12.隣に座っていると腿の下に手を入れてくる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「え?すむーじー??なんだ、それ」

 珍しく前の日から自分んちのマンションに帰る(それが当たり前なんだが)と言って早々に帰宅したと思ったら、朝早く我が家に押し掛けてきた都築のヤツが、差し出されたスッキリとした黒のマグボトルを見つめながら首を傾げる俺を、眠そうなくせにバカにしたような上から目線で見下ろしてきた。

「何だお前、スムージーも知らないのか?凍らせた果物とか野菜を牛乳と一緒にミキサーするんだよ。シャーベット状の飲み物だ」

「へえ、これ苺か?美味しそうだな」

 押し付けられたマグボトルを受け取って中身を確認すると、ふわんっと苺とミルクの甘い匂いが鼻先を擽った。

「ああ、セフレに飲ませたら好評だった」

 ボスンッと俺んちの安物のベッドに思い切りダイブして派手に軋ませた都築が、眠そうに欠伸をしながら俺の枕を引き寄せてウトウトしているように呟くから、俺はなんだ、セフレが喜んだから俺の反応も見てやろうってワケかと呆れてしまう。
 ともかく、俺んちのベッドはいつか大破するに違いない。

「ふーん。これって都築が作ったのか?」

「ああ、今朝初めて作った」

 …ん?セフレに好評だったってことは、最初にセフレに作ってやったんだよな?
 こいつ、たまにワケの判らないこと言うけど、やっぱりワケが判らないな。

「…?セフレに飲ませたんだろ??」

「そうだが?まずは興梠に作らせてみたんだよ。それでセフレに試飲させたら旨いって言うから、オレが作ってお前に飲ませることにしたんだ」

 首を傾げる俺に都築のヤツは眠そうな目付きのままでジッと俺を見据えたままで言い返すと、早く飲んでみろとせっつくから、余程の自信作なんだろうと、初めて飲食物を作ったと言う都築の手料理(?)に恐る恐る口を付けてみた。

「ふーん?なんかよく判らないけど、まあいいや。おお、これ旨いな。ヨーグルトを入れたのか?」

 一口飲んで、苺の酸味とヨーグルトの酸味が微妙にマッチした味は、俗に言ういちごミルクそのもので、ハッキリ言って美味しい。
 何でもかんでも突っ込んでミキサーすれば旨いとか言うレベルだろうと思っていたけど、これはちゃんと計量とかして、絶妙な味のバランスをちゃんと取っている代物だ。

「ああ、つくレポでヨーグルトを入れたら旨いって書いてあったから真似してみた」

 なるほど、アレだけスマホを弄り倒してるから、スムージーに関しても検索してちゃんと作ってくれたんだな。

「へえ、これ旨いな。今度、俺も作ってみようかな」

「ダメだ」

 軽い気持ちで言ったのに、都築のヤツから速攻でダメ出しを食らってしまった。

「へ?なんでだよ??」

「お前は野菜を喰えってオレには言うくせに、自分はあんまり果物を摂らないだろ。日頃、飯を作ってくれるからこれぐらいはオレが毎日作る」

 フフンと眠い目を擦って言うから、まあ、どこまで続くか判らないけどその志は高く評価することにした。

「ふうん、そっか。有難う。じゃあ、これからよろしく」

「ああ」

 都築はそれだけ言うと満足したのか、うとうとして、それからそのまま眠ってしまったみたいだった。
 これはアレかな、この間の飲み会の時に、久し振りに酔っ払ったりしたから都築なりに心配しての配慮なのかな。

□ ■ □ ■ □

 この前の土曜日に菅野久美と書いてカンノヒサヨシと読む、都築が不愉快になったギャルキャピメールを送ってくる張本人が主催した呑みサーに、俺が参加すれば漏れなく都築がついてくるからってんで、女の子目当ての強引な勧誘にイヤイヤ参加した飲み会は散々だった。
 何が散々って、まず会費。
 ひとり5000円ですなんて店の前で言われて、明日がバイトの給料日だったから財布には1500円ぐらいしかなくて、これはダメだ、よし今回は(ニコヤカに)残念ながら辞退しようって菅野に言おうとしたのに、いきなり都築が背後から肩なんか抱きやがって、「2人だから1万ね」なんてあっさり支払いやがったのだ。

「なんだよ、久し振りに外で食って楽しろよ」

 何時も作ってんだしさ、と都築らしからぬ優しさに胡散臭さを感じたものの、まあそれならいいかと礼を言った。ここまではいい。
 何時もなら全額都築持ちになるのにと、それを目当ての野郎とか、会費1500円をケチる女の子とかがチラチラとこっちを伺うのを、都築は片っ端から無視していた。

「…お前、いつも気前よく奢るのに。今日はどうしたんだよ?」

 俺の肩を抱いたままで欠伸をしていた都築は、首を傾げる俺をジロジロと相変わらずの視姦でもやりかねない生真面目さで見下ろしてきながら、それからフンッと鼻を鳴らしたみたいだ。

「そう言うのはやめたんだよ」

「ふうん、まあ無駄遣いしないことはいいことだけどさ」

 俺が感心して頷くと、都築のヤツはまるでガキのようにフフンと威張る。

「もっと褒めてもいいんだぞ」

「はあ?何いってんだ。でも、それだと俺に奢ってくれたのはどうしてだ?そう言うのはやめたんじゃないのか?」

「はあ?どうしてお前に奢るんだ??」

 都築は不機嫌そうなデフォの仏頂面で首を傾げやがるから、お前は軽い認知症なのかと不安になった。

「は?さっき払ってくれただろ」

 確かに2人だから1万と言って万札を菅野に押し付けていただろ…あれ?押し付けていた幻でも見たんだろうか、俺。
 最近、俺の中の常識が悉く都築に破壊されてるから、正直自信がない。

「あれは奢りじゃないだろ?自分の嫁の分ぐらいオレが…むぐぐ」

「おま、お前、こんなところで何を言ってんだよ。はは、冗談だよ、冗談ッ」

 日頃の都築の常識を開放したべったりでなんとなく周囲の目付きが「ああ、やっぱり…」と言ってそうな気がして、俺は慌てて納得していない顔の都築の口を塞ぐと誰にともなく誤魔化してみた。都築は不服そうだけど、いつ俺がお前の嫁になったんだよ。
 了承してない、断ったはずだ。
 …と言うか、もうハウスキーパーじゃなくて嫁ってハッキリ言うんだな。
 じゃあ何か、あの都築らしからぬ優しさは、日頃家事に勤しんでいる新妻を気遣ってのことだったのか…グハッ(吐血)。
 それが会費の支払い時の出来事だ。これだけで俺のHPはかなり削られたんだけど、話しはまだまだ盛り沢山だったよ、畜生。
 飲み会が始まってから、何時もなら俺の前を陣取るくせに、どうしたことかその日の都築は俺の横に座った。
 まあ、俺にべったりを隠さなくなった都築のその態度に誰も何も言わなかったけど、俺はちょっと気まずかった。
 だってさ、都築の左右はだいたいアイツのセフレが陣取るんだよ。
 だから、なんでお前がここにいるんだと言うようなセフレどもの目付きは嫌味だし、可哀想に…と同情する友人どもの憐れむ目付きは腹立たしいしで、気の休まる飲み会では全然なかった。

「一葉ぁ~、今日はこの後、どうするの?」

「アタシ、カラオケ行きたいッ」

「ええ~、六本木に新しいバーができたの!一緒にいこ??」

 前の席に座ってくれてる時は一切気にならなかったセフレたちの声が、ビシビシと突き刺さってきて、声音は穏やかだけど俺を見る目付きがきつい。都築、前の席に移ればいいのに…

「はあ~?今夜はこのまま帰る。カラオケもバーもまた今度」

「ええ~!」

「ボクと飲みに行くんだよね」

 都築の今夜の予定はヲタ連中とモン狩りをしながら、俺の勉強を見てくれるという離れ技をやらかすことだ。深夜にならないと集まれない社会人やヒマな学生の入り乱れるグループで、鬼ほどもでかいモンスターを、御曹司の都築らしい煌びやかな衣装とバカでかい大剣で斬りまくりながら、都築の背中を背凭れにした俺が問題を読んでから尋ねる質問に的確な答えをくれる。それも答えだけじゃなくて、どうしてそうなるのかの解釈付きなんだぞ。
 さすが都築、変態だけど頭の良さは尋常じゃない。
 きっと、コイツ天才なんだろうなと思う。だから、ちょっとどこかおかしい変態なんだ。
 俺が横でそんなことを考えているなんて露とも思っていない西園寺雪也、雪也と書くとユキヤだと読めるよね。でも違う、コイツの場合は由緒正しい旧家のお祖父様が付けただけあって、ユキナリと読むんだそうだ。でも、本人は嫌がっているらしく、友人知人、セフレにはユキと呼ばせているんだとか。その西園寺がうっとりするほど綺麗な顔でクスクス笑いながら、何時の間にか割り込んだ都築の横にちゃっかり座って腕を抱き締めている。

「…ユキ。お前がこんな飲み会に来るなんて珍しいな」

「一葉が相手してくれないからでしょ!ボクだって来たくなかったよッ」

 ふーん、そう言えば最近、都築のヤツは起業に向けて忙しくしてたから、セフレの相手が疎かになってんのかな…あれ?よく思い出してみたら、最近、都築は俺んちに入り浸っているよな。大学からも真っ直ぐに俺んちに来てるみたいだし…セフレは大丈夫なのか。

「よう!篠原、呑んでるか?なんだこれ、ジンジャーエールなんか呑んでんのかよ?!ほら、呑め呑め。すみませーん、こっちに焼酎お湯割りで!」

 折角、隣りに聞き耳を立ててたってのに、フラフラしている先輩の1人が俺のジュースに気付いてゲラゲラ笑うと、勝手に焼酎なんかを注文しやがった。
 俺、酒弱いのに!

「へえ!ここカクテルが充実してるのか。あ、こっちもボッチボールを」

 あわあわしている俺なんか無視の忙しなく立ち回る店員さんが「はーい」と返事をすると、カクテルを注文した都築はすぐにユキとかセフレとかと楽しそうな談笑に戻った。
 ふーん、都築が言うようにカクテルの種類が多いんだな。
 都築の横になったせいであんまり話し掛けられないぼっちの俺は、ガックリしたまま仕方なくテーブルの料理を摘みながらメニューを開いていた。
 あ、このタンステーキ美味しい。
 トウモロコシのかき揚げもいける、生ハムとルッコラのピザもいい。

「カクテルなんて珍しいね。それともボクのため?」

 クスクスと笑うユキの美貌に…男なのに美貌に、すっかり面食らっている他の可愛い女の子のセフレたちがのまれたみたいで、何時の間にか都築の傍らにはユキが陣取っていてほぼ2人の世界が目眩く展開している。気持ち悪い。
 女の子と展開しろ、女の子と。
 とは言え、都築のことだ、俺以外にはサッパリした性格だからなのか、ユキだけでなく他の子とも和やかに話している。そのあたりは抜け目ないな、コイツ。

「ボク、そのカクテル飲んだことないなぁ」

「ふうん、じゃあお前も頼めよ」

 何時も最初に飲むハイボールを片手に生ハムとルッコラのピザを摘んで笑う都築に、ユキは可愛らしい小動物みたいな仕草で頬を膨らませて、カクテルの定番とも言えるカシオレを呷っている。
 注文逃げした先輩が頼んだ焼酎のお湯割りと都築の頼んだボッチボールが届いて、ユキは奪う気満々みたいだったけど、溜め息を吐く俺がお湯割りを持つのと都築がボッチボールを受け取るのは同時で、仕方なく口を付けたところで談笑している都築にお湯割りを奪われ、ギョッとしている間に空っぽになった手にボッチボールのカクテルを押し付けられた。
 その一連の動作を都築はこちらを見ることもなく談笑しながらさり気なくやってのけて、それを目にしていたセフレじゃない女子から密やかな感嘆の溜め息が聞こえてくる。
 どうやら、酒が呑めない子に対するスマートな対応に、キュンキュンしてるらしい。
 俺はと言えば、まあ、苦手な焼酎を引っ手繰って豪快に呑んでくれる都築には感謝してるし、有り難いとも思うから、聞いてないだろうけど小声で感謝して、それからボッチボールと言う初めて聞くカクテルに口を付けてみた。
 向こうでユキがギリギリ睨んでるのは無視してだ。

「うっわ、これすごい美味しい!なんだろ、柑橘系に甘さがあるのにしつこくなくてサッパリしてて爽やかだ。やみつきになる」

 ボッチボールはロングのタンブラーに氷とオレンジスカッシュが入っているような見た目なのに甘すぎずに口当たりが良くて、嬉しくなった俺がゴクゴク飲んでいると、都築が焼酎を呑みながら何やらクククッと笑ったみたいだけど、それを聞いたユキたちには何でもないと首を振っている。
 どうせ、俺のことをぼっちにしてるからボッチボールなんて巫山戯た名前のカクテルを寄越したんだろうと思ってたけど、酒の弱い俺にも飲みやすいカクテルだったから、疑ってごめんと傍らにいる都築に内心で謝った。

「なんだ、お前!カクテルなんて女々しいもの飲んでるなよ。よし、俺が頼んでやるッ。すみませーん、こっちにバーボンくださーい!…な!男らしく呑め呑め」

 楽しい飲み会でほろ酔いなんだろう百目木が、俺が「ちょ、待て、待てよ!」と慌てて止めているのも聞かずに、俺が幸せそうに飲み干したグラスを持ってブラブラどっかに行ってしまった。
 なんなんだ、この酔っぱらいどもは。

「すみません!ディタモーニを」

 百目木の注文を取っていた店員さんに都築が追加を要望すると、梅酒だのその他のカクテルや酒が次々に追加注文され、店員さんは遽しくハンディ端末に打ち込んでから立ち去った。
 暫くしてから多種類の酒を載せた盆を持った店員さんが、それでも危うげなく大声で「梅酒の方~」とか聞いて一人ずつ渡して回っていて、俺の手にも男前のバーボンが渡されてしまった。
 こう言うのは都築が似合うんだよ。何がバーボンだ、バカボンじゃないぞ。
 俺はチラッと都築を見たけど、ヤツはほぼ背中を向けた状態で無視を決め込んでるので、どうやら今回は助けてはくれないらしい。
 手渡されたディタモーニを一口呑んでから、セフレたちに講釈を垂れてるようだ。

「コイツにブルーキュラソーを少量垂らせばチャイナブルーだ」

 ふうん、口当たりがいいのかな。今度、頼んでみるかな。
 そんなことを考えながら本当はもう一杯、ボッチボールを注文したかったのになぁとチビチビ呑んでいたら、俺の横に来た丸山ってイケメンがニコヤカに笑いながら声を掛けてきた。

「お、すごいね~!バーボンとか大人じゃん。でも、呑めないんでしょ?」

「う、そんな判りやすいかな」

「判る判る。つーか、百目木に無理やり注文されてたよね。よかったらこのロングアイランド・アイスティーと交換してあげようか??」

 アイスティーは大好きだけど、そんな名前のカクテルもあるのか。
 見た目はまんまアイスティーだな。
 丸山の持っているロングアイランド・アイスティーは細長いグラスに氷と褐色の液体、それに輪切りのレモンとレッド・チェリーが乗っかってる。パッと見はアイスティーそのものだ。

「マジで?でも、もう呑んでるけど」

「いいいい、俺も呑みかけだもん。ちょうど良かった、この間のレポートの件でお願いがあるんだけど…」

 大抵の人間がこんな時にレポート一緒にしよーよと声を掛け合うから、同じゼミの丸山もそのつもりで声を掛けてきたんだろうと思って、俺が頷きながら酒を交換しようとした時、不意に背後から腕が伸びてきて、俺のバーボンと都築のディタモーニが交換されてしまった。
 おいおい。

「悪いな、コイツは酒に強くないんだ。そんな度数の強いの呑んだら酔い潰れちまう」

 ニコッと爽やか笑顔の都築に屈託なく言われてしまうと、丸山はうっと言葉を詰まらせて、そのまますごすごと引き下がってしまった。
 爽やかな笑顔の都築に敵うイケメンはそうそういないからなぁ。

「あのカクテル、アイスティーみたいなのにそんなに度数が強いのか?」

「アイスティーの見た目と風味を持ってて、レモンジュースとコーラで甘みを感じるから騙されやすいけど、ドライ・ジン、ウォッカ、ホワイト・ラム、テキーラなんて言う錚々たる組み合わせなんだぞ。確か25度ぐらいあったんじゃないかな。レディー・キラーとも言われてるんだぜ」

「うわ、マジか。都築のお陰で助かった」

「バーカ、だから言ったろ?お前みたいな処女はオレがいないとすぐに喰われるんだ」

 ふんっと鼻を鳴らしてから外方向いてセフレたちとの談笑に戻ったけど、俺はそんな都築の背中にちゃんと心を込めて礼を言った。

「有難う、都築。見直した」

 返事なんか期待していないし感謝の心さえ伝わればいいと思っていたら、都築の左手が俺の腿の下に潜り込んだから驚いた。
 普通、なんとなくいい雰囲気に…いや、男同士でどうかと思うけど、そんな雰囲気になったらお互いに他の人にはバレないように手と手を重ねるとか、ちょっと指先を握り合うとか、そっと身体を寄せ合うとかそんなロマンチックなことをするんじゃないのか?
 体重を支えるために背後に手をつくのは判る。判るけど、付いた手をさり気なく他人の腿の下に潜らせるのは…これ、堂々とした痴漢じゃないか?
 まあ、都築が痛くないんなら別に気にならないからいいけど…ホント、気持ちいいぐらい気持ち悪いことを思いつくよなぁ、都築って。
 さり気なく気遣える格好良さとイケメンなところが、色んな男女の気を惹きまくってるのは判るけど、どうして俺には素でこういう変態なことをしてくるんだろう。何故なのか。
 まあいいかと、都築の手を腿の下に感じたままでちょっと理不尽な気持ちになりながら俺がディタモーニに口をつけていると、呑みサー会場の個室に入る出入り口のところで、丸山がユキに何か言われて凹んでるみたいだった。
 なんだ、丸山って都築のセフレの知り合いだったのか。
 そんなどうでもいいことをどうでもいいように考えている間にも、先輩同輩入り乱れて、弱いってあれだけ言ってるのに次々注文されて、その酒を全部呑まされまくった都築はケロッとしてたのに、都築がくれたカクテルで強かに酔ってしまった俺はフラフラでその場にごろんしてしまった。
 そりゃ、酔うよね。弱いと言っても全く度数がないわけじゃないんだからさ。
 でも、さすがバイキングの末裔だけあって、都築は本当に酒に強い。あの初めて知り合った合コンでも、きっと薬なんか入れられてなかったらずっとケロリと呑み続けていたんだろう。俺も少しでもいいから酒に強くなって、何時か都築と酒を呑みながら夜通し語り明かしてみたいなぁ。下戸の両親から生まれた俺なんかじゃとても無理だろうけど。
 トホホ…と思った時には夢の世界だった。

□ ■ □ ■ □

 ゆらゆら揺れる感触にふと目が覚めて、それでも夜風の気持ちよさにうっとりしながら、自分が誰かの背中に張り付いているんだと気付いた。
 目の前で揺れる色素の薄い髪を見ていたら、その広い背中が誰のものであるかなんて確認しなくても判ったから、俺は夢見心地の酩酊感に機嫌よくクスクス笑った。

「都築さぁ、飲酒運転はダメ絶対!」

「目が覚めたのか?もうすぐアパートだぞ」

「アハハハ~、なんだ都築んちに連れ込まないのか」

 ぽやんっとした心地好さでそんなことを言ったら、不意に都築の背中がビクリと震えた。
 ん~?どうしたんだ??

「連れ込んでも良かったのか?」

「あったりまえだろー?だって都築、俺似のダッチワイフと添い寝なんてカワイソーだもん。今日はいっぱい助けてくれたから見直してるんだ。都築がヘンタイでもいーよ。俺がぎゅーして一緒に寝てやるよ」

 抱えている俺の両足を掴む両手にグッと力を入れて、都築は前を向いたままで「ふうん」と気のない返事をした。なんだ、俺からのお誘いには乗らないんだな。
 変態だ変態だと思っていたけど、やっぱりあれは何かのジョークで、実際のところは御曹司が俺を誂ってるだけなんだ。

「ふーんってなんだよ、ふーんって。いいよもう、一緒になんか寝てやんない」

「おい!」

 文句を言おうとする都築の前に回していた腕でぎゅーっと抱き着きながら、俺はふんっと鼻を鳴らしてやった。
 ふふん、外で抱き着かれるという辱めを受けさせてやる。もちろん、俺自身も辱められるという羞恥プレイの諸刃の剣だけれど。

「今ぎゅーしてやる。どーだ、恥ずかしいだろ?ははは」

「…バーカ、お前酒癖悪すぎ」

 都築が借りている…と言うか、たぶん急遽建てさせたに違いないセキュリティ付きのガレージにウアイラを駐めて、そこから数分の道のりをそんな風に陽気な酔っ払いを抱えた都築はちょっと嬉しそうに歩いている。
 俺が正気だったら…いや、だいたい飲み会の翌日は都築を正座させて、飲酒運転はダメ絶対!って言ってるよな?と、小一時間ほど説教を垂れるんだけど、神妙に聞いているくせに絶対にやめないから何時か事故らなきゃいいけどと思う。
 良い子のみんなは真似しちゃダメだぞ。
 どうせ毎日一緒に寝てるし、本当は都築が俺似のダッチワイフで遊ぶのなんか、起業に向けた準備なんかで俺んちのアパートに来られない時ぐらいで、今だってほぼ毎日来てるのに俺自身、酔っちゃってんだな。何を言ってるんだかって感じだ。

「んー、ふふふ。都築、…ル、大好き」

「…え?」

「都築はいいヤツだ。俺…全然ダメだから…都築と、むにゃ」

「おい!今、好きって言っただろ?!どう言うことだ、お前、オレのことが好きなのか?大好きなのか??」

「はえ…?あー、うんうん。別に俺、都築のこと嫌いじゃないよ。好きでもないけど」

「はあ?お前、今、オレのこと大好きって…」

「は…?ボッチボール大好きって言ったんだ。俺、全然ダメだから、都築と呑んでないともっと酔っ払ってたと思うって言ったんだよ?」

「…」

 都築のヤツは不意に不機嫌と不愉快を同居させたようなオーラを醸して、それから唐突に無言になってしまった。変なヤツ。

「なんだよ~。都築ってば俺に好かれたいのか?」

「別に。お前レベルなら寝てたって寄ってくる」

「ふうん。そーだろうなぁ、お前、格好いいもんな。さり気ない気遣いとかそうそうできるもんでもないし。俺、本当に見直したんだ。都築がセフレとか、性にだらしなくなかったら考えてもいいかって思うぐらい…」

「ハイハイ、どーせ友達ぐらいになってやろうってところだろ」

「ははは!それもあるけど、お前が誠実で俺を裏切らないのなら、俺はお前の嫁になってもいいかなぁと思うよ」

「…マジか」

「ま、お前じゃ無理だろうけど。まずセフレを切れないしね」

「まあな」

「だから、俺は友達で居てやるよ。何時か年を取って独りぼっちになったとき、俺が一緒にいてやるよ」

「ふうん。まあ、それでもいいんだろう」

 俺、バカだなぁ…どうして都築が二つ返事で嫁にするって言うと思ったんだ。そんな事言われたって、困っただけなのに。
 だから、この解答が正解なんだ。
 都築はやっぱり変態なんかじゃない、俺を誂うどうしようもないヤツだけど、優しさと寛容さを持った、人の上に立つべき人間なんだ。

「あ、そうだ。飲み会でお前、どうして俺の腿の下に手を入れたんだよ。寒かったのか?」

「は?いや別に。ただ、なんとなくやわらかそうだったから」

 男の腿がやわらかいわけないだろうが。

「そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた」

「はあ?なんだそれ」

 都築を痴漢で逮捕させるワケにはいかないだろ。飲酒運転も悪いけど、痴漢もおかしい。
 都築ぐらいのイケメンで長身でお金持ちと言うハイスペックが、飲酒運転とか男に痴漢とか、世の中の女性からきっと激しく恨まれる。
 誰がって?
 そんなの決まってんだろ、痴漢を受けた被害者のはずの俺がだよ。

□ ■ □ ■ □

●事例12:隣に座っていると腿の下に手を入れてくる
 回答:なんとなくやわらかそうだったから。
 結果と対策:そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた。