大きな金色の瞳がキョトキョトと、それでなくても実体は頗るカッコイイから、こんな風に白い蜥蜴になっているレヴィは可愛くて仕方ない。爬虫類って滑ってそうだけど、レヴィはイグアナの子供とでも言うような出で立ちで、触ればガサリとしているから、蜥蜴でも気持ち悪いとは思わない。
「もうちょっと待っててくれよ。これを洗ったら終わりだからさ」
《…ご主人さまはどうして皿を洗うのですか?年長であるのですから、弟君に命じれば宜しいのに》
キョトンッと小首を傾げて俺の頬のところに頭を擦り付けてくる白い蜥蜴の、その尤もな疑問に俺は苦く笑いながら肩を竦めて見せた。
「ん~、頼んでも断るような弟だからな。命令して言うことなんか聞かないよ」
濡れた手で布巾を掴んで、最後に洗った茶碗を拭いていると、レヴィはむ~っと考えているようだったけど、鱗に覆われているザラザラの掌でペタリと俺の頬に触れながら小首を傾げている。
《なんなら、ご主人さま。私が聞き分けの良い人間にしましょうか?》
「ここ、断る」
屈託もないようなくるりんっとした金色の瞳で俺を覗き込んでくる白い蜥蜴の、確かに俺を思ってくれる気持ちから出た言葉なんだろうけど、青褪めながら丁重にお断りする俺にレヴィは残念そうに《そうですか》と呟いた。
いや、白蜥蜴とは言ってもれっきとした悪魔なんだ、【お願い】すればニッコリ笑ってロボトミー手術でもした患者のように素直になってくれるだろう。
ごめん、怖いからやめてください。
「…光太郎さぁ」
不意に背後から声を掛けられてビクゥッとした俺は、慌ててキッチンの出入り口に呆れたように腕を組んで立っている茜に振り返った。
「な、なんだよ?」
「よく、そんな爬虫類を肩に乗っけてられるよなぁ。気持ち悪くね?」
「へ?いや、別に…」
なまじ、悪魔の囁きのように耳元で唆す茜の従順計画を聞かれてしまったかと、バツが悪い思いに駆られていただけに、肩透かしのような弟の台詞には呆気に取られてしまった。
「俺にはさ、平気で威嚇するんだぜ?絶対!レヴィよりもバウンサーの方が似合うって」
「はぁ??」
ワケの判らない悪態を吐きながら、身体を屈めるようにして胡乱な目付きで肩に乗っている白い蜥蜴を睨みつける茜に、白い悪魔はムスッとしているようだけど、それでも何も言わずに俺の首筋に身体を寄せて背を丸めているようだ。
「ネーミングセンスの悪い光太郎が【レヴィ】なんていい名前付けたじゃん。なに?篠沢さんにでも付けてもらったとか??」
身体を起した茜のヤツは、ニヤニヤ笑いながらムッとした俺の顔を覗き込んできたけど、んなワケねーっての!と、あからさまに物語る俺の仏頂面に肩を竦めて、それからまるで、ついでのようにチュッと音を立てて尖らせる俺の唇にキスなんかしてきやがった。
「…あのなぁ、茜…ッ!?」
「いってーーーッッ!!この、クソ蜥蜴ッ」
相変わらず、レヴィの熱いキッスを頬に受けた茜は思い切り痛そうに噛まれた場所を押さえて蹲ってしまったから、俺は呆れたように笑いながら首を傾げて見せたんだ。
「毎回毎回、レヴィに噛まれるのにヘンなことするからだ」
「…ってぇ、畜生。昔はさぁ、茜、茜って言ってさ。光太郎の方がキスしてきてたのに、なんだよ、イキナリ用心棒とか飼いやがるし」
《!!》
ギョッとしたようにパカッと口を開けた白蜥蜴は、そのまま俺の顔を見上げてきた。
いや、なんでそんなに驚いてるんだよ、レヴィ。
「アレは、お前が喜ぶからただのスキンシップだろ?」
現に、頬っぺたや額にキスしてやると、どんなに愚図って泣いていても、すぐに嬉しそうに喜んでご機嫌になってたんだよな。
だから、それが癖になっていて、中学1年の時に反抗期で父親と遣り合った後に悔し泣きしていた茜の頬にキスしちまって、その時はアレだけ嫌がっていたってのに、それからこんな風にキスばかりしてくる。
だけどなぁ、お前の場合は必ず口にするから嫌なんだよ。
「そもそも、俺がしてたのは頬っぺたや額だったじゃないか。口にするのなんかヘンなんだろ??」
お前がそう言ったんだぞ。
「んー、あの時はちょっとね。でも、今はそれが嬉しいんだからさせろよな」
「はぁ…ヘンなヤツに磨きをかけてるなよ、茜」
「キスでヘン?じゃあ、犯すとどう言われるんだろ。変態とか??」
クスクスと笑いながら、真っ赤になってしまった頬を晒して男前の顔立ちをしている茜のヤツは、あんぐりしている白蜥蜴を追い払って、そのまま俺を抱き締めてきたんだ。
いつからこんなに成長したのか、茜のヤツは記憶していたよりも随分と逞しく育ったと思う。
「何を懐いてんだ、茜?」
「懐いてないって♪このまま押し倒そうと思ってるだけ」
そう言ってもう後ろがない俺は、そのままシンクに身体を押し付けられるようにして茜にキスされてしまった。
「んぅ!…ん…んぁ…フ……んん」
肉厚の舌が歯列を舐めて、途端に、あの時嗅いだ桃のような甘ったるい匂いを思い出だしてしまった俺は、トロンッと腰砕けにでもなりそうな顔付きで、逞しい茜の背中に腕を回しながら口付けの深さに酔いそうになっちまって…
《ご主人さま!何をなさっておいでですッ》
脳内に響いたレヴィの苛立たしそうな思念にハッと我に返るのと、どうやら思い切りやわらかい脹脛に食いつかれたんだろう茜が、悲痛な絶叫を上げてダイニングの床に転がるのはほぼ同時だった。
「え、えっと!だ、大丈夫か!?茜??」
やっべ!思わず弟に流されるところだった!!
俺の濡れたように光る唇に親指を這わせて、激痛に顔を歪めたままで床の上で威嚇している白蜥蜴を睨んだ茜は、それから心配している俺の顔を覗き込んで笑いやがったんだ。
「クッソー!白蜥蜴の飼い主は光太郎なんだから、絶対にこの責任は取ってもらうからなッ」
「金ならない!スマンッ」
損害賠償を訴えられたらレヴィとお別れか!?
それは嫌だ、素直に謝ろうとする俺の後頭部を掴んだ茜は、グイッと力を込めながら犬歯を覗かせてニヤッと笑いやがったんだ。
「もちろん、金なんかいらないよ。決まってる!ペットの不始末は身体で払ってもらわないとなッ」
どこのエロ親父だよ、茜!
俺は脱力しながら、痛みで額に汗する弟の身体から手を離していた。
哀れ茜、床へ背中からダイブである。
「だから、アレは弾みだって」
《貴方は弾みで誰とでもキスするんですかッ》
胡乱な目付きで肩に乗っかっている白蜥蜴が睨みつけてくるのを、半ばうんざりしながら溜め息を吐いて受話器を持ち上げると、耳元に聞き慣れた悪友の声がした。
茜は篠沢から電話がかかってきたのを知らせようとして、まあ、あんなことになっちまったので、篠沢のヤツは結構待たされたと思うんだけど…別に気に留めた様子もなく上機嫌だ。
後でキッチリ説明でも求めているような白蜥蜴の執拗な視線から逃げるようにして、俺は待たされていたに違いない友人に勤めて陽気に応えたていた。
「篠沢?ごめんごめん、待たせちまって…」
“いいって別に。んでさ、今日言ってた本だけど…”
あー、そう言えば。
商店街で会った時に、いつか見せてくれるって言ってたモデルガンの雑誌が戻って来たって言ってたっけ?わざわざその為に電話をくれたのか…うう、持つべき者は悪友だな。
「うん、その本がどうしたんだ??」
“従兄弟のヤツが貸してくれって言ってるんだよね。だからさ、明日でもウチに来ない?”
明日か…ああ、明日なら父親も弟もいないからいいか。
「判った、じゃあ明日学校帰りに寄るよ」
“そうしてくれ”
んじゃなーっと言って、言いたいことだけ言うとサッサと切ってしまう、篠沢らしい対応に思わず苦笑していたら…不機嫌そうな思念が脳内に響いてきた。
《あの人間ですね?ご主人さまは…やっぱり行かれるんですか》
そのくせ、ちょっとションボリしているのは否めない。
だから俺は、レヴィを憎めないんだ。
「好きな本なんだよ。まあ、それを読んだらすぐ帰るから」
《私はお留守番ですか!?》
ギョッとしたような白蜥蜴がガサリとした身体を摺り寄せながら見上げてくるから、俺は鼻の横をポリポリと掻き掻きトントンッと自室に戻るために階段を上がったんだ。
「えーっと、まぁ。篠沢のヤツ、爬虫類が苦手なんだよな」
いや、得意ってのもスゲーけど…俺の場合は、この白蜥蜴がレヴィって判ってるから肩に乗せたり、キスしたり摺り寄られても鳥肌とか立たないんだけど、これが茜や篠沢なら、特に篠沢なら卒倒ぐらいは平気でするだろう。
「ごめん、レヴィ」
そう言って室内に入ると、脳内にヤレヤレとでも言いたそうな、理不尽そうなレヴィの思考が流れ込んできた。そりゃあ、やっぱり怒ってるだろうなぁ。
それとも呆れてるかな…俺、結構レヴィに酷いこと言っちゃったし。
「あのさぁ、その、レヴィ…」
『私は、ご主人さまが心配なんです』
呟くような声が耳に直接届いて、ハッと肩に触れた時には白蜥蜴の姿はなく振り返った先に、漆黒の外套に中世の貴公子が着込んでいるような古風な衣装に身を包んだ、白髪で先端の尖った大きな耳を持つ、金色の双眸を拗ねたように光らせている白い悪魔が立っていたんだ。
部屋は狭いし、振り返ればすぐ目の前にいる悪魔は、ちょっと寂しそうに俺に向けていた金色の視線をふと逸らして、それでも無言で抱き締めてきたりするから…俺はどんな顔をすればいいんだよ。
『貴方があの人間のところに行かれるのであれば、それは貴方が望むこと。致し方ありません。でも私は…貴方にとってはただの悪魔でしかありませんが、私にとって貴方はとても大切な方です。どうぞ、忘れないでください』
そんなこと言って…俺は、俺の中に蹲る凶悪なものがあるなんてこと、気付きもしなかった。
悪魔だと言うのに、抱き締めれば温もりだってあるのに、俺は抱き締めるレヴィの背中に腕を回して、誰よりも抱き心地のいい白い悪魔の胸元に頬を寄せていた。
チャラチャラ宝石類を身に着けているのは、レヴィが魅力的な悪魔だからかもしれない。
悪魔はそうして、人間の心を誘惑するんだろう。
(…とても大切なのは主人だからであって、俺がただの人間だったら見向きもしないくせに。本当の名前だって、俺には教えてくれない)
あんな非道いことを言っておきながら俺は、この白い悪魔に全てを求めたくなっていた。
レヴィの本名を知ってどうなるのかも判らないけど、ちゃんとその名前を呼びながら、俺も白い悪魔が大好きだって、ちゃんと言いたいのに。
でも、レヴィにとってこれは、ただの契約上のなにものでもないのかもしれない。
だってレヴィは…悪魔だもんな。
『ご主人さま、どうか私を離さないでください。貴方に捨てられてしまったら私は…』
不安そうに白い眉根を寄せて、レヴィは俺の色気も何もない黒い髪に頬を摺り寄せながら、まるで縋るようにそんなことを言うから、だからきっと、俺は勘違いしてしまうんだろう。
判ってるくせに。
「捨てたりするワケないだろ?俺は非道い人間だから、レヴィをきっと独り占めするんだ。俺が死ぬまで、レヴィは自由にはなれないよ」
顔を上げると、不安そうな顔をしている白い悪魔の冷やりとする頬にソッと掌を添えたら、レヴィは金色の瞳で何かを探ろうとでもするように見下ろしてきた。俺の言葉を信じたいんだけど、人間は悪魔と同じぐらい嘘吐きだからなぁ…と思っているのか、それとも、昼に言った言葉のせいで、自分が綺麗だから傍に置いてくれてるんだろうなぁ…とでも思っているんだろう。
どちらにしても、レヴィは少しだけ嬉しそうに頬の緊張を緩めたようだった。
それでも、我が侭に非道いことを言う俺の言葉でも、レヴィは嬉しそうな顔をしてくれるんだ。
『ご、ご主人さま!?』
レヴィがギョッとしても仕方ない。
俺は、嬉しそうにしているレヴィの頬に掌を添えたままで、そのジャラジャラとアクセサリーが飾る胸元を掴んで、強引に引き寄せたからだ。引き寄せて、それから俺は…
ゆっくりと瞼を閉じて、白い悪魔のレヴィにキスしていた。
自分からキスしたことなんかないから、どういう風にしたらいいのかよく判らないんだけど、レヴィや茜にされるように、ちょっと驚いて開いている、真珠色の歯がとても綺麗なレヴィの口内に舌を挿し込んでみた。
恐る恐る生温かい口内を舌先で探っていたら、すぐに肉厚の舌が絡まってきて、時折優しく吸ったり、淫らに絡み付いてきてくれる。その仕種が気持ちよくて、俺は必死でその動きにあわせようと頑張ったんだけど、結局、主導権はいつもレヴィに握られてしまう。
仕方ないよな、恋すらも初めての人間が、きっと百戦錬磨に違いない悪魔に勝てるワケがない。
レヴィの頬から離れてしまった手で、必死にレヴィの古風な衣装を縋るように掴もうとして、カクンッと足の力が抜けたように倒れそうになる俺に、覆い被さるように貪欲なレヴィが深い深いキスをしてくれる。
「…ふ、ぅ……んん…ッ」
『…ッ…』
貪るようにキスしてくるレヴィは、百戦錬磨のクセに必死で、縋るように抱き締めてくるから俺は…白い悪魔に抱き付きながら、息も絶え絶えの声でキスの合間にレヴィの尖った大きな耳に囁いた。
「…えっち、しよ…」
『ご、主人さま…それは、その』
クッソー!こんな恥ずかしい事は一度しか言いたくないんだぞ!??
顔を真っ赤にした俺はレヴィを軽く睨んだんだけど、件の悪魔は、それこそ、思わず呆気に取られて噴出しちまいそうになるほど、動揺したような嬉しそうな、色んな感情が綯い交ぜした間抜けな表情をしやがったから、顔を真っ赤にしたままで俺はギューッとその胸に顔を押し付けながらヤケクソで言うしかなかった。
「だ、だから!…その、レヴィ…えっち、しよーぜッ」
湯気だって出れば、頭に水の入った薬缶でも置いてくれれば沸騰だってさせてやらぁ!
そんな覚悟の台詞だったってのに、いつまで経っても白い悪魔はウンともスンとも言いやがらないから、俺は顔を真っ赤にしたままで恐る恐るレヴィを見上げたんだ。
白い悪魔は…なんとも言えない表情をして、俺を見下ろしていた。
それは、嬉しいとか興奮してるとか、そんな感情じゃなくて、それどころか、どこか冷めたような冷静な双眸だったから、言った俺の方が居心地が悪くて、もしかしたらなんとも的外れな事を言ってしまったんじゃないかと胸がズキンッと痛んだ。
レヴィに纏わりつくあの蠱惑的な芳香に酔い痴れてしまって、俺はとんでもないことを口走ってしまったんじゃないのか?…レヴィは、ただ単にあの時の行為はお互いを知るためであって、楽しいからしているワケじゃないと言わなかったか?
そうだ、俺は凄い勘違いをしていたに違いない。
「ごめん!…レヴィ、その、今のはナシ!聞かなかったことにしてくれ。ははは…俺ってばどうかしてたんだよ!」
胸がズキンッと痛むけど、それは我が侭ばかり言う俺を、本気でレヴィが好きだなんて思い込んでいた思い上がりへの罰だ。
だって、レヴィは悪魔なのに…
俺は慌てて顔を真っ赤にしたままでそう言いながら、レヴィから離れようとして、ガッチリと抱き締められている事実に気付いて首を傾げてしまった。
だって、レヴィのヤツは今、俺の言った言葉に困惑して、それからきっと、嫌だと思ったに違いないってのに。どうしてそんなヤツを、抱き締めてくるんだよ?
「れ、レヴィ…離せよ。じょ、冗談だってば、気分を悪くしたんだったら…」
『ご主人さまは、そんな淫らな顔をして誘うんですね。きっと、弟君やあの人間にも、その淫靡な表情で誘うんでしょう』
「は?レヴィ、何を言って…ッ」
ドンッと突き飛ばされて、身構えてもいなかった突発的な行動に、追いつかなかった俺はそのまま突き飛ばされた先にあったベッドに背中からダイブしてしまった。
「なな!?何す…んぅ!」
覆い被さってきた悪魔は、冷めた表情をしながらも、何故か、何故そう思ったのか今でも判らないんだけど、静かに怒っているようにも見えた。
荒々しいキスは自尊心を踏みつけるほど淫らだったけど、何故、そんなことをされるのか判らなくて目を白黒させている俺は、それでも蠱惑的で腰が砕けちまいそうなほど厭らしい気分になるレヴィの芳香に酔い痴れて、もう何をされてもいいような気持ちになっていた。
ハッ!いかん、このままじゃいかん!!
「や、やめ…ッ!……んぁ…ッッ…れ、レヴィ…お願いだからッ」
『ご主人さま?どうして嫌がるんです。貴方は、セックスがお好きなんでしょう?』
「ちが!…んぅ!…れ、レヴィだから!…レヴィとだから……ッ…えっちしたいのに」
追い詰めるようなキスにポロポロと涙を零しながら首を左右に振れば、俺の様子がおかしいと思ったのか、それとも、必死に搾り出した言葉に何かを感じたのか、レヴィはキスをやめてくれた。
濡れた真っ赤な唇から覗く舌に、俺の舌からのびた唾液が常夜灯に反射してキラリと光ったけど、レヴィはその舌先でペロリと唇を舐め、それから俺の唾液塗れの唇をペロペロと舐めたんだ。
『ご主人さまは、セックスが好きではないんですか?』
「あのな、レヴィ!俺は、誰かとえっちしたことなんかないんだ。お前がその…は、初めてだったし。それに、レヴィとだからえっちしたいって思ってるんだ。こんな気持ち、誰にも持ったこたねーよ!」
畜生、これ以上何を言わせるんだよ。
『…それは、本当ですか?』
一言一句、まるで区切るように、覆い被さっているレヴィが俺の両腕を脇で押さえ付けたままで覗き込んでくるから、その金色の揺るがない双眸を見据えたままで、俺はこれ以上はないってぐらい顔を真っ赤にして宣言でもするように喚いたんだ。
「あったりまえだろ!!好きな人としかえっちなんかできるかよ!!?」
『それは、私が綺麗だからですよね?』
凄まじい力で俺を押さえ付けたままで、ションボリと白い睫毛を震わせて金色の目線を伏せる白い悪魔を、腕の自由が利くんだったらその両頬をバシンッと挟んで確りと見据えて言ってやるんだが…まあ、でもこんな事を思い込ませたのは俺の責任でもあるんだけど。
「…うん、レヴィは綺麗だ。俺なんかが傍にいても、本当にいいのかって不安になるぐらい綺麗だよ」
ますますシュンッとしたように伏せた金色の瞳で、ふと俺を覗き込んできたレヴィは、もうそれでもいいかな…と、自分で自分に言い聞かせているように溜め息を吐いたみたいだった。
「思わず嫉妬してしまうほど、レヴィは綺麗だ。だから、俺は不安になるんだ。レヴィが本当に俺と一緒にいてくれるのか、俺を好きだって言ってくれるのか…イロイロと試してしまう。悪魔には判らないかもしれないけど、何にもできない人間って言うのは、いつだって心配で仕方ないんだ。だから、逃げられる場所を作る。お前がもし、何処かに行ってしまったら、逃げられる場所を…」
『それが、彼なんですか?』
「うん、悪友だし」
『悪友…ねぇ』
ポツリと、レヴィが忌々しそうに呟いた。
あれ?雰囲気がちょっと違うようなんだけど…
『ご主人さま、悪友って言葉の意味をご存知ですか?』
「へ?」
レヴィは冷やかな眼差しで、きっと間抜けな顔をしているに違いない俺を覗き込みながら、それはそれは酷薄そうに笑うんだ。
『交友するとためにならない友人、若しくは特に仲のよい友人や遊び仲間のこと…恐らく、貴方は後者の意味で仰っているんでしょうが、あの人間は前者に値しますよ。貴方はそう言うと怒るでしょうが、私は悪魔です。人間がたとえ怒ったとしても、本当はね。怖くなどないのですよ』
「れ、レヴィ…?」
それはもしかしたら、レヴィなりの、白い悪魔の嫉妬だったのかもしれない。
忌々しそうに呟きながら、レヴィの冷たい指先がシャツの裾から忍び込んで、乳首をキュッと抓んだりするから、俺は思わず声を出して白い悪魔の胸元を解放された方の腕で引き寄せながら額を寄せてしまう。
片腕は自由にならないし、レヴィの窺うような金色の双眸に見詰められたまま頬を朱に染めて、感じてしまう顔なんか見せられない…と言うか、見せたくないっての!
『ただ、貴方の乱れる様が見たい…そう思っただけなんです。悪魔は悪魔の樹から生まれると、そのまま恩義も感じずに立ち去るものです。しかし、私は貴方を見た瞬間、心が騒いで仕方なかった。貴方をこの身体の下に組み敷いて、思う様突き上げれば、どんな声で鳴くんだろうと試したくて仕方なかった』
まるで氷のように、酷薄な笑みを浮かべる唇の隙間から、ブリザードのように凍える言葉がポロポロと落ちてくる。一瞬、凍傷にでもなったようにビクッとして、腕を解き放たれた俺は、それでもズボンを下着ごと剥ぎ取られながらも抵抗する事はできなかった。
『つまらない、私の好奇心だったのですよ』
抵抗できなかった。
その言葉が、あんまり深々と胸に突き刺さっていたから。
『思った以上に貴方は素敵でした。肛門が切れて、真っ赤な血を流しながら…それでも私を受け入れようと腰を蠢かす貴方の、青褪めた顔がどれほど私を興奮させたか判りますか?』
首筋に口付けられて、俺はその時漸く、自分が泣いていることに気付いた。
声を出すことも忘れて、俺は泣いていた。
そのことに、レヴィは気付いているんだろうか。
『この顔も身体も、汚らわしい人間などに触れさせたくもないと思ったのですが…貴方は存外に鈍感で、そしてあまりにも愚かでした。私は言いませんでしたか?貴方は我慢強く、そしてお人好しだ。悪魔の私を好きなどと言う』
レヴィは呟くようにそう言うと、力が抜けている俺の片足を抱え上げて、それから腿にチュッと音を立ててキスをしたんだ。
下腹部の全てを晒して、どんなに無防備な姿を晒しているのか、後から考えたら羞恥心で身悶えちまうって言うのに俺は、その時はそんなこと、考える余裕すらなかった。
形すらも成さない陰茎に指先を這わせて、その凍傷しそうなほど冷やりとする指先が、まるで今のレヴィの心のようで、思い上がっていた人間に施す最後の愛撫にしては、優しすぎて泣けてくる。
それだって、これっぽっちも感じやしないのに。
「…知ってるよ」
『え…?』
不意に零れ落ちた言葉に、レヴィの白い眉が微かに寄った。
涙を零して、滲む白い悪魔の顔を淡々と見詰めると、それでも俺はあられもない姿を晒しながらも怪訝そうな顔をするレヴィを見上げたんだ。
レヴィは、きっと、悪魔だから、俺の好意を知ってから突き放すつもりでいたんだろう。
どうして、レヴィにそこまで恨まれているのかは知らないけど、どうも俺は、いつかレヴィを怒らせたようだ。だから、この白い悪魔は手の込んだ計画を練って、俺を貶めるためにこの地上に来たんだろう。
「レヴィさ、本当は最初から、俺のこと嫌いだっただろ?」
『…』
無言はいつだって肯定だ。
言い訳するよりもハッキリしているから、俺は自分の予感の的中に喜ぶどころか、心臓の奥の方がズキンッと痛むのを感じていた。
「最初に俺を見下ろした時の、あの目だ。あの目は、俺を虫けらでも見るような、忌々しそうな目だった…俺、レヴィに何かしたのか?だったら、許してはくれないだろうけど、謝りたいんだ」
『何を今更…』
レヴィは忌々しそうに唇を噛んだ。
綺麗な真っ赤な唇に、整った歯並びが綺麗な真珠色の歯が食い込んだ。
『では、どうぞ。私に抱かれてください』
「…レヴィ」
好きでもないのに、レヴィは俺を抱こうとしている。
たぶんそれはきっと、凄く辛いに違いない。
でも、大丈夫だ。
この胸の痛みに比べたら…身体の痛みなんか我慢できる。
「…ヒ!…く…ぅ……ああッ!!」
隣りに弟がいるはずなのに、そんなこと考える余裕すらなくて、俺は闇雲に押し入ってくるレヴィの巨大な灼熱の陰茎に翻弄されながら泣き喚いていた。
もうやめてくれと泣き叫んでも、冷たい白い悪魔は許してくれない。
ズル…ッと一旦、大きく引き抜かれた猛り狂った陰茎は、まるで責め苛むように悲鳴を上げる狭い器官に捩じ込まれていく。苦痛に喘ぐ肛門は、レヴィの陰茎をぴっちりと咥え込んで、切れている端からタラタラと先走りと血液の混じった体液を零している。
「いぅ…ッ……あ、ああ…い、……いたッ…ヒィ」
自分がどんな体勢でいるのかもうメチャクチャで判らないけど、腰を高く掲げて獣のように這わされた姿は、白い悪魔の下僕にでも成り下がったような羞恥心を煽るはずなのに、シーツに頬を擦り付けながら涙を零している俺には、そんなことはどうでもよかった。
ぬちゅ…ちゅ…ッと、室内に湿った音を響かせて、有り得ない器官に捩じ込まれた陰茎が出入りする音が耳を打って、俺は思わずシーツを噛み締めてしまった。
細い腰はレヴィの逞しい大きな掌に掴まれて、冷たいはずなのに、その掌の感触だけが俺を現実に引き戻していた。
これは夢、きっと悪い夢。
そんな浅はかなことに希望を見出しては、それが全て嘘だと知るための掌…なのに、その掌が背中を滑って、一度も勃起しない俺の陰茎に絡まると、ムッとする芳香に酔い痴れるように、熱い掌がまるで愛してくれているように錯覚してしまう。
「んぁ!…ヒィ……あ!?……ッ」
ギョッとしたのは、這わせていた俺の身体を軽々と持ち上げると、大股に開かせた足はそのままで胡坐を掻くレヴィの上に座るような形で下ろされたからだ。
重力に逆らうことなくずるずるとレヴィの陰茎を飲み込む形になって、俺は一瞬、意識が飛びそうになってしまった。
「れ、レヴィ…あッ……ぉ願いだ、から…何か…なにか……ヒ!」
何か言ってくれ。
恨み言でも何でもいいから、何か言って、俺に愛されてるんだと錯覚させてくれ。
このセックスは、痛みだけを叩きつけるだけの非情な行為なのかもしれないけど、それでも俺にとっては、愛しいお前との愛の証なんだ。
そんなこと、照れ臭くて言えやしないんだけど…一度でも言っておけばよかった。
俺は、レヴィが好きなんだ。
こんな非道いことされながらも、キスを促されれば舌だって絡めるほど、俺はレヴィが好きだ。
膝が胸までつくほど折り曲げられて、まるで性行為の為だけの道具か何かのような扱いではあったけど、ガクガクッと力が失せてしまった足を揺するほど激しく攻められて嬉しいような悲しいような…きっと、悲しいんだろうなぁ。
「…ぅッ」
『…ッ…』
ゴプ…ッと、何度目かの吐精はゆるやかな抽挿に泡立って、胎内でぬるく掻き混ぜられているようだ。
今、引き抜かれたらごぽごぽと嫌な音を立てて、泡立った精液がレヴィの綺麗なズボンを汚して、シーツにまで垂れ流されるんだと思うと、このまま抜かないで欲しいと思った。
いや、そうじゃない。
このまま抜かないで欲しい…たとえ、1ミリだって感じもせずに勃起もできないでいることは判っているんだけど、それでも抜かないで欲しい。
抜かれてしまったらもう、何故かレヴィに会えないような気がしたからだ。
どんな非道い仕打ちをされたとしても、俺はレヴィを憎めないし、レヴィともう一度えっちしたいと思うんだろう。
だって俺は、この白い悪魔を見た瞬間から、恋に落ちていた。
射精後の脱力感からなのか、それが何を意味しているのか、レヴィは背後からギュウッと
俺を抱き締めてくれた。
抱き締めたままで何かを呟いたのに、その肝心な言葉が聞こえなかった。
聞こえていても、もしかしたら俺には判らない国の言葉だったかもしれないけれど…
俺はレヴィに抱き締められたままで唇にキスされながら、嬉しくて嬉しくて…頬にポロリと涙を零したまま意識を手離していた。
このまま目なんか、醒めない方がいい。
もうずっと、闇に閉じ込めて欲しい。
願い事なんていつだって叶わないものさ。
俺がそれを知ったのは、可愛がっていた犬が死んだ日で、再び思い知ったのは母さんが死んだ夜明けだった。
お願いだから、この世界の何処かにいる偉い人、俺の願いを叶えて…
身体はだるくて、下半身は思うように言うことを効いてはくれなかったけど、それでも日常は当り前のようにやってくるし、それに乗っかっていないと限界なんかとっくの昔に超えていたから、頭がどうにかなってしまいそうだ。
目覚めた時、やっぱりレヴィはいなかった。
俺を憎んでいる理由も、気持ちも、何もかも言わないままで、俺の身体に濃厚な存在感だけを残したままレヴィは何処か遠くへ行ってしまった。
きっと、俺の手の届かない場所なんだろうなぁ。
そう考えたら切なくて、俺は溜め息を吐きながら着替えると、カバンを抱えて階下に降りたけど、その時にはもう父親の姿も茜の姿もなくて、時計を見たら遅刻は決定だった。
なんだか一気に独りぼっちになったような気がして、俺は、誰もいないことをいいことにダイニングの床にしゃがみ込んで泣いていた。
膝を抱えて声を殺して、誰もいないこの場所で…レヴィのいない、この場所で。
いつまでも泣いているワケにもいかないし、学校を休む気にもなれなかったから、俺はカバンを持ったままで家を出た。家を出ても、学校に行く気にはなれなかったんだけど…それでも通い慣れた道を足は覚えていて、トボトボと行きたくないと駄々を捏ねる心を叱咤して歩いていた。
「おや、お兄さんじゃありませんか」
呼ばれたような気がして振り返れば、そこにはいかにも胡散臭そうな灰色のフード付きローブを着ている占い師…アイツがいたんだ!
「あ、アンタ!」
「どうしたんですか、そんな悪魔でも見たような顔をして」
目深に被ったフードで覆った目許は見えないけど、覗いているやや大きめの口許がニヤニヤと笑っている。間違いなく、あの灰色フード男だ!
「あ、悪魔の樹なんだけど…悪魔が生まれたよ」
「おお!ちゃんと生まれたんだ。よかったね♪」
「よかったね♪…じゃない!なんだよ、あの悪魔は…」
ふと、ジワリと涙が浮かんできて、俺は慌てて学ランの袖で乱暴に顔を擦っていた。
泣き過ぎて、腫れてしまった目許は誤魔化しようがないから、本当は学校には行きたくなかったんだけど…
「おや?悪魔がどうかしたのかい??と言うか、何かあったことは明確みたいだねぇ」
灰色フード男はキョトンッとしたように、今にも壊れそうな安っぽいパイプ椅子に腰掛けて、薄汚れた布を掛けただけの粗末な机に両肘を着くと指を組んで俺を見上げてくる。
せっかく会えたんだし、もう回り逢えもしないだろうあの白い悪魔のことを、どうせ誰にも言えないんだからせめて元凶のこの灰色フード男には聞いてもらおうと思ったんだ。
事のあらましを説明したら、「うんうん」と感情の読み取れない声音で頷きながら、灰色フード男は大きめな口許を引き結んで聞いていた。
「…というワケなんだけど、俺は悪魔に恨まれるようなことをした記憶がないんだ。アンタがあの樹をくれたんだから、あの悪魔について何か知らないか?」
「うーん…何かと言われてもねぇ。あ、そーだ。お兄さん、ところで悪魔の真実の名は聞いた?」
「え?…いや、聞かなかった」
「どうして!?」
驚いたように声を上げる灰色フード男に、俺はショボンッとして目線を伏せてしまった。
名前を聞くも何も、あれほど俺を憎んでいるようなレヴィが、俺なんかに本当の名前を教えてくれるはずないだろうが。悪魔にとって、本当の名前は大切なんだろうし。
「どうしてって…さっき言ったように、憎まれてるのに名前なんか聞けないよ。そもそも、名前を知ったらどうなるんだ?」
「ああ、言ってなかったかな?真実の名を知ると、その悪魔が望むと望まざると、名前を知った人間が死ぬまで悪魔は仕えなくちゃいけなくなるんだよ。だからね、ホラ、悪魔の名前を絶対に聞き出せって言ったでショーが」
そう、だったのか。
レヴィの本当の名前を聞いたら、レヴィはずっと俺の傍にいてくれたのか…ははは、馬鹿らしい。
だったら俺は、永遠にレヴィの本名なんか知らなくてもいいや。
「アイツにあんなに憎まれているのに、名前なんかで縛るのはダメだ。よかった、俺はレヴィの真実の名前なんて知らなくていい」
「え!?そんな、勿体無いでショーが!…でも、お兄さんがいいって言うのならいいけど。まあ、もう悪魔もいないんだし、聞く術もないからね」
そうなんだ、こんな口論しても仕方ない。
もう、レヴィはいないんだ。
「んじゃ、お兄さん。もう1本、悪魔の樹があるんだけど育ててみる?」
それは、ともすれば甘い誘惑だったのかもしれない…でも、俺は灰色フード男の掌に乗っている干乾びかけたグロテスクな樹を見下ろして、クスッと笑ったんだ。
「お兄さん?」
「いや、ごめん。でも、それはいらないよ」
「へえ?お代は特別にオマケするけどね、それでもいらない?」
押し付けたそうに言い募る灰色フード男に、俺は今度はキッパリと断った。
「レヴィに出逢えた樹だから、すっげー魅力的なんだけどさ。でも、いらない」
「もう、二度と手に入らないかもしれなくても?」
「…もう二度と手に入らないものは失くしてしまったから。そんな思いは懲り懲りだ。だからいらない」
「レヴィが生まれるかもしれないのに?」
ふと、灰色フード男の口許に目線を上げたら、胡散臭い占い師は大きな口をニヤニヤさせながら俺の出方を見守っているようだ。
もう一度、レヴィに逢えるのか?
あの古風な衣装に身を包んだ、漆黒の外套を翻して立っていた、真っ白な髪と先端の尖った大きな耳、飾り髪に色とりどりのアクセサリー…それから、いつもションボリするくせに、一度も揺らがなかった金色の双眸を持つ、あの白い悪魔に?
「逢って、また同じことの繰り返しなら…やっぱりいらないよ。俺、こんなこと言ったらアンタは笑うかもしれないけど、レヴィが好きだったんだ。アンタに悪魔の樹を押し付けられた時は、正直迷惑だって思ってたけど、今は感謝してる。ずっと礼が言いたかったんだぜ?ありがとう」
ニコッと笑ったら、灰色フードの男は一瞬口許を引き締めて、それからちょっと俯いたようだった。
「もし、誰かがレヴィに出逢ったとして、それをアンタに報告に来たとき…その人にお願いしてレヴィに伝えて欲しいんだ」
そんな胡散臭い占い師を見詰めたままで俺が呟くと、灰色フード男は首を傾げるような仕種をして、フードの奥に隠れている双眸が一瞬、キラッと光ったような気がしたのは気のせいだと思う。
「いいよ、伝えておく。たとえば、たとえば愛してるとか、そんなこと?」
口許をニヤニヤさせる占い師に、俺は一瞬目線を伏せて胸がズキリと痛むのを感じながら、それでも口許に笑みを浮かべて吹っ切るように灰色フード男を見た。
「サヨナラぐらいはちゃんと言え!…ってな、伝えてくれ」
さようならも言わずに行ってしまった薄情な悪魔の後姿を思い浮かべながら、俺は…俺は、気付いたら少しだけ泣いていた。
それで最後なら、もっと諦めがついたのに…悪魔は非道いヤツばっかりだ。
「それじゃ、俺はもう行くよ」
じゃーなと手を振ろうとしたら、灰色フード男にガシッと腕を掴まれてギョッとしてしまった。
「なな、なんだよ?」
「今日は、友人の家に行くのかい?」
「…は?なんで、それを知ってるんだ??って、そうか。占い師だもんな」
俺の財布の事情だって判るんだ、それぐらい知っていてもおかしくはないか。
腕を掴まれたままで俺は、仕方なく笑って頷いた。
もう、レヴィもいないんだ、いつもの生活に戻ったんだから悪友と過ごすのもいつも通りだ。
「言わなくても判ると思うけど、お気に入りの雑誌を見せてもらうんだ」
「…それはきっと楽しいだろうね。でも、お気をつけ。世の中は楽しいことばかりでもないからね」
グイッと腕を引っ張られて、見下ろした灰色フード男のフードのなか…暗がりに潜む闇のようなその中に、キラッと光ったのは縦に割れた猫のような金色の双眸、どこかで見たことがあるような、でもそんなはずはない。
レヴィの双眸は縦には割れていなかったからな。
「ご忠告、ありがとう。それじゃあ、さよなら」
ニコッと笑って腕を離そうとしたら、灰色フード男は名残惜しそうに一瞬きつく掴んだけ
ど、諦めたようにソッと離してしまった。
その姿を見て、もしや…っと思う気持ちもあったけど、そんなまさか、と思う気持ちの方が勝っていて俺はもう一度、「さよなら」と呟いた。
なぜだか、もう二度とこの灰色フード男にも会えないような気がしたからだ。
できればもう一度、アンタに会いたいけれど…