Act.27  -Vandal Affection-

 「何かしらアレ?」

 最初に桜木が正面のガラス越しに見える実験室を指差した。その中央に設置された何かの装置を見た須藤がそれに反応したんだ。

「こりゃ、すごいな。こんなものがこんな場所にあるなんて驚きだ」

 須藤がその装置を見て思わず…と言った感じに声を漏らす。
 どうして須藤が初めて見るその装置の事を“こんなもの”と言って驚きの声を漏らしたのかは疑問だったけど、何も知らない連中の中で俺や桜木よりも物知りな須藤が何か知っているのならそれでもいいと思って口には出さなかった。
 と言うか、あの謎の雑誌【グレッグス】にでも何か書いてあったんだろうと思っただけで、敢えて何か言おうなんて思いもしなかったってのが本音だ。
 その装置をよくよく見ると、先端部分に注射針のようなものがあり、全体の感じからして何かの発射装置を思わせていた。

「何を実験していたんだ?」

 俺は手近にあった書類を手にすると、目を通してみた…けど、結局、須藤の奴に【脳味噌筋肉】と言われている俺のことだ、全く全然、これっぽっちも意味が判らなかったから須藤にソイツを渡して 判り易く 説明してもらうことにしたんだ。

 ふん、「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥」だ!呆れたような蔑んだような目付きをされても構うもんか。要は理解できるように訳してもらえればこっちのもんだろ?
 開き直った俺に須藤の奴は肩を竦めただけで何も言わず、取り敢えず本人も興味深かったんだろう、書類に目線を落とした。
 書類にはこう書かれていた。

『レーザー装置取り扱い方法:

 この装置は高圧電流から高粒子レーザーの発生を起こすもので、あくまで試験的に製作された装置である。よって、実用的な目的についての使用は確認されていない為、下記の注意点に留意した上で試験作業にあたって欲しい。

1.高圧電流の発生に 伴 う注意:

 全てのエネルギーはプラント11の発電能力からエネルギー供給するシステムになっているが、プラント11の生命レベルがパネルに表示される為、そちらに注意しながら実験する必要がある。

2.発射後の再発射について:

 再度発射させるには 充填 時間を必ず伴う。これは数分間の冷却時間を与える事によって、100%の出力を維持する上では重要なことなのでくれぐれも注意すること。冷却時間を与えないで発射するような事は、本体ばかりではなく負荷電流によるプラント11の生命にも大きな影響を与える事に成りかねない。

3.標的について:

 指定された物以外への発射を禁ずる。』

 その紙面にはこの他に何かの記号なんかが書いてあったが、特に今の俺たちには関係ないだろうと須藤が言った。

「とにかく、この装置はレーザー砲開発の為に作られたテスト機だと思う。今の段階で俺たちが注意したいのはこの装置ではなく、このプラント11っていう厄介な物がいる点だろうな。まぁ、今までのことを考えて予想しても、プラント11が生き物で、ここのどこかにソイツがいると言うことは確かだろうよ」

 何枚かある書類へ一枚ずつ慎重に目を通していた須藤は、渋い顔をしてそんな風に言った。なんにせよ、またしても変な生き物に右往左往させられるかもしれないってことだな。
 ったく、面倒臭ぇなぁ…
 現時点で新倉の見せた幻影で消費した弾薬を 踏 まえて考えても、とても大物の化け物に遭遇して応戦できる 程 の銃弾は残っちゃいない。そりゃ、大きいって言っても子犬サイズなら何とかなるかも知れないだろうけど、ここのスケールで物を言えばそんな夢みたいなことは口が裂けても言わないでおこう。ヘタな希望すらも 見出 せないような場所なんだ。
 そんな風に悩んでいる時、ガラス越しの俺の視線にその装置が飛び込んで来た。

「コイツって動かせるんじゃねぇのか?もし、取り外せるんだったら新しい武器になりそうだと思わねーか?」

 その言葉に桜木の顔がパッと明るくなって手を叩いて俺の意見に共感を示した。
 新しい強力な武器の入手を喜んでいる俺たちの方をチラッと見た須藤は鼻で笑うと、呆れた口調で俺と桜木の頭を丸めた書類でポンポンと叩きやがった。
 なんだって言うんだ!?

「お二人さん、コイツが一体何キロあると思ってるんだ?パッと見ても三人じゃとても抱えられるような代物じゃないってことぐらいは理解してるんだろ?それに現段階で『実用性を確認していない』ってことは使用してもそんなに 威力 がないのか、 或 いは全く使用できないってことなんじゃないのかな。さらに加えて言うのなら、エネルギー面の関係上、試験室以外での使用はできないって風に感じられることも注意書きに書いてなかったか?」

 そう言われて俺たちは顔を見合わせると、二人揃って仲良くシュンッと肩を落としてしまった。
 ちぇ!

「それならせめて装置を動かしてモノは験し…ってのをしてみようぜ!」

 そうでもしないと諦めもつかないし…使用できなければ俺も桜木も諦めることだってできるしな!

「そうだな。幸い標的がセットされているし、ギリギリまで実験を行っていたように見えるから準備は整っているようだが…これを動かすなんてことは俺でもできないぞ」

 顎に片手を当てながら言う須藤の脇から間髪入れずに口を挟む。

「なぁ、須藤。ここまでお膳立てされていながら実験を見ないってのはソンじゃねぇのかな?」

 少し強引だが俺はそう言うと、須藤を押しのけて手前にある端末の電源を入れてみた。モニタに通電されるとシステムが起動を始めて、操作プログラムにオート・ログインされる。ここの管理システムに接続された端末はすぐさまこの装置のデータにアクセスを開始するんだろうな。 暫 くすると操作画面を表示させるモニタの端末が次の命令を待っていた。

「動かせるのか?」

  殊の外 不安そうに言う須藤の肩を叩きながら俺は余裕の顔で笑って見せた。須藤よりも遥かにオツムの悪い俺だったとしても、こんなもんは要は時の運と勘がモノを言うんだって。

「あのなぁ、須藤。こんなモンはな、ある程度の“知識”と“勘”があれば動かせるって。勝負は時の運任せ…っと。あとはこうやって…こう、で、そら!起動を始めてるぜ」

 俺の言葉通りに装置は細かい振動を始めると、各部にエネルギーを充填させ始めた様子だった。

“エネルギーゲージを調節してください”

 表示されたメッセージを手近にあるマニュアルで調べたが、的確な数値を入力しろと書いてあるだけで、その値について詳しい記述は記載されていなかった。 一旦、研究員の実験報告書をあさって読んでみたが、どの数値が該当するのかすら判らない俺たちが見つけ出せるはずもない。
 結局、途方に暮れた俺たちの取る行動なんて限られてる。
 まあ、つまりだ。
 須藤と相談して適当な数字を入力してみることにしたってワケだ。

「…おいおい。本気でそんな数字を入力するのか?」

「何を入力しても同じなら、どうってこたねぇだろ?」

 俺たちの 遣り取り を不安そうに黙って聞いていた桜木が、肩を竦める俺を少し呆れ顔をしながら苦笑いしてみせたけど、当の須藤はなんとも 言い難い 表情で腕を組んでいる。
 装置は微妙な振動を繰り返してはいるものの、レーザーを発射する気配もない。
 入力値に問題があるのか?

「何か足りないんじゃないのかな?」

 困惑したように眉を寄せる桜木が不安そうに呟く 傍 らで、須藤が手にした書類とモニタを交互に見ながら口を開いた。

「ん?そう言えばプラント11からの電力供給はしたのか?」

 須藤が指先でモニタにある『プラント11:0%』という表示を指した。

「プラント11?ああ、そうか…プラント11っと。このボタンかな?」

 俺は 操作盤 にある、プラント11と記載されたボタンを押してみた。
 エネルギーゲージが急激に上昇する様子がモニタに表示されると、振動が小刻みから連続的なものへと変わっていった。
 どうやら、いよいよ装置の準備が整った様だ。

 「起動…してるのか?」

 「起動って言うんじゃなくて、ヤバイのかも……」

 振動は 既 にピークに達して、その動きにあわせて機体を止めるボルトがだんだんと緩むのがはっきりと見えている。
 “ガタガタ”と音を立ててレーザーの 矛先 がゆっくりと標的からズレ始めた。 既 に発射準備が完了してレーザー砲の先に青白い光が集中しているのが判る。
 …その先には。
 俺たちがいる。

「って、おい。ま、まさか…」

 俺のセリフが言い終わる前に針の先端へ青白い光が集まるのがピークに達していた。
 【発射準備完了】の文字がモニタに表示されると、いきなり俺たちの間を通ってレーザー光線が走り抜ける。
 まだ発射指示も出していないって言うのに、なんて無茶苦茶なシステムなんだよ!!
 頭を抱えて床に伏せる俺たちには何事もなかったようだったが、ゆっくりと頭を持ち上げた桜木が心配そうに俺と須藤の顔を見ながら言った。

「レーザー光線は…どこに当たったのかな?」

 そう言われれば発射されたレーザー光の行き先はどこになってるんだ?
 “試験用の標的以外は撃つな”とは書いてあったが、他の対象物に照射しちまった今となっては手遅れだろうな。

「さぁな、とにかく俺たちには当たっちゃいないんだから良いんじゃないのか?」

  安堵 の溜め息をつく俺に須藤が起き上がり、レーザーの軌跡を追いながら言った。

「問題は威力だよな。どんな風に物体に当たるかって…」

 そこまで言って須藤の動きが止まる。

「いや、対象物にだって問題がありそうだぞ」

 先ほどのレーザーの発射で室内の機器に異常が現われたのか、部屋のドアが開きっぱなしになっていた。
 そこから見えるレーザー光の標的になったものは…

「やべぇ!!」

 須藤が声を上げたと同時に、大きな水槽のガラスが一点を中心にして〝ビシッ〟とヒビが入ったんだ!!
 大きな力を均等に分散させて強度を保っている水槽の一枚ガラス。
 レーザー光線の威力はさほど強いものではない様子だったが、このガラスの最大の弱点である“一点に集中した力”は逃すことができない。つまり、水槽のガラスにレーザーのような特定の部分に集中して力が加わると、均整が取れずに割れてしまう。そして、ヒビはだんだんと水槽のガラス全体へと広がっていって…

「おいおい、冗談だろ?」

 須藤は奴にしては珍しく動揺しているように、 引き攣った 笑いを頬に刻みながらそう言うと、慌てて手にしていた書類を投げ出して俺と桜木の手を掴んで通路に飛び出したんだ。

「いいか、良く聞け!!水圧にガラスが負ければ、ここのフロアは流れ込む水に埋め尽くされてしまう。そうなれば俺たちはお終いだ!!」

 焦る須藤の言葉、それと亀裂から染み出した水が俺たちを【究極の危険】の中にいることを思い知らせていた。何時しか、俺たちの背筋には極度の緊張から噴出した汗がグッショリとシャツを濡らして張り付いてくる。
 まるで追い討ちをかけるように既に床には糸のように噴き出す水の滝が何本も現われていて、俺たちの行き先を遮っている様子に額の汗がこめかみから頬に流れて顎から落ちた。

「死ぬ気で走れ!!」

 須藤が一瞬硬直した俺たちの意識を引き戻すように叫んだ。

【動けない】

 まるで強張ったように言うことをきかない足に 叱咤 しながら、嫌な汗を拭うことも忘れて俺は呆然と立ち竦む桜木の腕を引っ掴んで走り出した。

【動けない】

 そんなんじゃ、このまま死んでしまうだけじゃねーかッ!!
 ヒビの入ったガラスの隙間から流れ出る水の量は薄っすらと床を満たし始める。
 ガラスが割れれば俺たちは一気にその水に飲み込まれてしまうだろう。
 危機感だけがズッシリと重い俺たちの足を前へ、前へと突き動かしていた。

「…このままで階層下に進めるかな?」

 走りながら俺が先頭の須藤に声を掛けと、須藤は振り向く余裕もないのか、それとも振り向きたくない現実が差し迫っているのか…どちらにしても今の俺たちにはそんなことを気にしてる余裕なんかなかった。だから須藤は、俺としては必死だった質問をあっさりと切り捨てるような即答を返してきた。

「そんなことは助かってから考えればいい!!」

 全く尤もな意見だ。
 これだけの水が下の階に流れ込むんだぞ?全く、何を考えてるんだ俺は。

「もう、佐鳥くんってば!!この水槽に【発電能力を持ったプラント11】っていう化物が入っているんだったら、そんな悠長なことは言ってられないでしょ!!」

 漸く現実に順応した桜木も必死の形相でそう叫びながら、全力で床を蹴って先に進んでいる。
 そうだった。
 なんて迂闊なんだ、俺!そんなことを考える前に、ソイツがこの通路に出てきたら大変な事になるじゃないか!!
 クソッ!どうなってるんだ、この通路は!?いったいどこまで続いてるんだ!
 とにかく今は、迫り来る水の恐怖に全力で走るしか術がないってのが現実問題。
 何時の間にか奥深くに入り込んでいた俺たちは無鉄砲にこのフロアの長い通路をありったけの力で 疾走 した。その俺たちの影は、床の水に足を取られながら何度も転がりそうな状況で走り続けている。 滑稽 で、まるで憐れな操り人形みたいな有り様に情けなくなる。
 既に床の水が脛にまで達しはじめたし、このままじゃ、じきに歩く事すら困難になるな…
 そんな不安を余所に後ろの方で水槽に激しく何かが当たる音と共に、ガラスの割れる音が響いてきた!!

「まさか、水槽を割りやがったんじゃねーだろうな!?」

 そう叫ぶ俺たちを照らす通路のライトが蛍光ライトから、いきなり赤いランプに切り替わるとストロボが光り始めた。

『耐圧ガラスに異常を感知しました!!これより当フロアのゲートを閉じる作業を行います。耐圧・・・』

 アナウンスが頭上を流れ、黄色の回転灯がけたたましく回り始める。

「ガラスが割れたんだ!!急げ、水が押し寄せてくるぞ!!!」

 突然の出来事に動揺する俺や桜木のシャツを引っ張って須藤が叫ぶ!!

「あ、あれっ!!」

 シャツを引っ張られながら桜木の指差す後方には、大量の水が 津波 のように押し寄せて来ているのがハッキリと見えた。

「冗談じゃねーぜ!!」

 水槽に貯水されていた大量の水が勢いを得て、行き場の無い通路を俺たちの方へと押し寄せて来ている。
 もう、ダメだ!!とみんなが思った瞬間だった。
 通路を遮るように降りたシャッターが水の流れを最小限に食い止める。
 完全な防水とまではいかなかったが、このフロアをたっぷり浸水させる水を一時的に塞き止めることはできたようだ。

「どうやら、緊急避難対策用のゲートが閉じ始めているようだな」

「ゲートが閉じるって事は、これで安心できるってことなの?」

「ああ、きっと緊急時のセキュリティが働いているようだから、少しは時間稼ぎができそうだ」

 桜木と須藤が会話している間にもそのゲートが一枚、また一枚と閉じていく…
 ってことはもしかして、このままだと俺たちはゲート同士に挟まれて身動きができなくなるんじゃないのか?
 …ってことは、おい。

「時間稼ぎなんて問題じゃねぇだろ?おいおい、どんどんシャッターが閉じてきてるぞッ!」

 その言葉に反応する前に、俺たち三人はまたしても駆け出していた。
 もしも扉に挟まれてしまえばこの逃げ場の無い通路で孤立されてしまう。
 それどころか仕切りが水圧で破られてしまえばそれだけでアウトだ。

「とにかく、この通路の最後まで走って行こう!!」

 もちろん、それ以外の方法があるわけではなかったから、その言葉に俺と桜木は頷くしかなかったんだ。
 ガァンッ!
 突然、後方で凄まじい轟音がした。
 今度はなんだって言うんだ!?
 走っていた俺たちは思わずつんのめりそうになりながら思わず振り返ると、カタカタと細かな振動に揺れる後方のシャッターが奇妙な具合に 歪 んでいるのが見えた。

「ありゃ、なんだ!?」

 思わず口をついて出た言葉に応えるヤツはいない。当たり前だ、こんな風にシャッターが歪むってことは、どこかに凄まじい力が加わって、何かがへしゃげた衝撃に因るものだってことが何となく理解できたからだ。

「これは…ヤバイぞ!佐鳥、桜木!いままで以上に全力で、それこそ死に物狂いで走るんだッ!!!」

 叫ぶように言った須藤の声に被さるようにして何かが遠くでガァンッとシャッターにぶち当たる音がした。振り返ることもできずに走り出した俺たちの後方で閉まりかけていたシャッターが勢いよく下りてきて、水飛沫を飛び散らせた。
 走る。
 衝撃音が追いかけてくる。
 シャッターが次々と閉まっていく。
 それでも防ぎきらない水が足元に縺れてうまい具合に走れないから、俺たちは命からがらで次々と迫ってくるシャッターと水から逃げ続けた。
 と。

「出口だ!」

 前を走る須藤の希望に満ちた声を聞きながら、俺はホッとして後一息を飲み込んで必死に走った。
 そして、最後のシャッターを潜り抜けたその時だった。

「きゃあッ!」

「!」

 なんてこった! 
 後方から追いかけて来る桜木が、水に足を取られて転んじまったんだ!

「桜木!」

「いやぁ!死にたくないッ!!」

 転んだ桜木は半狂乱になって自分の背中めがけて滑り落ちてくる他のものよりも頑丈なシャッターを肩越しに見上げながら、もがきながら必死で逃げようとしている。でも、半狂乱になって落ち着きを完全に見失った桜木にとってそれは、泳げない人が 闇雲 に何かを 掴 もうとするように、無駄な動きだけで一歩だって前に進めないし起き上がることさえできないでいる。

「さ、佐鳥くん!助けてぇッ!!」

 迫り来るシャッターの重い音。
 現実に目の前に迫っている鉄。
 蒼白よりも白くなった桜木の顔。
 絶望に見開かれた双眸―――…

「桜木!!!」

 背後で須藤の絶望したような絶叫が聞えた。
 取り乱した友人の声さえも耳元で鳴り響く耳鳴りに聞こえているのか、聞こえていないのかさえ定かじゃない一瞬。
 俺は条件反射で腕を伸ばしていた。
 桜木を押し潰そうと迫ってくる重いシャッターの轟音、どこかで何かがぶち当たる凄まじい音。
 時間がない!
 ああ、だけど…俺が伸ばした腕は、腕は桜木を掴み損ねる…わけがなかった!
 当たり前じゃねーか!!
 両手が触れたと思った瞬間に桜木の両腕に掛けた腕を思い切り引き寄せた。桜木の白くて細い両足が寸前で引き抜かれた場所に勢いよくシャッターが音を立て落ちてきた!
 ガァンッと何かがぶち当たる音が飲み込まれるようにして消えていく。
 重い鉄の扉は、驚愕だとか、安堵だとか、そんなものすらも感じないし思い出せないでいる俺の目の前で何事もなかったかのように佇んでいる。見開かれた両目だけが、何が起こったのかを物語っているみたいだった。
 静かになった薄暗い室内で息遣いだけが響き渡る。
 俺たち三人は無言で、未だに助かった事実を確認することもできずに座り込んでいた。