんじゃねぇのか?
 ずっしりと重いマシンガンの重みを今更ながら感じて、俺は唐突に怖くなって激しく首を左右に振った。まるで死神の冷たい指先のように脳裏から離れない、その危うい思考をなんとか振り払おうと、俺は全く別のことを考えることにしたんだ。
 今までのことをちょっと整理しようと思う。
 このコンカトス半島に来て間もない頃、三浦女史は遺跡の頂上付近にあった紋章がおかしいと言っていた。やけに近代的で、この周辺の豪族とは明らかに違う…とも言ってたっけ。
 それはきっと、この研究施設のカモフラージュである遺跡の、目印のようなものだったんだろう。
 ここに研究施設があります。
 って感じの。でも、いったい誰に向けて、こんな印を残したんだろう。自分たちさえ判っていれば、こんな明らかに不自然な証拠を残して…俺たちのような、って言うか、三浦女史のように考古学者が見れば明らかに不審がるだろう。
 まあ、新発見だって喜んだけど。
 誘い込んだのか?いったいどんな理由で?
 うーん…
 やっぱり、考えたって判んねーや。
 俺はあっさりとその考えを手放した。
 どちらにせよ、今の俺には関係ないことだ。
 博士たちを見つけて、ここに来るって言う救助隊に助けてもらって日本に帰る。
 それが目的だ。まあ、化け物の存在も、この研究所内を走り回っている間に何か判るかもしれないし。途中でまた、あの得体の知れない邪魔者から掴んだ情報を奪われなければ、博士や須藤を見つけ出して、そうすればきっと何か判るはずだ。判ればそれでいいい、判らないならそれまでだ。
 なんにせよ、こんな研究施設とは関わりあいたくもないし長居もしたくない。できることならさっさとおサラバしたいぐらいだ。
 よし。
 整理らしい整理にはならなかったが、俺はマシンガンを構えなおして休んでいた壁から身体を起こした。
 走り出そう。
 まだ、始まったばかりじゃねーか!