6.合コンに内緒で行っても必ずいる(帰り道で物騒なことをブツブツ言う。もちろん、お持ち帰りはできない)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築に顔射されてから数日が過ぎたある日、俺の心に深い闇を落としたあの一件で、都築のヤツも少しは反省していたら可愛げもあるけど、そんな感じは全くなしで、今日も面白おかしく可愛い女の子を引き連れて構内を闊歩してくださっている。
 しかも、週の殆どを我が家で過ごすと言うあの習慣、あれもあの一件で鳴りを潜めたかと言えば全くそうでもなく、平気な顔してベッドにごろんとだらけて普通にスマホなんか弄くってる。俺が夕飯の用意をしている横で。
 顔射なんか気にしてんのはお前だけだのスタイルを貫いてるワケなんだろうけど、前と少し違ってきたことがひとつある。
 何かと言うと、俺が他の人と親しく話したり、浮かれて笑ったり、弁当を忘れて誰かと昼飯に行ったりすると、気付いたら何時もいる。確かに俺に付き纏うとも言ったし、触るとも言っていたけど、俺が恋人を作る妨害をしますとはお前言ってなかっただろ!
 都築の方がさっさと恋人でも作りそうな勢いで、前にも増して男女ともに取っ替え引っ替えで、憂さ晴らしでもしてんのかよと華やかグループの梶村とかってイケメンから言われてたな。
 うざったそうに「そんなんじゃねえよ」と言って腰巾着みたいな連中を従えてどこかに消えるはずの都築は、俺が可愛い女の子と話していると決まってふらりと現れては会話に自然に入り込んでいて、気付いたら女の子の関心は都築にしか向いていない状態が作られている。そうすると都築のヤツは決まって、「あ、すまん。お前、狙ってたんだよなw」と若干プゲラしながら耳打ちしてくるから、やっぱり気付いたら蹴飛ばしていたりする。
 ただ、都築が異常に怒る時があって、女の子と話しててもそれほどまでには怒らないだろお前、って言いたくなるほどの殺気すら感じさせるどす黒いオーラに包まれる都築は正直言って怖い。
 俺と話す柏木や、ゼミの連中が蒼褪めるのも無理はない。

「都築さ…俺、恋人を作るよって言ったよね」

 同じ講義だからなのか、華やかグループから独り逸れて、素知らぬ顔で座っている都築の周りは女子がハンターの目で狙っているけど、女子の皆さん、邪魔臭そうな目付きで俺を見ないで。最初に座っていたのは俺なんだから…
 くそぅ…と不機嫌になりながら俺が言うと、面白くもなさそうに、そのくせ常に成績は上位クラスに食い込んでいる都築が落としていた参考書から目線を上げて、つまらなさそうに「そうだな」と頷いた。

「女の子を攫って行くのはデリカシーがないよね。俺、必死なのにさ。それに、解せないのはどうして野郎と話すのを徹底的に邪魔するんだ?おかげでレポートが思い切り捗らないんだけど」

 必死かよw…とは嗤わずに、都築は全く興味もなさそうな不機嫌面で背凭れに背中を預けた。そうすると、後ろに座っている女子が、都築の色素の薄いやわらかそうな髪にきゃーきゃー言ってる。
 髪だけできゃーきゃー言われるのか。そりゃ、余裕だろうな。

「お前とセックスする女なんだからオレが選んでやってるんだよ。オレがちょっと声掛けたぐらいで意識が削がれるなんて、お前のこと気にしてないってことだろ」

 フンッと鼻を鳴らして俺を見るのは、相変わらず視姦かよと言いたくなるほどジックリとだけど、至近距離からずっと見られ続けていた俺の神経はどうやら麻痺したみたいで、もう慣れちゃったよ。

「余計なお世話だ」

 たとえそれが本当のことだったとしても、お前に言われたくない。
 早いところ可愛い女の子を見つけて、都築とのこんなおかしな関係は清算したいんだ。

「それに男は駄目だ。アイツ等はオレがその気になっても股は開かない。それよりもお前の穴を狙うほうだって判ってるからな。だったら、やっぱり徹底的に見極めないと駄目だろ?」

「……朗報だ、都築。俺も連中も男には全く興味がない。可愛い女の子オンリーだ」

 思わずどんな思考回路をしているのかと都築の脳内を開いて見てみたい気もしたけど、実際に見たら、見てはいけない深い深淵を覗き込むことになりそうで頭を振った。
 どちらにしても、どうして俺が男に狙われるなんて荒唐無稽なことを考えついたりするんだろう。

「それはお前の思い込みかもしれないだろ?中には一度ぐらい男を抱いてみたいってヤツもいると思うぞ。オレの周りにいる連中も、全員男の経験あるしな」

 それは突っ込むほうなのか、突っ込まれるほうなのか…何と言うか、都築は完全に突っ込むほうだろうなぁ。こんな大柄な男を抱きたいってヤツもいるのかな。つーか、都築が突っ込ませるかな。
 ああ、気持ち悪い考えばっか浮かんできて…俺のいたいけな脳みそが、都築と華やかグループに汚染されていく。

「お前ってさ、やっぱつるんでる連中とも犯ってんのか?」

「佐野と梶村か?一度抱いてくれって言われた時に犯ったかな。でもあんま良くなかったから切った。今でもたまに言ってくるけど、もう断ってる。セックスなんて楽しくなけりゃ意味がないから」

 肩を竦める都築は鼻梁の高い横顔を見せながら、それでもキロリと目線だけは一瞬でも俺からはなそうとしない。
 綺麗だったり可愛かったり、およそ見た目のいい学生はほぼ食い散らかしてるくせに、どうしてそんなに俺に構うのか未だによく判らない。俺程度なんて本当に、そこかしこにうじゃうじゃいるぞ。
 そう言えば俺、都築のことって噂話程度しか知らないんだよなあ。
 噂話がほぼ本当だったって知った時は驚愕だったけども。

「都築っていつも犯るほうなのか?犯られたこともあんのか?」

「なんだ、今日はやけにオレに興味を持つな。好きにならないとか言って、本当はお前、お前こそがオレに惚れてるんじゃないだろうな」

 なんだか嫌な目付きをしてニヤニヤ笑う都築を、俺は冷めた目線で見返して肩なんか竦めてやる。

「惚れるかよ。天地が逆さになっても、太陽が西から昇ってもお前なんか好きになることはないから安心しろ」

 途端にムスッとして、都築は何かぶつぶつ言いながら俺を睨んできた。
 自分は俺なんかタイプじゃないとバッサリ切り捨ててるくせに、俺が同じことを言うとあからさまに不機嫌になって睨むとかおかしくないか。
 それとも何か、庶民はみんな御曹司の自分に惚れてないとおかしいとか、そんな電波なことを考えているワケじゃないだろうな。

「ふん。中1の時に一度抱かれそうになったけど、ソイツが下手だったんだろうな、あまりの痛みにキレちまって逆にソイツを犯ってたよ。それが男初体験」

 都築の男デビューとか聞いて何が楽しいんだ俺。
 途端にうんざりしてやっぱりもういいやって手を振って正面に向き直ると、都築は面白くなさそうに鼻を鳴らして、でもすぐに何やら思いついた!と閃いた顔でニヤニヤ笑って俺に耳打ちしてくる。

「残念ながらアナルはまだ処女よw」

 科を作る都築が気持ち悪くて嫌そうに顔を背けると、ヤツは自分でやっておきながら不機嫌そうに頭を掻いた。

「中1のときはお前より身長が低くて可愛かったんだぜ、オレは。お前が見たら一発で惚れてたと思う。ベビーフェイスだったしさ。そうしたら、お前の童貞はオレが食ってたかもな」

 フンッとさして面白くもないことなのに、都築は何を想像してるのか、ニヤニヤ笑って満更でもないような顔をしている。
 この年まで女の子と手を握るので精一杯の童貞だったのに、幾ら可愛いからって同性の男に手を出すまでのめり込むことなんてないに決まってる。って言うか、性的に疎かった当時の俺が、お前みたいに男を食うなんて芸当ができるわけないだろ。

「全然、有り難くない。でも、中学時代の可愛い都築には興味があるから、今度写真見せてよ」

 強がりで否定しておいて、でもやっぱり今のいけ好かない性欲魔人の変態御曹司には全く興味はなくても、可愛いと自己評価の自慢の写真は見てみたいよね。
 ハーフだから可愛いだろうとは予想がつくけども。

「…やだね」

 なぬ。なんかすげえ乗り気な会話してなかったか、今。
 ええ~と眉を寄せる俺を、何時ものように食い入るように見つめながら、都築のヤツは聞いてもないことをペロリと喋った。

「オレの童貞を食ったのは男初体験の相手、カテキョのセンセーだったんだ」

「成熟だろうなぁとは思ってたけど、ホント、都築って期待を裏切らないヤツだよな」

 可愛い都築は諦めることにして、その可愛い都築に(違った意味で)乗っかられた先生は泣きっ面に蜂だったんだろうなあ。
 可愛がるつもりが可愛がられるなんて…ご愁傷さまだ。

「それでも責任とって付き合ってたんだぜ。後にも先にも、誰かと付き合ったのはアレっきりかな」

 不意に、珍しく都築が俺から視線を引き剥がして頬杖をつきながら前を見た。前とは言っても、現実的に見ているのではなく、思いを馳せるために目線を外した…ってほうがしっくりくる。
 都築にとってその先生は、もしかしたら本気で好きになった人なんじゃないかと思う。今みたいに濃厚なくせに希薄な関係じゃなくて、都築なりに真剣にその先生のことを好きだったんだろう。だから、抱かれてもいいと思ったに違いない。
 その先生とは結局、別れてしまったんだろうか…いや、別れてるんだろうな。だから都築は誰とも真剣に恋愛せずに、もしかしたらその先生のことが忘れられないのかもしれない。
 そこで俺はふと気付く。

「あ、俺の腰が似てるってヤツ、その先生か?」

「はあ?全然違う。あの人は性的に擦れてたからな。結局は、ネコもタチも両方いけるひとだったしさ」

 都築は面白くもなさそうに、怪訝そうな目付きを俺に戻して、ジロジロと座っている俺の腰から頭の天辺、それから顔を見ながら「確かに腰は男のワリには細かったけど、お前ほどじゃない」とかなんとかブツブツ言った。
 まあ、都築にとってその人は今でも大事な人で、きっと忘れられない人なんだろう。
 性欲魔人で他人をモノのように扱う、変態御曹司だとばかり思っていたけど、そんな風に、恋心に揺れる儚い想いを抱いていた時代もコイツにあったんだなあとしみじみ感慨に耽っていた…けど、キレて抱いたんだっけか。
 その辺はやっぱり都築なんだな。この性格はほぼ昔からだったんだな。
 じゃあ、やっぱり俺は、可愛い都築でも当時は遠慮していたと思う、ってことは、面倒臭そうに講義を聞いている都築には口が裂けても言わないでおこうと思う。

□ ■ □ ■ □

「どーしてここに都築がいるんだよ?!」

「判んねえよ!俺だってアイツだけは絶対に呼ばねえよ。でも来てたんだよ!追い出すワケにいかねえだろうがッ」

 確かにご尤もな感じでキレている百目木に涙目になって、俺は正面に立膝で座ってハイボールを呑みながら、その場の女の子の殆どと談笑している都築を軽く睨んでいた。
 最近は滅多に行かない合コンに、誘われるままに積極的に参加するようにしてるってのに、気付くと必ず都築が来ている。呼ばれていないのに当たり前みたいな厚顔でもって、しかも支払いを気前よく全額持つもんだから、誰も文句言わないし、女の子は全員両目がハートで男は憧れみたいな目で見てやがる。毎回そう言う遣り取りを見る羽目になって、恋人のひとりも作ることができない。
 都築に恋人を作るぞ!と宣言してから、できる限り女の子との接点を持とうと大学で企むも、尽く都築に持っていかれるという悲劇に見舞われて、それが可哀想だと同情してくれた百目木が今回は都築に内緒で久し振りに誘ってくれたんだ。
 お持ち帰りまではできなくても、話が合えばそのままお付き合いに発展とか…だってさ、合コンって何も犯ることだけ目的にしてるワケじゃないだろ?男が欲しい女の子と女の子が欲しい男との出会いが目的なんだろ?だから都築みたいに、既に肉食系の女子と数件約束を取り付けてるのはおかしいと思う。
 いや、正しい行為か。畜生。

「都築が来たら合コンじゃねえもんな。都築を囲む会になるよな」

 俺の横の百目木が溜め息を吐いてビールを呷るのを、ほぼ同じ心境の俺も涙目で眺めていた。あんまり酒は得意じゃないから、百目木ほど豪快には呷れないけど、それなりに自棄酒ぐらいは楽しめるさ。ふん。
 だいたい、今度こそはコイツの顔を真正面で見ることはないだろうと思っていたのに、百目木の誘いだったから100%安心してたってのに…クソッ。
 ピロンッピロンッと、この合コン会場の居酒屋に来て、既に30通を超えるメールがまた届いた。

『あれ?カノジョ作るんじゃなかったのかw』

『ひとり回そーか?』

 女子や一部の男子とも和やかに談笑しながら、煙草を片手にスマホを弄っている都築を、やっぱり俺は恨めしそうに軽く睨んだ。
 都築に連絡先を教えてからというもの、1日余裕で200通を超えるメールが届くようになった。着信履歴もほぼ都築に埋められているけど、無視してもあんまり怒らないから放置してる。
 俺んちに来ない時とかは、華やかグループだとかそうじゃないグループ、ましてや女の子や男と遊んでるんだろ?!と思わず聞きたくなるほど、200~300通ぐらい他愛のない内容で送信してくる。
 一度、20通を超えたあたりで返信がないと電話口でこっ酷く怒られたけど、リア充のお前と違ってこっちは平凡な大学生なんだ、そんなに指先が動くか!と怒鳴り返したけど信じてもらえず、俺んちでゼミの仲間にチクチク返信しているのを見て漸く納得してもらったって経緯があるから、都築は思う様メールしてくる。俺の返信は10通から15通に一度ぐらいだけど、今はもう気にしてないみたいだ。
 でもこれはムカつくので返信する。

『よけいなお世話だ、バカ』

『バカとかうけるw』

 ピロンッとすぐに返信が来てやっぱり俺を怒らせる都築をチラッと見ると、こう言った席では何故か視姦してこない都築は、楽しげに会話しながらスマホの画面から目線を外さない。
 何をしに来てるんだ、お前は。

「女の子、全部都築くんに持ってかれちゃったね」

「あ、嵯峨野さん」

 スマホばっか見てないでちゃんと会話しろよとチクチク書いていた時、不意に隣から声がして、あれ?俺に話し掛けてんのかなと顔を上げたら、さっきまで女の子と話していた2人隣りに座っていたゼミの先輩が困ったように眉尻を下げて笑っていた。
 話していた女の子はと見ると、両目をハートにして都築の話に頻りに頷いている。ありゃ、話しは聞いてないな。

「そうですよね。こうなったら会費分は呑まなきゃ、やってらんないです」

 書きかけのメールをそのままにスマホを置くと、嵯峨野さんはおやっと眉を上げてみせた。

「さっきからメールがよく来てるみたいだけど。もしかして、彼女とか?」

「はは、彼女がいたら合コンとか来ません」

「あ、だよね~」

 お互い他愛ない話で笑いながらこの白けた合コンをなんとか乗り切ろうとしてるってのに、真正面からすげえ威圧的で高圧的な視線を感じるんだけど見ないことにする。
 ピロンッとまたメールが届いた。

『誰だよ、ソイツ』

 何時もは変な顔文字とか絵文字とか入れてくる都築のノーマルな文体に、ヤツが機嫌を悪くしていることに気付いた。いや、みんなには愛想が良いから誰も気付いてないみたいだけど、目付きもだいぶ宜しくないことになっている。

「あんまり話したコトなかったから、こうなったら篠原でもナンパしようかな」

 合コンに来て男友達を作るってのもアレだけどね、と軽く笑う嵯峨野さんの冗談に笑ってたら、またもやピロンピロンッとメールが立て続けに届く。
 嵯峨野さんに断って内容を確認したら…

『なんだよ、ソイツ。合コン来て男と話すなんかゲイなんじゃね?』

 とか。

『あんまりいい顔してやんなよ。勘違いするぞ』

 などなど、本当にどうでもいい下らないことばかり書いてくるから、俺は正面に座っている都築を軽く睨むと、閃いた!と思って返信を打ってやった。

『嵯峨野さんにナンパされちゃった。どうしよっかな☆』

 送信したらスマホから目線を外さずにハイボールを呑んでいた都築が、思わずと言った感じで激しく咳き込んだから、周りの女の子も男も驚いたように口々に「大丈夫?」と声をかけている。ふん、ざまあみろ。
 そもそも、嵯峨野さんを誰だとか聞いてんじゃねえ。お前の先輩でもあるだろうがよ。
 ホント、アイツたまに頭いいのにバカなんじゃないかと思う時がある。
 都築くん大丈夫かなと心配する優しい嵯峨野さんに、うん、多分殺しても復活しそうだから大丈夫じゃないかなと内心で吐き捨てながら、俺はこの居酒屋で名物だって言う唐揚げを口にした。
 本場唐揚げ天国の九州から上京してきている俺としては、名物と聞けばやっぱり食べておかないとな。
 ピロンッとメールが来て、もう復活したのかと恐る恐るその内容を見ると。

『ふうん、いいんじゃない?お持ち帰りしてもらえよ』

 冗談とも本気とも取れない内容に都築を盗み見ると、ヤツは唐揚げを口にしながら隣りの女の子に何やら耳打ちしてはクククッと笑っている。
 まあ、俺のことを言ってるワケじゃないだろうけど。
 ピロンッとまたメールが来て…アイツ、女の子と今話してたのに、いつ打ってるんだよと訝しみながらスマホの画面を見た。見て絶句する。

『ついでにソイツにもガンシャしてもらえば?』

 俺が思い出したくないと言って恥も外聞も捨てて泣いて怒ったことを、まるで冗談の延長線とでも言うように無神経に書いてくるのは、正直言って、少し傷付いたぞ。
 キュッと唇を噛んで俯いたけど、目線を上げた先で都築が食い入るように、若干涙目の俺を凝視していた。
 でも、俺はフイッと目線を外して、それから自分史上とびきりの笑顔で嵯峨野さんにコソッと耳打ちした。

「俺、もう酔っ払ったんで帰りたいんですけど、適当に言い訳ってしてもらえます?」

 内容はこんなモノだけど、コソコソと耳打ちしたら、なんだか悪乗りした嵯峨野さんもクスクスと笑ってヒソヒソと耳打ちで返してくれる。

「酒弱いの知られたくないんだろ?判る。女の子にはバレたくないよね」

 そうそうと頷いて、それからまたコソッと耳打ちで、じゃあ帰りますねと声を掛けると、嵯峨野さんは気を遣ってくれて、俺が出たら5分ぐらいしたらトイレに立つから、その時に急用の電話が来て帰ったって伝えておくよと言ってくれた。
 うう、いい人だな。嵯峨野さんって。

『そうする』

 都築には一言送信して、あとはもう振り返らずに荷物を持って、そのままコソッと部屋を後にした。
 都築は男女ともにギチギチに囲まれてるから、おいそれとは追って来られないことを計算済みで飛び出した居酒屋は、俺にしてはもう来たいとも思わない場所になった。
 悔しくてスマホを握ったままの手で泣きそうになる目を擦っていると、さっきからピロンピロンッと何通もメールが来ているみたいだったけど、どうせムカつくことしか書いてきてないんだから見るのも嫌だったけど、見なければ見ないで後でなんて言われるか判ったもんじゃないから、しぶしぶ表示して読んでみた。

『なんだよ、その顔』

『なにコソコソ話してんだよ』

『ゲイだろ、お前ら。気持ち悪いぞ』

『おい、メール見ろよ。こっち見ろ』

『は?そうするってなに、お持ち帰りされるのか?』

『なんで出ていってるんだ』

『冗談だろ、無視するな』

『トイレか?どこにいるんだよ』

『おい、アイツも今席を立ったぞ。マジなのか?』

『どこにいるんだ?』

 みたいなことが延々と届いている。
 何を慌ててるんだよ、コイツ。自分が唆したんじゃねえか。

『これからホテルに行くんだけど?なに焦ってんだ。お前のご期待に応えてやるよ。明日、ちゃんと結果を言うから、お前との関係はこれで終わりな』

 悔し紛れにそんなことを書いて送ってやった。
 すぐに返信が来るだろうと思ったけど、それからピタリとメールが来なくなった。
 どうやら俺が他のヤツのモノになるって知って、興味が一気に失せたんだろうな。変な執着をされてたからちょっとは困ってたけど…なんだ、さっさとこうしてりゃ良かった。
 そうしたらジックリ見られたり抱き着かれたり家に居座られたり、何よりあのクソ忌々しい顔射なんかされずにすんだのにさ。
 もう暗くなっているから車のヘッドライトが流れるような道路の脇にある歩道をとぼとぼ歩きながら、この季節だし電車代でも浮かすかなーと考えていた時だ。
 少し軽い感じのクラクションが注意を引いて、俺を含める周囲の人間がそっちを向いた…でも、俺は少し気付いていたと思う。
 エンジンの取り掛かりは軽い感じだけど、吹かすと低い重低音でスポーツカー特有のエグゾーストノートが響いていたから、誰が誰を呼び止めているのかすぐに判った。
 都内でこんな重い音を出す車に乗ってるのはアイツぐらいだろう。

「乗れ」

 ハイパーカーは、その力量を無視したようにノロノロと我が道を征く。後ろの車はクラクションも鳴らさずにスルーで追い越して行った。
 誰もがハッとするスポーツカーに都築の容姿が乗ってれば、振り返った人たちがみんな驚嘆と憧憬の入り混じった不思議な表情で見つめるなか、俺は窓から腕を出して偉そうな仕草で当然のように命令する傲岸不遜な都築をちら見しただけで、スタスタと帰宅の途を再開した。

「おい、何無視してんだよ。乗れ!」

 ウアイラのドアはガルウィングだからヒョイッと上がる。車道のほうが思い切り助手席なのに、ガードレールを乗り越えて、命を危険に晒しながら助手席のドアをヒョイッと開けて乗れって言うのか。大馬鹿野郎か。
 無視する俺の横顔を食い入るようにジックリと見上げてくる都築は、イライラしたようにガードレールすれすれをノロノロ走っている。

「…」

 それでも無視してたら、突然、癇癪でも起こしたようにクラクションが派手に掻き鳴らされた。
 ビックリしたのは歩行者もそうだが、走行中の車に乗車してる人も、何事が起こったのかと慌てたようにこちらを見るから…でも、俺はガードレールを越えなかった。
 都築が漸くその事実に気付いたようで、クラクションを力任せに叩きながら、ちょうど車道と歩道を区切るガードレールが途切れたところからウアイラを乗り上げたからだ。

「とっとと乗れ!!」

 都築の剣幕もさることながら、周りからの視線の痛さも十分ヤワなハートを縮み上がらせるから、俺は溜め息をひとつ零して、それから助手席まで行ってドアをヒョイッと上げてからウアイラに乗り込んだ。
 都築は俺がシートベルトを嵌めるのを確認もせずに、急スタートでスキール音を響かせて車道に躍り出ると周囲をさらにビビらせたみたいだ。
 そうだった、都築の運転するウアイラには二度と乗らないって決めてたのに。

「…どうして俺がここにいるって判ったんだよ」

 愛用のデイバッグを膝の上に置いて窓の外に流れる夜景を眺めながら、苛々している都築が何も言わないから口を開いた。
 実はあの繁華街から北…つまり今の反対方向に行った先がホテル街だから、都築がこっちを捜してくるとは思ってもみなかった。
 まあ、探すとも思わなかったんだけど。

「GPSだ」

「ふうん……え?スマホに勝手にアプリを入れたのか?」

 頷いて、それから俺はハタと気付く。
 まあ、都築はいつも俺んちに来ると、まずベッドにごろんしてから俺のスマホの履歴とかメールのチェックとかしてるから、その時にでもスパイアプリとかなんだとかを入れまくってるんだろう。俺、あんまりアプリとか見ないし、パズルゲームとかソリティアぐらいしかしないからなぁ。

「…アプリはモチロン入れてるけど、お前のデイバッグにも入れてる。トップスとボトムス、それから下着にも興梠に指示して超小型を取り付けた」

 どれを俺が穿くとか着るとか…ああ、そう言うことか。
 俺が大学かバイトに行っている間にでも全部に取り付けたんだろうな。
 下着か…そこまでは考えつかなかった。つうか、なかなか気持ち悪いな。

「お前自身にもピアス型を付けようと思ったけど、痛いの嫌がるだろ。だから仕方ない」

 奥歯とか皮膚の下に埋め込むのもいいんだけど…と都築はぶつぶつ言いながら、それでも俺がホテルに行かなかったことでほんの少し、機嫌を直したみたいだった。

「そこまでしてんのに、何を居酒屋で焦ってたんだよ」

「はあ?別に焦ってねえよ。確認する必要もないと思ってたからさ」

 とか言いながら、メールがダメなら平気でバイト中でもなんでもお構いなしに電話をしてくるヤツが、俺の傍らにいるかもしれない誰かの存在を意識するのが嫌で、面倒でもメール攻撃にしたんだろ。

「ホテルに行きそこねたな」

「……お前、本気であの男と寝るつもりだったのか。俺には男なんて絶対に好きにならない、都築なんか絶対に好きにならないとか言っててさ」

 ポツリと窓の外の夜景を見ながら呟いたら、都築は酷く嫌そうな嫌悪感丸出しの顔付きをして、運転に集中しながらもちらちらと俺のことを気にしてるみたいだ。

「寝るわけないだろ。顔射だよ顔射!あんなクソつまんないこと、他のヤツにもやらせたら、お前の拘りがなくなるんじゃないかと思ってさ」

「そんなワケねえだろ!」

 不意にガツンと速度が上がってビビる俺に向かって、都築はそれこそ暗雲たらしめる嵐に巻き込まれて散々な目にあった人みたいな、腹の底からくる怒りにどうしたらいいのか自分自身でも判らない、なんだかバラバラの感情に苛まれたような、手っ取り早く言うとメチャクチャ怒ってて、走行中だと言うのに俺を睨み付けてきた。
 やめて、死にたくない!

「他のヤツにやらせるならオレだっていいはずだ。じゃあ、オレでいいじゃねえか。なんであんなに怒ったんだよッ。バカじゃねえのか」

「じ、冗談に決まってるだろッ!お前があんな嫌味な返信を寄越すから、意地悪したくなっただけだよッッ」

 それよりもともかく前を見ろ!
 俺の悲痛な訴えに漸く溜飲を下げたのか、都築は大人しく前を見て運転を再開したけど、怒りの炎はまだ治まっていないみたいだ。

「お前は二度と他のヤツにやらせようとか思うなよ」

 はいはい、もうこんなにおっかないんなら意地悪なんかしないよ。

「じゃあ、もう二度と、お前もあんな嫌味なメールは寄越すな。もし寄越したら今度は意地悪しないで着拒するからな」

 ぶうぶう怒ってるのは俺だってそうなんだから、プッと頬を膨らませてわざと怒ってるアピールしたら、都築のヤツはそんな俺をチラッと見てから、不機嫌そうに眉根を寄せてブツブツと「クソッ!忌々しいな。いっそのことチンコでも喰い千切ってやろうか。復元できねえように咀嚼して喰ってやろうか」とかなんとか変なことばっかぶつくさ呟いているけど、実際に着拒したところで、その日の夜に何事もなかったみたいに俺んちに来て、それからベッドにごろんして俺のスマホを弄り倒すんだから意味はないんだろうけど。
 でもやっぱり、少しぐらいは威嚇も必要である。
 俺んちに帰る気もマンションに戻る気も起きないのか、都築はウアイラを心ゆくまで走らせて夜のドライブを楽しんでいるみたいだ。

「よし、ホテルに行きそこねたって拗ねてるみたいだから、オレの定宿に連れてってやろう」

 仏頂面はいつものデフォルトの都築だから、どうやら機嫌が直ったんだろう、それどころか上機嫌でそんな気持ち悪い提案をしてきた。
 定宿ってことは男女ともなく連れ込んでエッチする宿なんだろ。そんなラブホまがいなところになんか行きたくないっての。
 あ、でも俺もラブホに行きそこねたって言ったんだったか…ヤバイ。

「ホテルなんか行かなくていい。家に帰りたい…それより都築さ、合コンなんか暇人の下らないお遊びだとか豪語してたのに、どうして最近よく来るようになったんだ?みんな嬉しそうだけど不思議そうにしてたぞ」

 ホテルを断固として拒否る俺に、あの男とは行くような冗談が言えるくせに、どうしてオレとホテルに行くのは嫌がるんだよと不機嫌に怒りを滲ませたオーラの都築に言い募ると、ヤツは少し考えていたようだけど、憤懣やる方なさそうに吐き捨てた。

「お前みたいなお子ちゃまが肉食女どもがうじゃうじゃいる合コンに独りで行ってみろ、あっと言う間に食い散らかされるに決まってる。お前をガードするためだろうが。そもそも、お前がセックスする相手はオレが吟味して決めてやるって言ってんだろ」

 …そっか、お子ちゃまの俺が悪いのか。だったら、都築が尽く合コンの邪魔をしても仕方ないんだよな。今後、俺が参加する合コンの情報は一切漏らさないように徹底的に根回しするって決めた。
 都築のお目に叶うヤツなんて、この地球上にいるのかな。
 たぶん当分の間、俺は童貞なんだろうなと覚悟した。

□ ■ □ ■ □

●事例6:合コンに内緒で行っても必ずいる(帰り道で物騒なことをブツブツ言う。もちろん、お持ち帰りはできない)
 回答:お前みたいなお子ちゃまが肉食女どもがうじゃうじゃいる合コンに独りで行ってみろ、あっと言う間に食い散らかされるに決まってる。お前をガードするためだろうが。
 結果と対策:そっか、お子ちゃまの俺が悪いのか。だったら、都築が尽く合コンの邪魔をしても仕方ないんだよな。今後、俺が参加する合コンの情報は一切漏らさないように徹底的に根回しするって決めた。