4.泊まりに行ったら強制的に添い寝される  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 今日は興梠さんを従えた都築が何やら道具やら食材やらの一式を持って来たなーと思ってたら、いきなり「チーズフォンデュを食いたい」と言い出したので、この鍋やら何やらはどうやらチーズフォンデュを家で作るための一式だったようだ。
 とは言え、俺は洋食の知識はほぼゼロだから、どうしたらいいのかよく判らずにいると、初老のキツイ顔立ちをしているはずの興梠さんが、とても人の好い笑顔を浮かべて俺を見ていることに気付いたから、この人が準備するのかとちょっと驚いた。
 実は俺はチーズフォンデュというモノを食べたことがない。
 名前だけは聞いていたけれど、家でやってみよう!なんて勇気はクリスマスにだって起きてこなかったぐらいだ。
 興梠さんは実に手際よく準備を始めたけれど、説明を聞くうちに下準備ぐらいなら俺もできるかなって、狭いキッチンで大柄の興梠さんと並んで、俺史上初のチーズフォンデュ作成がスタートした。
 スタートしてみたものの、PS4で相変わらずモンスター狩りをしていた都築は、チーズフォンデュを作る興梠さんと、下準備をする俺がキャッキャウフフフしているのが面白くなかったのか、何もできないくせに監視するみたいにして「全部、興梠に任せておけばいいんだ」とか「何を笑ってるんだ」とかあれこれブツブツと口を挟んできて煩かった。黙ってモンスターを狩ってればいいのに。
 もう一つ煩わしいのは大柄な男に挟まれて身動き取れないのも問題だけど、興梠さんと同じぐらいの身長の都築が背後にべったりとくっ付いてきて腰を抱く動作だ。それでなくても狭いのにと苛々していたら、満面の笑みで同じぐらい苛々していたんだろう興梠さんが下準備の邪魔をする都築共々、あっちでゲームでもしてろとでも言わんとばかりの強さで俺たちをキッチンから押し出してしまった。
 ブロッコリーと里芋の塩茹で、プチトマトのボイル、ジャガイモは蒸して、マッシュルームは塩コショウでグリル、アスパラのベーコン巻きにバゲットはトースターでこんがりとガーリック風味でトースト、変わり種は昨日俺が仕込んで今日大学から帰って来てすぐに揚げた唐揚げ、それから定番らしいウィンナー。あとはデザートとか言って都築が自分で購入したらしいバナナとイチゴとモモがあったりする。オマケはリンゴだ。
 その下準備の整った食材を前に、興梠さん特製らしいチーズフォンデュが湯気をあげている。
 興梠さんが曰くには、白ワインに刻んだニンニク、胡椒やナツメグのスパイス、それからエメンタールチーズにグリュイエールチーズを投入する一般的なものに、彼個人的な隠し味が、サクランボから作られたと言う蒸留酒の『キルシュ』とコーンスターチをよく混ぜてチーズに加えると言うもので、「風味が良くなるんですよ」とのことらしい。
 キルシュってなんだ。何処にでも売ってんのかな。
 実に手際よく邪魔者(都築)を俺を餌に追い出してから作り上げたチーズフォンデュは、とても美味そうで、モンスター狩りを横で見ていろと言っていた都築も、出来上がりを待っていたのか、「腹が減った」と言って食卓を大人しく囲んだ。
 てっきり興梠さんも一緒に食べるんだろうと思っていたのに、彼は支度が終わると早々に俺んちのエプロンを外して…ってそう言えばこの人、真面目な面してスーツにエプロン姿で料理していたんだ。
 スーツは戦闘服なのかな?

「それでは、どうぞ楽しんでください。一葉様よりご連絡を頂き次第、後片付けに伺わせて頂きます」

 初めて会った時は人間を3人は殺しているような面構えだと思っていたのだけど、何度も(基本都築のせいで)顔を合わせてるうちに、こんな風に胡散臭い満面の笑みを浮かべてくれるようになったのは嬉しいけど、うん、やっぱり胡散臭い。
 深々と一礼してからサッサと部屋を後にする興梠さんを呼び止めなくなったのは、都築が毎回、彼の任務は此処までだから連絡するまでは自由にさせてやるんだと上から目線であんまり何度も言うから、都築家ルール発動だと思って声を掛けなくなった。
 でも、その方が興梠さんも気を遣わなくて良さそうなんで、まあ彼が良ければ問題ないんだけどね。

「でも、なんで突然チーズフォンデュなんだ?」

「…オレは野菜が嫌いだ。大嫌いなんだけど、チーズフォンデュでは食えるんだよ。最近、姫乃から野菜を食わなかったら罰金を徴収するって言われて、興梠に作らせることにしたんだ」

 姫乃と言うとひめのと読みがちだけど、正解はしのさんらしい。
 都築姫乃は都築家の長女で、面倒見の良いお姫様な外見をしている、何処か浮世離れした美人さんだ。一度、何かの用事だとかで大学に都築を迎えに来た時に見たんだけど、男女問わず、その美貌にうっとりしていたのは激しく印象に残ってる。
 目鼻立ちのハッキリしている都築と違い、どこかおっとりしている面立ちの印象は儚げで淡い感じなんだけど、ふとした時に思わずハッと目を惹く和風の美しさがあって凛としている、本当に日本のお姫様みたいな容姿の人だ。
 どうやら都築が言うには、最近、篠原飯でだいぶ野菜を取るようになったものの、実家に帰るとやっぱり自分の好きなモノしか食べない、つまり肉食しかしなかったせいで流石に弟の食生活に不安を覚えたらしく、興梠さんを監視人として罰金を設けることにしたようだ。

「マジで面倒臭いんだ。一食に必ず野菜を食う。食わなかったら月々の小遣いから10万引くんだとよ」

 親父さんが目に入れても痛くないほど溺愛している姫乃さんの指示とあっては、たとえ都築家のたった1人の王子様とは言え、お姫様には敵わないらしくぶうぶう文句を言いながらも興梠さん特製チーズフォンデュには目がないのか、満足そうにモリモリと口に運んでいる。
 10万となると俺にしてみたら死活問題になるけど、遣ったら遣った分だけ即座に入金されるキャッシュカード、それに一般人ではお目にかかったこともないパラジウムカードとその下のブラックカード、それからプラチナ、ゴールドと、4種類のカードは常に常備しているってんだから、10万引かれても痛くも痒くもないだろうに、所謂都築家の絶対君主が猫可愛がりに溺愛している(都築自身も大事にしている)姫乃さんの命令だから渋々でも従っているんだろう。
 以前、薬か何かで具合を悪くした都築を俺んちに連れてくる時、タクシーの支払いの時に都築がカード払いを要求して、どのカードを使えばいいのか迷っていたらゴールドにしておけと言われて支払ったんだけど、その時にどうして何枚もカードを持っているんだと聞いたら、パラジウムやブラックは巷では何でも買えると言われているけれど実際はそんなに使える場がないらしく、専ら普通に買い物する時は現金かゴールド、プラチナを使うんだそうだ。
 都築が言うにはカード会社と契約している店舗がどの部分までなら使えると細かく指定していることが多くて、特定のカード会社をOKしていてもその会社のブラックカードは使えませんなんてこともザラにあるらしい。
 お金持ちも意外と大変なんだなと思ったもんだ。

「あとは、お前の作る献立を姫乃に言ったら感心してたぞ。お前の食事を摂るとボーナスが貰える」

 余りある小遣いがあるくせにこれ以上ボーナスまで貰うのか。
 俺が呆れたように細いフォークみたいなもので刺しているブロッコリーを口にしながら肩を竦めると、都築はちょっと不機嫌そうにムッとした顔で唇を突き出した。

「何でも買っていいとは言われててもな、限度ってものがあるんだよ。たとえばマンションは上限がないけど、車は幾らまで…とか」

「そうなのか。それは不動産は増やしてもいいけど、動産は駄目だよって財産的な価値が基準とか?」

「あー、そうかもな。オレさ、車が好きなんだよ。今はウアイラに乗ってるけど、本当はヴェネーノも欲しかったんだ。けど、駄目なんだってさ。で、ボーナスが出ると好きな車を買えるようになるってワケ」

 ヴェネーノってなんだ。

「ふうん、なんかお金持ちも大変なんだな」

「今はウアイラでも満足してるから、もういいんだけど。だから、ボーナスは何に使おうか?」

 とろりとしたチーズが絡まる唐揚げが気に入った都築が嬉しそうに咀嚼しながら、何か最後の方で疑問符付きの質問をされたような気がしたけど、ウズラの卵もいける!とホクホクしている俺は華麗に無視していた。

「お前の好きなモノでいい。旅行なら行きたいところとか…そうだ、秋にフィンランドに行ってみないか?オレの母さんの故郷なんだけど、寒い冬に入る前の秋頃が一番綺麗で、ベリー系の露天なんかもあって楽しめると思うぞ」

「…」

 なんで俺がお前と旅行しないといけないんだ。
 お母さんの故郷なら家族で行ってくればいいだろうが。
 言いたいことは山ほどあるけど、あっついチーズフォンデュはこの時期にするべきものじゃないなと思いつつ、仏頂面には変わりなんだけど、クソ暑くても何処か楽しそうな都築を見て俺は溜め息を吐きながら肩を竦めてみせた。

「…都築の勝ち取ったボーナスなんだから、都築が好きに使えばいいよ」

「バカだな。やっぱりお前はバカだ。お前が料理するからオレはボーナスにありつけるんだぜ?謂わばこれはお前が勝ち取ったボーナスでもあるんだ。仲良く半分個が一番だろ。一緒にできることで考えようぜ」

 話だけなら気軽に友達と旅行しようぜ!と言った感じに聞こえなくもないが、そこは都築のことだ、国内旅行は論外、但し温泉は吝かじゃないらしい、なんだそれ。移動はプライベートジェットとウアイラ、都築は基本気に入った車以外乗らない主義らしい。あんな狭苦しい車内だと移動が苦痛になりそうだし、海外にも愛車を持っていくのか、それとも買うのか…価値観が違いすぎる。あと、部屋がスイートとかだったら激しく嫌だな。

「ハネムーンみたいな旅行ならお断りだ」

 全身拒絶の態度で全て要約して言ってみたら、都築は非常に嫌そうな顔をしてブロッコリーをトロトロのチーズに潜らせながら首を振って不快そうな目付きで見据えてくる。

「なんでオレとお前でハネムーンなんだよ。ただの旅行だろ」

「そうか、じゃあ国内旅行でいいよな?もちろん、移動もプライベートジェットやウアイラじゃないんだろ?ホテルはまさか、スイートなんかじゃないよね?」

 俺のニッコリ笑顔の問い掛けに、都築は見る間に不機嫌に磨きをかけて、それから言葉もなく日本酒を口にしてから何かブツブツと言っている。
 俺には口当たりの良いシャンパンを呑めと勧めるくせに、自分は焼酎か日本酒を呑むんだよな。明らかなハーフ顔をしているくせに、呑む酒はワインや洋酒じゃなくて焼酎や日本酒ってのも見た目を裏切る都築の変なところだと思う。それに強いしな。
 顔色も変えずに不機嫌そうなのは…やっぱりハネムーンみたいな旅行を考えてたんじゃねえか!

「フィンランド、サウナもあって楽しめると思うけど。プラベートジェットは考えてたかな…流石にウアイラは持っていかないけどさ。ホテルは…」

 ブツブツ言ってる内容はやっぱりお金持ちコースまっしぐらだった。猫だってビックリするほどの徹底ぶりじゃねえか。

「ホテルはオレの所有してる別荘を考えてた。ラップランドの森のなかにあるんだ。冬に行くのが一番だけど、秋もいいと思う」

 フィンランドなんて北欧デザインとかでしか耳にしたことがない国なのに、ラップランドとか言われても判らない。あとでググるか。

「都築さぁ、そんな簡単に他人を別荘とか招待して大丈夫なのか?」

 コイツは都築家の長男で都築グループの正当な跡取りだ。とは言え、俺には判らないお金持ちのイザコザとかもあるだろうし、こんな知り合って数週間しか経ってない人間を無闇に信じて別荘に招待するとか危機管理能力が低すぎるんじゃないか?
 あ、興梠さんがいるからいいのかな。

「それに俺、海外旅行ができるだけの貯金なんかないよ。国内旅行ぐらいなら大丈夫なんだけどさ」

 果物がチーズに合うなんて!!と、その感嘆たる味に頬を落としまくりながらチーズと苺の微妙な味わいに舌鼓を打って唇を尖らせると、都築はバナナをチーズに潜らせながら首を左右に振ってみせた。

「ラップランドの別荘はオレの隠れ家なんだ。誰にも言ったこともないし、招待したこともない。それに警護は厳重だ。だから2人で静かに過ごせると思う。費用は全部オレ持ちで構わない。ほら、ボーナスで行くから」

 何時も通り不機嫌な面で言う都築は、それでも少し嬉しそうだ。
 費用関係が解決できれば、俺が一緒に旅行に行くと思っているんだろう。
 まあ、別に一緒に来いってんなら行ってもいいんだけど…

「そうだなぁ、じゃあ、夏の終わりに計画でも立てようか」

「おう。時間に振り回されたくないから移動はプライベートジェットにするぞ。そこだけは譲らない」

 果物は好物なのか、バナナ、リンゴ、桃や苺を次々とチーズに潜らせながら、都築が仏頂面のまま嬉しそうに断固とした態度でキッパリと言い切るから、俺は何故か笑ってしまった。

□ ■ □ ■ □

 本日最後の講義が終わった後、構内を珍しく独りで暢気に歩いている都築を見掛けたから声をかけたら、思い切り不機嫌そうな面で見下されてしまった。

「…なんだよ」

 特に用事がないと言ったら殴られるんじゃないかと思う凶悪な面で見下ろしてくる都築に、どうして他のヤツには愛想よく笑うくせに俺にはそんな態度なんだ、一宿一飯の恩を忘れてるんじゃないだろうなと言いたいところをグッと堪えて、俺の身長より20センチぐらい上にある顔を見上げて口を開いた。

「お前、今日はヒマなのか?」

「? ヒマと言えばヒマだけど…」

「今日、バイトがなくなったからお前んちに行こうかと思うんだけど」

 ディバックを肩に下げる俺を驚いたようにシゲシゲと見下ろしてきていた都築は、すぐに頷いてポケットから車の鍵を取り出した。

「判った。じゃあ駐車場に行こう。オレと一緒に帰れば…」

 都築がそこまで言った時だった。

「え?なにそれ、ソイツも交えて3Pでもするつもり?」

 不意に大柄の都築の傍らから凄く綺麗な男が顔を覗かせて、あからさまに機嫌が悪そうな態度で唇を尖らせて抗議してきた。
 都築の身体の影に隠れていて気付かなかったけど、この綺麗な男は確か都築が前にウアイラの助手席に乗せていたヤツだ。

「あ、ごめん!先約があったんだな」

 なんか、もしかしたら都築は初めてお家訪問をする俺を優先するんじゃないかって、そんな自惚れたことを考えていたんだと思う。
 だから、断られるとか夢にも思わなかったんだろうな。

「ユキ…そうだったな。今日は駄目だ。ユキと一緒にいる約束をしてたから、また別の日だな」

 細い腰を抱き寄せて機嫌を取る都築に、ユキと呼ばれた男は途端に満足したようにご機嫌になって、それからヤツの腕に身体ごと絡まるように抱きつきながらフフンと何故か見くだされてしまう。
 まあ、そりゃそうだな。
 ただの友達より、恋人のほうが大事だよな。

「そっか。じゃ、それだけだから」

 バイバイと手を振って仲が良さそうな2人に別れを告げると、さて、今日は暇になったから柏木でも誘って映画でも行くかなと思って歩き出した途端、またしても何時かの再現のように腕を掴まれてしまった。

「…なんだよ」

 今度は俺が眉を寄せて振り返る番だ。

「お前、この後はどうするんだ?」

 そんなことお前には関係ないだろと喉元まで迫り上がっていた言葉を飲み込んで、俺は仕方なく胡乱な目付きの都築に答えてやる。答えなかったら、たぶん何時までもこのままの状態で、その綺麗で怖い面した兄ちゃんからずっと睨まれたままの居心地悪さを感じるぐらいなら、喜んで個人情報を手放すつもりだ。

「柏木を誘って映画に行こうかと思ってる。その後は、村さ来いで呑んで、それから泊まりかな」

「…ッ」

 久し振りに篠原の手料理食べたいってこの間、柏木からメールが来てたんだよな…と言ったところでどうやら都築が舌打ちしたみたいだった。
 不機嫌度マックスの都築の面が超怖いことは知っているけど、その上を行く仏頂面に息を呑む俺と都築を交互に見ていたユキってヤツが、ブスッと苛立ったように腕を組むと、自然が生み出した綺麗な形の唇を歪めて都築の服の裾を引っ張った。

「ちょっと、もういいんじゃない?ボク、お腹減ったんだけど!」

 何時も都築が腕に下げてる女とか男とかは、ヤツの機嫌が悪くなって相手にされなくなることを凄く怖がっているから、都築の好きにさせているもんなんだけど…なるほど、コイツが都築のお気に入りで大事にしているってヤツなんだな。
 だから思うように我儘を平気で言えるんだ。
 確かに、ハッとするほど綺麗で華奢で護りたくなるように可愛い男だけど…男なんだよな。都築が俺に自分の護りに入れとかってワケが判らないことを言ってたけど、それはこんなヤツに言う言葉なんじゃないかって思う。

「ほら、連れが怒ってるだろ。腕を放してくれよ」

 やんわりと気遣いながら…ってなんで俺が気を遣わないといけないんだと理不尽さに腹も立つけど、こんなところで喧嘩とかも嫌なんで、それでなくても注目を浴びているワケだから、掴んでいる腕に触れて言ってやったってのに、都築のヤツは不機嫌そうに眉を寄せてとんでもないことを言いやがったんだ。

「ユキとは飯を食ってからセックスするだけだし、家で待ってろよ。4時間ぐらいしたら迎えに行く」

 何を言ってるんだ、コイツは。

「はー?!今日は泊まるってボク言ったよね?ロブションでご飯食べて、スイートでお泊りだって!セックスだけして帰るって何いってんの??」

 ご立腹ご尤もなんだけど、そのご立腹の意味が判らないみたいにジロリと見下されたユキは、途端に少し怯んで、小動物みたいに震えたみたいだった。けれど、都築から気に入られてる自信があるからなのか、彼は小煩そうに無表情に見下ろしてくる不機嫌オーラを漂わせる恋人を見上げて行儀悪く指を突きつけながら言ったんだ。

「なに、その目。もう、今日は怒ったから一葉とは遊んであげない!ボク、他の人と遊ぶからねッ」

「…」

 何時もはご機嫌を取るみたいにイケメン面でにこやかに笑って宥め賺しているんだろう、今回もそのつもりだったユキはハラハラしている俺とは違い、踏ん反り返って腕を組んで都築を睨んでいる。
 あー…っと、なんと言おうかと悩むように頭を掻く都築の表情は、誰の目にもハッキリと判るほど興味もなさそうに適当な感じだった。
 だから、ユキは軽くショックを受けているみたいだ。

「その顔はなに?ボクを蔑ろにしてもいいの??」

 今度は縋るみたいに眉を顰めて泣き出しそうな表情を作ると、確かに遊び慣れた感じではあるものの、自分の容姿の見せ場を心得ていてすげえなぁと思ってしまう。

「ユキ」

 ニコッと都築が、俺には見せたこともない笑顔を浮かべて、そんな風に駄々を捏ねる可愛い恋人の腰を引き寄せると、やわらかな栗色の髪に軽く口吻ながら呟いた。

「アイツには借りがあるんだよ。だから今日は食事とセックスだけで我慢して。いい子に聞き分けてくれ」

 いやいやいやいや、貸しなんてないし!…なんて言おうものなら、その頭越しにギリッと睨み付けられるのは判っているから、俺はこちらを見据えてくる色素の薄い双眸から冷や汗を背中に浮かべながら素知らぬ顔で目線を逸らした。

「んもう!今日だけだからねッ」

 何なんだ、この三文芝居は。
 結局、恋人の急な予定変更に甘えて駄々を捏ねて、それに恋人らしくイチャイチャと宥め賺すなんて学芸会宛らのポンコツ劇に、どうして俺が付き合わされなきゃいけないんだと業腹だ。こんなことなら、気軽に都築んちに行くなんか言わなけりゃ良かった。

「別に俺は柏木と映画のほうが…いや、なんでもないです」

 いいなと言いかけてすぐに否定して視線を逸らせたのは、腕に上機嫌のユキをぶら下げた都築が、不機嫌マックスの双眸で間近に見据えながら「なんか言ったか?」と脅してきたからってワケじゃないと強がりを言っておく。

「4時間後に迎えに行くから待ってろよ」

 そう言い残して、今日のお相手の美人で可愛いユキを腕にぶら下げたまま、何処と無く機嫌の良さそうな都築が去っていく背中を見送りながら俺は溜め息を零していた。

□ ■ □ ■ □

 4時間きっかりで我が家に来た都築は、ユキとのお約束どおりスイートで存分に遊んできたのか、高級そうなソープの匂いをさせて不機嫌そうだ。

「都築さぁ、今回は俺が悪かったけど、恋人を寂しがらせちゃ駄目なんじゃないか?」

 勝手知ったる俺んちの都築は、ノックするよりも合鍵で勝手に入ってくると、もう我が物顔でベッドに腰掛けた。俺んちには椅子なんてお洒落なモノはないんだ。
 胡乱な目付きで見据えてくる都築を見て…なんかこの間は実験だなんだと言われてちょっと凹んだり絆されてたけど、そう言えば俺、別に都築に来てくださいってお願いして来てもらってるワケじゃないんだから、この部屋を気に入ろうと気に入らないとどうでもいいんじゃないかな。しかも今回だって勝手に睨まれてるけど、都築が来い来い煩いから都築の家に遊びに行くことにしたのに、それは俺の善意なのに、どうしてこんな気遣いをしないといけないんだ。
 勝手に押しかけてきて、寝る前まで、いや寝てる最中にだって耳許で「なんで来ないんだよ」とかブツブツ言われてたらそりゃノイローゼにだってなりそうだっての。

「ユキは恋人なんかじゃない」

 都合のいいセフレとかなのか。爛れてるな。

「恋人でもセフレでもなんでもいいよ。ただの友達…ってか友達なのか俺たち。まあ、それはいいとして、友達と天秤にかけたら可哀想だろ」

 この場合、普通はセフレよりも友達を優先するのがいいヤツってもんなのかな。
 俺の友達でセフレ持ちとかいないからよく判らないや。

「ユキのことなんてどうでもいい。それよりお前だ」

 腕を組んで不機嫌そうにブツブツ言っていた都築は、不意に腹立たしそうに俺を睨み据えて強い口調で言ったから、俺は「なんだよ」と唇を尖らせて不服そうに言い返してやった。

「予定が空いてるなら朝に言えよ。そうしたらオレも予定を入れなかった」

 最近はもうほぼ毎日泊まりに来てるから、朝の連絡なんてものをさせられてるってことは内緒だ。

「朝にって…バイト先からの連絡が昼過ぎだったんだよ」

 不機嫌と言うよりは怒っている都築は、俺の言葉に納得がいかないとでも言いたそうに鼻を鳴らしてさらに言い募りやがる。

「だったらメールでも電話でもできるだろう?!なんで連絡してこないんだっ」

 どうやら本気でご立腹のような都築に、俺は痛くなる蟀谷をどうしたものかと擦りながらやれやれと溜め息を吐いた。

「…お前、柏木や百目木とか、他のゼミの連中にもメールや電話してるじゃないか。どうしてオレにだけしてこないんだ」

「…」

 ムッツリと黙り込んでいると、埒が明かないとでも思ったのか都築は急に立ち上がって、それから大きな身体で覆い被さるようにして俺の両肩を掴むと覗き込んでくる。何ていうか、事と次第に因ってはただじゃおかないとでも言うような陰惨なオーラが出ていて、これは慎重に対応しないとヤバイかもしれないと真剣に思った。冗談でも、お前がウザいからなんて言うと、何をされるか判らない。そんな雰囲気だ。

「どうして黙ってるんだ?何か言えない理由とかあるんじゃないだろうな」

 怒りを纏わらせた濡れ光る獰猛そうな肉食獣さながらの双眸で睨み据える都築に、俺は呆れたようにその顔を見上げて掴んでいる腕をポンポンッと叩いてやった。

「連絡先もメルアドも知らないのに、どうして電話したりメールしたりできるってんだ?俺は超能力者じゃないぞ」

 俺の台詞に怒りを滲ませていた都築のヤツは、呆気に取られるほどポカンッとした間抜けな面になって、それから動揺したように見下ろしてくるから、思わず噴出しそうになった。

「…教えてなかったか?」

「聞いてないな」

 肩を竦めると、都築は掴んでいた手を離して、それから参ったと言うように額に離した手を持っていく。

「なんだ、そうか…でも、だったら何故聞いてこない?」

 ハッと気づいて、それから途端に胡乱な目付きになりやがるから、まさかメルアドや電話番号なんか教えようものなら、毎日みたいに連絡されるんじゃないかって懸念してたからなんて言えないし、妥当なところを言ってみることにした。

「俺が聞いてもいいかとか判らなかったから。なんか、都築の連絡先って希少度が高すぎて…」

 そもそも都築の連絡先には高値がついていて、一般の学生には目にすることも耳にすることもほぼ不可能と言うほど、下手したらツチノコレベルの希少性があったりする。そのことを、この男が知っているとは思えないけど…なんか知ってそうな気もしてきた。

「なんだそんなこと…」

 漸くいつもの不機嫌面に戻った都築は、座るなり我が物顔の俺のベッドに投げ出していたスマホを取り上げると、ほらほら早くとそれを振って赤外線で番号交換をするぞと迫ってくる。
 内心、嫌だな…と思いながらも、ここで断るとさっきの食い殺すような目付きで睨まれるだろうから、俺は溜め息を吐くとちゃぶ台に置いているスマホを掴んで、都築がご機嫌になるように赤外線で番号交換をしてしまった。
 明日から頭が痛い…かもしれない。

□ ■ □ ■ □

 都築にせっつかれるようにして自宅アパートを後にした俺たちは、都築が運転するウアイラに乗ってヤツの高級マンションに来ていた。
 ウアイラの感想…何と言うか、都築に対する評価として、ヤツが運転する車には絶対に乗らないって項目が新たに追加された気がする。
 楽しみにしていただけにその危険レベルを大幅に超えた超高速の世界では、人間はなんて弱く儚く脆いんだと変な妄想で吐きそうだし、ますます速度を上げるウアイラは次々と他の車をぶち抜いていくんだけど、ビビッて突っ込んでくるんじゃとか…つまり命の危険に晒された十数分でした。
 どんなカーチェイスだよ。
 いつもはこんなに飛ばさないとかなんとかブツブツご機嫌に言ってたけど、じゃあ何時もどおりの運転でお願いしますと泣きを入れたかった。
 駐車場に滑り込んだウアイラを待っていたかのように駐車場係り(?)みたいな男の人がその速さに驚きながら近付いてくると、都築は俺に早く降りるように促して、俺のお泊りセットが入っているバッグを奪い取るとふらふらの俺がモタモタ降りるのを待ちきれないと言うように手荷物みたいに抱えながら、キーを慌てふためく男の人に放り投げた。
 大理石造りなのかなんなのか、ともかく高級そうなエントランスを抜けるとどんな時でも冷静な判断とスマートな態度が定評らしい顔色ひとつ変えないプロ然としたコンシェルジュの挨拶を軽く流して、まるで超高級なホテルのロビーみたいだなぁと平凡な感想しか言えない俺を連れたままどうやら最上階直通のエレベータに乗ったようだ。
 都築の住んでいる部屋はタワーマンションの最上階で、その階全部が都築の部屋になっているみたいだった。
 玄関を入ると靴を収納する作り付けの棚が幾つかある。靴を脱いでお邪魔しますと上がり込むと、左手にリビングダイニングがあって、右手の扉を開くと主寝室と2つ目のベッドルームに続く廊下が延びている。右手の扉と左手のリビングに行くための中継の通路、つまり玄関を入った真正面に3つ目のベッドムールがあるんだと。
 と言うのが、俺を小脇に抱えて一目散にリビングダイニングに行きながら都築がしてくれた簡単な説明だった。
 下ろしてくれて自分の足で見て回りたかったんだけど、まだ目が回っているから取り敢えず豪奢な革張りのソファに下ろしてもらって助かった。
 都築は仏頂面のくせにちょっと嬉しそうにキッチンに向かったようで…って、キッチンにスライド式の扉が付いてる。すげえなぁ。

「お前の気分が良くなったら冷蔵庫の確認をしろ。それで、何か作ってくれ」

 流石に気を遣ってくれているのかミネラルウォーターのペットボトルを持って出てきた都築が、全く俺のことなんか考えていないような俺様な注文をしてくるから、俺は呆れたようにぽかんとするしかない。

「お前、ろぶなんとかで彼氏と飯を食べてきたんだろ?」

「彼氏じゃない。ユキとフレンチのコースをな。でも、お前の飯は別腹だしさ」

 差し出されたペットボトルの蓋を開けながら、甘いものを別腹と言う女子はいたが、普通の夕飯を食べておいてもう一度夕飯を摂るのが別腹って言うのは、ちょっと普通に聞いたことがないな。
 あれ?でも夕飯を食べた後の牛丼は別腹だとか言ってたヤツがいたような…

「…判った。じゃあ、何盛りぐらいいけるんだ?」

「何盛り?」

「腹の具合だよ。八分目とかあるけど、簡単に大盛りか中盛りか小盛りか」

 俺の言葉に納得したのか、クソだだっ広いリビングには黒の革張りのソファが幾つかあると言うのに、都築は俺の座っているソファの背にわざわざ凭れたままで頷いた。
 シックな部屋に似合った黒革張りのソファは、何処か退廃的で自堕落な都築を孤独に見せている…ような気がした。この広さならパーティーもするだろうけど、みんながいなくなった部屋で都築はホッとするのか、それとも寂しがるのか、判らないけど俺はこんな広い家を欲しいとは思わなかった。

「大盛りもいけるけど、今夜は中盛りぐらいでいい」

 大盛りもいけるのかと一瞬目を瞠ったが、フレンチのコースって品数は多いけど量は少ないのかな…フレンチのコースなんかお目にかかったことがないからよく判らんけど、中盛りでいけるなら時間もまだ早いし、冷蔵庫と相談だけどアレを作ってやるか。

「冷蔵庫を見てからだけど、今日はお子様ランチを作ってやるよ」

「マジか」

 不意に不機嫌がデフォルトの表情をそれでもキラキラさせて嬉しそうな都築を見上げて、まあ…これだけ凄い家なら、冷蔵庫の中に入って無いものなんてないに違いないし、ご期待通りのお子様ランチを作ってやろうと思った。

□ ■ □ ■ □

「だから、一緒には寝ないって言ったよな?」

 冷蔵庫には通いのハウスキーパーが文句ない品揃えを提供してくれていたので、それなりのなんちゃってお子様ランチを作ることができたし、チキンライスに日の丸の旗を立ててやった時は本気で喜んでいた。
 それで満足した都築は、食べ終わった食器を軽く水洗いして初めて触る最新の食器洗い乾燥機に恐る恐る入れている俺を問答無用で抱き上げると…って、どうやら都築は車から俺を降ろした時に俺の体重が思ったより軽いことに気付いたらしく、暴れられると面倒だと思う時は抱き上げることにしたようだ。迷惑な話なんだが。
 俺の意思は何処へ…と、たぶん眠っている時に突然主人から抱き上げられる猫はこんな気持ちになるんじゃないかなと思うような、どんよりした気分で思い切りうんざりしながら肩に担ぎ上げられた俺は都築の背中をドンドンッと叩いて抗議した。

「何してくれてんだ!」

「風呂に入ろうぜ。うちの風呂は広いんだ」

 嬉々とする都築に反して蒼褪める俺は、できれば風呂は朝に入りたいと泣きを入れて、都築はメチャクチャ不機嫌になったものの、ウアイラの暴走で結構ダメージを受けているんだろうと素直に応じてくれて、仕方ないなぁと肩に俺を担ぎ上げたまま何食わぬ顔で主寝室に連れ込んだ。連れ込まれての俺の台詞が冒頭のものである。

「一緒に風呂には入らないし、一緒にも寝ないって、そう言う条件でお前んちに来ることにしたよな?」

 そりゃすげえ広いキングサイズのベッドに放るようにして降ろされた俺は、まるで初夜の生娘みたいに…初夜って何だ、都築から見れば生娘ではあるけど。蒼褪めたままで大柄な都築を見上げて眉を怒らせると、都築は不機嫌そうに呆れたようで、お前は何を言ってるんだと肩を竦めてくれたりした。
 お前こそなんだ、その態度は。

「お前はのこのこウチに来たんだ。ここはオレの城だぞ。オレが一緒に寝ろと言ったら寝るんだ。否は言うな」

 …こう言うのが巷で話題の俺様野郎って言うのか?まあ、確かに都築ぐらいの長身のイケメンで実家が大富豪で、住んでいる場所もこんな豪奢なタワーマンションの最上階ともなれば、庶民の俺に対する態度としては俺様で結構なんだろうけど。

「じゃあ何か?お前が俺んちに来た時は、俺の城なんだから、お前を叩き出してもいいってことだな」

 ギシッとも軋まない最高の寝心地のベッドに突き倒されて寝転んでしまった俺に、覆い被さるように顔の両脇に腕を付いて覗き込んでくる都築は「うッ」と口篭ってしまう。
 喋りながら押し倒すとか、どんなスペックだよ。
 俺だったら喋るのに夢中で、相手をどうこうしようなんて少しも頭に浮かばないと思うから、やっぱり都築は性行為に長けてるんだろうなぁ…って童貞の独白だけど、じゃあ今の状況は思い切り貞操の危機なのか?!
 いや違う。貞操じゃない、安眠の危機だと思う。
 都築は俺のこと、思い切りタイプじゃないって言ってたしね。

「お、前が悪い!オレは今夜はユキを抱いて眠るはずだったんだ。それをお前がウチに来るって言うから予定が狂ったんだ。だからお前が責任を持ってオレと寝ないといけない」

「そっか、お前と恋人の時間を邪魔した俺が悪いのか。だったら、都築が嫌がる俺と添い寝したがったって仕方ないよな。今後、絶対にお前んちに行くって言わないって決めた」

 思いつく言い訳がそんなものだったとは言え、完全に拒絶する俺の台詞に理不尽な怒りを滲ませていた双眸は途端に動揺し、俺が本気で怒ってフンッと外方向くと、都築は視線を落ち着きなく彷徨わせたうえで、ハッとしたように言い繕った。

「判った、じゃあオレはお前とソフレになる」

「…は?」

 だから何で添い寝したくないって拒絶してる俺に、強制的に添い寝する仲にしようとしてんだよ。しかも一方的に。

「お前、さっき自分のことを友達なのかって心配してただろ?」

 いや、心配じゃない。この関係がなんだかよく判らなくてなんとなく理不尽な気がしていただけだ。でも、都築は俺の話なんか聞いちゃくれない。

「ただの友達ではないと思うんだ。もっと関係性をハッキリした方がお前が安心するなら、オレはソフレでいいと思う。だからソフレになる」

 何にしてもお前は上から目線なんだな、もういいけど。

「別に関係性なんかハッキリしなくてもいいけど…」

「じゃあ、何か?お前はただの友達のくせにほぼ毎日男を部屋に連れ込んで同じベッドで寝てるのか。チンコを尻に擦り付けられてもただの友達だから許してるって言うのか」

 俺たちの関係性云々よりだんだん話の方向性がおかしくなっている気がするんだけど。
 都築は唐突にぎゅうぎゅうと俺を抱き締めてきた。
 ダウンライトの燈る室内は仄暗くて、男女が密接に寄り添うならとても雰囲気があるんだろうけど、男2人で何をやってるんだ、俺たちは。
 都築は俺の抱き心地がいいから抱き枕になれと前に上から目線で言いやがったけど、断固として拒絶しても背後から抱き締められて何時も息苦しくて目が覚めてた。
 セックスする相手と添い寝する相手は別もんなんだろうとは思うけど、できればセックスする相手をそのまま抱き枕にしたら良いのにと思う。女の子や男と遊んだ後も律儀に俺の部屋に来て、もちろん勝手に鍵を開けて入ってくるワケだけど、わざわざお気に入りになった部屋着のスウェットに着替えて既に就寝している俺の傍らに潜り込んで来ては、安心したみたいに息を吐いて眠る。ほぼ毎日そんな有り様だ。

「ただの友達なら柏木や百目木ともこんな風に眠るのか?!そうじゃないだろ!オレだけだ。だったら、オレをソフレにしろ」

 随分と強引で身勝手な言い分だけど…でも、俺はきっと頷くと思う。
 結局アレだ。断固として拒絶しようが嫌がって逃げようが、結局眠って意識を失くしたら、起きてる都築のターンにしかならないワケだ。眠って意識がなければ、結局添い寝されようと背後から抱き締められようと、都築が言うように朝立ちの勃起を尻にゴリゴリと擦り付けられて、不愉快な気持ちで目覚めた時に初めて発覚して自分を恨めしく思うんだ。
 判っていれば、またかで終わるんじゃなかろうか。終わらないか。
 いずれにしてもここで断ったとしても、明日からまた都築は俺んちに来るし、来たら結局一緒に眠るんだ。
 なぜ俺が同意しないといけないのかは今でもよく判らないけど、その時の俺は何もかもどうでもいいような気持ちになっていて、それなら、都築が言うようにせめて何か形が欲しいと思ったのかもしれない。

「…判った。都築のソフレになるよ」

 でもたぶん、都築がちょっと必死っぽく見えたのが、なんとなく気分が良かったからかもしれないけど。
 都築は俺の了承をもの凄く喜んだ。顔付きは相変わらずの胡散臭い仏頂面ではあるものの、それと判るほどあからさまに喜んでいるようだった。
 そんなワケで俺、都築とソフレになりました。

□ ■ □ ■ □

●事例4:泊まりに行ったら強制的に添い寝される
 回答:突然、お前がウチに来るって言うからセフレを抱いて眠るつもりの予定が狂ったんだ。だからお前が責任を持ってオレと寝ないといけない
 結果と対策:そっか、お前と恋人の時間を邪魔した俺が悪いのか。だったら、嫌がる俺と都築が添い寝しようとしたって仕方ないよな。今後、絶対にお前んちに行くって言わないって決めた。