10.勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「フィギュアを作った?スケート??」

『バカか。人形だよ、ヲタが得意がって偉そうだから、じゃあこうこうこう言うのを作ってみろ。金に糸目はつけんって言ったら、昨日届いた。なかなかの出来栄えだったからお前にも見せてやる。だから、今夜はうちに来い』

 都築は華やかな外見からは想像ができないぐらい、ありとあらゆる種類や人種の友人がいるらしい。友達いなさそうって思っていたけど、俺に対してだけは酷かったり、俺の感情の機微には疎かったりするくせに、他の人や物事には比較的さっぱりした性格だからか、相手にするりと入り込んで、何時の間にか人脈を作りまくっているみたいだ。
 そう言えばコイツ、ぶつぶつ言いながらもモンスター狩りしてたしな。ヲタ仲間ってのか、あの中の誰かなんだろうか。
 都築は先生を見限ってから、大学で新たな経営学をひとつ追加したらしく、忙しそうにしていたから、今日の電話は2日ぶりぐらいだった。
 そう言えば…怖くて聞けないけど、先生はその後、どうなったんだろう…いや、聞かないほうが良いよな。

「判った。じゃあ、今日はまっすぐに都築んちに行くよ」

『おう』

 ゴクリと息を呑むようにして先生には悪いけど目を瞑ることにした俺の耳には、自分が言いたいことだけいうと都築はサッサと電話を切ったのか虚しく通話切れの音が響いた。
 ちょっと待て、何か持って行ったほうがいいかとか聞きたかったのに…癪だから俺からは掛けてやらないって思っていたけど、折角バイトの帰り道だし、何か必要なら買って行ったほうがいいよな。
 飲み物とか菓子の類いは、あの綺麗なハウスキーパーの塚森さんが用意してくれるはずだろうし…ハウスキーパーか。
 ハウスキーパー=嫁なら、塚森さんが正妻で、俺は愛人か。
 やっぱり、気持ち悪いな。
 溜め息を吐きながらタップしたら、何度目かのコールで鬱陶しそうな雰囲気の都築の声がしたから、用件も言わずに切りそうになってしまった。

『…なんだよ?』

 まだ、何かあるのか?と言う不機嫌な声の向こうで、圧し殺したような誰かの細やかな喘ぎ声がして、ああ、コイツまた誰かと犯ってたのかって思ったら、親切心が萎えそうになった。
 声からしてユキかな。いや、塚森さんか。
 まあ、気持ち悪いからどうでもいいけど。

「取り込み中に悪いんだけど、買っていくものとかある?あと、これから行こうと思ったけどやめた方がいいか?1時間後ぐらいがいいか、それとも今日はもう行かないほうが…」

『来い。今からでいい、もう終わる。あと、何か買いたいならゴムでも買ってこい』

 ピッと電話を切った。
 何がゴムでも買ってこいだよ、なに考えてんだアイツ。
 俺のことを使いっ走りぐらいにしか考えてないんだろうけど、それにしたってゴムってのはなんだ。
 畜生、モテてます宣言かよ。
 途端に都築がこの前言った、俺の未来予想図が脳裏を過って、ギリギリッと奥歯を噛み締めてしまった。どうして俺、アイツのところに素直に行こうとしてんだろ。
 友達でもなさそうな発言もバンバンされるし、土下座とか、両親まで甚振られてんのに、どうして都築の言葉なんかに従ってるんだ。
 …このまま行くのやめようかな。だってさ、絶対に今から行ったら事後の都築と塚森さんのいちゃいちゃタイムにぶち当たるんだよな。前にも何度かぶち当たって、控え目ながら塚森さんから迷惑そうな顔をされたっけ。
 着信を無視していたらピロンッと受信を告げる音がして、俺は物思いから浮上して、うんざりしたように都築からのメールを開いた。

『なに無視してんだ。ちゃんと来いよ。ゴムは買ってこなくてもいいから』

『生きたくないです』

 あ、しまった。誤変換のまま送ってしまったメールに、ピロンピロンッとすぐに何通かのメールの受信を報せるから、アイツ、セックスの最中にメールしてんのかと溜め息を吐きそうになった。
 やっぱり、今から行きたくない。塚森さんの控え目な批難がましい目を見たくない。なんで俺がこんな思いをしないといけないんだ。
 都築が何を書いて寄越しているか判るので、メールは見ないまま、残り十数分の道のりをゆっくりと歩いて行くことにした。
 だいたい、俺が地味メングループに所属してるからって、フィギュアって言えば喜んで遊びに来ると思っているところがムカつく。
 アイツが依頼したフィギュアってことは、どうせエロフィギュアに決まってるんだ。おおかた、化け物じみた胸のおねえちゃんとかじゃなくて、リアルな感じでマ●コとか造ってんじゃないかな。で、それを俺に見せて恥ずかしがるのを、ニヤニヤしながら視姦するんだよ。アイツは絶対にそう言うヤツだ。
 そうこうしている間に凶悪なほど高級感あふれる都築んちのマンションに着いてしまって、全く煌びやかな空間に浮きまくりの俺はこのまま回れ右がしたいのに、顔馴染みと言うか、都築がコイツが来たら絶対に逃さずに部屋に寄越せと青褪めるコンシェルジュに言い聞かせているせいで、そんな犯罪的なことしてくれるワケないだろっとプゲラしていた俺は、半ば拉致される勢いで最上階直通のエレベータに叩き込まれて、「ああ、金持ちには、いや都築には誰も逆らえないんだな」とたった今も思い知らされた。
 最上階に到着すると都築の部屋しかないから、あの日、都築が投げ付けて、そのまま俺の掌の中に残ってしまった可愛らしい月と星のキーホルダーが付いた合鍵で玄関を開けた。
 相変わらず、右手に主寝室に続くプライベートエリア、左手がリビングなどのパブリックエリアになっているんだけど、さてどっちに行くかな。
 決まってる、主寝室でイチャイチャしてる都築と塚森さんなんか見ても面白くもおかしくもないし、リビングに行ったほうが美味しいお菓子ぐらいはあって、腹の足しにはなるだろうって瞬時に判断して靴を脱ごうとしたら、リビングの扉が開いてヒョコッと都築が顔を覗かせた。

「来たな。おい、さっきの生きたくないってなんだよ?何かバイト先で犯られたのか?!」

 ソイツ、ぶっ殺してやるぐらいの勢いで歩いてきた都築に、犬か猫のように抱き上げられてうんざりした。
 どうして生きたくないで犯されてる方向性になってるんだ。お前の頭の中じゃ、俺は常に男に付け狙われていて、尻に何かを突っ込まれてんのかよ。ホント、気持ち悪いな。

「打ち間違いだよ」

「ふうん?…じゃあ、来たくなかったのかよ」

「ああ、だって他人がエッチしてるところに乱入したいほど、俺、お前らに興味ないもん」

「…ち。まあ、いいや。ほら来いよ」

 都築は俺の言葉に忌々しそうに舌打ちしたけど、肩を竦めてから、そのまま俺を肩に担いだままで主寝室に続くドアを開いた。
 なるほど、恐らくリビングには事後で気怠い顔をした塚森さんがいるんだろう。俺がフィギュアを見てる間に、帰ってくれないかな…

「そう言えば、フィギュアってどんなのだ?美少女系か?それともリアル系??」

「見てからのお楽しみだ。でも、なかなかうまく出来てるんだ。箱を開けてビックリしたよ」

「へえ、都築でも驚くことがあるんだな」

「まあ、見てみろ。感動するから」

「感動?」

 エロフィギュアに感動なんかあるかよ…いや待てよ、クオリティの高いエロフィギュアが、都築の寝室に所狭しと飾られてたらどうしよう。都築のセフレたちは何かのプレイかと思って気にもしないだろうけど、抱き枕にされる俺はキツイ。
 泊まりに来る度にそんなフィギュアのアヘ顔を見せられたらたまったもんじゃない。
 主寝室の前で廊下に降ろされた俺の背中を押して、促されるままに足を踏み入れた俺は、真っ暗な室内に首を傾げた。

「都築、何も見えない」

 言った途端に電気がパッと点いて、途方もない数のフィギュアを目の当たりにさせられると思って警戒していたのに、実際には何もない何時も通りの都築の寝室だった。
 若干、例のニオイがしてるから、ああ、そっかセックス後の部屋だったんだと嫌気がさしたとき、ベッドに掛けられているシーツの中央がこんもりしていることに気付いた。なんだよ、まだ塚森さんがいるんじゃねえかと眉を顰めていたら、都築が嬉しそうな仏頂面でそのシーツを引き剥がした。
 …。
 ……。
 ………。
 固まること1分ほど、言葉も出なかった。
 何がフィギュアだ。

「これ、ダッチワイフじゃねえか!しかも俺ってなんだよ?!」

 ガクッと跪きそうになりながら、スケスケのエロ下着、ピンク色のベビードールを僅かに乱れさせて横たわる、等身大の俺が辛そうに眉を顰めて瞼を閉じているさまに項垂れてしまった。
 自分で自分を見下ろす恐怖と不気味さを誰か判るだろうか。
 少なくとも、都築は判っていないみたいだ。

「コイツ、凄いんだぞ。表情筋が動いて声がでるんだよ。もちろん人形だから腕や足は自動じゃ動かないけど、関節はほぼ人間と同じだから、どんな体位でも試せるんだぜ。局部や性感帯にセンサーが入っているから、そこをイジっていると自然と体温が上がって、表情が出てくる。それで喘ぎ声も出るんだから、本人と犯ってるみたいだ」

 事細かに説明しながら、都築はベルトを緩めると、ジーンズのジッパーを下ろして凶悪なチンコなんか掴みだすから、おま、お前何してくれようとしてんだ!

「やや、やめろよッッ!俺に触るなよッ」

「はあ?これただの人形だぞ。実際に見せてやるから大人しくそこで見てろって。顔に近付いてじっくり観察しろよ」

 引き剥がそうとする俺を片手で振り払った都築は、横たわる俺の両足を遠慮なく抱えあげて、薄い陰毛からくたりと垂れているチンコの下、睾丸を押し上げるようにしてチンコで探った先にある、まだぬらぬらと濡れたような、よく見ると白濁としたモノが溢れて内腿を汚している、その溢れている場所…

「お前、俺が来る前に犯ってたのってまさか…」

「ああ、コイツを試してた。昨日、届いてからずっと抱いてる。面白いし、飽きないな。ラブドールなんて冗談じゃないと思っていたけど、案外、人肌に温もるし悪くないよ」

 ぐはッ!

「コイツはさ、モードが選択出るんだよ。イチャラブ・モード、ツンデレ・モード、それからレイプ・モードな。顔の表情が嫌そうだろ?今はレイプ・モードを試してたところだ。音声のために一週間分の声が必要だったけど、お前の場合、すぐに用意ができたから問題なかった」

 いや、大問題だろ。

『…やっ、いやだ!い、入れるなッッ』

 愕然とする俺の前で何度か瞬きをした人形の俺は、それからすぐに表情を強張らせて都築を見ているみたいだった。
 すげえ、腕とか動かせないだけで、顔だけ見てると本当に嫌がってるのがよく判るし、本気で拒絶してる。その声が…俺だ、これ。
 若干、くぐもった音声っぽくはあるけど、気にしなければ俺の声そのものだ。
 気持ち悪い。

『あ、あ!…いやだぁぁぁッッ!!』

 絶叫するように声が迸ったのは、都築がグイッと子どもの腕ほどもありそうな逸物を一気に挿入したからだ。そりゃ、嫌だ。
 実際に自分が挿れられたような気になって、痛々しさに眉を寄せて瞼を閉じた俺の耳に、冷静に解説する都築の声が不思議な響きで入り込んできた。

「挿入のタイミングで色んな拒絶の言葉があるんだ。今のは一気に挿れられた時の絶叫な。で、今度は…」

 腰を僅かに引いてずるり…と引き抜くけど全部抜けきる前に一旦留めると、腰を器用にクイクイっと動かして、入口(出口だろ)あたりを擦っているみたいだ。

『あ、ああ、ぅあ!……やだ、都築、お願いだからやめろッ。そこは、いや、だッ!あ、ああ……んぅッ』

「な?浅いところを擦ってやると、オレの名前を呼んで拒絶するくせに、感じてんだぜ。ウケる。あ、ほら体温が上がってきた。気持ちいいぞ」

 ベビードールの裾を大胆に捲りあげると、ふっつりと勃ちあがっている乳首を親指の先で押し潰すように弄って、都築はハッハッと息を漏らしながら腰を動かして嬉しそうにしている。
 乳首にしろチンコとか陰毛とか…すげえ、忠実に再現されてる。さすが、視姦さながらに風呂場を覗いていただけはある。これが目的だったんじゃないだろうな。

「結局、レイプ・モードでも犯し続けていると感じるようになるんだ。涙までは出ないけど、頬のあたりが赤くなってくるぞ…なんだ、お前のほうが感じてるみたいだな」

 クスッと笑った気配がして、俺は俺の顔からギクシャクと目を逸らして都築の視線から逃れようとしたけど、耳から首筋までを真っ赤にしてしまっていては本末転倒だ。

「じっくり見ろよ。お前が男に犯されてる有り得ないシチュエーションだぞ。男なんか好きにならないんだろ?そうだったんだろ?」

 小馬鹿にしたように言っているくせに、興奮して快楽に目尻を染めている都築は息を荒げたまま、ふと乳首を弄んでいた片手を伸ばして、それからどんな反応をしていいのか判らない目線を泳がせたまま真っ赤になっている俺の後頭部を捉えると、グイッと引き寄せて、欲情と抑え切れない切望のようなものを滲ませた色素の薄い双眸で俺の視線を絡め取ってくる。

「つ、都築…いやだ…」

 俺をジックリと視姦しながら、俺そのモノの人形を抱く都築は、俺の頬に唇を寄せてキスをして、それから息を荒げながらむずがるように嫌がる俺の首筋に舌を這わせた。
 不意にゾクリとした。気付けば反応している自分自身の状態がよく判らなくて、自分がレイプされているシーンを見て反応するとか、長いこと都築と一緒にいたばっかりに、とうとう俺まで爛れてしまったのかと泣きたくなった。

「お前の匂い…すげえな。まるでお前を犯してるみたいだ」

 都築は唇を舐めた後、俺の首筋を気に入ったみたいに鼻先を擦り付けながら、腰を打ち付ける音を響かせる。『あ、あぅ…ああん…キモチ、きもちいい…ッ』なんて有り得ない声で喘いでいる人形の顔を見ることもなく、ただただ、一心に俺を見つめているようで、ああ、俺こんなとこで人生最大の過ちを犯してしまうのでは…と奇妙な覚悟を決めた時だった。

「いってッ!痛いってばッ!!何すんだ、バカ都築ッッ」

 もう少しでイッてしまうと言う人生最大の過ちを犯しそうになっていた俺は、都築のヤツが極める際にまるで猛獣みたいにガブリと食いつきやがった首筋の痛みで俄に現実に引き戻されていた。良かった!
 思い切り突き飛ばして首筋を押さえたまま怒りと痛みで涙目のまま仁王立ちする俺を、人形の中にビュクッビュッと勢いよく吐き出したらしい都築は、粘る糸を引くチンコを引き抜きながら呆気に取られたように呆然と俺を見据えてくる。

「…痛い?だってお前、もう慣れてるだろ」

 軋まない最高級のベッドから毛足の長い肌触りの良い絨毯に片足を下ろして、身支度を軽く整えながら俺を凝視してくる都築に、ほんのちょっぴり後退ると、俺はなんとなくしまったかもしれないと思った。

□ ■ □ ■ □

「柏木と、寝たんだろ。首筋にキスされて感じたんだろ?それともオレには感じないのか。だから、柏木とセックスした…ムググッ」

 怖いオーラをだだ漏れにされていたけど、俺は「はあ?!」と、自分が考えていたのとは全く違う頓珍漢な、それこそ有り得ない事実を赤裸々に口にしようとするから、その口許を慌てて押さえつけていた。コイツのことだ、ホテルの一件はとっくにバレているんだろうに、何なんだよそれは。ご丁寧に気持ち悪いラブドールまで造って、都築のヤツが今度はいったいどんな嫌がらせをしてきたのかと目をむいて怒った。

「お前な!全部知ってるくせに卑怯だぞッッ」

 しかも今のは噛んだんじゃなくて吸ってたんだな!どうでもいいけども!

「ウグ?」

 口を押さえられたままで訝しげに首を傾げる都築が眉根を寄せた時、まるで主のピンチに馳せ参じたように、胡散臭い満面の笑みの興梠さんが主寝室に入って来て一礼すると、無体な仕打ちにもケロリとしつつ訝しそうに眉を寄せる主に代わって厳かに口を開いた。
 どうやら、主寝室の前の廊下に待機していたみたいだ。

「一葉様はあの日の翌朝すぐに、例のホテルにお願いしまして裏ビデオを提出させました」

「裏…って俺たちが入った部屋って隠しカメラがあったんですか?!」

「はい、どこのラブホテルにも隠しカメラは設置されております。最初渋っていたオーナーは買収の言葉ですぐに引き渡してきました」

 うん、判った。お願いじゃなく恐喝な。
 ほら見ろ、やっぱり知ってるんじゃねえか。
 あの日の俺たちがどれほど傷心で、身体的なダメージを受けて、それでも男2人で虚しく満喫しまくっていたか知ってて、あんな意地悪を言うなんて、やっぱり都築はあの日のことを反省してないんじゃないのか?!と俺が憤る傍らで、興梠さんが首を左右に振った。

「ですが、一葉様はご覧になっていません」

「へ?」

 キョトンとして都築を見上げると、珍しくヤツは、バツが悪そうに頬なんか染めて不貞腐れている。

「ご覧になれなかった…と言うほうが正しいかもしれません」

「どう言うことですか?」

 バツが悪そうに抱き着いてくる都築の顎を押し上げて拒否っている俺が、訝しげに眉を顰めると、興梠さんは都築の愚行には物静かなスルーを決め込んでいるようで、コホンと軽く咳払いして主の痴態を赤裸々に語ってくれた。

「お2人が室内に入って来まして、部屋の中を散策されているところまではご覧になっていたのですが、その後、柏木様が笑いながら何かを仰って…残念ながら音声は入っておりませんでした。それで篠原様が笑ってその行為を受け入れた瞬間に、投げ付けた酒瓶でまず70インチの液晶が破壊されました。それから、そのまま立ち上がってデッキからディスクを取り出してメチャクチャに割り、そのままデッキを引きずり出して思い切りバルコニーに向かって投げ付けられました。硝子が割れて柵代わりのコンクリの壁に激突したデッキは原型がありませんでした」

「…そっか。じゃあ、都築は柏木の地獄のヘビロテトイレも、俺のローション風呂激痛地獄も観てないのか」

 なんだ、そりゃと我儘お坊ちゃまの相変わらずの愚行に半ば呆れると、俺はやれやれと溜め息を吐いて、背後ではイッている設定の人形があんあん喘ぐ異常な状態で抱き着かれると言う羞恥プレイに耐えながら、どんよりと都築を見上げた。

「なんだ、それは?」

「ご覧になっていませんね。それどころではありませんでしたから」

 興梠さんは胡散臭い満面の笑みでそう言った。
 どうやら回収した時に興梠さんは中身の確認をしたみたいだ。都築には見せられない内容だったら、どうするつもりだったんだろう…怖い。聞かないほうがいいな。

「都築、まずちゃんと最後まで映像は観ような?それから壊したって問題はないだろ。つーか、お前にとっちゃ安い代物なんだろうけど、モノを簡単に壊すな。勿体無いだろ」

 都築が俺を貧乏人だとバカにしていたけど、それでも俺は、やっぱりモノの大切さは、この身体ばっかりでかい精神が成長途上中のクソガキに教えてやる気満々でいる。貧乏だって罵られたって、なんか、都築に至っては別に屁でもなくなったからだけど、俺は強くなった…と言うか、都築に慣れたんだと思うよ。

「見たくないモノをどうして最後まで見ないといけないんだよ。お前は柏木には感じるけど、オレには感じないんだろう。柏木のほうがいいんだろ」

 ブツブツと偉そうな悪態のように吐き捨てながら、そのくせ、態度は悔しくて仕方ないというように酷く剣呑とした双眸で…あ、俺、この目付きを知ってるぞ。確か先生とのことで一悶着あったあのカフェで、都築が「覚悟していろ」って言った時のあの憎々しげな目付きだ。
 なんだコイツ、あの時、本当は先生にしたことに怒っていたんじゃなくて、俺が柏木と寝たことをずっと気にして、悔しくて腹立たしくて、ずっと怒り狂っていたんだな。
 ムカついて堪らないんだろう、ぶつぶつ言いながらスッポリと頭上から覆ってきやがるから、何だかあの日の種明かしをされたみたいでちょっと笑えるんだけど。

「あのな、あの日の俺たちの顛末は、まず柏木が冗談で俺の首にキスした後、俺の強烈な右ストレートを食らってベッドにダウン、自分はヘテロですと泣きを入れつつお楽しみだったソフトとカレーの暴食でいきなり腹を壊してトイレとベッドのヘビロテになったんだよ。で、俺はそんな柏木を見捨ててローション風呂で遊んでいたんだけど、ローションのせいでうっかり滑ってすっ転んで腰を強打したんだ。俺はベッドでダウンしたけど、柏木は明け方までヘビロテだった…ってことで、判るか?」

「…それは、セックスしなかったと言うことか?」

「ハッキリ言うな。少しは興梠さんの前なんだから暈せ。しなかったから、お前を許してソフレを再開してやったんだろうが」

 折角、ひとが赤っ恥覚悟でホテルでの一件を報告してやったと言うのに、それを上回るような恥ずかしいことを口にされて、俺はどうすればいいんだよ。これだから坊ちゃんはとブツブツ言っていたら。

「…じゃあ、処女なのか?」

 なんで、そうどストレートなんだよ、都築。
 処女かと聞かれる男はそうそういないと思うぞ。ちなみに、童貞だけど、これだって威張って言えることじゃないんだから少しは俺の体裁ってヤツも考慮してくれよ。幾ら、お前の気心がしれた興梠さんの前だとしても!
 そしてその興梠さんと言えば、邪魔にならないように既に部屋の外に、胡散臭い満面の笑みのまま出て行ってしまっていた。

「グッ…そ、そうだよ」

 いっそ、もう殺してくれればいいのにと思いながら、顔を真っ赤にして不貞腐れて頷く俺に、都築はまるで拍子抜けしたような間抜けな面をして。

「そっか、処女なのか…」

 なんて、少し大袈裟なぐらいホッとしたようだった。

「じゃあ、柏木とは付き合っていないのか?」

 ホテルに入ると必ずそう言うことを(性別関係なく)している都築にしてみたら、エッチなことは何もせずにキャッキャッと遊んだ俺たちのような関係が、実はよく判っていないようだ。
 訝しそうに疑わしそうに、心持ちムスッとしたままで見下ろしてくるその色素の薄い双眸を見上げて、お前には恋愛感情ってモノが本当に理解できないんだなぁと呆れてしまう。
 なんて、爛れたヤツなんだろう。

「恋愛的な意味では付き合ってないよ。友達で幼馴染みではあるけど」

「…本当か?」

 やけに疑り深い視線でじっと見据えてくる都築に、俺はそう言えば、百目木だと偽ってメールしてきた時に付き合うんだとか何とか言ってしまったな、と思い至って、当たり前だろと眉間にシワを寄せて頷いてやった。

「正直に言って、アレは盗聴されてるって知ってたうえでの意地悪だったんだよ。お前が酷いメールをして来たから…」

「それは…悪かった。まさか先生がオレのシャワー中にお前にメールしてるとか思わなかったから。気付くのが遅くなったんだ」

 あの一件の後、都築は何時の間にかゲットしていた俺んちの新しい鍵の合鍵で、何時ものように部屋に入ってきて、ちゃぶ台の俺のスマホを取ると俺のベッドにごろんしながら履歴のチェック中に気付いたらしい。
 俺はと言えば、もういいやの心境だったので、そのままそのメールは放置してしまっていた。

「だから柏木と一芝居打ったんだ。アイツはお前と一緒で無類の女好きだし、あっちは完全なヘテロだよ」

「…そうか」

 不意に都築がホッとしたように息を吐き出したから、俺は思わずと言った感じで噴き出してしまった。だって、そうだろ?俺のこと好きでもなんでもないくせに、何をそんなに心配していたんだろう。

「お前が処女じゃないと思ったから人形を造らせたんだ」

 不意にポツリと呟いた都築に、そう言えば、こいつフィギュアだとか言って俺を騙してたよな。

「アレを造った人って学生なんだろ?なんだ、あのディテール、いったい幾らかかったんだ」

 主婦根性の脳内としては、かかった費用が非常に気になる。
 学生が造るにしてはほぼ完璧だと思うし、費用も時間もしこたまかかってるんじゃないだろうか…

「いや、社会人だ。キモヲタのおっさんだよ。オリエンタル・ベータ工業で働いてる技術屋だ」

 都築グループのアダルト部門の傘下にあるダッチワイフ専門会社じゃねえか!その手には有名企業だぞ、おい!

「元々、素体はあったんだ。ただ、オレの希望に忠実に仕上げたから、価格は1000万ほどじゃないか?」

「いっせんまん!…なんつー無駄遣いを」

 俺が呆れたように溜め息を吐くと、都築のヤツは気にした様子もなくフンッと鼻を鳴らしやがる。

「無駄遣いじゃなかった。アレには裏モードも造ってもらったし」

「裏モード?」

 3つのモードの他にも何か搭載してるのか。なんにしても、俺の容姿を持つ人形が都築にアレやコレやされるのは正直、気分は良くないけど、金を出してるのは都築なんだし見なければ問題ないだろう。

「…お前には言わない」

 容姿に似合わずゲーム好きの都築のことだから、隠れ要素とか作ってもらって、攻略的になんやかんやする予定なんだろう。そんなの聞いたって俺には面白くもおかしくもない。

「まあ、別にいいけど。都築が楽しいんなら、俺は気持ち悪いだけだ。で?あの人形、ずっとあのベビードールのままなのか?」

「ああ、いや。アレはオレが着せた」

 おおかた、セフレの女の子が忘れていった下着を着せてみたんだろうな。

「ダッチワイフだもんな。最初は全裸で来たのか。ホント、気持ち悪いな」

「いや、最初はメイド服で来たぞ。オレがリクエストしていたんだ。ベビードールは選び抜いた逸品だ。似合うだろ?」

 メイド服をリクエストしておきながら、ベビードールはお前が買ったのかよ?!

「…ホント、ぶれないな都築」

「アイツが着ていたメイド服なんだけど、お前の身長と体重とほぼ一緒だから…」

 不意に部屋に放置されていた、どうやら人形が入っていたと思しきダン箱に近付いた都築が、定番の紺色のアレではなく、見慣れない水色の不思議の国のアリスのようなフリルがわんさか盛られた丈が短いワンピースのメイド服を持ち上げつつ言うから即答した。

「絶対に着ない」

「…別に着ろとは言ってない」

 片手に水色のメイド服を持って立ち尽くす都築は、まさか俺が断るとは思ってもみなかった感じで、いったい俺の何処を見たら喜んでメイド服を着ると思ってんだ。
 アレか?昨日からこの人形の俺と犯りまくってたらしいから、脳内で俺がダッチワイフみたいに従順になっているって思い込んでたのか?!
 唇を尖らせて不平をぶつぶつ言う都築には溜め息が出る。

「お前さ、あの人形のことフィギュアとか言って俺を騙しただろ。なんで最初からダッチワイフって言わなかったんだよ」

 そしたら気持ち悪くて絶対に来たりしなかったのに。

「別にオレは嘘なんか言っていない。フィギュアは姿と言う意味もあるだろ?そもそも、ヲタ用語でも立体人形って言ってるぐらいだからな」

「とうとう人形にまで手を出すとか…お前さ、女も男も余るほどセフレがいるだろ?」

 確かに都築はリア充でヲタクと呼ばれる部類には入らないように見える、一見だ。だけど、本当のところは確かにリア充で女にも男にも困らなくて、外面は完璧で、何不自由ない御曹司様ではあるけど、俺んちにいる都築一葉と言えば、俺が近所の量販店で買ってきた安っぽいスウェットを気に入っていて、俺のスマホをこまめにチェックし、暇になったら持ち込んだプレステ4でモン狩りに勤しむ、何処にでも転がってそうなヲタ系の大学生にしか見えない。ただ、身長が190以上あって、容姿がハーフで派手ってのが目を引くぐらいだ。
 だから、人形に手を出すのも時間の問題だったのかな。
 今度は本当にフィギュアとか集めそうだな。

「でも、お前はオレのセフレにはならないんだろ?」

 言ってはみたものの特に返事なんか期待せずに物思いに耽っていたら、ポツリと都築が言葉を落とした。

「はあ?…なって欲しいのか?」

「別に?お前ぐらいのレベルのヤツだったら何時でも抱ける」

「…」

 呆れて聞いたら、途端にムッとしたような都築は、自分が言いだしたくせにまるでお前なんかどうでもいいみたいな態度を取りやがる。
 なんなんだ、コイツ。

「じゃあ、何か?お前は俺がセフレにならないから俺そっくりのダッチワイフを造ったのかよ?」

 前言を無視して聞いてやると、都築は少しも考えずに眉を寄せて首を左右に振りやがった。
 頭がモゲてしまえ。

「いや、それは違うな。モン狩り中にヲタが得意がって煩いから、単にラブドールってのを試してみたいと思っただけだ。自惚れんな。それと…」

「…なんだよ」

 もう、どうでもいいよな気分で促したら、都築のヤツはグッと不機嫌に磨きをかけて、今まで言いたくて言いたくて仕方なかったんだと思わせる勢いで俺に食って掛かってきた。
 今までの一連の会話は、どうやら此処に向かうための布石だったようだ。

「お前、処女のくせにすぐにホテルに行きたがるだろ!そのくせ犯されそうになると泣いて拒否るんだろうが。だが、男はそんなんじゃ止まんねえんだからな!だから何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ」

 あくまで童貞とは言わないんだな。しかも男限定なんだな。
 確かに柏木とはホテルに行ったけど、エッチとか気持ち悪いことするつもりで行ったんじゃないんだけどさ。できればエッチ目的は女の子だって思ってるのに、絶対に童貞のくせにって言わないのな。と、大事なことなんで二度言っておく。

「そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた」

 都築は俺の言葉にそうしろともやめろとも言わなかったけど、とても不愉快そうな表情をして、「なんでだよ」とは言っていた。

「お前が女なんかとホテルに行けるワケないだろ」

「はいはい、どうせ俺はモテませんよ」

「バーカ。お前みたいな処女、オレが傍にいなけりゃとっくに男にも女にも食われてたに決まってんだろ。だから、これからも一緒に居てやるよ」

 不愉快そうだったくせに、唇を尖らせてご立腹している俺を呆れたような顔で見下ろすと、都築のヤツは肩を竦めて仕方ないヤツだなとでも言いたそうに首を左右に振っている。
 ん、待てよ。
 女なんかとホテルに行けるワケないって、それは男女問わずホテルなんか行けないようにってそんな理由で、実は都築は監視していたってことか?
 あの済し崩しに許してしまった日に、やっぱり都築は何事もなかったように、いや、厳密には土下座とか先生に騙されたこととか、俺の両親のこととかはかなり反省はしているみたいだけど、俺に許された段階で俺の部屋は自分の部屋と言う思い込みは激しさを増したのか、何時の間にか勝手に作っていた新しい合鍵で部屋に入ってきてドアチェーンを引き千切って壊し、俺のスマホを掴むとベッドにゴロンした。で、あの日、姫乃さんが盗聴器を持たせてるって聞いて閃いた!みたいな顔してたから、何かあるだろうなと思っていたら、案の定、俺に盗聴器を仕込みやがったんだよな。その盗聴器と服にもバックにもありとあらゆる場所に潜ませたGPSとか、そんな全部でホテルに行かないように監視してる…とかだったら、ホント、お疲れ様としか言いようがない。
 都築は俺のことなんか並以下みたいな扱いをするくせに、男女問わずに食われると真剣に考えているみたいなんだ。
 俺は女の子に食われるのはウェルカムなんだけど…もちろん、都築が言うように俺がモテることなんて数えるほどしかない。そしてそのモテの殆どが料理や世話好きに起因するものだったりする。クソゥ。
 何の心配をしてんだかとこっちのほうが溜め息を吐いていると、都築はフンッと鼻を鳴らしたみたいだった。

「まあ、オレは別に処女じゃなくてもハウスキーパーにしてやるつもりではいたんだけどさ」

 いいか、都築。
 ハウスキーパー=嫁はバツなんだからな。
 ハウスキーパーが処女じゃないといけない理由もないんだからな。

「…ふーん。じゃあ、塚森さんが正妻で、俺は愛人ってことか。そう言う爛れた関係はごめんなので、ハウスキーパーは何度も言うようですがお断り致します」

「はあ?どうして、塚森が出てくるんだ。アイツは主に朝立ち要員だって言っただろ」

 朝立ち要員とか言うな。
 しかも、やっぱりハウスキーパーは嫁説をまだ支持してんじゃねえか。

「だって、塚森さんもハウスキーパーだろ?お前の理論が正しければ、塚森さんが最初にハウスキーパーになってるんだから、彼が正妻だろ?だったら、後から勤める俺は愛人になるワケだ」

「巫山戯んな。塚森はハウスキーパーで雇ってない」

「へ?ハウスキーパーの塚森って挨拶されたぞ」

「それはアイツが勝手に言ってることだ。オレは部屋の掃除と食事の用意をするセフレとして雇っただけだ」

「なんだ、それ」

「だから、朝立ち要員だって…」

「うん、判った!ワケが判らないけど、判った。でもお前、前にパーティーの後は専門のハウスキーパーを雇うって言っただろ」

 ハウスキーパーの使い方はあの時はこんな風に捻じくれてなくてまともだったと思うんだけど…

「そりゃ、職業としてのハウスキーパーのことを言ったんだ。当たり前だろ?お前はオレのハウスキーパー、他に絶対に行くことのない専属になるんだよ」

 ポクポクポク…ちーん、閃いた!
 なるほど、都築はちゃんと職業のハウスキーパーが存在することは知っているし、雇うこともあるんだろう。ただ、そこに何らかの事象…たとえばエッチとかかな?が絡むとハウスキーパー=嫁になるんだろうな、だから、塚森さんはハウスキーパーじゃなくてセフレで…ん?ちょっと待てよ、なんかイロイロおかしいぞ。

「都築さぁ、俺とエッチしたいのか?」

「はあ?ったく、さっきから何を言ってるんだ。別にお前なんかとセックスしたいワケないだろ?相手は足りてるし」

「だよなぁ…だったら、どうして俺をハウスキーパー=嫁にしたいんだ?」

「お前とずっと一緒にいたいからに決まってるだろ」

「…じゃあ、エッチなしのハウスキーパーでいいってことか」

「はあ…お前は何も判ってないんだな。最初はオレもそれでいいと思ってたけどさ、お前、処女のくせに尻が軽いからそこもおさえておくことにしたんだよ」

「んん??言ってる意味が判らないぞ。別に一緒にいるだけなら、俺が誰とエッチしようとお前には関係ないだろ。だって、お前だってセフレがいるんだし」

「バーカ、オレが一緒にいるってコトはお前はオレのモノだってコトだろ。他のヤツの手垢なんか付けられてたまるかよ」

 自分はいいのか。
 なんだ、その俺様かつ身勝手な言い分は。

「ああ、それでまともな結婚ができないってことか」

 俺と女の子を結婚させる気はないって言いたんだろうな、コイツ。
 …考えたくないんだけど、もしかして都築って本当は俺のことが好きなんじゃないのかな。でも、俺は貧乏で格下だって思ってて、今までの相手がみんな美人だったりお金持ちだったりしてたから、庶民に手を出すなんて有り得ないって感じで恋愛感情を全否定してたりして。
 有り得ないか。
 思わずプッと俺が噴き出すと、話の流れ的におかしいと思ったような都築が、不機嫌そうに腕を組んで「なんだよ」とかなんとかブツブツ言ってる。
 変なやつ、変なやつだけど…ま、いっか。
 俺がニヤニヤしながら都築の組んでいる腕を解放すると、俺の行動を怪訝そうに見下ろしながら、都築は「なんなんだよ」とワケが判らない表情をしたけど、素直に俺の行動を受け入れている。だから、俺は、そんな都築の背中に両腕を回してギュッと抱き着いてやったんだ。
 都築は最初、かなり驚いているみたいだったけど、すぐにギュウッと背骨が軋むほど強く抱き締めてきて、それから何が起こってるんだろうと動揺しているようだ。

「なんだよ、どうしたんだよ。急に甘えてるのか?気持ち悪いんだけど」

 言葉ではそんなこと言うくせに、ぎゅうぎゅう抱き締めてきて、それから頬を俺の髪に擦り寄せて安心したように溜め息なんか零しやがる。お前のほうがもっと気持ち悪いぞ。

「まあ、都築専属のハウスキーパーにはなれないけど、暫くは一緒にいてやるよ。でも、約束だったから、俺に恋人ができたら終わり…じゃなくて友達として傍にいてやる」

 そう決めた。最初はこんな関係は終わりだ!って思ってたけど、一緒にいたいだけなら、恋人ができても友達ぐらいではいてやってもいいなと思う。

「それだ。その恋人ができたらってヤツな。それをオレが賄えば、離れる必要もないんじゃないかって思ったんだ。まあ、恋人とか気持ち悪い関係じゃなくて、あくまでもハウスキーパーとしてだけどさ」

 籍を入れるだとか結婚式を挙げるだとかの嫁は気持ち悪くないのか。
 何処かずれてる都築がおかしくて、俺は仕方なくその広い背中をポンポンッと叩いてやった。

「俺はさ、やっぱりこう言う風に抱き合っても気持ち悪いなんて思わない、素直に好きだと言い合えるような相手と付き合いたいし、結婚したい。だから都築の申し出は受け入れられない。きっと、お前にもいつかそう思えるひとが現れるよ。だから、嫁だとか恋人だとかはその時まで取っておいたらいいよ」

 そっと身体を離して、少し動揺しているその顔を見上げて笑いながら言ったら、離れていく俺の身体を惜しむように引き止めた都築はなんとも言い難い表情をして見下ろしてきた。
 都築は御曹司で長身のイケメンだし、本当は婚約者の1人や2人はいるだろうし、こうして俺を構い倒しているのは暇潰しの一環なんだろうから、暫くは付き合ってもいいと思う。
 でも、気持ちは大事にしたいことをなんとか都築に判ってもらわないと、今後、俺に大事な人ができた時に、このワケの判らない言い分で邪魔してこないとも限らないからな。御曹司の怖さは思い知ったし。
 俺がやれやれと溜め息を吐いていると、何かぶつぶつ言っていた都築は、不意に俺の顎を掬って上向かせると、本当に唐突に口唇を重ねるだけのキスをしてきた。
 なな、何が起こったんだ?!
 恐慌状態の俺なんか華麗に無視して、目も瞑らずにじっと凝視していた都築は、俺の大事なファーストキスを奪ったくせに、ゆっくりと口唇を離して何か考えているみたいだった。

「…別に気持ち悪くない。お前のこと、好きでもタイプでもないけど、抱き合うのもキスするのも気持ち悪くないし、嫌でもない。だったら、いいんじゃないのか?」

 うん、やっぱりコイツ頭がおかしい。
 御曹司で長身のイケメンだけど、俺は遠慮したい部類の傲慢王子様だ。
 ひとのファーストキスを奪っておいてなんて言い草だ。

「そう言うのはセフレって言うんだ。好みじゃないからもっと悪いかもな。お前がなんと言っても、俺とお前は友達だ」

 都築を突き放してゴシゴシと腕で口を拭いながら言い切ったら、都築は酷く不機嫌になってしまったけど、これって俺が悪いのか?いいえ、都築が悪いです。
 確認するのにキスするようなヤツはお呼びじゃないんだと言い捨てて、俺はリビングにお菓子を食べに行くことにした。
 平気で好きでもないヤツにキスできる、無節操な都築のことなんて知らない。

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●事例10:勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)
 回答:何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ。
 結果と対策:そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた。