そわそわと歩き回る獅子頭の将軍を、この世ならざる美しいかんばせを持つ、同じく魔の国の将軍は腕を組んだまま、眉を顰めて観察している。かと言って、何か言うつもりは端からないようだ。
その姿よりも、美しき魔将軍が顔にこそ出さないものの、心を痛めているのはそんなことではない。
『だー!!クソッ、何だこの睨みあいは!!』
獅子面の魔将軍、シューは停滞してしまったラスタランと魔の国の攻防戦に苛々したように咆哮したが、美しき魔将軍、ゼィは呆れたように溜め息を吐いてそんな知己を見詰めていた。
『何より、お前の目付きが気に食わん。言いたいことがあるならさっさと言え!』
ブスッと唇を捲り上げて威嚇するように牙を剥くシューに、ゼィはフンッと鼻先で嗤って肩を竦めた。
あからさまな八つ当たりなのだが、古くからの友人は然して気に留めた風もない。
『致し方ない。こちらとて迂闊に動くべきではないことぐらい、知らぬ其方でもあるまい』
『うーるせーよッ!ゼィ。俺はそんなこた聞いちゃいねぇ。なんでシンナのことを聞かない?』
内に秘めてしまうのは美しい魔将軍の悪い癖で、それを知っているシューは、ともすれば威風堂々とした立派な鬣に埋もれてしまいそうな丸みを帯びた耳を伏せるようにして、金色の双眸を細めながら古くからの友人を見た。
『シンナ?ああ…そう言えば姿が見えぬな。おおかた何処かで息でも抜いているのだろうよ』
明らかに嘘臭いゼィの台詞に、シューはあのなぁ…と言いながら、この頑固で寂しがり屋の友人にこめかみを押さえながら溜め息を吐いた。
『…済まないと思ってるんだぜ。こんなことになっちまって。だからお前、また人間なんかに関わったらとんでもねぇって恨んでるんだろうな』
『いや…ふふふ、まさかだよ。シュー』
その思ってもいなかった台詞に、シューは一瞬驚愕したように金色の双眸を見開いたが、次いで、すぐにゼィが何を言いたいのか理解したように胡乱な目付きになってしまった。
『楽しんでるのか?冗談じゃねーな』
ククク…と咽喉の奥で嗤うゼィは、腕を組んだままで顎を引くと上目遣いでそんなシューを睨み付けた。
深い紫の双眸は、それでも少しは憂いを湛えているとでも言うのか…?
『楽しんでいるだと?それこそ、まさかだよ。シュー』
ゼィが一体何を言いたいのか判らなくなったシューは、溜め息を吐いて肩を竦めた。
これほどまで長い間傍にいた仲だが、時にこの知己の考えていることが判らなくなってしまうことがある。恐らくそれはシンナも同じなのだろう。だからあのお転婆は、其の侭ならない想いに癇癪を起こして痴話喧嘩へと発展していくのだろうなぁと、シューはうんざりしたように考えていた。
『人間は嫌いだよ』
ふと、目線を落として呟くようにゼィが言って、シューはチラリとそんな冷たい美貌を持つ魔将軍を見た。
『恨んでいない、憎んでいないと言えば嘘になる。もちろん、私は今でも人間は好まぬ。だが、光太郎は別ではないか』
『ゼィ?』
人間嫌いで悪名高いゼィの、その台詞は容易に信じられる言葉ではなかった。我が耳を疑ったシューが、あれほど贄の儀式をしろと魔王に迫っていたゼィの、その嘘とも本気ともつかない言葉に眉を顰めたのだ。
『私とて、自分がどうかしてしまったのではないかと思っている。だがな、シュー。シンナが、あれが選んだのだよ。シンナが選んでしまったのなら、私はもう何も言えなくなってしまうのだ』
お前がかよ!?…と、思わず叫びそうになってしまったシューだったが、そんな獅子面の魔将軍の間抜け面を見たゼィが、口許に微かな笑みを浮かべて首を左右に振ったので何も言えなくなってしまった。
『惚れた方の負けなのだから…即ちそう言うことだよ、シュー』
『ゼィ…おめー、やっぱりシンナのことを。じゃあ、何で無碍にするんだ?』
『無碍?』
何を言い出すんだとでも言うように、ゼィはムッとした顔をした。
『私を無碍にしているのはシンナの方だ。これほどまでに心を砕いていると言うのに、あれはまるで私を無視している。そうして、とうとう人間などを追って行ってしまった!』
『いや、だからそれは俺のせいで…』
『お前が言い出したのだぞ、シュー。シンナは私よりもあの人間を取ったのだ。ふん!それほどまでに特別なのだよ光太郎と言う人間は。だから私に何が言える?教えて貰いたいものだな』
冷たい、無表情のその奥で、これほどまでに熱い激情を隠していたのかと瞠目するシューに、怒りの治まらないゼィはムカムカしているように腕を組んだままで唇を噛んだ。
『シンナは一度とて私を省みただろうか?あれこそ、私のことなど…ッ』
不意にゼィが言葉を飲み込んで、シューはハッとしたように冷たい美貌の魔将軍を見た。
『ゼィ?そう言えばお前、顔色が悪いな。大丈夫なのか…?』
大きな掌でゼィの冷たい頬を掴んで上向かせたシューに、冷酷だと謳われる魔将軍は悔しそうに眉を寄せて言い募るのだ。
『少し疲れたのかもしれん。だが、其方のその半分でも、シンナが私を想ってくれればいいのだがな』
『…済まんな、ゼィ。俺にはその気持ちが判らねぇ』
『なんだと、シュー?』
獅子面将軍の大きな掌を厭いながら振り払ったゼィは、少し蒼褪めた相貌でニヤリと嗤うのだ。
『これは面白いな。お前には判るはずだよ。それが今でないのなら、何れ間もなくだろうよ』
はぁ?と眉間に皺を寄せる獅子の顔を見て、ゼィはふふふと笑って首を左右に振った。
昔ながらの友人の鈍感さに、ゼィは改めて親しみが込み上げてきたのだ。
ああ、その半分でも…ゼィはそこまで考えて首を左右に振った。
シンナが鈍感ならそれでもいい、なのにあのディハールの戦士は、鋭すぎるぐらい鋭い鋭敏な感性を持ちながら、まるでゼィを無視しているとしか思えないような行動を起こすのだ。
それが判らない…ゼィは唇を噛み締めた。
何度身体を重ねても、繋ぎとめておけない自由の翼を持つシンナ。
『惚れた方の負け…か。致し方あるまいなぁ』
やれやれと先端の尖った長い耳をへにょっと垂らしたゼィが、認めてしまったのは自分なのだからと仕方なさそうに溜め息を吐くのを、やっぱりシューは良く判らないと言うように首を傾げている。
『さて、はねっかえりの副将と、好奇心旺盛な魔王の贄が戻るまで、今暫し城を護っていようではないか』
困惑して首を傾げている長身の獅子面将軍の背中を思い切り叩いたゼィの台詞に、グヘッと思わず呻いてしまったシューはニヤニヤと笑っている冷酷で美しい魔将軍を呆れたように見詰めてしまう。
『怒ってんだな、お前』
『当たり前だ。私を無視して勝手な行動を取るシンナが悪い。戻ってきたならば、説教をしてやらねばならん』
フンッと外方向いていたゼィが、ニヤ~ッと笑いながら少し上にある獅子面将軍の顔を目線だけで見上げるのだ。
『もちろん、無鉄砲な贄もだがな』
ふふふっと嗤うゼィに、今更ながらシューは感謝していた。
こう言う会話で、ゼィはゼィなりに、シューの不安な気持ちを和らげようとしているのだ。
それが判っているからこそ、思う以上に冷たくはないゼィを気に入って、こうして長らく傍にいた。
『…お手柔らかに』
だから殊更、なんでもないことのようにシューは肩を竦めた。
心の奥深いところで渦巻く不安など、有りはしないとでも言うように。
同じように不安を抱え込んでいるに違いないゼィと、全てを分かち合うように。
そうしながら、シューとゼィはこの闇の世界で生きてきたのだ。
Ψ
ぴちゃん…ぴちゃん。
広い石造りの浴室に水滴の跳ねる音が響き渡って、光太郎は湯気の中でぼんやりと天井を見上げていた。
あの後、牢屋から出されたバッシュの首に華奢な意匠の鉄のチョーカーのようなものを嵌めたセスが、肩に光太郎を担いだまま蜥蜴の親分のような魔兵を引き連れて地下牢を後にすると、光太郎をこの部屋に投げ込んでからバッシュと共に姿を消してしまった。
何が起こったのか目を白黒させる全裸の少年は、湯気の濛々とするその場所が浴室であることに気付いて、下半身の不快感を洗い流そうと、ワケの判らないままひたひたと歩いて浴槽の縁まで行くと、座り込んで木桶で熱い湯を汲み出して被った。
「…どうしたらいいんだろ」
バッシュまで連れて行かれて、いきなり独りぼっちになってしまった不安に、唐突に光太郎は立ち上がると慌てたようにして扉に近付いた。もしかしたらセスは、バッシュをどうにかしようとしているのではないだろうか…いきなり湧き上がった不安に、それでなくてもあの蜥蜴の親分のような魔兵は大隊長と言う地位にあるのだ、セスの残酷な拷問を受けているかもしれない。
不安にかられて把手を引っ掴むと同時に、光太郎が力を入れる前に扉が押し開かれてしまった。
「わわわ!?」
「うわ!?…って、何してるのさッ」
片手に柔らかそうなタオルや服やら、身体を洗う道具なんかを持った光太郎とほぼ同い年ぐらいの少年が、思わず尻餅をついてしまった光太郎を見下ろして呆れたような顔をしていた。
柔らかそうな栗色の髪をした少年は、少しきつい印象を与える美少年だ。
浴室のぬくもりで、白い頬は仄かに色付いて、ともすればその年齢には似合わない色気のようなものまで漂わせている。だが、そんな機微に疎い光太郎にしてみたら、とても可愛らしい子だなと言う印象しかないが。
「セス様に言われて来たんだけど、何?新しい男娼くんなワケ?」
少年は倒れている光太郎の腕を掴んで起こすのを手伝ってやると、テキパキと手にしていた服やタオルを脇に置かれた籠に投げ込んで、何やら怪しい道具の入った籠を片手に片膝を付いて屈み込むと、浴槽の湯加減を見ながら振り返って小首を傾げる。
その双眸は、確かに性格はきつそうだが光太郎に対する敵意のようなものは見受けられない。
「えっと…よく判らないんだけど」
男娼の真似事のようなことはしていたのだが、正確にそうなのかと言われると答えはノーだ。
だから、この見知らぬ少年にどのような自己紹介をしたらいいのか光太郎には判らなかった。
「えー?判らなくてこの砦に来たの??ふーん、ヘンなの。ま、いっか。僕には関係ないもんね」
短パンに生成りのタンクトップのような上着を着ただけで、極めて質素な出で立ちの少年はだが、ハッとするほど品があると光太郎は瞠目してしまった。
「あー、でも。それもちょっと違うかなぁ。この僕がいるってのにセス様ったら、また男娼をお召しになるんだもん。ムカツイちゃうよね。それが…君みたいな子だし」
ヘラのようなものを取り出したり、何やら奇妙な液体の入った小瓶を取り出したりしながら唇を尖らせる少年に、光太郎は手持ち無沙汰で突っ立っていたが、恐る恐る近寄るとその傍らにペタリと座り込んで小首を傾げるのだ。
「えっと、俺。男娼になるの?」
「え?なんで、それを僕に聞くの?!なんだか、ヘンな子だね。あれ?もしかして君かな、魔族と一緒に捕まった捕虜で、下級兵士たちの慰み者になってる人間って」
「あ、うん。それ、俺だ」
噂になっている可哀相なはずの人間の子に対する意識が、光太郎を見て少し変わった少年は困惑したように眉を寄せた。
「嘘でしょ?魔族と一緒にいたなんて。どーせ、あの性欲バカたちがなんやかんや理由をつけて、何処からか連れてこられちゃったんでしょ?」
「え?ううん、違うよ。俺、魔族とずっと一緒にいたんだ。闇の国に戻りたいんだけど…捕まってしまって」
唇を噛み締めて俯く少年を、ふんわりと柔らかい栗色の髪を持つ、大きな双眸の少年はその瞳をこれ以上はないぐらい大きく見開いて、信じられないとでも言うように首を左右に振ったのだ。
「え、え??なに言っちゃってるの??闇の国に戻りたいって…君、人間なんでしょ??」
両手で困惑したように頬を押さえる少年に、光太郎は小首を傾げながら頷いた。
何をそんなに驚いているんだろうと、光太郎こそ不思議そうな顔をしている。
「人間だけど?あ、君には判らないかもね。俺、魔族とずっと一緒にいたから、魔物たちといた方がいいんだ」
こんなことを言えば、あのセスや兵士たちのように、奇妙なものでも見るような目付きをされて気味悪がられるんだろうと、光太郎は判っていたがそれでも言わずにはいられなかった。
バッシュも誰もいないこんな所で、たとえ同じ人間の少年と一緒にいたとしても、なんだろうか、この落ち着かない不安感は…
まるでもう、光太郎は人間と言うよりは寧ろ、魔族に一番近い存在になりつつあったのか、人間といてもホッとできないのだ。
そんな様子を感じ取っているのかいないのか、少年は大きな双眸でジッと、心許無さそうに俯いて、まるで迷子になってしまった子犬のように心細そうな困惑の表情で俯いている光太郎を見詰めていた。
が…
「ふーん、そうなんだ。でも残念だね、ここから逃げ出すなんて、たぶん無理だし」
少年は別に気味悪がるでも、侮蔑するような目付きをするでもなく、どうでも良さそうな態度でそう言うと、スポンジに石鹸を滑らせて泡立て始めた。
「あれ?君は変な顔しないんだね。ここに来てから、俺が魔物と一緒にいたいって言うとみんな酷い顔したり笑ったり、殴ったりされたからさー」
ブーッと唇を突き出すようにして悪態をつく光太郎を、栗色の髪の少年はクスクスと笑いながらその腕を取って洗い始めた。
「そりゃ、仕方ないよ。みんな魔物が嫌いだしぃ」
「うん、それはもう判ったんだけど…って、俺、自分で洗うよ」
頷きながら、取られた腕を引っ込めようとする光太郎の動きをニッコリ笑って封じ込めた少年は、鼻歌でも歌いだしそうなウットリした綺麗な顔で笑っている。
「これは僕のお仕事なの。城から男娼になる子が送られてくるでしょ?そうしたら、こうして僕が身体を清めてあげて、いつでもセス様が抱けるように肛門の始末とかするんだよ」
「う、うえぇぇ?!そ、そんなことされなくても自分で…」
「あははは♪自分で肛門の中まで洗えないでしょ?はい、背中洗うよ」
こここ!?と、光太郎が酷く慌てていると、少年はお構いなしに背中を洗い、それから後ろから抱き締めるようにして光太郎の前を洗い出した。その悪戯なスポンジは、柔らかな感触で、まだ幼い陰茎までも捕らえてしまう。
「ひゃ!…ッ、…んん」
やわやわと揉みこむようにして陰茎から冷たい石造りの床にコロンと転がる二つの果実まで洗う少年の手管に、光太郎は成す術もなく顔を真っ赤にして膝頭をあわせて抵抗しようとした。
「だーめ!ちゃんと洗っとかないと…うーんと、えい!」
ニコッと笑った少年がモジモジと身体を丸める光太郎の背中を押して、前のめりに押し倒すと、ギョッとする光太郎に伸し掛かりながらふふふっと笑うのだ。
「後ろも洗わないと…って、あれ?なに、さっきまで何か咥えてた??」
「や!…嫌だってッ、離せよ!…ッ」
スポンジで華奢な陰茎を弄びながら、ソープの滑りを借りて窄まっている可憐な蕾にほっそりした指先を潜り込ませようとしていた少年は、光太郎の胎内が柔らかく潤んで、とろりとした液体が溢れているのに気付いて小首を傾げた。
その言葉に、羞恥に頬を染めた光太郎はギュッと双眸を閉じて激しく首を左右に振る。
そう、たった今まで兵士の慰み者になっていたのだ、そのときのことを思い出して、彼の貞淑な蕾は淫蕩に溺れた娼婦のように艶かしく収斂した。
「あー、そっか。下級兵士の男娼にされちゃってたんだよね?それでこうなのか。うーん…でも、君って経験少ないでしょー」
「あ、当たり前だよ!こ…んん!指抜けってッ!こんなの、…ここに来て初めてだッ!」
くちゅくちゅと指を二本に増やして掻き回すその淫靡な指遣いに、光太郎は湯気のぬくもりとは違う別の熱で頬を火照らせながら、嫌々するように首を左右に振って両手で抵抗しようとしている。
(なんでもない、普通の子っぽいのになー♪)
「やっぱりーふふ。ねぇねぇ」
身体を押し付けるようにして少年は覆い被さって、その耳元に薄紅色の艶やかな唇を押し当てて囁くと、光太郎は目元を染めながら潤んだ双眸で首を傾げた。
「なに…?」
「挿れてみていい?」
「なな!?…それって…」
目を白黒させる光太郎に、少年はクスクスと淫蕩に蕩けた蜜のような微笑を浮かべて、光太郎をドキドキさせた。淫らな指先は相変わらず胎内で蠢くし、スポンジとソープの滑りで陰茎はふるふると可憐に震えている。
眩暈のような快楽の中でも、光太郎は唇を噛み締めて涙目で訴えた。
「い、嫌だぞ!俺、本当はこんな…って!ゆ、指を抜けってばッ」
「えー、嫌~。だってココ、くちゅくちゅしてて柔らかくて、何か食べたいよって吸い付いてくるもん」
「そんな!…んッ」
切なげに悶える光太郎の媚態にペロリと紅い舌で唇を舐めた少年は、光太郎を鳴かせていた指を引き抜くと、同じように淫らに頬を染めながらズボンの前を寛げて、勃ち上がった陰茎を取り出して物欲しげに収斂を繰り返す蕾に見せ付けるようにして擦り付けた。
くちゅくちゅと淫らな粘着質の音を響かせるカウパー液の滲み出る陰茎の硬い感触に、光太郎の背筋が波立った。無理矢理時間をかけて覚え込まされた蕾は、頭で考えるよりも素直に欲しいと訴えている。
「あんな連中に犯されるのってどうだった?僕ってさぁ、ホラ可愛いでしょ?だからセス様、離してくれないんだよね♪抓み食いとかしてみたいけど、バレちゃったら怖いしぃ。だからねー、こうして男娼くんたちと遊んでるんだ♪いつもは挿れさせるんだよね、だってその方が面白いでしょ?男に挿れる味を覚えさせて、セス様に犯されるんだよ?それで頭がイっちゃう子もいるけど、嵌っちゃう子もいるんだよねぇ。ま、どっちの子も見てて楽しいけどぉ…でも、どうしてかな?君には突っ込んで見たいって思っちゃった」
キャハッと、まるで他人事みたいに呟いて、いや確かに他人事ではあるのだが、光太郎は信じられないとでも言いたげな表情をして悪趣味な少年を肩越しに見上げた。だが、うっとりするほど綺麗な顔で微笑まれてしまって、どうしていいのか判らなくなった。
くちゅん、くちゅ…と、淫らな音を出して蕾の皺を伸ばすように擦り付けられる陰茎に、またしても始まった光太郎の華奢な陰茎に施すスポンジとソープの弄虐に、もう自分が何をしているのか、何をされているのか茹ってしまった脳味噌では考えられない。
「や…あぁ、ん…ふ…んん」
気持ち良さそうにうっとりとする光太郎は、この砦に来て初めて受ける、痛いだけではないセックスに幼い身体は驚くほど素直に蕩けてゆく。
「うそ!いや~、可愛い♪」
切なげに喘ぐ光太郎の、熱で微かに色付いた乳首を空いている方の手で捏ねくりながら、その年齢からでは考えられないほど淫らな表情をした少年は、嬉しそうに甘い声を漏らす組み敷いた少年の首筋に痕が残らないように吸い付いた。
「あ…あぅん!…ん、…ア!…ぅぅ…ン」
光太郎は気付いていなかったが、蕾を捕らえて擦り付けられているはずの陰茎に、自ら厭らしく腰を揺らめかせて擦り付けていたのだ。
「ふふ…もう、いつ挿れちゃっても平気だよね♪」
楽しそうに少年が呟くと、光太郎はワケも判らずに頷いていた。
うんうん、早く。
ねえ、早く入れて。
言葉には出ていなかったが、甘えるような仕種が少年を欲しいと訴えている。
そんな気持ち、光太郎はここに来るまで知らなかった。暴かれていくような気持ちと、早くこの熱を散らして欲しいと思う気持ちとが幼い身体で鬩ぎあって、もう、どうにかなってしまいそうだ。
「ねえ、挿れてって言って?アリスのおちんちん、挿れてって言って♪」
くちゅくちゅと蕾を先端で弄りながら、はち切れんばかりに勃ち上がって、精嚢から送られてきた精液でいっぱいになった先端部分が、もう限界だとばかりにパクパクしている鈴口を爪先で引っ掻きながら囁くと、光太郎は開けっ放して閉じることを忘れてしまった唇の端から唾液を零しながら耐えられないとでも言いたそうに首を左右に振った。
「ねえ、言わないと…このまんまだよ」
クスッと少年が笑う。
自分も毎夜、セスにそうして弄虐されているのだが、彼の気持ちが少し判ったような気がして嬉しくなった。
こと、今まで見たどんな男娼よりも、光太郎は可愛いと思ったのだ。
パッと見たときはどこにでもいそうな少年だったのに、一皮向けば、驚くほど淫らで清廉で、そのアンバランスさが堪らなく愛らしかった。恐らく、彼の勘に狂いがなければ、きっと自分の立場を脅かすのはこの少年かもしれないと、天使のようにあどけない愛らしさを持つ淫靡な少年、アリスは考えていた。
「ハ…うぅ…、ア…あァ…ッ」
握り拳を作って石造りの床に両手を這わせた光太郎は、まるで犬のように四つん這いにされたまま腰を高く持ち上げられて、それでも判らずに溜め息を零している。
ぽたぽた…っと、唾液が床に零れ落ちる。
「言わないの?言わないと…このままやめちゃうよ?」
「あ!…や、嫌だッ…ぉ願い、…やめな…ッ」
「じゃあ、言って」
クスクスと笑う天使の微笑を浮かべる悪魔に、光太郎はハラハラと泣きながら首を緩く左右に振るのだ。
「リス…の、ん…ちんを…」
「えー、やだぁ。聞こえなーい」
「…はぁ、…んッ」
涙目で唇を噛み締めたのは、先端部分の括れをぐにぐにと揉み込まれたからだ。
「アリス…の、…お…ちんち…挿れて…」
溜め息のような甘い声に、アリスは満足したようにニッコリと天使の微笑を浮かべると、それまで忙しなく可憐に打ち震える蕾を擦っていた陰茎をずぶっと音を立てて挿し込んだ。挿入は突発的で、驚くほど呆気なかった。
だが、硬く撓る鞭のような先端部分で、ごりごりと柔らかな内壁を擦り上げられると、それだけで光太郎は達ってしまいそうになった。だが無論、この天使の顔をした
小悪魔がそう簡単に許してくれるはずもなく、すぐさま陰茎の根元を押さえ込んで射精を堰き止めてしまう。
「あ!?…んで、それじゃ…ひゃぁ!」
達けない…と呟きかけたとき、不意にアリスの陰茎が光太郎の精嚢の裏に当たる部分、前立腺が隠れている部分をグリグリと突き上げたのだ。
「あ、ココが好いんだ♪…ッ。あ、すご!ぬるぬるして狭くて熱くて…すごーい!気持ちいい♪」
アリスはまるで、食べたことのないお菓子を前にしてはしゃいでいる子供のように笑いながら、貪欲に身体の下で切なげに震えるしなやかな肢体を味わった。
「も…達きたい、イかせて…ッ!」
メチャクチャな気分を味わいながら、押し寄せてくる快楽の波に飲み込まれそうになって、光太郎は不安に駆られたようにぎこちなく哀願した。だが、アリスは知っていて知らない素振りで、それどころか、不意に膝頭に腕を差し込むと、よいしょと抱え上げるようにして光太郎を自分の膝の上に座らせたのだ。
「ひゃぁぁ!…あ、…ヤ…いやぁ…」
涙を飛び散らせて嫌々と頭を左右に振る光太郎の、その漆黒の髪に唇を寄せたアリスは、嬉しそうにニコニコと笑った。
重力に従ってグッと下がってきた重みに、結合部がぶじゅっと音を立てて先走りを蕾から吐き出していた。それで余計に繋がりが深くなって、光太郎はあられもない声を上げて鳴いた。
大股を開かされて身体を揺すられながら、気付けば根元から手が離れたおかげで光太郎の華奢な陰茎は溜まりに溜まっていた白濁を間欠泉のようにして突き上げられる衝撃で噴き零している。
「いやーん、やらしい♪ねぇねぇ、気持ちい~い?」
「ん…うん、…もち、い…もっと、…アリス、もっと…」
自分ではもう何を言ってるのか判ってもいない光太郎の、その切ない哀願に、不意にそれまでお茶らけたように快楽を追っていたアリスが、切羽詰ったように息を詰めた。
「ん、僕も。気持ちいい。でもね、もイクよ?」
「いや!…まだ、もっと…もっと」
貪欲に貪るように腰を擦り付けてくる光太郎の求めに、アリスは驚いたように瞠目していた。ペロリと舌なめずりをしながら、アリスはそれでも可笑しそうにケラケラと笑うのだ。
「もっとって…じゃあ、今夜セス様に抱いて貰いなよ♪僕はもう、大満足だしぃ。セス様もそのおつもりみたいだしぃ」
そう言いながら、アリスは光太郎のことなどお構いなしにガンガンと突き上げて、切なそうに身震いするその胎内に思い切りぶちまけていた。身体の奥深い部分にマグマのような熱を持つ精液を注ぎ込まれて、最後の残滓までも注ぎ込もうとするようなアリスの動きに、陰茎で胎内を掻き回される刺激に光太郎もびゅくんっと白濁を飛び散らせていた。
「ぅあッ!あ…ア…んん…ん」
腰を揺するようにして擦り付けてくる貪欲さに、アリスは肩で息をしながら快楽に震えている光太郎の身体を抱き締めてクスクスと笑った。
「気持ちよかった♪ねね、またこんな風に遊ぼうね」
「あ…んー…」
同じように肩で息をする光太郎は、とろんとした双眸で天井を見詰めながら、どう答えたらいいんだろうと思考の纏まらない頭で考えていた。
「あ!」
そんな光太郎をまたしても背後から押し倒すように床に這わせて、まだ収斂を繰り返してヒクつく蕾からアリスはぐぷっと粘着質な音をさせて陰茎を引き抜いた。ごぷ…と、アリスの形を覚えていた蕾はすぐには閉じずに、彼の放った白濁をとろりと零している。
「うわー、君の胎内って真っ赤!それにセーエキが零れてすごいエッチ♪ヒクヒクしてる、まだ食べたそう…セス様のは大きいからきっと食べ応えあると思うよ、よかったね♪」
クスクス笑われても、それが何を言ってるのか、ボーっとした頭では考えられない。
冷たい石造りの床に頬を押し付けるようにして腰を掲げた姿態で弛緩している光太郎に伸し掛かりながら、アリスは柔らかな唇を光太郎の半開きの唇に押し付けて囁いた。
「僕、アリスって言うの。ねね、君は?」
「…あー…光太郎」
「そっか、光太郎って言うんだ♪じゃ、胎内の始末しよっか」
「へあ?」
ぼんやりと目線だけでアリスを見た光太郎の、その双眸がギョッとしたように見開かれたときには、彼の繊細そうな指先が、たった今自らが吐き出した白濁を絡め取っていた。
まだ快楽の余韻で収斂する蕾をさらに蹂躙されて、そして、アリスが持ってきていた道具箱にあるヘラのようなもので掻き出される時には、既に光太郎は何度目かの精を放って失神したように意識を手離していた。
Ψ
ハッと気付いた時には見知らぬ部屋に寝かされていた。
天蓋付きのベッドはやけにゴージャスで、ピンクの薄絹がさらさらと風に揺れて、女の子だったら夢見心地で目覚めるような空間だった。が、光太郎は男の子だ。
「なな!?えーっと…」
ガバッと起き上がってはみたものの、眩暈に襲われてクラクラとへたり込んでしまった。頭を押さえてここはどこだろうと顔を上げると、神妙な面持ちをした蜥蜴の親分、バッシュがそんな光太郎を覗き込んでいた。
『よかった、気が付いたんだな。光太郎、風呂場で逆上せたって聞いてよ…』
「へ?逆上せって…あ!」
ハッとして真っ赤になったまま俯く光太郎を、バッシュは訝しそうな表情をして首を傾げている。
思えば、アリスとか名乗った少年にいいように弄ばれて、今でも蕾が何かを咥え込んでいるような錯覚がして真っ赤になったのだ。
それにしてもあの少年は、一体何者だったのか…
『大丈夫か?』
手の甲は鱗に覆われているものの、掌は人間の持つ柔らかさがあって、その柔らかな掌で額を包んでくれるバッシュに、真っ赤になったままで光太郎はニコッと慌てて笑ったのだ。
「う、うん。大丈夫だよ…ところで、ここってどこなんだろう?」
『あ?ああ、なんか後宮なんだってさ。一国の城でもあるまいし、あのセスとか言う隊長は国王にでもなったつもりかねぇ?こんな砦で後宮もクソもないんだが…光太郎の他に10人ほどの男娼がいるらしいぜ』
「そうなんだ」
漸く落ち着いてきた気分に溜め息を吐いて、光太郎は改めて部屋の中を見渡した。
調度品はそんなになかったが、室内自体は整っていて綺麗だった。
殺風景ではあるが、誰かがこの部屋を毎日掃除でもしているんだろうか?
『さっき、セスの奴が来やがってな。夜明け前に主がお出ましするそうだぜ』
「え?主って…沈黙の主のことかな?」
『そうだ。はぁ…ジャが出るかヘビが出るかってなもんだが、参ったよな。畜生!このクソッタレなチョーカーが外せたらいいんだが』
ベッドサイドに腰掛けた有翼の魔物は、首にピッタリと嵌った鉄のような金属の輪を苛々したように引っ張っている。どうやらそれは、何らかの魔法か何かが施されているのか、本来バッシュたちが持っている魔力を発揮できないように抑えこんでいるようだ。
『そうすりゃ、お前1人ぐらい抱えて逃げ出せるんだけど…』
「いや、それはダメだよ。見つかったらバッシュが殺される。それなら、なんとか堂々と逃げ出せる方法を見つけようよ」
『堂々とねぇ…』
突拍子もない光太郎の申し出に、バッシュは呆れたように肩を竦めてしまう。
「時間なら、夜明け前までまだたっぷりあるじゃないか。頑張ろうよ、バッシュ」
ニコッと笑って陽気にウィンクする光太郎を、バッシュは呆れたようにポカンッとしていたが、気を取り直して頷いた。
『…ああ、まあそうだなー』
「みんなも待ってると思うし…じゃあ、まずは偵察だよ!」
『…って、お前さっきまでへたばってたのに、大丈夫なのか?』
グッと拳を握って宣言するように言った光太郎は、まだフラフラするものの、気合いでそれを吹き飛ばしてベッドから降りるとバッシュを振り返った。
「こんなの屁!でもないね。それよりも、あの地下牢で待ってるみんなの方がもっと辛いんだ。バッシュには付き合わせて悪いけど、頑張ろう」
幾分か大人びた雰囲気を醸し出す様になった光太郎を、双眸を細めて見詰めていたバッシュは、やれやれと溜め息を吐きながら首を左右に振るのだ。大人びた…とは言っても、まだまだあどけなさを残す発想は子供そのもので、だが、だからこそバッシュはそんな光太郎が大好きだった。
『だな。まずはこの部屋から出られるかが問題なんだけどよ…』
ふと、バッシュは扉付近に何かの気配を感じて、「どうかしたの?」と首を傾げて問い掛けてくる光太郎に片手で制するような仕種をしてから、人間よりも優れいている聴覚でもって気配を窺っている。
(2…3…いや、それ以上だな。なんだ、この気配は?)
耳を欹てるバッシュの傍まで寄ると、不安に揺れる双眸でそんな蜥蜴の親分を見上げる光太郎は、こんな時だったがやっと見知った顔に会えてホッとしていた。
バッシュがいれば何とかなる、相変わらずそんな思いが光太郎にはあるようだ。
そんな光太郎には気付かないバッシュは、様子を窺うような仕種を見せるくせに、まるで襲い掛かろうという、本来生き物の持っている殺気すらないその奇妙な気配に眉を顰めている。
ハッキリ言って、気色が悪いのだ。
『様子を窺っていてもどうにもならないな。向こうから来ないならこっちから行ってやらぁ』
「ば、バッシュ?」
ズカズカと大股で部屋を横切る元来から待つことを信条としていない好戦的なバッシュの後を着いて、光太郎も慌ててその背中を追いかけた。
不意に把手に手をかけたバッシュは、開くかどうか判らなかったが物は試しだとばかりに内側に引いたのだ。
「きゃー!」
「いやーん!」
扉は思ったよりもすんなりと開いて、それに釣られるようにしてドタドタと何かが部屋に雪崩れ込んできた。
『なんだ、コイツらは?!』
訝しそうに眉間に皺を寄せるバッシュの声で、雪崩れ込んだ何か、数人の少年たちが「いたーい!」と打ち付けた場所を擦りながら身体を起こすと、顔を上げて今度は別の声を上げた。
「きゃー!!」
「魔物だーッ!!」
明らかに黄色かった声が悲鳴に変わって、ワラワラと逃げ惑う少年たちに、バッシュは呆気に取られたような不機嫌そうな顔をして絶句している。こんな場合、どうしたらいいんだと彼の服を掴んでソッと後ろから覗いている光太郎を見下ろしてパクパクと口を開いているが声が出ない。
バッシュにしては珍しく、驚いているようだ。
「あれ?後宮の子たちかな??」
「わーん、食べられてしまいますぅ…あれ?あなた、もしかして人間??」
頭を押さえて泣き出していた、光太郎よりも随分と幼い少年が、独り取り残されて途方に暮れたように観念していたが、光太郎の声に気付いて恐る恐る顔を上げてキョトンとした。
「うん、俺は光太郎って言うんだ。こっちはバッシュって言う魔物なんだけど、大丈夫。彼は人間を食べたりはしないよ」
「ほ、ホント?本当に食べない?」
くすんくすんと泣いている少年は、ビクビクと怯えながら蜥蜴の親分のようなバッシュを見上げている。それでなくても目付きの悪さは擢んでているバッシュのこと、初めて見る魔物にしては兇悪すぎたが、自分と少しも変わらない人間の少年が親しげに寄り添っているのを見ると、腰を抜かしていた少年も恐る恐るではあるが身体の緊張を解き始めたようだ。
『お前を喰うぐらいなら木の皮でも喰ってる方がマシだ』
フンッと外方向くバッシュにビクッとする少年を見て、光太郎は困ったように眉を寄せてそんな蜥蜴の親分を見上げるのだ。
「もうー、どーしてバッシュはそんなこと言うかなぁ?またこの子、怯えちゃったじゃないか」
『知るか』
人間なんか知ったことかと外方向いてツーンとしているバッシュに、やれやれと肩を竦めて苦笑した光太郎は、どうしたらいいのか判らないと言った感じでバッシュと光太郎を交互に見比べている少年にニコッと笑いかけた。
「ごめんね、そんなに悪い魔物じゃないんだけど。人間を見ると条件反射で意地悪になるんだよ。でも、大丈夫食べたりしないから」
柔らかく笑いかけられて、バッシュは怖いけど、光太郎は気になる少年はビクビクしながらも瞼を擦って涙を拭った。
「う、うん。えっと、こんにちは。ボク、ケルトって言います」
へたり込むようにして座ったままでぺこんと頭を下げる少年ケルトに、光太郎はニッコリ笑って「よろしく」と言いながら腰の抜けている少年の腕を掴んで立ち上がらせてやった。
「どうして怖いのに、こんな所に来たんだい?」
不思議そうに光太郎が小首を傾げると、ケルトはバッシュを気にしながらモジモジと俯いてしまう。
そのウジウジした態度にバッシュは苛々したが、その気配を敏感に感じ取った少年は声を詰まらせて怯えてしまった。
「もー、バッシュってば~!!」
ムキィと怒ってバッシュを部屋に押し込んだ光太郎は、ヒクヒックと今にも泣き出しそうな少年に怖がらないでねと言って笑いかけた。
「もう、大丈夫だよ。バッシュってば参っちゃうね、あははは」
何とか取り繕おうとする光太郎に、怯えたようなケルトは同じ人間だと言う安堵感からピッタリとくっ付いてきた。
「みんなが!あの、みんなが珍しい人がいるから見に行こうって。ボク、来たくなかったのに」
(そうだろうなぁ…バッシュであれだけ怖がってるんだ、シューに会ったら卒倒するかも)
ピタッとくっ付いてふにゃぁと泣き出しそうなケルトは、どう見てもまだ10歳そこそこのあどけない少年だ。こんな子供が、まさか男娼なんてことは…あるんだろうなと、光太郎は暗い気持ちになっていた。
この年齢になっている自分でさえも、男に犯された経験は暗い陰になって心の奥深いところに根付いている、ましてやこんなあどけなさを残す子供なのだ…この子は、こんなところにいても凹んでいたりしないのだろうか。
不憫で仕方ない心の葛藤を押し殺して、そんなはずはないと知っている光太郎は小さく笑って頷いていた。
「大丈夫だよ」
何が?とか聞かれてしまうと困るのだが、思わず呟いてしまった言葉に、ケルトはキョトンッとして小首を傾げた。それから、泣きそうな表情のままで愛らしくコクリと頷いた。
「はい、ここに来てよかったと思います。光太郎さんと…あの、バッシュさんに逢えました。バッシュさんは魔物ですけど、怖くありませんでした。良かった…です」
ヒックとしゃくり上げたのは、扉の隙間からジーッと見詰めてくる縦割れの凶暴そうな双眸に気付いたからだったのだが、扉の向こうのバッシュがフンッと鼻を鳴らして『子供のクセにおべんちゃらなんて言うな』と言ったのを聞いて、ケルトは怯えながらもキョトンッとしてしまった。今まで、どんなに怯えていても確りしろだとか、男の子なんだからと言って毅然とするように言われてきていたケルトは、そんなバッシュの飾らない言葉に目を丸くしたのだ。
「あー、もう。バッシュのことは、この際気にしないで…」
「いいえ!バッシュさんに言われて、ボク良かったです。いつも男の子だから我慢しなさいって言われてきました。確りしたことを言いなさいって…でも、バッシュさんは言うなって言ってくれました…ボク、ボク、ホントは怖いです」
ふにゃっと顔を歪めたケルトは、シクシクと泣きながら光太郎に抱きついた。
何かを我慢していたように泣くケルトの肩を優しく抱き締めてやりながら、光太郎はそうか、バッシュでも良いことを言うんだなぁと感心してしまった。
少し酷いようだが、今見直してしまったと言った感じだが、当のバッシュは扉の向こう側で『ガキなんだから怖くて当たり前だろーが』と、何でそんな当たり前なことも判らないんだ、これだからは人間どもはと憤懣遣るかたなさそうに腕を組んで鼻で息を吐き出している。
「ごめんね、バッシュはああ見えても良い魔物なんだよ」
泣きじゃくるケルトにオロオロしたように慰めようとする光太郎を、少年はポロポロ泣きながら鼻を啜って頷いた。
「バッシュさんは怖いですけど、ボクは大丈夫です。だから出て来てください」
「ホントに?だったら…えーっと、バッシュ?」
『別に取って喰うってワケじゃねーのに、どうして人間は見た目だけで魔物を毛嫌うんだろうな?そんな風にされると、どうも思ってない時でも殺して遣りたくなるぜ』
「バッシュ!」
穏やかじゃないことを言いながら姿を現すバッシュに、矢張りケルトは怯えたが、それでも精一杯頑張ってニコッと泣き笑いのような顔をした。
「あの、光太郎さんとバッシュさんは初めてこちらに来たんですよね?ボク、よかったらこの後宮をご案内します」
「え、いいの?」
光太郎が驚いたように眉を上げると、はにかんだようにニコッと笑ったケルトは頷いて、それからビクッとしたようにバッシュを見上げた。よく見ると、矢張り蒼褪めている。
バッシュは面白くなさそうに舌打ちしたが、それでも慣れてくれなんて思ってもいないからもう気にもしていない。
「はい。ボクもまだここに来て3ヶ月ほどですけど、少しは知っていますから」
柔らかく笑うケルトは、サラサラの金髪で、空色の大きな瞳がキラキラしていてとても可愛らしい少年だ。まだ、漸く10歳になったばかりぐらいの少年を、光太郎の背後から見下ろしていたバッシュは、こんな年端も行かぬ子供までも慰み者にしているのかと、人間どもの持つ限りない欲望に吐き気さえ覚えていた。
「そっか、それじゃあ助かるな。じゃあ、色々教えて貰おうよバッシュ」
『ああ…』
頷く魔物に、ケルトはまだ慣れていないように怯えた双眸で見上げていたが、自分と同じ人間であるはずの光太郎が、困惑しながらもニコッと笑いながらバッシュを見上げて、まるで信頼を寄せきった無防備な表情で接しているのを見ている間に、少しずつ心の蟠りのようなものが解きほぐれていくのを感じていた。そうしてジーッと根気よくムスッとして睨み返してくるバッシュを見ているうちに、漸くその凶暴そうな目付きに慣れてきたようだった。そうして慣れてくるとバッシュと言う魔物は、大人が言うほど凶悪で残虐的な生き物ではないように思えた。
この極悪な環境下で信じられるものなど何もない砦で、初めて出会ったはずなのに、ケルトは太陽に似た花が咲き誇るように笑う光太郎を、どうしても疑えなくなっていることにも気付いていた。だからこそ、その彼がこれほどまでに信頼しているバッシュと言う魔物が、ここにいる大人たちよりも随分と信用できるのではないかと思い始めていた。
ならば、まずは自分が馴染まなければ…ケルトはそれでも恐ろしさに震える心を叱咤して、バッシュを見上げると、朝の静けさの中で咲き綻ぶ花のように微笑みかけていた。
そんな風に人間に笑いかけられたのは光太郎だけだったから、バッシュは呆気に取られたような、困惑したような顔をしてポカンと見下ろしてしまった。
バッシュのその態度にケルトもキョトンとしたが、次いで、思った以上に怖くない魔物にやっとパァッと表情を明るくしたのだ。
「ボク、いろいろ教えますよ!ここに来てずっと1人でしたから、光太郎さんやバッシュさんに逢えて本当に良かった!宜しくお願いしますッ」
ペコンッと頭を下げて宜しくされてしまった光太郎とバッシュだったが、光太郎は嬉しそうに宜しくされて、バッシュは困惑したように何を宜しくされているんだろうと首を傾げてしまった。だが、そんな2人のことにもお構いなしで、やっと打ち解けられたケルトはニコニコ笑っている。もともとは明るい少年だったのだろうと思った光太郎は、矢張り彼も、1人で心許無かったのだろうと思うと、こんな小さな身体でたった独りこんな場所に連れてこられて、どんなに心細かっただろうとそっと眉を寄せて唇を噛んでしまう。
年の離れた可愛い弟ができたような気分になった光太郎と、厄介なものを背負い込んでしまったと思ったバッシュの腕を取ったケルトは、嬉しそうにニコニコと笑っている。
「ボク、頑張ります!」
ふっくらした頬があどけない少年は、恐怖心から漸く解放された安堵感で、本来持っている陽気さを垣間見せてニコッと微笑んだ。光太郎とはまた違う柔らかで優しい微笑みに、魔物は子供には罪はないからなぁと、光太郎の傍にいることを許してやる気になっていた。
しかし、矢張り厄介者を背負い込んでしまったと言う思いは消えない。
人間は信用できないからなと、年端も行かぬ子供に警戒心を抜くことはなかった。
そんなバッシュを見ながら、光太郎が「そんなに考えてると鱗が禿げてしまうよ」と思っているかどうかは別としても、後宮での光太郎とバッシュの短い生活は、こうして始まったのだった。