Act.7  -Vandal Affection-

 暗い回廊を突き進んでいた。
 日頃なら興味深い資料がゴロゴロと転がっている遺跡の中を、そんなものには目もくれずに、俺は一心不乱に最下層を目指して突き進んでいる。
 回廊が狭くなって急勾配を抜け、突然現れる階段を下に降りて行きながら、俺はレンジャーたちの死体を幾つも目にした。その度にいちいち立ち止まっては、肉塊になっているそいつらの首(?)らしきところにあるドッグタグを確認した。

(タユが見つからない。…あいつ、けっこう強そうだったから、生きてるかもしれないな)

 ほんの少し、希望めいた光が見えて、俺は嬉しくて小さく笑った。
 それに不意に気付いて、心底からホッとした。
 まだ、感情は生きてる。
 ドッグタグは4つに増えていた。あと、2枚。おっさんレンジャーの死体も見つかってないしな…
 タユ=キアージ。
 奴はどこか飄々とした印象があった。仲間内でも案外頼りにされているようだったし、銃の腕も良さそうだった。
 ヘンに気も利くし…いや、完全に俺の個人的見解なんだけどな!

「さて、行くか!」

 俺は弾の数を確認して、ライフルを肩に担ぎなおして立ちあがった。
 もうあと一息で最下層だ。
 なんたって、もう随分と深くまで降りてきているはずだ。息ができるのは、ここの何処からか酸素が供給されているんだろう。エジプトなんかだと密閉されていたりするけど、こと、このコンカトス半島に広く分布されている遺跡は酸素がきちんと供給される仕組みのものが多いんだ。 
 だから外部の熱気が入り込んでくるんだろう、ジメジメした暑さがもう嫌な臭いが染み込んでしまったTシャツをじっとりと汗で濡らしている。
 前髪も汗で張りついたままだ。
 そして俺は辿り着いた。最下層に。

「な、なんだこりゃあ…」

 出てきた言葉はそんなもんだった。
 遠い昔、まだ人類が言語を持ちだして間もない頃、神だと崇めていた神仏が両翼を広げ、両手を胸の前でクロスに組んで荘厳とした風情で立っている。その両脇に従うのは、彼の子供たちだ。
 なんてこった、博士も誰もいない。
 遺跡の中は気が遠くなるほど捜しまわった。奇妙な蝿のような化け物とだってやりあったし…弾だけは死んでいたレンジャーたちから手に入れていたからいいものの、もうどこを捜したらいいのか判らねーよ。
 絶望したようにその場にへたり込んだ俺の背後に、誰かが立った。その気配を感じて、俺はハッとしたように慌てて背後を振り返った。その時にはもう、ちゃんとライフルは構えている。

「佐鳥…」

「す、須藤!?」

 腰が抜けるほど驚いた俺の前で、須藤の奴は肩を激しく上下させながら、汗にびっしょりと濡れている前髪を拭いながら立っていた。

「お前どうしてここに…」

 ペンライトを当てると眩しそうに双眸を細め、生きてるんだと確認してからよくよく観察すると、その手には俺が渡した短銃がシッカリと握り締められている。こいつはこれを頼りにここまで来たって言うのか?

「佐鳥…みんなやられちまった。俺、一人で逃げ出して…」

 酷く負い目を負ったように俯いて震える須藤を見て、俺は辛くなった。仲間を見殺しにしたのか!?っと、怒鳴って殴りつけたかったけど、その気持ちは何となく判った。俺だって、元はと言えばアイツらを見殺しにしたようなもんだ。こうなるような気がしながら、俺はあそこを抜け出したんだ。

「佐鳥が殆どアイツらを殺しててくれたから、ここまではすんなり辿り着けたよ」

 震える息を吐いて、須藤は首を左右に振った。
 俺はそんな須藤に、本当は内心でホッとしていた。
 誰か生きている奴に会いたかったから、誰か、まともな奴と話したかったから。

「そうか…ここまで来たけど、見てくれよ。遺跡だけで、倉岳博士も三浦女史も、誰もいないんだ」

 肩を竦めて溜め息を吐く俺に、須藤は暫く渋い顔をしていたけど、思案するように彷徨わせていた視線を俺に向けて、躊躇うように口を開いた。

「佐鳥…実は俺たちは見つけてしまったんだ」

 やけに思いつめた双眸で、須藤の咽喉仏がゆっくりと上下する。
 それは、俺に1つの予感めいたものと、不安を覚えさせた。
 きっと、悪い予感は的中するんだ、とか、そんなことを考えながら、俺は暗く煌く須藤の双眸を見上げていた。

「な、何を見つけたんだよ?あの化け物の親玉か?」

 俺が恐る恐る聞くと、須藤の奴は視線を外して親指の爪を噛んだ。
 これはコイツの悪い癖で、何かに追い詰められたりすると良くこの癖をやらかすんだ。

「いや、まずはこれを見てくれ」

 思い切ったように顔を上げた須藤は俺の傍らを通り過ぎて、例の神像の足許に屈み込んで何かをしている。

「?」

 訝しく思いながら、俺も須藤の傍まで行ってその手許を覗き込んだ。

「あ!」

 思ったよりも大きな声で叫んでしまって、俺は慌てて片手で口を押さえたが、そんなことよりもこれは何なんだ?

「な?下に通じる階段だと思うだろ?」

「あ、ああ…」

 その、神像の足許にポッカリと口を開いた空間には、確かに下に続く階段がある。階段と言うよりも鉄でできている梯子は、明らかに新しい人工物だと判る。

「ここから、たぶん博士たちは下に逃げたんじゃないかと思うんだ」

「だろうな…よし。じゃあ、降りてみるか」

 俺は頷いて、どんな化け物が待ち受けてるのか判らないその空間に頭を突っ込んで、ペンライトで上と下を照らして見た。上の方はすぐに行き止まりだったが、下は長く続いているようだ。今のところ、化け物の気配はしない。まあ、下で口を開けて待たれていたらそれまでだけど…

「降りられそうだ。じゃあ、俺は先に行くけど、須藤はどうする?」

「もちろん、行くさ」

 慌てたように言う須藤に頷いて、俺は狭いそこに潜り込んで梯子を降りて行く。背中に回したライフルがカチャカチャと耳元で金属音を立てるが、さほど気にならなくなっていた。
 この暗い遺跡の中で、いったい何時間が過ぎたんだろう。
 完全に時間の感覚が麻痺していると思う。
 思ったよりも早い時点で足が床に着いた。…と言うことは、ここが終着点と言うワケか。

「ちょっと待ってろよ、須藤」

 上から降りて来ている須藤に声をかけて、狭いその場所に片膝を付いて屈み込むと、サヴァイバルナイフで床を叩いてみる。軽い金属音がして、ここが何かの鉄板らしきものの上であることを知った。
 どうやって開こうかと思案していると、図らずして取っ手があることに気付いた俺は、一人で照れながら躊躇わずにその取っ手を引き上げてみる。

「わっ、眩し…ッ」

 思わず目を瞑ったが、暫くして慣れてきた双眸を開いて俺は愕然とした。
 そこは、何かの施設の内部のようだったんだ。
 白い壁が続き、電灯の明かりが煌々と照らし出している通路。
 明らかに近代を思わせるリノリウムの床は、無駄のなさそうな施設には妙にマッチしていて、俺は呆然としたように天井から滑り落ちるようにして室内に降り立った。
 キョロキョロと、信じられないものでも見るような…いや、実際に信じられないものを目の当たりにした俺が周囲を見渡す背後から、同じように床に降り立った須藤も驚きで声が出ないようだった。

「こ、これはいったい…」

 その先が続かないのか、須藤は唖然としたように、奴にしては珍しくポカンッと口を開けた間抜け面で長く続く通路を見渡している。

「何かの研究施設なのかもな。あの化け物も、もしかしたらここで造られたのかもしれない」

「まさか!」

 幾らか平静を取り戻した俺がショックの抜けきらない声音でそう言うと、須藤は強めの口調で否定したが、ハッとしたような顔をして、何やら口の中で呟きながら俯いてしまった。おかしな奴だ。

「階上に化け物がいたってことは、もしかしたらここもやられてる可能性はあるよな?」

 冷静に考えれば当たり前のことだけど、その時の俺はやっぱり動転してたんだと思う。そう言って振り返った須藤は、やけに青褪めた表情をして頷いた。

「博士たちのことが気懸かりだ。佐鳥、早く捜そう」

「ああ」

 俺は頷いた。そうだ、こんな所で動転してる暇はないんだ。
 俺たちはそう言って背後を振り返った。振り返って目をむいた。
 そこにいたのは…白衣を着た、恐らくゾンビと呼ばれるモノだった。