Act.25  -Vandal Affection-

 博士たちを助けようと思って何も考えずにあのジャングルに飛び込んだんだ。
 思えば、何も考えずにあの大学を受けたんだったな。ただ、なんとなく考古学に興味があって、それを生涯の仕事にできたらいいなとか考えて両親に相談した。父さんは男は大志を抱けと言って賛成してくれたんだけど、母さんは違っていた。厳しい表情をして、遠い外国に行くと言うことは死ぬ覚悟で行きなさいと、やけに 時代錯誤 な口調で言ってたっけ?あれはきっと、心配してくれたんだろうな。母さんなりの、優しさだったんだ。
 思えば、俺の人生ってのはそんなもんだったな。考えなしに突き進んで、その先には何があるんだろう…?
 …何もないかもしれないし、あるかもしれない。
 ここまで来てしまったんだ、いまさらそんなこと考えたってどうにもならないってのに。
 何かあるのか?たとえば…残酷な死とか?
 そこまで考えて、俺は慌てて頭を左右に振った。
 どうして、生き残るって言う思想が思い浮かばないんだよ、俺…それはきっと、あの新倉の置かれていた状況が頭から離れないからだろう。あんな、化け物に操られて、死んでいても死んだことすらもしかしたら、アイツは気付いていなかったんじゃねぇのかな。
 獲物が、たとえば俺たちみたいに迷い込んじまった現地の人だとか、そんな餌を狩るために繰り返し見せる新倉の最後の幻影。その度に、もしかしたらアイツは、同じ痛みと恐怖を何度も何度も、終わることなく繰り返し見ていたのだとすればそれは…
 軽い眩暈がする。

「佐鳥」

 不意に須藤が声をかけてきて、俺は慌ててヤバイ回想から現実に戻った。

「なんだ、須藤」

「お前さ、実際はどうして気付いたんだ?」

「え?ああ、アレか。いや、本当はあの銃だよ」

「銃?」

 隣で聞いていた桜木が不思議そうに首を傾げた。どうやら、彼女も気にはなっていたようだ。

「そうだ。あの口径、たぶん、俺たちのなんかよりもはるかに大きかっただろ?なのにさ、新倉のヤツ。片手で支えたぐらいで、まるで平然と撃ってたんだよ。しかも、俺たちの方をチラチラと見る余裕さえあった。おかしいだろ?俺でさえ、コイツを使いこなすのにけっこう時間がかかったんだぜ。しかも、未だに腕が痺れる」

 片手で持っているマシンガンを上げて、肩を竦めて見せると須藤は 漸 く納得したように頷いた。
 それ以外にも違和感はあった。ただ、それがなんであるか判らないから、 敢 えて言う必要もないだろうと思って俺は口を 噤 んだんだ。

「それにしたって、奇妙な施設だよな。いったい何を研究していたんだ」

 須藤が等間隔に並んだ電灯に浮かび上がる、閑散とした白い壁に囲まれた通路を見渡しながら肩を竦めると、桜木も不安そうに眉を顰めた。
 俺たちはみんな、本当はこの胡散臭くて不気味な施設に疑問を持っていたんだ。ただ、それを口にしてしまうと、取り返しのつかない何か深い穴に落ちこんでしまうような気がして、言葉にすることを躊躇っていた。
 だから俺は…敢えてその不安を口にすることにした。
 現状じゃぁさ、もう取り返しのつかない事態には陥ってるんだ。いまさら黙ってたって、悪い方向にしか進まないかもしれないからな。

「…俺さ。以前、ほら変なヤツに会ったって言っただろ?」

 須藤と桜木は俺を振り返ったが、桜木の方は訝しそうな表情をしている。
 そっか、桜木は知らないんだったな。

「ああ、なんか前に言ってた酷そうでいいヤツだろ?救急セットだなんだと置いてったって言う…この銃とそのマシンガンもそうだな」

 須藤が頷いて促そうとすると、驚いたように須藤を見上げた桜木が慌てて割り込んできた。

「だ、誰なの?その変な人って」

 俺が彼女を見ると桜木はハッとしたように 口篭 もって、恥ずかしそうに照れてしまった。コイツも変なヤツだよなぁ。自分のいない時の話しなら知りたくても仕方ないだろう、ましてやこんな状況だったらなおさらなのにさ。

「コイツだ!…とは言えないんだよな。名前すら知らないんだ。ただ、嫌なヤツだったってことは確かで…」

「そう」

 桜木はその答えじゃ不満そうで、って、まあ俺でもそんな答えじゃ理解はできないだろうからその反応は納得なんだけど。

「男だよ、桜木。謎の男ってヤツだ」

「男の人なの…?そう」

 ホッとしたように須藤の台詞に頷いた桜木は何となく明るくなったような気がする。
 …なんだ、男か女かってのが気になったのか。
 って、ん?なんでそんなところが気になるんだ?

「で、ソイツがどうしたって?」

 須藤が促すように首を傾げたから、俺は頷いてそれに応えた。

「ああ、ソイツから焼き捨てられたこの施設の研究員が書いたらしい報告書みたいなものなんだけどさ。それに確か、 紫貴電工 とか書いてたような気がするんだ」

「そこら辺、もっとハッキリ覚えてるか?」

「ええっと…なんか、ラット事件とかなんとか。遺伝子の研究をしていたみたいだ。アレ?細菌って書いてたっけ?」

「要するに、よく覚えていないんだな?」

 呆れたように片手を挙げて俺を制した須藤は、なんとなく頭が痛そうだ。すまん、そう言う、物覚えは苦手なんだよ。

「えへへ…そうみたいだ」

 頭を掻いて笑ったら、須藤は呆れたように肩を竦めた。それを脇で見ていた桜木がクスクスと笑っている。
 まさか言えないよな、その焼き捨てられた後にあんなことがあったなんて…とか言って、まあそれも関係があるかもしれないけど、本当に物覚えは苦手なんだよ。英語だけは考古学に密接に関係してるから死に物狂いで覚えたんだけど、紋章だっていまいち覚えてないってのに…興味のある 象形文字 だってよく判らないし…あう、なんか落ち込んできたぞ、俺。

「その資料があればなぁ…どうも、ソイツはかなり重要な文書だったのかもしれないぞ」

「いやまあ、その通りかもしれないな。研究の報告みたいだったからさ」

 まあ、大方の予想通り俺がしでかしたことはきっと最大のミスだって判ってる。かと言って、それを認められるだけには、まだ大人になりきれてないんだよなぁ、俺。
 唇を尖らせると、須藤のヤツは仕方ない奴だなぁとでも言いたそうに溜め息をつきやがった。
 ああでも、やっぱり須藤には見せておいたほうが良かったんだろうなぁ…
 ガックシと項垂れる俺に、須藤はこめかみを押さえて首を左右に振ったんだ。

「全くだぞ、佐鳥。研究内容について書いていたみたいだからな。まあ、たとえば遺伝子だとか細菌だとか…ラット事件ってのもあったな。それは、門外不出じゃないのか?こう言う施設だとさ」

 ええ、全くあなたの仰る通りでございますよ、須藤さま。
 …と、そこまで考えて俺はハッとした。

「あ、それで焼き捨てたのか、アイツ!」

「その謎の男はここの研究員だったんだろうな。きっと、 証拠隠滅 したのさ。だが… 隠滅 せざるを得ない内容ってのはなんだ?」

「きっと、すごく大切な情報だったんじゃないのかしら?」

 あう、桜木まで一緒になってそんなこと言うなよ。覚えもせずに焼き捨てられた俺の立場って…

「あ、ごめんなさい!そんなつもりじゃなくって、あたし…」

「いいよ、桜木。別に俺、気にしてないし」

 慌てる桜木に乾いた笑いを浮かべて暗雲を背負う俺に、須藤は腕を組んでズバッと言いやがった。

「いや、気にしとけよ佐鳥。これからこの施設を調べるための 切欠 になるかもしれない重要な情報を全く覚えてもいないんだぞ?だったら、先が思いやられるだろう」

「ったく、相変わらず嫌なヤツだな!須藤はよ!」

 ムッとして言い返したとき、不意に見慣れない単語があったことを思い出して俺は須藤と桜木を交互に見た。

「どうした?」

 まだ文句があるか?とでも言いたそうに腕を組んでいる須藤に、俺は首を左右に振って思い出したことを口にしたんだ。

「変な単語があったんだよな。何かの暗号かもしれないんだけど…」

 須藤は桜木と顔を見合わせると、怪訝そうに眉を寄せる俺を訝しそうに首を傾げた見た。

「単語?」

「ああ、確か…【HR-9】だったと思う」

「エイチアール・ナイン?」

 不思議そうに首を傾げて聞き返してくる桜木に頷いて、俺はそれがなんであるかは判らないんだと言うことを説明した。

「HR-9が何かの細菌の暗号だとか、遺伝子の名前とか…そう言うことはいまいち覚えてないんだよなぁ。その単語だけは珍しかったから覚えていたんだ」

「まあ、なんにせよ。その単語だけじゃ雲をつかむような話だ。だが頭の 隅 には覚えておこう。この施設の謎を解く 切欠 にはなるかもしれないしな」

 そう言って、この話はいったん切り上げられた。
 どちらにしろ、今は銃弾が必要だということに気付いたんだ。物資の乏しさがこの研究施設の秘密なんかよりも、何倍も重要に決まってる。
 俺もそれには気付いていたし、桜木も須藤も納得したようだ。
 まずは物資を探そう。
 この施設の謎はその後だ。