Act.26  -Vandal Affection-

 物資を探そうと歩き回る俺たちの前に現れたのは、馴染みになった白い扉だった。でも、それが今まで見てきた部屋の扉とは明らかに異なって…なんだか奇妙な違和感があるって思うのは俺だけだろうか?
 そんなことを考えていたら、須藤の奴が用心しながらその扉に近付いて行ったんだ。

「気を付けてね、須藤くん…」

 新倉の件も生々しく記憶に残っている桜木にしてみたら、なんだって気を付ける対象に入ったんだろう。良しにしろ悪しにしろ、あの結果は桜木には良い結果になったことは確かだ。ちょっと抜けすぎてるからな、コイツ。
 生き残るって 概念 がまるでないんじゃないかって思えるほどには、本当にお間抜けだし…

「佐鳥!」

 不意に鋭く呼ばれて、俺は扉に近付いていた須藤を見た。

「どうしたんだ、須藤?」

「コイツはどうも、簡易のエレベータの様だぞ」

「エレベータ?」

 俺と桜木は顔を見合わせると、脇に身を寄せた須藤の傍らに行ってなんのプレートもパネルもない扉を見て、さらに首を傾げた。
 コレのどこがエレベータなんだ?

「ホラ、ここをこうして、こうすると…」

 須藤が取っ手の下に設置されていた奇妙な数字の並ぶ電卓のようなモノに触れると、扉は音もなくスライドして開いた。その内部は以前見たエレベータのものとは違って明らかに狭いし、階数を示すパネルもなく、本当に質素な作りのエレベータだった。

「こんなモンだと数階しか行き来はできないだろうなぁ」

 須藤が内部を見渡すようにして入る背後から一緒に乗り込んでみると、大人3人と僅かなスペースでもう一杯一杯ってカンジだ。

「どこまで続いているのかな?」

 桜木が不安そうに呟くから、俺は 取り敢えず 二、三階下まで行ってみようと提案した。

「二、三階下ねぇ。続いてれば、の話だがな」

 内部にもある、やっぱり電卓のようなモノに何かを打ち込んでいると、扉は音もなくスライドして閉まり、軽い重力を感じて、エレベータが下降し出したことが判った。

「ねえ、須藤くん。どうして操作方法が判ったの?」

 狭い室内で無言でいるのも息苦しくなったのか、相変わらずゆっくりと下降する密室の中で桜木は素直に首を傾げて見せる。

「テキトーってワケじゃないさ。こう言う操作には一連の法則のようなものがあってな、それを順に試してみたんだ。で、二、三回試していたら…」

「ビンゴだった…ってワケだな?」

 俺が口を 挟 むと須藤はその通りだと頷いて見せた。

「で、その法則通り試したらエレベータも動き出してくれましたとさ」

「さっすが秀才さまは完璧でいらっしゃる」

 嫌味ったらしく言う俺の横では桜木がちょっと 噴出 して、須藤はムッとしたように口を尖らせたけど、それでもフフンと胸を張るようにしてニッと笑った。

「グレッグスさまさまってことさ。旧いが役に立つ本だ。お前も体力ばかり 養 ってないでそう言う、為になる本を読んで、少しは頭を使った方がいいぞ。だから脳味噌筋肉だと言われるんだ」

「お前にな…」

 恨めしく 睨 んでいると、エレベータはやはりカクンッと重力を感じさせてゆっくりと動きを止めた。

「さてさて、何が待っていることやら…」

 半ば 諦 めたように皮肉を言う須藤と、それに同感だと頷く俺たちの前でエレベータの扉は音もなく静かにスライドして開いた。
 未知の恐怖がきっと、待ち構えてるんだろう。
 武器がありますように。
 祈るように願っていた。

 エレベータを降りた俺達は、“アクアルーム”と書かれたプレートの貼り付けられているドアを押し開いて足を踏み入れた。そのフロアは巨大な水槽が側面にある他は特に目新しいものは無いんだけど、アクアリウムさながらの雰囲気に俺たちは少しだが心が落ち着いたような気がした。
 本当はけっこう、その圧倒的な迫力に 気圧 されてたってのも事実なんだけどな。
 まあ、流石にこれだけの設備になるとよほどの事がない限りは、この厚いガラスを破ってまで化け物が登場するという事はなさそうだし、そんな 安堵感 も俺たちの心を落ち着けるには充分だったんだろう。

 「ここは何をしている所なんだ?」

 そんなことを考えていた俺に、須藤は大きなガラスで造られた水槽に両手の側面を押し当てると両目の 端 に 覆 いを作るようにして外の光をシャットアウトするように、その苔の発生で薄暗くなった内部を覗き込みながら言った。
 他にも小さな水槽がいくつか壁に嵌め込まれるように点在していたが、その中に入れられているタコやカニに似た、奇妙な姿をした生き物も俺たちを襲ってくるようには見えなかった。どちらかと言うとのんびりと、まるで外界のことなんか気にとめた風もなくいたって平和に過ごしてるようだ。
 だけど、そんな中でも須藤の興味を引くものがあったみたいだ。
 その水槽は他と例外なく苔にびっしりと覆われていて、ただ一つの例外があるとすれば、それはその大きさだ。きっと、このフロアでも最大を誇ってるんだろう。
 圧倒的に大きい。

「ここの生き物たちの姿から察してもマトモな奴は入っていないだろう。この大きさの水槽から考えて…まあ、敵にはしたくない大きさだな」

 須藤は口角を吊り上げると、縁起でもないことを言いやがる。
 それでなくても武器も少ないって言うのに、冗談でもそんな台詞は聞きたくない。

「あたしだったら、こっちの生き物だけでも“勘弁して!”って思うけどな」

 桜木は小さい方の水槽で優雅に泳いでいるタコのような生き物を指して無気味そうに言った。
 俺はそんな二人の会話を聞きながら、電力を極力省エネしてるのか、水槽に射し込む僅かな明かりと天井にあるほの暗い明かりを頼りに整然と並ぶ水槽群を見渡していた。すると、その脇に小ぢんまりと設置してある【観察操作室】と書かれたドアを見つけたんだ。

 【観察操作室】という部屋の名前から考えてみると、これはあくまで俺の推測なんだけど、どうも【観察】という事から、ここのフロア内で飼育している生き物たちの状態なんかをこの部屋で見ることができるんだろう。まあ、まずは間違いないだろうな…よし。

「…ん?そうなると【操作】ってのは何だ?」

「 水質維持装置 とかなんとか言う機械の操作でもしてるんじゃないのか?」

 何となく口から 洩 れた独り言を桜木と話していた須藤が 耳聡 く聞きつけたのか、腰に片手を当てながら振り返ると面倒臭そうにそんなことを言った。誰もお前には聞いてねーよ。
 と言うか、なんで操作でそこまで判ってしまうんだ、お前って。そうか、もしかしたら逸早くこのドアを見つけてたのかもしれねぇな…恐るべし、須藤。
 だが、そうか。ここがこのフロアの中枢になる部屋なんだろう。
 ってことは、この部屋に入ることができれば何かしらの 手懸 りだとか、 或 いは武器のようなものを手に入れることだってできるんじゃないのか?

「おいおい、まさかこの部屋に入ろうってんじゃないだろうな!?」

 思いついて思わずガッツポーズをしてしまう俺の腕を 掴 んだ須藤は、慌てたように押し留めながら言ったんだ。
 あり?なんでバレたんだろう。きっと、ドアを見ていたのがいけないんだろうな。
 まあ、そんなことはどうだっていい。

「何か重大な手懸りがあるかも知れねぇだろ?」

 ドアは、この研究施設が何がしかの事故か何かで 既 に危機レベルを超えている状態だったんだろう、避難用にセキュリティは全てロックを外しているようだったから、俺たちが入室する上では特に困ることはなさそうだ。

「でも…だからって思いつきで行動しちゃうってのはよくないと思うよ、佐鳥くん」

 桜木も不安そうな顔で俺を見ながら、“中に入ることには反対よ”という意思表示をする。
 そんなことを言っても、この先危険だからと 回避 ばかりしていて本当に危険になったとき、武器もないこんな状況下だと 悪戯 に死ぬことを受け入れるしかない状態に陥ることは簡単に想像できる。だからこそ、今、怪しいところは 片っ端 から見て回った方がいいんだ。武器だって手に入るかもしれないじゃないか。
 そんな風に話し合った結果、俺の説得に根負けした二人が渋々賛成すると言う形で部屋の中へ足を踏み入れることになった。
 なんにせよ、俺たちの進むべき方向なんて限られているんだ。
 今は、今だけは。
  勘 だけを頼りに進むしかない。
 俺たちは息を飲みながら、その部屋のドアに手をかけた。