2  -乙女ゲームの闇深さを知ったのは転生してからです。-

 夜遅くまでかかった荷物の始末が終わると、俺はベッドの上で胡座を掻いて座り、昼に商人熊から貰ったお釣りと、フィラが貯めていた小銭をシーツの上に広げていた。
 お金類とかナイフ、鋏や水筒なんかの日常的に使う雑貨は腰ポーチに入れることにした。
 取り出す時も秀逸で、思い浮かべただけでそれが手元に引き寄せられるから超便利なんだ。

「硬貨は30個、紙幣が10枚。総額15630ティンか。これが多いのかどうかは判らないけど、乾燥肉大袋1つでフィラなら1週間は節約なしで持つから、それで計算すると1袋が550ティンだから、1ヶ月4週間として乾燥肉だけで2200ティン…他にも雑費がいるだろうし、金は早い時点で稼ぐほうがいいな」

 とは言え、ポーションで生計を立てるのはずっと後がいい。商人熊の道順は前から聞いているからだいたい判ってる。
 アイツは村道とか町道とか、商人だから安全が確保された道を好んで進むと推測して問題ないだろう。
 だったら俺が進むのは、大変でも森の中だ。
 村も様子を見て立ち寄るつもりで、商人熊のテリトリーを出るまではポーションは自分用でのみ作って使うほうがいい。
 商人には、喩え有名な商家と言えども、それぞれに縄張りみたいなモノがあるんだそうだ。商人熊の家門は主に南方、今俺が住んでいるこのべリーヌ地方が拠点だ。だから、東地方に向けてこの地域を抜けようと思ってる。
 東地方、ジャスパー地域でポーションを売りながら冒険者ギルドに登録して、本格的に活動するのがいいと思う。
 商人熊の行動範囲に近いけど、北方のコースティン地方に行く勇気はない。寒いし…寒いし。
 中央の帝都を跨ぐ形になるのは怖いけど、ジャスパーと西方のカッケスを行き来する冒険者でもいいな。とは言え初心者だから、暫くはジャスパー地方でウロウロすることになるだろう。
 よし、有り金全部腰ポーチに入れて、今後の計画も立てたから、俺はオマケで貰った白パンと乾燥肉と近くの木の上の巣から採取していた卵で簡単な料理を作って腹を満たして寝ることにした。
 チーズとか欲しいよなとうとうと思っていたけど、目が覚めたら朝だった。
 夢で妹か俺か、若しくは乙女ゲームの内容とか見るんじゃないの?!って期待してたけど、俺が見た夢はチーズを手に入れてキャッホウしているフィラの俺だった…食い意地張っててすまんな。
 服は動き易い長袖のシャツに着替えてズボンと厚めの靴下を履き、何時か使うと用意していたんだろう歩き易そうなブーツに足を入れて、それから旅には打って付けの外套を見つけたから羽織った。
 フードが付いてるし、少々の雨は弾きそうだ。
 枕カバーとシーツを慎重に片付けて床を掃いて切った髪の毛と一緒に、シーツもなんやかやも全部燃やした。
 髪の毛は一本だって残しちゃダメだ。
 俺が居なくなった後に商人熊から家探しされて奴隷みたいに使役されるとか嫌だからさ、念の為だよ。
 乙女ゲームの世界観のくせに、この世界には例に違わずに魔物がいるし冒険者もいる。何なら精霊とか妖精、種族だってエルフとかドワーフ、神仏に近い存在でドラゴンなんて生き物もいる。
 乙女系ゲームってイケメンたちとキャッキャウフフばっかしてるモンだと思ったけど、なんだお前ら主人公どもは世界でも救うつもりなのか?
 まあ、だから生活魔法とか戦闘用魔法ってのも存在するワケで…とは言え、俺はその魔法がどうも使えないようだ。いや、ポーションを作る際には使えているようだけど、火を熾す・水を出すなんて単純なモノは一切使えない。
 砂や土から瓶を創り出すってヤツと、その中に必要な薬草をぶち込んで、水もなしにホワワワーッと考えるだけでポーションを作れるから、何らかの魔法は使えているみたいだけど原理は到底判らん。
 たぶん、乙女ゲームのご都合主義的な部分なんだろう。
 フィラにはこんな力があるから、生活とか戦闘スキル系の魔法は使わせないよってことじゃないかな。
 家を出発して随分経つけど、村に出そうな感じも人間の気配もない。敢えて商人熊が進んだ村道に出る道は避けたから、ジャスパー地方に向かってるかどうかは怪しい。夜に、魔女のばーさんに教えてもらった星の位置で自分の位置を確認してみよう。
 さて、道なき道を長く歩いたワリには然して疲れも見えないすげーフィラの体力だけど、ここはちょっと休憩して、俺は生前の祖父ちゃんが教えてくれたあるモノを自作することにした。
 道具は森の中だ、あちこちに落ちている。
 俺はセイヨウネズに似た枯れてよく乾いている枝を見つけることに注力した。長さは最低でも180センチ以上は欲しい。中央が太ければ尚いい。
 移動中も見つけようとしたけどなかなかいいモノがなくて、それでも比較的灰色に変色もひび割れもない天日でよく乾いているなんの木かは知らんが、セイヨウネズに似たよくしなる枝を見つけたのはラッキーだったと思う。それから幾つかの木の棒を見つけてホクホクとベースキャンプにしている倒木のあるちょっと広い場所に戻ると、予め火を熾しておいたから、その前に座って拾ってきた枝たちを脇に置いて早速工作開始だ。
 暗くなる前には仕上げたい。
 詳細は敢えて省くが、俺は見つけた枝をナイフで丁寧に加工した。枝本来の曲がり具合はちゃんと確認したから、ハンドルとリムの位置を決めるために中心から上下に7〜8センチのところに印をつける。これでハンドルとリムの位置が決まった。
 ここから今度は全体を形作っていくことになる。
 山に住んでいた祖父ちゃんが夏休みになるとよく作ってくれて、作り方も興味津々だからじっくりと観察して覚えていたんだよ。こんなところで役立つとは思えなかったけど、なんのスキルもない俺が冒険者になるには、何らかの武器は絶対必要だと思うんだ。
 フィラの身体能力がどれほどか判らないけど、俺自身はこの武器で一定の成果を挙げることはできていた。
 だから、魔法スキルなしは無理って言われないように、ポーション作りと武器の使用で冒険者ギルドの登録を狙いたいんだ。
 下の端を足もとに置いてから、上の端を片手で支えてカーブの凹側が自分のほうを向くようにしておく。もう一方の手で枝を押していくんだけど、こうやって枝のよくしなる場所がどこで、固く、しなりにくい場所はどこかを調べるんだよね。
 しなりにくい部分はカーブの凹側の木をナイフで削って調整する、注意なのは凸側は削っちゃダメだ。上リムと下リムのカーブがほぼ上下対称になるまでこれを続けて、途中、ちょくちょく全体のバランスを見ることは忘れちゃいけない。
 こうして上下のリムのしなりがよくなって曲がり具合や太さが同じくらいになったら、次の工程に入る。
 弦をかける切り込みをナイフで入れるんだ。
 側面から始めて、凹側へ木を削っていく。両端から2.5~5cm離れた部分に、ハンドルのほうに向かって切れ込みを入れる。何cm離すかはその時次第かな。ここで大事なのは凸側には切れ込みを入れないように注意する。それとあまり深く削ると、上下のリムが生み出す威力を削いでしまうから、弦を固定するのに足りる深さまでにしておこう。
 これでだいたい本体はよくて、次は弦の素材を選ぶんだけど、流石に俺の手持ちだと丁度いい細いナイロン紐とか釣り糸がない。
 だから、家の中にあった普通の撚り糸を使用することにする。祖父ちゃんは釣り糸を使っていたけど、まあ仕方ないね。
 ひもの両端に大きさを変えられる輪を作って解けないようにしてから、まずは下リム、それから上リムに輪をかける。ひもの長さは、弦をかけていない弓の長さよりもやや短くすると弦も弓もぴんと張った状態になる…っとこれでよし!
 久し振りに作ったけどなかなかいいんじゃないかこれ。
 あとは弓の調整だから、俺は弦を張った弓をハンドルのところで木の枝に引っ掛けて、それから弦を下方向へ引いてみた。ゆっくりと引きながら、上下のリムが均等にたわんでいくのが確認できたけど、微調整で木を削って、肩からまっすぐに伸ばした腕の先から、あごまでの距離と同じくらいに弦を引けることを確認して完成だ。
 テッテレー!俺様の最重要武器、自作弓の完成だ。俺は自作弓を掲げて誰もいないのにドヤってやった。
 大物狙いは難しいだろうけど、小物を狙って腕を磨くのと食糧確保に努めよう。乾燥肉だって無限じゃないし、焼いた肉も喰いたいし、自分の腕でできることはなんだってしないとな!…と言うのも、燃費が悪いのか、それともこれが普通なのか、ほっそりした体型のフィラの食事量なら乾燥肉大袋ひと袋で1週間持つ!とか算段してたけど、この調子だと4日くらいでひと袋無くなりそうなんだよねぇ…ははは。
 それから暗くなるまで俺は、拾ってきた棒をナイフで削って火で炙りながら硬くしていき、石とかの鏃を作るのは今は無理だから、一番簡単な木の先端を削った鏃にして矢を完成させた。
 矢羽根がねーなって思うけど、実際は完璧な矢羽根を作るのって少し難しいから、飛距離とか稼げなくともそのまま使ってみよう。
 問題があれば、家にあった何に使うのか判らなかった見事な羽根の山で、矢羽根も作ってみようと思ってる。時間ならたっぷりあるんだし、取り急ぎはこの弓矢、俺様の大事な武器1号で明日は早速狩りをしてみよう。
 久し振りの出来に満足して、俺は焚き火を消して近くの木に登って休むことにした。
 森の中で野宿するなら地面の上だと餌になる覚悟が必要で休めたモンじゃない、だから、少々危険でも、この辺の樹木は頑丈で枝も確りしているから、木の上で寝るのが一番だ。
 偶に蛇とか忍んでくることもあるから、簡易で作った薬草蛇虫避けの忌避薬を撒いてブランケットに包んでお休みなさいだ。
 明日もやることは山ほどある。
 頑張るぞー。